これも全部レッドってやつの所為なんだ。
クロガネシティを出てから8日程経ち、レッドとシロナはコトブキシティに戻ってミオシティへと行き、また戻ってソノオタウンを通ってハクタイシティへとたどり着いていた。
ゲームと違ってイベントなどないのでミオシティで二個目のバッジを手に入れることに成功しているシロナ。
あれから彼女の手持ちは増え、道中のハクタイの森でスボミーとソノオタウンの横にある205番道路でカラナクシを捕まえていた。あとおまけで、ハクタイの森でイーブイをリーフィアに進化させることを覚えさせたレッド。
最初は彼も原作通りシロナの手持ちを捕まえる手助けをしようかと考えていたが、意外なことに彼女から目を離している時に捕まえてきていた。
理由を聞けば。
「直感でなんとなく」
つまりは歴史通りということなのだろうか。このままいけばリオル、フカマル、ヒンバス、ミカルゲをどこかで入手することになる。
ただヒンバスことミロカロスに関して彼も悩んでいた。ミロカロスが珍しいということもあってか、彼女はミロカロスといる時が多く、またその逆でミロカロスもシロナに懐いていた。
本当はハナダのお姉さん用に育てたホウエン土産でもあり、気持ち的には彼女にプレゼントしたのであるが、ここ最近シロナに対して過保護になっているというかこう……言葉で例えるのが難しい存在になっているのだ。
結局答えを出せず、一時的な形でミロカロスを彼女に預けている。ちなみにジム戦での使用は禁止。
そんな悩んでいるレッドの隣にいるシロナは、三個目のバッジフォレストバッジを掲げていた。
「3つ目のバッジゲットね!」
「すでにトゲチックが三個目のバッジのレベルじゃないしな」
「わたしとレッドの育て方がいいからよ」
「今はシロナに任せてるからそうとも言えるな。けど、次はトゲチックじゃなくてスボミーとカラナクシも使えよ? 折角捕まえたんだから。俺がやるとちょっと世界のバランスが崩れるし」
「うん。ちゃんと次のジムまでには育てておくわ」
「素直でよろしい」
「えへへ」
手を繋ぎながら二人は街中を歩く。
もう習慣の一部と言ってもいいぐらい二人は常に手を繋いでいるのが多くなった。特にレッド自身も気づけば無意識にシロナの手と繋いでいる。
慣れとは恐ろしい。
そう思っている割には悪い気など全然していない。ただ自慢の彼女であるナツメと手を繋いでいる時間を越そうとしていることにレッドは気づかないでいた。
「あ、レッド。アレがハクタイシティの観光名物の銅像よ」
「……アレが?」
「そ。シンオウに伝わる神話に出てくるポケモンだって話。わたしの故郷のカンナギタウンにも
祠があって、そこの壁画にも似たようなポケモンが描かれているの。けど、これはちょっと変だとわたしも思ってるけどね」
「変ていうか。ちょーおかしいだろ」
目の前の銅像は一見パルキアに見えるがところどころディアルガの体が混ざっている。そのままの通りあの二体が混ざり合ったようなものだ。
レッドもうろ覚えであるが、ここにあるのはどちらかの銅像であると記憶している。つまり一つの世界となっているここではこういう形になるのだろうかと、彼は勝手に納得した。
「レッドはこのポケモン知ってるの?」
シロナがこちらを見上げながらたずねてきた。未来から来ているならこのポケモンも知っていると踏んだのだろう。
「知ってるよ……聞きたい?」
「ううん。別にいい」
彼女は頭を横に振りながら言った。特に嫉妬や意固地になって言っている素振りもなく、普通にシロナは否定した。
「あら意外」
「わたしは考古学者だもん。自分で調べて神話や伝承の真実を知りたいもの」
「真面目だなあ。ま、そこがお前のいい所でもあるけど」
「褒めてもいいんだよ?」
「薬くれるなら褒める」
「ダメ。最近良くなってきてるから、そう簡単にはあげません」
「ちぇー」
薬の過剰投与による離脱症状は以前に比べればかなり落ち着いていた。いまは飴がなくなった代わりに使用している。
彼は未だにただのビタミン剤だということを知らないが何となくその存在に気づいてるようで、それも習慣となっているので未だに欲しがっていた。
「とりあえずこのあとどうする? 予定だとヨスガからズイ方面に向かって、ナギサからトバリシティ。で、わたしの故郷のカンナギタウンに寄ってからテンガン山を通ってキッサキシティなんだけど」
「いまが2月だろ? となると、あと1、2か月でジム制覇はできると考えて……うん、ちょっと寄り道していい?」
「寄り道? いいけど……どこにいくの?」
「鋼鉄島」
「こうてつ島? 確かそこはもう廃鉱になったって聞いてるけど」
「そ。だからそこでちょっとシロナに本格的なブートキャンプを──」
『や、やめてくれ! これはうちの新商品なんだ!』
『うるせぇ! お前のものはオレのものだ!』
突然近くでもめ事が起きたらしい。シロナが声の方に向けば、若い20代の青年が持つ自転車をチンピラが奪おうとしていた。
こういう場面に初めて遭遇するシロナはどう対処したらいいのかわからないため、隣にいるレッドに助言を求めようと振り向く。
しかしそこに彼はいなかった。
「あれ? おーい、レッド。どこいったのー」
繋いでいたはずの手には二人のバックがあり、巻いていたはずのマフラーも気づけば彼女の首に余計に巻かれていた。
辺りを見回すがレッドはおらず、とりあえずチンピラに巻き込まれるのは困るのでこの場から離れようとすると、先程とは違う声が響き渡った。
『待ていっ!』
「な、なんだ?」
「声はするが姿が見えない……!」
突然聞こえた第三者による声に青年は呆気にとられ、チンピラの男は周囲を見渡すがその姿を見つけることはできないでいた。
「姿を見せやがれ!」
「あ、あそこ!」
「なに⁉」
青年が示した先。そこはハクタイシティの観光名物であるポケモンの銅像の頭だった。逆光で顔は分からず、人影だけは確認できた。
『滝の流れは全てを清く洗い流す。たとえ悪に生きた貴様でも、流れで身を清めれば素晴らしい未来があるだろう……人、それを……「改心」という!』
「誰だお前ッ!」
『貴様に名乗る名前はないっ! ふん!』
「ぐぇっ⁉」
──サンレッドのただのパンチ! チンピラはたおれた!
銅像からチンピラに向け一直線に跳んでくると、そのまま彼の顔面に拳を叩きこんだ。頬には見事な拳の跡が残り、男の意識は飛んでいた。
『安心しなさい。もう大丈夫だ』
「あ、ありがとうございます。あなたは一体」
『ふっ。名乗る者では──』
「何やってるのレッド?」
『⁉』
そこに彼を真っ直ぐ見つめる無表情のシロナがいた。
『れ、レッドではない。私は太陽の戦士サンレッドで──』
「大人になれない子供ってこういう事なんだね。大丈夫だよレッド。周りがなんて言おうと、わたしはレッドの味方だよ」
「やめて。お願いだからそんな純粋な目で俺を見ないで……」
サンレッドことレッドは涙声で言いながら顔を隠す。まさに仮面の下で涙を流すヒーローのようである。流している理由はどうしようもないのであるが。
「あのー。この人のお知り合いで?」
助けられた青年がシロナに聞いた。
「知り合いというか、これの保護者です」
「あ、そうなんですか。改めて助けてもらいありがとうございます。お礼という訳ではないがありませんが、この自転車を受け取ってもらえないでしょうか?」
「いいんですか? さっき新商品って言ってませんでしたっけ?」
「ええ。ですから宣伝を兼ねて、是非これに乗ってシンオウ中を走ってほしいんです。なんでしたら荷台とその周りをちょっと改造して二人乗り用にしますよ?」
「喜んでやらせていただきます!」
二人乗りと聞くとシロナの目が途端に変わった。どうやらレッドと二人するのがとても楽しみらしく、そんな彼女と対照的に彼はまだ心の傷が癒えていなかった。
その後なんやかんやあって。
青年の親が経営する自転車屋に寄って二人乗り用になった自転車を受け取ったシロナ。早速レッドの運転で走ることを想定していた彼女であったが、行先は海の向こうにある鋼鉄島。流石に海の上を自転車で走ることはできない。
その代わりではないが鋼鉄島へと向かうラプラスの背でいつものように手を繋ぎながら、シロナは海の上ということもあってとても喜んでいた。
ハクタイシティから一時間程で鋼鉄島についた二人。
レッドがこの場所を特訓に選んだのは三つの理由があった。
一つ、ここが無人でポケモン以外誰もいない場所で修行に最適であること。
二つ、トゲキッスとロズレイドに進化する際に必要なひかりの石がここにあること。
三つ、鋼鉄島でリオルのタマゴが貰える可能性があること。
最初はともかく、ひかりの石とリオルのタマゴについては彼の生前見た実況動画の記憶頼りであった。
ひかりの石は鉱山を掘れば出てくるだろうのノリで、リオルに関してはタマゴ以外の入手方法がないと知っているものの、この世界ならもしかしたら一匹ぐらいいるのではないかという淡い期待を抱いてのことだったが……。
「なんか可愛いポケモンがいたよ!」
「でかした!!」
淡い期待が叶ったのか念願のリオルがこの鋼鉄島に偶然一匹だけいて、それを見つけたシロナが両手で抱えてきた。
そのリオルと言えばまだ捕まえてもいないのに一切抵抗することなく、その目は真っ直ぐレッドを捉えている。それに気づいた彼もリオルの目をジッと見つめた。
リオルの瞳の奥にある何かに気づき彼は言った。
「見ろよこいつの目を。すげーギラついてやがる。まるで強者と戦うのを望んでいる目だぜこいつぁよぉ……」
「そうかな。すごく可愛いと思うけど」
リオルの時点ではまだ波動を使いこなすことはできていないが、今の段階でも感じ取ることまではできる。
この世の物体にはすべて波動……俗にいう氣が宿っているとされている。
ならば目の前にいる男の膨大な波動を感じ取ったゆえに、彼はレッドに敬意と尊敬の眼差しを向けているのだ。
「決めた。こいつは俺が鍛える」
「すごい。レッドの目が本気だ」
「シロナ。俺は鉱山の奥に籠る。出てくる間はポケモンを鍛えながら最近教えておいたアレを出来るようにしておけよ」
「うん。わかった」
「それじゃあみんなもよろしく頼む」
『はーい』
レッドは手持ちのポケモン達にシロナの面倒を任せると、リオルと共に鉱山の奥深くへと入っていった。
──レッドは波動をマスターした!
──リオルは技にますます磨きがかかった!
三日後。
シロナは新たに加わったポケモンスボミーとカラナクシをロゼリアとトリトドンに進化させることに成功した。
その間鋼鉄島全体が大きな揺れに襲われたものの、きっとレッドが何かやっているんだろうと把握していたので、特に気にせずに彼が戻ってくるまでの日々を過ごしていた。
三日目の昼頃に鉱山から全身ほこりまみれで帰ってきた二人。
鍛えたであろうリオルは三日前とは比べ物にならないほど強くなったことをシロナが感じられるほどであった。そんな彼を鍛えていたレッドもどこか生気に満ちており、以前とは違うオーラを発していることにも彼女は気づいた。
「おかえりレッド。どう、成果はあった?」
「ああ。リオルのおかげで波動をマスターしたぜ。これでお前にも波動を伝授できるぞ」
「やったね! リオルはどう?」
「!!」
シロナの問いにリオルはレッドと同じくやり遂げた顔をしており、力強くうなずいてみせた。
「ところでシロナは方はどうだ?」
「へへーん。ちゃんと進化したんだから!」
胸を張りながら進化したロゼリアとトリトドンを見える。レッドもそれを見てうんうんとうなずいて笑みを浮かべている。
彼はポケットからあるモノを取り出すと、それをシロナに渡した。渡されたそれを見れば、光り輝く綺麗な石が二つあった。
「これは?」
「ひかりの石だ。あるかなって思って鉱山をついでに掘ってきて見つけたんだ。それをトゲチックとロゼリアに持たせておけ」
「ありがとうレッド!」
喜びのあまり抱き着くシロナ。
「汚れてるからやめろって」
「いいの。あとでわたしが洗うんだから」
「それもそっか」
旅の中で二人の役割担当がいまでは明確に決まっていた。レッドは準備担当で残りは全部シロナである。整理整頓だけはまったくできない彼女。しかし料理や家事全般(掃除は除く)は人並み以上に熟せているのだ。
よってレッドのご飯も洗濯もすべてシロナが行っている。
「あ、そうだ! レッドに言われてたアレできたよ!」
「ほーやってみ」
「うん! えい」
──シロナのエアスラッシュ!
パチンと指を鳴らす。そこから生まれた空気の刃がレッドに放たれた。それはシロナの意思に逆らって真っ先に彼の首目がけて飛んでいくが、彼もまた指を鳴らして同じエアスラッシュで相殺した。
「指を鳴らすだけなのに、誰が技を出せって言ったよ」
「指パッチンの練習してたらね? 気づいたらできたの!」
「やはり天才か」
「いやあ、照れちゃうなあ」
事の始まりは力を使えないレッドが体に負担をかけさせない技を考えていたのがきっかけであった。殴るのも蹴るのも体に負担がかかる。ならばと、指パッチンでエアスラッシュ出せばいいという斜め上の発想をしだしたのだ。
実際やって見れば簡単にでき、あとは殺傷力と標的に向けて放つためのコントロールを練習をするだけ。当然近くにいたシロナに試しに教えてみれば、まず指パッチンすらできなかったのである。なので暇な時はいつも指を擦っていた。
それが修行から戻ってみれば、指パッチンどころか未熟であるが技も出せるようになっているのだから、これを天才と言わずなんと言うのか。
「でも、ちゃんと出来るようになるまでは無暗にやるなよ? 間違って首を飛ばしたら大変だから」
「うん。わかった。ふんふん!」
早速何もない場所に向けてエアスラッシュを放つシロナ。しかも気づけばすでに両手でやっていた。
想像を超えるシロナの成長に感動しながら、レッドはサーナイトを呼んだ。
『なんでしょうか』
「ちょっと本土までテレポートしてきのみとか集めてきてくれない? えーとそうだな。赤い系のきのみを頼む」
『分かりました。けど、きのみで何をするんですか?』
「うーん秘密。一人だと大変だからスピアーも一緒に頼むよ。森ならお前の庭だしな」
「──」
槍を掲げてうなずくスピアー。
『それじゃあ行ってきますね』
「気を付けてな」
サーナイトはスピアーの槍を握ると本土へテレポートしてその姿を消した。
さてこれからどうするかと頭を悩ませる。鉱山の中にいたので時間の感覚が狂っているため、早朝ぐらいの感覚で外に出ればもうお昼であったのだ。
唸るレッドの隣で、小さなリオルが彼のズボンを引っ張りながらお腹を押さえていた。
「ああ。そう言えば何も食べてなかったな。じゃあまずはご飯にするか」
「!!」
目を光らせながらうなずくリオルに苦笑しながらレッドはシロナに向けて叫んだ。
「シロナ──! めし──!!」
「ちょっと待っててね────!」
ヒモだけあって年下のシロナに何ら躊躇いもなく言うが、それに平然と答える彼の保護者であった。
その日の夜。
鋼鉄島には当時のまま機械や建築物が残っており、当然ここへ出稼ぎに来ていた人間達の寝床があった。といっても残っているのは小さな小屋。それでも二人が寝るには十分すぎるものである。
シロナはまだ外で何かをしているレッドを呼びに外へ出た。小屋から少し離れたところの焚き火の前で何かをしているようだ。辺りには散乱したきのみの残骸やらお手製のすり鉢が転がっていて、彼女は近づきながら声をかけた。
「レッド何をしているの? もう寝ようよ」
「ん? ああ、ごめんな。意外と上手くできたから今日中にやっちゃおうかなって」
「やるって……リオルのそれ?」
「そ。どうだ、カッコイイだろう!」
レッドの前にリオルが静かに座っていた。もう夜なので焚き火の光だけでははっきりと見えなないが、リオルの顔の色が違う。正確にはリオルの顔の黒い部分の色が変わっていた。
色は多分赤で、それが顔の黒い所と横についている房と呼ばれるとこまで赤く染めていた。
「えーともしかして、ハチマキをイメージしてるの?」
「そうそう。こいつを最初に見てからずっとそればかりが頭に思い浮かんでいてさ。昔の人はきのみとか自然にあるもので染色してたから、もしかしたら俺もできるかなって」
「そしたら意外と上手くできたと。レッドにしても珍しい才能だね」
「もっと褒めてええんやで」
「褒めすぎると調子に乗るからめっ!」
「なんだよ。お前の時はちゃんと褒めてるのに」
「わたしはいいの」
「まあいいけどさ。あとは手にパンテージを巻いてっと……よし完成」
「!」
リオルは立ち上がり手を合わせるとレッドに頭を下げてお礼をした。
赤いハチマキ色をした模様に手のパンテージ。イメージとしては真っ先に武闘家を思い浮かべる。彼ではないが確かにこれはよくできているし、意外とリオルに似合っているとシロナはうなずきながら見ていた。
「あとな? リオルに名前を付けたんだ」
「名前? レッドにしては珍しいね」
それはシロナも素直に驚いた。彼の手持ちポケモンで名前を付けているのはイーブイのブイのみで、あとはみんな普通に呼んでいるからだ。
それだけこのリオルに何か特別な想いを抱いているのだろう。
「リュウ。こいつの名前はリュウだ」
「よろしくね、リュウ!」
「!!」
後にルカリオになるリオルことリュウ。シロナの無敗伝説による犠牲者の大半は彼一人で築いたものであることを、この時のレッドとシロナはまだ知らないのであった。
ちなみに漫画でシロナは全速力?で走るガブリアスに自転車で同等の速度を出します。
あとゲンを出さなかったのはこれ以上被害者を増やさないためです。