シーギャロップ号船内にカントー地方チャンピオンであるリーフと、その兄であるトキワジムジムリーダーのグリーンはいた。
リーフはすでに、普段着のように着こなしている戦闘服を身に纏い、グリーンに至っては模擬刀を携えている。
「流れるままに来たけど、やっぱり変だよね」
「お前もそう思うか」
「うん」
二人はこのシーギャロップ号に乗るためのトライパスを睨みながら話す。本来はこの船に乗る予定などはなく、ただ祖父であるユキナリに呼ばれてオーキド研究所に行くだけの予定だった。
それがどういう訳か、呼び出した本人ではなく映像データだけを残しているだけで、ポケモン図鑑を取り上げられたのだ。
リーフ、グリーン、ブルー宛のボイスチェッカーとこの船の乗船券であるトライパスが入った封筒。それを頼りにいまシーギャロップ号に乗って初めて聞く島、『ナナシマ1の島』に向かっている。
「まずさ、ポケモン図鑑をバージョンアップするからって言って呼び出したのに、行けばいきなり図鑑を取り上げるとか言うんだよ? 変だよね、これ」
「ああ。情報は少ないがこれらが意味することは一つ。おじいちゃんに何かあった、ということだ」
「幸いお姉ちゃんは今頃ナツメの家だろうから安心だろうし」
「例のお茶会とやらか?」
「え? あーうん。そんな感じかな」
リーフは遠回しに答えた。
それも仕方がないことだった。表向きはナツメの家でお茶会ということになっているが、その実態は『レッドだいすきクラブ』の集会みたいなもの。それを除けばお茶会みたいなものなのであながち間違いではない。
茶菓子とて出てくるお姉さんやカンナ、それにエリカが作るお菓子は美味しいのだ。本当なら図鑑を渡したら合流するつもりだったのに、面倒ごとに巻き込まれたとはいえ、おじいちゃんを恨みたくもなる。
「けど、ブルーはどうする? 彼女宛の封筒もあったけど」
「ブルーは今頃離れ離れになっていた両親と再会しているころだろう。どこで会うかまでは聞いていないが」
「そっか、今日だっけ。じゃあイエローは? イエローもレッドの図鑑をもらったからあの子も呼ばれてるんじゃないの?」
四天王事件のあと、レッドの図鑑は彼自身がイエローにあげたのを今でも覚えている。彼女はたいそう喜んでいたが、反対におじいちゃんはレッドにそれを言われた際に『ばっかも~~ん!!』と、頭に雷を落として叫んでいた。
「それならおじいちゃんから聞いている。イエローが一番暇だからアイツにこの話を最初にしたそうなんだが、レッドの図鑑だからといって、図鑑本体のバージョンアップは断ったそうだ」
「まあイエローならそう言うわよね」
「だから先にオレ達が持っていた旧型図鑑をそのままにしてアップデートとしたと言っていた」
「そもそも図鑑の何をバージョンアップするの?」
「オレ達の図鑑はカントー地方に生息するポケモンしか対応していないんだ。それを全国図鑑にアップデートするから、おじいちゃんはついでに図鑑自体も新しくしようとしていたらしい」
「ふーん。けどさ、図鑑なんて最近まったく使ってないよね」
「それを言ってやるな。おじいちゃん曰く、図鑑所有者としての証みたいなものらしいからな」
「図鑑所有者で思い出しけど、ルビーとサファイアは元気かなあ」
「ホウエンの図鑑所有者だったな。確か復興支援としてチャンピオンであるお前が代表として派遣されたんだったか」
「うん。良い子達だったよ。サファイアとは女の子同士だからすぐに仲良くなったし」
二年前にもホウエン地方のオダマキ博士へ仕事で会いに行ったので、サファイアと会うのは今回で二度目だった。最初はアグレッシブというかアマゾンガールみたいな子で驚いたが、話して見ればとてもいい子だった。特にチャンピオンの仕事の一巻……で受けた初めて表紙になった雑誌にサインを頼まれたのは純粋に嬉しかった。
先の復興支援で再会した際は一回目と違ってちゃんと服を着ていたことに驚いた。図鑑所有者ということもあって、ルビーという少年も彼女から紹介された。その子を見てサファイアがルビーに恋しているんだとすぐに分かった。
まあ……アレだ。傍から見た自分はこんな感じなんだと思った。
なのでわたしも、「レッドっていうどうしようもない幼馴染が好きで~」みたいなことを話したら、『え、レッドさんですか⁉』みたいなことを言われて、彼がホウエンに居たことを知ったのだ。
なのでルビーと一緒に二人が知っていることを聞けば、頭を抱えることばかりだったのである。
ぶっちゃけ、聞かなければよかったと後悔した。
「二人が言うにはホウエン地方の伝説の古代ポケモンと戦ってて、死んだと思ったら何度も生き返って、気づいたら姿を消してた。うん、あのバカレッドらしいと言えばらしいけどさ。前にも言ったよね? 二人が『レッドさんって本当にああいう人なんですか?』って聞かれたの」
「何度も聞いたぞ。で、お前は『ああいうヤツよ、アレは』と、答えたのだろう?」
「終いには、『カントー地方の人ってあんな人ばかりなんですか⁉』よ。ほんと参る……レッドがカントー地方に住む人達にあられもない誤解を生んでいるわ……」
「お前も人のこと言えんだろうが。まあおじいちゃん曰く、マサラタウンで育つ子はみな生まれつき
身体能力が高いと聞くが……レッドは群を抜いているな、確かに」
「バグでしょアレは」
別にいまさら彼が何度も死んでも驚きはしない。いや、また死んだのかぐらいは思った。それはナツメや皆に話した際の共通の認識でもあった。本人曰く、実際四天王事件の際に一度死んでいたらしいし、さらに言えばその前に一度マチスと戦った際にも死んだと暴露したことがあるからだ。なので彼を知る人間がそれを知れば、『あ、また死んだんだ』程度でしかないのだ。
そんな非常識な思考になりつつことにまた頭を抱えるリーフ。これもすべてレッドが悪い。そうだそうしようということで自分を納得させる。
ふと見知った気配を感じて通路の方に目を向ければいっちょ前にネクタイをして、いかにも仕事で来てますと言いたげなサラリーマンみたいなマサキがいた。どうやら彼もこちらに気づいたのか、声を上げてやってきた。
「おお! リーフにグリーンやないか! にしても、なんでシーギャロップ号におるんや?」
「久しぶりマサキ。わたし達はちょっとね」
「お前も何でここいる?」
「わいは転送システムの調整で、ナナシマにいるニシキっちゅう仲間に会いにいくねん。他にもあずかりシステムを作った仲間がおってな? ニシキはナナシマの管理者っちゅうわけや」
「へー。てっきりあずかりシステムはマサキが作ったと思ってた」
「まあ表だって活動してたのはわいやさかい。それは仕方ないんや」
マサキは科学者とは別にポケモン評論家としても活動している。エリカもよくタマムシ大学で彼の講義は人気があると聞いていたので、真っ先にマサキの名前が出るのも当然かと納得した。
「ニシキが言うにはカントーとの通信が不安定で、更にはナナシマ間でも不具合が起きたらしいんや。で、カントーにいるわいが一番近いからその応援としてナナシマにいくんやけど……どうしたんやリーフ?」
「リーフ?」
二人が急に顔色が悪くなったリーフを心配して声をかける。彼女は口元を抑えながらも、その目は戦っている時のような鋭い目つきをしていた。
「なんか急にきたの。こう胸が締め付けられて全身を流れる血が沸き立つような……なんかこう……子宮がうずくというか」
「はあ……」
いくら顔見知りとはいえ、男性の前で子宮なんて言うデリカシーのなさにグリーンは呆れてため息をついた。
だって仕方がないではないか。それにこればかりは、男である二人には理解できないのだから。
そんなリーフと呼応するかのように、彼女のボールとグリーンのボールからレッドのリザードンとカメックスが出てきた。
「リザァ!」
「ガメェ!」
「ど、どうしたの、二人とも」
「待てリーフ。何か様子が変だ。まるで、バトル中のような目をしている」
「ば、バトルって。こないな場所で誰が……」
驚いている三人を差し置いて、リザードンはカメックスの甲羅を掴んで船内を飛行しながらどこかへ向かい始める。慌ててそれを追いかけるリーフとグリーン、それに少し遅れてマサキも走り出す。
レッドから預かっているリザードンとカメックス。手続き上というか、一般的に見れば彼らは自分達の手持ちポケモンの部類に入っている。
それでも彼らからすれば、自分達は一時的に仲間に入っているという認識らしく、こういう何かあった場合は特に自身の意思で行動することが多い。
それに彼のポケモン達だ。今もこうしてこのシーギャロップ号で何かが起きているということに気づいたのかもしれない。先程感じた自分の感覚がそうであるように、今この場所で何かが確実に起きているのだとリーフは気持ちを切り替えて戦闘態勢に入る。
飛んでいるリザードンを追えば、その先には一匹のフシギバナがいた。
レッドのフシギバナで、いまはブルーが預かっているはずの子だ。
「バナバナ!」
「リザリザ」
「ガメガメ」
邂逅すればフシギバナは仲間がいることに驚くことなく、どうやら二人に説明をしているよう見える。フシギバナの言葉に頷く二人。今度は三人でどこか……方角的に船の後部へと向かい始めた。だけどこちらはそれどころではなかった。
「レッドのフシギバナってことは、ブルーもこのシーギャロップ号にいるってこと!?」
「らしいな。フシギバナが一人でここにいるのは、アイツに何かあったのかもしれない。マサキ! お前は事態が分かるまでここにいろ!」
「はぁはぁ。そ、そうさせてもらうわ……」
少しの距離を走っただけでマサキは息をあげていた。自分達のペースが早いというのもあるが、それ以上に彼は体力がないようだ。まあそれを比べるのも酷というのものだろうか。
『ご乗船のみなさま。長らくお待たせいたしました。1の島に到着です』
マサキを置いてグリーンとリザードン達を追う中、船内アナウンスが流れた。どうやらもう1の島についたらしい。だいたい走ってすぐに後部甲板に出るとすでにリザードン、カメックス、フシギバナが戦闘態勢に入っており、その前方にいる初めて見るポケモンによって体を拘束されているブルーがいた。
「ブルー!」
リーフが叫ぶ。すると謎のポケモンはブルーの拘束を解いてこちらに顔を向けた。
流線のような滑らか姿をしたポケモン。形は人間に近いが、手は触手のような腕が絡み合うようにそれぞれ2つずつあり、胸には輝く宝石のようなものがある。
そのポケモンはこちらを見ている。いや……どちらかといえば自分を、だろうか。それにアレを見てから体が変だ。先ほどよりも全身を流れる血がさらに沸き立っている。
「?」
どうやらあのポケモンは何故か混乱しているようだ。リーフとブルーを何度も見て、最後にはリーフをじっと見つめはじめた。
何もしてこないことが不気味なのか、リザードン達はまだ手を出せないでいた。
だが次の瞬間、ポケモンはこちらに真っ直ぐ向かってきた。
「気を付けて! そいつは速いわ!」
ブルーが助言をしてくるがもう遅い。同時に動いたリザードン達も行動を起こした。
まずカメックスはその二つの砲塔を向けて水弾を連射し、それに合わせてフシギバナがはっぱカッターでその穴を埋めた。
「ガメ⁉」
「バナァ⁉」
しかしそれは簡単に
「姿を変えた⁉」
向こうでブルーが叫ぶ。こちらでは攻撃の余波で敵の姿がわずかにしか見えない。
グリーンの方に視線を向けるが彼も同じ反応だった。どうやらあのポケモンに後ろにいるブルーだけが確認できているらしい。
「リザァ!!」
──リザードンのほのおのパンチ!
リザードンが翼を広げてポケモンとの距離を詰める。どうやら殴り合いに持ち込むらしい。その手に炎を纏って殴りかかる。
先程のように受け止めるか、それとも──
巻き起こった煙を裂きながらリザードンは拳を振るう。あのポケモンはその技が来ることが分かっているかのよう落ち着いている。身体を捻り左手でリザードンの腕を掴むとその勢いを利用し、右手は身体に添えるようにして、そのままリザードンを投げ飛ばした。
「リ、リザァ⁉」
リザードンは何が起きたのか分からないままブルーの傍に叩き付けられた。
「背負い投げ……だと……?」
「なんなのよアイツ!」
それは柔道の技の一つであるということは知っている。問題はなぜポケモンがそんな真似をするのかということだった。まるで人間のような戦い方をしているように思える。
目の前にいる謎のポケモンは再度こちらに迫る。そうさせまいとカメックスとフシギバナが応戦するが簡単に躱されてしまい、ついにリーフとグリーンの前まできた。
「どうやらアイツの狙いはお前のようだな!」
「グリーン!」
「下がっていろ!」
「……!」
「シッ!」
──グリーンのいあいぎり!
模擬刀の鞘を抜きながらリーフの前に立ち、迫るポケモンに向けて刀を上段に構えて、迷いなく振り下ろした。
幼い頃、タンバジムのジムリーダーであり武闘家でもあるシジマの下で修業したグリーンの得物は刀だった。レッド程ではないが他の武術を叩きこまれ、彼は自然と手に馴染むようになった刀を使った戦いを得意としていた。
その技はレッドと戦っても引けを取らない。むしろ剣術に関してはグリーンが勝る。そんな彼の一閃は容赦なく相手の頭部目がけて振り下ろされた。
だがその一閃は、4つの手で簡単に止められてしまった。
「白刃取りだと⁉ チッ──!」
グリーンの判断は早かった。受け止められると同時に刀を手放して、腰に差していた鞘を抜いて横に振るが、相手は右足を上げて防ぐと、刀を放り投げて縛るようにグリーンの身体を拘束して、弧を描きながら甲板に叩き付けられた。
「ぐはっ!!」
「グリーン!」
拘束されていた所為でまともに受け身を取れないのか、グリーンの表情から察するにかなりの苦痛らしい。
しかし、実の兄を心配している余裕はいまのリーフにはない。
目の前にいるこのポケモンは一歩、また一歩とこちらに近寄ってくる。それも先程からジッと瞼を閉じることなく自分を見ている。
腰にあるボールに手を延ばそうにも、その僅かな瞬間を狙って相手が攻撃をしかけてくることは明白。となれば選択肢は一つ。
リーフは手刀の構えを取った。
「ごほっ。に、にげろ……リーフ……」
「みんなを置いて逃げられるわけないでしょ!」
痛みを堪えながらグリーンが言うが、相手の速さを考えればそれは不可能。ならば少しでも可能性がある方に賭ける。
「ハァッ!!」
──リーフのエアスラッシュ!!
二年前とは比べにものにならない程鍛えられた空気の刃が放たれる。左斜めに振るったエアスラッシュはポケモンの胴体を切り裂く勢いで飛んでゆく。
だがすでに敵は回避状態だった。体をくねらせており、その横を風の刃が通り過ぎる。
そんなバカな。
思わず口に出してしまう。これだけではなく先程までの戦いもそうだ。目の前にいるこいつはすべてを知った上で行動しているようにしか思えない。わたし達がどんな行動を取りどんな技を放つか、それをこいつは何故か知っている。
もっと言えば自分に対してはそれ以上だ。今のエアスラッシュもすでに攻撃を放つその瞬間にはもう回避行動に入っている。
まるで心を読まれているようだ。リーフがこのポケモンがエスパータイプなのではと推測しはじめた。ならばこちらの手の内が読まれてしまうのも辻褄が合う。
でも、本当にそれだけだろうか?
頭の中が読まれているというよりも、考えたことが直接伝わっているのではないか。それぐらいでなければこれほどまでの動きはできないはずだ。
彼女は現にこうして考えていることも筒抜けになっていることに気づくが、そんな相手にどうすればいいか分からなくなる。相手が一歩進むごとにこちらは一歩下がる。一度も瞼を閉じず、ただ真っ直ぐに自分を見てくるその眼に恐怖を抱く。
気づけば距離にしてポケモンの腕が届くぐらいの距離まで詰めると、敵はゆっくりとその触手のような腕を延ばしてきた。グリーンやブルーとは違い人が人と触れ合うような感覚で。そこに敵意は一切感じなかった。
いや、始めから敵意などはなかったのかもしれない。グリーンが言うように自分が狙いだというのならばありうる。その目的は分からないしなんで敵意すらないのかも不明だけど、純粋にわたしと触れ合いたい、そんな風に思えてきた。
「……」
「……え?」
だがどういう訳か、相手は触れることなく忽然と姿を消した。巻き起こった風からして真上に向かって飛んでいったことは分かった。どうやら逃げたらしい。いや……見逃してくれた、というほうが正しいのかもしれない。
残されたのは一方的にやられた自分達だけ。
敗北という歓迎を与えられながら、リーフ達は初めて訪れる1の島に上陸した。
マサキと合流してシーギャロップ号を降りた先でわたし達は先程のポケモンについて情報交換をしていたが、特にブルーは酷かった。
目の前でやっと会えた両親が目の前で消えたらしく、グリーンよりは軽傷とはいえダメージも残っているのに、元気に振る舞って見せていた。
「みんなの話で推測するに、あのポケモンの目的はリーフだったってことやな。だけどなんでリーフなんや?」
「それはオレが聞きたいぐらいだ。妙なのは敵意はなかったことぐらいで、それが余計に混乱させる」
「せやな。リーフが狙いでブルーを襲い、さらに両親まで行方をくらませた。次にグリーンとも戦っておいて敵意がない。おかしな話や」
「……大体の流れは分かるわ」
ブルーが顔を上げてリーフを見ながら言った。
「どういうことだブルー」
「まず前提として、船にあたしとリーフが乗っていたこと。次に偶然に先に見つけたのがあたしってだけの理由なのよ」
「そうか! 二人の顔はそっくりやさかい。今はリーフが髪型を変えているから違いは分かるが、同じ髪型にしたら違い何てわからへんもんな」
「最近忘れてたけどそうだもんね……胸の大きさは違うけど」
リーフはそっぽを向いて、呪怨を唱えるかのように言葉を吐く。
「そう。だからアイツはあたしを掴まえた際に顔を見ていたのよ。それでリーフが現れて、同じ顔をしている人間が二人いることに混乱し、それを確かめるべくリーフにも迫った」
「ならアイツの目的はリーフという人間を確認することだけが目的だったのか?」
「かもしれない。でもわたしのパパとママを仮に攫ったとして、その理由が分からない」
「いや、あるぞ」
「え?」
「幸い姉さんは無事だが、おじいちゃんは何者かに誘拐された可能性がある」
「博士が! 昨日あたしが研究所に行った時にはちゃんといたわよ!?」
「え! じゃあなんでブルー宛の封筒まであるの?」
「あたし宛?」
「うん。えーとこれ」
ブルーに手紙とボイスチェッカーを渡すと、彼女はそれを睨みながら何も言わずにしまった。中身は見てないのでわからないが、何か固い物が入っているのは知っている。流石に中身を見るほど無粋ではない。
「しかし、そのポケモンの背後に何らかのトレーナー、あるいは組織が絡んでるっちゅうことになるな」
「ああ。おじいちゃんやブルーの両親は人質として利用される恐れもある」
「あのポケモンの目的はわたしだけど、グリーンとブルーも巻き込む形になっている」
「あたし達に共通しているのはマサラ出身で」
「図鑑所有者、か」
今はないポケモン図鑑を持っているように手を見つめる。いざ手元にないと思うと今更になって寂しいとさせ思えてくる。
レッドはよく、「戦いの邪魔」と言っていたことをふと思い出した。あいつにはそういう物に対する愛着がないのだろうか。
いや、ない。あるのはセンスのないあのダサTぐらいだ。それ以外で何かを大事にしている彼は中々想像できない。
「じゃあわたし達はこのナナシマに誘い込まれたってことになるよね」
「もう戦いは始まっている、か。ブルーはそもそもどうやってナナシマへ?」
「あたしは以前にも来たことあるから、トライパスを持ってたのよ」
「それなら納得」
「にしても三人もそうやけど、レッドのリザードン達も簡単にあしらうポケモンか。手強い相手やな」
マサキの言葉に反応してリザードン達を見た。言葉にするなら落ち込んでいる、または自分の力が不甲斐ないと怒っているようにも見える。
レッドがいないので彼らの鍛錬はほぼ自主的だった。暇な時はイエローの所にいるピカとよく一緒に汗を流していた。
でもそれが限界だったのかもしれない。
彼がいないことでできることは限られていて、バトルで出すポケモンも自分のポケモンを使うため、恐らく今のレベルを維持するので手一杯なのだろう。
それだけレッドとの鍛錬は彼らにとって必要不可欠で、彼の不在は自分達にも深刻な影響を与えている。
「今日まで鍛錬を続けてきたが、アレは別の意味で強敵だ」
「うん。わたしだけじゃなくて、みんなの行動が分かっているような戦い方をしてくるもん」
「特に姿形を変えるあの能力。一筋縄ではいかないわ」
「それにオレ達は無意識にレッドのポケモン達に頼りすぎている傾向がある」
「そうね。現にカメちゃん達も一方的にやられちゃったし、ちょっとぬるま湯につかり過ぎたのかも」
「だけどさ。そう簡単に強くなれるわけないよ。レッドがいれば、話は違うかもしれないけど」
「──あるよ。強くなる方法」
『!!!』
「この1の島は『ごえんがあつまるむすびじま』と呼ばれてるけど、あったねぇ不思議な縁」
突然聞こえた声に全員が振り向く。
ジャラン、ジャラン──と、杖の先に着いたリングを鳴らしながら、一人の祈祷師のような恰好をした老婆が立っていた。彼女はまるで、自分達を待ち望んでいたかのように笑みを浮かべながらこちらに近づく。
「あんた達を見てビビッときたよ。そんじょそこらのトレーナーとは格が違うってねぇ。あんた達なら受け継げるかもしれないねぇ。わしの……究極技を!!」
『太陽の戦士サンレッドRX』
第13話 「進化」
歴史は繰り返す。
この星は1000年前と同じく生命の危機に陥っていた。まるで試練を与えるかのように、この星に再び巨大な隕石が落ちようとしている。
それを知らせるがごとく、小さな隕石群がこの星に降り注いだ。
その内の一つが海にある火山に落ちた。これが後のルネシティである。
海に落ちるまでは良かったが、それがきっかけで眠っていた古代ポケモンであるグラードンとカイオーガが再び目を覚ましてしまったのである。
寝ているところを起こされて機嫌が悪いのか、彼らは勢い余って地上に出てきてしまった。その所為で再び大地は裂け、海は荒れてしまう。同時に眠っていた分の自然エネルギーを求める二体であったが、太陽神に説教されたとはいえどうしても決着をつけたいがために、再び彼らは戦いを始めようとする。
同じく〈竜神〉として崇められているレックウザはいち早く隕石の襲来に気づき、降り注いだ隕石を破壊あるいは食べていた。彼もまた目覚めたグラードンとカイオーガの存在に気づくと、空から二人の前に舞い降りた。
1000年前と同じ悲劇が繰り返されようとしているこの瞬間を、ただ一人予言している者がいた。
このホウエン地方にある〈流星の滝〉に住む、〈流星の民〉が信仰する〈太陽神〉に仕える巫女である。彼女は太陽神を祀る小さな神殿の前で民たちに伝えた。
「代々言い伝えられていた通りです。再びかの災いがこの星に迫ろうとしています」
「して。それを避ける方法は?」
民の代表である長老がたずねた。
「初代巫女の予言の通りならば、伝承者が竜神様と共にその力を真に発揮し、災いを打ち砕くはずです。しかし当代の伝承者はまだおりません」
「ではどうするのですか?」
民の一人が声を震わせながら言った。彼だけではない。流星の民全員が手を合わせて〈竜神〉であるレックウザと〈太陽神〉に祈りを捧げている。
「感じるのです。わたしの中に流れる太陽神様の血が、燃えるように沸き立つのを」
「もしやそれは──!」
「はい。きっと我らの祈りが太陽神様に届いているのです!」
──その時不思議なことが起こった。
巫女の言葉を証明するかのごとく、このホウエンの空に眩しく輝く光が降臨したのだ。光は空にいるレックウザと、地上のグラードンとカイオーガの間に降り立ちその姿を現した。
赤いマスクに真紅のマフラー。そして左腕に輝く6つの石が嵌まったガントレット。このホウエンの守護神とまで呼ばれている太陽の神である。
「げぇっ! さ、サンレッド!?」
「やべぇよやべぇよ」
「お久~」
特に殺る気まんまんだったカイオーガはサンレッドの姿に怯え始める。対してグラードンは手を頭に乗せて身体を丸めてびくびくと震えている。
これが本当の「まるくなる」である。
レックウザは1000年ぶりの再会にどこか嬉しそうであった。
「お前らも懲りないね。俺さ、言ったよね? 迷惑かけるなよって」
「ちちち、違うんですぅ! い、隕石……そう、隕石が落ちてきて、それで起きちゃったんです! だからこれは不可抗力なんです!」
またアレを食らいたくないのか、カイオーガは必死に言い訳を考えてサンレッドに伝える。横にいたグラードンも口裏を合わせようと激しく頭を縦に振っている。
「そうなのか?」
「まあ……そうなるかな。ほら、また大きいのが落ちてくるぞ」
「またかよ……」
1000年前と同じく巨大な隕石が再びこの星に落ちようとしているのを見て、サンレッドは小さなため息をついた。
「ならばレックウザよ。今こそ俺達の力を合わせる時!」
「え⁉」
いきなり叫ぶと、サンレッドはレックウザの頭に乗った。直接触れ合っているのか、それともすでにシンクロ状態なのかは定かではないが、彼はサンレッドの考えを読み取り隕石に向かって空を駆ける。今まで出したことのない力が全身にみなぎる。
「人とポケモンの絆、いまここに交わりて新たな未来を切り開く!」
「そうかわかったぞ……世界とは……人間とは……ポケモンとは……そういうことなんだな、レッド!」
「見ててくれ遊星……ツァン・ディレ、それにみんな……そしてアルセウスよ! これが俺の……アクセルシンクロだあああああああ!!」
──サンレッドのアクセルシンクロ! レックウザはメガレックウザにメガシンカした!
アクセルシンクロ。それはサンレッドが出会った親友とも呼べる仲間達との出会いによってたどり着いたポケモンと人間の新たなる境地。
シンクロを超えたシンクロ。
その名を〈アクセルシンクロ〉という。
ついに彼は絆の境地のそのまた先へとたどり着いたのだ。
メガレックウザ。顎が幅広な刃のような大きく前に突き出した形となり、その顎や角からレックウザの元々の黄色い模様が尾先まで剥がれ、まるで長い髪のように伸びている。
まさに〈竜神〉にふさわしい姿と言える。
メガシンカしてサンレッドもいる所為か膨大な力が彼にみなぎる。さらに速度をあげて大気圏を突破し、宇宙へと飛び出した。
「いくぞレックウザ!」
「おう!」
「サンレッドォォォォォ! シャァァァァイン!」
宇宙空間だというのに、まるで流れる川のように黄金に輝くエネルギーがレックウザの体を包み込むように集まっていく。その光は地上からも確認でき、人々はもう一つの太陽が現れたのだと錯覚するほどだった。
だが〈流星の民〉だけは、それをはっきりと理解していた。
「アレが竜神様の真の御姿……なんと美しいのじゃ……」
「この暖かい光。まさしく太陽神様の光。いま、わかりました。当代の伝承者がいないのは、太陽神様自らがこの災いを再びお止めになるためだったのですね」
そして宇宙。巨大隕石が目前に迫る中、サンレッドとメガレックウザはその技を放った。
「シャイィィィィィン! スパァァァァァァァァァク!!」
──サンレッドとメガレックウザのシャインスパーク!
エネルギーを纏い彼らは隕石へと吶喊していき、そのまま隕石に衝突した。二人はそのまま隕石
内部を掘り進みながらその膨大なエネルギーを内部で放出し、隕石を消滅させた。
眩しい閃光が広がり徐々に消えていくと、メガレックウザではなく本来のレックウザに戻っていた。技を放つと同時に彼の体内で蓄積されていたエネルギーもすべて放出したようだ。
「なんだろ。すごいお腹空いたわ~」
「帰りながら隕石でも食べればいいじゃん」
「それな!」
サンレッドの言葉にうなずいて彼は笑顔を作る。そのままレックウザは隕石を摘まみながら地上へと戻っていく。
地上では置いてけぼりになっていたグラードンとカイオーガが二人を迎えていた。逃げようと考えていた二人であったが、逃げたら逃げたで酷い目に遭いそうな気がしたらしく大人しく待っていた。
レックウザの頭から降りたサンレッドは左腕を構える。
すると、グラードンとカイオーガが光に包まれると二つの宝珠が現れた。同時に二人の体は姿形を変えた。
「また暴れるだろうからこの力は没収します」
『そ、そんなー!』
「じゃないと未来の俺、本当に死んじゃうし……」
『何か言いました?」
「何でもないぞ。ほら、とっとと戻らんか」
『……なんか納得がいかないなあ』
そんな言葉を吐きながら彼らは再び自分達が眠るべき地下深くへと潜っていく。
「で。それどうするんだ?」
「一応当てがある」
1000年前、この星を二度目の厄災が襲った。それを救ったのはまた太陽の神だと言われている。彼は隕石の落下で目覚めたグラードンとカイオーガからその力の源を二つの宝珠に封じ込め、それをホウエン地方のとある山に封じ込めた。
それがいまの〈送り火山〉と呼ばれている場所ではないか、多くの考古学者達はそう結論付けている。
〈太陽神〉は当時その山に住んでいたと思われる二人の人間、噂では防人と呼ばれている者達に宝珠を守るようにと託したとも伝えられており、現に〈送り火山〉には二人の老夫婦がいるのを確認している。
またホウエン地方海域にある山に落ちた隕石によってできたのが後のルネシティという一説がある。古い文献では〈流星の民〉の一部がルネに赴き、太陽神の逸話を書き記した壁画とグラードンとカイオーガが再び目覚めても、その心と身を鎮める場所として目覚めのほこらを作ったという。
後にルネに住むようになり〈ルネの民〉と呼ばれるようになるきっかけでもあった。
だが〈流星の滝〉と違ってルネシティは外界と触れ合うことが多くなり、時代と共に〈太陽神〉の信仰とそれを伝える者達は徐々に消え、おとぎ話として残る程度になってしまった。
民明書房「ルネシティ誕生秘話」より抜粋。
最後のところを解説というか捕捉。
元々第5章の前に小ネタみたいな感じで大分前に書いていたもので、デュエルモンスター略してデュエモンというなのポケモンと混じった世界に、レッドが迷い込むものでした。
時系列はアニメの満足同盟結成から少しの時にレッドが仲間になって、一緒に「デュエッ!」をしてる感じ。
簡潔にダークシグナー編手前まで書いてたけど、レッドは最終的に「だっておれシグナーじゃないしー」を最後まで貫き、尚且つオリジナルとして元の世界の未来から「謎の月の戦士」がブルーノみたいなことをしてくるっていうネタバレになるということで没。
さらにツァン・ディレのヒモになるというほぼ第6章と被るので結果的には没ネタになりました。
なので13話なのは、その間にそんな世界や色んな時代にいっていたという設定です。
まあいつか没ネタで未完成のまま出します。