おい、バトルしろよ   作:ししゃも丸

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こいつ、喋るぞ……⁉


例え神だろうと、殺してみせる!

 

 

 

 

 トバリシティで一夜過ごしたレッド達は翌朝には出発し、数時間後にはシロナの故郷でもあるカンナギタウンへと到着した。

 最初は徒歩での移動が今では二人乗りの自転車。漕ぐのはもちろんレッドなのでその速度は並みではない。彼からすれば自慢の愛車FR号があるものの、久しぶりの自転車も悪くないといった感じで楽しんでいた。

 カンナギタウンに着いてまず感じたのがマサラタウン以上の田舎だということだった。由緒ある歴史の町……ある意味では村という表現が合っている気がする。町の中央には祠とその奥に大昔の壁画があって、それを囲むように建物が立っている。

 シロナを先頭に町を歩いていくと、家の前で一人の老婆が待っていた。

 

「あ、おばあちゃん!」

 

 手を振りながら老婆に駆け寄るシロナに続くようにレッドも歩く。

 

「おーシロナ久しぶりじゃな。朝に連絡をもらったから待っておったが、こんなにも早く着くとはのう」

「そりゃあレッドだもん。早いに決まってるよ」

「ほほー。そいつが噂のレッドか」

「どうも」

 

 こちらを見定めるように老婆は見てきた。ゲームでの姿はまったくと言っていい程知らないが、服装は大人のシロナが着てるような服に似ていた。サングラスなのか老眼鏡なのかは知らないが眼鏡をかけており、年の割には元気だということは伝わってくる。

 

「中々のダメ男じゃなお前さん」

「そこが可愛いのよ」

「この祖母にしてこの孫だぜ」

「お前さんのことはシロナからある程度は聞いておる。この子の両親に代わって礼を言うぞ。ありがとう」

「成り行きですし、それにシロナとの旅は中々充実してるんで、これでも楽しんでます」

「そうかいそうかい。で、シロナ。これからどうするんだい? しばらくはカンナギにいるんじゃろ?」

「そうだけど、時間もあるから先にテンガン山にあるやりの柱に行こうかなって。一人だと時間かかるけど、レッドとなら夕方までには戻ってこれると思う」

「なら夕飯はシロナの好きなものでも作って待っとるよ」

「ありがとばあちゃん!」

「お前さんもなんか食べたいもんあるなら作ってやるよ」

「特にないんで量マシマシで」

 

 遠慮なく頼みながら親指を立てると、ばあさんは大笑いしながらレッドの体を叩いた。

 

「若いもんはそうこなくちゃねぇ! じゃ、二人とも気を付けるんじゃぞ」

『はーい』

 

 

 

 

 

 カンナギタウンから全速力で飛ばして一時間ほどでテンガン山の麓まできた。レッドからすればこれで山に登るのはシロガネ山以来。ただシロガネ山と違うのは、テンガン山は頂上まで繋がる経路がはっきりといくつかあることだろうか。といってもその道は険しいので、山の斜面を直接登っていくのは山登りぐらいしかいないのであるが、彼もまたその一人である。

 

「どうするか。これも修行の一環ってことでこのまま登っていくべきか」

「それはそれでいいんだけど。今日は早く帰りたいから……お願いしてもいい?」

 

 その修行内容は頭がおかしいことに気づかない程毒されたシロナは平然と言ってのける。

 

「それもそうだな。ほれ、おぶってやる」

「わーい! いけーレッド28号!」

「27号まではどこに行ったのやら……よし。しっかり掴まってろ!」

「ごーごー!」

 

 こちらに来てから力を使わなくなって早数か月。体は以前と比べて格段に調子がいい。鋼鉄島で身に着けた波動が意外と体に負担をかけていなかったのが幸いしたのか、体が鈍ることもなく肉体面においては全盛期ほどではないが好調だった。

 レッドはシロナを背負いながらテンガン山を上り始める。緩やかなところは走っている足が見えない程の速度で登っていき、どう見ても急斜面で人が登れないところは跳躍してどんどん登っていく。

 それを続けて一時間も経たないうちにテンガン山頂上へとたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

「わぁー。これがやりの柱かあ!」

「……」

 

 考古学者として初めて見る光景に目を光らせるシロナに対し、レッドはこの場独自に流れる不思議な雰囲気を感じ取っていた。やりの柱の名の由来は、あちこちに立っている柱の穂先が槍の先端のように尖っているからだろうか。

 ただかなりの月日が経っているため、所々崩れているところもある。シロナではないがまさにここは神秘に満ち溢れているような場所だ。

 

「他の人の論文でも見たけど、とくに文字とか何か残ってるわけじゃないのか……メモメモ」

 

 太古の神秘に浸っているレッドと違い、シロナはノートを片手にスケッチをしながら記録を開始していた。

 彼もそこまで詳しくはなく、生前の知識で知っているのはディアルガとパルキアが現れて捕獲できるイベントの場所であり、セーブデータを改竄して天界の笛を持ってこの場所で吹けばアルセウスがいる場所にいけるということだけ。

 タイミングよくシロナもこの場所の事を知りたいのか珍しくたずねてきた。

 

「レッドはこの場所のことどれくらい知ってるの?」

「別にそこまで知らないよ。ただ……特別な場所ってことはたしかだ」

「だよね。でもここで何をしていたんだろ。ううん、きっと神殿によく似たような感じなんだわ。むしろ何かを讃え、祀っていた場所かもしれない」

 

 彼は不思議に思っていたことがある。ゲームではプレイヤーに情報を与えるために随所に物語の中核となるような本があったりする。初代ならポケモン屋敷の日記などがそれにあたる。ならばこのシンオウにも明確にそのポケモンが記された書物があってもいいはずで、シロナもそれを知っていてもいいはずだ。

 

「シロナはさ、シンオウ神話についてどれくらい知ってるんだ」

「んーとね。シンオウ神話ってたくさんあるんだ。どれが正確で、それが間違いっていうのもないって話だけど。ただね? この世界はある神様が作って3匹のポケモンを生み出したの。カンナギの壁画にも描かれているけど、あの二体がこの世界の時間と空間を生み出したの。時間がディアルガ、空間がパルキアっていうらしいの」

「あれ? お前、ハクタイじゃ名前なんて知らないって」

「確かに似てるけど、アレは別のポケモンなんでしょ? もしくはあの二体を生み出した神って説もあるけど」

「あーそういうことか」

「?」

 

 ハクタイシティの銅像にはハードによって解説のプレートの中身が違う。なので名前ぐらい知っていてもおかしくはないと思っていたのだが、やっと納得がいった。あの混ざりあった銅像の所為で余計に変な仮説を立ててしまっているのかもしれない。現に銅像にはプレートがなかった。恐らくおとぎ話か何かであの二体の存在は伝わっているのだろう。

 

「じゃあ生み出された3体目については?」

「知らない。その3体目に関しては全くっと言っていい程文献や記録がないの」

「そっか」

 

 そこはゲーム通りでちょっとほっとしたのか胸をなでおろすレッド。

 

「じゃあさ、人間とポケモンが結婚したなんていう昔話は?」

「レッドも詳しいね。人によってわたしたち人間が、人間という種のポケモンだっていう人もいるし、稀にいるエスパー使いや不思議な力を持った人がその末裔だなんていう仮説も立てた人もいるよ。まあどれも立証できるものなんてなくて、まだ深く研究している人もいるっていうだけだよ」

「へー」

「それよりレッド」

「どうした?」

 

 するとシロナが手を休めてこちらにやってくると自分を見つめてきた。いや、正確には自分の隣辺りに視線を向けていた。

 

「その子。レッドのポケモンなの?」

「……おまっ!」

 

 シロナに言われて振り向けば、いつの間にかボールから出ていたセレビィが隣にいた。慌ててボールに戻そうしたが、セレビィの真剣な顔を見てすぐに止めた。

 

「レッド。ここがキミの旅の終着点だよ」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 セレビィの言葉と同時にかつてない程の力を感じ取った。辺り一帯、いや自分とシロナは周囲を光の柱によって包まれていた。

 それに気づいた時に一瞬にして世界は変わった。思わず眩しくて目を閉じ、咄嗟にシロナの手を掴んだ。彼女も突然のことで驚いているのか、いつもより力強く握っている。けして離れないように力強く。

 時間にしてどれくらい経っただろうか。はっきりと分かるのは、ここが現実の世界とは異なる場所だということ。かと言って、あの世でもないのは確かだ。

 ゆっくり瞼を開く。

 そこは……白だった。一面の白い世界。まるで自分が何も塗られていないキャンバスの中にいるようだと思った。

 しかしこの白い世界に色があった。否、この世界の主でありこの星の創造主がいることにようやく気づいた。

 あの世で何度も出会ったアレとはまた別の存在だというのはすぐに理解できた。これが、本物だ。ではアレは一体なんだと言う疑問が湧くがそれは本当にどうでもいいことだ。

 彼はこちらを見ている。真っすぐ、その二つの眼で俺を見ていた。

 

「初めましてア……」

 

 彼の名前を言いかけた時、隣にいるシロナに目を向けた。どうやらまだ目を閉じていたのは幸いで、今の自分の声で目を開こうしていたので咄嗟にサンレッドのマスクの向きを反対にして被せた。

 

「え⁉ え⁉」

「ごめんなシロナ。聞いててもいいけど、見るのは今回お預けだ」

「れ、レッド? あ、レッドの匂いがする……くんくん」

 

 多分、ここに呼んだのは自分一人だけだったのだろう。タイミングがいいのか悪いのか、シロナも一緒に来てしまったのは仕方ないが、彼……アルセウスを見せるのは何となくいけない気がした。

 

「これでいいかな?」

「私は別に構わない。が、そうしてもらえるなら助かる」

 

 声がハッキリと聞こえる。サーナイトのテレパシーや普段会話しているポケモン達とはまた違う。例えるなら人間同士が会話しているものに近い。

 

「よく来たマサラタウンのレッド。私はお前と会うことをずっと待ち望んでいた」

「待ち望んでいた? すまない。初めに聞かせてくれ。セレビィは俺に言った。この時代に来なければいけないし、この時代だからこそお前に会いにいけるって」

「そうだ。私が頼んだ」

「そうそう」

 

 セレビィがアルセウスの隣に並びながらうなづいた。

 

「理由を教えよう。それはお前に平和、あるいは平穏というのも享受しながら旅をして私に会いに来て欲しかったからだ」

「平和? 平穏?」

「気づかないか? それはお前がとうに失くしていたもの。そしてこの短い旅の間でそれを謳歌していたはずだ」

「……」

 

 失くす。そう言われて何故か否定できる言葉が見つからなかった。彼が言ったその言葉の意味が分かってしまったからだ。

 当たり前の日常を謳歌する。普通なら誰しもが送れるものだ。今日は何をしようか、明日はどうしようか。そんな当たり前のことだけを考えればいい。

 だが俺は違う。違うのだ。

 知っているから。この世界で起きる事件を全部ではないが自分は知っているからだ。だから戦っているのだ。身近な人達やポケモン達を守ろうと。

 だから彼は失くしたと表現した。本来歩むべき人生から外れているから。

 だがそれはつまり、彼は知っているということになる。

 俺が別の世界からやってきて、この世界に生を受けたことを。それを聞けば、彼は静かに肯定した

 

「それについても、まずは私がお前をここに呼び寄せた理由を話そう」

 

 正面から向いて左側。そこに丸い空間が現れた。空間というよりもスクリーンだろうか。大きさは数メートル程で、真っ黒な映像に色が付き始めた。

 そこは大昔の世界だろうか。服装からして神話の時代か、あるいはここ数千年前。映像と一緒にアルセウスが説明を始める。

 

「私はディアルガ、パルキア、ギラティナを生み出した。ディアルガに時間を動かさせ、パルキアに空間を広げさせた。同時にエムリット、アグノム、ユクシーを生み出して心が生まれた。これにより世界が誕生した」

「待ってくれ。じゃあギラティナは何の役割なんだ? 反物質を司っているのは知っているが」

「アレは逆なのだ」

「逆?」

「何らかの原因でこの世界に歪みが生じた時、それを元に戻す役割を与えていた。だがアレには悪いことをした。反物質という力は強力だが同時に危険なものだ。そしてその役割故に表の世界にはおいておけず、この世界を見守る場所……破れた世界へと私は送った。だがそれを納得することがあの子にはできなかった。破れた世界は暗闇、だからこそあの子は光を求めて表の世界へ現れた。それを止める役割を担っていたディアルガとパルキアが何度もそれを止めた」

「それで?」

「ギラティナは光を求めることを諦めなかった。同時に表の世界にいる二体を憎んだ。だからわたしは……三体を一度消した」

「……マジ?」

 

 アルセウスは悲しそうに重く頭を下げた。

 

「え、じゃあいま時間と空間を管理しているの誰なんだよ」

「勘違いしているようだが、あれは時間と空間を司る力を持っているだけだ。それに管理しているものはいない。時間は動き出せば止まることはなく、空間は常にこの世界を維持しているのだ」

「あ、そっか」

「話が大分反れた。アレを見よ」

 

 再びスクリーンに目を向けると、止まっていた映像が動き出した。大昔の人々が何かと戦っている映像だ。

 

「世界を創造して以来、この世界に干渉すべきではないと判断した私は、その日からこの場所から世界を見ていた。そして気づいた。この世界はとうに私の意思とは関係なく生命を育み、生きていくのだと。ただ悲しいことに進化のためには戦いは避けられなかった。これも生きていくために必要なことだと割り切った。だがある時代で、明確なモノが生まれた」

「それは?」

「悪だ。絶対的な悪」

 

 映像が変わる。平和な村に大勢のポケモンを従え、武器を持った人間がなだれ込む。男は殺され、女や物質は略奪されていく。まさに世紀末のような世界だった。

 

「これに私は憤怒した。これでは一方的ではないかと。この時初めて現実の世界へと降り立ち、私は善の心を持った戦士たちに18の力を分けたプレート貸し与えた」

「18? え、17じゃないのか?」

 

 フェアリータイプが加わったことでプレートの数が一枚増えたことはどこかで見た覚えがある。18枚ということは存在していないノーマルタイプのプレートのことだろうか。

 

「私にとってそれは力の一端に過ぎない。私の真の力は創造と破壊である」

「……想像以上にスケールがデカいなおい」

「話を戻すぞ。私が力を貸し与えてから戦いは逆転した。戦士とそれに付き従うポケモンによって戦いは終わった。悪が消え去り、あとは力を返してもらい帰る……はずだった」

「まさか」

「そうだ。戦士たちはその力に溺れ我が物にしようとしたのだ。だが全員ではなかった。数名はそれに反対し私を守ろうと戦ってくれた。しかし数には勝てず、彼らは死んでしまった。私は自分のとった行動を後悔し、死んだ戦士たちに懺悔し、人間に絶望した」

「殺したのか。そいつらを」

「ああ」

 

 淡々と彼は答えた。その選択に迷いはなく、いまも後悔していないかのようだ。映像を見ればただ破壊のあとだけが映し出されていた。

 

「その余波でプレートは散り散りになり、人間に絶望した私はプレートを回収する気力もなく、深い眠りにつくべくここへ戻った。眠りにつきながら私は考えた。愚かな人間だけを滅ぼすべきか、それとも戦いの火種となるポケモンもこの世界ごと滅ぼすべきかと」

「だがこうして世界はいつも通りだぜ?」

「答えを焦るな。そして私は時間と空間の力を使って、この世界とは別の世界を覗き見た」

「つまり……並行世界?」

「お前たちの言葉で言うならそれだ。だが結果は散々だった」

 

 スクリーンが消えて代わりに多くの球体が現れて円を描くように回る。一見どれも同じように見えるがいくつか違うのが分かる。はっきりとしているのは全体が海のように青かったり、大地のように茶色い。

 そこで気づいた。

 これは星の行きついた先の末路だと。

 

「これらはすべて悪によって染まった世界。善が敗北した世界の末路。あるいはポケモンによって人間が蹂躙された世界。その逆で人間だけが生きる世界もある。ある世界は発展した科学によって生命が死に絶えた世界もあった」

「これを知った私はまた絶望した。この世界もこうなるのかと。ならばその前にいっそ消してしまおうかと思った。それでもこの世界は違う道を歩むだろうという淡い希望と、未来は変わらないという絶望を胸に未来を覗き見た」

「どんな未来を見たんだ?」

「お前だ、レッド」

「……俺?」

 

 そうだと言わんばかりにアルセウスは俺に希望が灯った目を向ける。

 

「私は大分先まで未来を見た。驚くことにそこは他の世界と違っていた。小さな争いはあれど、完全に悪には染まっていないのだ。気になり少しずつ過去を遡り、ある異物がこの世界に紛れ込み、この世に生を受けたことを知った。それがレッド、いや……キミだ」

「え、なに? 俺が生まれて未来変わったの?」

「違う世界からやってきた魂がこの世界に何をもたらすのか。時間を操作し、本来のレッドが生きた時間を見た……」

 

 アルセウスは言葉に詰まったのかすぐに言わなかった。まさかと思った彼はそれ気づいた。

 

「死んだのか」

「そうだ。レッドは死んだ。それも旅にすら出ず、幼少の頃にな」

「なんでよ⁉」

「私の意思とは別の大いなる意志。例えるならこの世界の意思がレッドという存在を殺した。現に他の世界のレッドは、結末は違えど全員死んでいる」

「じゃあお前が俺をここに呼んだってことか?」

 

 それなら合点がいくと思ってたずねればアルセウスは頭を横に振った。

 

「私ではない。もしかすれば希望を望む私の無意識によるのかもしれない。それとも別のが呼んだのかもしれない」

「マジで誰だよ……」

「お前という存在が生まれたことによって未来と過去は変わった。同時に私の考えも」

「それは?」

「キミは……いやレッドよ、お前はこの世界で異質な存在となった。かつての人間のようにポケモンと共に戦い、何度も傷つきながらも何かを守るために戦ってきた。そんなお前だからこそ、私はこの場に呼んだのだ。セレビィに記憶の一部を見せ、あのホウエンでの戦いのあとにこの時代に連れてこさせるよう頼んだ。そして平和なこの時代を旅して争いのない時間を感じた上で、お前の答えを聞くためにここへ連れてきた」

 

 何故か鼓動が早くなるのを感じ唾を飲み込んだ。きっと分かっているのだ。アルセウスはそれを聞いたうえで、俺の答えでこの世界の結末を決めようと。

 それに気づくと、とてつもない悪寒が襲った。戦いの中で感じる恐怖ではない。ただ純粋に怖いのだ。思わずシロナと手を繋いでいる右手に力が入る。

 すると彼女も握り返してくれた。一人じゃなくてよかったと、心の底からシロナがいることに感謝した。

 

「お前は守ってきた、悪に泣く者達を。お前は戦ってきた、悪に染まる者達と。人とポケモン、その間に立って両方を知る者よ。教えてくれ。人間とポケモン、そしてこの世界は本当に生きる価値があるのか?」

 

 今まさにゲームでいうところのセーブデータを消去する選択肢を迫られているのだと思った。それも自分の手ではなく、別の存在によってコントローラーを握られている状態で。極端な例えをすればゲームが詰んだからリセットしよう、それと同じだ。

 だがそのゲームの持ち主が言うのだ。「でもまだ頑張れば先に進めるけど、気分転換に別のキャラクターで新しくやろっか。どうする? お前がそれでいいならセーブデータ消すけど?」そんな感じだ。俺はそれを問われている。ゲームならいい。ああいいよ、それで済む。

 けどこれはゲームじゃない。いま起きている俺の現実なんだ。

 ナツメ。

 こんな時に彼女の名前が出る。いや、こんな時だからこそ彼女の名前が出てきたことに感謝する。

 ああ、そうだとも。キミの存在だけで、答えなんて決まっているんだから。

 

「……知るか」

「なに?」

「そんなこと知るかって言ってんだよ! いいか⁉ 俺は確かに戦ってきたさ、それは義務だとか知ってるからっていう責任があったからだ! ……ほんとは嫌だったけど。だけどな、自分の知らない場所で誰かが泣こうが知ったことかよ! 人間なら誰だって普通そう思うわ! それに俺はバカだからそんな知るか! ていうか一々俺を頼んな! ああそうだよ。お前の粋な計らいで平和を楽しんだよ。どうもありがとさん! おかげでまともな生活を送れましたッ! そりゃあ人間って糞だなって思うぜ⁉ そういうやつらを知っているし、ムカつくよ⁉ マジで殺してやろうかなって思ったやつらだっているさ!」

「ならば何故終わりを選ばない」

「俺にそんな選択肢なんてねぇんだよバァーカ! 未来っていうか現代にはナツメがいる。リザードン達やお姉さんがいてカンナがいる。グリーンやリーフにブルーそれにイエロー、あと親友のマサキとかたくさん知ってるやつらがいる。いまだって俺の隣にはシロナがいる。それだけで生きるには、守りたいって思うには十分するぎる理由なんだよ!」

「ならお前のその意思を無視して、私がこの場で終わりを選ぶならどうする?」

「そんなの決まってるだろうが! テメェをぶっ倒すだけなんだよ!」

「私を倒す? この世界の神である私をか」

「目の前にいるならぶん殴れるに決まってるだろうが! 殴れなくてもかみついてやるわ!! ぜぇぜぇ……」 

 

 久しぶり大声で叫び続けた所為で息がついに切れた。呼吸を落ち着かせながらアルセウスを見る。彼は目を大きく開いていた。

 驚いている。そんな感じの顔だった。

 同時に腰にあるボールが勝手に開いてポケモン達が出てきた。恐らくアルセウスの力だ。彼はスピアー達にも質問をした。

 

「我が子らよ。お前達もレッドと同じ答えか?」

『そうです! わたしが歩む道はマスターといつも一緒です!』

「ソーナノ!」

「先生とともにいること。それがわたしの究極美!」

「それにマスターといると飽きないし!」

「お前ら……」

「人間によって体を作り替えられた子よ。お前はどうだ? お前は人間に絶望していたはずだ」

 

 この中で唯一人間によって人生を狂わされたイーブイにアルセウスが問う。

 

「ボクも最初はそう思ってた。なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだって。だから逃げ出して、その怒りをぶつけるように人間相手にも暴れた。けど、マスターはボクを必死に助けてくれた。進化すればこの痛みは消えると言われた。でも、ボクはあえてこの力をマスターのために使うと決めた! だから嫌いな人間はいても、人間すべてに絶望なんてしていないんだ!」

「お前はどうだ」

 

 最後の問いはスピアーに向けられた。彼はその槍をアルセウスに向けて答えた。

 

「オレは、ニンゲンなんてどうでもいい。でも、好きなニンゲンはたくさんいる。ナツメやみんなといる時のレッドは笑っている。それを見るとオレも嬉しい。オレがすべきことはレッドと共に戦うこと。レッドの敵が、オレの敵だ。レッドがアナタと戦うなら……オレは戦う。例え神だろうと、殺してみせる!」

 

 滅多に口に出して喋らないスピアーが喋った。

 子が親に歯向かう。それに似た光景とその答えが続く中、アルセウスは最後にこの場で一番の部外者でありイレギュラーであるシロナにも答えを求めた。

 

「幼き子よ」

「え、は、はい!」

「お前はこの世界が好きか? 美しくも儚く脆いこの世界が」

「……わたしは、世界のことなんてわかんないもん。でも、レッドがいるこの世界は好き。レッドと出会えたこの世界が好き。レッドがいない世界なら、死んだほうがマシ」

 

 反対向きになったマスクを被ったまま、シロナは顔を上げて答えた。

 

「それが……お前達の答えか」

 

 全員がそれにうなづいた。アルセウスは目を閉じて、俺達はその次の言葉を待った。

 今度は彼の番だ。それですべてが終わり、始まる。

 

「──レッド」

「ああ」

「私を倒すと言ったその言葉、嘘偽りないな?」

「おう」

「答えは……出た。いいだろうレッド。お前が私を止めると言うのならば、そのために我が力と同じものを与えよう。それにはまず、お前の体を癒そう」

 

 すると体内に在った「雷の玉」、「炎の玉」、「氷の玉」が体から出ていき、さらに優しい光が体を包み込んでいく。

 いやしのはどう。それとは比べ物にならない程の力が体を癒していくのが確かにわかる。

 

「お前は人の身でよくぞこの力を使いこなした。だがこれが体内にある限り、お前の体をまた蝕むだろう」

「じゃあどうやってお前を倒すんだよ」

「慌てるな。これとは比較にならない力をお前に与える。だからこそそれに見合った力の器が必要だ。その左手をこちらに向けよ」

「あ、ああ」

 

 ガントレットを付けている左手を差し出す。

 ──アルセウスの創造 

 嵌められていた4つの石が外れ、ガントレット自体が別の何かに造り変えられた。今まで銀色だったものが全体に赤となり金のラインが引かれている。存在するすべての石を嵌める予定だった窪みが6つとなり、5つが手の茎状突起の下、残りの1つが甲の真ん中に空いていた。

 顔を上げれば浮いていた3つの玉にさらに15個の玉が現れて1つになる。同時に5つの石が現れ計6個の石がガントレットに嵌まっていく。

 かつて3つの玉を体内に入れた時は違って何も違和感はない。むしろ体が全盛期に戻り絶好調である。

 

「私の力を6つに分けた。お前ならいずれ使いこなすだろう」

「取説とかないの?」

「……私とシンクロしろ」

「おっす」

 

 ──レッドのシンクロ! レッドはアルセウスとシンクロした! 

 アルセウスとシンクロしたことで、言葉ではなく脳に直接この石の情報と使い方が入ってくる。時間にして数秒。彼はシンクロを解くと渋い顔をした。

 

「うっ。想像を超えすぎて吐きそう……」

「それだけの責務をお前は請け負ったのだ」

「ということは、俺が絶望したら」

「私が来て世界終了」

「やべーよやべーよ。簡単に絶望できなくなっちまった」

「それと、それをお前の意思以外で外された時点で自動的に世界終了だ」

「……クーリングオフしてぇ」

「もう出来ぬ。お前はもう私と同じ存在だ。力に関しては一部以外は私の権限の方が上だがな」

「もうお腹いっぱいですぅ」

「それと……ブイだったな」

「は、はい!」

 

 まさか呼ばれると思わなかったのか、ブイは尻尾を立てて体をびくびくと震わせていた。先程は創造神相手にあんな啖呵を切ったというのに、今ではあのカッコいい姿は見る影もない。

 外された何度も使っても消えない進化の石が再びアルセウスの創造によって別の形に変わる。

 虹色の輝く光の石がブイの額に元かあったかのようにくっ付くと、自分と同じように体が光に包まれた。

 

「お前は私と似ている種族だ。その力を十分に発揮できる力を与え、ついでにお前の体も治しておいた」

「あ、ありがとうございます!」

「礼には及ばない。さて……セレビィよ」

「はい」

「ここまでご苦労だった。最後までその役目を果たすのだぞ」

「分かっています」

 

 その言葉の意味は何となく察せられるがこの場で追及はしなかった。セレビィはアルセウスの下からこちらに戻ってきてレッドの肩に腰かけた。

 どうやらそろそろ現実世界へと戻るらしい。

 

「レッド。私は確かに答えを出し、お前達に人とポケモンの希望を見た。だが私の中から人間への絶望は消えてはいない」

「分かってる。そうなった時、俺がお前を止めるんだろ?」

「それもある。しかしなレッド、お前の存在は確かに歴史を変えた。いずれ私の存在を知り、世界に散らばった力を集め、私を求める者が現れるだろう。それが善なる者ならいい。しかし悪なる者ならば……」

「安心しろ、とまでは言わないけどさ」

「む?」

 

 レッドはアルセウスの言葉に割って入って言った。

 

「悪がいるならそれを許さない善なる存在だっているんだ。えーと、そうそう図鑑所有者達だ」

「……お前の仲間達だったか」

「ああ。あいつらならきっとな。お前の言う希望を見せてくれるかもしれないぜ? ま、俺はもうサカキとの決着以外興味ないから、本当にヤバい案件ぐらいしか手を出すつもりはないけど」

「心に留めておこう。……幼き子よ」

「えーと、はい。なんでしょうか……神さま?」

「その想い、大切にせよ」

「はい!」

 

 シロナに言葉を送ると、再び視線がこちらに向けられた。同時にこちらに来た時のように光が周囲を包み始めた。

 

「忘れるな。お前が絶望すれば、私は容赦なく世界を消す」

「お前が希望を見出せることを祈ってるよ」

「では、さらばだ」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 澄み切った空気の匂いと日の光。どうやらこちら側に戻ってきたようだ。手の温もりからするにシロナもちゃんといる。

 空を見上げればまだ太陽はあちら側に行った時と同じ位置にあった。時間の流れというものが感じられない場所だったためか、逆にこの時間のある世界に違和感を感じてしまう。

 肩にいたセレビィが目の前に移動して名前を呼んだ。

 

「レッド」

「分かってる。それは帰りながら話そう」

「わかったよ」

 

 納得して彼はボールに戻った。左手にあるガントレットにある石の力のおかげか、ボールにいるポケモン達とも脳内で会話できるようになったらしい。

 

「ねえレッド。もうマスク取っていい?」

「あ、ああ。ごめんな。苦しかっただろ」

「ううん。レッドの匂い嗅いでたから平気」

「えぇ……」

 

 予想外の返答に困りながらマスクをバッグにしまう……いや、早速この力を試して見よう。青色の石に力を集中して空間を作ってそこにマスクをしまう。ドラえもんのポケットのようなものだな。

 もっとうまくやればわざわざ手で取りださなくても、本当のヒーローみたくマスクを装着できるだろう。

 

「どうするシロナ。まだ時間じゃないけど、調査を続けるか?」

「うーんいいや。わたし疲れちゃった」

「俺も」

「じゃあちょっと早いけど帰ろっか」

「そうだな」

 

 解けていたマフラーをシロナの首に巻いて手を繋いで並びながら二人は歩きはじめる。

 

「シロナ」

「なに?」

 

 やりの柱を出た辺りで彼は前を向いたままシロナの名を呼んだ。

 

「ありがとな」

「……だって、わたしとレッドは一心同体だからね!」

「ふっ、そうだな」

 

 もしあの時、シロナがいなかった自分はどんな返事を返していただろうか。一人だったらきっとあの重圧には耐えられなかった。本当に居てくれて感謝している。

 だからこそシロナの言葉に深みが増す。一心同体なのもあながち間違いではないのかもしれないと。

 だけど俺はあの時と同じ決断をシロナに告げなければならない。セレビィは言った。ここはこの旅の終着点だと。

 旅の終わり。

 それはシロナとの別れを意味していた。

 

 

 

 

 

 




改めて整理のために簡単に書くとアルセウスは希望厨です。
人間とかポケモンとか世界ってくそ! 並行世界の未来とかみてもっと絶望してこんな世界生きていく価値あるのかよと絶望していたところにレッドっていう希望が現れて、人間の癖に我を倒すとか胸キュン、しかもポケモン達とも超仲いいし、我を殺すとか言ってきたので、じゃあ同じ力やるからその時は止めてね♡でもお前が絶望したら一緒に世界リセットしよ♡
こんな感じのはず。

一応レッド本体は弱体化しています(波動は氣みたいなものなので残ってる)
レッド本 体 は、弱体化しています(大事なことなので以下略)

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