微妙かもしれません。
3階の調査前にある実験をする事にしたので空いてる時間にDIYして作った物を搬入、設置まで終わらせた。間宮さんの所で濃い目の緑茶と饅頭でも、とか思っていたら視線を感じる。
(……誰だ)
周囲をそれとなく見回す。司令部棟の屋根。倉庫群の屋根。入った事のない建物。現駆逐艦寮。街灯。ベンチ。自販機。自然区画の木々。視界を横切る警備の人たち。遠くで歩いている艦娘。いや、距離的に彼女たちではない。
「…………気のせい?」
にしてはこう、纏わり付くような何かを感じる。注意深く見渡すと自販機の方で何かが動いたのが見えた。そこを注視する。
(えーと、確か扶桑さんの妹さんだったかな)
自販機と街灯の隙間からこっちを見ているのが分かった。黒髪のショートヘアに特徴的な髪飾り。あれは髪飾りでいいのか? 取りあえず何でか知らないけど突き刺す視線だ。
(……こういう場合はこっちから行くしかないか)
それとなく視線を合わせながら小走りで近付く。少し遠めの距離で止まって声を掛けた。
「何か出ましたか?」
「…………相談があるわ」
「はい」
雰囲気的に相談からの仕事発生コースは確実だろう。場所を戦艦寮に移して話を聞く事に。
「Bonjour Monsieur」
「Hallo」
金髪美女が2人。1人は佇まいがマジで女優のリシュリューさん。もう1人も負けず劣らず美しいビスマルクさん。かなり久しぶりだ。
「ご無沙汰してます」
「取りあえず、座って」
かなり異色と言うか、不思議な組み合わせである。どんな相談でございましょうかね。
「……この虫なんだけど」
薬を入れるような透明のチャック付きビニール袋がテーブルに置かれた。
「私が育ててる花にびっしりと住み着いてたわ……正体が分かるかしら」
あー、そう言えば花壇を管理してるんだったか。こういうのは気になるだろう。
「失礼します」
ビニール袋を手に取った。白くてフワフワしたような形状だがゾウリムシに見えなくもない。
「……コナカイガラムシですねこれは」
カイガラムシ。カメムシの仲間だ。ちょっと大きめのてんとう虫っぽいヤツからこういう白いのも居て、主に観葉植物や果樹に被害が出る。名前の通り貝殻のような甲殻を持ち、これで身を守っているのだ。特筆すべきはこの殻が硬い上、種類によっては自身で分泌する物質のせいで殺虫剤が効きにくい事である。更に排泄物が病気を引き起こす可能性もある面倒な虫だ。
「やっぱりそうなのね、殺虫剤があまり効かなくて……」
「背中から分泌される物質が体を保護してるんですよ。成虫になると厄介な存在です」
「花壇の半分をやられてしまったわ。もうどうすればいいのか……」
「他の所に植え替えをしてはどうでしょう。早期に行えば無事な植物も多いと思いますが」
「ちょっと簡単にはいかないの、花壇の土でないと育たない花もあるのよね。数がそれなりにあって。でも一緒にやれば時間は掛からない筈よ、山城」
「ヤマシロ、やはり無事な物を鉢植えにしましょう」
2人がまだ何とかなると諭すも山城は俯いたままだ。
「……ダメなのかしら」
「山城、落ち着いて」
「ヤマシロ」
「栄養を吸われて全部枯れるのよ、おしまいだわ」
「それ以上弱音を吐かないで。誰のためにもならないわ」
諭すような言い方だがリシュリューさんに有無を言わせないオーラが見える。とても居辛い。
「……でも」
「少し休みなさい。心を落ち着けて」
「……そうするわ」
「さ、山城」
ビスマルクに連れられて山城は自室に向かった。取り残されてしまってどうしよう。
「あぁ、お茶も出さないで悪かったわね。待ってて頂戴」
「いえどうかお構いなくお願いします」
立ち上がって廊下の奥に消えて行った。あんなオーラ見たらどうしていいか分からんです。
(……ちょっと胃が痛い)
鳩尾の上の方がキリキリする。思わず手で摩ってしまうぐらいに……
「戻ったわ。あら、リシュリューは……」
「あー……お茶のご準備に」
「やだごめんなさい、すっかり忘れてたわ」
ビスマルクさんも同様に廊下の奥へ消えて行った。1人だと安心する。
約10分後、2人が戻って来た。コーヒーカップが乗ったトレイを持って。
「本国では有名なブランドのコーヒーよ。どうぞ」
「これは焼きアーモンド。ドイツだとクリスマスに作られるお菓子ね。でもお店によっては1年中買えるわ」
何だこの高級店に来た感じは。テーブルマナーなんて知らんぞ。
「ありがとうございます、いただきます」
優雅な香りが漂う静かなティータイム。しかし俺には荷が重すぎる。味が分からん。
「美味しいわね、このコーヒー」
「あら、あなたの国のコーヒーも美味しいじゃない」
この流れをどう変えるべきか……
「……えーと、それでなんですが、山城さんの花壇を」
「ええ、その辺に植えると枯れてしまうわ。だから鉢植えにする事を提案してるの」
「山城は色々と勉強して自分で何とかして来たのよ。ただ今回はどうにもならなくてすっかり弱気に……」
「無事だと思ってても実際には虫が付いてる可能性もありますからね」
さて、カイガラムシ用の殺虫剤は市販品もあるがちょっと一般的ではない。やった事はないが牛乳が効果的とか何とか。と言うか、俺もカイガラムシの存在は知ってるだけで仕事をした経験もなかった。
「一旦、状況を見てもいいですか」
「そうね。見て貰った方が早いわ。ヤマシロは寝かせておいていいから、私たちで案内しましょう」
「分かったわ」
外に出た。花壇の位置は確か炊事場の裏側だった筈だ。建屋に沿って裏に出ると、見た目は綺麗な花々が咲く花壇があった。しかし間近で観察するとそれはもうカイガラムシがビッシリと張り付いて痛々しいものになっていた。
「……確かに1人じゃどうにも出来ませんね」
「ここからこの辺までは頑張ったみたいなのよ。でも追い付かなくて……」
言われてみればある程度の部分まではカイガラムシが居なかった。だがこれは明らかに1人で駆除するレベルを超えている。
「ちょっと知り合いに聞いてみます」
商店街には園芸店があるので駆除の方法を聞く事にしよう。電話してみる。
20分後……
「お待たせしました。取り急ぎだと成虫を歯ブラシか何かで物理的に取り除くのが一番効果的だそうです。ただその労力は並大抵のものではないですね」
「恐らくヤマシロは最初にそれを行った筈よ」
「ええ。木だったら剪定するのが早いらしいんですが」
「全部花なのよね。それは無理だわ」
「となれば、無事なのを鉢植えにしながら除去を同時にやるのがベストかと……」
花は全部で……数えるのは止めよう。取りあえず少人数では無理だ。
「もうちょっと人手が居るわね。誰かに声を掛けて来るわ」
「使えそうな物がないか探しておきます。道具も集めてしまいましょう」
「知り合いの店に行って専用の殺虫剤を買って来ます。もしあれでしたら除去だけでも進めてて大丈夫ですから」
商店街まで戻って仕入れてまた鎮守府に戻る。今度からこの手の薬剤もストックしておいた方がいいかも知れない。戦艦寮の前に車を停めて花壇に向かった。
花壇の周りには3人の他に伊勢・霧島・大和・アイオワの4人。何でか宗谷も。加えて面識のない艦娘が1人。その1人以外はしっかりと土いじりの格好をしている。
「おつー、手伝うよー」
「暫くです。微力ながらお手伝いを」
「お疲れ様です」
「Hi」
「ありがとうございます。えーと……」
「通り掛かりに誘われまして。この鎮守府の皆さんはどなたも最低1回はこういう事を経験してるそうですので私も良い機会かと」
最低1回。言われて見ればそうかも知れない。まぁいいか。
「分かりました、人数が多いのは有難いですからね。因みに隣の方は」
眼鏡と先生のような服装。しかし起伏が激しいので目のやり場に苦労しそうだ。どなたですかね。
「練習巡洋艦、香取と申します。たまたま書類の回収に来た所でお話を聞きました。見学させて頂いても?」
「どうぞどうぞ。改めまして後藤田です。色々とお世話に」
練習巡洋艦。初めて聞いたな。重巡でも軽巡でもないって事?
「駆逐艦の娘たちからお噂は兼ね兼ね窺っております。仲が良いようで」
うん? もしかしてあらぬ疑いを掛けられている?
「……いえまぁ、節度を持って接してます。では作業に入りましょう」
釘を刺しておいた。済まないが冤罪は勘弁して欲しい。
「これを使って。買い置きを全部持って来たわ。後で私が責任を持って補充します」
リシュリューさんが全員に歯ブラシを渡していく。やはりこれでチマチマやるしかないようだ。植え替えが先に終わる可能性が高そうである。
「山城とビスマルクと私は無事な物を鉢植えにするから、みんなは成虫の除去をお願いするわね」
「成虫をそのままにしておくと他の所にまた取り付いてしまって収集がつかなくなるから逃がさないで」
「専用の殺虫剤を仕入れて来ました。そぎ落としたらこれを掛けて下さい」
殺虫剤は人数分ないので何人かずつで共有して貰おう。では作業スタート。
「……えっと、助かったわ」
「いえ、まだどうなるか分かりません。自分もこれの相手は初めてですから」
「ヤマシロ、始めるわよ」
「端っこの方からでいいかしら?」
「……ええ、そうね」
花壇の半分を6人で囲み、花の茎に着いたコナカイガラムシをそぎ落としていく。根気の要る作業だ。
「うー、イライラするぅ」
「伊勢さん、落ち着いて下さい」
「イライラしますねぇ」
「Heyキリシマ落ち着いて」
「……少し楽しいかもしれません」
伊勢&霧島は眉間のしわが凄い。打って変わって宗谷は今回が初めての参戦もあってか楽しそうだ。細かい作業が好きなのだろうか。
「あぁ、パラパラ落ちちゃった」
「ヤマト、大丈夫?」
「下に何か敷かないと効率悪いな……」
とは言えこの花壇全体の土だけを覆える物なんてない。どうするか。
「……そうだ。伊勢さん、コピー用紙を何枚か頂けますか」
「コピー用紙? どうするの?」
「使えるかどうか分かりませんが虫を地面に落とさない方法を思い付きました」
って訳でコピー用紙を貰った。ボールペンで中心に穴を開けたらハサミでその穴に向かって切れ目を入れる。これで花の茎に差し込んでコナカイガラムシをそぎ落とせば……
「……まぁまぁですか」
紙の上に虫がポトポト落ちた。これをバケツにでも入れればこの花壇から物理的に離せるか?
「あ、いいねそれ。私もやろーっと」
「引き抜く時に少し注意が必要ですね」
人数分作った。予備も含めて1人2枚となる。
「おー、これは楽です」
宗谷は目を輝かせている。
「お花さんを傷付けないようにしなくちゃいけませんね」
お花さん。前々から思っていたが大和さんは言動に何所となく幼さを感じる。何故だろう。
ビリッ
「あ……」
「キリシマ、冷静に」
花に紙を差し込む時に切った所を開き過ぎたようだ。穴から手前にも切れ目が出来る。
「ちょっと力み過ぎました」
バリッ
「damn it!」
「アイオワ―、人のこと言えないじゃーん」
「そんなに強くしたつもりはないのに!」
なんだかんだでチマチマとそぎ落とす作業が続く。リシュリューさんが溜めておく用のバケツを持って来てくれたのでそこへ入れていった。
約1時間後、ちょっと休憩を挟む。戦艦寮からこっちへ出る途中のコンクリート階段に座った。
「うー……中腰はキツイ」
しかし彼女たちは何ともないようだ。流石と言うべきか……
そして隣に感じる気配。スッと腰掛けた。
「いつもこんな感じで作業を?」
「今日は大人しめですね。場合によっては危ない目に遭う時もありますけど。主に自分がですが」
俺に何か疑いを抱いているらしい香取様。にこやかだけど目が笑っていないように見える。
「……ぶっちゃけ聞きますけど何か疑ってます?」
「否定はしません。ですからこうして、見させて頂いてます。第3者の目線は必要ですので」
うん、通常業務って訳だ。じゃあそこまで怯える必要もないな。
「叩いても何も出て来ませんけどね。ではそろそろ再開しますからこれで」
「因みに伊勢さんとの距離が微妙に近い事である程度の性格を把握しましたので悪しからず」
ドキーンとした。この人は怒らせてはいけない。そんな感じがする。
「いやぁ、分かってしまいますか」
「分かりやすい点、危険な存在ではない方向で考えています。残りの作業も頑張って下さいね」
「ありがとうございます」
これは勝てないな。変に喧嘩を売るような事は止めておこう。
「再開しまーす」
また花壇を取り囲んだ。チマチマと除去を繰り返す。再開から30分後、鉢植えの作業が終わった3人も合流した。
「待たせたわね」
「手早く片付けましょう」
「……頑張るわ」
作業を進めていく。バケツにはそれなりの量が溜まり出した。小刻みに専用の殺虫剤を掛けつつ歯ブラシでかき混ぜる。これで満遍なく効果を発揮する筈だ。
「あちゃ、隙間から全部落ちた」
「イセ、下の土ごとそのまま掬い上げていいわ」
「宗谷さん上手ですね」
「いえそんな。大和さんだって」
「ヤマシロ、ちょっと嬉しそうね?」
「静かにして。何でアメリカ艦は口数が多いのかしら……」
山城さんの顔色が大分よくなっているのに気付いた。今回の仕事が正解かどうか分からないがまぁ、これでいい気もする。
1時間後、花壇のコナカイガラムシは除去が完了した。残りは彼女たちだけでも大丈夫だろう。
「観察は継続するわ。でも今日はこれでいいでしょう」
「何とか終わったわね、山城」
「……ええ。みんな、迷惑を掛けたわ」
「いえ。また綺麗なお花、咲かせて下さいね」
「あの、今後も参加して宜しいでしょうか」
宗谷はこの作業を気に入ったらしい。物好きと言うか何と言うか……
「ではそろそろ失礼します。近々で同じ殺虫剤を幾つか持って来ますので在庫としてお使い下さい」
「……また何かあったら、相談させて頂戴」
「はい。可能な限りは対応しますので」
今日はこれでお暇する。車に乗って敷地を出て数分後。
「何かやり忘れたか?」
いや今日はそもそも旧棟に実験用の物を設置する以外で予定は……
(あ……間宮さんに行きそびれた)
もうUターンは出来ないな。大人しく帰ります。