セキエイ高原ポケモン協会本部。
ポケモン協会理事長から出頭命令を受けたレッドはここ協会本部にやってきた。協会本部に訪れるのはこれが初めて。中に入ると真っ先に思い出したのが、よくドラマや映画などで見る会社の一階フロアだった。
普通なら受付にアポイントの確認を取るのだろうが、生憎レッドはチャンピオンである。つまりVIPといっても過言ではなかった。現に正面ゲートを抜けて数歩歩いただけで、どこかの秘書らしき女性が声をかけてきた。
「チャンピオンお待ちしておりました。理事長室へご案内します」
「頼むよ」
秘書に案内されてエレベーターの前で立ち止まる。エレベーターを待っていると、隣が開きそこから最近知った人間が出てきた。
「センリ、さん?」
「え? あなたは……チャンピオンのレッドさん」
「さんはよしてください。どうしてあなたがここに」
ワザとらしく彼にたずねると、秘書が慌てて止めに入る。
「チャンピオン、理事長がお待ちしておりますので──」
「あのアフロなんか待たせてればいい。で、センリさんはどうしてここに?」
「い、いえ。ただ私も協会と話があっただけです。では、家族を待たせているのでこれで」
一礼してセンリは去っていく。どうやらブルーが事前に手に入れた情報には彼が関わっているようだ。レッドはそのままエレベーターの中で待たせている秘書の下へ歩き理事長へと向かった。
理事長室は多分協会のかなり上の方にあるらしい。その階にたどり着くと秘書の後ろに付いていく。
「こちらです」
「どうも」
扉を開けてもらい中に入る。そこには理事長と四人の知っている人間がいた。
「やっと来たかレッド君。君はチャンピオンなのだから、こちらの連絡にはちゃんと出てもらいたいんだが」
「知るか。で、何の用だ? まあ、契約更新って雰囲気じゃないな」
協会には不信感しかないレッドにとって、どうしても態度が表に出てしまう。それでも理事長は話を続けた。
「こほん。レッド君、改めて紹介しよう。彼らは四天王。ジムリーダーより強く、そしてチャンピオンを守る存在だ。本当はもっと早くに紹介する予定が、君が旅に出てしまった所為で今になってしまった」
「……どうも」
理事長が一人一人紹介するが言われなくても知っている。
氷使いのカンナ。かくとう使いのシバ。ゴースト使いのキクコ。ドラゴン使いのワタル。特に最初と最後にはとても苦しめられた覚えがある。
しかし実際に相対すれば、カンナはスゴイ美人のお姉さん。シバは筋肉モリモリマッチョマン。キクコは胡散臭い婆さん。ワタルは……中二臭い。
(だがなんだ、この感覚は)
四人いや、シバを除いた三人が笑顔でこちらを見てくるその視線。まるで、見定めるかのように見ている気がしてならない。しかしこの感覚を自分は知っているような気もする。だがなぜか思い出せない。レッドは戸惑いながらもワタルに手を差し出しながら言った。
「えーと。よろしく」
「こちらこそチャンピオン」
「ジョウトに行ってフスベシティにも行きましたよ。やっぱりドラゴン使いが多いですね」
「……どうしてそれを私に? 私はフスベシティ出身ではないが」
「あれ、そうだったんですか? てっきりドラゴン使いだからそうかと」
慌てず平静を装って対応するが、内心バレてないか不安でしかない。
四天王ドラゴン使いのワタルはフスベシティの出身である。それが金銀で明かされた情報であるはずだというのに、フスベシティ出身じゃない? じゃあお前どこ生まれだってことになる。だがこれ以上踏み込むのは危険だと思いやめた。
最後にずっと沈黙していたシバが握手を求めてきたのでそれに応じた。
「──」
「──」
ただの握手。されどその一瞬に、全力で力を入れて握ってくる。それだけで互いのことがわかった。彼はポケモントレーナーである前に武闘家だ。正直、自分と似たような人間だろう。だからだろうか、シバとは仲良くやれそうな気がする。
「挨拶をすませたなら帰っていいか?」
「はぁ。わかったわかった。君にチャンピオンの責務というのを求めても無駄のようだしね」
チャンピオンの責務とかなんだよと口に出さずツッコむ。四天王を倒してきたトレーナーと戦えばいいだけの簡単なお仕事ではないのか。ジムリーダーが街のリーダーとして会合などにも出席するのだから、チャンピオンにもそういう仕事があるのだろうとは推測できるが。
そのまま五人に背を向けて部屋を出るレッド。扉を閉めるまで、あの突き刺さる視線は消えることはなかった。
エレベーターを降りて一階に着くとそのまま出口へ向かう。そこに女性職員が自分の隣に並び一緒に歩く。彼女が変装したブルーということはすぐに分かった。レッドは顔を向けず言った。
「成果は?」
「大成功ですわチャンピオン」
「そう言われると、秘書を持つのも悪くないな」
「あら。やはりそういう関係をお望みで?」
「ちゃかすな。ほら、いくぞ」
「おほほ」
協会の外に出た二人は、そのまま人目のつかない所でリザードンの背に乗ってセキエイ高原を後にした。
協会内にある空き部屋に、レッドと別れた四天王の四人がそこにいた。シバは興味がないのか、腕を組みただ目を瞑って沈黙を保っている。
カンナが窓の外を眺めるワタルに言った。
「あの子、気づいてたわね」
「フェフェフェ。伊達にチャンピオンじゃないってことさ。それにしても面白いガキだねぇ。チャンピオンとはいえ、あそこまで協会に盾突く態度をとるってのはさ」
「協会が裏で色々とやってるの知ってるんじゃないかしら? 噂じゃ来る災害に備えてっていう名分らしいけど」
「協会もロケット団とそうそう変わらないってことだねぇ。そうなると、アタシらに協力してくれそうな気もするけどねぇ」
「どうだろうな。それと、どういう意図があって俺の出身地のことを聞いたのか。それは気になる」
「フスベシティはドラゴン使いで有名だもの。不思議ではないわ」
「従妹ならいるがな。だが、それを否定した時の一瞬見せたあの反応は引っかかる」
カンナはそれについて興味がないのか、話の矛先をシバに向けた。
「シバはどう思ってるの? 握手した時に何か通じ合ってる気がしたけど?」
「……あいつはポケモントレーナーである前に、漢だとわかった。それだけだ」
「男……? そんなの当たり前じゃない」
「カンナもまだまだだねぇ。ま、武闘家としての血が騒いだんだろうさ」
「ふーん。で、ワタル。まだ静観をするつもりなの?」
「ああ。まだ計画は準備段階。ここで勧誘して断られてしまえば、俺達の夢がそこで潰えてしまう。ならば、計画の最終段階になったところで誘えばいいさ」
「もし断られたら?」
カンナがたずねると、ワタルの口角がぐんと上に引きあげられ、獲物を狩る目した表情をつくっていた。
「その時は消せばいいさ。チャンピオンのレッド、アレさえ消せばあとは雑魚だ。ジムリーダーなど四天王の敵ではない」
「ふふふ。チャンピオンを守るどころか、チャンピオンを狩る。皮肉よね」
「そういう訳だシバ。しばらくは好きに動いて構わない。その時になったら、分かっているな?」
「……好きにしろ。俺は勝手にやらせてもらう」
最後まで興味を示すことなく、シバは部屋を出ていく。
「精々最後の時間を過ごすことだ。チャンピオンのレッド」
窓の向こうに広がる光景を眺めながら、三人は不敵な笑みを浮かべていた。
ポケモン協会からカントーにあるブルーの隠れ家に移動したレッドは、着くなり彼女が盗ってきた情報を確認していた。時間的には10分はたっただろうか。
ブルーにはそれが退屈で仕方がなかった。
椅子に座って机に肘をつきながら、こんこんと指で机を叩くだけしかすることしかない。目の前のレッドは見たことない真剣な顔つきでミニパソと睨めっこ。一言も喋らないのだ。
「ねぇ」
「んー」
意外。普通に声をかければ返事を返した。
「そろそろ教えてくれない? 一応それを盗ってきたのはあたしなんだけど」
「知らない方がいいよ」
「どうして?」
「面倒ごとを抱えているのに、さらに余計な面倒まで抱えることになるぞ」
「それは……勘弁かも。でも、レッドはいいの?」
「俺はいいの」
「変なの」
彼の言い分も分からなくもない。自分には目的がある。それを達成するために今も調査をしているのだ。だからこれ以上面倒ごとに巻き込まれるのは、確かにこちらとしても困る。
だがレッドのことだ。自分だけで背負う気なのだろう。
彼は優しい。だから依頼した時に言ったように巻き込みたくないと言ったのだ。現にロケット団との戦いも、表ではリーフやグリーンが活躍していたが、実際の所はレッド一人で片付けたようなもの。あのシルフでの戦いもそうだ。どうやってあの鳥ポケモンを倒したかは知らないが、現にナツメを倒してロケット団を壊滅させた。それが答えである。
「このスケジュールとさっき聞かせてもらった会議の会話からして、センリはジムリーダー試験を受ける事になってたのか。うーん、となるとテッセンが代表でこちらに来ていた、というなら筋が通るか。オダマキ博士は……知人とかの関係になるのか?」
「誰よその、センリとかテッセンって」
「その内分かる」
「あーはいはい」
「五年の試験剥奪ってことは、五年後にスタートするってことだよな? つまり、その間に金銀が……」
先程からぶつぶつと独り言を始めるレッド。勝手に喋り、それに納得している姿はなんとも奇妙だ。自分のおかげで色々と分かった割には、自分の存在が蚊帳の外にいる気がしてならない。関りたくないというのは本音だが、どうしても性分なのか気になって仕方がない。とりあえずは聞き耳を立てることにするブルー。
「でも、カントーでも悪いことが起きるって言ってたし……」
「え、またロケット団でも出るの?」
「秘密」
「もう! ちょっとは教えてくれてもいいじゃない!」
「だから関わると面倒ごとになるって言ってるんだろぉん⁉ お前のためでもあるの!」
「そ、そんなストレートに言われると、結構照れるわね」
「ちょ、いきなり照れるなよ。誤解されちゃうだろ」
「あたしは誤解されてもいいんだけど」
「はぁ……。 あ、ところでこれ。他になんかデータ入ってる?」
ミニパソを持ってレッドは聞いてきた。特にこれと言って大事なデータは入っていないので素直にそう伝えた。するとバチッと電流が走り、ミニパソから黒い煙があがった。
「ちょっとそれあたしの商売道具よ⁉」
「証拠隠滅しとかないとな。それにあとで新しいの買ってやるから、許せって」
「……なんか、さっきからレッドの手のひらで躍らされてる感じがするわ」
「気のせいだろ? でさ、話変わるんだけど。お前が連れ去られてからのこと教えてほしいんだけど」
「そ、それは……」
すぐには返事をすることはできなかった。あの日々は、自分にとってあまりいいものではない。確かに今の自分がこうして生きていられるのも、あの頃の修行のおかげでもある。だがそれでも、忘れたい過去の一つだ。
「嫌なら別にいいんだぞ? 無理に聞こうってわけじゃ」
「ううん。あんたなら、いいかもね」
始まりは6年前。謎のポケモンに攫われた私はある場所へと連れていかれた。その際に、そのポケモンのクチバシと脚の爪がとても深く印象に残ってそれがトラウマになり、以来鳥ポケモンを見るたびにそれを思い出してしまうようになった。
たどり着いた私を待っていたのは、謎の仮面をつけた男だった。彼は私に似たような仮面を付けさせた。
「マスクド・チルドレン。それがあたしたちに付けられた呼称」
「待て。お前だけじゃないのか?」
「ええ。知っている限りあと五人いたわ。それぞれ二人一組のペアを組まされ、あたしには自分より幼い男の子とペアになったわ。その子、シルバーとあたしは自然と姉弟同然の間柄になった。自分の両親の顔も忘れ、支え合えるのがあの子しかいなかったの」
シルバー。今もあの子はジョウトで独自に調査をしている。あの子は自分より幼いせいか、家族のことなど自分以上に覚えていなかった。ただあの子が持っていた「SILVER」と縫われたハンカチが、唯一の自分のルーツだった。
あの子は見た目は一見クールだけど、とても感情的な面がある。だから少し不安なところもあるが、カントーでレッド達のことを知り、シルバーにも背中を押されカントーへと一人でやってきたのだ。
少し感傷に浸っていると、目の前のレッドが目を丸くしていて硬直していた。ブルーは構わず話を続ける。
「仮面の男の手駒となるよう教育を施されたあたしたちにとってあの日々は、今でも忘れたくても忘れられない過去。特にあいつからはポケモンの知識、主に進化について叩き込まれたわ。そのおかげか、自然と知らないポケモンでもなんとなくどうすれば進化するのかわかるのよ。オーキド博士にも相談したら、化える者じゃなってよくわからないこと言われたけど」
「化える者、ね……」
「あたしたちにはそれぞれ一匹のポケモンが渡されたの。それがプリンのぷりり」
「やっぱ俺ぐらいじゃん。ポケモン持ってなかったの」
そう言うとレッドは不貞腐れはじめた。ブルーは苦笑して続ける。
「昔はね、ニックネームをつけようとしたらあの男に殴られたの。それもトラウマだった。あいつはポケモンを道具だって言って。けど、シルバー同様ぷりりもあたしにとっては大事な家族だった。だけど、こっちに来てカメちゃんや他の子達を仲間にしてもまだぷりりだけはニックネームで呼べなかったの」
「でも、今は呼んでるじゃん」
「ええ。あんたやグリーン、リーフのおかげね。だから感謝してるの」
「……そっか」
「うん。話を戻すけど、四年間アイツの下で生きてきたわ。けど、あたしはその四年間を費やして脱出計画を考えたの。そしてシルバーと共に脱出したわ。おまけにあの男からあるモノを盗んでね」
「あるモノ?」
「これよ」
レッドに二枚の羽根を見せた。一つは金色、もう一つは銀色の美しい羽だ。なんでアイツがこれを大事にしていたかは、今でも分かっていない。
「レッド?」
羽を見せると、レッドは立ち上がりいきなり私を抱きしめた。
「ブルー、お前最高っ!」
「え、え!? ちょ、ちょっとレッド⁉」
あまりにも感動してブルーを抱きしめてしまう。
こんなにおかしなことがあるか。金銀時代のライバルであるシルバーがブルーの弟になっていて、さらに重要なアイテムである二枚の羽もすでに持っている。状況はどうも見てもこちらが有利だ。
二枚の羽根がこちらではどんな力があるのかはわからないが、それでもあの仮面の男の目的である何かを足止めしているのは間違いない。
「日本一いや、世界一やお前!」
「え? そ、その、ありがと……」
「ところで、いまそのシルバーって何歳?」
レッドは抱きしめながらブルーにたずねる。距離にして拳一個分ぐらいの距離だろうか。ブルーは顔を赤く染めながら答えた。
「たぶん、今年で8歳のはずだけど……」
「つまりあと三年……」
「ちょっと、それっとどう意味よ」
「ブルー。お前は胸を張っていいぞ。なんならお姫様抱っこしてやろうか⁉」
「今あんたにその胸を潰されてるんだけど……ばかレッド」
「ん? ああ、すまない。つい嬉しくてな!」
「あっ……」
ブルーを解放すると、どこか名残惜しそうにこちらを見るが、レッドは構わず話を続ける。
「だがホウエンはどうするか。今行っても仕方がないし、当分はカントーに留まるか」
「なによ。あんたまたどかに行くつもり?」
「まあ、いずれな」
そこでレッドはブルーに自分がジョウトで得た情報を渡すか悩み始めた。彼女が言う仮面の男とはまさに自分がウバメの森で対峙した男で、チョウジジムのジムリーダーであるヤナギだ。だが今こここで教えてしまえば、きっと彼女は一人で先走ってしまうだろう。
三年だ。恐らく金銀の物語が始まるまで三年ある。
だが、ルギアのいうカントーで起こるであろう不穏な気配。それを確かめてからでも遅くはない。三年経って何も起こらなければそれでいいし、起こればカントーにいる間はなんとかしよう。
きっとその時になればゴールドやシルバーが何とかするだろう。そのために必要な情報はブルーに伝えれば問題なし。自分はホウエン地方へと先手を打つために旅に出よう。
問題はナツメをどう説得するかだな。
「ブルー、改めてお礼を言うよ。本当にありがとう。お前が天使に見えてくるよ、マジで」
「……なんか色々とはぐらかされてる気もするけど……まあいいわ。じゃあ約束の逢引もとい、デートお願いね」
「……あ、そうだったな」
「もしかして誤魔化そうとしたでしょ?」
「ソンナコトナイヨ」
「おほほ。じゃあそうね……〇日はどうかしら?」
「その日か。そういえばナツメがその日は何か用があるって言ったし、うん。その日でいいぞ」
「言質を取ったからね。うふふ。これは当日が楽しみね~」
「?」
何故かやけにご機嫌になったブルーを見て、レッドはただ首を傾げるだけだった。
第2章完
ポケモンリーグから約二年後。
カントー北西部。オツキミ山某所。
一人の男が巨大な岩を足に乗せ、片手倒立腕立てをしている。岩の重さは軽く一tは超えているに違いない。一歩間違えればそのまま岩の下敷きになるが、彼はバランスを崩すことなく腕立てを続ける。
男の名はレッド。二年前ポケモンリーグで優勝しチャンピオンとなった男。そんな彼の近くに一人の大柄な男が近寄って声をかける。
「精が出るなレッド」
「11451、4……シバ、か。ふん!」
──レッドのギガトンキック!
重りにしていた岩を蹴り上げげると腕を曲げ、まるでバネのように宙に跳び岩を粉砕した。地上に降りると、フシギバナのつるにかけておいたタオルを吹きながらシバの下へ歩み寄る。
「益々技に磨きかかっているな」
「シバのおかげだよ。ここは修業にはもってこいの場所だ」
「そう言ってもらえると俺も紹介した甲斐があるというものだ」
笑顔で言うシバにレッドも笑顔で返す。
一年半前。四天王との初顔合わせのあと、シバから共に修行をしないかと誘いがきた。レッドは一人で鍛えるのも限界があると気づき、喜んで彼の提案を受け入れた。四天王である前に武闘家でもある彼との修業は、タンバシティでの日々を思い出すほど実りのあるものだった。着実に自分の技量が上がっているのだと実感できる。
それは自分だけではなく、ポケモン達もそうだ。ここは一目にはつかず、オツキミ山でもさらに奥にある場所であるため遠慮なく力を発揮できる場所だった。二年前よりも確実に強く成長したはずだ。
ただポケモン達は強くなったのは分かるが、肝心の自分自身が強くなったという感覚だけはあまりなかった。
技量をあげることはできても、根本的な強さはあまり変わりない。これが自分の限界かとレッドは最近思いつつも、修業に打ち込んでいた。
「どうだ。一戦手合わせでもするか?」
「いいね。やろうか」
「……いくぞ!」
「おう!」
互いに拳を構えると、一気に距離をつめる。そして常人では成し得ない高速の拳と拳のぶつかり合いがはじまった。
──シバのれんぞくパンチ!
──レッドのれんぞくパンチ!
身長はシバのが高く、一見レッドを押しているようにも見えなくもない。が、それは違う。押すどころから押し返す勢いだ。
「ウーハァ────!!」
「だだだだだだだ!!」
時間にして10秒ほどだろうか。重い拳と拳の打撃音が響き渡ると、互いに再度距離を取る。
「また速く、そして重くなった!」
「へへへ。まだまだこれからだ!」
再び距離を詰める。互いに渾身の右ストレートを繰り出そうとしたその時、突如シバが地面に両膝をついて頭を抱えうめき声をあげる。
「う、うぅぅぅ!!」
「ど、どうしたシバ──ッ!」
──レッドのギガトンパンチ!
レッドは突然シバに向けて拳を飛ばす。が、彼ではなく地面を粉砕した。後ろに跳んで避けたシバの方に視線を向ける。そこにはまるで別人になったようなシバがこちらに敵意を向けている。
意識が、ない?
突然の異変にも冷静にシバの状態を観察するレッド。だが同時に新たな気配を三つ感じ取ったのと、声が聞こえたのは同時だった。
「いきなりに友人に殴りかかるなんて、酷いんじゃないかしら。ねえ、レッド」
「カンナか! それに……」
「フェフェフェ」
「久しいなチャンピオン」
「……」
「キクコ、ワタル……」
四天王と対峙していま、ようやく気付いた。
一年半前。初めて会った時に感じたあの感覚。あれは、久しく忘れていたものだ。かつてトキワシティでサカキと命をかけたバトルで常に感じていたあの感覚。
これは、殺気だ。いま自分は、カントー四天王全員から殺気を向けられているのだ。
それ即ち、彼らが敵だということの証。
そしてこれが以前ルギアが言っていたカントーで起こる異変だということに、いまのレッドに気づく暇などなかった。
同日。
ヤマブキシティにあるヤマブキジムの近くにある一軒家に、この街のリーダーであるナツメは住んでいる。約二年にも及ぶジムリーダーとしての活動及び奉仕活動により彼女は街の住民から信頼を得ることができた。
今は愛する彼、レッドの帰りをリビングでイーブイと共に待っている。
最初は彼のイーブイと折り合いが悪かった。それもそのはずで、ロケット団時代の事を覚えているためか、最初はこちらに怯えていた。だがエーフィになることでナツメのサイキックを感じったのか、心を開いてくれた。
以来、レッドからイーブイ、エーフィの育成を頼まれた。エスパーには同じエスパーをということらしい。実際彼の言い分は正しく、声を出さずとも念話で簡単に通じ合っている。だが、実際に声を出す方がより親しみを感じている。
「はやくレッド帰ってこないかしら。ね、ブイ」
「ブイブイ!」
はしゃぐイーブイはまるで自分の代わりにはしゃいでくれているかのようだ。けど、不安が一つあった。
ここ最近変な予知を視るのだ。
場所は分からない。でも確かにレッドが戦っているのだと分かった。戦況はどちらかと言えば、レッドが押されているように視えた。
だから先日も、いや予知を視てから毎回言うのだ。
気を付けてねと。
レッドは言う。俺は死なないよ、と。
信じている。彼は負けない。彼は誰よりも強いのはこの身を持って体験している。
だからこそ、不安になった。あんな光景を視て余計に。
「まだかなぁ、レッ──!」
「ブイ?」
──プッツン。
例えるならそれは張り詰めた糸が切れるような音。
それは私とレッドを繋ぐ糸。
それが切れる。
つまりそれはどちらかに生命の危機、または死が訪れたこと。
自分は無事だ。ならば、それは──
「うそよ、うそよね……レッド」
「……ブイ?」
イーブイには分からなかった。エーフィになっていれば同じ感覚を共有できたかもしれない。だが、素の状態では分からない。
だからイーブイは、泣き崩れるナツメをただ見ているだけしかできなかった。それに気づいたのは、エーフィになって彼女とシンクロした数分後のことだった。
かかったな! いまから3章じゃい!
でも、次は短編なんじゃよ。
速報 レッド選手。物語の主導権を握ったと勘違いし裏で暗躍する模様。なお……