食堂に来た。この雰囲気も久しぶり。今日の日替わりAはざるうどんと助六寿司のセット、Bが冷製パスタ、Cに穴子丼だ。でもおススメはシビ辛麻婆豆腐定食のラインナップ。
「ご無沙汰してま~す」
「お疲れ様です」
食い終わったのか微妙に腹が大きくなっている阿賀野さん。後ろに居るのは矢矧さん。
「シビ辛麻婆最高~、お代わり2回もしちゃった」
「阿賀野姉、次は北の方に出張ね。明日には行って貰うから」
「南の方から帰って来てまだ3日なのに!? コンビニの新作お菓子食べれてないんだけど! あと間宮さんのお店もまだ!」
「いいからいいから」
引きずられていった。どうこう言える立場じゃないから見送るしかない。
「……穴子丼お願いします」
「はーい」
間宮さんも鳳翔さんも奥に居る。受け付けは伊良湖ちゃん。鰻丼は無いようなので穴子丼にした。頑張らなければならないと言う謎の決意が俺を動かす。
「日替わりAで」
「私もー」
吹雪&白露は日替わりAを選んだ。
(海外の娘らってもう日本食とかはいけるのか?)
少し気になったのでそっちに意識を傾けるが完全に英語で会話し始めたのでもう訳が分からん。何となく聞き取れたのは"日本食以外にもメニューが揃っていて凄い"的な内容だった気がする。
そして大和&武蔵は聞き取れないぐらいの数を注文。情報が耳に入るけど脳には入らずそのまま出て行った。
予想はしていた事だが量の問題で先に食べ終わってしまう。2人にはゆっくりでいいと伝え先に駆逐艦寮へ戻り準備に入ります。
1号棟
「何でダズル迷彩の布なんか持って来たの」
「ダズル迷彩じゃないよこれ、ただの縞模様じゃんか」
段ボールに入れてあった布を広げた白露が聞き慣れない名詞を口走り、吹雪がそれを訂正した。
「……ダズル迷彩って何」
「目の錯覚を利用したやつ。物の正確な形とか向きが分かり難くなるんだよ」
「へー。まぁこれは本当にただの縞模様なんだけどね」
「どう使うんですか?」
「これね、合羽みたいになってんだ」
これが秘密兵器。商店街の被服屋に頼んで用意して貰ったのだ。全部で6着ある。あとは俺が手縫いで防災頭巾みたいなのと単純に首下でボタン留め出来るようにして簡単に作ったマントみたいなヤツのセットが4つ。結構大変だった。生地は季節を考えて薄くしてある。
「アブの生態を調べてて分かった事があってさ、白と黒の縞模様ってアブの目が視覚情報を誤認識してくっ付かなくなるらしいんだ。一応海外で実験されたデータもある」
「目が誤認識? やっぱダズル迷彩じゃん、ねぇ」
「……もうそれでいいよ」
吹雪は投げやり気味に答えた。ただの縞模様はダズル迷彩ではないと言いたいのだろうが"視覚情報の誤認識"云々で抗う気を無くしたらしい。
「最初に俺が着て試して見るから皆が着るのはその後ね。効果が無かったらちょっと考える」
さてどうなるか。まずは作って貰ったのを試そう。前開きじゃないので上からスッポリと被る感じだ。頭はフード付き。袖に腕を通すと着丈は俺の身長で足元ぐらい。駆逐艦が着ると少し余りそうだ。その場合は勿体ないかも知れないけどいい具合の長さで切ってしまおう。
「怪しくなったね」
「顔出さないと不審者扱いされそうだ」
「親潮に言われたのまだ根に持ってんの?」
「根に持ってません~」
「え~本当?」
ゲスっぽい笑みを浮かべる白露嬢を尻目に外へ出た。裏に回って2号棟の前に到着。皆も1号棟1階の裏側に来て様子を窺っている。
「……来ないな」
近くを飛ぶ音はするけどくっ付いて来ない。試しに腕を上げて見るけどそこに降り立つアブは居なかった。思っていたより効果があるらしい。だが次の瞬間、むき出しの手に1匹降りようとしたので流石に振り払う。動き回っていれば問題無さそうだ。
「よーしよし、使えるぞ」
小走りで1号棟に戻る。大和&武蔵も合流したので作戦を説明。まず2号棟出入口に吊るすだけの忌避剤(カ・ハエ・アブ・ハチetc兼用)を取り付ける。何か出っ張りがあればそこに掛けられるタイプだ。続いてハチアブバスターズを各自2本持って遠ざけたり駆除したりする。後はハチアブロックZに火を点けてバリア効果が作れたら様子見だ。
「最初だから3人には2号棟の出入口に忌避剤を付けて貰おうかな。その後は変に動かなくていいから出入口の所で近くに来るアブをスプレーで追っ払ってくれればそれで大丈夫だよ」
ジョンストンが「見学したい」と言っていたので今日は無理に混ざらせずどんな事をしてるか見て貰えればいいか。
「Point-defenceですね、とても大事な戦術です」
「すごーい、こんなの着るんだ」
「普段もこういう方法なの?」
「今日はちょっといつもと違うかなー」
「ただ殺虫剤を撒くだけじゃ解決にはならないし、やる上での安全も大切って事です」
さてコイツを装備しましょう。大和型の2人は逆に丈が短いけど仕方ない。駆逐艦5人は予想通り下が余ったから切ろうとしたが勿体ないと機転を利かした吹雪ちゃんの提案でクリップ留めした。ちょっと折り畳むだけで十分な長さになる。
「……何か変じゃない?」
「大丈夫大丈夫、新鮮な感じする」
「適当なんだからも~」
見た目が気になる吹雪ちゃんに対して白露嬢はいつも通りあっけらかんとしていた。
「こういう装備もあれば便利だろうか」
「取り付けるのはあっても更に上から着るのは確かに珍しいわね」
大和型は何か自分たちに役立ちそうな物になるかと考察中。俺には口を挟めない分野だ。
「では宜しいですか皆さん。一先ずは手筈通りで」
全員でフードを被り両手にはスプレー。忌避剤とハチアブロックZが入った箱は小物入れに収める。そして1号棟から出た直後、目の前にタイミング悪く親潮ちゃんがやって来た。
「……ふ、不審者集団」
黒と白の縞模様を着込んで顔がよく見えない。そんなのが8人も集団で現れたのだ。直感的にヤバいやつらと思われても仕方ない。顔が引き攣っていらっしゃる。
「着る? まだあるけど」
横から前に出て来た白露嬢。これで誤解が溶けるでしょう。
「そんな恰好で一体何をする気ですか!」
ありゃ、変に深読みされたらしい?
「アブ退治だよー」
「え、アブ?」
「最近2号棟の方で飛び回ってるから来て貰ったの」
更に横から出る吹雪ちゃんで訝しげな顔付きになった。
「どうも。不審者です」
フードを取った俺の顔を見た親潮ちゃんは"またやってしまった"と言わんばかりの表情に。しゃーないしゃーない。
「不審者ですって。どうしましょう」
「企みがバレてしまったか。秘密を知った者には消えて貰うしかないな」
意外にも悪乗りを始める大和型。
「我ら縞模様軍団を相手に無事で居られるとは思わない事だ」
だみ声になって謎の演技をしながら更に乗っかる白露嬢。ダメだ。そろそろ収拾しないと時間が無くなる。
「話が進まないからその辺でお止めになって下さいませ。えーと、今回はちょっと危ないのが飛び回ってるんで参加しなくて大丈夫です。ただ誤解を回避するための見張りをお願いしたいです。警備の人たちに迷惑を掛けてしまう可能性が出て来るので少しは人数が多いと助かります。あと管理室の2人にも教えて下さい。2号棟の方にも連絡して貰えると助かります」
「わ、分かりました。誰か呼んで来ます」
「こっちにもアブがまぁまぁ居るので在庫を使って対処して下さい。因みに黒と白の縞模様はアブに狙われにくくなる効果があるからおススメです。では行きましょう」
ちょっと強引だったかも知れないけど主導権を握ってようやく裏に回った。心臓に悪い耳障りな音が微かに聞こえて来る。
「海外組3人は一緒に出入口へ行って忌避剤を掛ける場所を探そう」
「こっちは自由にやって構わんか」
「お願いします」
「対空戦闘ですね。私が引き付けますから近くで援護をお願いします」
「了解です!」
「大和さんかっこいー!」
よく分からんけど白露嬢のテンションが上向きのご様子。吹雪ちゃんは大和さんの雰囲気に呑まれたのか気分が海へ出ている時に近くなっているっぽい。
さて向こうが動き出したのを横目にして2号棟出入口へ到着。忌避剤が掛けられそうな出っ張りを探した。
「……無いだと」
「置く事しか出来なさそうですね」
「これじゃ何所にも引っ掛けられないわ!」
「in coming!」
サムがアブを追っ払ったようだ。しかし拙い。旧棟だった頃は出入口の壁に恐らく何かを引っ掛けるために打ち付けた釘が幾つかあったのだ。リフォームに伴って余計な物は全て除去されてしまったらしい。その時のイメージが強くてまだあるもんだと思っていた事を悔やむ。
「一時的でもいいから取り付けられないか……」
「シューズボックスの上に何かバラストを置いて、その下に引っ掛けられるだけの長さがある物をセットするのはどうでしょう」
簡単に言えば靴箱の上から定規をある程度出して、片方に重りを置けば靴箱から出ている方に引っ掛けられるって事か。
「……それしかないかな」
「ここは任せて下さい。私たちはまだ、何所に何があるか分かりませんから」
いや俺はそもそも部外者だから別に詳しくもないんだけどね……
「すぐ戻るね。殺虫剤を左右に振りながら使うとバリア効果が出て近付かなくなるからやってみて」
後ろの方からワーキャー聞こえる中で管理室に行く。今日の当番は巻雲&リベッチオ。事情を説明してプラスチックのハンガー2本と水が入ったペットボトル2本を拝借。ハンガーは先端の方に窪みがあるタイプだからここがストッパーになるだろう。
「お待たせしました。取り付けます」
「Sam! cease firing!」
「ちょっとやり過ぎた?」
「真っ白になってしまいました」
薬剤が気化仕切らないまま出入口周辺に蔓延している。軽くホワイトアウト状態。
「今の内今の内」
旧棟だった頃はボロボロの下駄箱だったけど今は綺麗でシックなデザインの靴箱。その上にハンガーを置いてペットボトルで押さえ、先端に忌避剤を掛けた。窪みには返しのような出っ張りもあるので簡単には抜け落ちない筈である。
「これでOKだ。3人はここで中にアブが入って来ないようにお願いします」
ハチアブロックZの入った小物入れを脇に抱え外に出る。さっきまでの声は落ち着いてしまっていた。
「粗方は終わったぞ。右手を少しやられてしまったがな」
「それなりに手強い相手でしたね」
しかし大和型の2人にはまだ余裕が見えている。流石と言うべきか……
「殺虫剤もう空っぽです」
「あーびっくりしたー」
白露嬢はフードを取っていた。他の3人は被ったままだけど。
「何かあった?」
「耳の方に飛び込んで来ちゃってさ、驚いたの何のって」
「うぇぇ」
隣に居た吹雪ちゃんは嫌悪感丸出しの表情。
「残りは何だったか」
「これを炊きます。蚊取り線香だけどアブにも効くタイプのヤツです」
通常の蚊取り線香を何倍にも分厚くしたものだ。屋外でも使用可。耐火ケースに入れて使う。灰は密閉されたケース下部に落ちるし煙が出る穴は上にしかないから乱暴に振り回したりしなければ燃焼部分が外に出る事はない。まぁ今回はある程度の効果が出るまでしか使わないし後片付けもやります。
「まだ残ってるヤツに注意しつつ休みましょう。すいませんが周囲を少し見て来ますので火の管理をお願いします」
着火してケースに入れる。因みにコイツは微香タイプなので匂いはそこまでしない。
と言う訳で周囲の偵察に出発。アブが居るって事は餌になる物がある筈だ。それが何かしらの、主に無害な小動物の死骸ならまだいいけど……
「……嫌なのが転がってんなぁ」
動物でした。まだ新しい。アブもハエも集ってます。この額の白線。特徴的な鼻。ハクビシンだこれ。
「…………休んでから考えるべし」
死体処理の手順やら今後の事で嫌になりそうなので一旦放置。少し時間を置かせて下さい。