崖の下でこちらを見上げている少年レッドを見下ろす。共に競い合っていたシバがキクコによって操られ、我ら四天王を前にして焦りが見えるようだ。
「四天王が揃って俺に何の用だ!」
彼の問いにシバ以外が不敵な笑みを浮かべながらレッドを見る。そしてリーダーであるワタルが代表して伝える。
「単刀直入に言おうかレッド。俺達の同志になれ」
「……なに?」
「レッド。お前もポケモンを愛している人間だからわかるだろう。この世はポケモンにとって住みずらい世界になったと思わないか?」
「環境汚染のことか?」
「それもその一つだ」
意外だったとカンナは思った。
チャンピオンになるのだからその実力は知っているが、シバとの修行を見てしまえばきっと脳筋なのだろうと思っていたからだ。
ワタルはさらに付け加えるように続けた。廃棄された建設途中の建造物や、その過程で生まれる有毒ガスや産業廃棄物。それによって住処を追われるポケモンや、体を蝕まられることで命を落としてしまうポケモンもいる。
幼い頃私のパウワウもそれで命を落としかけた。それを偶然通りかかったキクコに助けられて今に至る。
「だからこそ俺はこのカントーから人間を排除し、ポケモンが安心して暮らせる理想郷を創る!」
「大層な理想だな。だがそれを謳う男がシバのような男を操ってまでするのか!」
「シバも最初は賛同していたさ。だが我々の過激な作戦には反対だった」
「それで洗脳かよ。趣味が悪いぜ」
「ふん。何とでも言うがいいさ。さあ返答は?」
少なからず私はこのレッドという男に期待はしていた。彼はある意味真にポケモンとこの世界を理解しているのではないか、そんな考えをさせるからだ。
ポケモンバトルで傷つくのはポケモンだけ。トレーナー自身が鍛える人間などシバのような武闘家、それに彼のような少し変わった人間ぐらいだろう。
「──まったくお笑いだ」
「何?」
「お前は……いや、お前らのような思想を抱くやつらは口を揃ってやれポケモンのため、やれ理想郷なんて言葉を出す。所詮貴様らも大義名分を盾にしてポケモンをその手段のための口実に使うことしかできないんだよなぁ⁉」
「ふん。否定はしないさ。それでもポケモン達は俺の声に答えてくれた。ポケモン達もそれを望んでいるんだぞ?」
「そんなのクソくらえだ。お前達がそれを行えばどうなる? 戦いだよなぁ? お前達を止めようとトレーナーとそのポケモン達が傷つく。そしてその先にあるのはなんだ? 破壊の跡だろうが。ポケモンも人も傷つけ、さらには自然をも壊す! ワタル、一つ教えてやるぜ。人間もまたこの自然の一部。そして人間が人間を、そして世界を裁こうなんて権利ありはしない! まあ……あるとすればこの世界を創造したやつだろうがな」
「それがお前の返答か」
「お前がこのカントーでそれを行うっていうなら……ここで潰す。こいよ四天王。戦い方を教えてやる」
挑発しながらレッドは手持ちのポケモンをすべて出した。スピアー、ピカチュウ、リザードン、フシギバナ、カメックス、カビゴン、ラプラス。一人と七体のポケモン。どれもこちらへ敵意を向けているのが分かる。これは殺気だ。ポケモン達は主に呼応して殺気をこちらへ放っている。
ならばとこちらも軍団を登場させる。
氷の軍団。闘の軍団。霊の軍団。竜の軍団。数にして200は超えているだろう。過剰な戦力だ。どれも後のカントー侵攻で使うポケモン達である。それだけレッド達を警戒しているということだ。
「戦う前に最後に一つ聞こう。レッド、サカキはどこだ?」
「──」
サカキの名前を出すと表情が変わった。さらに鋭く尖った目をした。
「なぜサカキについて聞く?」
「ふふっ。俺の計画にどうしてもサカキが持つジムバッジが必要でな? しかしロケット団が壊滅したあとヤツが最後に姿を現したのはお前の前だ。そしてその戦いにお前は勝った。言え、サカキはどこだ」
「ふん。隠すつもりはないが教えてやる。バッジを期待してるなら無駄だ。俺は持っていないし、さらに付け足せばサカキに勝ったなんて一度も思ったことはない。ヤツとの戦いは俺の負けなんでな。だが、なぜジムバッジを欲しがる?」
その問いを聞いてキクコがあるモノをレッドに見せた。
「フェフェフェ。これのことは知ってるだろ?」
「それはエネルギー増幅器! そうか、どうやってその理想とやらを実現しようとしてるかと思えばそういうことか!」
「そう! 俺も7つまでバッジを集めていてな。あとはサカキが持つバッジのみ。それが揃ったとき、その巨大なエネルギーで俺はある存在を操り、ポケモンの理想郷を創るのだ!」
「……結局お前もそっち側か」
レッドは先程とは違って落ち着いた声で言う。だがどこか冷たさを感じる。
「その力は身に余るものだって言うのによォ!」
「悪いがレッド。お前の存在は危険すぎる。だから……ここで果てろ!」
「いくぞ!」
ぶつかり合うレッド達と四軍団の戦いが始まった。
──レッドのフォルムチェンジ! レッドはライジングスタイルに変化した!
雷を纏いながらレッドとそのポケモン達は駆けだす。彼の指示がなくともポケモン達は自分の意志で戦う。
──フシギバナのつるのむち!
フシギバナが出せるすべてのつるが空中にいるドラゴン軍団や宙に浮いているポケモン達を捕らえる。そしてそのつるをピカチュウが渡り宙を舞う。
「バナァ!」
「ピカ!」
──ピカチュウの10まんボルト!
ピカチュウの10まんボルトが広範囲に電撃を与える。
「ガメェ!」
「きゅー!」
──カメックスのハイドロポンプ!
──ラプラスのれいとうビーム!
地上にいるワンリキー、ゴーリキー軍団をカメックスのハイドロポンプで吹き飛ばしながらそのままラプラスのれいとうビームで凍らせる。
「リザァ!」
そして空中ではフシギバナのつるから逃れたドラゴン軍団をリザードン一匹で相手をしている。例えるならそれは一対多勢によるドッグファイトだろうか。数体のカイリュー ―を先頭にハクリューにプテラがリザードンを追撃する。だがあの黒竜はいくらワタルのドラゴン軍団と言えど相手になっていないようにも見える。
加速をかけて上空へ急上昇する。それを追撃しようと何十体というドラゴンが追いかける。数体のドラゴンがそのまま攻撃を放つが当たらない。そしてリザードンはある一定の高度でインメルマンターン、縦方向にUターンし追撃していた先頭のカイリューの一体の頭を掴み地上へと急降下する。
予想外の行動に一歩遅れて他のドラゴン達が追撃を再開しようとすると、そこにいつの間にか追随していたスピアーがその槍を構えた。
──スピアーのどくどく! きゅうしょにあたった! ドラゴン達はもうどく状態になった!
一発で葬るのではなく、確実に猛毒にしてじわじわとトドメをさすつもりらしい。
一方リザードンに頭を掴まれたカイリューはそのまま地上へと叩きつけられ、
──リザードンのかえんほうしゃ!
そのまま巨大な蒼炎によって燃やされる。
そしてレッド。彼の相手をしているのはキクコのゴーストポケモン達。ゴーストとは即ち霊。本来であれば人が触れることができない存在。事前の調査でレッドの事を調べた結果、キクコのゴーストポケモンが相手として適任だと分かり対応させているが。
「フンッ……おらぁ!」
──レッドのライジングパンチ! ライジングキック!
近づくゴースやゴーストを殴っては蹴り倒していく。そしてシバの闘の軍団の一部隊をまとめているカイリキーがレッドに4本の腕を構えながら迫るが、あの巨体にどこにそんな動きができるのかと思われるカビゴンが割って入った。
──カビゴンのヘビーボンバー!
相手より重たいほど威力が増す技。カイリキーの体重は平均130㎏に対し、カビゴンの体重は460㎏の約3.5倍、つまり想像以上のダメージが出る(こちらではゲームの処理ではない)。
「ぶっとべッ! あっ、ゴン!」
カビゴンの攻撃でそのまま背後の崖に激突するカイリキー。
戦いながらレッドはこちらに中指を立てる。
「俺達を殺したきゃ、この数倍は持ってこいや!」
手を止めることなく、たった一人と七体のポケモンに我ら四天王の軍団が翻弄されている。しかし我らに焦りはない。
「フェフェフェ。調子に乗ってる小僧に灸をすえてやるかい?」
「あれをやるのかしら?」
「ああ。陣形を保て」
レッド達を中心にそれぞれの軍団が四方を囲む形に移動する。
「なんだ?」
突然の行動にレッドは少し動揺しているように見えたのか、思わず苦笑した。さぁ驚け。これで貴様は終わりだ。ワタルの合図でそれは放たれる。
『氷・闘・霊・竜の陣!』
我ら四天王一撃必殺の攻撃。これを受けて立っていられるポケモンはおろか、人間は存在しないだろう。
「おおおおおお!!」
──レッドの電磁バリア!
レッドを中心に広がる電磁バリアが四方から来る攻撃を受け止める。だがどんどん押し込まれる。これが一つなら問題なく防げただろうが強力な4つの攻撃を防ぐのは不可能に近い。
「終わりよ」
勝利を確信して呟く。
そしてバリアは破れ巨大なエネルギーが彼らを覆った。衝突したエネルギーの閃光が眩しくて思わず腕で目を覆う。
「この陣を使うのは想定外だったが……まあいい」
「こちらもかなりの戦力を減らされたわ。これでは後の作戦に影響が出るかもね」
「そうだねぇ……ん?」
「どうしたキクコ?」
「……本当に人間なのかい。あの小僧は」
「まさか」
「……化け物めっ」
視線の先。爆発の中心部。そこに信じられない光景が広がる。煙が風によって流されると、彼らの姿がはっきりと見えた。立っている。あの攻撃を食らってもなお、あの男は立っていた。
だがそれはレッドだけではない。倒れていたリザードンもボロボロであるがゆっくりと立ち上がり、スピアーも浮上してさらに一番軽傷であったピカチュウも起き上がる。
レッドも相当の深手を負っている。全身が薄黒く焦げており、まるで人間だと証明するかのように頭から真っ赤な血を流している。普通ではないが明らかに早い呼吸をしているのが肩の動きを見ればわかった。
「おい」
ワタルがキクコに命じると、彼女はシバの手持ちであるイワークに指示を出す。シバとその手持ちのポケモンはすべてキクコがゲンガーを通じて操っているのだ。
直後、下から地響きが起こる。
「──!」
それが自分の真下だとレッドはすぐに気づいたが遅い。地下からそのままレッドを捕らえたイワークは、そのまま真っ直ぐ正面にある崖へと彼をぶつけようする。彼はイワークの顔に張り付きながら地面に向けて足を踏ん張ろうとするが止まらない。
「ぐぅうう──!」
結局イワークを止められず壁に激突し、小さなクレータができたその衝撃で上から岩が落ちてくる。
「さすがにアレでは──な!」
非常識にもほどがある。
全長約9メートル、体重210㎏の巨体を掴み持ち上げている。
「おぉおおおおおお!!!」
──レッドのたたきつける。
何度もイワークを叩きつけたことによってその頭が取れる。そんなことを気にすることなくイワークの頭を放り投げた。
「ハァハァ……!」
「ちっ。手こずらせる」
「まったく往生際が悪いねぇ」
「ほんと嫌な子よ」
ワタルの最強の僕であるカイリューに続いてこちらも手持ちであるポケモンを出す。他の軍団とは違ってこの子達はそれぞれの主戦力。レベルも技量も他とは違う。
こちらが新たにポケモンを出すと、雰囲気が変わりレッドはピカチュウに語りかけている。
「……すまないピカ。お前が一番軽傷だ。だから──リザードン!」
レッドの意図をくみ取ったリザードンは力強く頷くと、同時にピカチュウをボールに戻した。
──レッドのでんじほう!
左腕から放たれそれは崖の上にいる私達を狙った。だがすぐにワタルのカイリューのバリアによって防がれる。ただ彼からすればその一瞬だけでよかったらしい。
「ワタル上よ!」
「そう言うことか! カイリュー!」
先程の一撃で視界を奪った瞬間にリザードンは上空へと飛び上がった。その手に一つのモンスターボールを持って。
恐らくあれはピカチュウだ。これはマズい。いくら人間がポケモンの言葉を理解できなくても、あれがレッドのピカチュウだと知る人間には何かが起きたということを知られてしまう。
リザードンを追ってカイリューもまた飛翔する。これまでのダメージの影響か。最初よりも速度が出ず、リザードンはカイリューの射程圏内に入ってしまう。
──カイリューのれいとうビーム!
撃ち落とそうとカイリューがれいとうビームを放つが、当たったのはリザードンの左の翼。だがこれでもう飛べない。そう思った矢先、リザードンは態勢を変えてボールを投げた。そしてそのまま地上へと落下。
ボールはオツキミ山の麓まで投げ飛ばされたのか、目視ではもう捉えることはできなかった。
「リザードン!」
「り、リザァ……」
「よくやった、偉いぞ」
「本当にしつこいねぇ!」
キクコがシバのエビワラーに命令する。エビワラーがレッドに迫るとその手に二つの属性を宿した。
──エビワラーのかみなりパンチ! ほのおのパンチ!
右手でかみなりを、左でほのおを掴むレッド。右手は何ともないが、左手は焼かれている音が伝わる。
「殴るってのは……こうやんだよ!」
「──!」
──レッドのギガトンパンチ!
殴り飛ばすのではなく、殴りつけたことによってエビワラーは地面に埋まりながら戦闘不能になった。
「ちっ。とっととくたばれば楽になれるのにねぇ……」
「いいさ。ここで仕留められれば安いものだ」
「残りはどれくらいだい?」
「手持ちを含めれば残り7割と言ったところね」
「あの数にすでに3割とはねぇ……」
無事だった軍団を再度レッド達に差し向ける。数にして100は超えてるポケモン軍団が壁となってレッドを阻んでいる。
「ほんと、ブイを連れて来なくてよかった……いいか、ポケモンには構わずトレーナーを狙え。ここで殺らなきゃカントーは大惨事になる。例え俺がどうなろうとも、進むんだ。そして一人でも道連れにしてやれ……いくぞ……!」
「──!」
「リザァ!」
レッドが走り出すとリザードンは氷った羽に自らかえんほうしゃを放ち溶かすと、翼を羽ばたかせ飛翔しスピアーもそれに続く。
そして軍団の二度目の一斉攻撃が始まった。恐らくレッドからすれば無数の光が向かってきたことだろう。
それを躱しながらポケモンに迫ると、ただがむしゃらに攻撃を始めた。ただ前へ、前へと進むために視界に入った敵を粉砕していく。
次々と倒れていくポケモン達に痺れを切らしたワタルが、切り札であるカイリューへと命令を出した。
「ヤツを殺せカイリュー!」
「!」
──カイリューのはかいこうせん!
カイリューがレッドに向けてはかいこうせんを放つが、それを避けると体中に雷を纏い跳んだ。
「落ちろよぉおおおおおお!!」
──レッドのライジングメテオ!
高速でカイリューを蹴り飛ばしてはその先へ回ってまた蹴り飛ばす。あまりの速さで閃光が飛び交っているように見える。カイリューがあと一撃で倒れるということでトドメの一撃を放つと、そのままワタルのすぐそばに墜落した。
「カイリュー⁉」
体全体にかなりの怪我を負ってさらには胸に濃い痣が残っている。最後の一撃の影響だろう。最強の僕にして最愛の友を傷つけられたワタルは、ドラゴン軍団に一斉攻撃を命じた。
「しま──!」
動きを止めたレッドにドラゴン軍団のはかいこうせんが迫る。それもただのはかいこうせんではない。ワタルのドラゴン達が放つはかいこうせんは縦横無尽。あらゆる角度からレッドに迫るが、それをいつのまにか近づいていたスピアーが盾になった。
「ばか、野郎がぁ!」
それでもレッドは足を止めなかった。そのままこちらへ直接迫ろうとしているのを、キクコのゲンガーをはじめとしたゴーストポケモン達によるサイコキネシスで動きを止められ、カンナの氷の軍団によるれいとうビームが放たれる。
だがそれと同時にドラゴン軍団の群れから飛び出したリザードンが間に入る。
「リザァアアア!」
「リザードンよせ⁉」
リザードンがレッドを抱きかかえ代わりにれいとうビームを食らって地上へと落ちる。体全体はていないが、背中はすべて凍ってしまい尻尾の炎は辛うじて燃えているがすでに意識は飛んでいた。リザードンから這い出たレッドは怒りの表情を露わにして言った。
「俺の命と引き換えに……お前らも道連れだああああああ!」
黒のシャツを引きちぎると、レッドの胸の辺りが光りはじめる。
「ワタル、カンナお下がり!」
「何なのよ⁉」
「うわああああああああああああ!!!!」
──レッドのバスターコレダー!
例えるならそれはだいばくはつの電気版ともいうやつだろうか
レッドを中心に巨大な雷のエネルギーが谷全体を破壊する。何とかポケモン達のまもるによって間一髪命を繋ぎとめる。しかし逃げ遅れたポケモンは焼き焦げている無残な姿が見えた。
削れた崖の端から爆心地を見ろす。
「ウソでしょ……」
「カンナ?」
「生きてるわ」
最初はただ立っているかと思った。だがレッドは息を吹き返したのか、一歩また一歩とこちらに向かってくる。
レッド自身も先程よりも黒焦げなのに生きているのが不思議なくらいだ。その姿をみたキクコが、哀れんだのかはわからないが言った。
「カンナ。アレで苦しまず楽にしておやり」
「え、ええ」
ルージュラがレッドに似た氷の人形を作り出し、それに口紅で両手首両足首にバツ印をつける。すると人形と同じところにレッドの手足に氷の枷が現れ、だんだんと体を氷らせていく。
「──こ、の」
「無駄よ! それは絶対に並みの炎で溶けることはないわ。リザードンを失ったあなたにそれから逃れる術はないわ!」
「か、ん、なぁあああ!!」
──レッドの10まんボルト! ダメだエネルギーがない!
もうレッドに戦う力ないと判断したキクコは、残っていたシバのサワムラーを使った。
──サワムラーのとびひざげり!
「がっ──」
とびひざげりを食らったレッドは、イワークが空けた穴に落ちていく。最期を看取るためにカンナとキクコは穴の傍へと降りて中を覗き込む。
そこにはまだ立ち上がっているレッドがいた。すでに下半身が凍り、地面と同化している。こちらに気づくとレッドは右手を掲げていた。まるでまだ諦めず、ここから這い出てやると言わんばかりに。
「──してやる」
「なんだい?」
「……静かに」
「殺してやる……殺してやる殺してやる殺してやる! お前らは絶対に許さねぇ! 絶対にお前ら四天王は全員ぶっ倒してやる! 特にカンナ! てめぇは──してやる! ──して──して──し尽くしてやるッ!」
「ひっ」
「聞くんじゃないカンナ!」
私は見てしまった。レッドの眼、絶対に──してやるというその眼を。怒り、憎悪といったあらゆる負の感情がその瞳に自分が映っているかのように思え、恐怖してしまった。もうヤツは何もできないというのに、それでも何かしてくるんじゃないかとさえ思えた。
しかし氷は上半身を氷らせ、残すは顔のみ。最後だと言わんばかりにレッドは叫んだ。
「例え魂魄百万回生まれ返っても、恨み晴らす……か、ら……──―」
やった。ついに全身が凍った。
これでレッドは死んだ。なのになんだ。まだ体の震えが止まらない。
「殺ったか」
「ああ。間違いなくねぇ」
自身もレッドの最期を見るべくワタルもやってきた。すでにカイリューをはじめとしたドラゴンポケモンの何体かは、彼の力によって回復していた。
「これで最大の障害はいなくなった。問題は」
「逃げ延びたピカチュウだねぇ。カンナ、あんたが追いな」
「え、ええ。任せてちょうだい」
そして私はパルシェンに乗ってピカチュウの追撃を開始した。空からみた地上はそれはもう悲惨そのものだった。地面は抉れ大小のクレータがあちこちにできており、まだ回収されていないポケモン達が横たわっていた。
我ら四天王軍団の戦力をたったの一人と七体のポケモンによって6割も削られたと、あとでキクコから聞いた。
「あとはあなた達の知る通りよ。逃げ出したピカチュウを捕らえることができず、アレはマサラタウンへと逃げ延びた。私達にとって僥倖だったのは、私が追っている最中に受けたダメージが予想よりも大きく、あの時の記憶が欠如していたことだった。ふふっ、けど本当は自分だけ逃げたことが一番のダメージだったのでしょうね」
そのあとは簡単だ。ちょうどシルバーからワタルの存在、トキワの力を持つ人間の話を聞いている時にレッドのピカチュウを見つけたのだ。そしてトキワの森であの子、イエロー・デ・トキワグローブに会うことが出来た。
だが、カンナの話を聞いてブルーの顔は少し青ざめていた。
壮絶すぎる。
現在でもカントーにおいて四天王の軍団が各都市を襲っていることだろう。それでもレッド達が稼いだ時間は無駄にはなっていなはずだと思いたかった。
「さぁお喋りはここまでよ。その状態でどうやって戦うのかしらね?」
「くっ」
氷の手錠に拘束されてしまい満足に身動きが取れない。ブルーは先程から静かな相方を見た。口角を上げて不敵な笑みを作っている。
「そうか。だから一時的に繋がりが切れたのね……」
「ちょっとナツメ。勝手に納得してないで、この状況を何とかするのが先でしょ!」
「それもそうだが……カンナ!」
「何かしら?」
「本当にレッドを殺したかったら、あのあとちゃんとトドメを刺しておくべきだったなぁ!」
「世迷言を。私の氷は並みの炎で溶けることはない。そしてあの時点ですでに奴は氷の中で永久に──」
「それが甘いというのだ。レッドを殺したければ首を切断すべきだった。そしてお前らの誤算は、レッドに手を出したことだ。だから──」
「戯言に付き合うつもりはない! れいとうビーム!」
「ちっ!」
──パルシェンのれいとうビーム!
ナツメの腕を引っ張りながらブルーは回避行動に移る。意外だったのは案外素直に言うことを聞いてくれたことだ。
しかしその瞬間確かに聞こえた。
だからあの人が動いた──カンナには聞こえなかっただろうが私には聞こえた。
ただその隙がカンナに次の一手を与えてしまった。
「ルージュラはたく!」
「しま──」
──ルージュラのはたく!
ルージュラのはたくの対象になったのはブルーだった。ポケモンのはたくだ。人間と違って元の力が違うため人間二人を簡単に飛ばしてしまう。そしてそのままブルーは後頭部を岩にぶつけてしまい意識を失った。
「おいブルー⁉ この役立たずめ……」
「ふふっ。それはお互い様ではなくて?」
「ちっ。フーディン!」
「ヤドラン!」
──フーディンのサイコキネシス!
フーディンのサイコキネシスがヤドランを襲う。が、ヤドランはまったく効いていない。
「なに⁉」
「ヤドランにはあらかじめドわすれをさせておいたわ」
カンナ曰く、特殊攻撃を受けても、そのダメージを受けたそばから忘れてしまう技らしい。ということは、自分のエスパーポケモンでは相性が悪い。
歯がゆい。力が使えていればこんなヤツ一瞬で倒せるというのに。
「力が使えなくて苦しいでしょう? あなたほどのエスパーならこの人形を手元にテレポートできるでしょうに」
あの人形はパルシェンの顔の下にある。フーディンでは流石にそこまでのことはできない。テレポートはできると言っても、自分のとは違い応用があまり利かないのだ。
さらにカンナは煽るように言ってくる。
「けど簡単に外せるわよ? 例えば……その子の腕を斬る、とかね。フフフ」
「そんなことをすれば、レッドに怒られるからしない」
「まだ死んだ男のこと? 未練がましいわね」
「言っただろう。レッドは死んでいないと。それに……」
「それに?」
「お前みたいな美人で年上属性なうえに眼鏡属性を持っている女は目障りだ! フーディン!」
「はぁ……訳の分からないことを。ルージュラ、あくまのキス! ヤドラン、サイコキネシス!」
──ルージュラのあくまのキス!
──ヤドランのサイコキネシス!
巨大な唇が出現しフィーディンを惑わし、さらにナツメの十八番でもあるサイコキネシスを食らってしまう。直接脳に働きかけているのか満足に立っていることすら敵わない。
「ルージュラ!」
──ルージュラのはたく!
今度はナツメにルージュラのはたくが当たり、そのまま崖下へと落とされた。
「フフフ。案外呆気ないわね」
「──それはどうかしら!」
「なに⁉」
そこには意識を取り戻したブルーがカメックスの水泡で再び戻ってきた。だがナツメの意識は飛んでいる。
「しぶとい女ね。だからこそあなたの存在は邪魔だったのよ」
「おほほ。伊達に裏の世界で生きてないのよ! そしてここから反撃よ! ピッくん!」
「なに! どこだ⁉」
「どこだと思う? あらかじめ命令しておいた技よ!」
「見えない敵……まさか! パルシェン!」
「──!?」
ちいくなるを使ったピクシーがパルシェンが守っていた人形を盗って走り出していた。それをさせまいとカンナもルージュラに命令するが、カメックスのハイドロポンプがそれをさせない。
「ピッくんもう少しよ!」
「──!?」
「あっ⁉」
人形を抱えながら走っていたピクシーが躓いてしまった。ピクシーの手から離れた人形はそのまま地上へと落ち、運悪くブルーの左腕が折れてしまった。
「うわぁあああああああああ⁉」
カンナの言う通り人形の折れた腕が、ブルーの右腕を強引に引きちぎった。あまりの激痛に叫ぶブルーだが、まだ意識は残っていた。
そんなブルーを見て、敵だというのにたじろぐカンナ。
「ば、馬鹿なことを! この身の程しらずめ、だから言ったのだ!」
「ふ、ふふ。だけど、これも作……戦のうち。これ、で……自由よ」
「つ……強がりを⁉ しかし、勝った。これで、終わりだ」
勝利を確信したカンナはそのまま背を向け歩き出そうとする。だが、千切れたブルーの右腕がぷるぷると動き出し、カンナとルージュラを縄のように拘束した。
「こ、これは⁉ メタモン⁉」
「……そうよ。言ったでしょ? これも作戦の内って。本当の腕はここ。あなた達四天王に勝つには裏をかくしかなかった。これも賭けだったけどね。運よく右腕で助かったわ」
「フフフ。この四天王のカンナを欺くとは大した女ね」
「あなたに言われたくないわ。それにあの人形を作った時点で、本当ならあなたの勝ちだった。あなたは、どこかで甘さがあるのよ。非情になれない」
「そう……かもしれないわね。あの時も、そうしていればレッドを簡単に殺せた」
「ナツメじゃないけど、あたしだって冷静じゃないわ。レッドのことは好きだもの……」
「恋する女は強い、か。けどね? 奥の手を残しているのはあなただけじゃないわ」
「え⁉」
突然の揺れが襲うと、カンナの背後に凍った地面を割ってラプラスが現れた。どうやら最初から潜ましていたらしい。
「ラプラス!」
「め、メタちゃん!」
そのままラプラスはカンナとルージュラを捕らえているメタモンごと噛みついた。それによって拘束が弱まり脱出するカンナ。
「これで振り出しに戻った」
「くっ。ナツメはまだ寝てるしどうすれば」
「──起きている」
「ならとっと何とかしなさいよ」
「そうしたいが……まだあのゲンガーがいるんでな」
最初に現れたゲンガーはいままで傍観していた。ただカンナを助けるためだけの存在らしい。
「じゃあどうするのよ⁉ またあの人形を作られたら終わりなのよ!」
「もう作ってるわ」
気づけばカンナの手にはまた同じ人形が作り出されおり、再び口紅で腕にバツ印をつける。数分も経たないうちに状況は同じになってしまった。
「ほれみろ」
「なんであんたは冷静なのよ⁉」
ナツメがやけに冷静、というより大人しいことにブルーは疑問に感じた。焦りすら感じないとはおかしい。
「問題ない」
「は?」
「あら? まだ何か秘策があるのかしら」
「──ああそうだレッド。私は……ここにいる」
「ちょっと、何を言って──」
直後洞窟全体に強い揺れが発生し、その影響で天井にあった氷柱が落ちる。
これは何かが掘り進んでいる音だ。それも地下からではなく頭上から。
天井を見上げればだんだんと色が赤に変わり、まるでマグマが流れ出たかのように天井が溶けだした。
「一体何が──」
「けほっけほっ。もう何なのよぉ!」
「フフフ……言ったろ? 赤い糸は切れないんだ」
「え?」
するとある聞きなれた音が洞窟内に響き渡る。
一定の間隔で刻む鉄の鼓動。これは知っている音だった。煙が晴れ、深紅のように赤い色をした鉄の馬がそこにいた。
そして、久しく聞いていなかった声が耳に入る。
「──ってみろ……」
「なんですって?」
それはカンナに向けられた言葉。カンナは身構えながら落ちてきたソレを注視していた。だが完全に煙が晴れると、カンナの顔が青ざめた。
「俺の名を言ってみろカンナァ!!」
そこには愛車FR号に跨った最強の男がいた。
レッド⁉ 殺されたはずじゃ……!
氷・闘・霊・竜の陣について
原作ではワタルはいないけど、なんかすごい合体技。
あとエレキからライジングに進化しているのは修業の成果です。
おまけの技ネタ
・ライジングメテオ
元ネタスパロボの技
・バスターコレダ―
元ネタガンバスターの技
一応だいばくはつの電気版。なお使えば普通は死ぬが、雷の玉のセーフティが発動してギリギリ生き残った。
やっとここまで来ましたね。
第三章は残り二話となります。