広樹です。雨が続きます。そういう季節だから仕方ないですが……
「今日はこれぐらいですかね」
「そうですね。因みに窓枠の修理に関してはどうなってるでしょうか」
「日付調整中です。分かり次第、ご連絡します」
「承知しました。よろしくお願いします」
無事、提督さんとの打ち合わせ終了。吹雪型の皆が残りの草刈りも終えてくれた。現駆逐艦寮周辺も、他の駆逐艦勢が持ち回りで草刈りを継続中だそうだ。
司令部棟から出る。空は曇り。今にも降り出しそうな感じがする。
「さてと」
時刻は11時半前。早めに昼を食ってもいい頃合だ。なんて思っていると、アスファルトにポツポツと水の落ちる音がする。数秒とせずに強い雨が降り出した。
「何だよ畜生」
今日は敷地内通行許可証を忘れてしまい、久々に来客用の駐車場に停めて歩いて来たのだ。雨が止まないと動けない。
「あら、どうしました」
「えーと……昼にしようかなぁ、と思ってた所で雨に降られまして」
司令部棟から大淀さんが出て来た。執務室には居なかったが、別の所で何かしていたのだろう。
「ちょっと待ってて下さい。余り物の傘がありますから」
「あー、そんな気にしないで貰って」
建物の中に帰ってしまった。5分とせず、ビニール傘を持った大淀さんが戻って来る。
「どうぞ。備品とかではないので、持って帰っても大丈夫ですから」
「いやすいません。ありがとうございます」
ビニール傘を差して歩き出す。大淀さんも少し早めのお昼にするそうなので2人で食堂に向かった。
(雨の中を2人で歩く。何かいい感じだなぁ)
「旧棟の方はどうですか?」
「そうですねぇ。中々に手強そうな感じですけどまぁ、相応に準備すればどうにかなりそうですかね」
「何かあれば言って下さいね。いつでも手伝いますから」
あかん。ドキドキしてまう。
「極力、ご迷惑は掛けないようにします」
なーんて話している内に食堂へ着いた。傘を畳んで中に入る。
「……今日のおススメは炊き込みご飯の定食か」
いやでも半チャンセットも捨てがたい。が、糖質ばっかりだしなぁ。もう若くないから自重しないといかん。日替わりBの赤魚煮付け定食もいい。迷う。
「チーッス。私のこと覚えてる?」
長い緑髪。着ている服のせいか、何か如何にもギャルっぽい感じの娘に話し掛けられた。学生時代ならいざ知らず、30を控えた社会人なら相応の振舞いがあって然るべきだ。
「……鈴谷、さん? ちゃん?」
「まぁどっちでもいいよ」
「じゃあ、鈴谷さんで」
「はーい。あ、そうそう、ちょーっと相談があるんだけどいいかな」
「昼を食ってからなら」
「私も今からお昼だからさ、話しながら食べようよ」
何だと? 見た目JKな娘と一緒に昼を食うだと? あ、ちょ、公安委員会さん、これはですね……
「……もしかして仕事?」
「多分……そうなると思う」
じゃあいい……かな?
結局、俺は今日のおススメ。鈴谷さんは日替わりカレーを頼んで席に着いた。
「ほいで、どんな案件でしょうか」
「うーんとね、この食堂なんだけど、生ゴミの管理を皆で持ち回りしてるんだ。裏に専用の小屋があってさ、そこに廃棄する生ゴミを集めてるの。んで今週は私たちがやっててね。ほら、最近ずーっと雨じゃん。多分その性だと思うんだけど、あんまり近寄りたくない状況に今なってて……」
次第にスプーンの動きが遅くなっていく。同時に顔色も悪くなった。
「……まず食べてしまおうか」
「あ、うん」
昼を終えた。雨も一時的にか分からないが上がっていたため、厨房の間宮さんに声を掛けて建物の裏に回る。間宮さん自身も「出来れば私も近付きたくない状態」と仰った。何が居るんですかね。
「ほら、あれ」
金属製の大きなゴミステーションが鎮座していた。穴が何個も空いているから通気性は悪くない筈だ。
「……もっと近付かないと見えない大きさ?」
「ん~……目の前までいかないと分からないかも」
ゴミステーションに近付く。飛翔音はしないからハエの類ではなさそうだ。
「…………ありゃ」
何か、無数の小さいのが蠢いている。びっしりの一歩手前ぐらいだ。
「ナメクジがこんなに」
漢字は蛞蝓。書けたもんじゃない。何かの時に気になって調べたら、漢字検定の一級で出題されるそうだ。
「小屋の中も?」
「外ほどじゃないけど……」
「卵がどっちかで一斉に孵化したんだろうなぁ。今の季節はピークだし」
「これ、何とかなる?」
「少しぐらいは手伝って貰うよ」
「はーい」
司令部棟の物書きスペースへ移動し、他の姉妹と合流した。見知らぬ外人美女2名も含めて……
「最上です。お久しぶりです」
「三隈です。ご無沙汰致しております」
「く、熊野と申します。以前はその、失礼を」
「何かしたの?」
鈴谷さんは知らないようだが、あの時の事だろうなぁ……
「ちょっとその……出張先がそこそこ物騒と言うか、あんまり安全ではない所だったせいで」
「感覚が残っててつい口調が厳しくなったんだってさ」
「妹の無礼をお詫び申し上げます。どうかこの通り」
「いえいえそんな、お気になさらず」
「も、申し訳ありませんでした」
「あーもう話し進まないからそこまで!」
「そうだよ。こっちの2人がいつまでも喋れないじゃないか」
確かに何となく居づらそうな感じもする。
「では改めて。ノーザンプトンと、ヒューストンです」
最上の紹介によって2人にようやく出番が回って来た。
「の、ノーザンプトン級1番艦、ノーザンプトンです。まだ来たばかりで、業者の方の見分けも出来ない状態ですが、よろしくお願い致します」
「ノーザンプトン級、ヒューストンです。色々とお話は耳にしています」
わー、落ち着いた大人の女性って感じがいい。でもこう、色々と大きいので意識しちゃいそう。
「後藤田と申します。よろしくお願いします」
話し合いはこの2人を含めて進んだ。最上型の4人はムカデやらと遭遇した事もあるので、ある程度は任せられそうだが残り2名に関しては一切の経験がないらしい。
「スラッグですね。見た事はありますけど……」
「私も触った事までは」
まぁそりゃそうだ。普通に生活してたらナメクジを触るなんて機会はない。そもそも触ろうなんて思う事もないだろう。
「素手は寄生虫の危険性がありますから、何かしらの道具を使用します。数が数ですので、捕まえたら大きな容器に入れましょう。後処理はこちらでします。皆さんには捕獲と駆除剤の散布を手伝って頂きます」
「道具は何が必要でしょうか」
何だろう。三隈さんの目がキラキラしている。こういうのが楽しいのだろうか?
「そうですね。火ばさみは取りあえず必須です。後は大きめのスコップもあれば」
「もがみん。寮にあるかしら」
「多分、物置部屋に一通り揃ってると思います。駆除剤と容器は何所から持っていきますか?」
「別件で駆逐艦寮の方に在庫がありますからそれを運びます。容器は車に積んでいるので、また後で持って行きます」
「じゃあ僕と三隈は後藤田さんと一緒に駆除剤を取りに行こう。鈴谷。そっちは皆で寮に戻って道具を探してくれるかい」
「オッケー、行くよー」
って訳で二手に分かれる。駆逐艦寮に入って管理室を訪ねると、開発工廠の作業で1度会った海風&江風が出て来た。
「あ、お久しぶりです」
「おー、どしたい」
「こんちはー。駆除剤をちょっと持って行くね。また今度来た時に使った分を補充するから」
「分かりました。記録しておきますね」
「んー? 最上と三隈の姉御じゃん」
「今日は2人が当番なんだね」
「お邪魔致しております」
駆除剤は1人2つずつを持った。重巡寮に付くと、出入り口の近くでビニールシートが敷かれており、その上に火ばさみとスコップが並べられていた。
「全部あった?」
「あったよー。人数分出しておいた」
「軍手も必要かしら」
「軍手よりは滑り止めの付いた作業用手袋が好ましいわ。使い捨ての物が箱で置いてあるからそれを使いましょう」
とある事に気付く。最上・鈴谷は喋り方というか、フランクな所が似ている。対して三隈と熊野も同様に喋り方と、何となくだが雰囲気が似ている。容姿だけでは姉妹だと分かりにくい部分があるが、こうして見ると共通項が見えて来る事に気付いた。
「これは……トングでいいの?」
「薪を掴んだりする物だそうよ。料理で使う事はないって言ってたわ」
お姉さんの方は火ばさみをご存知なかったようだ。海外の火ばさみは細長いのが多いらしい。確かに日本のだと、一見はトングに見えなくもないか。
「えーと、容器を持って来ますので、その間に着替えなどをお願いします。念のため合羽なんかもご用意下さい」
鎮守府の正面にある山の雲が黒い。もしかすると作業中に降って来る可能性があった。
駐車場に戻ってホムセン箱を2つ取り出す。普段は車に積んである自分用の合羽も持って重巡寮へと戻った。
「お待たせしました。行きましょう」
全員共に上から帽子・ツナギ・手袋・長靴と準備は万端である。駆除剤と道具を持って食堂の裏へ回った。最初に見た時と状況は変わっていない。
「……す、凄い数ね」
「こんなに沢山……何匹居るのかしら」
海外のお2人はちょっと引き気味だ。ナメクジの大発生は時たまに見られる光景だ。別に噛まれる訳ではないから作業的な危険性は低い。
「まず、目に見える範囲で捕獲を行います。壁にくっ付いているのから始めましょう」
作業開始。雨はまだ降って来ない。今の内だ。
「上手く掴めないや」
「滑ってしまいますわ」
カチカチと火ばさみの音がする。今は苦戦していても慣れて来る筈だ。
「うえ~ヌメヌメする~」
そりゃあそういう生き物ですから……
「ど、どれから捕まえれば」
「上に居るのからやるといいですよ。やってる最中に落ちて来たので驚いたりしませんし」
おっと、海外組もサポートしなくては。
「大丈夫ですか?」
「掴めても滑って落ちてしまって」
「あ、挟めたわ」
妹さん。ちょっと嬉しそうですね。
「掬い上げるようにやると上手くいきますよ。ナメクジはこれに入れてって下さい。脱走するのも居ますから時々見て貰うと有難いです」
ホムセン箱を開けて近くに置いた。まぁナメクジの這うスピードは遅い。作業が終わるまでに箱の外へは出ないだろう。
「ありがとうございます」
「んっと……今度はくっ付いて離れないわね」
さて自分も捕獲作業を始める。しかし偉い数だな。
「ひぃ~、ヌメヌメしてる~」
「鈴谷さっきからそればっかりですわ」
「上手く出来ない~」
ナメクジ(そういう生きモンじゃけぇ、文句言われても困るわ)
とかナメクジも思ってたりするんだろうか。いやそれはないか?
「同じようにやってみ」
「えー?」
お手本を見せる。
「こうやって、下から掬い上げるように」
捕獲。
「ほらね」
「……こんな感じ?」
お、1回見ただけには上出来だ。
「やった、掴めた」
「どうやるんですの?」
「こうだよこう」
熊野も同じようにやって見た。さっきまで苦戦していたのがウソのように捕獲成功。
「出来ましたわ!」
こっちの2人はいいだろう。最上&三隈は何だかんだ上達して来たようなので特に声掛けはしない。海外組もある程度は慣れたようだ。ホムセン箱にナメクジをひたすら放り込んでいく。
約40分後……
「……外側は終わりましたね」
無事、ゴミステーションの壁に居た分は捕獲した。残りは内部と地面だ。
「内部はやります。皆さんは地面に駆除剤を撒いて、スコップで土を何回か掘り返して馴らす作業をお願いします。こうすると土の中に居る分を手軽に駆除出来ますので」
「じゃあ外はお任せ下さい。みんな、やるよ」
外の作業は皆にお願いしたので自分はゴミステーションの中に入った。外よりは少ないが、それでもまぁまぁの数が這っている。
「よーしラストスパート」
時々ホムセン箱の状況に注意しつつナメクジを捕獲し続ける。幸いにも生ゴミは無いので臭いはそこまでじゃなかった。
「容器の裏も……居るなぁ」
こちらは20分程度と以外に掛からなかった。ホムセン箱を積み上げて地面の様子を観察。
「大丈夫そうですね。暫くはこんな感じで、地面の掘り返しと駆除剤の散布を2日に1回ぐらいやって下さい。何匹かは出て来るでしょうけど、数は大分減ると思いますから」
「ありがとうございました。後はこちらでやります」
「感謝致しますわ」
「掴めないとイライラするけど上手くいくと何か楽しいね、やっぱ相談して正解だったわー」
「今後とも何かあればよろしくお願い致します」
「良い経験になりました。私たちも、これからお手伝い出来れば幸いです」
「また機会があれば呼んで下さい」
本日の作業はこれで終了。ホムセン箱は回収。近くの山に放つとしよう。
「では失礼します。間宮さんには伝えておきますので」
食堂に入って間宮さんに報告も済ませ、ホムセン箱を抱えて車に戻った。
「さてまずは外に出て、と」
車を発進させる。敷地から出て山に入る。ナメクジを解き放つ。店に戻りましょう。
(広樹です。旧棟の件で頭がいっぱいな所で、いいリフレッシュになった気がします)