間宮さんに全ての報告を終えたので空母寮へ向かう。3人の駆逐艦も一緒だ。因みに今日は動物用の道具は持って来ていないので実際に何かするのは後日になる。
空母寮
「お疲れ様でーす」
中に入るとロビーに居たのは加賀様と、間違っていなければ翔鶴さんと瑞鶴さん。それに髪の毛が赤茶っぽくて一部がとても大きい海外空母。1度だけ会った気がするけど誰だったっけ……
「あら、1人じゃなかったのね」
何か分からないけど加賀さんの目の色が変わった気がする。あと雰囲気も全体的に。気のせいか?
「成り行きです」
「しれぇーから先導も頼まれました~」
「あ、天津風、入ります」
「雪風、入りまーす!」
「天津風、そんなに緊張する必要はないわ。3人は適当な椅子に掛けてて」
「みんなこっちにどうぞ。何か飲む?」
「いえ、間宮さんの所でもう」
「大丈夫で~す」
「今はお腹いっぱいです!」
うーん、翔鶴さんは母性と包容力を併せ持った感じがする。いいもんですね。何を考えてるんでしょうね俺は。
「お世話になってまーす。多分ですけど探してる動物っぽいです」
妹さんはこう、ビジュアル的にはゲームとかの幼馴染キャラに居そうな……
「アクィラ、話を」
加賀様の声で意識が現実に戻った。はい、仕事します。
「は~い。この前なんですけど、とっても可愛い子が遊びに来てくれたんです~」
のんびりとした話し方である。そうか、ネズミの時に会っていたのを思い出した。でもちゃんと話したのは意外にも今回が初めてだ。
「か、可愛い子ですか?」
「ベランダに出て下を見たらゆっくり外を歩いてて、声を掛けたらこっちをジーっと見てくれるんです。もう凄く可愛くて」
「写真があるんだったわね」
「はい、見て下さーい」
画像を見せてくれた。モッフモフの毛並み。野生のくせに野生を感じさせない目付き。特徴的な顔の模様。
「……タヌキですねぇ」
あー、意外に面倒なやつだ。基本的には臆病だけど人間が餌を与えたり危害を加えるような行動をしなければ自分に無害な存在と見なして近くに居る事に慣れてしまう。常に敵対的な対応をしていれば話は違って来るが……
「因みに……何回ぐらい見掛けましたか?」
「3回です。歩き方も可愛くて~、動画もあるんですよ~」
動画の方も見せて貰う。手を振ったり声を掛けたり、明らかに敵対的な行動はしていない様子だ。
「雪風にも見せて下さい!」
「邪魔しちゃダメよ」
「タヌキ見た~い」
「どうぞ~。ほら、可愛いでしょ」
動画を見てキャッキャしている光景を他所に頭を抱えるのであった。どうやって仕事を進めようか悩む。
「…………んー」
「難しい相手かしら。そういうイメージはないけれど」
「基本的には臆病な生き物です。ただ、自分に無害な存在だと思うと慣れてしまう事があるんです。野放しにすれば糞害と食害が併発して起きます。子供も成長が速くて1歳になる前にもう繁殖が出来る動物でして」
「1歳になる前? すご……」
「犬猫とはちょっと違うんですね」
「あ、いえ、タヌキはイヌ科の動物です。もっと言うと犬は生後半年ぐらいでもう子供が産める体になるそうです。体格的な問題で本来は1歳以上が好ましいそうですけど」
アクィラを除いた3人の目付きが険しくなった。鎮守府の敷地にタヌキが溢れかえる光景を想像したのだろうか。天津風が小さい声で「ヒッ」と言うぐらいには空気が張り詰めるも時津風&雪風は平気な顔をしている。
「加賀さん。鳳翔さんの畑がまた荒らされる可能性が高そうだけど」
「そうね、許容出来ない事だわ」
「どうにかして遠ざけないといけませんね」
畑か。まぁ分かる気はする。いつだかに食べた野菜の素揚げは滅茶苦茶美味かったなぁ……
「えっと~、もっと凶暴な野生動物を探しているとばかり」
アクィラさんが遠慮気味に言う。まぁタヌキはどちらかと言えば大人しい方に部類されるでしょうね。でも一応は噛み付く事もあるから油断してはいけない。
「元々はそこに居る生き物ですからね。こっちの事情で追い出したのがまた入って来るのは仕方ない所もあります。ただこの線引きを曖昧にすると双方にとって宜しくない状況が起きますから、その辺はしっかりと境界を作らないといけません」
旧棟だった頃に周辺を調査した時、茂みに隠れて移動する何かを見たのを思い出した。そして中にあった犬っぽい糞。まさか犯人はタヌキ?
「因みに……この後、タヌキはどっちへ行きましたか?」
「そのまま左の方へ歩いて行きました。完全に居なくなるまでは見ていないのでその先についてはちょっと」
「裏を見させて貰えますか」
「ええ。2人は先導をお願い。アクィラも付いて行って、少し勉強させて貰うといいわ。3人はもう戻っていいわよ。後はやっておくから」
「では雪風以下、これで失礼します」
「し、失礼します」
「お疲れさまでした~」
3人は戻って行った。加賀様は仕事が残ってるらしいので執務室へ。そしてあまり絡んだ事のない方々を引き連れて裏へ回る俺。
空母寮・裏
前に仕事した物置は新しくなっていた。カマドゥーンも暫く大丈夫な筈。と言うかもう出ないで欲しい。
「どの辺まで来ていたのを見ましたか?」
「えっと~……2階のあそこが私の部屋ですから、ちょうど真下ですね」
地面をよーく観察する。薄っすらと足跡が見て取れた。戦艦寮の裏にあったのと形が近い。ほぼ確定かな。
「こんな所を歩いてたんだ」
「他の所にも出没してるんでしたっけ」
のんびりしているアクィラさんとは対照的に姉妹は周囲の警戒に余念がない。
「戦艦寮の裏ですね。今の所は実害が起きてませんけど、放っておけば何かしら発生する可能性はあります」
「あのー……あれってもしかして糞ですか?」
遠慮気味に瑞鶴さんが指差す先を見た。少し盛り上がった何かがある。形状は旧棟の中で見たやつに近い。日義さんの言っていた溜め糞だ。
「……溜め糞ですね。タヌキは同じ場所で用を足す生き物なんです。これはマーキングの一種で縄張りを主張するためとも言われていますね」
ベランダに居るアクィラさんが何もしなかったので"上に居るあの生き物はこっちには無害みたいだからここならええか"と判断されてしまったのか定かではないが、空母寮が行動範囲に含まれているのは確実だ。
「これは取りあえずこのままでお願いします。下手に取り除くと行動が変化する恐れがありますから」
そんな訳でタヌキの捕獲、もしくは撃退に向けて動き始めた。一先ず空母寮裏へカメラを設置し動向を探る。結果、2日目にして映り込んだのを確認した。例の場所で用を足して何処かへ消え去る。
4日目。遠隔モニターで映像を見られる安いカメラを入手したのでこれをセット。来客用の駐車場にハイエースを入れて車内で1晩だけ監視を行った。
深夜2時
「……お」
眠気の誘惑が最大限になった頃、ノソノソと丸っこいのが姿を現した。数分掛からず出すもん出して居なくなる。2日目が確か深夜1時頃の登場だったから、大体この時間帯に来ているようだ。
(この分だと移動ルートは固定っぽいな。超音波の器具を等間隔に設置すれば行動範囲を抑え込めたり……)
遠のいた眠気が再び訪れる。次に意識が戻ったら朝でした。
「…………1度帰る……前にスケジュール確認」
捕獲の申請を出して許可が下りるまでは凡そ一週間掛かる。隣県遠征や拘束期間の長い案件は暫く先にしておかないと面倒な事になりそうだった。
今の状況なら特に問題は無さそうだと思った所でサイドガラスをノックされる。警備の伊藤さんだ。ドアを開けて外に出る。
「おはようございます」
「おはようございます。夜中にタヌキを見まして、まだ伐採の終わっていない森の方へ入って行くのを確認しました」
「……何時ごろですか?」
「26時半前です」
寝落ちして少し経ったぐらいだ。果たしてそこが本来の生息地なのかそれとも旧棟に居られなくなったのを悟って移動したのか……
「こちらもそのちょっと前に空母寮裏に居るのを映像で確認しました。捕獲もしくは撃退に向けて動いていますので、もし見掛けても刺激しないようにお願いします」
「承知しました。部内で共有しておきます」
さて1度帰ってもう何時間か寝ましょう。じゃないと頭が働かない。
翌日、許可の通知を受け取った。早速だが罠を積み込んで鎮守府に向かう。溜め糞から離れた所に箱罠を設置して動作確認も終えて帰宅。暫く様子見だ。
一週間後……
「…………掛からん」
カメラの映像を見ると、タヌキは罠の入り口で餌をジーっと見つめては一歩踏み出したり退いたりを繰り返し、最後は何か名残惜しそうにその場から去るのだった。のんびりしてるくせにそんな所で野生の警戒心を発揮しないで頂きたい。
「根比べかこれぇ」
恐らく見た事がない物が突然現れて警戒しているのだろう。そこに在り続ける事で慣れてくれればと思うがしかし……
更に一週間が経過。未だに掛かってくれない。あんまり時間が過ぎると実害が発生する可能性が高くなるので、ここらで主目標を捕獲から撃退にシフト。アナグマの時にも使った、と言うか今も効果を発揮し続けている超音波器具を多めに取り寄せる事にした。問題なのは空母寮以外の正確な行動範囲がまだ分かっていない件である。
色々調べている内に時間が過ぎ去った。まだ罠には掛からんです。
と言うか夜の調査はどうしたって厳しい。実害が起きる前に何とかしたい所だ。食堂で濃い目にして貰ったコーヒーを啜っていると向かい側に加賀さんが座る。やっぱり目の色が変だ。前に覚えた違和感は気のせいじゃない。
「苦戦しているようね」
「……分かります?」
「思考の迷路に入り込んだような顔よ」
そんな顔をしていたのか。今回もまた意外に手強い存在に俺は振り回されている模様です。
「中々に難しいですね今回」
「捕獲じゃなくて追い払う方向にしたそうね。なら、1つ提案があるのだけれど」
「何でしょう」
「私に任せてくれないかしら」
「……その心は」
「追い払う事が出来るかもしれないわ。やってみないと分からないけど」
どんな方法で追い払うと言うのだろうか。取りあえずこっちも煮詰まっているので効果的な手段なら、と思い提案を受け入れる。夜中に来て欲しいと言われたので一度帰ってまた夜に来た。
深夜1時 鎮守府
暗闇で微かに光る4つの目。それが俺を出迎える。
「……お疲れ様です」
「お疲れ様」
「暫くです」
目の前に居るのは久しぶりに見た赤城&加賀の組み合わせ。加賀さんもそうだが赤城さんも雰囲気がおかしい。加賀さん同様に目の色が変わっている。
「えーっと、これは改二になられた恩恵か何かで?」
「そうね。改二の改装を受けた上で、試験的な改装も同時に受けているわ。今は加賀改二戊よ」
「同じく赤城改二戊です。この改装で夜間の行動が可能になりました。通常は昼間しか航空機を飛ばす事が出来ないんですけど、この状態なら夜でもそれが行えます」
矢矧さんの改二乙とはまた違うバージョンのようだ。しかしこれとタヌキへ何をするのかいまいち結び付かない。
「……そいで今からタヌキをどうするお積もりですか?」
「少しだけ脅かしてここから遠ざかって貰うわ。上手くいけば、だけど」
「大丈夫です。きっと通じますよ」
何か威圧的なオーラを発するようになったけど中身と言うか性格は変わらないらしい。逆にそれが謎の違和感を生み出しているようなそうでもないような。
一先ず正門の警備所に詰めていた伊藤さんにタヌキが入っていった場所を教えて貰う。伐開もかなり進んでおり、一部は工事が進行中だったりする。位置的には前にアライグマが居た廃工場跡地よりも更に奥だった。移動がちょっと手間なので2人に車へ乗って貰って現地まで向かう。
「大体……この辺ですね」
「少し待って見るわ」
「改装のお陰で夜目も利きますね」
ずっとそこに居れば相応に目が慣れて来るだろうけど、話しぶりから察すると2人には細かい所までしっかり見えているご様子。改二戊って凄い改装らしいっスね。
時刻は深夜2時を回る。俺には分からなかったけど加賀さんが草木の揺れを目撃。2人はそこまで静かに接近していく。程なくして茂みからタヌキが顔を出した。前方約10mに具現化されそうなぐらいの殺気を出し、暗闇の中で立ちはだかる一航戦の図が展開される。
「悪いけど、ここから先には行かせないわ」
「森のもっと奥で生活して下さい。じゃないと、食べちゃいますよ?」
冷たい表情の加賀さんと違って赤城さんは優しい笑みを浮かべている。声色が普段と同じなので茶目っ気を含んだ冗談の積もりで言ってるんだろうけど、その笑みと殺気と発言が混ざり合って非常に恐怖心を煽るものになっていた。
「きゅ、キューン……」
お? タヌキが怯えているっぽい。2人が気を強めながら迫るとタヌキはついに茂みの中へ顔を引っ込めた。俺もそこへ近付く。
「成功? ですか?」
「一時的には、って感じかも知れませんね。明日どうなるかは何とも」
「でも、恐怖心は植え付けられた筈よ。何回か繰り返せば歩き回らなくなるかも」
経過は要観察だ。申し訳ないけど俺も毎晩ここに来るのは体にこたえるので警備の人たちにも見回りをお願いする。あとカメラの設置と超音波器具も早く取り寄せてしまおう。ついでに溜め糞と罠は撤去して忌避剤も撒いておかないと。
(広樹です。その後、タヌキは姿を現しておりません。まぁ暫くは様子見ですね……)