お世話になっております、後藤田広樹です。平素より皆様には格別のご高配を……めんどくせ
今日も俺は鎮守府に来ていた。車から降りた所に冷たい空気が襲い掛かり、軍人でもないのに思わず直立不動の姿勢になる。
「ご無沙汰しています、後藤田さん」
「おはようございます加賀さん」
見えない日本刀が俺の首に刃を突きつけている。動こうものなら一瞬で斬られるだろう。
「提督さんはお忙しいようですね」
「別件で動き回っていますので今日は私が案内させて頂きます。こちらへどうぞ」
既に何度も通った事のある道筋で敷地の奥へと進んでいく。今日の舞台は寮の区画だった。
「因みにですけど、今回は何が出たんでしょうか」
「重巡寮で得体の知れない何かが高速で床を這い回っていると連絡がありました。申し訳ありませんが正体はまだ分かっていません」
うーむ、Gだろうか。いや、重巡と言えばそれなりに肝の据わった集団の筈だ。G如きで騒いだりはしないだろう。そうすると何が出たのだろうか。
「着きました」
「案内、ありがとうございます」
重巡寮に到着。駆逐艦の寮より小さいが近代的な建物だ。しかし気になるのは裏手が雑木林である事だった。もしかすると…
「加賀さん、各部屋の点検終わりました。居るとすれば残りは共同区画じゃないかと」
そう言いながら寮から出て来たのはセーラー服姿の娘だった。どうやら言動的にリーダーらしいのを感じる。
「こちら、害虫駆除業者の後藤田さんです。内部の案内は任せます」
「了解です。では中へどうぞ」
連れられるまま寮の中へと入っていった。駆逐艦の寮に比べやはり全てが新しい。
「改めまして、重巡古鷹と申します。よろしくお願いしますね」
「ご存知と思いますが後藤田です。毎度お世話になっております」
何かこう、普通な感じの娘だ。年相応と言うか街中に居そうな印象である。重巡が全員これぐらいだったら気兼ねしないで済むなんてのが甘い考えだったのを思い知る事となった。
「あら古鷹、業者さん?」
「お待ちしてました~」
でかい。とってもでかい。F以上は確実にあるだろう。そんなのが目の前に4つも現れた。しかも部屋着らしくどうにも露出が高い。
「2人ともそんな格好で人前に出ないで下さい!せめて上に何か着て下さい!」
古鷹はそう言いながら2人を奥へ引っ込ませていった。若干の体格差があるにも関わらずかなりのパワーである。
「あー……出直しましょうか?」
「ちょっと待ってて下さいね!皆に報せて来ますから!」
どうやら俺は真の意味で男子禁制の場所に足を踏み入れたらしい。放置されて15分が経過した頃、古鷹は息を整えながら戻って来た。
「お待たせしました……奥へどうぞ」
「あっ、はい」
奥地へと足を踏み入れていく。すると、さっきの2人が待ち構えていた。上着を着ているがその下から自己主張するものが大きいため余計に際立っている。
「さっきは御免なさいね、重巡の高雄です」
「私は愛宕よ、よろしく」
黒髪ショート巨乳と金髪ロング巨乳とか世の男性の多くが理想とする姿ではありませんか。いや俺はどちらかと言うと大淀さんみたいな方が……って危ない危ない。
「後藤田です。不躾にお邪魔してしまい申し訳ありません」
そして俺に対する包囲網は急速に狭まっていった。
「青葉です!あなたが後藤田さんですか!?民間の方と接する機会が少ないもので宜しければ少しお話聴かせて下さい!」
「ちょっと青葉!やめなさいって!」
「あれぇ~どうしへこんなほころにおとこのひほが~」
「もうポーラ!業者さんが来てるんだからそんなはしたない格好しないの!」
「お主が後藤田か!早くあの高速移動物体を何とかして欲しいのじゃ!」
「貴様が件の業者だな。提督から話は聴いている、ひとつ頼んだぞ」
俺は一瞬にして美女と美少女に包囲されてしまった。ほんのり香るいい匂いと容姿端麗な女性たちに取り囲まれ、精神が思わず堅物仕事モードへ切り替わる。
「後藤田と申します。平素より弊社をご利用頂き誠にありがとうございます」
「うむ、いい面構えだ。今後とも贔屓にさせて貰おう」
加賀さんよりも長いサイドテールで身長も高い上にめっちゃ美人なこの人は、何故に武士のような雰囲気を纏っているのでしょうか。加賀さんはどちらかと言うと新撰組のような尖った雰囲気だけど、この人は対照的に大らかで旗本か何かみたいに思えた。
「皆その辺にして下さい。あとは私が案内しますから」
硬直しかけた思考が古鷹によって取り戻される。俺は彼女に連れられて皆の輪を抜け、寮の奥へと足を進めた。
「すみません。提督以外の男性は少ないので、皆どうにも興味があるらしくて…」
「……まぁ、大丈夫です。それで話を元に戻しますが、何が出たんですか?」
「えーと……足が沢山あって、とてもすばしっこくて、こっちが驚いてる隙に何処かへ行っちゃうんで、誰もしっかり見てないんですよね」
その情報に該当しそうな虫と言えば、恐らくアイツかも知れない。この寮の裏に雑木林がある事も考えると、ほぼ正解を叩き出した可能性が高かった。
「あ、居ました。あそこです」
古鷹が指差した先には、廊下の隅にへばり付いてジッとしている赤黒くて細長いのが居た。
「…………アカズムカデか」
見た目も不快な上にハチの毒に似た成分の毒素を持つ強力なムカデだ。本来なら手出しさえしなければ問題ないが、こうやって人の領地に足を踏み入れてしまうと、どうしても敵視せざるを得ない。裏手の雑木林に棲んでいたのがウロウロしている間にここへ入り込んでしまったのだろう。
「寝ている間に身に覚えのない怪我をしたとか、体の何所かが痛いとか痺れの症状を訴えた方は居ませんか」
「それは大丈夫です。全員の所在と無事は確認済みです」
「目撃情報は複数ですか?」
「えーと……最初は妙高さんたちが見つけて、その後に摩耶ちゃんと鳥海ちゃんが見つけて……でも同じ時間帯に別の場所で見たと言う話は聴いてませんね」
と言う事は恐らくだが犯人はアイツだけだ。仕留め損なえば手痛い反撃を食らいかねない。殺虫剤はすぐに効果が出ないから、ここは久々に冷凍スプレーの出番だろう。
「では作業に入ります。少し離れてて下さい」
冷凍スプレーを構えてジリジリと近付く。頭は向こうなのでこっちは見えていない筈だ。ゆっくりゆっくり距離を縮め、スプレーに特注の延長ノズルを取り付けた。これならある程度まで近付けば届くから無理に接近する必要はない。
(食らえっ)
スプレーのトリガーを引いた。冷凍剤がヤツに勢いよく噴霧され、その体を凍らせていく。しかし俺はヤツの生命力を侮っていた。凍っていく下半身を引き千切って、上半身が逃走を図ったのだ。
「嘘だろおい」
驚く俺を余所に上半身は凄まじい速度で遁走。曲がり角の向こうへと姿を消してしまった。慌てて追いかけるも、既にその姿は何処へである。
「畜生、逃がさんぞ」
追撃を開始。これで逃がしてはウチの信用に関わる。大急ぎで曲がり角まで走ると、廊下の真ん中を逃げる上半身を見つけた。体が半分になったせいで余計にすばしっこい動きである。それに追い縋るも、所詮は運動不足の成人男性。20mばかり突っ走った所で息が上がってしまった。おまけに左足首へ激痛が走り、足がもつれそのまま勢い余ってすっ転んでしまう。
そして俺は、逃げる上半身に対して上空から覆い被さる形で廊下に墜落した。ビターンと言う音と同時に、何かが潰れる嫌な音も耳にしている。手から抜け落ちた冷凍スプレーが床を転がって行くのを現実逃避するように見つめた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
追い付いた古鷹が心配そうに声を掛けて来た。どう説明したらいいものか……
「……ガムテープと捨てても良い雑巾を2枚お願いします。1枚は水で濡らして貰えますか」
その後、作業着にへばりつくのを雑巾で隠して上からガムテープで固定。もう1枚の濡らした雑巾で床を掃除し、冷凍スプレーで凍った下半身を処分した。
「ではこれで失礼します」
「気にするな、貴様はよくやったのだ。誰も咎めたりはせん」
「お主の働きは覚えておくぞ。また来るがよい」
「よ、良かったら洗濯していきませんか?そのままだと気持ち悪いんじゃ……」
古鷹の優しさが身に染みた。お言葉に甘えて洗濯機と乾燥機を借り、雑巾とガムテープ諸ともに屍骸を処分する。綺麗になった作業着を身に纏い、俺は鎮守府を後にした。
(広樹です、情けないとです…)