アラームが鳴ったので起き上がる。1時間半ぐらいは寝れた。
「……よいせっと」
携帯に着信はないので特に問題は起きていないらしい。車から降りて軽く体操する。
バキ!
「あだだだ」
肩を回したら変な音と激痛が走った。グルグルしている内に収まったのでヨシ!
「くそ、腹筋ぐらい始めるか。いやまず柔軟かなぁ」
とか何とか理由を付けて中々動き出さないのが大人ってもんだ。取りあえず足を空母寮に向けて歩き出す。
その道中で伊勢&日向と出会いました。個人的にこの2人は特に話しやすい。
「開発工廠の作業日は明後日じゃなかったか?」
「アライグマの罠を引き取りに来たんですけど、道すがらで仕事になりまして」
「何が出たの?」
「空母寮です。裏の物置でカマド」
「あ、ごめん。それ以上は言わないで。苦手だから」
へぇ。この人も苦手なのか。意外と平気そうな感じだったけどまぁそんなもんか。
「ジメッとした所で跳ねてるアイツでしょ~? 遠くからでもヤダ~」
「なんちゃらコオロギとも言われているな」
「所詮はバッタ目の仲間ですからね。コオロギにしてみれば迷惑な話ですよ」
「バッタはまだ見てられるけどアレはちょっとねぇ」
そんな軽い雑談を終えて足を進める。空母寮の裏では既に6人が待っていた。服装はツナギに軍手。髪が長い人は纏めた上で何かしらの帽子を被って貰った。
「お待たせました。始めましょう」
これから物置に入っているものを1度全て外に出すのだ。ぶっちゃけこれは殆どサービスに近いが、死骸を回収するのも仕事なのでそれを兼ねてる。まず1つ目の物置へと近付く。外に死骸は飛び出していないのを確認し、引き戸を開けて中の様子をまた窺う。
「……5匹か」
視界に入る限りでは5匹だけだった。しかし物を引っ張り出せば奥に居たのも出て来るだろう。これはこれで長い戦いになりそうだ。まず死骸は回収して引き戸を目いっぱい開く。
「1つずつ出していきますね」
手近な段ボール箱から外へ搬出していく。封は厳重にされているようなので中に入り込んでいる可能性は低い……と思う。
「千歳、千代田。この辺の箱は頼むわ」
「はーい」
「お任せ下さい」
「祥鳳と瑞鳳はこっちの軍団や」
「承知しました」
「OKでーす」
「あ、えっと、私は」
「ベイはんはウチと一緒にやるで」
意外な光景を見た。もしかしてこの中では一番古株か序列的に長いんだろうか。でなければあそこまで的確に仕切る事は出来ない気がする。
「これは……カラカラ音がするね」
「薬缶か何かかしら」
ガムテープをカッターで切って開封。その中にある新聞紙で包まれた物体を更に開いていくと、千歳の言った通り薬缶だった。それもそこそこ大きい。
「うわ懐かしい。鎮守府が出来た頃にこれでお湯沸かして皆でよくお茶飲んでたよね」
「ちょっと錆びてるわね。使い続けるのは無理かな」
まぁまぁ年季の入った金物の薬缶が現れた。マジックか何かは分からないが、大きく"十七"と書かれている。
「龍驤さん。使えそうな物とそうじゃないのをロビーで仕分けしますね」
「ええでー」
「お姉お姉、これ提督の湯呑じゃない?」
「あら、それすっごい前のやつよ確か」
掘り出されるとそれなりに思い出が蘇るのは何所でも同じようだ。作業を続ける。
「これは……何だ?」
不透明なプラスチックの収納ボックスが奥に積まれている。見るからに重そうだが果たして……
「うわ、結構重いぞこれ」
上の段から順に下ろしていった。最上部にあったケースの蓋の上に死体が転がっていたのでこれは回収しておく。
「何や随分とデカいのが出て来よったなぁ」
「お、重くないですか?」
「あー、それなりに」
1つずつ外に並べた。何ですかこれは。
「開けるで」
蓋の留め具を外す。中には圧縮された複数の寝具が収まっていた。
「むかーし使ってた備品の布団やんか。流石にもう使わんやろ」
「勝手に処分していいもんなんですか?」
「備品やからその手のを牛耳ってる部署に送り返すだけや。皆もう自前のがあるからこれを取っとく意味もそんなに無いねんな」
「あ、あの、枕カバーが沢山、出て来ました」
「うわー、翔鶴が洗濯の時に誰のか分からなくなるから言うて全員の名前刺繍したヤツやん! めっちゃ懐かしいわぁ!」
「……えっと、今居る全員分は、ないんですね」
「後からここに来た面子のは無いで。これは鎮守府の創設時から居る連中分だけやな」
随分と古い話に聞こえるが、ここに鎮守府が出来たのはそう遠い昔ではない。俺がまだ20代半ばだった頃の事だ。半ばって所は重要だから覚えておいて欲しい(意味不明)。
「ってこんなんで時間を浪費してる場合ちゃうわ。急ぐでー」
1つ目の物置は終了した。2つ目に着手するとしよう。
「…………さっきより多いなぁ」
20匹くらいが床で動かなくなっている。取りあえずこれを回収して進路を確保した。
「さーて運び出すか」
積み上げられた段ボールを上から1つずつ下ろしていった。くっ付いている死骸はその場で回収する。
「これ大丈夫ですんでお願いします」
「はーい」
「そっちで開けましょう」
気付けば千歳&千代田は1度中身の確認が終わった物をロビーまで運んで仕分け、ここに残った4人は中身を確認した後に新しいガムテープを張り、大雑把に内容物を書き込む役割分担が出来ていた。
それを尻目に物置の中身を出していく自分。引っ越し屋ってこんな感じなんだろうか、とか思ったりしてみる。
「みんなー、ちょっと休憩しよー」
「お好きなのをどうぞ」
千歳と千代田がビニール袋を持って来た。紙パックのジュースのようだ。色々とあるらしい。
「おー、助かるわぁ」
「あ、ありがとうございます」
「いっぱいあるね。どうしようかな」
「何がいいかしら」
俺は残り物でもいいかな。軍手を一旦外してポケットに仕舞う。
「後藤田さんはどうされますか」
「ありがとうございます。えーと……」
目移りしてしまいそうだ。オレンジ、レモン、パイナップル、ヨーグルトやら何やらと種類は豊富である。お、グレープフルーツがあるな。これにしよう。
「ではこれを」
暫し休憩時間となった。
現在、作業の終わった物置は1つ。今は2つ目を片付け中。手付かずは3つ。1~2時間もあれば終わるだろうか。
「さーてそろそろ再開や。気張って行くでー」
作業再開である。2つ目の物置に残された物は少ない。ちゃっちゃと片付けよう。
その後、30分足らずで3つ目に取り掛かれた。中の死骸を回収してから同じように作業を始める。
「……おっと?」
ガムテープにマジックで大きく"㊙"と書かれている段ボールが出土した。一度外に出て声を掛ける。
「すいません、ヤバそうなのが出て来ました」
「何やて?」
段ボールを外に出す。ロビーから戻って来た千歳と千代田も加わって7人で取り囲んだ。
「……誰の字やと思う?」
「さぁ……ちょっと私には」
「見た事あるような気はするんですどね~」
祥鳳は見覚えがないようだ。瑞鳳は思い出せそうで思い出せない顔をしている。
「千代田、こんなの覚えてる?」
「ううん。何だろうね」
「あ、危ない物が入ってるんじゃ……」
「自分は居ない方がいいですかね」
「乗り掛かった舟や。まぁ何が出て来ても口外無用で頼むで」
龍驤が段ボールを揺すった。何かがギッチリと詰まっているらしく、物が揺れるような音は聞こえない。しかし……
「何や水音がするなぁ。チャプチャプ聞こえるわ」
液体炸薬って何かのアニメで聞いた気がする。いやゲームだったような。何だっけか。
「カッターをどうぞ」
「しゃーないから中を改めるでー」
千歳の持って来たカッターを受け取った龍驤がガムテープをちょっとずつ切っていく。慎重に開けるとその中には……
「…………酒やん」
酒の一升瓶が新聞紙やら梱包材と一緒に入っていた。そこで瑞鳳が何かを思い出す。
「あ、何年か前のビンゴ大会で隼鷹さんが当てたお酒だ」
「思い出した。ポーラが是非1口ってしつこいから、絶対に分からない所に隠したって言ってた」
千代田もその時の記憶が蘇ったらしい。隣の千歳は獲物を狙う目をしている。
「すっかり忘れとるやんけあのアホ。どないする? 夜に皆でこっそりいただいてまうか?」
「戻しておいた方がいいのでは……」
「隼鷹さん、引き摺ると長いです」
祥鳳とガンビア・ベイが窘めた。肝心な時に使い物にならないのは避けたいらしく、龍驤もそれを思ったか封をし直した。
再び閉ざされていく段ボールを見つめる千歳に龍驤が気付く。
「千歳、その目やめぇや」
「え、あ、ど、どんな目ですか?」
「何が何でも手に入れたるって目ぇしてるで」
「そ、そんな事ないですよぉ」
「飲みたかったら隼鷹さんに直接言えばいいじゃん」
「あかんあかん、酔っ払いが2人同時に出たら収拾が付かへん。飛鷹の事も考えてやり」
蚊帳の外だなぁとか感じつつ作業は再開された。まぁ、俺が何か言える立場でないのも事実ではあるが……
「某日、物置の整理にて中を検める。早よ飲みぃや。と」
龍驤がメモ書きを残した。これで本人が気付いても慌てる事はないだろう。それが何時になるのかは分からない。
「千歳ー、手ぇ出したら暫く禁酒令やからな」
「了解致しました」
無駄に姿勢を正して千歳は答えた。キビキビと動いて作業を進めていく。
その後はスムーズに作業が捗り、何だかんだ残りの物置は1つになった。これも同じようにやっていきましょう。
「……あれ、居ない?」
引き戸を開けた先に死骸は転がっていなかった。ちょっと不思議に思いつつ足を踏み入れるが、やはりカマドゥーンは居ない。あ、カマドゥーンってどうですかね。ちょっとは柔らかく連中を呼べるんじゃないでしょうか。
「まぁいいや。お仕事お仕事」
荷物を外へ出していくと、何でか奥の方が明るくなりだした。何でだろう。
「…………おやまぁ」
下の方の一部分が破損して穴が開いていました。ここから逃げ出した可能性がありますね。
(でも大した数じゃないだろうし、目に付かない場所で生きていくんなら放っといても)
「後藤田さーん! さっき近くで何か跳ねましたー!」
祥鳳の叫びを皮切りに外が騒がしくなる。
「何や何や! まだおるんか!」
「お姉! 足元足元!」
「やだどこ!?」
「ヒィッ」
「ベイちゃんここで倒れちゃダメ!」
うーん、遠くに行ってくれてたら良かったのになぁ……
まず物置から出て全員を遠ざける。そしたら殺虫スプレーを持って目を凝らしながら歩いた。
「お、そこに居たか」
地面と色合いが似てるのでよく見ないと分からなくなりそうだ。1匹を駆除する。その後も2匹3匹と退治した。他には居なさそうなので良しとしよう。
「大丈夫ですよー。続けましょう」
恐る恐る6人はまた作業を再開した。それから1時間は掛からなかったが、無事に作業は終了。残りの仕分けは任せ、俺はもう1度だけ物置周辺を回って残ったのが居ないか探したが、もう見つける事は出来なかった。
「ではこの辺で失礼します。もしまた死骸が転がってましたら、箒で遠くにでも弾き飛ばして下さい。後は土に帰るでしょうから」
「お手数をお掛けしました。後はこちらで処理しますね」
「急なお願いだったのにありがとうございました。もう出ないといいなぁ」
生きていく上では何回か遭遇するでしょうね。多分……
「ありがとうございました。あ、ジビエもしっかりいただきますね」
「えーいいなぁ。私にもちょっと頂戴」
「後でね」
「えらい苦労掛けてもうたなぁ。ホンマ感謝やで」
「色々と、勉強になりました。ありがとうございます」
本日の作業も無事に終了。鎮守府を引き払って家路についた。
「……そうだ。家の物置もちょっと整理するか。何が入ってるかの確認もしたいし」
車中でそんな気分になった。ところが、これが大きな間違いだった事に気付いたのは、後になってからだった。今日の一件のせいか変なやる気を出した俺は、殆ど開けた事もない家の物置へ戦いを挑もうとしていた。
帰宅と同時に居間の鍵置きから物置の鍵を取り出し、申し訳程度の庭へ躍り出た。
「よいせ!」
鍵を差し込んで物置の引き戸を勢いよく開ける。目の前に広がったのは、1mmの隙間もなく積み上げられた段ボールの壁だった。どうやったらこんな綺麗に収納出来るんだろうか。人間の出来る事なんだろうか。
「……マジか」
僅かな隙間に爪を突き立てて引っ張るが上手くいかない。右手人差し指の爪が一瞬だけ捲れ上がって戻った。
「いってぇ!」
激痛に苦しんでいる所へお袋参上。
「何やってんのあんた」
「えー、ちょっと整理でもしようかなと」
「それねぇ、私もどうやって積み上げたか覚えてないんだよねぇ。下手に引っこ抜くと雪崩れが起きるかも知れないから止めときな」
「いやでも少しだけ」
「んじゃお好きなように」
意地になってしまった俺は無理やり段ボール箱の1つを引っこ抜く事に成功。中には未使用の古いネズミ捕りが詰まっていた。
「これはネズミ捕りか。使ってないんなら捨てればいいのに」
ここである事に気付いた。この段ボール箱を引っこ抜いたにも関わらず、上の段の箱は下に落ちて来ない。それだけに留まらず、1度引っこ抜いた段ボールを元の空間に収める事も出来なかった。
「……うそーん」
どうやっても押し込めない。何ででしょうか。
「…………ひらけごま……無理ですよねー」
結局、段ボールの壁に穴を開けただけで、1度出した物を戻せない珍事を引き起こしてしまった。やめておけば良かったと今更ながらに思う。
(広樹です。挑戦とは時に無謀でしかない事を思い知ったとです)
いやそれにしても、あんな状態を作り出したお袋が恐ろしいとです。