さて、潜水艦寮で蜂の巣が見つかったそうです。何の蜂かで今後の対応が変化します。
「どんな蜂かは見えましたか?」
「えーと……スズメバチではないと思います。巣も蜂も小さ目でした。蜂もその、細いと言いますか」
巣も蜂も小さ目。そして細い蜂。あれかな? だったらそこまで苦労はしないか。
「あと……凄く近くまで寄って来るんです。もう目と鼻の先まで……」
大鯨さんの顔が青ざめて来た。手出ししない限り害はないだろうけど生活の一部に食い込まれるとこれは厄介極まりない。お互いの行動範囲が重複すれば意図しない何かが切欠になって諍いを起こす。
「じゃあ1度見に行きましょう。すいません、打ち合わせはリスケでも宜しいですか」
「分かりました。急に色々と申し訳ありません」
「いえいえ。では」
「大淀、念のため付き添いを」
「はい」
車によって1つだけ道具を取り、3人で潜水艦寮へ。巣があるのは正面入り口から見て左側。さっきの2号棟もだったけど左側面の外壁。正確には窓サッシの下にあるらしい。
「こっちに物干し台があるんです。シーツとかの洗濯物を運んでいた時、何かが顔の前を通って……」
「なるほど」
注意深く周囲を見渡す。防護服の類は持って来ていないから取りあえず今日は状況を観察するだけだ。さっき車から取り出した単眼鏡を右手に持ち突き当りまで進む。
「周辺は問題ありません」
「ありがとうございます」
大淀さんが後ろで見張ってくれている。この隙に顔だけ壁の向こうに出して単眼鏡で偵察。見えた。窓サッシの下に出来た巣と10匹前後の蜂。
「やっぱりアシナガバチか」
アシナガバチも種類が複数あるけど今回のは普通のアシナガバチだった。本来であれば放っといてもいいのだが……
「恐らく洗剤や柔軟剤の匂いにつられて花か何かと勘違いしたんでしょう。餌場が近くにあると思って営巣を始めた可能性が高いですね」
「ど、どうしましょう。干している洗濯物が取り込めないです。それに敷地内のスペースだとここしか」
確かにまだ複数の洗濯物が……あれは多分だけど潜水艦娘たちの制服(水着)ですね。これが取り込めないと任務にも支障が出て来るか。
「ちょっと待って下さいね。写真を何枚か撮ります」
単眼鏡は仕舞って携帯を取り出す。カメラを起動してズーム後に5枚ばかり撮影した。これにて一時撤退。
「……うん、アシナガバチです」
「対処法は何か」
「少し考えますね。取りあえず、出歩く際は十分に気を付けて下さい。それと暫く巣の方には近付かないようお願いします。変に刺激すると攻撃して来ますから」
今はそれしか出来ないな。まぁ防護服着て強力なのを噴き付ければ一撃で終わるんだろうけどまだ被害が出てないから可能なら何とかしたい。出来るんだったら方法は先輩方に聞こう。
執務室に戻って報告し本日は終了。潜水艦寮周辺の警戒を強めて貰う事になった。
その日の夜
先輩方に電話する。体裁は合同会社で代表が1人。掛けるのはその人。
「お疲れ様です」
「あー暫くだね。どうかした?」
事情を説明。アシナガバチの巣を移動する事は出来ないか相談だ。
「出来るよ。ただあんまり数が居る状態だと作業時の危険度は上がるね。夜にやるとまだ楽かもしれないな」
「そう言えばこの前もそうでしたね」
「蜂は昼行性だからね。夜は巣に戻ってまぁ、厳密にはそうじゃないけど寝てるようなもんだよ。夜中なら確実に群れの殆どを巣ごと移動出来る。ただ移動先はしっかり決めないとね。あと戻り蜂は少なからず出るからその対処もしないとダメだ」
これは俺1人じゃちょっと厳しそうな気がして来た。応援を頼めないか打診する。
「因みにですけど近々のスケジュールは」
すぐ動けるのは電話している先輩を含めて2人だけと言われた。まぁ俺も混ざって3人居れば十分だろうか。取りあえずスケジュールを大至急固めて貰う事にして、俺は自分用に厚手の防護服を用意した。
因みに結構いい値段しました。見た目は空港とかの消防隊に近い。
朝が明けて翌日。移動先を決めるため可能なら午後とかにお邪魔出来ないか鎮守府に連絡する。14時頃なら1時間程度時間を作れるそうだ。敷地の地図を見ながら良さそうな場所を見つけるだけなのでそんな手間は取らせない筈である。
「あ、どうも」
うへぇリシュリューさん。廊下に立ってるだけで絵になる。何所かにカメラがあったりして。とすれば俺はエキストラA?
「何か用かしら」
「打ち合わせの予定を組んでまして」
「そう。私は書類を出しに来ただけなの。終わったらすぐ失礼するわ」
ホーネットさんもそうだが本当は女優ではないのかと今も疑っている。本国では滅茶苦茶に有名だったりするんじゃないだろうか。
「戦艦リシュリュー、入ります」
「あ、えっと、後藤田です。失礼します」
一緒に執務室へ入った。取りあえずリシュリューさんを待つ。
「こちら報告書です。ではこれで」
書類を渡したリシュリューさんは優雅に歩いて執務室を後にした。思わず見惚れてしまいます。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。アシナガバチの巣を移動させる件ですが」
「ええ。良い場所を探したくてですね」
「分かっています。大淀」
「はい」
今日も2人で行動する事になった。1時間を過ぎると提督さんは外出してしまうが後で連絡が貰えればいいそうだ。
「どんな所が最適ですか?」
先輩曰く、元の場所から300m以上は距離を離すのが絶対条件だそうだ。でないと元の記憶が勝って前の場所に戻るとの事。また昼間の内にやると巣に居なかった蜂が戻って来て途方に暮れてしまう。これらを踏まえてやる時間帯と移動先を考えなければいけない。
「出来れば普段から人が寄り付かない所がいいですね」
「普段から……1つそんな場所があります」
大淀さんの案内で早速そこへ向かう。かなり歩いて何所へと思ったが場所は前にタヌキを追い払った辺り。カラーコーンがコーンバーで繋がれた、見るからに立ち入り禁止的な感じになっている手付かずの森があった。
「ご覧の通りですが、伐開はここまでになりました。切り開いた場所は運動場や関連施設が建ちます。それでこちらの森は生態系保護の観点から残す事が決定してまして」
「なるほど。誰もわざわざ入る事ないですね」
これなら都合のいい環境だ。目星の場所を求めて少しだけ中に分け入る。
「…………大体、200mぐらい入ったかな」
道はありません。掻き分けながら草を踏んで進む。取りあえず道っぽくしていった。これだけ自然があれば人前に出て行って餌を探す事もないだろう。
「この辺なら何所でもいいか。何か目印を……」
ポケットティッシュを1枚適当な枝に結んで目印とした。戻りながらまた草を踏み、今度はしっかり分かるようにする。森から出て大淀さんと合流し今度は潜水艦寮からの距離を測る作業だ。車に巻尺が積んであるからそれを持ち出して2人で大体の距離を割り出すが、森が見えたぐらいでもう500m以上になったので止めた。森に入れば更に距離も増える。
「いいでしょう。問題ないと思います」
「予定日は決まってますか?」
「あーと……まだですね。やる前に1度見て貰いたいので最低でもあと2~3日は」
これは仕方ない。まだ先輩方のスケジュールも聞けていないのだ。今日中に連絡を取ろう。
まず作業が1時間以内で終わったので提督さんに報告。場所は候補として確認して頂く。OKも出たので次は連絡してスケジュール調整して……やっぱ忙しいですねどうも。
夜になって連絡を取り明日動ける事を確認、鎮守府に電話して了承を貰った。んで翌日に先輩方2名を連れて今日も鎮守府へ行く。まず潜水艦寮から確認だ。
「あそこです」
「……まだ巣は成長途中だね」
「これなら昼間でもいいけどまぁ、今後を考えれば夜かな」
次は引っ越し先の候補地。これもOKだ。続いて移動ルートを考え、これを警備の人たちに伝える。夜間でもスムーズに動けるようポールか何かを置いて貰える事になった。打ち合わせもしてしまい決行は明日。お2人は昼間の内に鎮守府へ入ってアシナガバチの動向を窺う。俺は荷物と一緒に2人を送ったら一度帰宅。作戦開始1時間前にまた鎮守府に行く予定。
夜10時・潜水艦寮
「お疲れ様です」
「昼間に飛んでたのは全部戻って来たよ。多分だけど」
「まぁ何匹かは戻り蜂が出ると思っててくれ。完璧には出来ないからさ」
状況は宜しいようだ。防護服はもう全部が潜水艦寮の中に置いてある。使う道具はビニール袋とハサミ、割り箸と結束バンドの4つ。立ち合いは武田さんと大鯨さんに大淀さん。
「夜分にありがとうございます。蜂も眠るとは知りませんでしたね」
「夜は視界が悪くて動かなくなるそうです。それを利用したのが前回の件でもありますね」
「どうか宜しくお願い致します」
「移動ルートはペンライトの付いたカラーコーンで指定してあります。迷う事はないと思いますけど、100m間隔で案内が誰かしら立っていますから目印にして下さい」
「分かりました」
さて防護服を着ましょう。今回のはゴワゴワしてて独特な匂いだ。
「広樹ちゃん凄いねソレ。化学消防隊みたいじゃん」
「無理しないで遠くに居ていいよ」
「いえ今回は手伝わせて下さい。無理を聞いて貰いましたし」
現状はまだいいけど今後の事業として蜂の駆除はいつか手を引かないといけない分野だと思っていた。今は親父が全面的に請け負っていて先輩方の助けもあるけど、将来的には出来なくなるだろう。まぁ俺がリーチ掛かってなけりゃもう少し展望はあったかも知れないが……
「ではこれより巣の移動を始めます。立ち合いの皆さんは十分に距離を取って下さい」
灯りがないと見えない所まで下がって貰った。懐中電灯で足元だけを照らして巣に近付く。窓サッシの下にある巣を更に下からビニール袋で包み、割り箸で根元から挟んで折る。
「よし今だ」
結束バンドで割り箸の前と後ろを固定。巣と前だけをビニール袋に包んで移動開始。
「広樹ちゃん先導お願い」
「森の中はちょっと自信ねーや」
さぁてアシナガバチさん。今からご家族一同で新天地に行って頂きます。何が凄いってお家もそのまま移動って所ですぜ。
「行きます」
前に立って早歩き。ペンライトの光るカラーコーンを目印に進んで行った。最初に居た案内は赤城さん。少し離れた所に居た。相変わらず目が微妙に光っている。防護服のせいで何か言っても聞こえにくいのを分かっているのか静かに佇んでいる光景がぶっちゃけ怖い。
次は神通さん。蝋燭を片手に離れた所からこっちを見ていた。これもこれで正直怖い。
「有難いねこれ」
「悪い気もするけどね」
(俺は何か怖いです)
続いて古鷹さん。左目が光ってカラーコーンの下を照らしている。あれ、そんな事が出来たっけ? 小さく手を振っていたのでこちらも軽く会釈して答えた。
「あれぇ広樹ちゃんもしかして仲いい感じ?」
「今の娘かわいかったね。あれ、前の時も居たっけか」
「いいから急ぎますよ」
半分くらい来ただろうか。古鷹さんの次は七駆。全員が懐中電灯を振っていた。そして森の前に来ると武蔵様が居られました。
「これでは誰が誰か分からんな。まぁ今それはいい。頼むぞ」
森に突入。夜でも分かるぐらいに道を作ったのでそこを駆け抜け、ティッシュペーパーを結んだ木を探した。
「ここです。お願いします」
まず結束バンドで固定した割り箸の後ろを枝にくっ付けて更に結束バンドで固定。ビニール袋から巣を解放した。流石に何匹が襲って来るけど離れながら殺虫剤を撒いたら近付いて来なくなった。この隙に森から出る。武蔵様と一緒に距離を取ったら潜水艦寮に戻ってお掃除&薬剤散布の時間だ。この隙に干しっ放しだった洗濯物も回収して終了。
その後は予め用意して貰っていた部屋で朝を待つ。待つって言うか雑魚寝。いびきとか色々凄い。あんま寝れなかった。
翌朝
「広樹ちゃんいびき凄いね~」
「歯ぎしりもだよ~」
「そうですか?」
全部あなた方ですよ。とは言えませんでした。俺だって意識のない時間帯はあったし。まぁこんなのは1回限りでしょう。
「さーて戻り蜂の警戒だね」
「昼までは粘ろうか」
持って来ていた朝飯を食って潜水艦寮へ。若干奇異の目を浴びながら昼まで居たけど戻り蜂は見つけられなかった。本日は解散し3日ほど通い詰めるが戻り蜂は2~3匹程度に収まる。
「大丈夫そうだね。終わりでいいんじゃないかな」
「こまめに見ればまた巣作りしてるかどうか分かるよ」
と言う訳で本件も無事終了。改善策として各寮で使う洗剤や柔軟剤を出来るだけ無香料の物にして貰った。完全にかどうかは分からないけど前よりは巣が出来難くなるのを願います。
ちょっと修正しました。ご了承下さい。