キキョウシティを旅立ってから1日半。つながりの洞窟を通ってヒワダタウンについてすぐにジム戦を挑んだレッドは苦戦もせずに突破。そのままウバメの森へと向かう。
森に入って数分。レッドは森の異変に気づいた。
「なーんか、変だ」
「──」
「お前もそう思うかスピアー」
スピアーは言葉を話せない。手持ちの中で一番長い付き合いのあるスピア-とは、言葉などなくとも簡単に互いの言いたいことが伝わる。こいつは森で育った。だからこそ、何かを感じているのだろう。
ウバメの森はトキワの森同様にジョウトで一番広い森である。生息している野生ポケモンは多いだろうし、カントーのようにロケット団がこちらにポケモンを逃がしているとも考えにくい。
ポケモンが騒いでいるというよりも、森自身が何かを訴えていると感じる。まるで異物が入り、それに対して出て行けと言っているような。あるいはその逆で、助けを求めているのかもしれない。
「多分……こっち、か?」
「──」
レッドが示す方向にスピアーもうなずくと、彼が先行しその後に続く。
目的地は定かではないが、おそらくこの森の中心に向かっているのだろう。そこには祠があるはずだ。
「気づいているか」
「──」
槍を構えることで答えるスピアーを横目に森を見渡す。視線だ、それも殺気が込められたポケモンのだ。ウバメの森に出てくるポケモンは虫ポケモンが大半だ。しかし、どう見ても虫ポケモンだけが発せられる殺気ではない。
「手を出すなよ。俺がやる」
──あっ! 野生ポケモンが一斉に襲い掛かってきた!
──レッドのいかく! 野生ポケモンに取り付いてた何かが消えた!
いかくによって倒れたポケモンに近寄る。デルビル、アリアドス、クヌギダマ、ヘラクロスといったポケモンが多数いた。
「ゴース系か?」
ゴースト使いのトレーナーには、その特性上人やポケモンを操る者が存在するという。特にゴースを含めた進化系は特に使用率が高いと聞く。それにこの子たちは野生だ。誰かの手持ちのポケモンから盗んだポケモンではない。
つまり野生ポケモン達を番犬代わりにしているのか。この先へ通さないように。
レッドは倒れているデルビルにたずねた。
「何か覚えてるか?」
「がう……」
どうやら分からないらしい。他のポケモン達も気づいたら先程のような状態になったと言う。
目的のために平気でポケモンを利用する悪がいる。
これは、見過ごすことはできない。
「お前らはこの森から離れた方がいい。また同じ目に遭うかもしれないからな」
レッドの言葉に納得したのか、ポケモン達は新たな住処を探しに去っていく。
彼を見送り先に進んで10分ぐらいだろうか。少し開けた場所にでると、予想通り祠があった。
そしてその祠の前には、大柄で黒いマントを付けた変な奴がいた。
「あんた誰?」
声が聞こえ思わず振り返る。そこにはポンチョと頭にターバン巻いた人間がいた。声からして男なのはわかるし、恐らく若いポケモントレーナーだということはすぐに理解できた。
問題は、どうしてここにいるかだ。祠を中心とした周囲には野生ポケモンを操って侵入者を撃退しろと命じてあるのに、どしてこいつは何食わぬ顔でここに立っている?
『出てけ。ここから立ち去れ』
ボイスチェンジャーを使って話す。普通の人間ならこの声を聞いただけで恐れ逃げ出す。だというのに、男は逃げるどころか近づいてくる。
「なあ、あんた誰って聞いて──」
『立ち去れぇ!』
デリバードが作り出した無数の氷槍を男に向けて放つ。こいつは手強い、手加減など無用だ。真っ直ぐ氷槍は男の心臓へと目がけて飛んでいくが、それは一匹のスピアーによっていとも簡単に弾かれた。スピアーは主を攻撃して激怒したのか、こちらにその槍を向けている。
「ははーん。さてはお前、氷使いだな? いいぜ。こっちもそれで相手しやるよ」
「きゅーい!」
男はそう言うとスピアーをどこかへ下がらせ、ラプラスを出してきた。
そのラプラスを見て思わず過去の記憶が鮮烈に蘇る。
(ラ・プリス、ラ・プルス……)
駄目だ。今は忘れろ。目の前にいる奴を倒すのだと自分に言い聞かせる。
状況はこちらが有利だ。こんな草むらでラプラスは的だ。対してこちらのデリバードは空を飛べる。相性ではいまいちかもしれが、地の利はこちらにある。
早速デリバードに指示をとばす。
『やれ、デリバード!』
──デリバードのでんこうせっか!
まずはでんこうせっかで距離をつめ、かわらわりでダメージを与える。ラプラスと戦うのは少し思う所があるが、私のではない。
距離を詰めるデリバードに対して男のラプラスはれいとうビームを地面に向けて撃った。
──ラプラスのれいとうビーム!
れいとうビームを撃ちながらできた氷の表面をすべってデリバードから距離を取るラプラス。男もまた、ラプラスの背に移動していた。
そして気づけば、辺り一面が凍ってしまい、アイススケートのようなリングが出来てしまった。幸いなのは、祠には何もしなかったことだろう。
『デリバード!』
さらに指示を与える。しかし、デリバードの攻撃はことごとく避けられてしまう。ただスケートのように移動し、そのヒレを杭のように使うことで柔軟な動きをしている。いくら森の中で比較的開けていると言え、小さなフィールドの上で華麗に攻撃をかわしながらデリバードを翻弄する姿は美しいとさえ思ってしまった。
だがおかしなことに、男は先程のれいとうビームをしてから指示を出さない。
「お前、強いな」
『……』
男の言葉に一々反応することはない。次の一手を考えるために沈黙を保つ。
「けどそれだけだ。恐怖をまったく感じない」
『ならば、その身を以て恐怖を与えてやろう!』
──デリバードのれいとうビーム!
最大級のれいとうビーム。こいつの威力は高い。例えどんなポケモンでも防ぐことはできまい。できたとしてもそれは伝説のポケモンぐらいだろう。
「ラプラス」
「きゅー!!」
──ラプラスのれいとうビーム!
氷対氷。衝突する巨大なエネルギー。
その光景を見て驚かずにはいられなかった。
互角。
そう、我がデリバードのれいとうビームと互角の威力を持っているのだ。デリバードとは長い付き合いだ。だからこそ、年季が違う。そこら辺の若いトレーナーやジムリーダーはおろか、四天王そしてチャンピオンですら我がデリバードの前では無力に等しい。
だというのにこいつは何だ。
一体どんな育成をして、長年積み上げたデリバードと同じ場所に立っているのか。
そしてぶつかり合う巨大なエネルギー同士がついに爆発。爆風によって白く冷たい煙が体を包む。
爆風から顔を守るために構えていた腕を下すと、目の前に煙を裂いて男が迫っていた。
──???のメガトンキック!
(直接来たか──!)
咄嗟に右腕で守る。
──バリィ!
庇った右腕にヒビが入った。ありえない、デリバードとウリムーで作ったこの体は自動で凝固と分解を繰り返す。並みの炎では溶かすことは叶わず、ヒビを入れることも容易ではない。
なのにただの蹴りでヒビが入るなど認めることなどできるわけがない。
だが、今のでこの体の秘密を知られてしまったと考えるべきか。自ら肉弾戦を持ち込むトレーナーだ。先程の一撃で、この体の違和感に気づいたかもしれない。
それに、相手のポケモンがあの二匹だけとは考えにくい。
一瞬祠に目を向ける。反応は今までよりは弱い。ならば、無理に留まる必要はないはず。まだチャンスはある、ここで死んでは元も子もない。
『デリバード!』
こちらに戻ってきたデリバードの背に乗りウバメの森を脱出する。一度だけ男の方を見たが、彼は追ってくる気配がまったくなかった。
あれは危険だ。
トレーナーとしての直感が告げる。関わるな、関わればすべてが無駄に終わるぞ、と。同時にある答えも得てしまった。
アレに勝てるビジョンが見えない。こちらが一手打とうとすれば、その先の一手を打ってくる。あんな強さを誇るトレーナーが無名なはずがない。四天王あるいはチャンピオンと同等なはず。
ならば余計に計画への支障をきたす。
『願わくば、二度と会いたくはないな』
思わず口にしてしまう程、嫌な相手だった。
謎の変質者が去り、レッドはラプラスを褒めながら頭を撫でていた。
「よしよし。初めての実戦にしてはよくやったぞ」
「きゅいきゅい!」
「けど、俺抜きでやったら負けてたかもな」
「きゅーい! きゅーい!」
「え? 負けるはずがないって? どうかなあ。あのデリバードマジで強かったから、今のお前だと勝率3割あるかないかかな」
「きゅー」
「そう落ち込むなって。まだ成長途中なんだからこれからだよ、これから」
「きゅ!」
「さてと。リザードン、森を焦がさないように氷を溶かしてくれ」
「リザァ!」
辺り一面を氷漬けにしてしまったので、ちゃんと後片付けをしないとここら一帯に住んでいるポケモンに迷惑がかかるし、なにより自然を傷つけてしまったのだ。これぐらいは当然の行いだ。
すると下がらせていたスピアーが両手にどこかへ弾いて飛んでいった氷槍を持ってきた。
「ふむ。見た目はただの氷、だよな。リザードン、尻尾こっち向けて」
「リザァ?」
例えるならタバコに火をつけるライターのようなものだろうか。リザードンの尻尾の炎に氷槍を近づける。するとどうだ。まったく溶けないのだ
「んー。何かの特殊能力で作った氷か? えい」
チューペットを折るような感覚で氷槍を真っ二つに折ると、折れたところ同士が引き合ってまた一つになった。
「やべぇ。これ科学の時間だ。俺バカだからわかんねぇ。くそ! ここにマサキがいたらなぁ!」
ない物ねだりをしてもしょうがないとすぐに切り替え、自分なりに実験を試す。
レッドはストライクを出すと、一言命じた。
「ストライク。本気で斬れ」
「……!」
縦一閃。
ストライクの鎌が氷槍を綺麗に斬り裂いた。その断面を見ながらレッド評価を下した。
「まぁまぁ」
「……ホっ」
思わず安堵するストライク。
「ふむふむ。斬られたと認識されないぐらいの速度で斬ればいいわけか。じゃあ、最後。リザードン、本気のかえんほうしゃ」
「リザァアア!!」
森に炎を引火しないよう、高く空へ放り投げた。リザードンの全力で放つかえんほうしゃを浴びる氷槍は、次第にその形を崩し完全に溶けた。
「えーと。生半可な攻撃だと再生。斬られたと認識されないぐらいの速度だったらそのまま。で、リザードンレベルのかえんほうしゃなら溶ける、と。ふむん。どうせこれ、自由自在に形も変えそうだな」
「──」
スピアーがレッドに何かを訴えた。
「ん? ああ。つまり、ちょっと面倒な相手ってだけ」
「──」
「まとめると。ポケモンは多分伝説並みに強くて、トレーナーもすげー強いけど、全然怖くないってだけ。いや、トレーナーは弱いか。あの変な体だし」
レッドの弱いは生身で戦えないトレーナーをさす。しかしだからと言って貶しているわけではない。肉体面より頭脳。こちら側ではなく、普通のポケモントレーナーとしては頂点に近いほどの指示と統率を兼ね備えているに違いない。
「それにしても、問題はなんでセレビィを欲しがってるってことか。時間移動したいのはわかるが」
時を行き来する力を手に入れて、どこで何をするかが焦点になってくる。ただこれもカントーでのロケット団との戦いと同じで、すでに自分が知っている知識と違っていることにある。
時間軸で言えば、初代と金銀の間の時間だからああいうのが居ても不思議ではないはずだ。問題はこれを、誰が解決するかということにある。
「見て会って戦ってから言うのもアレだけど、めんどくせぇよ俺。ナツメと悠々自適に過ごしたいだけだし。けどなぁ、ブルー絡みの可能性もあるし……」
その場で腕を組んでどうするか悩むレッド。
ブルーとは出会ってから色々あったが、今では幼馴染として助けてやりたいと持ってる。彼女が何故連れ去られたのか、一体誰の計画によってそうなったか。気になると言えばなる。
現状分かっていると言えば、絶対に数年の間にジョウトではそこまで大きな問題は起こらないということ。あのゴールドが本当に金銀のゴールドであるならば、やどんの井戸、いかりの湖でロケット団が事件を起こすはず。
仮にあの仮面の男がロケット団にしろ、第三勢力にしろ、ゴールドやこちらのジムリーダーが動くはずなのだ。カントーと同じ正義のジムリーダーであるなら。
結論──
「よし。とりあえず、この旅で分かることだけブルーに伝えて、あとは知らん! 本当に困ってたら手を貸すという形にする! 別に俺がいなくたって問題ないだろうし」
「きゅいきゅい」
「ん? どうしたラプラス」
ポンチョを引っ張って何かを教えるラプラスの視線の先には祠が。それもカラータイマーのように光っては点滅している。気になったので祠の前まで歩いていき、恐る恐る祠に手を触れた。
「──」
瞬間、断片的な映像が頭に直接流れ込んできた。
子供の頃、いじめられたのをいじめ返している自分──
シルフカンパニーでナツメとキスをしている二人──
トキワシティでサカキと死闘を繰り広げている光景──
知っているような4人と戦っているポケモン達──
誰かがピカチュウと一緒に旅をしていた──
どこかの森でたくさんの人とポケモンがいた──
巨大な争いを止めようとしている二人がいた──
小さな子供が泣いていた──
どこかで因縁の戦いをしていた──
他にも多くの映像が流れ込んできた。過去、現在、未来。どれも断片的でちぐはぐな映像。思わず気持ち悪くなって祠から手を離した。
突然の出来事で、つい現実逃避したくなり祠に向かって叫んだ。
「ふ、ふざけんじゃねぇぞ⁉ そうやって俺に未来をみせて、そういう風に思考誘導してるんだな⁉」
根拠などない。ただ、これを見せればお前はこうするだろう? そう言っているような気がしてならない。
だが思い通りになると思うなよ。誰が期待通りのことをするものか。
祠に背を向け、レッドはずかずかと歩きながら鬱憤を晴らすように叫ぶ、
「絶対に手を出さねぇからな! お前らで勝手に解決しやがれ! こんな所にいられるか、俺はコガネシティに行かせてもらう!」
森を出るまで二度と祠の方角には目を向けないレッド。
しかしレッドは知らない。その自分が取る何気ない行動の一つ一つが、この世界にとって大きな影響を及ぼすことを。
セレビィ「計画どおり」
レッドくんはちょっとバカなので、今回のことはどうせその内忘れてしまいます。
速報。原作第三章のラスボス。レッドと戦ったせいでレッド以外の図鑑所有者およびジムリーダーがもっと弱く見える模様。
そもそも原作からしてこのデリバードともう1匹のウリムーが強い。ディアルガにマウントとれるウリムーって言っても信じてくれないだろうけどね!