ルビーとサファイアの80日間冒険競争31日目。
フエンタウンはホウエン地方では有名な温泉の名所である。町の奥に見えるえんとつ山は活火山でありその熱で常に温泉は冷めることなく湧き出ている。
またここのポケモンセンターは特殊であり、その温泉も経営しているので多くの利用者が連日足を運んでいる。地元民からここを訪れたトレーナーや観光客と大勢の人間が温泉へと入っていく。
もちろんお土産屋という名のフレンドリィショップもあり、ポケモンセンターのすぐ隣に位置している。フエンタウンのフレンドリィショップは他と違い木造建築によってできていてこの町にピッタリな外観をしていた。
そこのレジ係である青年は店内を見渡している。万引きをする人間は滅多にいないが、たまにいるのでこうして常に目を光らせている。こういう仕事のためか、彼は多くの人間を見てきている。子供から年配の人がここでお土産を買っていくのだ。
なので、極まれに珍しいお客もやってくる時がある。
例えば一番有名どころでいえば、ピカチュウといったマスコットポケモンのご当地キーホルダーを全部コンプリートしていく人。どれを買っていいか分からず、とりあえず全商品を一個ずつ買っていくお金持ちの人。あるいは試食で置いておいたフエンせんべいを食べて、あまりの美味しさに感動して段ボールで箱買いする人等々様々である。彼としては、そこまでフエンせんべいを美味いと思ったことはない。なにせ、物心がついたときから食べているからである。
商品の中にはもちろんヒット商品やどこにでもありそうなポピュラーな商品まであるが、中にはどうしても絶対に売れないであろう商品がある。
その一つがTシャツである。
いや待て、普通にそれは売れるのではと思う方もいるだろう。確かに売れているTシャツもあるのだ。主にこのフエンタウンに関係しているTシャツは少なくとも売れている。その中にどうしても絶対に売れ残るものがあるのだ。
それが文字Tシャツ──通称ダサTだ。
どこのメーカーが出しているのかは不明であり、各地にあるショップからも不評だという声が上がっている割には今日まで新作が出続けている。
青年からしても、これを買うのは本物の物好きか試しに面白半分で買う人のどちらかである。それが今日、その前者に該当するお客が来店していた。
「これすげーいい……」
「ソーナノ」
頭に小さなポケモンを乗せ、隣には確か……サーナイトだっただろうか、その子に買い物かごを持たせたトレーナーはシャツを広げながら恍惚とした表情をしていた。
今手に持っているのは「おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!」というホウエンで稀に見る方言であった。ちなみに背中は「介錯しもうす!」である。
『マスター。さすがにそれはちょっと……』
「じゃあこっち?」
独り言のように聞こえるが実際はあのサーナイトと喋っているのだろうか。
彼はそのシャツを置いて別のを手に取る。
「チェスト関ケ原!」、「誤チェストにごわす」、「ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」、「でかした!」、「ヒモ」、「無職じゃないフリーターなんだ」、「良い子の諸君! ポケモンの新作はすぐ買わなくてもその内マイナーチェンジ版がでるぞ!」等々幅広くよく分からないシャツまで手に取るトレーナーにどこか引いているサーナイト。
それは青年もであったが、何故あのトレーナーがここまであのダサTに拘るのか理解できなかった。
『普通にこれではダメなんですか……?』
「えー普通すぎてダサい」
そう言って否定したのは至って普通の可愛いポケモンがプリントアウトされているTシャツだ。まさに無難ではあるが可愛く、男女ともにオススメできる一品である。
にも関わらず、普通すぎてダサいという評価を下されてしまう。納得がいかない。アレはうちの商品の中ではそこそこ売れているというのに。
「でもなぁ。こんなに買っても持ち運びが……」
『買っても一枚か二枚ですよ、マスター』
「うーん。本当は全部欲しいのに残念だ」
少年は肩を落とすと、その内の二枚をかごに入れてレジに向かってくる。
いかんいかん。営業スマイルだ。
「いらっしゃいませー!」
「あの、すみません」
「はいなんでしょうか?」
「ポケモンのアイテムも売ってますここ?」
「ありますよ。何のアイテムでしょうか?」
ここはお土産屋ではあるがフレンドリィショップである。店に並んでいる商品の大半はお土産品で、アイテムは倉庫に入っている。一応きずぐすりやなんでもなおしと言った必需品は置いてはあるのだ。
「えーと、かいふくのくすり全部」
「……はい?」
「だから、かいふくのくすりあるだけ全部買うって言ってんの」
「は、はい! わかりました! 在庫を確認しますので少々お待ちください!」
思ず素の反応で失礼な態度を取ってしまったことを謝罪し、倉庫へと慌てて向かおうとするとまだ欲しいものがあったのか呼び止められた。
「あ、そうだ。あとげんきのかたまりってあります?」
「かたまりではなく、かけらなら扱ってますが……」
げんきのかたまりというアイテムは実際にあると言えばあると青年も知っているのだが、それはあまりにも高級品と言ってもよかった。まずその精製方法など自分のようなアルバイトが知るはずもなく、噂では態々そのかたまりを砕いて「げんきのかけら」として売っている、と言われている噂があるぐらいだ。
しかし欠片と言っても高級品に変わりはなく、トレーナーのような旅をする人間にとってはいくつか持っていたいアイテムである。瀕死になっているポケモンを癒す力あるので、近くにポケモンセンターがない場合はかなり重宝されているらしい。
だからと言っても、値段は一つ2000円もする。先のかいふくのくすりだって一番効果がある薬のため、こちらも3000円もするのだ。
それを全部欲しいと言いのけるこのトレーナーはどこの金持ちなのだろうか。
「やっぱないか。じゃあ、かけらをあるだけ全部」
「は、はい!」
青年は今度こそ倉庫へ行き在庫を確認する。この二つの商品は効果はあるが値段が高いためそこまで売れてはいない。埃を被っていた段ボール開けて在庫を確認。箱の中にはそれぞれ半分以上も残っている。手慣れた手つきで数を確認し、段ボールを綺麗にしたあとレジへ戻る。
「お、おまたせしました!」
「おー。これだけあれば十分だろ」
『よかったですねマスター!』
「で、では、お会計でよろしいですか?」
「お願いしま──」
その時、外から一人の中年の男性が慌てて店に入ってきた。彼はここの常連で、よくお風呂上りにコーヒー牛乳を買いに来るので顔見知りだった。そんな彼の初めて見る形相に驚いている暇もなく、彼は言った。
「てぇへんだてぇへんだ! えんとつ山から煙が消えて温泉が冷えちまったぞ! おまけに火山灰も降ってこねぇぞ⁉」
「な、なんだってーー!!」
「……!」
レジから飛び出して慌てて外に出ると、確かに火山灰は止んでいて山から煙も出ていない。このフエンタウンはあのえんとつ山のお陰でここまで繁盛している。名物である温泉がなくなれば、この町は終わりだ。
つまり、バイトをクビになって無職になってしまう。
青年は賢かった。故にこの先の未来が簡単に想像できてしまい、その場に膝をついた。
「なあ、あんちゃん。会計やっておいてよ」
こんな状況だと言うのに、先程のトレーナーは図々しくも会計をしろ言ってきた。思わずカッとなり叫んでやろうとか思ったが、その顔を見て怒りはどこかへ吹き飛んだ。まるでヒーローみたいなお面を付けている少年がいたからだ。
「あ、アンタ、そのお面……」
「お面じゃない、マスクだ。サーナイト、会計頼むわ」
『はいマスター。お気をつけて』
「ソーナノもお留守番な」
「ソーナノ!」
「あんちゃん。会計はサーナイトがやるからよろしく! じゃあ……行ってくる」
変なマスクを被った少年は外に出ると、えんとつ山へと飛んでいった。その光景を見て声を上げることすらできなかった。
彼はそのままえんとつ山の山頂へと向けて飛んでいく。隣にいた常連のおじさんも大きく口を開けて、顎を震わせていた。
『あのーお会計、お願いします』
「あ、はい」
放心している中、サーナイトのテレパシーで青年は現実へと戻るのであった。
えんとつ山火口付近。
そこでこのフエンタウンのジムリーダーであるアスナは相棒であるマグカルゴと、いきなり現れた赤い装束を纏った男ホムラのコータスと共に活動を停止したえんとつ山を復活させようと奮闘していた。火口へと熱エネルギーを打ち込むことで、停止した火山活動を再開させようとしていたのだ。
だが足りない。少しだけエネルギーが足りない。
「くそっ! これだけのエネルギーでもダメなの!?」
「諦めるんじゃねぇ! もっと気合を入れろ!」
弱気になるアスナにホムラが檄を飛ばす。炎を吐き続けるマグカルゴとコータスの顔色も次第に焦りが見え、次第に炎の勢いが弱まっていく。
「こんな所で、こんな所であたしの町を終らせはしないんだぁあああ!!」
『よくぞ言った!!』
突然何処から第三者の声。
──?????のシンクロ! マグカルゴとコータスとシンクロした!
同時に弱っていた二人のポケモン達が元気を取り戻し、いやそれ以上の時のかえんほうしゃを放ち始めている。
声の主を探すアスナの耳に、ホムラが崖の上にいる人影を見つけて叫んだ。
そこには逆光を浴びて、山頂に立つ漢がいた。
「あそこダ!」
「え!?」
『どんな小さな草花も、ひとたび地に咲けばその根岩をも突き通す。自然の起こす偉大な力……人、それを……「神秘」という!』
「あ、あなたは一体……!」
『俺は太陽の戦士! サンレッド!!』
「さ、サンレッドだぁ⁉」
サンレッドと名乗る男はそこから飛び降りてアスナとホムラの前に立つ。逆光の所為で分からなかったが、この距離ならしっかりと彼の姿がわかる。
赤いマスクはまさに戦士に相応しいヒーローの顔立ちをしている。ただ……首から下が残念すぎた。「I LOVE HOWEN」と書かれたTシャツにジーパンとサンダルだったからだ。
「あ、あの……太陽の、戦士なんですよね?」
『そうだ』
「にしては……まるで、スロットコーナーでいつも負けてそうな格好だゼ……」
『バカめ! 俺は目押しなど余裕じゃい! さあ気合入れろ!! 行くぞ、ブイ!!!』
「ブイ!」
サンレッドの左腕に纏うガントレットの甲にある赤い石が輝くと足元にいたイーブイがブースターになった。
──サンレッドのシンクロ! イーブイとシンクロした!
──イーブイはブースターに進化した!
──ブースターのかえんほうしゃ!
「ねーちゃん、オレ達も負けてられねぇゼ! コータス!」
「うん! マグカルゴ!」
「必殺サンシュゥーーーー!!!」
──サンレッドの
4つのかえんほうしゃが一つの巨大な炎となり火口へとそのエネルギー弾が着弾。
同時に山全体を揺らす爆音が鳴る。
アスナは火口を覗くと、そこには煙をあげているのが見えた。
「や、やった! やったやったっ!!」
「いや、ダメか……」
「え?」
ホムラが言うように煙が上がり火口が再び生き返ったかと思えば、だんだんとその活動が弱まっていく。ただ完全に停止したわけではなく、マグマが弱弱しく泡を吐いているのが見えた。
『どうやらこの装置のエネルギーと我々のエネルギーが火山内でぶつかり合っているようだな』
「そ、それじゃあえんとつ山は……!」
『いや、完全に死んではいない。だがいずれは活動を停止するだろう……ふんっ!」
──サンレッドのバーニングパンチ!
──アクア団の装置は壊れた!
「ちっ。アクア団の野郎どもめ好きにはさせねぇ。このホウエンに必要なのは大地だっていうのによぉ!」
「大地……?」
ホムラはコータスをボールに戻して別のボールを投げると、オオスバメが現れてその足に捕まり去り際に言った。
「ねーちゃんなかなかの炎だったゼ! それとあんたもナ!」
「……あ、そうだ! サファイア! サファイア!!」
オオスバメと共に去ったホムラを見て、アスナは声をあげた。アクア団の戦いの最中、この山の中に落ちてしまったのだ。その割れ目から彼女の名を叫ぶアスナ。
『むっ。彼女がここにいるのか』
「さ、サンレッドさんは彼女を知っているの⁉」
『ちょっとした縁でな。だが安心したまえ。もうこの場で戦いの氣は感じられない』
「よ、よかったぁ。け、けど、あなたは本当に一体誰なんです?」
『なに。通りすがりの太陽の戦士だ。では、縁があればまた会おう!』
「行っちゃった……」
サンレッドはブースターをボールに戻して炎の翼を広げて何処かへと飛んでいき、残されたアスナは慌ててサファイアの下へと走り出すのであった。
フエンタウンから少し離れた森の上空にて、炎の翼を広げて飛んでいる太陽の戦士サンレッド。傍から見ればカッコイイ絵なのだが、どう見ても首から下の服装がすべてを台無しにしていた。
まるで鳥のように空を飛んでいるが、途中から安定しなくなったのか炎の翼が消えて地上へと落ち始めた。
しかしサンレッドは慌てているどころか至って冷静で、その身を重力に預けているようだった。そのまま速度を上げながら落下し、地上から数メートルの所で彼は停止した。
そこにはレッドの色違いのサーナイトが念力で彼を受け止めたのだ。
「サンキューサーナイト。助かったわ」
『大丈夫ですかマスター⁉』
「なんとかな。まさか、空を飛んでるときに発作が起きて力の制御ができなくなるとは思わなかったよ」
地面に下ろされたレッドはそのまま座り込むと両手を見た。プルプルと小さく震えているのが分かる。本当にマシになったとはいえ、完治していない影響がまだ響いている。力だって先程はほんの少ししか出していないのに、体が少しだるく感じている。
やはり、力を使うたびに影響が……?
ナナミは戦うのを、力を使うのを控えろとは言った。全力で力を使ったのはあの島を脱出した時。確かにそこで疲労、倦怠感が一気にのしかかる感覚はあった。まさかその一回だけで、今回の事にも影響しているのかと思い始める。
力を使えば使うほど体が悲鳴をあげている。これでは最悪の事態、予想しているグラードンとカイオーガの激突を止めるためには、本当にあの最終手段を使わざるを得ないかもしれない。
『本当に無理はしないでくださいね? これでマスターがいなくなったらわたし……泣いちゃいます』
「そんなことにはならないよ。で、お会計はちゃんとできた?」
『はい! もうバッチリです!』
「ソーナノ!」
ソーナノがそれを証明するかのように段ボールの上で跳ねていた。
「偉いぞサーナイト。撫でてやろう。よしよし」
『えへへ……』
「さてと。これをバッグに入れますか。旅に出る時に持ってきたやつと合わせれば上限までいくだろ」
ソーナノを頭の上に乗せて段ボールを開けると、びっしりとかいふくのくすりとげんきのかけら入っている。どう見てもショルダーバッグに入る量ではない。
『これ全部入るんですか?』
レッドから預かっていたバックを手に持ってサーナイトが首を傾げる。
「そう思うだろ? でもな……99個までだったら入るんだよ、何故か」
『そうなんですね!』
「そうだよ!」
「ソーナノ!」
だんだんと非日常に慣れていくサーナイト。そんな彼女は主である彼にどうしても聞きたいことがあり、勇気を出してたずねた。
『あの……マスター? そのマスク、結局何なんですか?』
「これか? ふふふ。これはな、親友であるマサキに作ってもらったものなんだよ。こっちで活動するにあたって顔バレするのはちょっと面倒だと思ってな」
『は、はぁ……?』
「デザインはもちろん俺だ。どうだ、カッコいいだろ⁉」
『……えーと。ダサいと思います』
「……」
『多分、みんなも同じことを思ってますよ?』
「うん」
「はい」
「ソーナノ!」
それを言うためだけにボールから出たイーブイ達の言葉は、見事レッドの心に突き刺さっている。まさにこの世に絶望したような顔をしていた。
救いを求めるためにレッドはスピアーに目を向けた。
「まさかスピアー……お前も……なのか……?」
「──」
沈黙が答えだった。
レッドは絶望した。これを作ったマサキにすら趣味が悪いと言われたのを思い出す。さらには自分が好んで着ているTシャツもナツメや皆から否定されている。しかもあのお姉さんにもだ。
何故だ。なんでみんなこの素晴らしいTシャツの良さが分からないんだと胸の内で叫ぶ。同時にこれを理解しているのは、この世で自分しかいないのだと悟った。
「これじゃ俺……この星を守りたくなくなっちまうよ……」
その日の夜、レッドは涙を流した。
感づいた人もいるかもしれないけど、その時まで黙っていてくれよな!
あとRXじゃないのは秘密(多分分かる)