広樹です。本年も差し迫って参りました。
この時期は出入りしている所にあちこち顔を出して入用の物を聞き出したり、近場だったら忌避剤だの薬剤を撒くスケジュールを立てる。加えて早めの挨拶も済ませてしまう事が多い。
害虫の防除って言うのはシーズンの最中よりも更に前の段階で行うとより効果を発揮するんです。
なんて事は売り上げに響くのであんまり教えませんがね。
年越しまで残り2週間。海から吹く風でハイエースの車体が押し返されるのを感じつつ鎮守府へ。車体が大きいと横風が怖いです。下手すりゃ文字通りひっくり返ります。
「どうもー、後藤田プロテクトクリーンです」
「はーい。どうぞ」
いつもの定位置で読み取り終了。司令部棟の近くへ停めて中に入る。
「お疲れ様です。何か必要な物があれば」
「どうもありがとうございます。大淀、一覧を」
「はい」
各寮から集計された物を受け取った。まぁまぁの分量だが2~3日あれば何とかなるだろう。やはりここも大掃除をするようなのでそれに合わせた感じの量だ。
「お預かりします。年内には揃えられますので、次は年末のご挨拶を兼ねてお邪魔します」
「営業再開は何日からでしたっけか」
「えー……29から休ませて頂きまして、5日から再開ですね」
「分かりました、よろしくお願いします」
次に行く所もあるので今日は手早く退散。4つほど回った所で夕方になり帰宅した。
「広樹ー、電話」
帰るなり親父が受話器を持って報せて来た。誰でしょうね。
「どちらさん」
「南海の人。浦木さんだっけ?」
「
あー、話し長いんだよなぁ、あの人……
「もしもし」
「どうもー浦部ですー。ハチアブゴートゥーヘルの試供品なんですけどその後は如何ですか」
「インフェルノじゃなかったんですか?」
「あぁそれ先月に名前変わったんですよ。今はゴートゥーヘルです」
「飛距離ってあれ以上は難しいんですかね」
「まーた難しい事を仰いますねー、うちの開発部いじめないで下さいよー。そう言えばですけど新年会来ます? いやですね、開発部の部長が広樹さんとお話したいそうでしてー」
参加した所で別に割引が効く訳じゃないから何とも言えん。あーだこーだやり取りしつつ発注も済ませた。暫くバタバタが続き年末のせいか納品も遅れ、26日になってようやく鎮守府分の商品が揃った。一旦連絡してこれらを抱え28日にお邪魔する。
鎮守府
「注文された物になります。こちら納品書です」
「ありがとうございます。来年もよろしくお願い致します」
「いえいえこちらこそ。良いお年を」
「はい。大淀、外まで見送りを」
「分かりました」
えー、見送り? 悪いなぁ。
「お正月は皆さんどうされて……これは聞いたら拙いですね」
「まぁ……全員で過ごす事になると思います」
危ない危ない。すっかり身内のような感覚だが俺は部外者だ。その辺の事は意識しておかないと。
「もし何かあれば連絡して下さい。暇だと思いますから」
「休む時はしっかり休まないとダメですよ。只でさえ旧棟の件では無理をお願いしましたし」
あれはキツかったなぁ。思い返せば懐かしい。
「そうですね。しっかり休みます」
気付けばもう出口が目の前だ。これで暫くここには来ない。何だかちょっと寂しい。
(……お茶でもしませんか~、なんて言える訳ないな。まだ忙しいだろうし)
「どうかしました?」
「あ、いえ、何か言われてみれば1年の疲れを感じ始めたような気が。では、良いお年を」
「はい。良いお年を」
スタスタ歩いて車に乗り込んだ。エンジンを掛けた所で久しぶりに聞く声が耳元から届く。
「ヒサシブリダナ、ゲンキカ」
「たった今元気じゃなくなったわ」
「ユウキダシテサソエバヨカッタジャネェカ」
「ヘタレだから仕方ないですね」
「コンジョウナシメ」
「何とでも言え。俺は帰る」
敷地を出るまでグチグチ言われたが知らん。と言う訳で本年の営業は終了しました。
12月31日 23時半
もう少しで年越し恒例の生中継が始まるけどもう眠い。酒も幾分か回ってるせいだろう。
「寝ます。お休みなさいませ」
「はーい」
親父は既に寝た。母だけ年越しまで起きるらしい。2階へ上がって布団に入るとすぐに寝てしまった。
・
・
・
・
・
やぁ諸君。私の名は後藤田広樹。この第十七鎮守府の提督だ。
「……え? 何で?」
提督さんが着ている白い服を何でか自分も着ている。そして今居るのは執務室だ。
「…………どうなってんだこれ」
窓から外を見た。やはりここは普段の見慣れた鎮守府。何が起きたのか戸惑っていると、誰かがドアをノックした。
「あ、はい」
「失礼します」
入って来たのは大淀さん。小脇に何かのファイルを抱えている。
「提督。着任してまだ二週間もないですが、少しは慣れましたか?」
「……ちゃくにん?」
何が何だか分からない。どういう事だ。俺はいつ提督になったのだ。
「急な事でしたから、理解が追い付かないのも無理はないでしょう。私がサポートしますのでゆっくり覚えましょうね」
「……はい」
言われるがまま、ファイルの内容について色々と説明される。建造とか工廠とか、任務とかあれやこれや。
「すいません、この潜水空母って何ですか?」
潜水艦たちとはあんまり絡みがないので自分の中でも情報が少ない。普通の潜水艦は分かるが潜水空母とは何だろう。
「航空機を搭載出来る潜水艦ですよ。積める数は少ないですけど、場合によっては有効な手段を生み出してくれます」
潜水艦に航空機を積む? すげぇ。そんな事って出来るんだ。
「なるほど……じゃあこの潜水母艦ってのとはまた違うんですね」
「そっちは潜水艦に対して補給を行うのが任務です。大鯨さんがそうですね」
だから潜水艦寮を仕切ってる訳か。初めて会った時に聞いた気がするけど聞き返すのもアレだと思ってここまで来てしまっていたから、意味が分かって何かスッキリした。
しかし違和感が拭えない。何で俺はこんな事をしているんだろう? おかしいな。夕べは年を越す前に眠くなったから23時半頃には寝た筈……
(あ、これ夢だ。間違いない。俺なんかが提督になれるわけないし……)
大抵こういう時は夢である事に気付くと覚めてしまうものだ。しかしそれがないのが不思議である。
(そして俄かに空腹も感じ出す。夢だよな? これ……)
「どうかしましたか?」
「あ、えっと……そろそろ昼にしたいなぁ、と」
「11時半ですか。少し早いですけど、食堂に行きましょうか」
「行きましょう行きましょう」
食堂に行った。いつもの鎮守府と変わらない事に何となく違和感を覚えるものの、中に入って今日のメニューを見る。
「今日は……日替わりが良さそうですね」
「私は日替わりのBにします」
日替わりB、クリームスープパスタとサーモンムニエルのセット? 何てお洒落なものを。やっぱそういうのが好きなんだろうか……
「じゃあ自分は日替わりのAで」
日替わりA、筑前煮定食。地味だなぁ。でもちょっと反応を窺いたいのもある。
「提督は和食がお好きですね」
「あー、はい。何か落ち着きます」
いや必ずしもそうではないけど母が作るのは基本的にやっぱ和食が多い。家系ラーメンとかも好きだけど年齢を考えるとあれはそんなに沢山食えるモンじゃないよなぁ。
「次の日のお通じとか考えるとやっぱ慎重になりますよね。あ、汚い話ですいません」
「お幾つなんですかもう」
笑ってくれた。ちょっと嬉しくなる。いや、こんなしょーもない事で幸せを感じてる場合ちゃうがな。
「あれー提督また大淀さんとご飯ー?」
「たまには私たちと食べませんかー?」
白露&村雨が登場。この子たちはあんまり変わらない気がする。
「その内にね」
「2人とも、邪魔しちゃダメだよ」
後ろから時雨嬢が止めに入る。これも何かよく見る光景?
「隣、失礼します」
「お疲れ様です。提督」
聞いた事のある低めの声と高めの声。これだけで誰か分かってしまった。顔を上げるとそこにはトレイを持った加賀&赤城の姿がある。
「あー……えーと、お疲れさんです」
不用意に名前を呼ぶのに躊躇う。提督さんを見ていて気付いた事の1つに、彼女たちを「さん」だの「ちゃん」は付けずに呼んでいたのを思い出したのだ。
「日替わりのAですか。いいチョイスかと」
「鳳翔さんの筑前煮、美味しいですもんね~」
食べてもいないのに幸せそうな顔をする赤城さんであった。隣に腰掛ける。
「ふ、2人は何を」
「日替わりD、生姜焼き定食です」
「私はポトフとパンのセットを」
生姜焼き定食。あれは肩ロースだな。キャベツどっさりである。ポトフも具が大きくて美味そうだ。
「いただきます」
「いただきま~す」
美味しそうに食べる美人ってのは見てていいもんだなぁ、とか思った。こっちは食べ終わったので執務室に引き上げる。
さて午後だけど……何をしたらいいんだろうか?
「提督、少し席を外しますね。こちらの書類にサインをお願いします」
何所から取り出したんだと言いたくなるぐらい大量の書類が姿を現した。天井に着きそうな高さだ。
「どれが何の書類かについては別紙の対応表がありますので、そちらを見ながら進めて下さい。どうしても判断がつかない物は別にしておいて下さいね」
「分かりました、やっておきます」
大淀さんは退室。残された俺。その辺の引き出しなんかを開けようとして見るけど開かないかもしくは中に闇が広がっているだけだった。手を突っ込んでも何もないし常温である。少し気味が悪い。
「……仕事しますか」
書類を床に置いて何段かに分けて作業開始。これだけ束になってて重くないのが色々と物語っている。
「えーと……何だこれ、何所の星の言語だ」
見た事もない言葉が書き連ねられている。どうしろって言うんじゃ……
「パス、分かるやつから」
次第にパスが増えて行くが仕方ない。だって読めないし。
「…………もう1時間経った?」
時計を見たら戻って来てから1時間が経過していた。時間の流れもおかしいらしい。
(……3時の休憩とかあったら誘ってみようかな)
どうせ夢だ。それなら利用させて貰おう。なんて思っていると、ドアが開いた。顔を見るのが恥ずかしいのでそのままの体勢で言った。
「あ、あの、問題なければ、3時に休憩を兼ねてお茶しませんか」
「…………私で良ければ」
うん? 大淀さんじゃない? その声は……
「……えぇ?」
振り向く。提督さんが居た。何で?
「どちらに行きましょう。間宮ですか? それとも鎮守府の外へ出ましょうか」
「え、ちょ、いや」
と、ここで急に足元の感覚が消え、奈落の底に落ちていった。落下する時の独特な気持ち悪い感覚に思わず叫ぶ。
・
・
・
・
・
「っ!」
飛び起きた。真っ暗な自分の部屋。蛍光塗料が塗られた時計の針は3時半。何だか寝汗も凄い。
「…………意味が分からない」
寝ている親に構わずシャワーを浴びた。下着は全部取り換えてまた布団に寝転ぶ。
「……寝れん」
そのまま気付けば6時。ようやく訪れた眠気で30分ほど落ちたがそこまでだった。居間に下りる。
「あけましておめでとうございます」
「おめっとさーん」
「お雑煮食べる?」
「食べます」
「お餅は?」
「1個でいいです」
前途多難な1年にならない事を願いつつ雑煮をすする。次に鎮守府行ったら俺だけ気まずくなりそうだ。
(広樹です。何も他意はありません。今年もよろしくお願い致します)
閑話 あるんだかないんだか分からない設定集5
南海製薬
殺虫剤や罠、殺鼠剤等を開発・販売している中堅メーカー。ハチアブジェノサイダーや小型殺虫スプレーZZと言ったインパクトのある商品を意欲的に売り出している。広樹が試供品や新商品を使った感想をよく送っているので商品開発部とは繋がりが深く、部長とも顔見知り。店が潰れたらウチに来いと言われているが、理学部や薬学部卒のみ採用なのを知ってるので広樹は本気にしていない。