朝から鎮守府に来て駆逐艦寮付近でハクビシンの痕跡探し。連中は側溝の中とか建物なんかの隙間、人間には見通しの悪い場所を好んで移動する模様。加えて塀の上や電線も使うらしい。そんな所を通られたら移動出来る場所は無限大だ。
「どうしたもんかなぁ……」
効率よく探すにはどうすればいいか。本音を言うと人海戦術が一番なんだけど何回も出来る事じゃない。実際はあの死骸になった1匹だけで他には居ない可能性もある。
だがもしまだ居たとすれば危険な存在には違いないのだ。
「怪しい所に罠を仕掛けて、カメラも置いて……何かもうちょっと武器が欲しい」
在り来たりな手段しか用いれない自分の引き出しの少なさが恨めしく思える。動体センサーで感知したら忌避剤を撒く装置なんてあれば……作るか?
「……お、汽笛」
来る時に山の上から見えたけど鎮守府の港に船が停泊していた。船っつーか灰色で独特な形だったから多分、艦船の類かも。それが出港するっぽい。
(夕張さん辺りに少し相談してみるか……)
何かいいアイディアが貰えるかも。居場所は分からないから取りあえず司令部棟に向かおう。
その道中、視界の隅で何かが動いた。正確にはピョンと跳ねた。
「ん?」
見間違い? と思ったけどまた動いた。ゆっくり近づくとそこに居たのは……
「…………何だコイツ」
明らかに日本の自然界に居ちゃいけない色のカエルだ。どうしてこんな所に。
「あ、待て」
移動しようとしたので前に立って妨害する。素手で触れたらどうなるか分からない。今は役立ちそうな物も持っていなかった。
「ニャー」
「なんつータイミング」
例の茶トラ。名前なんだっけ。呼びたいように呼ばれている猫もやって来た。
「ニャ!」
「コラコラ!」
カエルに飛び掛かろうとしたので抱き上げた。こんなのを食べたりしたらえらい事になる。それでなくても猫がカエルを食べたりすると寄生虫の感染や下痢、嘔吐の症状が起きるらしい。最悪は死ぬケースもあるとか。
「ンナ~」
「不機嫌な声出してもダメなものはダメです。危なかった~」
ふと意識を足元に。カエルの姿が見えなくなっていた。やべぇ……
「……まず執務室」
ハクビシンは後回し。猫を抱えたまま執務室へ急ぐ。
司令部棟 執務室
ドアの前まで来ると中から話し声が。どうも英語のように聞こえた。取りあえずノックすると大淀さんの声がしたので失礼する。
「失礼します」
「あら、何所でその子を」
「駆逐艦寮の近くでした。ちょっと問題が」
「下ろしていいですよ。ここから出すと危険かも知れませんから」
危険? もしかしてさっきのカエルをもう把握した? 提督さんがこちらに背を向けたまま電話じゃない何かで英語のやり取りしているのは関係がある?
待つ事数十秒。さっきまでの会話は無線機だったらしい。マイクのような物を置くと振り向いた。
「丁度いい所に来て下さいました。ちょっと困った事になりまして」
「カエルですか?」
「……大淀」
「いえ、私はまだ何も……」
正解だったようです。お話の前にあちこちへの指示出しと加賀様が登場。更に武田さんもやって来る。急に雰囲気が物々しくなった。
「えー……さっきまで入港していた艦艇から緊急の連絡が入った。貨物区画でハワイに棲息するカエル、ヤドクガエルが1匹見つかったそうだ。荷物と一緒に紛れ込んでいたらしい。海水では生きていけない種類だから港内で投錨し数日掛けて艦内の捜索を行うとの事だ。そちらも注意を、と言われた訳だが」
「さっき駆逐艦寮の近くで極彩色のカエルを見たんですけど、猫が飛び掛かりそうになったを止めた隙に何処かへ行ってしまいました。恐らくそのカエルと思われます」
「完全な外来種ですな。毒性もあるでしょうから敷地の外へ出すのは憚られますね」
「港湾部一帯は海水を撒きましょう。それと駆逐艦寮までのルートも。カエルに効くような物は置いてあるかしら」
「……在庫として置かせて貰っているのはあくまで虫用ですから何とも」
秘書艦の机でお座りしている猫を撫でながら涼しい顔で話に混ざる加賀様。大淀さんも微妙に猫を触りたそうな表情。何かその光景が気になって仕方ない。
「一応、メーカーに問い合わせてみます」
「時間との勝負だ。問い合わせはお願いするとして海水を撒く作業を始めよう。それと駆逐艦寮に窓や出入り口を締め切るように通達を」
「こちらでします。大淀、念のため他の所にも連絡をお願い」
「はい」
さーて見つける事が出来るだろうか。靴下でいいからその場で包んでおくべきだったかも? 今となっては遅いけど。
「えーと……出るかな」
廊下へ出て南海製薬にお電話。結果として特定の成分が含まれていると虫だけじゃなくて魚類、爬虫類、両生類にも効果があると判明。在庫に置いている商品にもそれが含まれているので使えば役に立つと分かった。
「在庫が使えそうです。ただ副次的効果に過ぎないようですから油断はしないで下さい。自分も駆逐艦寮に向かいます」
「加賀、人手の多い所から駆逐艦寮に何名か差し向けてくれ。人選は任せる」
「承知しました」
「海水散布の指揮に入ります」
「各所への通達が終わり次第、私も駆逐艦寮に」
執務室から武田さんと一緒に出た。非常にピリつくこの感じは潜水艦寮で海外原産の毒蜘蛛が出た時を思い出す。
「手透きの者が出来次第、警備からも応援を送りますので」
「よろしくお願いします」
駆け足で駆逐艦寮に向かう。1号棟正面出入り口は締め切られ中には陽炎&黒潮の姿。と、ここで携帯が鳴り出した。LIENの通話で相手は白露嬢。
「もしもし」
「屋上だけど分かる?」
上を向いた。手を振っているのは白露嬢だけじゃなく他にも何名か居る。
「確認しました。中は問題ないね」
「連絡来てすぐに施錠したから大丈夫だと思う。1階の見回りしてるけど報告ないよ」
「何かあれば連絡お願いします。あと何所の窓でもいいから在庫の殺虫剤を何本か出してくれるかな」
「りょうかーい」
数分とせず廊下の窓が開いた。浜風と磯風のいつもの組み合わせが段ボール箱を窓辺に持ち上げていたからそこに近付く。周辺にカエルの姿はない。
「お疲れ様です。ヤドクガエルと言えば中南米が原産だったと記憶していますが」
「入港していたのは確かハワイから来たやつだ。ヤドクガエルは何時だかにヤブ蚊対策で持ち込んだのが定着したらしい。向こうで何かの拍子に紛れ込んだのだな」
知らない情報が飛び出て来た。ヤスデの時もそうだったけど意外に色々と調べているご様子。
「多分そうだろうね。在庫ありがとう。また閉めといて」
段ボールを受け取って中身を開けている所に人影が4つ。
「お疲れ様です。お手伝いに参りました」
この前に会った妙高さん。それとかなり久しぶりの那智さんに、パワフルな雰囲気を纏った美人と何だかおどおどした可愛い娘。
「以前は世話になった。今度は協力させて貰おう」
「妙高型3番艦の足柄よ。留守にしてるのが多いから挨拶が遅れてごめんなさいね」
「あ、あの、羽黒と申します。よろしく、お願いします」
これで妙高型全員とお会い出来た訳か。陽炎型並の個性が垣間見える。
「後藤田です。色々とお世話になっております」
「危険なカエルが出たと聞いたが」
「ヤドクガエルと言う海外のカエルですね。入港していた船に紛れ込んでたようで」
「セアカゴケグモが一時期大量に見つかったらしいわね。あれもオーストラリアからの荷物が来た直後だったかしら」
それも今は懐かしい記憶だ。遠い昔のような……
「何をすれば良いでしょうか」
「在庫に置いている殺虫剤が一応は効果があるようなのでこれで撃退します。まぁ、実質的には殺す事になってしまいますね」
「仕方ない。ここで繁殖されても困るだけだ」
「どんな色かしら」
「自分が見たのは黒とエメラルドグリーンでした。草地では黒が目立つと思うので見つけ難いって事はないかも知れませんが、如何せん小さいのでそこが厄介かと」
「……1匹、だけですか?」
「残念ですがそうではない可能性もあります」
「大丈夫よ羽黒。棒か何かで地面を叩いたりすればカエルなんてすぐ反応して動き出すわ。それで見つけましょ」
足柄さんから良い発想を聞いた。それなら目を皿にして探すより早い。駆逐艦寮から掃除道具のT字箒も借りて早速行動開始だ。もたもたしてると原生林に消えてしまう。
「私と那智は駆逐艦寮の正面を探します。足柄と羽黒は少し離れた所をお願い」
「お待たせしました。他にも何名か応援を」
大淀さんも到着。引き連れて来たのは祥鳳・瑞鳳・能代・酒匂・陸奥の5名。一通り説明して混ざって貰う。T字箒も追加で借りた。
「2号棟の方を探すわ。能代と酒匂、一緒に行きましょ」
「了解です」
「はーい」
「祥鳳と瑞鳳はこっちの手伝いをお願いね」
「はい」
「4~5cmしかないカエルなんて見つけられるか分かんないよ」
「取りあえずお願いします。時間が経過すればするほど不利ですので」
はて、前に会った時と服の色が違う。これはこれで草木に紛れたら見つけ難そうな……
「改二になられました?」
「あ、よくぞ聞いてくれました。改めまして瑞鳳改二です。とってもパワーアップしたんですよ。前の時とは違って」
「早くカエル見つけようねー」
「むぐぅ」
お姉さんに口を閉じられてカエル捜索に連れ出された。ちょっと面白い。
「……何か悪い事しましたかね」
「えーと……余計な情報を喋りそうになると思ったからかと」
困り顔の大淀さん。なるほどそういう訳か。あのキラキラした目の瑞鳳さんを止めるのはちょっと抵抗があったかも知れん。ベラベラと聞いてはいけない事を聞いてしまった可能性も高い。有難い限りです。
「探しましょうか」
「そうですね」
捜索開始。大淀さんの話では駆逐艦寮まで続くルート上で届く範囲に海水を撒いているそうだ。入港して搬入した荷物はこの前に会ったフレッチャー・ジョンストン・サムのための物だそうだ。因みに本人たちは不在である。
搬入が始まった時刻と出港した時刻を聞いた結果、行動半径は狭いと判断。となれば潜んでいるのは1匹か多くて2匹程度?
「羽黒ー、どう?」
「ま、まだ何も」
「酒匂、居た?」
「居なーい」
足柄さんと羽黒さんは近くに居るが2号棟の方からも声がした。さて何所に潜んでいるのやら……
「お疲れ様です。応援に来ました」
警備隊の伊藤さん&高橋さん。それとヤスデの時に手伝って貰ったお二人。取りあえず参加して頂く。
20分後
「居ませんねぇ……」
「他の所に行っちゃったんじゃないかなぁ」
祥鳳&瑞鳳は諦めモード。そんな遠くには行ってないと思うがしかし。
「何かの隙間で生活するって情報もあるわ。そういう所を探してみましょ」
スマホ片手に調べている足柄さんが凛々しい。そして微妙に感じる蚊帳の外の感覚。今日はたまたま居合わせたのが原因だろうか。と思った所で1号棟廊下の窓が開く。
「こっちこっち!」
「入り口の所に毒々しいのがおるでー」
中に居る陽炎&黒潮が呼び掛けている。1号棟正面出入り口まで駆け寄った。
「……うーん?」
居なかった。しゃがんで隅々まで見渡すが何所にも姿はない。移動してしまった? そんなに時間は掛からなかった筈。
「見当たらないよー」
「え、嘘やん」
「逃げ足速いわね」
どっちにしろこの周辺には居る可能性が高い訳だ。遠くに居る人たちを集めて集中的に……
「きゃあ!」
「羽黒!」
ここではそんな耳にする機会のない絹を裂くような、とまではいかないけど悲鳴らしい悲鳴が上がった。振り返ると尻もちを付いたらしい恰好の羽黒さんが見える。そこへ駆け寄る足柄さん。
瞬間移動した? そんなまさか。もしや違う個体? 俺も取りあえず向かう。
「大丈夫?」
「居ましたか」
「……何か、跳ねたんです」
顔がすっかり恐怖で引き攣っている。T字箒で近くを掻き分けると確かに何か動いた。
「お?」
「今動いたわね」
「ひ!」
立ち上がった羽黒さんは足柄さんの後ろに隠れた。動いた何かの所へ近付くとそこに居たのは残念ながらアマガエルでした。
「普通のですねこれ」
一安心。一安心? こいつは少し距離のある所に放った。
結局、午前中いっぱいぐらいかけて探すも見つからず、防御策として殺虫剤が空になるまで撒いて回った。運が良ければその辺でひっくり返っている姿を発見出来るかも知れない。今日はこの後の予定もあるため後ろ髪を引かれる思いのまま失礼した。
翌朝
「……うわ、通知すげぇ」
防除連絡網で定期的に見回りの報告が幾つも。1つずつ処理していく。
「…………捕まえた?」
プラスチックのボックスに収まった極彩色極まるカエルの画像があった。関わった手前これでお終いともし難いため朝一で鎮守府へ。駆逐艦寮1号棟に車で乗り付けると正面出入り口に朧&漣の姿。
「おざます。昨日の下手人が捕まったと聞いて」
「管理室で拘束中だお」
「あれどうするんだろうね」
「その辺は俺も口を挟みにくいんだよなぁ」
1号棟に入って管理室をノック。出て来たのは白雪&綾波。日直と言う単語が頭に浮かんだけど振り払った。
「朝早くすいません」
「おはようございます。どうぞ」
管理室へ足を踏み入れる。テーブルの上には例のプラスチックボックス。中には例のカエル。穴が幾つか開けられたラップ(輪ゴム付き)で上を塞いであった。そして隣で突っ伏する白露嬢。こっちは一先ず触らないでおく。
「何所で見つけたの」
「出入り口のガラスに張り付いてたんです。この箱で上から覆って……」
「クリアファイルをちょっとずつ入れたら上手く引き剥がせました~」
綾波ちゃんの口調はさも簡単にやったような感じだが度胸のある事するなぁ。でも触れない方法としては最善かも知れない。
「これ、処分については?」
「朝一で決めて貰う方針です」
「まだ連絡はないですね」
もう始業の時間ではあるので執務室に顔を出してみよう。中に居たのは提督さんに大淀さん、それと猫。
「おはようございます。例のカエルが捕まったそうですけど」
「おはようございます。あれは投錨中の艦艇から迎えが来ますので持って帰って貰う事になりました。向こうでも外来生物の括りだそうでして、厄介な物を持ち込んでしまったので筋を通す意味で引き取るとの申し出がありました。カエルのその後については関知せず、と言う事で」
まぁ妥当な判断だろうか。無事に手を離れるのならそれで充分だ。
「ニャ~」
「ん~? いい子いい子」
声のした方向を見る。大淀さんが茶トラと目線を合わせてモフっていた。恐らく昨日は触れなかったのかも知れない。
「あ、いえ……続けて下さって結構です」
気付かれてしまう。朝からいいものが見れました。
カエルが無事に引き渡された後、ちょっと強めの薬剤を持ち込んで駆逐艦寮周辺に撒いた。港湾部でも暫く海水散布が続く。これでハクビシンを含んだ諸々が遠ざかってくれると良いなぁ、なんて他力本願な気持ちもありつつ対策にまた頭を悩ませるのだった。