「リザードン! ブラストバーン!」
「フシギバナ! ハードプラント!」
「カメックス! ハイドロカノン!」
炎、草、水の究極技がそれぞれ目の前に広がる海へと向かって放たれた。3つの光線は海面を裂きながら10メートル程の距離で着弾し、大きな水しぶきをあげた。
まだ粗があるが技そのものはちゃんと発動しており、最初の時と比べればほぼ完成したと言ってもよい出来栄えだと、指導した張本人であるキワメは判断した。
「リザ~」
「バナ~」
「ガメ~」
それをキワメの隣で見ていたレッドのリザードン達も彼女と同じ評価なのか、パチパチと拍手を送っている。ただフシギバナだけはつるで叩いているが。
「どうキワメさん!」
「う、うむ。三人とも合格じゃ。その証にほれ、腕輪が外れたろ?」
「ふん。やっと取れたか」
「まあアクセサリーとしては、ちょっとね」
「そうかな。かっこいい文字が掘ってあったから気に入ってたけどなあ、わたしは」
目の前でリーフ達は腕輪がついていた腕を触りながら涼しい顔をして言う。
キワメは口には出していないが内心かなり驚いていた。
なにせ、元々技を継承させるのは一人であり、わざわざ三人をここに連れてきたのは候補者は多い方がよかったからだ。
自身は究極技の伝承者であるがために3つの究極技を覚えてはいるものの、3つすべてを継承する予定は当初はなかった。
たしかに、自分から見ても彼女達は筋がいい。そこら辺にいるポケモントレーナーとは格が違う。
今までそんなトレーナーを大勢見て、彼女らのように究極技の伝承をするための試練を与えてきた。が、それを熟せた者は一人としていなかった……今日までは。想定外と言えばそうなるが、別にこれは悪い事ではない。三人はこれを悪用する人間ではないし、正しいことに使ってくれるはずだ。
しかし、それもまさかたった二日で会得するとはね。
これには驚かずにはいられなかった。いられなかったのだが、それ以上の驚きを先に体験してしまったせいで顔にはもうでなくなってしまった。
それも、修行の最中どうしても彼女らの言うレッドという男のポケモンが気になったので、試しに技を見せてもらったのが原因だ。
見た目からして、黒いリザードンはもう自分から見てもレベルが彼女らとは比較にならないし、フシギバナやカメックスはリザードン程ではないが同じ感想。
いざ技を撃ってもらえば、開いた口が塞がらなかった。
特に威力が桁違いだった。手持ちのバクフーン、オーダイル、メガニウムとは長い付き合いだし、究極技を習得してからも鍛錬は怠っておらず技が鈍っていることはない。年季で言えば自分達の方が上であるのだと自負しているが、それはいとも簡単に崩れ去った。
他に精度や技を出し続ける時間や距離などもあるが、一回見ただけでもう深く考えるのはやめた。
そこで頭に浮かんだのが、レッドという彼女らの幼馴染のことだった。反応からして、恐らくとんでもないトレーナーだということは察しがついた。
今までは修行で時間を取られていたので、中々聞く時間がなかったがいまはもう遠慮する必要ない。
「ところで。お前らの幼馴染のレッドじゃが。どんなヤツなんだい? 手配書を見る限り、かなり物騒なヤツだってことはわかる」
『……』
「な、なんじゃ。揃いも揃って首を傾げおって」
いざたずねれば、三人は互いに顔を見合わせると腕を組んで首を傾げたり唸り始めた。
「いや、ばあさんの言うように物騒なヤツで合っているといえば合っているんだが」
「身内の人間なら『まあレッドだし』で落ち着くんだけど」
「まあ知っている人間から言わせれば、関わらない方がいいわね。うん」
「それは本当にお前らの幼馴染なのかい」
「キワメさん」
するとリーフがどちらかと言えば真剣な眼差しをこちらに向けて言った。
「なんじゃい。藪から棒に真面目な顔をしおって」
「人は空を飛べないでしょ?」
「そりゃあそうだ」
「でもね。レッドは飛べるんだよ」
「……ん?」
「あと電気とか炎を出せるんだ」
「んん?」
「だからね、あんまり関わり過ぎない方がいいよ。知れば頭が痛くなるから」
「そう言われると、ますます気になるんじゃが……」
ナナシマはハッキリ言えば田舎だ。娯楽はないし楽しみも限られている。特に自分のような特殊な立場にとってそれは生殺しに近い。
そもそも伝承した者が今日までいない中、門外不出だった究極技をどうやって知り、ポケモンに技を覚えさせたのか。リーフ達を見れば、レッドという少年も並みのトレーナーではないことは想像がつくが、それだけが理由にはならない。
しかしと、キワメは簡単ではあるがレッドのことを聞いて思ったのが。
「ところで……そいつは本当に人間なのかい?」
『まあ一応は』
キワメが何とも言えない表情をしながら唸っていると、リーフのポケギアが鳴った。
「あ、マサキ? 技は無事三人とも覚えた。え、うん……うん。え、4の島に? わかった。じゃああとでね」
「どうしたんだい」
「3の島にあのポケモンが現れたみたい」
「それで、なんで4の島にいくんだ?」
「経緯はそこで話すから、とにかく4の島に来てくれって」
「でも4の島ってレインボーパスが必要よ。二人は持ってないでしょ?」
「そうなのか?」
「うん」
「あ、それならマサキが近くのポケモンセンターに送っておいたって」
「お前らさんたちも面倒くさいことをしてるねえ」
「どういうことだ、ばあさん」
「ほれ。足ならそこにあるんじゃから、使えばええ」
キワメが錫杖で示した先には、依然2の島に停泊しているシーギャロップ号であった。リーフ達は知らないが、彼女が船乗りに言って今日までずっとここに停泊させていたのである。
理由はトレーナーの勘であった。
だが、それが功を奏した。
「三人とも技を継承できちまったからねえ。暇だからついて行ってやる。それに戦力は多い方がえんじゃろ」
「ありがとう、キワメさん!」
「かっかっか! もっと褒めんかい!」
2の島から4の島にたどり着いたリーフ達は、そのままマサキと合流地点であるいてだきの洞窟の前で彼と合流していた。同行してきたキワメはもしもの時のに備え、シーギャロップ号ですぐに動けるように船乗りと待機している。
「で、マサキ。なんでここにオレ達を呼んだ?」
「洞窟を進みながら順を追って説明する。まず始まりは3の島であのポケモンが現れたことから始まるんや」
「それは最初に聞いたけど。でもどうして3の島に? 来るならあたし達がいた2の島よね」
「ああ。アイツの目的はリーフのはずだからな」
「真意はわいにもわからへん。でも一つ確かなのは、あのポケモンは暴走族に絡まれていた女の子……マヨちゃんって言うんやけど、その子を救ったのは間違いないんや」
『⁉』
マサキの言葉に三人は声をこそあげなかったが目を大きく開いていた。自分達を襲ったポケモンが、小さな女の子を救った。正直に言えばにわかに信じられない。
「しかしだ。本当にそれだけのためにアイツは現れたのか?」
グリーンが目を細めながらたずねると、マサキは静かにうなずいて答えた。
「理由はどうであれ、それ以上のことはわいやマヨちゃんにもわからへん。だけど、本題はここからや」
「まだ何かあるの?」
「ああ。実はな、暴走族からマヨちゃんを助けたあとに一人の男が現れたんや」
「それがあのポケモンのトレーナーってこと⁉」
「せや。マヨちゃんが言うには、そのポケモンは言葉を喋っていないのに、男はまるで会話をしているかのように話していたそうや」
「イエローみたいな力を持ってるってこと?」
身近な例をあげながらブルーが言う。人間がポケモンと会話できる存在は限られている。それもイエローやワタル、トキワの森の力を持つ人間やナツメのようやエスパー使いならば思考を読み取ることはできる。
レッドを例にあげなかったのは、彼は少し特殊すぎるからで比較対象が誰ひとりいないからである。
「いや、それはない」
「どうしてそう言い切れる」
「それはな、その男がこいつだからや」
そう言ってマサキは一枚の紙を見せた。そこには子供が書いた似顔絵であった。粗くもだいたいの特徴は掴めていた。黒い服に怖そうな顔。なによりも胸の『R』と書かれたマーク。
このカントーでそのマークを掲げているのは一つしか存在しない。
「まさか……ロケット団⁉」
「ロケット団はオレ達が潰したはずだ」
「だけど現実は違う。さらにこの男はマヨちゃんがお礼を言った際、最後にこう言ったそうや。『おじさんはこれからナナシマに酷いことをする悪の親玉』と。怖くなったマヨちゃんはその場から逃げ出して、わいの所に連絡が来たってちゅうわけや」
「親玉って」
「つまり、ロケット団のボス?」
「以前レッドから聞いていたな。確か名前は――」
『その男の名はサカキ。ロケット団の首領にして、レッドの永遠の好敵手(ライバル)』
突然頭に響く声。それはこの場にいる全員に伝わっていた。こんなことができる人間は限られており、何よりもこの声には聞き覚えがあった。
先にその存在に気づいたグリーンを筆頭に、彼女達は自分達が進んできた道を振り返った。薄暗くてよく見えないが、それでもその場に二人の人間がいるということは間違いない。
否、よく見れば一人は特徴的な服装をしている。俗にいうメイド服だ。メイドを従えている知人など、一人しかいない。
「ナツメ!?」
「それにカンナも」
「どうしてお前らがここに来た?」
「どうやって来たとかちゅうツッコミはせえへんで。絶対にテレポートやからな」
「随分と酷い言い草じゃない。折角メインヒロインであるこの私が助けに来たって言うのに」
「奥様。それはメタでございます」
「助けにきた? どうしてそれを知ったのよ。グリーンとリーフはナナミさんの安否を本人に確認したっていうけど」
「未来予知っていうのもあるけど、理由はこれよ、こーれ!!」
「これ?」
ナツメが叫びながら2枚の紙きれだった。リーフが受け取ってそれを見れば、先日キワメから見せてもらったレッドの指名手配書ともう一枚。賞金が賭けられた手配書であった。
「実は屋敷に国際警察の方がやってきまして。彼は裏で出回っているそれと、表向きに警察に出回っている手配書を持ってきて、レッド様の所在を訪ねに来たのです」
「レッドを見つけたらどうするかって聞いたら、なんて言ったと思う? 保護ですって。笑っちゃうわよね~。この世で一番安全なのはレッドの隣なのに」
「同時に一番危険な場所でもあるがな」
「グリーンも言うわね。ま、こんなレッドに対してろくでもないことをする人間なんてサカキしかいないのよ。それで未来予知でこのナナシマに来て、あなた達の気配を感じて合流したわけ」
「それはいいが、姉さんは無事なのか?」
「それは平気よ。お姉さんと一緒にいまはエリカのところにいるから。私の予想では、もうそっちに手は伸びないと思うけど念のためにね」
それを聞いてリーフは安堵し、グリーンも口には出さないが安心した様子だった。
「ところで。あたし達はサカキの顔すら知らないんだけど、どういう男なの?」
「ああ。サカキのこと知っているのはレッドぐらいだったわね」
マサキを含めたこの4人は誰ひとりサカキの素顔は知らない。知っているのはレッド本人から聞いた名前ぐらいしかないのだ。
「サカキは恐ろしい男よ。特に秀でているのはあのカリスマ。あなた達はロケット団をただの悪の組織としか思ってないでしょうけど、ロケット団はほぼ軍隊みたいなものなのよ」
「軍隊?」
「ええ。幹部から末端の下っ端ですらボスであるサカキに全員が忠誠を誓っている。現にロケット団がシルフで崩壊して団員達は散り散りなったけど、各地で息を潜めサカキの帰還を待ちながら力を蓄えているぐらいだから」
「で、肝心のトレーナーとしての力はどうなんだ?」
グリーンが言った。
「あなたの先代のトキワのジムリーダーと言えばわかるでしょ。なによりも、レッドがサカキを特別視しているとも言えば嫌でもわかるわ」
「まあ、な。ジムリーダーになって協会から先代が残した資料を引き取ったが、本当にトレーナーとしては優れた人間だったのは身を持って知ったつもりだ」
「じゃあサカキはレッドを釣りだすためだけにこんな手の込んだことをしているわけ?」
「ロケット団のボスともあろう人間が、一個人にそないまで執着するもんやろうか」
「こんな事言いたくないけど、レッドとサカキは互いに戦いを望んでいるのよ。ポケモントレーナーとして命をかけた戦いをね」
ナツメの言葉に彼らは言葉を失った。特にグリーン達は時折レッドからそのような話を聞いていたからだ。
『あいつ程のトレーナーはいない。俺はトレーナーとしてあいつに負けた。だからその決着をいずれ果たす』と、そんなことを彼は口にしていたのだ。身近な幼馴染でもある自分達ではなく、悪の組織のボスをライバル視しているレッドの考えを、その時はまったく理解できないでいた。
「私もなんでロケット団がこのナナシマで何をしようとしているのかはわからない。けど、レッドの彼女としてこんな真似をされて平気でいられない。何よりも……カンナがマジ切れしてるのよ」
「カンナが?」
リーフが首を傾げながらカンナの方へ目を向ける。洞窟内部だというのにどういう訳か眼鏡が光っているように見えた。
「ナナシマは……特にこの4の島は私の故郷。それを汚そうとするならば……誰であろうと戦うわ」
「この気迫。スオウ島の時の比じゃないわ」
「忘れたのブルー。私が本気を出せば、あの戦いはあなた達の負けだったということを」
「何か言ったかしら?」
「ちょ、調子に乗りました! だからごめんなさい~!!」
スオウ島でブルーと組んでいたのはいまの主であるナツメ本人。その本人を前に言ってのけた度胸は大したものであるが、すぐに先程まで感じていた強者のオーラはどこかへと消えてしまった。
「はあ~中々締まらんな。兎に角話を戻すで。みんなをここに呼んだのは、この洞窟にロケット団が出入りしている住民からの目撃情報があったからなんや」
「ここにロケット団のアジトが?」
「まあ半分アタリで半分ハズレってことしら」
「え?」
「気づきませんか。もう我々は敵の視界に入っているのです」
カンナの言葉にリーフ達はようやく気づいた。無数の敵意が自分達に向けられている。それも一匹や二匹の野生ポケモンではない。数は不明だが間違いなくトレーナーの指示を受けてやってきたポケモン。
腰にあるボールに手を延ばそうとすると、ナツメが前に出た。
「言ったでしょ。私が助けに来たって。だから……問題はない」
ナツメの言葉と同時に彼女の体の周囲からサイコパワーが溢れ出す。ゆっくりと地上から浮遊し、黒く美しい長髪が力の波に揺られている。
視線をナツメから奥にいるであろうポケモン達に向ける。
――ナツメのかなしばり!
リーフとグリーンは以前『仮面の男事件』の際、リニアモーターカー内で彼女が大勢のロケット団員をかなしばりで身動きを封じていたのを思い出す。
それと比較しても、今のナツメはあの時とは比べ物にならないほどの力を感じる。
「はえ~すっごい」
自分は弱く、周りにいる人間が全員強いことをハッキリと自覚しているマサキは緩んだ声を出した。
「ここ数年未来予知を中々感じ取れなくなった代わりに、どういう訳か力だけは増しているのよ。だからこの程度の数なら問題はない」
「流石です奥様」
「なんで一々褒めるわけ?」
ブルーがカンナに言った。
「レッドがいないからモチベーション維持するにはこれが一番なのよ」
「ふーん。それにしてもさ、コロコロ素に戻るわね」
「それだけ馴染んできたってこと。ま、レッドがいれば身も心もメイドになって、禁断のメイドと駆け落ちとか……きゃっ」
「最後は余計」
「あんた達、お喋りはそこまでにしなさい。敵を捉えたわ」
「は?」
あのグリーンが、『何を言っているんだこいつ』みたいな顔をしながら言うと、洞窟の壁をぶちやぶって巨大な機械が現れた。
例えるならそれは茶碗を逆さにしたようなもので、そこの上部にはアームが三つあって装甲には『R』と書かれたマークがあった。
が、それはまる映画などでみる水圧に耐え切れずに潰れていく潜水艦のように潰れていき、最後には小さな爆発を起こして消えた。
登場にして僅か数秒。これにはグリーン達も驚いて目を丸くしているが、カンナだけは普通であった。
「い、一体何が起きたんですか~~⁉」
爆発で巻き起こった煙の向こうから男の声がすると、そこには小さなロケット団員と思わしき人間がいた。
「あら。一緒に潰したと思ったのだけれど、運よく脱出したみたいね。ま、丁度いいわ。頭の中覗かせて――」
「奥様!」
「っ⁉」
――ペルシアンのだましうち!
ナツメの一瞬の隙をついて、洞窟の陰から突如としてペルシアンが襲い掛かる。それを隣に控えていたカンナがパルシェンを出してその一撃を防いだ。
攻撃を阻まれたペルシアンはすぐに破壊された壁の向こうに後退する。同時に男の姿はそこにはなく、ペルシアンと共に開いた壁まで下がっていた。
「やれやれ。簡単にはいかんな」
「それも仕方ないんだな。でもこれはちょっと予想外なんだな。ゲヘゲヘッ」
「こればかりぼくの責任じゃないじゃ~~ん!」
「この声……」
壁の奥から聞こえた声にブルーが目を細めた。
奇襲されたとはいえ、依然ナツメが先頭に立っていつでも攻撃の体制に入り、それをカバーするかのようにカンナとパルシェンが控える。
すると三人の声の内、女と思わしき団員が前に出てきた。一目見ただけでいけ好かない女。あるいはどこか信用できない雰囲気を纏っている。
「確実にその首を狙ったのですが、さすがは元カントー四天王の一人。そしていとも簡単に我らロケット団の兵器を破壊するパワー。元ロケット団幹部であり、ヤマブキのジムリーダーと言ったところでしょうか」
「あなた達、新しい幹部ね」
「お初にお目にかかります。我らはロケット団機密部隊。そしてボスの忠実な親衛隊。三獣士サキ」
「三獣士チャクラ!」
「三獣士オウカだな」
「忠実、ね……。で、のこのこと自己紹介するためだけに姿を現したわけ? 視界に入った時点で、もうここは私のテリトリーよ」
「でしょうね。あなたがここまで早い登場を予想してはおりませんでしたが、我らのボスはあなたが現れることは想定内。対エスパー用の装備は身に着けておりますので、それでもというのであればどうぞ」
「ちっ」
ナツメの後ろにいるリーフ達も、その舌打ちで頭の中が読めないことは見て取れた。それ以上に彼女がここまで苛ついているのは珍しいとさえ。
そんな中、ブルーがナツメの前に出た。
「そこのデカいの。あんたオウカって言ったわね」
「そうなんだな」
「じゃああんたね。オーキド博士を襲って拉致した張本人は」
「それは本当かブルー!」
「ええ。本当はもっと早く伝えるつもりだったんだけど、タイミングを逃しちゃったの。ごめんなさい」
「気にするな」
「うんうん」
「まあ隠す理由はないから言うけどその通りなんだな。年寄りの割には頑張ったほうなんだな。けど、どうしてそれを?」
「それはこれよ」
そう言うとブルーはボイスチェッカーの再生ボタンを押した。流れたのはオーキド博士とオウカが会話しているものだった。
「グリーンとリーフのはあなたが二人に図鑑を取り上げるように仕向けたものだったけど、あたしのは違う。博士はあんたの隙をついて、あたしのボイスチェッカーにはあんたとの会話を録音してたのよ」
「ぬかったな、オウカ」
「な~んだ。お前だってヘマしてるじゃん」
「そうだけど、チャクラに比べたら大したことじゃないんだな」
「大したことじゃないだと? 言え、おじいちゃんはどこだ!」
グリーンが刀に手を掛けながら叫んだ。
「そう簡単に教えると思うか?」
「じゃあわいからも一つ。いまこのナナシマで起きている大規模な通信障害。それもお前らロケット団の仕業やな!」
「我々ロケット団は幅広く悪事をしているのでな? そんなことまで把握していないんだ。フフフ」
余裕で不敵な笑みを浮かべながらサキが言う。
「たとえ幹部だろうと、この人数相手に勝てると思っているのですか? 私としては4の島を巻き込んだ報いは受けてもらわないと困るのよ」
「フフフ。確かに我ら三人と言えど、無傷で勝てるとは思っていない。なので、まずはほんのご挨拶程度に……チャクラ」
「了解~~! フォレトス!!」
「――みんな、集まって!!!」
何かに気づいたナツメが叫んだ。
チャクラのフォレストが前に出ると、その体が光り始めた。
これはだいばくはつに移る際の兆しだ。だがそれだけではない。フォレトスに呼応して、この洞窟内に潜ませていた大量のイシツブテが光りはじめた。
――フォレトス、イシツブテのだいばくはつ!!!
一瞬にして洞窟内は閃光と爆発に包まれた。
フォレトスとイシツブテがだいばくはつする直前に、サキ達はすでに洞窟の外に退避していた。背後にあるいてだきの洞窟を見れば、爆発地点らしき周辺は崩れたところから煙があがっている。
それも当然の結果だろうなと、サキは特に罪悪感もなくその場所を見た。
仮にフォレトス一体ならば洞窟の天井が崩れる程度で済んだかもしれないが、付け加えて予め擬態させておいた大量のイシツブテのだいばくはつ。当然洞窟は崩壊するし、人間なら爆発に巻き込まれて死んでいるだろう。仮にそれから逃れても、崩落によって岩に押しつぶされるのが待っている。
だがサキはそんな呆気ない終わりなど、はじめから信じてはいなかった。
「ふむ。少しばかりイシツブテを用意しすぎたな」
「だからぼくだけで十分だっていったじゃん」
「でも、あいつら死んだかな」
「そんな訳あるまい。エスパーであるナツメがいるんだ。どうせ直前にテレポートで退避している」
「じゃあこのまま作戦の第3段階を続行するんだな?」
当初の予定ならば、作戦の第三段階はチャクラがマサラタウンの図鑑所有者達を強襲。戦いの勝敗はどうであれ、一時撤退しナナシマ全土に攻撃をしかけ、本格的に戦争を始めるのが主目的。
しかしそれがヤマブキのジムリーダーと元四天王の登場で、第三段階の前半部分が狂ってしまった。
それでも作戦は続行する。あの二人の登場はボスの予見通り想定内であり、作戦の変更はない。
「ああ。少し手順は狂ったがな。このまま第三段階後半だ。用意はいいなチャクラ?」
「もっちろ~~ん。すでにナナシマの通信はすべてこちらが掌握してますから、どこでも放送が可能じゃ~ん」
「ゲヘゲヘッ。休む暇なんて与えないんだな」
「ならば始めろ、盛大にな」
「了解じゃ~~~ん!」
早速チャクラはナナシマ全土に放送するための準備を始める。オウカはオウカでそのチャクラの手伝いを始めた。
「さてさて。ナナシマが燃えるのが先か、それとも『R』が現れるのが先か。フフフ、楽しい夜になりそうだ」
スターミーに乗りながら夜に包まれたナナシマを見渡す。これから赤く染まるナナシマを想像すると、何故か笑いが止まらなかった。
いてだきの洞窟でおきたフォレトスのだいばくつの直前、ナツメのテレポートによって脱出した彼女達は、この4の島にあるカンナの家に身を寄せていた。
「ぜぇぜぇ!! 今回ばかりは死ぬかと思ったで……」
マサキは息を荒げながら床に倒れ込んだ。
「ナツメがいなかったらやばかったよ。ありがと、ナツメ」
「礼には及ばない。私も迂闊だったわ。ロケット団のやり方をすっかり忘れていたもの」
「ここ数年は普通に暮らしてましたからね、奥様は」
「否定はしないわよ。だけど、これがロケット団のやり方よ。それだけは忘れないで」
「ええ。それにしても……やけに可愛いポケモンのぬいぐるみがあるわね」
感謝をしつつ、ブルーはいきなり訪れた家を見渡した。一階建ての家で、見た感じ一人暮らしの内装をしている。そして部屋中には可愛らしいポケモンのぬいぐるみがたくさん置いてあった。
「いきなり入ったが、ここは誰の家なんだ?」
グリーンが言った。
「私の家です……文句あるかしら」
「ないです!!」
反論など許さないかのような冷たい視線を向けると、真っ先にリーフが答えた。
「けど、これからどうするんや。敵はロケット団とはっきりしたけど、依然として博士とブルーの両親の居所は掴めへんし」
「そうだな。とりあえずは一旦シーギャロップ号に戻ってばあさんと合流を――」
グリーンが話していると、突然テレビの電源が入った。彼がたずねれば誰も付けてないと顔を横に振る。
電源が入って数秒後。先程の三獣士と名乗ったチャクラが出てきた。
『こちらロケット団三獣士じゃ~~~ん! この放送はナナシマ全島にお送りしていますから~~~! というわけで、いまからナナシマ全土に攻撃をしかけますから、よろしろくじゃ~~~ん!! もし止めてほしかったら、このナナシマのどこかにいるマサラタウン出身のグリーン、リーフ、ブルーを差し出すじゃ~~~ん! ついでに、この極悪指名手配犯の「レッド」を見つけてくれた人にはもれなく賞金までさしあげますから、よろしくじゃ~~~ん!!!』
太陽の戦士サンレッドRX
第24話 「真実・理想」
イッシュを語るうえで絶対に外してはならないのが、神話に出てくる双子の王であろう。
まだこの大陸がイッシュと呼ばれる前。双子の王は一体のポケモンを従え、彼らに付き従う兵士達を率いて長くに続いた戦争を終結させた。
新しい時代の夜明けとして、双子の王はこの地を『イッシュ』と名付けた。これがイッシュ建国の始まりだと言われている。
双子の王に関しての記述は少ない。それでも後に語る戦いの前までを考えれば、二人の仲は良好だったのではないかと推測される。そうでなければ先の戦争で多くの兵士やポケモン達が、彼らに付き従うのはおかしい。一人の王ではなく二人の王だ。それだけ二人には王としての器と人望があったのだろう。
あるいは二人で一人の王として完成していたのではと、推測する者もいる。
しかし、故に争いは再び起きてしまった。
伝承によれば兄は真実を、弟は理想を求め次第に対立してしまったという。
二人に従っていたポケモンもその際に二体に分裂した。兄の方にレシラム、弟の方にゼクロムが仕えたらしい。
多くの民は涙を流した。どちらも正しく、かと言ってどちらかが間違いというわけでもない。彼らはただ二人の王が争いを止めてくれることを祈るばかりだった。
――その時不思議なことが起こった。
戦いの中で太陽のように眩しい光が舞い降りた。まるで民の祈りを叶えたかのように戦は止まった。
光が晴れると、そこには『神』がいた。
『神』は双子の王にたずねた。
『なぜ争う』
兄は答えた。
『私は真実を求めるため』
弟は答えた。
『私は理想を求めるため』
神は言った。
『王よ、この戦いの先にあるのがお前の真実なのか。王よ、流れた血と亡骸の山の先にあるのがお前の理想なのか』
双子の王は初めて振り返り、自分達が積み上げた悲劇を見て、ただ涙を流した。
続けて神は言った。
『真実、理想。それを求めるのはいい。だからと言って自分の考えを押し付けてはいけない。そのために多くの者達を巻き込み、犠牲にしていいはずがない。王よ、答えは一つではないのだ。そしてレシラムとゼクロムを見よ。別れてもなお、お前達に付き従う二人を。彼らはお前らを見放すこともできた。それをしなかったのは信じているからだ。王よ、時には足を止め隣を見よ。そこには今日まで共にいた家族と友がいる。王よ、時には足を止め後ろを見よ。そこにはお前達を信じ、今日まで共に歩んだ民がいる』
その言葉を聞いて双子の王は静かに抱擁し、どちらかが正しい訳ではないと気づき、再び涙を流した。それは互いへの謝罪と、傷つき命を落とした民とポケモン達への懺悔であった。
そして双子の王は最後にたずねた。
『神よ、貴方の名をお聞かせください』
神は答えた。
『我は太陽の神。その名の通り常にお前達を見ている。王よ、人とポケモン。常に共にあらんことを。では、さらばだ』
こうして〈太陽神〉の降臨により戦いは終わり、双子の王は再び手を取り合いこの国を治めた。
そして最後には寄り添う友に看取られながら、双子の王はこの世を去ったのである。
だが、悲劇はそのあとに起きた。
双子の王の孫達が再び争いを始めてしまったのだ。その理由はわからない。分かっているのは、その日までこのイッシュを見守っていたレシラムとゼクロムは怒り狂い、イッシュの大地を燃やしつくしたという。
記録ではこの時〈太陽神〉は降臨しなかったと、残された文献や伝承にもそう伝えられている。
民明書房「現代版イッシュ建国」より抜粋
そこに緑はなく、ただ焼けた大地が広がるのみ。時折吹く風によって、酷くキツイ匂いが運ばれてくる。
これは人間が燃えた匂いだ。人間だけではない。死んだ者達に付き従っていたポケモン達も、共にあの炎の中にいる。
火葬といえば聞こえはいいが、実際は焼かれながら死んでいく。これ程苦痛なことはない。
「悲しいな」
サンレッドは丘の上から燃え盛る大地を見渡して言った。彼はこの悲劇を止めなかった。何もしなかったわけではなく、この悲劇に無関係な者達は密かに守っていた。この場で犠牲になったのは、引き金を引いた王族とそれに従う兵士とポケモンのみ。
彼が悲しいと言ったのは、目の前の光景に対してではなかった。以前出会ったこの国の双子の王を思って言った言葉だ。
双子の王が求めた先に待っていたのがこれだと思うと、その言葉しか出てこない。
突然大きな風が巻き起った。垂れ下がっていたマフラーが激しく揺れる。静かに上を向けば、こちらを見ながら降下してくるレシラムとゼクロムがいた。
彼らは涙を流していた。
この惨劇の張本人だというのに。
いや、だからこそ彼らは泣いているのだ。自分と同じようにあの二人の王を想い、彼らは泣いているのだ。
『神よ。太陽の神よ。なぜ、なぜ止めてくれなかったのですか?!』
レシラムが強く訴えるように言った。
「止めたさ。お前らが本当に心からそれを望むなら」
『我々はそれを望んでいなかったというのですか!』
ゼクロムが叫ぶ。
「そうだ。お前らにあったのは怒りだ。だから俺は止めなかった」
図星なのか、二体はそれを言われて何も言えなくなった。
「お前達が涙を流すのは、あの二人を思う良心が残っているからだ。だが、それは同時にお前達は彼らを裏切ったことに他ならない。止めるべきだったんだ……最後まで」
『『……』』
「レシラム、ゼクロム。その怒りを鎮め、悲しみを癒すために眠るといい。そしていつか、かの王達のように正しい心を持った人間に出会えるまで、深く眠れ」
『あなたの傍に居てはなりませんか?』
『我々はそれを望んでいます』
二人の問いに彼は首を横に振った。
レシラムとゼクロムの言いたいことは分かる。同じ立場なら自分だってそうするだろう。今この世で信じられる存在といえば、亡くなった双子の王を除けば自分しか存在しない。仕えるべき彼らの孫達は道を外し、彼らの怒りを買ってしまった。
これ程悲しいことはない。二人と同じように正しい心と強い意志を持って、この国と民のためにその身を捧げると信じていたのだから。
だがしかし、俺には高尚な意志なんてない。出来ることは見守り、時に手を差し伸べることしか出来ないのだ。
「俺にはあの二人のような強い意志なんて持ち合わせてはいない。けれどもし、この先お前達が望む主に出会うことがなければ、その時は共に来るといい」
『分かりました』
『いつかまた、あなたに出会えることを願います』
レシラムとゼクロムを翼を羽ばたかせて宙に浮く。一度だけ頭を下げると、今度こそ二人は背を向けてそれぞれ違う方向へと飛び去っていく。
彼はレシラムとゼクロムが見えなくなるまで空を眺め続け、見えなくなると再び目の前に広がる大地を見た。まだ炎は燃え続けていて、消える様子はいまのところない。すると城門が開き、そこから大勢の人間とポケモンが出てきた。
恐らくは救助活動だろうか。一緒にいるポケモンは水ポケモンが多く見える。
しかし、この先どうなるかは彼にも分からない。彼らの孫達は全員あの火の中で、この国を背負って立つ者がいないということになる。
だがその心配は無用だろう。
イッシュは存続し続ける。あの二人が名付けたその名前は後世まで残り続けているのだから。
「また来るよ」
それは誰に言ったのか。
彼は左腕を前に向けて空間を裂いて、こことは違う時間軸へと旅立った。
※伝承の台詞は多少脚色しております。
Gジェネだけじゃなくて、イーブイも買って盾も買っちまったよ……。
友達にサーナイトとメタモンもらっていまは色違い厳選頑張ってるんだあ(遠い目)。
だから更新遅れます!
本当は年内に7章終わらせたいんだけどなあ(願望)。