チョウジタウンにあるチョウジジムは町の中にはなく、その郊外にある割れた大地の下にあるという変わったジムであった。
見た目はイグルーを巨大にしたもので、まさに氷の家そのものともいえる。そのジムのバトルフィールドもまた氷で作られたアイスフィールド。フィールドの周囲には氷で作られたポケモンの彫刻がずらりと並んでいる。
そしてこの城の主、ジムリーダーであるヤナギ。彼は車椅子に座り、その手に杖を持ってバトルをしていた。
が、それも今さっき終わった。倒れているのは彼のジュゴン。立っているのはチャレンジャーであるチャンピオンの
ヤナギはジュゴンをボールに戻してチャンピオンのレッドに謝罪した。
「本当にすみません。せっかく来ていただいたというのに、バトルもジュゴン一匹でお相手してしまって」
「気にしないでください。体調が優れないなら仕方ありませんよ。それに無理を言ってバトルをしてもらったのは自分ですから」
「そう言ってもらえると助かります。しかしチャンピオンの手持ちにサンダースがいるとは。てっきりピカチュウで来るかと思っておりましたよ」
「え、ああ。まあ、今この子を育成中でして」
「なるほど。チャンピオンになるとポケモンの育成も普通のトレーナーとは違うようで」
「まあ……ちょっと特殊なトレーニングをしてますんで」
「いやはや。私みたいな老いぼれには、ハードなトレーニングはきついですからねぇ。あ、忘れていました。どうぞ、アイスバッジです」
「ありがとうございます。では、これで失礼させていただきます」
「はい。お気をつけて」
チャンピオンが氷でできた床を当たり前のように
それを確認したヤナギの表情は今までの弱々しくも温厚な顔から、冷たく鋭い顔つきになる。同時に傍に控えていたデリバードと、あえて出さなかったウリムーを膝の上において撫でる。
「どう思うデリバード」
ヤナギがたずねるとデリバードはその意図がハッキリと分かっているのか、コクリと縦にうなずく。
どうやら間違いないらしい。あのチャンピオンのレッドが先日のラプラスの使い手。なるほど、それならばあの強さも納得できる。服装もあの時のポンチョを纏っていたのでもしかしたらとは思っていた。
ただ、生身で襲いかかって来たのはさすがの自分も驚いたが。
演技力があると思ってはいないが、おそらくか弱い老人を演じられたつもりだ。それにこうして車椅子にも乗っている。これからあの仮面の男を連想するのは難しいはずだ。
そのためにデリバードも隠して身を潜めていたのだ。もし、気づかれたときに先手を取って始末できるように。
ただ。例えこちら先手を取れたとして、デリバードはチャンピオンに勝てるだろうかと思ってしまった。人間がポケモンに敵うわけがない。が、従わせることはできる。現にホウオウを従え各地から有能な子供を攫わせたのだ。自分にはその力があると自負している。
しかし、純粋な力ではどうだ。仮初の体を使わなければ満足に動くこともできず、戦うことすら敵わない。
「デリバード。お前はあの小僧に勝てるか?」
「……」
デリバードは戸惑っているのか答えられずにいた。額に汗が浮かび、どこか恐れているように見える。それでもう一度たずねた。あの小僧は恐ろしいかと。
「!」
力強くうなずくデリバードに少し驚く自分がいる。人がポケモンを恐ろしいと感じることはあるだろう。人はどうやってもポケモンには敵わないのだから。だが、ポケモンが人間を恐れる。それは初めてのことだった。
「マサラタウンのレッド。アレは危険すぎる。だが、今はダメだ。まだ……」
計画の要であった二枚の羽根はあの小娘に盗まれ、再度手に入れようにもあの三犬どもによってホウオウは解放されてしまった。肝心のルギアはまだ所在が掴めない。自力でセレビィを捕獲しようにも、何度も失敗している。
やはり例のモンスターボールが必要になるか。
だが製造法は未だ見つからず、知ってそうな人間はいるが肝心の材料もない。
今後の計画のために、カントーを拠点で活動していたロケット団の残党の確保を始めているが、はたして使えるかどうかもわからない。まあ、いい隠れ蓑にはなるだろう。
「何とかしてあの小僧をどうにか遠ざけなければ」
気づけばヤナギにとって一番の障害が、自分の歳の半分も生きていない少年へと向けられた。
チョウジジムを出たレッドは、渓谷を氣を使った俗にいう舞空術を使い地上に向かって上昇していた。これもタンバシティでシジマの指導の賜物であった。
なんでも師曰く、いつも戦う際は無意識に使っていたらしい。なのでそれを実際に把握してしまえば、あとは体が普段から慣れているので簡単に氣のコントロールができるとのこと。つまりこれによって、何度も死ぬ経験をしている割には何とかなっていた原因が判明したのである。
一応氣の力と雷の玉のエネルギー供給を受けながらなんとか飛ぶのがやっと。以前はサンダーが居たので簡単に空を飛ぶことができたが、やはり彼の存在は大きかったのだと実感する。まあ空を飛ぶ感覚はあるので、これから練習をすれば空中戦も可能になることだろう。
レッドは地上にたどり着くと、チョウジジムの屋根を見下ろしながら言った。
「やっぱ今から殺るか……」
「ブイブイ⁉」
いきなり物騒なことを言うレッドに思わずイーブイがボールから飛び出した。
「何だイーブイ。お前は気づかなかったのか?」
「ぶ、ブイ?」
主が何を言っているのかわからないイーブイのために手持ちのポケモン達が全員現れると、代表でカビゴンが教えた。
「おいらは場所までわからなかったけど、マスターを狙っていたポケモンが隠れてたんよ」
「ブイ(え、マジ⁉)」
「きゅーい(わたしは気づいてた)」
「サムサム(オレは分かってた)」
手持ちの中では比較的新入りであるラプラスとハッサムはうんうんとうなずきながら言う。自分だけ気づかなくて落ち込むイーブイに、ピカチュウがその小さな手で叩きながら慰めた。
「ま、イーブイは癒し係だからしょうがないピカねぇ(ピカピカ)」
「ブイブイ(いつのまにそんな係になったの)⁉」
「ちょっとイーブイを甘やかし過ぎたのは置いておいて。スピアー、やっぱこの前のヤツか?」
「──」
こくりとうなずくスピアー。彼はこのメンバーの中では一番手慣れている。一度会った相手の気配や力量などはちゃんと覚えている。だからこそ、レッドは非合法のバトル……いや、いつもの戦いにおいてスピアーに絶対的な信頼を置いている。
「氷使いだからもしかしてとは思ったけどな。体調不良でジュゴン一匹とかぜってーウソだろうし。まあ、多分デリバードか。あいつの殺気は心地よかったから久しぶりにゾクゾクしたんだが……」
恐らく、こちらが何かを言った瞬間あのデリバードが仕掛けてくるつもりだったのは間違いない。互いに顔はバレていないが、こうしてこちらが気づいたのだから向こうも察したはずだろう。そのためにわざわざイーブイをあらかじめサンダースにして戦わせたのだ。
「ま、服装は相変わらずだったから、絶対にバレるとは思ってたけど」
「マスターって本当に堂々としてるからなあ」
「にしてもどうすっかなぁ。あの仮面の男がヤナギのじじいってわかったけど、下手したら俺が犯罪者になる。つまりそれはナツメに迷惑がかかる。それは避けないと不味い」
ただでさえ今のナツメはポケモン協会に睨まれているので、真面目にジムリーダーをしなければならない。さらにナツメとの関係は何だかで知れ渡っているため、自分が何かを仕出かせば彼女にその矛先が向けられることになる。
「それに協会のヤツ等、俺のことも怪しんでるんだよなあ。不正とかロケット団と組んでるんじゃないかって」
不正に関しては恐らくポケモンリーグですべての試合を一匹で終わらせたことだろうか。実際にリーグ終了後に改めて実力を示せと言われて、協会が用意したエリートトレーナーとバトルしたが、面倒だったのでリザードンで全員沈めた。その顔はとても認めたくないような顔をしていたのを今でもハッキリと覚えている。偶然近くにいたイシツブテを投げてやろうかと思ったぐらいだ。
とにかくそれをやってようやく納得し、チャンピオンとして再度認めた形になった。まあ、チャンピオンなんて肩書なんて別にいらないとはレッドの口癖にもなっている。
後者に関しては、ナツメが原因だ。ナツメがロケット団の幹部だったことは、多くの証言から得られてはいたのだろう。しかしマチスやキョウと違って、直接現場に出向いた回数は限られている。さらにチャンピオンである自分が彼女のロケット団との関与を濁し、さらに付き合っているのだから疑われるのも当然であった。
「それに、俺が勝手に解決しても仕方ないだろう。ブルーだって個人的にケジメを付けたいだろうし」
それに未来のこともある。ここで俺が潰してしまえば相手の思うつぼ。なら、ここは手を引くのが正しい判断のはず。
「ふ。命拾いしたな、ヤナギ。お前の相手はきっとゴールドか他のやつらだろうぜ……」
また未来に叛逆してやったと息巻くレッドは、そのままフスベシティへと向かうのであった。
悲報 エースのレッド選手。占いで今日は登板しない方がいいと言われ、出場せず。
一応勝てるか勝てないかと言われたら……負けるんかな?
まあいい勝負はする、です。
多分デリバードとリザードンの空中戦にはなるけど、レッド君は氷相手はちょっと分が悪く、地の利がヤナギにあるためです。