鎮守府出入り業者の俺   作:土管侍

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触るとかぶれる毛むくじゃら

第十七鎮守府 共有棟裏手 自然区画

 

「……うへぇ」

 

 毛虫だらけの植木は見ていて気分が良いものではないですね。毎度、後藤田です。暫くぶりの鎮守府訪問。まぁ仕事ですがね。

 

「どうですか後藤田さん」

 

「そうですね、これは早急的に手を打たないと拙いかと」

 

 今居るここは植物が植えられた長さ100mの緑豊かな自然区画。春になれば桜が咲き、夏になれば草木が青々と生い茂り、秋は紅葉に包まれ、冬は物憂げな枯れ木が立ち並ぶ。ベンチや小さいテーブル。東屋が等間隔に設置され、駆逐艦娘たちがここでお菓子を広げたり、飲兵衛たちがこの自然を肴に酒を呷ったり、鎮守府と言う限定された区画において憩いの場となっていた。

 

 事の発端は昨日の午後。自然区画にあるベンチでお喋りをしていた4人の艦娘たちが遭遇した出来事だった。

 

「見て見て、変な芋虫が居るわ」

 

 物珍しそうな声で植木に近付くのは、暁型駆逐艦のネームシップこと暁だ。長女であるものの、その言動は幼くて妹たちの方が大人らしく見える事もある。

 

「暁、蝶の幼虫は触ると変な臭いを出すのもいるから、無闇に触っちゃダメだよ」

 

 そんな姉を窘める銀髪の艦娘。すぐ下の妹こと2番艦の響だ。ドライな印象だが、とても姉妹思いで強い心を持っている。

 

「わー、フサフサしてる」

 

 暁の放ったその一言が引っ掛かった響が手元を見ると、明らかに毛虫の類を指先で撫でている光景が目に飛び込んだ。反射的に手首を掴んで体ごと引き剥がす。

 

「な!何するのよ!」

 

「早く手を洗って!今触っていたのは蛾か何かの幼虫だ!」

 

 2人が大声を出した事に驚いた雷と電がベンチから走って来た。3人で暁を手洗い場まで引っ張り、指先を念入りに洗ったが次第に症状が現れ始め、赤く腫れ上がった指先を襲う痛痒さに暁は苦しめられているそうだ。響も暁の手首を掴んだ際、目に見えない小ささの毛が手の甲に刺さったらしく、同じような症状が出ていると聴く。そして今に至る訳だ。

 

「で、お手伝いをしてくれると言うのは」

 

「雷よ!カミナリじゃないわ!そこん所もよろしく頼むわね!」

 

 ゴム手袋を嵌めて元気良く名乗ったその子は暁型の3番艦こと雷……3番艦の筈だ。やる気満々のようだが、下手に仕事を任せて怪我をされてはたまったもんではない。

 

「あー、申し訳ないんだけどね雷ちゃん。毛虫と直接やり合うのは俺だから、君は他の植木にも同じような虫が居ないか探してくれるかな」

 

「何よそれ!私にもお仕事手伝わせてくれたっていいじゃない!」

 

「雷、後藤田さんはどの植木に毛虫が居るか全部は把握してないんだ。さきに雷がそれを見つければ、後藤田さんの仕事は少し楽になる。それも立派なお手伝いだぞ」

 

 なんか娘を諭すお父さんのような言動だ。そういえばお互い年齢の話なんてした事がなかったけど、提督さんは何歳ぐらいなんだろうか。少なくとも20代ではない気がする。30代後半か40代前半か…… まぁいいや

 

「うん、そうしてくれると凄い助かるんだ。だからお願いするよ」

 

「分かったわ!やってあげる!」

 

 そう言って彼女は走り出した。元気なのは良い事だがこの場に置いてはその限りではない。なんて言っても俺なんかじゃ説得力ないね。取りあえず仕事しますか。

 

「ではそろそろ始めます。かなり強力な薬剤を使用しますので、虫が全滅するまでは近付かないようにして下さい」

 

「分かりました、よろしくお願いします」

 

 いざ始めてみると、かなり広範囲が侵食されている事が判明した。持って来た薬剤では到底足りないレベルである。取りあえず雷ちゃんが見つけてくれた所も半分ぐらいは終わったが、これは明日、いやもしかすると明後日ぐらいまで必要でないかとも思った。提督さんとその旨を話し合い、最大で明後日、それ以降は要相談との作業期間を設けた。明日は親父も連れて来る事にしよう。

 

 

2日目

 

「行くぞ親父」

 

「お前の得意先か。一度拝んで見たかったんだ」

 

「言っとくけど下世話な発言したら毛虫だらけの植木に叩き込むからな」

 

 昨日より大目の薬剤を積み込んで出発。山道とトンネルを抜けた先の鎮守府を見た親父の目は丸くなっていた。そのまま正門へと車を進め、警備の人とお馴染みの挨拶を交わす。

 

「後藤田プロテクトクリーンです、毎度お世話になります」

 

「おはようございます。お手数ですがこちらに御記入と免許証の提示をお願いします」

 

 ポカーンとする親父を余所に手続きを進めていく。すると警備の人が助手席の親父に気付き、少しだけ表情が固くなった。

 

「失礼ですが、そちらの方は?」

 

「ああ、すいません。父です。ガラにもなく緊張してるようでして」

 

 人形になっている親父の懐から財布を取り出して免許証を見せる。そして俺は見逃さなかった。気付かない内に助手席側の方へもう1人居る警備の人が回り込み、微笑のような真顔のような顔で自動小銃を下向きに構えているのを……

 

「これは失礼しました、第十七鎮守府にようこそ。広樹さんには大変お世話になっております」

 

 そう言いながら目配せすると、助手席側に回り込んだ警備の人は音も無くいつもの定位置に戻っていた。顔つきもにこやかな表情に戻っている。何だかんだ出入りして慣れたつもりでいたが、やはりここは一般人がおいそれと立ち入っていい場所ではない事を思い知った。背筋が思わずピンとなってしまう。

 

「驚かせて申し訳ありませんが、広樹さんを利用して鎮守府に入ろうと目論む不貞な輩が居ないとも限りません。どうかお気をつけを」

 

「……善処します」

 

 何て言っていいか分からんかった。相変わらず固まってる親父を余所に車を敷地内へと進める。来客用の駐車場には、生ける清楚こと大淀さんが来て待っていた。

 

「ご無沙汰してます、後藤田さん。もう手は大丈夫ですか?」

 

「ああ、もうすっかり治りました。わざわざ病室まで来て下さってありがとうございます」

 

 親父の顔に生気が戻った。ぎっくり腰で寝ている間に入院していた1人息子の所へ、こんな美人が見舞いに来た事へ興味が湧いたようだ。

 

「……お前やるな」

 

「変な事言うな。俺が勝手にやらかした時に間近に居たから心配してくれただけだ」

 

「あのー、そちらは」

 

「申し遅れました、コイツの父親です」

 

「ほら早くしないと日が暮れるぞ。かなりの重労働だから覚悟しとけ」

 

 その場を無理やり収めた。あの流れだと大淀さんが「お父様ですか?」なんて言うに決まってる。あの美声で「お父様」なんて言われたら親父に変なスイッチが入ってしまうだろう。そうなったらウザ絡みが増えて家にも居辛くなる。そんなのは御免だ。

 

 

 昼のサイレンと共に午前の作業が終わる。背負ってるタンクを置いて薬剤を補充し、一度車まで戻った。そこへ1人の艦娘が現れる。物陰からこっそりとこちらへ声を掛けて来た。

 

「え、えっと、あの、後藤田さん……ですか?」

 

「「はい?」」

 

 2人で反応してしまった。親子の悲しい性である。

 

「はわわわ!どっちも後藤田さんなのです!?」

 

 あー、これは俺に用があるんだろうな。腑に落ちない表情の親父を下がらせて前に出た。

 

「ごめんごめん、いつもの後藤田さんは俺だよ。こっちは親父」

 

「あ、そ、そうなのですね」

 

「何か用かな?えーと…」

 

 そういえばこの子とはまだ話した事もなかった。それを察したらしく向こうから名乗り始める。

 

「い、電です。暁型駆逐艦の4番艦なのです。提督さんから、お昼を一緒にどうですかと伝えて欲しいと言われて、その言伝をしに…あの」

 

 是非も無いお誘いだ。前々から鎮守府の食堂で飯を食って見たいと思っていたのだ。これはチャンスである。

 

「ありがとう、こちらも是非お願いしたい所だ。連れてってくれるかい?」

 

「は、はい!こちらへどうぞなのです!」

 

 可愛い。こういう妹が欲しかった。まぁリアルに居たらこうはならんだろうけど…

 

 

 その後、食堂で提督さんと昼食を共にして仕事に戻る。結局あの区画にある7割近い植木へ薬剤を撒く事になり、その後のメンテナンスも含めて大仕事になってしまった。メンテナンスを口実にまた鎮守府へ出入りする機会が増えた事で、食堂のメニューと間宮さんの甘味を同時に味わう贅沢な日々が続く。しかしそれも束の間、新事実が発覚した事で、更なる大仕事へと膨れ上がっていくのだった。


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