某日 午前9時
旧棟内部調査初日。初日? 出来れば今日で終わらせたいがしかし……
「あー……遭遇しないといいなぁ」
画面越しでもアレとは出くわしたくない。そう思いながら車を走らせた。当然だが鎮守府が見えて来る。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
鎮守府関係者用出入り口にハイエースを近付ける。例の読み取り機で確認が終わり、そのまま敷地内に車を進め、駆逐艦寮に横付けした。
「……おや?」
何かがアスファルトの上に落ちているのが見えた。拾い上げると紙のようだがこれは……
「…………漫画?」
いや、正確には鉛筆か何かでざっくり書いた下書きっぽい。どうしてこんな所にこんな物が?
「落とし物……でいいのかこれ」
敷地の外から飛んで来た可能性は低そうだ。このぐらいの時間帯は海から風が吹く。仮に町の方から来たとしても、山で遮られて何所かで落ちる筈だ。
「んー……あんまり人目に見られたい物じゃないだろうな。一旦これは車に置くか」
ハイエースの助手席に安置する。施錠して駆逐艦寮に入った。
駆逐艦寮・裏側の廊下 旧棟正面出入り口付近
長テーブル1つ。椅子3つ。テーブルの上にはノートPCが3つ。その内の1つ、中央のPCから伸びるHDMIで繋がれた少し大き目のモニター1つ。ドローンのコントローラー1つ。後は何か、色々と機材が周囲にある。これが本日の拠点だ。
メンバーは俺、夕張さん、提督さん、以上。
「では旧棟の内部調査を実施致します。よろしくお願いします」
「お願いしまーす」
「夕張、ドローンは最悪の場合、破棄しても構わんからな」
「あー大丈夫です。安物を手に入れたので今日はそれを使いますから」
前回の打ち合わせで言っていたのを実行するようだ。まぁもし何かあっても回収する必要がないなら有難い事である。
「じゃあちょっと機材周りの説明をしますね」
3人でテーブルの方に近付く。
「まずこのHDMIで繋がれたPCは私が使います。目の前のモニターにドローンの映像が出ますから、それをご覧になって下さい。左右のPCでも同調した映像が見られますけど、3D化した図面データにドローンの位置が連動して、現在地の分かるソフトが入ってますのでメインはそちらのリアルタイムデータを見てもらう事になります」
すげぇなぁ、こんな事が出来るのか。今の技術って凄まじいですね。
「一応、紙の図面もありますから参考程度にどうぞ。特に質問が無ければ始めますけど」
「そのリアルタイムデータが見れるソフトは間違って閉じた場合に何か特別な設定はありますか?」
これは聞いておいた方がいいだろう。やらかしそうだし。
「えーとですね」
スリープ状態のPCを呼び起こして解説が始まる。デスクトップには既にそのデータが見れるソフトが立ち上がっていた。
「今、デスクトップにはゴミ箱と映像を見れるソフト、そしてこのリアルタイムデータが見れるソフトの計3つしかアイコンを置いてません。もしこれを閉じてしまった場合、この上から3つ目をクリックして下さい。全部立ち上がると自動的に図面が展開されます。下の方に展開終了と表示が出たら、左上のファイルをクリックして、その中の同調をクリックして下さい。それで勝手に同期してくれます」
ひゃー、ハイテクや……
「分かりました、大丈夫です」
そんな訳で旧駆逐艦寮の内部調査が始まった。外に置かれているドローンが飛び上がり、そのカメラから送られて来る映像がモニターに映し出される。
「ではまず1階。炊事場以外の探索を始めます」
ドローンが前進する。高さは人の目線ぐらいだ。
大体15分が経過。最初に入った時の記憶と内部の状況は大差ない。例の糞もほぼ干からびていたが、新たな糞は確認出来なかった。
「糞の主は草を刈ったから異変に気付いて近付かなくなった可能性がありますね」
「そうみたいですねー。裏のカメラってまだそのままですか?」
「今日が終わったらチェックする予定です」
「夕張、廊下の方を頼む。業者さんに仮で塞いで貰っている窓を見たい」
「はーい」
移動開始。ドローンはビニールシートで覆われている窓枠の外れた所を映し出す。
「異常は無さそうだな」
「ここはどうされる感じですか?」
「新しい窓を入れて貰います。ただ……」
「……何か」
「業者の方がこの作業をした際に立ち会ったんですけど、何かの気配を感じるとずっと言っていまして」
何かの気配。恐らくそれは連中の事だろう。よく分からんが、通常のGらしからぬ知性のようなものは感じる。未だにあいつらと戦う手段は思い付かないままだ。
「進めていいですか?」
「ああ、頼む」
「お願いします」
1階は例の炊事場を除いて全ての探索が終了。2階へ続く階段がモニターに映り込む。
「2階に上がりますね」
「前は確か、上がり切った所で異変に遭遇したんでしたか」
「そうですね。お陰で2階は全く見れていません」
紙の図面で見ても分かる通り、2階はほぼ全てが当時生活していた艦娘たちの部屋のようだ。しかしここが昔の小学校であった事もあり、部屋は教室を改造して衝立によって無理やり個室を作り出した仕上げになっている。
ドローンが2階に到達した。近い所から見て行く。
「ドアが閉まってますね。ここはパスかな」
「そこの窓が開いてません?」
「窓……これ入れるかな」
廊下側に窓のあるタイプの教室だ。その窓が1つだけ開いている。しかしドローンの大きさ的に入れるかは微妙だ。
「…………ゆっくり、ゆっくり」
次の瞬間、画面が大きく揺れた。プロペラが当たってしまったらしい。
「あー! やっば!」
いかん、余計な事を言ってドローンを壊してしまったか!?
「大丈夫か?」
「自動で水平になる機能があるんで多分」
「ここはやめましょう、すいません余計な口出しを」
「入れそうだったんですけどねー、まぁ他の所を見ましょうか」
隣の教室に移動する。幸いドローンはまだ無事なようだ。
「こっちは開いてますね」
中に進入。まず目に飛び込んで来たのは、鳥の巣だった。何の鳥かまではちょっと分からない。提督さんがその映像を食い入るように見つめた。
「鳥の巣か、卵か雛が居ると厄介だな。近所で毎年キジバトがやって来る所がありまして」
「あー、あいつら同じ所に来ますよね。変な所に巣を作って卵落としても毎年やって来て同じような事を繰り返してるの、よく見ます」
カメラが巣にズームする。しかし卵も雛も確認出来なかった。
「使われてるかどうかは微妙ですね。もしかすると何かしら対策が必要になるかも知れません」
これはメモっておこう。一部の鳥類は同じ巣をずっと使い続けるらしい。もしここが予定通りに駆逐艦寮の一部として復活すれば、巣を使っていた鳥が中に入って来ようとする可能性は高い。
「うーん、個室のドアは全部閉まってますね。これじゃ中はちょっと」
「無理はしないで先に進みましょう。まだ上もありますから」
取りあえず2階の探索は終了。ドローンは3階に続く階段の上を飛んで行った。
「3階は……半分が部屋で残りは物置みたいですね」
「確か備品置き場にしていた筈だ。新棟が完成した時にある程度の物は移した記憶がありますので、そんなに大量の荷物は残ってはいないかと」
って事は違う何か(意味深)が居る可能性はある訳だ。
と、ここで提督さんの携帯が震え出した。チラッとディスプレイが見えたが「執務室」とある。あそこに直通番号なんてあったのか。
「ちょっと失礼します」
提督さんは立ち上がって少し離れる。電話中もこちらは探索を続けた。数分後、電話が終わったらしく提督さんは戻って来る。
「申し訳ありません、1時間ばかり席を外します。夕張。もし終わってしまった場合は連絡を」
「はーい」
「こちらは続けますので気にされないで下さい」
「ありがとうございます。では失礼します」
2人にされてしまったが気にしない。お仕事お仕事。しかし、ここである事に気付いた。
(はて……視線を感じる)
首を回すついでに左右を見るが、今自分の近くには夕張さん以外に誰も居ない。何なのだろうかこの感覚は。
そして、曲がり角から2人を見つめる人影が1つ。
「ん~……バリさんの隣に居るのは誰なのか」
髪を高い位置で結っており、青いリボンが特徴的な艦娘が居た。曲がり角から凝視している。
「もしかしてそういう関係? バリさんも隅に置けないですなぁ」
「何してんのよアンタ」
「悪い事はあかんで~」
後ろから声を掛けたのは陽炎と黒潮。咄嗟に振り替える。
「ねぇねぇ、バリさんって彼氏出来たの?」
「は? 彼氏?」
「居るかどうか知らんけどここで会うとるのは変と違う?」
「いやでもホラ、あれ見てあれ」
陽炎と黒潮は曲がり角の向こうを見た。顔見知りになって久しい人間が居るのを確認。
「あー、あれは仕事中よ」
「ちょうどええわ、あんたまだ挨拶してへんやろ? 行こか」
「え? 行く? 何所に?」
2人に引っ張られて彼女は広樹と夕張の所に向かった。
3階の探索が始まって数分後。陽・黒に声を掛けられた。
「お疲れ様でーす」
「毎度おおきに」
「お邪魔しております」
「お疲れー」
2人がモニターを覗き込んで来た。後ろで気まずそうにしている娘はどなたですかね。
「これ、あの中の映像?」
「真っ黒いのは何所に潜んどるんやろなぁ」
黒潮はこの中で唯一、あの時に移動する暗闇を見た仲間だ。話が通じるだけで何だか嬉しくなる。
「階段がそもそも中央の1つしかないのに我々を掻い潜って2階に居たってのが解せない」
「ウチらが他のとこ見とる間に上へ行ったんやろうけど、にしてもあの待ち伏せ感は変やわ」
「それ嘘じゃなかったのね。さすがにちょっと信じられなかったけど」
「あのー、連れて来といてからの放置プレイは勘弁してくれます?」
気まずそうにしていた娘が喋った。声がちょっと低いけど耳通りはいい。
「あーごめんごめん。ご紹介致します、末妹の秋雲先生でございます」
「何やっけ? サークルみたいなん」
「秋ちゃん冬のイベントは出れそう?」
「その辺は他言無用でオネシャス!!!」
うーん、若い娘たちのやり取りにおじさん付いていけません。どう反応したらいいんでしょうかね。笑っとけばいいですか?
「ってかそれじゃ何の紹介にもなってないじゃん。えーと、秋雲です。みんなと服装が違うけど陽炎型の末っ子でーす」
言われてみれば確かにそうだ。陽黒と着ている服のデザインが違う。
「後藤田です。害虫害獣駆除の業者やってます。ちょいちょい来てますが気にせんで下さい」
「あ、思い出して来た。何かたまに来てる人ですね」
「数日置きに来てた時期もあったなぁ。まぁ、敷地内の車両通行許可証も貰ってるので不審者ではないと断言しておきます。よろしくどうぞ」
「そういやアンタ珍しく寮に居るわね。休みの時はよく遠出してるくせに」
「あー、ちょっと探し物を」
「何か落としたん?」
「建物の中だといいんだけどな~」
落とし物? もしかしてアレ? いや、違うか?
「あれ、おっかしいなぁ」
夕張さんが何かに気付いた。どうしたのだろうか。
「何か居ました?」
「んー……さっきそこの壁が黒一色だったのに、カメラが違う所を見てる間に色が変わったんですよ」
「カメラの問題じゃないの~? どこぞのメーカーかも分からない安物はダメですよバリさん。少し高くても信頼性のあるヤツじゃないと」
「ねぇ、今の何?」
陽炎が引き攣った顔でそう言った。目も見開いていて、何か恐ろしいものを見たような表情だ。
「え? どれの事?」
「上の方に何かが一斉に移動したのよ。大きな影みたいなのが」
黒一色。一斉に動く。大きな影みたい。このキーワードが叩き出す答えは1つだ。
「……後藤田はん」
「……あれはやっぱり現実だったのか」
「も、もしかして?」
「え? もしかして? 何が?」
「あ! ちょっと何よこれ!」
夕張が叫ぶ。全員が見たのは、さっきまで映っていたモニターの映像が消えて「NO SIGNAL」とだけ映し出されていた光景だった。ドローンから送られて来る映像の信号が途絶したらしい。
「……何か見えました?」
「上から急に黒い幕みたいなのが下りて来たと思ったら信号が切れたって表示が」
俺はここでノートPCの位置連動ソフトを見た。ドローンの位置情報が消失した、と表示されている。横からその画面を見た黒潮が呟く。
「やられたんやな、恐ろしい連中やわ」
「ただのGじゃないって訳ね……」
「え? G? あのー、少し説明して貰えると有難いんだけどさ」
さて、ドローンはやられてしまったようだ。次の一手をどうするべきか。もう少し内部の情報が欲しい所だがしかし……