なあ頼むよ! 何でも言うこと聞くから!
マサゴタウンにあるナナカマド研究所の裏庭で新人トレーナーであるシロナは、大好物のアイスクリームを食べながら目の前でのたうち回る薬物中毒者の悲惨な末路を眺めていた。
「あ゛あ゛あ゛!! ぐずり゛ぃーーーぐずり゛をぐれーーーー!!!」
最近みたテレビの特集で似たような映像が流れていたのを思い出す。アレは確か、野生のポケモンに襲われたトレーナーが最近発売された新薬「いいきずぐすり」を止むをえなく服用したという内容だった。重傷を負い、町に戻れない彼はポケモンのために買っていたその薬を自分に投与したという。
すると効果はすぐに表れて傷などは癒えないのだが痛みは消えたらしく、そのまま急いで町にあるポケモンセンターへと駆けこんだ。人間の患者も扱っているポケモンセンターであるが、彼のような重体の人間が自らやってきたのは全国でも初めてだったらしい。
まあ、これなら人間も効果のある薬として認知されて終わりなのだろうが実際は違った。その彼は数日後、突然苦しみだすと家にあるモノを壊したりポケモンにも八つ当たりするようになり、近隣住民に通報されてそのまま施設へと送られてしまったらしい。
後にポケモンの薬を開発している製薬会社の発表では、「人間にも効果はありますが、ちゃんと用法・用量を守って正しくお使いください。容器にもちゃんと張ってあります」とのことだった。
『マスター。なんとお労しいお姿に……』
「ソーナノ……」
対して自分と違って悲しんでいるのが隣にいる彼のポケモンだった。人に近い姿をしているのがサーナイトで、彼女に手に抱きかかえられている小さなポケモンがソーナノという。
先日彼を拾った際に研究所で保護することになったのだが、目覚めた彼は突然薬を寄越せと叫び暴れだした。それを止めたのが彼のポケモン達だった。
バッグから現れたスピアー、イーブイ、ラプラス、ミロカロスという知っているポケモンや知らないポケモン達が彼を押さえつけ、ソーナノが結界という名の牢屋を作って、サーナイトがさいみんじゅつで眠らせてその場は収まったのだ。
その後、また起きて暴れだされても困ると言うことで。手と足に手錠をはめて、風邪をひかないように布団で体を巻き付けて、解けないように鎖でさらに縛り付けて裏庭へ放り出して、ソーナノの結界で閉じ込めることとなった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「まるで陸に上がったコイキングみたい」
拘束された状態でぴょんぴょん跳ねる姿はまさにコイキングそのもの。ただそれだけなら可愛い気はあるが、酷い時は地面や壁に頭を打ち付けている。頭が頑丈なのか傷が一切つかないのは不思議だなとシロナは思っていた。
『あぁぁ……さいみんじゅつで眠らせてあげたいっ!』
「だめだよ。せんせぇがあの人の体に残ってる毒を抜くまでだめだって言ってたでしょ?」
『それはそうですが……』
「ま、あと数日もすれば抜け切るんじゃないかってせんせぇが言ってたけど」
『かいふくのくすり99個とげんきのかけら99個分の毒があと数日で抜け切るのでしょうか……』
「え? なにか言った?」
『いえ、なにも』
サーナイトに首をかしげるながらシロナは再び名も知らない男の見た。彼女からすれば、彼は本当にいい迷惑であった。本来であればすでに旅に出ているというのに、自分が彼を拾ったという責任を何故か感じてしまっているため未だに足止めを食らっているのだ。
ただそれ以上に彼が気になるというのも留まっている理由の一つで。彼があれ程までにボロボロで、いやそれよりも自分が見たことのないポケモンを持っている方のが大きい。それはナナカマド先生も同様で、科学者の血が騒ぐのか久しぶりに生き生きとしていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ぐずり゛ぃーーーーー!!」
「はぁ」
本当にあと数日で毒が抜けるのかという心配はあったが、ナナカマド先生の予想を大きく上回って翌朝には結界の中でいびきをかきながら寝ている彼の姿があった。
拝啓。
ナツメへ。緑の山々に白い雪が積もり、まさに冬の到来を感じさせる季節となりました。まあ、本当に冬かどうかは知らないけど。
マサラタウンを旅だってもうどれくらいの月日が流れたでしょうか。色々あって二年という歳月が流れているのは確かだと思いますが、私はまだぴちぴちの15歳です(たぶん)。身長はきっと180cmに届くか届かないぐらいのところまで成長はしましたけどね。
私は心配なことがあります。それはナツメのことです。きっとたくさんの不安や心配ごとをさせているのではないか、と今は感じられる余裕がでてきました。キミはとても寂しがりやで甘えたがりな所があるので、病んでいないかとても心配です。
でも私には一つ、ナツメに言っておかなければならないことがあります。
それは実家にあるお宝本のことです。アレは確かに私のですが、大半は勝手に増えたものです。お姉さん本に貧乳と巨乳の幼馴染本とか気づいたら増えていたメイド本や年下の金髪ロリ本は決して、私のではないことをここに念を押しておきます。
そんな私はいま、時間をさかのぼり過去のシンオウ地方に来ています。
……なんで?
「ふむ。驚異的な回復力だ。レッドくん……だったね。たしか出身は……」
「マサラですよ。カントーのマサラタウン」
「となればこの回復力にも納得がいく。ユキナリのヤツも怪我をした翌日には治っていたし、マサラ出身なら不思議ではないからな」
「先輩なんでしたっけ? オーキド博士の」
「うむ。よく知っているな。ああそうだった、未来から来たんだったか」
「ええ」
ナナカマド博士の研究室で軽い診察を受けているレッド。今はちゃんとシャツを着て靴も履いている姿は、かなり新鮮であると本人も感じていた。
シンオウ……ダイヤモンド・パールの知識はほとんど乏しい彼であるが、ナナカマド博士がオーキド博士の先輩だという設定は覚えていた。ここは過去の世界だということはある理由……シロナ(ロリ)ですぐに理解することができたのだが、今のナナカマド博士は自分が知っているイメージよりだいぶ若かった。
「それと。改めてご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「構わんよ。こちらとして、ここにはいないポケモンを見られて役得ではあった。それにキミのような面白い人間は見ていて飽きないからな」
「ありがとうございます……?」
どうやら自分は薬の影響で錯乱していたらしく、かなり迷惑をかけていたらしい。それで今日になってやっと正常になったとのことで。迷惑をかけて改めて謝罪した後、自分が未来から来たことを簡潔に話した。最初は信じられない反応であったが手持ちのポケモンやオーキド博士のことなどを話し、サーナイトのテレパシーを使ってこちらの時代の風景などを見せてやっと納得してくれたのだ。
「と言ってもだ。まだ完全に完治しているわけではない。医者ではないがキミの体はボロボロだと言うことぐらいは分かる。さらに薬による離脱症状も完全に抜けきっているわけではない」
「そうでしょうか?」
「そうだとも。ほら、ここにそれを治す治療薬が──」
「薬!」
ナナカマドが手に錠剤を持つとそれを奪おうとするレッドであったが彼はそれを簡単にかわした。
「見たまえ。薬を目にするとこれだ」
「うぅ……くすりぃ……」
何故か目の前にある薬を見ると自分をコントロールできなくなっていた。ただ目の前になければ落ち着けるので、そこまでは酷くはなかった(そう思い込んでいるだけなのだが)。
「なのでこれをキミにあげる代わりに私の頼みを聞いてもらいたい」
「頼み、ですか?」
「ああ。あの子、シロナの旅に同行してはくれないだろうか?」
「旅というと、ジムバッジを集めにですか?」
「それもあるな。あとはポケモンの生態調査や各地にある遺跡などの調査も兼ねているがね。キミはポケモントレーナーなのだろう? ならば護衛をお願いしたいんだ。ついでに鍛えてくれて構わないよ」
「まあ……することもないですしね」
「それにここは他の地方と比べれば自然は豊かだ。キミの治療……リハビリに最適ではないかね?」
「そうですね。シンオウにも来る予定だったので確かにちょうどいいかもしれません」
「決まりだ。じゃあ、シロナと話すので少し外に出ていてくれ」
「わかりました」
レッドは立ち上がりナナカマドに改めて一礼してから部屋を出た。
「えー! アレと一緒に旅するの⁉」
「そうだ」
入れ替わるように入ったシロナは不満げな顔を浮かべながら自身の先生であるナナカマドに不満の言葉を述べた。
それも当然な反応ではあった。未来から来たというありがちな話だけでも嘘くさいのに、薬物中毒者と一緒に旅をしろ言われれば、彼女の反応は至って普通であった。
「せんせぇのとこに置いておけばいいじゃないですか」
「私だってイヤだし」
「うわぁ。問題事を教え子に押し付けるとか、大人ってずるい」
「そもそもお前が拾ったのだから、最後まで面倒を見なさい」
「それを言われるとそうだけどぉ……」
「別に悪いことだらけではないぞ? 彼は強いポケモントレーナーみたいだし、道中の護衛には最適でトレーナーの講師として有望だろう。それに人も道具も使い方が大事なんだよシロナ。自分の荷物を彼に持ってもらえれば旅が楽になるぞ?」
「確かにそれはアリかも!」
「だろ? それにこれは本心だが。旅をしていく中で彼の体と心を癒せるかもしれない」
「そんなに酷いんですか?」
「ああ。酷い」
最初に拾った時はそれは酷かったことを覚えている。ボロボロの傷だらけ。今は傷痕は残っていても、至って普通の感じでそういう素振りを感じさせないのだ。錯乱していた時と比べれば目は普通だし、人間らしい振る舞いをしている。
しかし先生がそう言うのだから、ウソはではなく本当に酷いということなのだろう。
「まあ、アレだな。うまい具合にレッドをコントロールしなさい。そのための道具……治療薬を渡しておく」
そう言うとよく薬屋で売っているケースに入った物を渡される。シロナはそれを手に持って見回してみれば、自分も知っているラベルが張ってあった。
「これ、ビタミン剤?」
「うむ。彼は生粋のマサラ人なので、いずれは完全に完治するのは目に見えている。が、いつまた暴走するかも分からない。そのためのビタミン剤だ」
「でも薬物中毒者に対する治療薬はないってテレビでも言ってたよ?」
「今のレッドにその区別はつかない。要は治療薬と思わせることが大事なんだ。だからと言って多く与えすぎてはいけないぞ」
「だいたいどのくらい?」
「うーんそうだな。一日朝昼晩の三回ぐらいでいいのではないか? あ、そうだ。お前から与えてはいけないからな?」
「どうして?」
「レッドが欲しいといったら焦らしに焦らして与えなさい。ようは餌付けの延長だ。そうすれば、彼はお前に従順になる」
「つまり、わたしがレッドの飼い主になればいいんだ!」
「え? う、うん……そうなのではないか?」
ナナカマドは教え子の斜め上の発言に戸惑いつつも、適当に誤魔化すように相槌うった。そのシロナは自分だけの都合のいい下っ端あるいはペットが出来たとこに喜びの声をあげていた。
話もまとまり、数日遅れてようやくシロナの旅が始まることになった。
研究所の前で、改めてナナカマドに見送られるシロナとその付き人レッド。
「ではシロナ、気を付けてな」
「はーい」
「レッドもシロナの事を頼んだよ」
「わかりました。改めて、お世話になりました」
「それじゃあせんせぇ。いってきまーす!」
こうしてシロナの旅がようやく始まったのである。
マサゴタウンを出て一時間後。
まずはコトブキシティを目指す二人は202番道路を歩いていた。最初はどう接すればいいか、どんな話をすればいいか悩んでいたシロナであったが、意外と彼……レッドは話し上手なのかすんなりと溶け込むことができた。
カントー地方のことやそこに住んでいるポケモンの話。まったく未知のことである彼女にとっては、そのような話には興味津々であった。
ただ突然、レッドの様子がおかしいことに気づいた。口数は減って妙に落ち着きがなくて、辺りをキョロキョロしては手が震えている。
ああ、もう来たんだ。
シロナはそれが離脱症状だとすぐに判断できた。なので早速餌付けならぬ、調教を始めようとする。バッグからナナカマドから渡された薬が入ったケースを探す。
「……むっ、あれ……ここだっ……これじゃない」
小さなバッグだというのにそこはもう暗黒の世界。バッグの中にあるありとあらゆる物が混ざり合い、持ち主である彼女ですらどこに、何があるのか把握していない。
シロナは整理整頓ができぬ女なのだ。それがある意味では彼女の唯一の欠点ともいえた。
死闘の末ようやくケースを見つけると、そこから錠剤を一粒持って知らぬふりをしながら彼女は言った。
「レッド、どうしたの?」
「な、なんでもない」
「ほんと? それにしては顔色が悪いよ」
「……な、なあ。ナナカマド博士からく、薬をあ、預かってるんだろ?」
「うん」
「じゃあ、はやく……」
「えーどうしよっかなぁ~」
「た、頼むよ! じゃないと俺、おかしくなっちまう!」
膝をついて懇願するレッド。現在レッドの年齢はおそらく15歳で、シロナは今年で11歳になる。歳の差はたったそれだけなのであるが、年下に膝をついて頼みごとをする姿はなんと滑稽であろうか。ただレッドの背が高いため、まだ成長期であるシロナの身長は彼が膝をついてどっこいどっこいである。
彼女は目を泳がしながら悪女のように何度も焦らす。
「なあ頼むよ! 何でも言うこと聞くから!」
「なんでも?」
「ああ!」
「じゃあ……わたしのバッグ持って?」
「持ちます持ちます! カビゴン10体分ぐらい軽く持って見せます!」
「えへへ。はい、薬ね」
「!」
成程。こういう形でレッドを躾ければいいのか。
初めてにしてはいい感じにレッドを手懐けていくシロナは彼にちゃんとご褒美を与える。錠剤を受け取ると、彼は水と一緒に飲まずにそのまま飲み込んだ。
すると恍惚とした表情を浮かべながら天を、シロナを崇めるかのように言う。
「あぁ~~~体が治っていくのを確かに感じるんじゃ~~~」
「……」
目の前で幸せそうな顔をするレッドを見るシロナの顔に変化が現れた。それを見ていると、少しずつ口角が上がっていく。同時に胸が熱くなっていく。
(か、可愛いかも……)
一体どうなったらその答えに行きつくのは定かではないが、シロナはレッドに未知なる感情と興奮を抱いていた。それに気づくと、無性にレッドから不思議なオーラが見えるようになる。言葉に表現するにはとても難しい。こうマイナスのイメージで、メラメラっとしているものではなくむしろその逆。やる気の反対……そう、ダメダメオーラがレッドから漂っているのだ。
シロナは無性にレッドに対して、躾けるとか手懐けるといった考えは消えていた。もっと別の、こいつはわたしが面倒を見てやらなければいけないのだという使命感に駆られた。
きっとこのままレッドを放置すれば彼は野垂れ死にしてしまうに違いない。道行く人やポケモンにとても迷惑をかけるに決まっている。他にだって、こうして自分が薬の管理をしなければもっと酷いことになるし、もしかしたらご飯だって食べれないかもしれない。常に自分が目を光らせていないと、どんどんダメになっていく。そんな予感がするのだ。
彼の顔に惚気ていたシロナは顔を振って我に返ると、レッドにバッグを渡して彼の右手を掴み強引に歩き出した。
「うおっ」
「ほ、ほら、いくよ! こんな所で止まっていたら、いつまでたってもコトブキシティに着かないんだからね!」
「わ、わかったよ……でもさ」
「なに?」
「なんで手を繋いで歩くの? さっきまで普通だったのに」
例えるなら母親が子供を連れて歩くようなものだろうか。胸を張って前を歩くシロナに対して、それに引っ張られているレッドの構図は、身長差があるためか兄妹にしか見えないだろう。ダメな兄としっかりものの妹、のような感じだろうか。
「もう! レッドはわたしがいないとダメだからに決まってるでしょ!?」
「えぇ……そんなことないって」
「そんなことあるの! レッドはわたしが面倒見なきゃすぐにダメ人間になるに決まってるじゃない。だからわたしがこうして常にレッドの傍にいなきゃいけないの。わかった?」
「……」
「へ・ん・じ!」
「……はい」
「よくできました」
溢れんばかりの笑みを浮かべながらシロナはレッドを引っ張りながらコトブキシティへと目指す。
そしてこれが後の世で言うダメな男を好きになる女性、「ダメンズ・ウォーカー」の誕生である。
レッドとシロナ。
出会うべくして出会った二人のシンオウ地方を巡る旅が真の意味で幕を開けた。
第6章はヒモとロリの旅物語です。
あと感覚は短編的なノリ。第四世代からは未知の領域なので常にwikiと睨めっこです。
それと今後の更新は少し遅れます。