前回の続きとなります
駐車場に並ぶビニールシートと食い荒らされた植木を尻目に車の中で横になろうとした時、加賀さんがやって来た。何故だかサボっている所を見られたような気分になって思わず背筋が伸びる。
「な、何か御用でしょうか」
「もし良ければ鎮守府の浴場を使って頂いて結構ですと提督が仰っています。希望されるのでしたらこのまま伝えますが如何でしょう」
各鎮守府によって差はあれど、風呂場はかなり大きいと聞いた事がある。これは体験しないと損だ。
「是非ともお願いしたいです」
「分かりました。別の者が案内に来るまでお待ち下さい」
そう言うと加賀さんは踵を返して戻って行った。この間に家へ電話して、帰るのは夜中か明日になる事を伝えておく。
「後藤田さん、お待たせしました」
聞きなれた声だ。ここ最近は何度もお邪魔して血糖値やら何やらが少し気になって来たけど、美味しいからやめられない甘味を作り出す間宮さんである。
「ああ、お邪魔しております」
「浴場の方にご案内しますね」
間宮さんに連れられて、駐車場から再び敷地の奥へと進んで行った。
「お店の方はいいんですか?」
「今日はもう閉めさせて頂きました。夜に備えて私も厨房の方へ手伝いにいかないといけませんから」
今夜は敷地内の街灯に集まるであろうドクガ軍団を駆除する作戦が行われる予定だ。そのために夜食や色々と準備が必要なのだろう。なんて考えている間に浴場のある区画へ辿り着いた。
「こちらです」
案内された所は銭湯ぐらいの大きさがありそうな建物だった。もっと大きいと思っていたが実際はこんなものだろうか。
「男性の職員や来客用のお風呂です。まだ入浴の時間じゃないのでゆっくり出来ると思いますよ。お着替えはどうしましょうか」
「あー、出来れば替えの下着なんかは欲しいかと」
「では後ほど持って行かせますね。分かりやすくするためにこのカゴを使って下さい」
赤いタグの着けられた脱衣カゴを貰った。中にはタオルも入っている。
「ありがとうございます、それじゃあお風呂を頂きます」
「ごゆっくりどうぞ」
【湯】と書かれた青い暖簾を潜って中に入る。間宮さんが背中を流してくれるようなイベントでも起きないかなんてゲスい事を考える自分に自己嫌悪しながら服を脱いで湯殿へ足を踏み入れた。
「おー、結構立派だ」
大きな風呂が1つ、ジャグジーが4つ、洗い場は10程度、サウナと小さな露天もあった。そこまで大きくない旅館の浴場と同じぐらいの設備である。取りあえず体を洗ってから湯に浸かり、日中の疲れを癒す事にした。これで風呂上りにビールでもなんて思わずにはいられないが、ここには仕事で来てるのであって宿泊しに来た訳ではないのだ。
1時間ほど貸しきり状態を堪能して風呂から上がる。脱衣カゴには替えの下着と浴衣が置いてあり、俺の作業着一式は姿を消していた。少し戸惑いつつも浴衣に着替えて外へ出ると、間宮さんが待ってくれていた。
「如何でしたか?」
「堪能させて頂きました。所で作業着一式が見当たらないんですが…」
「夜までまだ時間がありますから、風に当てさせて貰ってます。肌着は洗濯に出しましたので、お帰りの際に交換して下さい」
もう1度言う。ここには仕事で来てるのであって宿泊しに来た訳ではない。しかしこの持成しは本当にここが鎮守府なのか疑いたくなる。
「提督が夕食を一緒にと仰っていますから、それまで少しお休み下さい。休憩室の方にご案内しますね」
案内された休憩室で3時間ほど昼寝した。休憩室(意味深)なんて事が浮かんで来るクズな脳みそでゴメンなさい。今後はその一切を控えさせて頂きます。
「……はぁ」
軽いため息と共に起き上がると、しっかり畳まれた作業着が鎮座していた。浴衣を脱いでそれに着替え、仕事モードへと自分を移行させていく。その後は提督さんと夕食を共にし、作戦への準備を開始した。
「それでは、撃退作戦の説明を後藤田さんよりお願いします」
大淀さんからバトンタッチされた俺は、大勢の駆逐艦娘と少数の重軽巡を前に説明を行う。上手くいけば朝には帰れる段取りだ。仮眠もしたから体力は十分である。
「まず目撃情報の多い一帯を集中的に監視。人員の多数はここに配置し、他は特定の地域を受け持たずに巡回して見つけ次第に対処をお願いします。もし可能なら他に営巣している場所も見つけたい所ですが、これについては最優先事項ではありません」
大淀さんと加賀さんが殺虫スプレーの詰まった箱を開けて1人ずつに渡し始めた。防御手段としてはマスクとゴーグルも配布する。
「業務用の殺虫剤ですので、マスクとゴーグルは必需品となります。少量なら吸い込んでも問題ありませんが、もし目に入ってしまった場合は早急的に水で洗い流してから医師の診察を受けて下さい」
彼女たちの場合、医師と発言していいかよく分からなかったが、特に気にされていないようで安心した。説明を終えた事を提督さんに伝えると、作戦開始の号令が行われた。
「これより蛾の撃退作戦を開始する。各自、十分に注意して望んで貰いたい。以上だ」
作戦が始まった。陣容としては吹雪型と綾波型、朝潮型が目撃情報の多い地帯を担当し、それ以外は遊撃となっている。まず自分も主戦力の方へ着いて行き、状況を確認したら遊撃の方を見て回る事にした。
「朝潮型一番艦!朝潮です!ご指導よろしくお願いします!」
見た目は近所に居る小学生の女の子みたいなのにとても礼儀正しい。でもそんなに畏まって敬礼しなくてもいいと思うんだが…
「大潮です!よろしくどうぞ!」
同じく近所に居る以下略な感じだ。元気が溢れている。
「満潮よ」
そんな怖い目で見ないで下さい。まぁ、人見知りなだけかも知れない。
「荒潮よぉ~、今日は朝まで頑張りましょうねぇ~」
まーた村雨ちゃんみたいな異常に色気のある娘が現れた。大人になるのが楽しみです。いや変な意味じゃないよ?
「皆よろしく。殺虫スプレーは結構遠くからでも届くから、あんまり近付かなくても大丈夫だからね。十分距離を取ってから使ってくれ」
太陽は完全に沈んで暗くなった。街灯の明かりも煌々と輝いている。監視を始めて10分ばかり経った頃、吹雪ちゃんに声を掛けられた。
「後藤田さん、あれ違いますか?」
「どれどれ」
街灯の1本に数匹の何かが群がっている。ゆっくり近付いてから目を凝らすと、確かにそれはドクガの群だった。特徴的な色と形である。
「あいつだ、本来なら群れて集まるのは珍しいんだけどね」
「どうします」
「もう少し待とう。数が増えた所を一斉に叩いて一網打尽にするんだ」
今しばらく様子を窺う。するとあちらこちらから1匹2匹と増え始め、かなりの数が街灯に群がり始めていた。少々辟易するような光景である。ふと、朝潮型の娘たちが俺の周りに集まっている事に気付いた。
「あれ、どうかした?」
「この不肖朝潮!やれと言われればやりますが虫は少し苦手でした!」
「お、大潮も、あまり近付きたくない、です」
「な!何よ!誰だって嫌いな物の1つや2つ!」
「あら~、1匹なら何とかなるけど、あんなに数が多いと少しね~」
近所の小学生な風貌の娘たちに囲まれて不思議な気分だ。しかし気にしている暇はない。
「よーし!始めてくれ!」
街灯に群がるドクガへ向けて皆が殺虫剤を撒き始めた。バタバタと不規則な軌道で飛び回るドクガが、殺虫剤を浴びて更に出鱈目な飛び方で地面に落ちていく。何人かは足元に落ちたドクガがしぶとく動き回るせいで驚いて悲鳴を上げていた。
「うわぁ!びっくりしたー!」
「きゃあ!」
「なにそれ!?意味分かんない!!」
「はにゃ~!」
何とも微笑ましい光景だ。ここは彼女たちに任せても大丈夫だろう。リーダー格の吹雪ちゃんにその旨を伝えてここを離れた。遊撃に回っている方の様子を見に行く。
「後藤田さんつかまえた!」
また白露ちゃんに見つかってしまった。どうにもこの娘たちに絡まれるのはどうしてなのだろうか。
「後藤田さんも一緒に遊撃するっぽい!」
「はいはーい、後藤田さんも私たちと遊撃しましょ」
言われるがまま一緒に回る事となった。だがこれを逆に利用してあちこちの遊撃チームとすれ違いながら様子を見る事が出来た。全員順調そうである。
「屍骸には手を触れないで箒か何かで集めてくれ。処理はこっちでやるから、皆にはそこまでをお願いするよ」
それから数時間ばかりが経過し、かなりの数が駆除された。ゴム手袋をはめて屍骸を塵取りに集め、ビニール袋に収めていく。最終的には大き目のビニール袋が3つ鎮座する事になった。
「よし終わりだ、皆ありがとう」
短い時間だが激しい駆除作戦だった。気化し切っていない殺虫剤が街灯の灯りでまだ見えている。
「後藤田さん、お疲れ様です」
「いえこちらこそ、ご協力ありがとうございました」
提督さんと握手を交わす。今回はかなりの大仕事だった。殺虫剤とマスクやゴーグルを回収し、車に乗せ終わった所で食堂に招かれ、皆で一緒に夜食を食べて解散となる。手を振る駆逐艦たちに別れを告げて鎮守府を後にした。時間はもう夜中。親父とお袋はもう寝ているだろうから、俺もさっさと寝る事とする。
(広樹です、下着はちゃんと交換して来ました)