行きとは違って帰りはゆっくりとテンガン山を下山していた二人であったが、それでもまだ太陽は沈んでおらず、予定よりも早くカンナギタウンに戻って来てしまった。
そんな二人にシロナの祖母は驚きつつも、戻ってくるのが早すぎると怒鳴り散らすぐらいだった。時間がまだあるということで、彼女はシロナにガブリアスを出すようにと言ってきた。首を傾げながらもガブリアスが入ったボールを投げる。現れたのはレッドとシロナの二人で鍛え上げた最強のガブリアスだ。
「おー! 見事なガブリアスじゃ!」
「でしょー? わたしとレッドが育てたんだもん!」
「ならばシロナよ。最強のドラゴン技を知りたくはないか?」
「え、なにそれ」
「ほっほっほ。それはの……」
「あ、それってりゅうせいぐん?」
「わしの台詞を取るんじゃあないよ!」
「いてっ!」
老婆と侮っていたが自分の膝ほどの身長しかないのに、予備動作もせずに跳躍したと思ったら頭を叩いてきた。ただの婆さんかと疑いたくなったが、シロナの婆さんなら普通かとすぐに納得した。
「レッド。お前さん、若いのによく知ってるじゃないか」
「そりゃあレッドだもん」
「だとしても、りゅうせいぐんはドラゴン最強の技。使いこなせるトレーナーなどあまり見たことないんじゃがなあ」
「婆さん。りゅうせいぐんってそんなに難しいのか?」
「難しいなんてもんじゃあない。わたしも若いころは必死に特訓したもんじゃ」
「ふーん。ねえレッド。いまならできるんじゃない?」
「あーたぶん」
アルセウスとの会話を聞いていたシロナは、この左腕にあるガントレットの力をなんとなく理解しているのだろう。
「ん? 人間が出来るわないじゃろ」
「まあまあ。おばあちゃんもちょっと見てなって」
「む~~~」
目を瞑って意識を集中する。空間を弄って宇宙を覗いてみる。すると目の前には宇宙が広がっている。宇宙を漂う小さなを隕石を探して……見つけた。大きさにしてイシツブテ5個分ぐらいだろうか。それを力で固定し、宇宙とカンナギタウンの上空に空間を繋げて引っ張る。
──レッドのりゅうせいぐん!
空間を通って隕石が宇宙から地球に直送されて三人がいる少し離れた場所に落下した。
「な、なななんと⁉」
「あれ? 一個だけだね」
「いや大量に落とすとカンナギタウンの地形変わっちゃうし……」
「で、おばあちゃん。りゅうせいぐんってこんな感じなの?」
「う、うむ。そうと言えばそうだし、そうじゃないと言えば……イメージはこんな感じじゃな!」
彼女は目の前の現実を受け入れるのを放棄したのか、適当に受け流すことを選んだ。それでも実際のりゅうせいぐんとはこんな感じだと婆さんは言う。
「よし。じゃあガブリアス、りゅうせいぐん!」
「……?」
「あれ?」
ガブリアスは首を傾げた。それもそうだ。まだりゅうせいぐんを覚えさせていないし、彼からすればいまレッドが見せたのが初のりゅうせいぐんである。
「そんな簡単に覚えたら苦労せんわ!」
「え~! レッドぉ、なんとかしてよぉ~」
「……シロナ」
「なになに?」
「今回は一人でやるんだ」
「なんでー⁉ いままで二人でやってきたじゃない!」
「今回は一人でやりなさい。それが出来ればお前はもう一人前だ」
「むぅー! わかった。じゃあおばあちゃん。コツを教えて」
「あ、ああ。じゃあ夕飯の支度までな」
レッドを見ながら彼女は何かに気づいたのか、シロナに手を引かれながらも視線を彼に向けていた。
年の功ってやつかな。
安心させるように俺はうなづいた。それで彼女も納得したらしく、シロナと共に少し離れた空き地へと向かっていく。これで自分以外誰もいない。レッドはセレビィをボールから出した。
「レッド。キミはそんなに彼女が大事なのかい?」
「自分で思っている以上には、な。で、帰りながらも話したがそれでいいか?」
「まあいつでも好きな時間には戻れるからいいと言えばいんだけど。でもいいのかい? 長くなればなるほど、彼女との別れは辛いよ」
「わかってるよ」
テンガン山を下山しながらセレビィと話した内容。それはこの時間からもとの時間軸へと戻ることだった。予想はしていたが、セレビィからすればアルセウスと会ったことでその役目を半分終えており、あとは俺を元の時代に戻すだけ。
それが一人なら文句はない。だが隣にはシロナがいた。いま彼女を残して元の時代に戻ることを拒んだ。
だからこう頼んだ。
シロナがチャンピオンになるまで待って欲しいと。
ポケモンリーグまでは残り半年以上。それがこの時代にいることができる時間だ。
「ボクが言えた義理じゃないけど、悔いのないようにね」
「ありがとう」
「じゃあそれまでボクはボールにいるよ」
「わかった」
そう言って彼は自らボール戻る。まだ会って日は浅いが、セレビィは眠るのが好きなのだろうか。腹が減らないのか、ボールからは本当に出てこない。
「……家の中で待つか」
行けばきっとシロナは自分に甘えてくる。それを少しでも減らすためにも、俺は距離を置くことにした。
時間は経ちすでに午後の7時を過ぎた辺り。シロナは現在お風呂に入っていて、居間にはレッドと彼女の祖母の二人のみ。彼女は淹れたばかりのお茶を渡しながら彼と向かい合うように座り、熱いお茶を一口飲んでその口を開いた。
「レッドよ。お前さん……シロナとはどこまでいったんじゃ?」
「……は?」
予想外の言葉に思わず口に出してしまった。いや、てっきりシロナのことを察してその事を聞いてくるかと思えばこれである。
仮にも孫との関係を聞くにしては内容が酷い。
「なんじゃ。ナニもしておらんのか、つまらんのう。もしかして……種なしか?」
「なんで会ったばかりの婆さんにそんなことを話さなきゃいけないんだよ!」
「シロナはいい子じゃ。頭もいいし器量もいい。それに将来はわしと同じように美人になるのは間違いなし」
「……」
「なんじゃ。その目は!」
「いや別に」
「まあいい。あんな可愛い孫に何の不満があるんじゃ。そりゃあ整理整頓ができないことを除けば完璧だぞ?」
「それはなー」
数か月一緒に旅をして分かったのは、シロナは絶望的に整理整頓ができないこと。本人はまさにこれが最適の位置とか言って誤魔化すが、本当に酷い。バッグは基本レッドが持つが何かある度に返して戻ってくるときには、中身は渡す前とはすべてが違っている。
恐らくこの家にある彼女の自室もすでにその状態だろう。
「ならシロナのことは好きか?」
「好きだよ」
「じゃあ問題ない」
「あるよ大あり。これでも俺、彼女いるから」
「男のくせにそんな小さいことを言い訳にするんじゃあないよ!」
「言い訳じゃなくて正論だろうが!」
「だとしてもねえ、まったく納得がいかないよ。だったらとっととどっかに行けばいいじゃないか。未練がましいったらありゃあしない」
テーブルを叩いてレッドを睨む。その言葉は彼に動揺を与えるには十分すぎた。
「で、何を悩んでいるんだい」
「……別に隠す気もないから話すよ」
元々この時代の人間ではなく、どのくらいか先か分からないが未来から来た人間だと。この旅の中である目的を達したから、元の時代へ帰るのだと。
簡単に説明すると、彼女は当然の反応をした。
「なら帰ればいいじゃないか」
「帰るよ。シロナがチャンピオンになったらな」
「……そんなにあの子が大切になっちまったのかい?」
レッドは無言でうなずいた。故にいずれ帰ることをまだ告げられずにいる。
「今まで旅はしてきたけど、誰かと一緒に旅をするなんて初めてでさ。楽しかったんだ、あいつと旅をするのが。それにシロナは飲み込みがよくて、俺も教え甲斐があった。男と女、師匠と弟子……なんていうかもう、そういう関係以上なんだよ。もちろん俺の中では彼女の……ナツメって言うんだけどナツメが一番だ。だけどシロナは、別の意味で特別になっちまった」
「……だから別れるが辛いのかい?」
「それもある。それ以上にあいつはきっと泣くから、それを見るのが一番辛い。それに……」
「それに?」
「未来……元の時代では、まだ俺はシロナと出会っていないんだよ」
「つまりどういうことだい?」
「過去の時代にこうしてシロナと出会っているってことは、当然未来のシロナは俺を知っている。なのに元の時代で出会っていないと言うことは、俺達が再会するのはもっと先なんじゃないかって」
アルセウスが言った言葉が本当かどうかは別として、よくあるSFの話でいくならば未来のシロナは絶対に俺を知っているはずなのだ。それがホウエンにいる間に出会っていないと言うことは、きっと出会うべき時代……時間があるのだと予想できる。
そう、このシンオウ地方を舞台にしたダイヤモンド・パールの時代で。
「俺はいい。だけどシロナは違う。数年じゃない、きっと十年いやもっと待たせてしまうかもしれない」
「予想以上に抱えている問題が大きくてなんて言ったらいいか……。シロナはお前さんが未来から来たって知ってるのかい?」
「最初に話してある」
「なら……覚悟はしているだろうね。表に出さないだけで。だけどこれだけは言っておくよ。言わなきゃ絶対に後悔する。これだけは確かだよ。レッド、男なら覚悟を決めな」
「……うん」
自分では何度言い聞かせても何も気休めにはならない。こうして誰かに言われ、はっきりと抱えている問題を突きつけられて初めてやっと動ける。
なんと情けないのだろうか。
命懸けで戦っていた時の方がまだマシだ。痛みよりも辛く、傷つくよりも苦しい。今になってアルセウスの言った平和の意味がようやく理解できた。
これを手放すことが嫌なのだ、俺は。
失くしていた平穏を手に入れた。シロナと旅をするのがこんなにも楽しいとは思わなかった。ここは
過去で、未来のことなんて何も考えなくてよかった。自分が知らない時代で、小さい問題は起きても大きな問題なんて起きない。だから何も考えずにいられた。
数か月も経てばそれが当たり前になる。そんな当たり前を手放せなくなっているのだ。
左腕を見る。これを見れば、そんな甘い選択肢はもう存在しないのだと、まるでアルセウスが言っているように聞こえる。
サカキとの決着以外には興味がない。これは本当だ。だが、そうはあの時代がさせてはくれないだろう。それにもう自分には戦う以上に重要な責務がある。
見定める。アルセウスと共にこの世界を。
そして、希望を失くさないためにも守られなければならない。
ナツメ。
現実世界では2年以上も離れている彼女のことが思い浮かぶ。
君の声が聞きたい。君を力いっぱい抱きしめたい。そしていつものように俺を叱ってくれ。
いまの俺じゃ、この問題を一人で抱えるのは辛いよ。
カンナギタウンを出てから数日後。
再びテンガン山を経由して216番道路と217番道路を通り、エイチ湖のほとりを調査したあとキッサキシティに入った。
イーブイの進化の一つであるグレイシアに関しては、すでに特殊条件を満たす必要がなくなってしまった。アルセウスがブイに授けた『虹色の石』は何度使っても減らず、自由に進化ができるものだからだ。
なのでこれはもう進化ではなく、フォルムチェンジのようなものではないかとレッドは考えていた。アルセウスの言葉が確かなら、きっとまだ見ぬタイプになれるはずだが怖くてしていない。
キッサキシティのお目当てはそこにある神殿、キッサキ神殿が目的である。現在はそのキッサキ神殿の中を調査中だった。
「意外と何もないね」
「そうだな」
あれからシロナとは普通に接している。つまりはいつも通りだった。
だが未だに元の時代帰ることを告げられずにいた。
カンナギタウンを出てから言おう言おうと、結局うじうじしたままここまできてしまった。終いにはキッサキ神殿となると彼も無口にならざるを得なかった。
それはここにはレジギガスがいるからだ。記憶が間違ってなければレジロック、レジアイス、レジスチルがいる状態でのみ出会えたはずで、もちろん彼らはホウエンにいるので無理なわけだ。
だがこちらにはガントレットがある。もしかすれば可能になるかもしれないと思えば、案の定レジギガスはいなかった。
ただ近くにそれらしい気配は感じるので、このシンオウ地方またはキッサキシティ周辺にいるのは間違いない。
「最深部まで来たけど、本当に何もないね。いるのはここに住み着いている野生ポケモン達だけ」
「だな。帰るか?」
「うん」
いつも通りだが少し会話がぎこちない。そう思いつつも彼はシロナに手を延ばし、彼女もそれを掴んで一緒に歩く。
地下五階から一階に戻り神殿の入り口まで戻ってきた。するとシロナが立ち止まり、神殿の屋根に上りたいと言うので、彼女を抱えて屋根に跳んだ。
キッサキ神殿の屋根は陸屋根のような感じで平だ。なので普通に立っても問題はない。
すでに空は暗くなり星が見える。今は5月で、いくらシンオウ地方と言ってもそこまで寒くはない。
「ねぇレッド。マフラー巻いて」
「ん、わかった」
この力をもらって以来『炎の玉』はなくなった。代わりにガントレットの力を通して体の周囲の気温を弄っているので寒くも暑くもない。だがシロナにそんなことは流石にできず、最近は手は繋いでもマフラーは巻いていない。なのでレッドが地面に付かないように余計に首に巻いているのだが、普段から半袖のためさらに違和感が増していた。
巻いている分を少しほどいてシロナの首に巻く。この時期でも夜なら冷え込むので丁度いいと言えばいいかもしれない。巻き終えると互いに向き合う形なり、毎日見ているシロナ顔が見える。
互いに無言で見つめ合う。長い沈黙のあと、彼女が言った。
「帰るんでしょ、元の時代に」
「……ああ」
出た言葉は自分が言えない台詞で。
なんで知っているのかとはまった思わなかった。むしろ、シロナは気づいているとすら思っていた。
「別に、帰らなくてもいいじゃない。いまのレッドならいつでも帰れるんだし、帰りたいと思ったら帰ればいい。それで……いいんだよ」
「それは、ダメなんだ」
「どうして!」
シロナが声を荒くして叫ぶ。今までなんども怒鳴ることはあった。けどこれは、初めて怒りと納得ができない叫びだ。
「いいじゃん別にこっちに居たって。わたしわかるもん! レッドは本当はここに居たいって! この時代なら毎日楽しくいられるし、好きなことができる。例え何かあってもレッドがやる必要なんてない、させる人だっていない。ここならレッドは
必死に言葉を想いを伝てくる。最後には涙を流しそれが頬を伝って落ちる涙を、巻いていたマフラーが受け止めている。
「お前には、やっぱり分かるんだな」
「わかるもん! わたしとレッドは一心同体なんだから……レッドのことなら、なんでもわかるんだから……」
「ありがとな。お前にそう言ってもらえるだけで、俺は救われるよ」
一歩前に出てシロナを優しく抱きしめる。腕の中で彼女は泣いている。流れる涙がシャツを濡らし、初めて見る数え切れない感情が溢れ出てくる。幼い体でも、いまの彼女に勝てる人間はいないだろう。そんな彼女が腕の中で震えている。
同時に俺は彼女に感謝していた。
戦わなてくいい。その言葉だけで救われる。その言葉を俺は誰かに言って欲しかったんだと、この旅で気づいた。
「好きだよ……レッドが好きなの。だから……一緒にいてよ。ずっとずっと傍に居てよぉ!!」
「それはできないんだよ、シロナ。お前だって聞いてただろ? 俺はアイツと約束した。いや、契約したのと同じだな。守らなきゃこの世界を。悪いやつらから絶望した時アイツからこの世界を守るために。だから過去じゃなくて、未来に戻って未来を守って、見定めなきゃいけないんだ」
「じゃあ過去のわたしはどうでもいいの?」
「そうじゃない。未来のシロナも守るためなんだ」
「未来の、わたし?」
「ああ。今のお前と別れるのは俺だって辛い。けど、元の時代に戻って未来のお前がいない世界の方がもっと辛い」
「未来のわたしとレッドは会ってるの?」
レッドは首を横に振った。
「どうして?」
「俺にも分からない。でも、いつかきっと出会える。絶対に」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
「……」
まだ納得できないのか、シロナは顔を押し付けてきた。頭を撫でながら、誰にも言ったことない秘密を打ち明けることにした。
「実はさ俺、年上好きなんだ」
「え?」
「だから、大人になったシロナに会いたい。きっと再会するときは立場が逆転してるかもしれないぞ?」
「……説得するための台詞が自分の性癖とか、サイテー」
「俺は最低の男だからな」
「でも、レッドだから仕方ないもんね」
「そこは納得してほしくない」
「……レッドはわたしがいないとダメなんだよ? 本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。多分」
「そうだね。ナツメや他の女の子がいーっぱいいるもんねッ」
「あえて言わなかったのに」
「レッドのことなんてお見通しなんだから……それで、いつまでこっちに居てくれるの」
「お前がチャンピオンになるまで」
「じゃあ……」
「ならないって言ったらすぐ帰る。お前がチャンピオンになるのを見届ける。いや、なれ。無敗のチャンピオンにさ」
お前がお見通しならこっちだってお前のことはお見通しだ。シロナは不満そうな表情してこちらを睨んでくる。
「……レッドは、わたしのこと好き?」
「好きだよ」
「ナツメよりも?」
「ごめん。でも」
「でも?」
「お前はもう俺の中で特別だ。これはウソじゃない」
向けていた顔を胸……ではなくお腹にうずめる。すると、こちらを抱きしめている彼女の腕に力が入るのを感じると、顔をうずめながら言った。
「レッドが帰るまでに、絶対にケジメをつける。だから……それまでずっと傍にいて。最後までわたしだけを見てて」
「うん」
「じゃあ……未来で再会するまで泣かない。だけど、今だけはいっぱい泣いていい?」
「ああ。ここなら誰にも見られないよ。だから、お前が泣き止むまでずっと抱きしめててやる」
「ぅ……うわああああん!!」
泣き叫ぶ彼女を力いっぱい抱きしめる。いつも女の子を泣かせてばかりだと、自分に言い聞かせながらもきっとどこかでは、それは治らないんだろうと諦めていた。
それから長い時間シロナは泣き叫んだ。どれくらい時間が経ったのかはわからない。彼女は泣いて、俺はずっと抱きしめていた。
気づけば泣き叫んだシロナを抱きしめながらが神殿の屋根に座り込み、そこからキッサキシティとエイチ湖を眺めていた。
そんな時、今更になって隣に妙な気配があることに気づいた。シロナは気づいておらず、彼女はレッドに抱かれながらエイチ湖を眺めている。
「……」
頭だけ横に動かしてみれば、そこには自分達と同じように膝を抱えながら座るレジギガスがいた。なんでこんな巨体が傍にいるのに気づかないとかそういうことはなくて、なんで隣にいるということの方が問題だった。
「どうしたのレッド?」
「なんでもないよ」
シロナに気づかれないようにもっと抱きしめながら、まるでバス停で待つト〇ロのようにいつの間にかいるレジギガスを忘れようと頑張る。
『ちょっと無視は酷いの』
『こいつ、直接脳内に』
伝説ポケモン特有のテレパシーか何かで頭に語り掛けてきた。これではもう無視を貫くことはできない。
『なんでいるんだよ、お前』
『いや。最初はスゴイ力を感じて怖くなったからちょっと外に出てたんだけど、気づいたらいい人だったから戻ってきた』
『だったら神殿に戻れよ!』
『だって、最近まで一人で寂しかったし。こうして話せる人間なんてキミぐらいだし……』
『俺が言うのもアレだけど言うぞ。空気読め』
『いい雰囲気だからいいかなって……』
『むしろダメだろ』
『ちょっとだけ傍にいさせてよ~いいだろ~』
『……』
『無言は肯定と受け取った』
『勝手にしてくれ……』
現実逃避したくてシロナをもっと抱きしめながら、彼女の後ろ髪に顔をうずめる。相変わらずいい匂いがする。そう言えばまだ今日はお風呂に入っていないと思い出したが、今日はもういいかとすぐに考えるのをやめた。
「へへ、くすぐったいよ」
「嫌か?」
「レッドだからいいよ」
「ありがと」
「やっぱりレッドはわたしがいないとダメなんだから」
「……うん」
『月が……きれいですね』
何故かレジギガスの声をミュートにできないことに絶望し、それを忘れたくて朝になるまでシロナという希望に逃げ込む。
それから朝になれば隣にレジギガスの姿はなく、二人はいつものように手を繋いでキッサキシティへと戻った。
ただ二人のその後ろ姿を、神殿の入り口で隠れて手を振りながらレジギガスが見守っていたことに、レッドは気づかない振りを貫き通した。
一番とかそういうのではなく、彼にとって唯一無二の特別な存在になった子がいるらしい。
例え、そう例えメインヒロインよりもヒロインみたいなことをしているとは思っても口に出してはいけない。