まさかと言う場所でアライグマが寝ている所を発見した広樹。設置してある罠を大急ぎで回収に向かうが、よくよく考えれば4つぐらい仕掛けてあった事を思い出していた。
「…………全部を1人で回収すんのは無理か」
いや、ここは急がねばなるまい。1つでも運んだら、その間に4人が執務室には来ているだろう。そしたら総勢6人で残りの罠を運べばいい。
「急げ急げ」
お店は閉まっていたから素早く罠を回収。両手で金網の隙間を掴んで持ち上げ、何とか司令部棟まで戻って来た。
案の定、執務室には4人の姿がありました。
「久しぶりじゃの。あの時はろくすっぽ自己紹介も出来なかったら改めて名乗らせて貰おう。利根型重巡洋艦、1番艦の利根じゃ」
「2番艦、筑摩と申します。微力ながらお手伝いさせて頂きます」
「青葉ですー! ムカデの件ではお世話になりましたー!」
「青葉型2番艦の衣笠よ。改めてよろしく」
重巡は何と言うか大人っぽいですね。でも戦艦や空母ほどでないのがポイントか。
そんで、青葉さん? 額に固定されてるGoProは何ですか?
「後藤田です。以前お会いしてると思いますがよろしくお願い致します。えーと、それは撮影か何かですか?」
「もし宜しければ本日の作業を記録させて欲しいです。レクリエーションの時とかに編集したものを流せないかと思いまして。あ、ちゃんとモザイクとか入れますからね」
「あー……ネットの海に流さなければ特には構いませんが」
「ありがとうございます! それと出来れば後藤田さんもGoProを着けて下さると幸いです!」
「いやー壊したら申し訳ないので」
「大丈夫ですよ、そんな簡単には壊れませんから! 型落ちなんで最悪はメモリーカードさえ無事なら問題ありません!」
って訳で何か丸め込まれてGoProを装着する事になった。一瞬だけ某動画投稿サイトで「害虫害獣ハンターチャンネル」みたいなのを開設して副収入を、なんて考えが過ぎる。再生数を考慮すると駄賃にもならないだろうか。
「それではですね、申し訳ありませんがまず罠の回収を手伝って下さると恐縮です。あと3つあるんですが、短時間でここへ集めたいので全員で行きましょう」
6人でぞろぞろ移動した。2人1組で罠を回収してまた執務室に戻って来る。
「ワクワクしますねぇ!」
「青葉、落ち着きなさいって」
「なるほどのぉ、罠とはよく出来ているもんじゃ」
「逃げ出したりはしないんですか?」
「それなりに高い物なら聞く限りでは事例がないそうです。ただ、メンテを怠ると錆びとかで劣化して、そこを破って逃げる事はあるらしいですね」
さて、作業の割り振りを決めなければならない。だが今回は殆ど自分が矢面に立つしかない。手伝いは最低限だけお願いしようと思う。
(罠を2段に積み上げて入口に押し当てて、誘い出してそのままお縄を頂戴する。もし逃げ出した場合を考慮して左右にも罠を置いて逃げ道を塞ぐ……これで行くか)
ふと、車に積んでいた例の物を思い出した。あったら便利程度の物だが、無いよりはいい筈である。
「大淀さん、ちょっと忘れ物を取って来ます。その間に皆さんの着替えを済ませて頂けると有難いです」
「はい。諸々はさっき夕張に連絡しましたから、間もなくと思います」
「ありがとうございます。では少し失礼します」
司令部棟を飛び出し、駐車場まで走った。荷台からブツを取り出し、駆け足でまた司令部棟に戻って来る。
執務室に入ったら既に全員の着替えが終わっていた。作業着に安全靴。何用かは知らないが皮手袋もしている。髪も纏めて帽子を被った完全武装だ。
「お待たせしました。まず皆さんにこれを1本ずつお渡しします」
熊避けスプレーを手渡した。実際に撃退した功績のあるメーカーから取り寄せた商品である。
「使い方は普通のスプレーと同じです。ただ、熊を退けると言う事は当然、下手すれば使用者もダメージを負いかねません。建物に入ったら念のためマスクもするようお願いします」
って訳で罠を担いで廃工場へ引き返した。罠を持ち上げる際は専用の取っ手があるのでそれを使って運ぶ。罠に掛かった野生動物の爪で万一にでも怪我をしないよう、そこそこの長さがあった。
「まず罠を2段に積み上げます。結束バンドがありますので、これで要所要所の固定をお願いします」
罠は扉が上から落ちて閉まるやつではなく、中に入ると内側から閉まって出られなくなるタイプだ。罠の作動に必要な個所を上から邪魔しないようにズラして、ゆっくり2段に積み上げる。
「えーと……今から残った罠を2つ中に運ぶんですが、その映像はあった方が?」
「是非とも!」
「じゃあ最初はここで罠を固定する風景と実作業を撮影して下さい。もう1つ運ぶ時にお手伝いをお願いします。では大淀さん、1つ目を中に運びましょう」
「はい」
1度は中を見ている事もあり、1つ目の移動は大淀と共に行った。最初に中へ入ったルートから息を殺しつつ足音も出さないで、アライグマが眠る部屋の前をこっそり通る。これでアライグマから見て右方向へ罠の設置が終了した。一旦外に出て今度は青葉を呼ぶ。
「青葉さん、お願いします」
「承知しました!」
2つ目の移送も無事終了。積み上げた罠はまだ外にあるので、アライグマから見て左方向を完全に塞ぐのはもう少し後だ。この間、青葉は終始ニッコニコだった。
「いいですねぇ。非日常を味わうのは新鮮です」
「あー……まぁ自分もここに出入りする時は同じ気持ちですかね」
また外に出る。積み上げた罠の固定は終了したようだ。
「こんなもんでどうかの」
「ガッチリ固定したわ。ちょっとやそっとじゃ外れないわよ」
「如何でしょうか」
「ありがとうございます。念のため、作動の確認をします」
1段目の作動をチェック。問題なく扉が閉まった。大きな音を出すと逃げられるかもしれないので、扉は閉まる手前で止める。2段目も無事に作動してくれた。
「じゃあコイツを運びます。ゆっくりいきましょう」
今度は4人がかりで中に運んだ。罠の入り口を部屋の前に対して垂直に向けて設置する。
「配置ですが、右の罠は青葉さんと衣笠さんでお願いします。左を利根さんと筑摩さん。罠を押し付けるのは自分がやりますので、大淀さんはこの発煙筒を中に投げ込む役割をお願いします」
こうして部屋の正面と左右の封鎖が完了。全員がマスクを着け、右手にはスプレーを持った状態だ。見た感じでは完璧に包囲しているがどうなる事やら……
罠に手を掛ける。両手は防刃繊維が組み込まれた頑丈な手袋。もし引っ掛かれても大丈夫な筈だ。
「お願いします」
「はい」
大淀が罠越しに部屋の中へ発煙筒を投げ込んだ。因みにこれは無公害発煙筒と呼ばれるものである。単純に驚かすのが目的だ。
落下した金属音と共に白煙が一斉に立ち昇る。爪の先が床を擦る音が響いた。驚かす所までは成功のようだ。
「よーし来い来い」
鼾のような声が聞こえた。あれは威嚇している声だ。
(いつ突っ込んで来るかな……)
それなりの質量が飛び込んで来る瞬間に備える。だがヤツは予想外の行動を見せた。
煙の中から飛び出して来たアライグマは、罠が2段になっている中間を足掛かりにして2段目の上に躍り出た。まさかの事態に変な声が出る。
「はぁ!?」
自分から見て右、アライグマからだと左へ飛び出そうとした瞬間、大淀がスプレーを一瞬だけ噴射した。敏感な嗅覚が逆手になって拒否反応を示したアライグマは右へ逃走。青葉と衣笠が居る方に向けて突進する。
「来るよ!」
「決定的瞬間、頂きです!」
スプレーを構える衣笠を見てまた嫌な臭いを嗅がされると思ったのか、アライグマは罠の上にジャンプして取り付いた。
「ひゃあ!」
「青葉、危ない!」
アライグマは罠の細い網目を器用に足場とし、咄嗟に身を引いた青葉の足元を駆け抜けてその後ろにあった階段を上り2階へ姿を消した。あんな動きをするとは誰も思わず、ポカーンとしてしまう。
「大丈夫かお主ら!」
「あんな機敏に動く動物だったんですね」
「怪我はありませんか!?」
「わ、私は大丈夫です」
「ビックリしたね」
2階かぁ……どうするかなぁ……
「ちょっと見て来ます。申し訳ありませんが、罠を階段の前に集めておいて下さい」
スプレーを構えて階段をゆっくり上がる。踊り場は1つだけだった。2階も1階と同様、人の出入りは感じられない。部屋数は1階と違って少し変則的だ。階段もここだけらしい。3階は存在しないのでもう上へ逃げる場所はなかった。
「……向こう側からは1階に下りれないようだな。だったら」
何れにしろ袋のネズミだ。重ねた罠だけをここに持ってくればいい。手前の部屋から虱潰しに探せば遠からず見つけられるだろう。
取りあえず1階へ戻って作戦を伝えた。6人全員で罠を運び、捜索を開始する。
「では始めます」
ファイバースコープ片手に部屋へ近づく。中途半端に開いたドアから見える様子だと中は個室ではなく、隣の部屋と繋がった構造だった。しかも廊下側には隣の部屋への出入り口がない。
(……マジかぁ)
ここからでは奥の部屋の状況までは見えない。仕方ないので少しだけ部屋の中に足を踏み入れた。その瞬間、暗闇から何かが突っ込んで来た。
「うぉ!」
接近を回避するため反対方向へ走ると何かはドアに激突。同時に床へまた違う何かが落ちる音がした。それが何の音なのか理解するよりもまずは自身の安全確保が大事だ。
「……そこに陣取られると廊下に出れんじゃないか畜生」
アライグマはドアの前でこちらを威嚇している。一先ず奥の部屋に移動して距離を取ろうと思ったが、向こうは床が崩落していてどうにもならなかった。これでは逃げ場がない。
「…………しかもお前、ドアノブ壊しやがったな」
床には赤錆びたドアノブが転がっていた。窓は開きっ放しだから雨風で劣化したんだろう。そしてドアが内開きだったのは階段が近い場所だから避難時の移動を阻害しないようになのかどうかまで知らんが、これではもしアライグマをどうにかしたとしても外へ出れない。下階へ飛び降りるのはもっての他だ。
『後藤田さん! 大丈夫ですか!?』
『中に居たんですかぁ!?』
『ドアが閉まったぞ! 何があった!』
廊下から声が聞こえる。どうしてくれようか……
「ドアの前にアライグマが居て出られません! さっきの衝撃でドアノブが落ちて中から開けられない可能性があります! そっちから動かせませんか!」
『やってみます! 罠も目の前に運びますね!』
ガチャガチャと音がした。錆と劣化でそもそも歪んだドアがアライグマの突進で更におかしくなった可能性は高い。
『ビクともせんぞ!』
『姉さん、貸して下さい』
バキッと音がした。嫌な予感がする。
『……あら』
『ちょ、筑摩さん!?』
『筑摩ぁ! お主まで壊してどうするんじゃ!』
あー……どうしましょうね……
『蹴破ろう! もうそれしかないよ!』
捕獲は最悪諦めた方がいいみたいだ。まず自分の安全が第一である。
「何でもいいんでお願いします!」
取りあえず時間稼ぎだ。アライグマも出来れば下階へは飛び降りたくないらしく、ドアの前を譲ろうとしない。
ドアがバンバン蹴られるが全く動く気配は無い。その音が幸いしてアライグマはドアから少しずつ距離を取り始める。
「よし根比べだこの野郎」
スプレーをちょっとだけ撒いた。アライグマは目で見て分かるほどの嫌そうな仕草をする。
睨み合ったまま数分が過ぎる。ドアを蹴る音は止んでいた。人手を集めるから何とか待っていて欲しいと言われたので現状を維持している。
(窓から上手く外に追い出すか……それとも隣の部屋に追い込んで1階へ落とすか)
選択肢は少ない。怪我もしたくない。さて……
『ドアからの位置を教えてくれ』
こ、この声は……
「ちょうど延長線上に居ます」
『右に向けて蹴るぞ。蝶番との関係上で左には行かない筈だが気を付けてくれ』
「お願いします」
廊下から見て左方向の壁に体を寄せる。アライグマはこっちがどうして動いたのか理解出来ないようだが、部屋のほぼ中心まで移動した。
『いくぞ』
どうやっても開きそうになかったドアが蹴破られた。ハッとしたアライグマは廊下へ飛び出すが、目の前に突然現れた罠に勢いよく飛び込んで囚われの身となる。
「待たせてしまったな。怪我はないか」
「えぇ……何とか」
武蔵様が居られました。
「こいつが例のアライグマか。無事に捕まえられて良かったな」
そして罠の後ろには長門様。何じゃこのイケメン2人は……
「ご迷惑をお掛けしました。ありがとうございます」
「気にしないでくれ。普段のお礼だ」
「間宮のゴミ置き場を荒らして蠅を大量発生させた下手人はコイツか。外見は可愛らしくとも侮れない存在だな」
廊下に出ると6人が待っていました。
「ご無事で何よりです」
「怪我が無いようで一安心じゃ」
「足を引っ張ってしまい申し訳ありません。あんな簡単に壊れるとは」
「う、うん。そうだね」
衣笠は筑摩がそこそこの勢いでドアノブを捻ったのを目撃したが黙っている事にした。青葉はGoProの映像を期待してか表情が明るい。
「取りあえず空の罠だけ外へ出しましょう。後は役所に連絡しますから、回収はそっちの人たちにお願いします」
空の罠は施設の外に出す。アライグマ入りの方は2階に置いたままだ。役所にも連絡した。
「GoProをお返します」
「ありがとうございます! 後で確認しますね!」
疲れた。どっかで寝たいなぁ……