アライグマの捕獲が終わったから一安心。ではないのだった。
可能な範囲で施設内をもう1度調べる。何でかって? 今の所はアレが1匹だと言う確証が無いんです。映像に映っているのはもしかすると別個体かも知れません。と言う事はですよ。
もしかすると幼獣(子供)が居る可能性があるじゃないですか……
「えー……ご協力、ありがとうございました。言い難い事なんですが、もう少しだけお手伝いをお願い出来ますでしょうか」
7人はキョトンとしていた。長門様と武蔵様もいまいち状況が飲み込めていない。
「アライグマの子供が何所かに居ないか確認する作業をしたいんです。全部は無理ですが、30分ばかり使って工場部分だけでも探したいと思います。アライグマがこれ1匹だけなら子供は居ない筈ですが、もし番が居ると状況は一変します」
「なるほどな、では急ごうか。雲行きも少し怪しい」
長門が空を見ながら言う。確かに嫌な色をし始めていた。
「2階はやりますから、取りあえず皆さんには1階をお願いします」
って訳で捜索を始める。幸いにも子供は見つからず一安心だ。アライグマ入りの罠は建物の中に残しておけばいい。役所の人が来てくれるので、回収はその人たちにお任せである。
「よし、引き上げだ。戻るぞ」
武蔵様の先導で司令部棟まで戻った。大淀さんの仕事もさっきの捜索に便乗して終わらせた。俺はと言うと……
「申し訳ありません。少し休ませて頂きます」
「朝早くから来て頂いてありがとうございます。仮眠室の方を開けますから、そこでお休みになって下さい」
集まってくれた皆はそれぞれの寮へと帰って行った。開けて貰った仮眠室で暫し休息を取る。約1時間後、携帯のバイブレーションで目を覚ました。
「もしもし……はぁ、なるほど」
役所からだった。担当者が別の方にも回収に行っているため、一旦戻って来ると今日は終業時刻になってしまうので明日の朝一回収になると言われた。
「んー、何とかなりませんか……ならない。分かりました。因みに朝一は何時になりますか。9時。承知しました。ではお待ちしております」
塩対応気味に電話を切る。まぁ掛けたのは昼過ぎだったし、時間的にも微妙だっただろうか。いやでもさぁ、その場で確認取ったら明日になるって言えたじゃん。何だよ畜生。後出しのクセに偉そうな口調で電話して来やがって。
「……ええい、どうしてくれよう」
暴れたい気分になって来た。暴れないけどね。
「外の空気を吸いましょうか」
仮眠室から出て司令部棟からも出た。深呼吸して気分を落ち着ける。そこへ……
「今日は何の作業ですか?」
優しい声色で呼び掛けられた。振り向くと、鳳翔さんがいらっしゃいました。
「いえ今日は少しお手伝いに来たんですが……まぁアライグマも捕獲出来たんで万々歳だったんですけど役所関係でちょっと色々ありまして」
「怖い顔してましたよ。嫌な事だったんですね」
お見通しのようです。
「……ええ、何だかなぁって感じでして」
「今日、お店に来ませんか? 提督や警備の方たちも呼んで、ゆっくりお酒でも」
とっても魅力的な提案だけど、問題は帰りの手段である。バスは夕方でお終いだし、かと言って車に乗ればどうやったって飲酒運転になってしまう。
「あー……そうですねぇ」
「もしあれでしたら、今日は泊まられて下さい。提督はもう少しで戻られますし、私の方からもお願いしておきますから」
そんな贅沢を味わって良いのだろうか。ここはまかり間違っても宿泊施設ではないのだ。
「…………いいんですかねぇ」
「ご家族には零せない事もあると思います。あんまり騒がれても困りますけど、吐き出さないと体に良くないですよ」
もの凄い葛藤が渦巻く。そして俺は決心した。
「……じゃあ、お邪魔させて頂きます」
「はい。5時には開きますから、それぐらいにいらして下さい」
ご厚意に甘える事にした。仮眠室へ一旦戻って、リュックに入れっ放しのおにぎりを食べて夜に備えておく。家にも電話したから問題ない。時間になるまではアライグマの防除について調べものをした。
「……なるほどね、防除の計画書を出せば全部自分でやっていいのか」
全部とは捕獲後の処理も含めてだ。これなら役所にその都度で連絡する必要もない。あんなヤツから電話が掛かって来る事もないだろう。
「よーし、今度はそうするぞ。金だけ貰って偉そうにしてるヤツと話さなくていいなら全部自分でやってやる」
暫しお勉強の時間にした。約2時間後、ドアをノックされる。
「はい」
「お世話様です」
提督さんの声だ。立ち上がってドアを開ける。
「お疲れ様です。どちらかに行ってらしたとお聞きしましたが」
「自分の受け持ちは終わりました。話は聞いていますので、本日はここでお休み下さい」
「ご厄介になります」
外へ出て鳳翔さんのお店に向かう。時刻は既に5時を過ぎていた。
「暖簾は……出てるな」
「こんな感じになるんですねぇ」
えんじ色の暖簾と、淡い光を放つ提灯が目を引いた。路地裏に佇む知る人ぞ知る名店のようだ。
「では入りましょう」
「はい」
暖簾を潜り、ガラス戸を開ける。居酒屋特有のいい匂いが立ち込めた。
「いらっしゃいませ。奥のカウンターへどうぞ」
「こんばんは~、ようやく来てくれましたね」
「ご無沙汰してまーす。こちらにどうぞ」
今日は千歳&大鯨の2人も居た。どうやら手伝いは持ち回りらしい。
席に着くと目の前におしぼりが置かれる。メニューはもうテーブルにあったので暫し眺めた。そしてある事を思い出す。
(……やべ、財布に幾らあったっけ)
「今日は私が出しますから、好きなだけ楽しんで下さい」
「いやぁそんな申し訳ないです。ほどほどにしますから」
提督さんからの嬉しい提案に飛び乗る。うん、まぁ節度を持って楽しみましょう。
「お飲み物はどうされますか」
こういう時はビールが美味い。今日はビールだ。
「ビールをお願いします」
「じゃあビール2つで」
「は~い」
千歳は冷凍ジョッキを取り出してビールを注いだ。金色の液体が満たされていく。
「こちらはサービスでーす」
大鯨が小鉢を置く。中はマカロニサラダだった。
「お待たせしました」
霜の付いたジョッキが2つ置かれた。手に取って持ち上げる。冷たいのが心地いい。
「「乾杯」」
コツン、とジョッキをかち合わせる。あとは流し込むだけだ。
「……うめぇ」
喉を通り過ぎる炭酸と胃が熱くなる感覚。たまらんね。
「いいタイミングでしたね。お誘いしたくても車ですし」
「ここって一般人が利用してもいいんですか?」
「もう少し交流が盛んになれば、とは考えてもいるんですけどね」
やはり交通の便が悪い所がネックのようだ。そもそも気軽に来られるような場所でもないし。
「例えばですが、お祭りか何かを企画して、その時に開放してここを知って貰う方法と言うのも視野には入れています。今はまだ見学会ぐらいしか出来てませんが」
「お祭りですか……」
アイディアが閃きそうだったが、取りあえずいいだろう。それより何か頼まなくてはとか思っていると、引き戸が開いた。
「こんばんは」
「はーい、こちらにどうぞ」
誰か入って来たらしい。まさか隣にドカッと座って来る事はないだろう。聞き慣れた声だったけど気にしない気にしない。
「えーと……もつ煮をお願いします」
「レンコンのはさみ揚げを」
「はい、お待ち下さいね」
注文を取った大鯨は奥へ引っ込んで行った。そして、隣の椅子が引かれて誰か座る。
「今日は終わりかしら」
この声。やはり
「ええ。本来はお手伝いで来てたんですが、偶然にもアライグマを捕獲しまして」
「あら、目出度いわね。1杯奢ってあげるわ」
「いやそんな滅相もない」
隣を見やる。長めの髪が綺麗な美人が座っていた。服装も違う。でもその声は……
「加賀、戻ったのか」
「はい。報告書は明日中に出します」
髪を下ろしている所を初めて見た。雰囲気がまるで違う。誰ですかと言いたくなるが我慢だ。
「…………本日の業務は終了って解釈でよろしいですか?」
「そうよ。オンオフはしっかりしなきゃ。千歳、ビールと今日のお任せで」
髪が靡いた時に心なしかいい匂いがしました。だが意識は運ばれて来た料理に移る。
「お待たせしましたー。レンコンのはさみ揚げと、もつ煮でーす」
いいねぇ、味の沁み込んだもつがビールと最高に合うんですよこれが。日本酒も合うんですよね。
「いただきます」
この甘辛いのが何とも言えん。そこへビールを流し込むともうこれは最高。
「あー……何か生きてるって気がしますね」
「家では飲まれないんですか?」
「家だとですね、片付けが始まるともうそこで終わらせなきゃって気持ちになって、ゆっくり飲めないんですよ。親父が変に深酒したりして次の日に響く事もあるんで、長く飲んでられないのもありますね」
やっぱり家を出ようかな。だが実家に出勤するのは何か気持ちが悪い。自分の家に行くのに「行きたくないなぁ」とか思う日が来るのは嫌だ。
「まぁ自動的に飲みすぎないように出来るのがいい所ですかね」
いい年してハメを外すのはアレだが、今日はいい気分になれそうです。
「さて、2杯目はどうすっかな」
「好きなのを頼むといいわ。日頃のお礼よ」
そう言えばさっき「1杯奢る」って仰ってたな。いやしかし……
「あーえー、実は提督さんが出して下さるので」
「まぁいいじゃない。こんな機会、滅多にないわよ」
言われてみればそうだけど。そうだけど……何か違和感が凄い!
「……じゃあ、久保田いいですか?」
「あら、いい趣味ね。私も貰うわ。千歳、2合ちょうだい」
「はーい」
マジか。でも後で強烈なしっぺ返しが来そうで怖い。
「こっちも1合追加。そうなると、刺身がいいですね。鳳翔さん」
「今日の盛り合わせを3人前でいいですか?」
「お願いします」
あらー提督さんも乗っかって来たぞ。
約2時間後……
「大体ね、好きで憎まれ役をしてる訳じゃないのよ」
「いやもう心中お察しします」
「あなただって一定の規律も無いような職場は不安でしょ」
「自由過ぎるよりは確かにちょっとは緊張感があった方がいいですよねぇ」
「何と思われようと別に構わないけど、もう少し落ち着いて動けるようになって欲しいと思うのよ。どうもここの娘たちは集まると賑やかになってしまう傾向があるわ」
色々と溜め込んでらっしゃるようです。酒が回ってるせいか嫌じゃないのが凄い。
「んじゃあもう少し具体的に言った方が」
「私が言うと嫌味にしか聞こえないのよ。自分でもそう思うわ。千歳、熱燗でちょうだい」
「あ、水も2つ貰えますか」
「お待ち下さーい」
一方の提督さんは……
「テートクー、どうして私を受け入れてくれないのデスカー」
「家族持ちに何をさせるつもりだ君は」
「私とも家族になりまショー」
「榛名も提督と家族になりたいです」
唐突に現れた金剛&榛名によって座敷へ連行された提督さん。助け舟を出すべきだろか? だが2人共にかなり酔っている。あの発言が正気とは思えないが金剛さんに関しては前に1回そんな所を見ているので判断が付かない。お嬢もポヤポヤしてる。可愛い。
「何を見てるのかしら」
「いや、向こうがちょっと大変そうだなと」
「……前から思ってたけど髪の長い娘が好みらしいわね」
「はい?」
「大淀、間宮さん、明石、この辺とは親し気よね。阿賀野とかも射程内かしら。あっちはあなたの性格的に榛名でしょうね」
何を言ってるんですかこの人は!? いやその、遠からずとも、と言いましょうか……
「私もこれよりもう少し長ければそんなで見られるのかしら」
「すんません、やめて貰っていいですか」
「冗談よ」
今の言葉で少しだけ酔いが醒めた。勘弁して下さい。
「こんばんはー」
「こんばんは」
引き戸が開いて赤城&翔鶴が現れた。
「加賀さーん、今日はこの辺にしましょうねー」
「お水飲んで下さい。立てますか?」
「立てるわ。馬鹿にしないでちょうだい」
コップの水を飲み干した加賀さんは立ち上がった。気付けば入店から2時間ちょいだ。俺はセーブしていたけど加賀さんはかなり飲んでいる。
「今日は随分長いと思ったら後藤田さんも居たんですね」
「お邪魔しております」
「じゃあ行くわね」
「ご馳走様でした」
「おやすみなさい。大鯨、お勘定を」
「はーい」
2人に連れられるでもなく、自分で会計してしっかりした足取りで店を出て行った。流石です。にしても出入りする人数がそんなに居ないように感じた。日によって違うんだろうか。
「……さてと」
いい感じに酔っている。後半は加賀さんの相手をしていたが、自分自身の溜め込んでいた部分は前半でそれなりに解消出来た。すっきりした気分である。
「提督さん、一足先に失礼します。眠くなって来ましたので」
「あーはい。途中から離れてしまって申し訳ありません」
「テートクー」
「提督」
「こら2人共」
「ご馳走様でした。そちらのお相手をしてあげて下さい」
「すいませんね、また今度ゆっくり飲みましょう」
「はい」
店を出る。夜風が気持ちいい。今日はよく眠れそうだ。明日はアライグマ入りの罠が回収されるのを見届けたらお暇である。って訳で休みましょう。