リーフ達がナナシマでロケット団と激闘を繰り広げているころ──ここ、タマムシシティにあるタマムシジムの隣に立つ、エリカが所有する屋敷の大浴場にて、ナナミ、ハナダのお姉さん、屋敷の主であるエリカが湯船につかっていた。
ナナミはふと、二人の胸をみた。
お姉様は例えるならば巨大戦艦であろうか。戦艦ではない、巨大戦艦である。自分もそこそこなモノを持っていると自負しているが、彼女は別格であろう。世の男たちはその胸に釘付けになるのはもちろんのことで、想い焦がれるあの子も、この胸にやられたのだろうかと思うと、まあ納得できる。
それでも、彼のはじめては彼女ではないことを、この世でわたしだけが知っている。
対してエリカは巡洋艦だ。慎ましいく、おしとやかな彼女らしい大きさといえる。けれど、それだけでは終わらないのだ。胸の形が素晴らしいほど理想的といえる形をしているのだ。こればかりは女性同士でしか理解できないことだと思う。
そんな熱い視線をに気づいたかのように、エリカがこちらを向いて言った。
「そういえばナナミさん。わたくし、以前からひとつお聞きしたいことがあったのですけれど」
「なんですか?」
「実は……レッドのことなんです」
「レッドくんの?」
「ええ。いまの彼は……まあ……わたくしたちが知っている彼なんでしょうけど、もっと昔……子供のころも同じだったのかなと、気になりまして」
「あら。それはわたしも気になりますね。いまのレッドくんは知っていても、むかしのあの子のことは知りませんから」
エリカと同様に興味津々な顔をしながら、ずずいっと傍によってくるお姉様。たしかにそうだろうなと、ナナミは思った。彼の幼少のころを知っているのは、同じマサラタウンにいたリーフやおじい様ぐらいだろうと。
残念ながらグリーンはその頃にはもうジョウトに修行に出ていたので、その時代の彼を知らない。
「知っていますけど、当時はそこまでいまのように近い関係じゃなかったんです」
言うと二人は目を丸くして驚いていた。
本当? ウソを言っているんじゃない? そんな感じで、ちょっとむっとなる。残念ながらそれは本当のことだし、彼とはまだそこまで親密ではなかった。
「じゃあ、その頃はどんな関係だったのですか?」
お姉様が聞いてきた。
「普通に近所のお姉さん、かな? そういう関係になったのは、レッドくんのご両親が亡くなってからですから」
「あ……そうでしたね。レッドのご両親はもう……」
「ええ。だから、ご両親がご存命のころのレッドくんをわたしはあまり知らないんです。知っているのはお二人が亡くなってからのことで」
「では、その時のあの子は?」
「たぶん、すごく驚くと思うんですけど、いまと正反対というか……とても大人しい子でした」
「えーと、つまりあれですか。すぐに手を出さないというやつで?」
エリカが言葉を選びにながら言ってくる。簡潔にいえばそのような感じだったと思い出し、頷いて答えた。
「ご両親が亡くなってからレッドくんがいじめられるようになったんですけど、その時の彼は……ただ何も言わず、なんていうか……子供じゃなくて、大人のような感じで、涙だって流してなかったんですよ」
「あの子のそういう顔をわたしはあまり想像できません」
「わたくしもです」
「まあそうでしょうね。ご両親が亡くなってから、おじい様に言われてわたしがよく面倒を見に行っていたんですけど、気づいたら……うん、今の感じになってました」
「なんていうか、すごくあやふやですね」
エリカの指摘はとても正しい。当人である自分もそう思っているのだから。
あの頃のことを思い出しながら、また話を続けた。
「本当に気づいたらそうなっていたんですよ。ある日突然、庭に生えている木に向かって何度も殴ったり、近くにいたイシツブテをダンベル代わりにしたりとか」
「たしかにそれはいまのレッドくんですね」
「不思議とものすごい説得力があります」
「あはは……。それからですね。レッドくんがいじめられたらやり返しはじめたのは。けど、自分からは絶対に手を出していませんでしたよ」
「そこは……あの子らしいです」
「実際、そのいじめていた子供たちの親御さんたちはなにもしなかったんですか?」
「特に目に見える範囲ではなにも」
エリカの言うことはもっともな意見だ。たしかにいま思い出して見ても、周りの大人たちは何もしていなかったような気がする。
いや、実際には自分の子供に対して何らかの躾はしたのだろうが、いじめは最後までやめる気配はなかった。
研究所にこもるおじい様と違って、自分はご近所付き合いというのは人並みにやっていたつもりだと思っている。そうでなくとも、我が家の祖父はマサラタウンの顔、ジムがない町なので半分リーダー的な存在である。何もしなくともそれなりに好印象は与えていはず。
では、彼はどうかと考えると、ご両親が健在だったころは普通の家族のような印象だったと聞いている。
個人的な推測だが、彼のご両親が亡くなってから町全体に対するあの子への見方が変わったのだと思う。
マサラタウンは小さい町であるがゆえに、葬式の際は町の大人たちが全員参加する昔ながらの風習のようなものが続いている。
当時は成人ではなく、若くて年の近いお姉さんはナナミぐらいしかおらず、そのためレッドの傍には彼女が付いていた。
だからこそ、その時の彼のことは未だにハッキリと覚えている。彼は悲しそうな表情はしていても、涙は絶対に流さなかった。それ以上に彼は本当に二人の死を悲しんでいるのだろうか、たった5歳ほどの少年にナナミの目には逆に、「涙を流さない……………なんて強い子なんだろう」と感じてはいたが、周囲はそれが恐ろしいと思っていたようだ。
一歩、二歩と誰もが彼から距離を置いた。離れなかったのは自分やリーフぐらいで、おじい様は……よくわからない。心配していたけど、そこまでではなかったような気がする。
まるで、あの子のことを分かっているみたいだと、ナナミは祖父であるオーキドの態度からそう読み取っていた。
「まあでも、もう10年以上も前の話ですから。時効……みたいなものですよ。本人はどう思っているかはわかりませんけど」
「レッドくんって、あまりむかしの事は話しませんよね。人の事は言えませんけど」
「わたくしとしては何がきっかけでいまの彼になったのか、それが気になりますけどね」
それには頷きながらナナミも同意した。
ご両親が亡くなってたった数日の間に、彼はまるで人が変わったかのように振る舞いだした。
いや、もしかたしたら止めたのかもしれない。
その時までは、子供なのに大人みたい、という印象だったが、彼は元々大人だったのかもしれない。つまりは子供を演じていた……と、そこまで想像してみたが少し大袈裟すぎるなと、ナナミは考えることをやめた。
けれどもし、彼と再会したらその時のことを聞いてみてもいいかもしれない。
「レッドくん。早く帰ってこないかなあ」
「そうですね」
「ほんと、どこにいるのやら」
三人揃って上を見上げて夜空を見た。雲一つなく、綺麗な星空だった。
シーギャロップ号の船首と呼ぶべきところに、ミュウツーは立っていた。腕を組み、目を閉じて、戦いの準備をすべく「めいそう」に入っている。
そんなミュウツーの背後で、リーフ達は彼の耳に入ることを気にせず話していた。
「で、ミュウツーと言ったか。あれはどんなポケモンなんだ?」
腰にある模擬刀に手をかけながら、グリーンは警戒した眼差しをミュウツーに向けた。
たしかにこの場にいる一同がその答えを聞きたい、とリーフも兄であるグリーンと同じ考えであったが、それを答えられるのは元ロケット団であるナツメだけ。
全員の視線を向けられたナツメは特に気にせず、彼女も困惑した表情を浮かべ、眉間にしわを寄せながら少しずつ説明しはじめた。
「えーと、たしか……〈プロジェクトM〉っていうのがあったのよ。それはね? 幻のポケモンミュウの細胞を使って、まったく新しいポケモンを生み出そうって計画で……」
「あ、それであの時、ロケット団はミュウを必死に探してたわけか」
ブルーがぽんと手を叩きながら言うが、構わずナツメは続けた。
「で、それで生まれたのがあそこにいるミュウツーってわけ。私は幹部でもそっちの担当じゃないし、どちらかといえばカツラが担当だったのよねえ」
「えーと。これだけ?」
マサキが言った。
「これだけ。まあ戦力としては最高よ? それと、はなしをしろって言うなら無理。私が元ロケット団って知ってるみたいだし」
「そりゃあねえ? 足を洗っても、遺恨が消えるわけじゃないし」
「とりあえず、私はカンナの様子を見てくるから。何かわかったら教えて」
そう言ってナツメはカンナが寝ている部屋へとテレポートした。昨晩の戦いで、カンナは酷い重症だったらしく、ナツメが駆けつけた時には三獣士の姿はなくて、倒れていた彼女とポケモンだけが7の島に残っていたらしい。
「となると……本人に聞くしかないわよね」
肩をすくめてブルーが言いながらリーフを見た。それはグリーンやマサキも同様であった。
「これからロケット団との全面戦争……ではないが、その前に話はしておきたい」
「グリーンの言いたいことはわかるけど、なんでわたし?」
「それは簡単よ。だって、ミュウツーと会話できるのはリーフだけだもの」
「まあ通訳みたいなもんやな」
「それを言うならリザードン達だってそうじゃん」
リーフは船首の近くにいるレッドのリザードン達を見た。その表情はとても柔らかく、まるで親しい友人といるかのように振る舞っている。見た感じでは彼らが一方的に喋っているように見えるが、実際はテレパシーを使って会話しているのかもしれない。
ジッ──とリーフが彼らを見ていると、こちらの視線に気づいたのか、笑みを浮かべながらそれぞれ親指を立てて、「だいじょうぶ」そう訴えるような顔をしていた。
それが逆にリーフに迷惑をかけることだということは、残念ながら彼らには理解できない。
「アレを見てしまえば、リーフに頼るしかないでしょ? ナツメの仲介も拒まれて、リザードン達も教えてくれなくて、なによりイエローもいないんだし」
「とにかく話してこい。共に戦う意思があるかどうかは知りたいからな」
「うぅ……」
俯きながら両手をだらりと垂らす様にして、リーフはミュウツーの下へと歩いてった。
なんでこんなめんどくさいことになったのだろうと、彼女は昨晩のことを思い出した。
「あ、あれ……生きてる……」
チャクラのいう「サイコブースト」というデオキシスの最強の技をくらい、死を覚悟したリーフであったが、少し落ち着けば心臓は動いているし、呼吸はちゃんとしている。
体を起こせば、目の目には同じような反応をしているフシギバナとハピナスもいて、さらにはその前方には見たことないポケモンが立っていた。
『無事か?』
「へ?」
思わず変な声が出る。
そんなリーフに構わず、ブルーが声をあげながら近づいて、ぎゅっと抱きしめてきた。
「リーフ! 大丈夫? ケガは……ないわね」
「ブルー。いったいどうなってるの? 頭の中に声が──」
「声?」
『もう一度言う。無事かと聞いている』
「は、はい。無事ですう!」
頭の中で催促するその声は、どこか怒りが混じっているような気がして、リーフは慌てて答えた。
「ちょっとリーフ、頭でも打ったんじゃ……」
「ちがうよ! 頭の中で声がするの」
「……テレパシー?」
エスパーポケモンならそういうことができるということは知っている。現にナツメがたまにやっているからだ。
しかし、ポケモンから直接されるのは初めてで、これがポケモンの声かと関心しながらリーフはだんだんと冷静になってきた。
「ブルーには聞こえないの?」
「あたしにはなにも聞こえないわよ」
「じゃあ……わたしだけ?」
なんで自分だけにテレパシーを届けているのか。なぜ彼は助けてくれたのか。他にも聞きたいことはあるが、そんな余裕がある状況ではない。
依然として戦いは続けている。
それがリーフから、目の前にいるミュウツーというポケモンになっただけで、状況は変わらない。いまだに戦闘は継続中である。
「おやおや。これは少し──想定外なお客様のご登場だ」
それは上から聞こえた。少し顔をあげれば、そこにはスターミーに乗った三獣士のサキが、台詞のわりには相変わらずの不敵な笑みを浮かべていた。
サキの登場にリーフやブルー、トレーナーですらないマサキでさえ、あることに気づいていた。
本来7の島でカンナと戦っているはずのサキがここに来た。そのカンナが姿を現さないことは……彼女はサキに敗北したということに他ならない。
もう一人の三獣士であるオウカが現れないことをみるとまだグリーンと交戦中か、あるいはこちらに向かっているだけなのかもしれないが、結果として状況は最悪であることに変わりはなかった。
「お前がいるっちゅうことは……カンナは……」
「フフフ。さすがは元四天王、少し手こずったよ」
「あのカンナが……」
ブルーの言葉には重みがある。彼女はカンナと戦った過去がある。だからこそ、カンナの強さを誰よりも知っているからだ。
リーフは立ち上がり、残っているフシギバナとハピナスと共にサキと対峙する。デオキシスと戦わなくてもならないが、いまの自分では相手を務めることはできない。ミュウツーと言われているポケモンが味方であることを信じ、悔しいが彼にデオキシスの相手をしてもらうしかない。
「それにしてもチャクラ。お前はもうちょっと自分の仕事をできないのか?」
「そう言わないでよサキ。こいつらめっちゃ強いんですから……。それでも、デオキシスのデータは十分にとったじゃ~ん」
「まあいい。残りの形態のデータを取り次第戻るぞ」
サキは言いながらその手に二つのきれいな石を持つと、それをデオキシスに向かって投げた。二つの石がちょうどデオキシスの真上あたりにくると、一瞬にしてデオキシスに色がついた。
いや、正確には透明だったあの形態のデオキシスが、ちゃんとした肉体を得たというのが正しいだろうか。
「ノーマルフォルムにちゃんとなったじゃん!」
「ならば〈ルビー〉と〈サファイア〉が生み出す力によって、ホウエンの風土が再現されれば──」
「ルビー? サファイア?」
「……ホウエンの風土? つまりそれは……」
リーフが後輩でもある二人の名前と酷似ている石の名前に反応し、マサキがサキの言葉でなにかに気づいた。
だが、そんな彼女らを前にデオキシス再び姿を変えた。
アタックフォルムよりもさらに精錬された体に、後頭部はまるで飛行機のような垂直尾翼のように伸びている。
「おお! あれこそスピードフォルム!」
「ついに4つのフォルムが揃ったじゃ~ん!!」
スピードフォルムになったデオキシスは一度だけリーフをみると、今までとは比較にならない速度でこの場から消え去った。
それに続くようにチャクラ、サキも姿を消した。少ししてグリーンが合流。シーギャロップ号に戻れば、カンナを手当てしていたナツメがすでにた。
それを見てリーフはその時になったようやく気づいた。
また、デオキシスに負けたのだと。
「ねえ、ミュウツー。ちょっといい?」
『……なんだ』
ちゃんと返事をくれて、内心リーフはほっとした。まあ、
テレパシーであることに変わりはないのだが。
「その……わたしたちと一緒に戦ってくれる……っていうことでいいんだよね?」
『半分はそうだが、半分は違う』
「え?」
ミュウツーは依然として目を瞑り、こちらに振り向くことなくテレパシーで話を続ける。
『ワタシがこの地に来たのは、個人的な目的と理由……ようはロケット団と戦うことだ。そこはお前たちと目的は一致している』
「そうだけど……じゃあわたしたちと一緒に戦ってはくれないってこと?」
『お前たちではない。お前とだ』
「わたし?」
妙な話だとリーフは思った。いや、自分だけにテレパシーで語り掛けてくれるという点においては、その言葉は間違いではないのかもしれない。
しかしだ。意思疎通が自分だけでは不便なのは間違いない。口にすることなく、言葉をテレパシーで伝えれるというとのは、戦いにおいてとても効果がある。
だが、それれではミュウツーからリーフを通して他の第三者に伝えるという一つ無駄な工程ができる。わざわざ自分を通さずみんなに伝えてくれれば戦いも楽になると思い、リーフは彼を尊重して口に出さずにいた。
『ワタシが共に戦うのはお前だけだ。マサラタウンのリーフ』
「どうしてわたしなの?」
『約束だからだ』
「約束? 誰の?」
『我が友……レッドとの約束だ」
「レッドが!?」
もしも俺の仲間がピンチになったら助けてやってほしい──それがレッドとの約束だと、ミュウツーは教えてくれた。
まったく。彼はいったいどれだけ未来を見据えていたのだろうと、リーフは行方知らずな幼馴染に感謝と腹を立てた。
いい加減だともいえるし、彼が最初からいれば事は大きくならなかったかもしれない。だからといってすべての責任を押し付けるのは間違いだ。
それを止められなかったのは、また自分が未熟だからだと、同じ過ちを繰り返さないよう戒める。
『レッドは言った。お前となら、ワタシと共に戦えると』
「なんでわたしなの?」
『わからない。しかし、レッドは理由があってお前を選んだのではないのか?』
「でも……わたしは二度も負けてる。そんなわたしじゃ、役者不足だよ」
『二度負けたからと言って、お前は戦うことを放棄するのか?』
「それは……絶対にしない」
『なぜ?』
「島の人に言われたんだ。チャンピオンのくせに町一つ守れないって。わたしは、言ってみればおこぼれのチャンピオンだから。レッドの都合でチャンピオンになっただけ。それでも、わたしはみんなを守るよ」
『どうして』
「ポケモン図鑑を持つ者が特別なトレーナーだというなら、わたしはその責務を果たすよ。だってわたしは……〈護る者〉。なら、その力がきっとわたしにはあるはずだから」
『その目』
「え?」
気づけばミュウツーが振り向いて、真っ直ぐリーフを見て言った。
『レッドと似ている信念のこもった目だ。それにお前は……優しい人間なのだろうな』
「そう……かな。あまり自覚はないし、ふつうだよ」
『その純粋な心だからこそ、ワタシもお前にはこうして心を開いているのかもれしれないな』
テレパシーのためうまくはいえないが、先程からのミュウツーの言葉はどこか、とてもやさしい言い方をしているとリーフは感じていた。
よくよく考えてみれば、人間の手で生み出された彼は、その生みの親である人間を憎んでいてもおかしくはない。それだというのに、はじめて会ったばかりの人間にここまでしてくれるのだから、こちらとしてもその気持ちに答えたい、力になりたいと思うのは道理であった。
そんなミュウツーと心を通わせたレッドを、「友」というぐらいなのだから、きっと人間でいう親友に近いものだろう。
だからこそ、リーフはミュウツーに訊いた。
「ねえ。ミュウツーはレッドの居場所を知っているの?」
『残念だが、ワタシもここ数年はレッドには会っていない』
「そっか……」
『すまない』
「別にミュウツーがあやまることじゃないよ」
ミュウツーは、レッドを気にしているリーフに理解してくれていた。
そんな彼を、リーフが人間よりとてもやさしい存在だと感じるのは当然であった。
(けど、どうしたものか)
とりあえず話して見たところ、ミュウツーは自分以外と会話をすることはない、ということはわかった。例外といえばレッドのリザードン達だが、彼らを通してナツメが翻訳することも断られているこの状況では、自分が通訳するしかないということをリーフは理解し、同時に肩を落とした。
グリーンたちに報告しようと振り返って一歩踏み出すと、リーフは思い出しかのように口を開くと、再度ミュウツーの方に振り返った。
「そうだ。一つ訊きたいんだけど」
『なんだ?』
「エスパー使い……人やポケモンも含めるんだけど、みんな相手の考えを読みながら戦うものなの?」
『どうしてそれが気になる』
「デオキシスはさ、わたしたちの動きをすべて読んで行動しているんだ。技構成も一部を除けばエスパーだし、あれだけの実力なら戦いながら相手の頭を読みながら戦えるのかなって」
『率直に言えば、できなくはない』
「それってどういうこと?」
『自分より弱い相手なら、お前の言うような戦いはできる。だが、強者との戦いでそんなことをしている余裕はない』
「そうなの?」
ミュウツーは頷いて肯定した。
『かつてレッドと戦ったことがあった。ワタシも最初はそのやり方で戦った。だが、それは無意味だとすぐにわかった。あの時のレッドは、ただひたすらにワタシに一撃を食らわせる、それだけを考えていた。なのに次から次へと対応してきた。かつて、〈スオウ島〉での戦いもそうだ。ワタシはハンデを負っていたが、ワタルは強かった。そんな状況でワタルとあのカイリューの思考を読みながら戦うということは難しかった。それに──』
「それに?」
『相手の考えを読む、というのは、まさにお前たちトレーナーのあるべき姿ではないのか?」
それを言われてハッ──となる。そうだ、まさにそれが本来のポケモンバトルにおけるトレーナーの役割であり、務めなのだと改めて思い出しからだ。
仮に、あのデオキシスが相手の思考あるいは行動を読んでいるにしては、あまりにも正確すぎるのである。
リーフは過去に昨夜を含めた二度の戦いを思い出してみても、あれはどう考えてもこちらの考えが相手に伝わっているかのようにしか見えないのだ。それをミュウツーに伝えた。
『推測でしかないが、デオキシスはお前たちの行動を読んでいるんじゃない。たぶん……わかるのだろう』
「わたしもそうとしか思えないんだ」
『いや、少なくともレッドに関りのある者たちは特に』
「どうしてそう言い切れるの?」
『……』
教えないわけではないのだと、彼の表情からリーフは察することはできた。
迷っている……それを教えるか否か、そう思えた。
ミュウツーと話して先程からも感じてはいるが、とても相手の心を気遣うようなことをしている。いまはそれが正しいのかはわからない。
けれど、気にならないといえば、それもウソになる。
彼は閉じていた口を開いた。
『すまない。いまはまだ、話すことができない。いや、話すことはできるが、まだワタシの中ではまだそれに確証を得ていないのだ。なによりも、これから敵の本拠地へと向かう中で、これを話すのはあまりいいとは思えないというのもある』
「それはどうして?」
『時には、知らない方がいいというものある、ということだ』
「……わかった。けど、この件が落ち着いたらちゃんと教えてね」
リーフはとりあえず相槌を打つことで、この話を終らせた。本音を言えば聞きたい。彼は一体なにを知っているのか。ここまで見せびらかせておいて、それはないないだろうと本当は言いたい。が、なんとかその欲求をこらえて、彼女はグリーン達の下へ戻っていった。
リーフが去ったあとミュウツーは再び船首の上に立ち、また腕を組みながら海を見渡し始めた。
『言えるわけがない』
ミュウツーは胸の内で言えなかった言葉を吐いた。
伝えるべきだということは理解できる。だがそれは、時と場合にもよる。つまりは、いまはその時ではないということだ。
ではいつか?
彼女が言うようにこの件が落ち着いたらというのが一番正しいのだろう。ただ不思議と、それは絶対に叶わないのではないか、と自分の勘が告げているのをミュウツーは受け入れていた。
「ほんとうによかったのか?」
声の方に振り向かなくてもわかる。声の主はリザードンで、それにフシギバナとカメックスがリーフと入れ替わるように戻ってきたのが気配でわかる。
『お前たちは薄々気づいていたから教えたにすぎない。だが、リーフたちは違う』
「それはそうだけど」
フシギバナが同意しつつも、まだ納得できないような顔をしながら言う。
「みんなと違ってオレたちは繋がりがあったから、ミュウツーに教えてもらって納得できたよ。ただ、あのナツメが気づかないのは妙だよ」
カメックスが言った。
『それは直接デオキシスと会っていないからだろう。目の前にいれば、たぶんわかる。だから……時間の問題だ』
「けど、なんでリーフなんだ?」
「うん。それがわからない」
「ミュウツーは何か気づいているんじゃあないのか?」
『可能性として考えられるのは一つだ。仮にワタシの仮説が正しければ、いや、間違っていてもそれはリーフには辛い真実だ』
言うとリザードン達は頭を抱えた。彼らは割り切っている、というのが一番適切だとミュウツーは判断していた。リザードン達は近い存在とはいえ、アレを敵だと認識している。経緯はどうであろうと、アレは敵なのだと。
しかし、彼女達はきっと自分達のように割り切れない、うまく真実を受け入れらないかもしれない。それが人間とポケモンの違い。あるいは身内と他人──つまり、リーフ達は近すぎる。
だからこそ、言えないのだ。
『デオキシスがレッド……あるいは自分自身だと、言えるわけがない』
シーギャロップ号の船橋の上で、キワメは胡坐をかき錫杖を抱えながら、そびえ立つトレーナータワーを見ている。
すでに戦いは始まった。
ミュウツーと呼ばれるポケモンの力と、ナツメの力を合わせたサイコバリアを張りながら、彼女達は敵地へと突入した。
大量のアンノーンによる妨害があったがどうやら彼女達の敵ではなく、少し離れた場所で待機していたここからでも、その強さは十分に伝わるほどだった。
対してキワメの役目はもしもの時の救出部隊。または伏兵になるだろうか。
ただそれも、たった一人だけというのが問題だ。船乗りはこのシーギャロップ号を操縦しなければいけない。何よりも、もう一人の戦力であるカンナはまだ寝ている。
非戦闘員でもあるマサキは、戦いに赴く前に5の島へと再度戻った。
どうやら気になることがあるらしく、彼なりのやり方でロケット団と戦うと息巻いていた。なんでも、1の島にいるニシキという友人と合流する手筈になっているらしい。
各々が役割を果たそうとしている中で、ただ座っているだけの自分がとても不甲斐ない。
ただ、今回の事件を自分なりに考えてみれば、
「すべてはレッドが原因、ということになるのかねえ」
彼が直接何かしたわけでもない。かといって関りがないというわけではない。むしろ、彼は被害者のはずである。
だが、すでに彼の名は全国に指名手配書という最悪の形で知れ渡っている。付け足せば、元カントーチャンピオンという肩書が、さらに彼の印象を最悪のものとしている。
この事件に決着がついたとして、すべての発端がロケット団であると公表されても、レッドという少年の悪評は簡単に消えることはない。
キワメは会ったことすらない少年に年甲斐もなく同情した。
「これも一つの時代の流れ、か」
秘伝の究極技が一気に三人も見つかり、その全員が受け継いだこと。
それまで多くの才能のあるトレーナーを見つけては、究極技を伝授すべく指導を行ってきた。自ら探し出したトレーナたちですら、究極技を我が物にすることはできなかったのだ。
だというのに、たった数日の間でそれぞれの技をものにしてみせた。
それもまだ、20にすらならない少年少女がだ。
まさに時代が動いている、と言っても過言ではないはずだ。
『──!』
『──』
気づけば下が騒がしい。船乗りがなにかまた文句でも言っているのかと思えば、もうひとり女の声が聞こえた。
まさか──と思ったキワメは、船橋から甲板へと飛び降りた。
そこには這いずりながらも前へ進もうとしているカンナに、それを止めようにもどうすればいいか混乱している船乗りがいた。
「こら、カンナ! お前さんの傷はまだ癒えないんだ。大人しく寝てなきゃいかん!」
キワメは優しく怒りながらも、満足に歩けないカンナに手を差し伸べた。すると、彼女は差し出した手を掴んでいった。
「み、みんなに……教えないと……」
「なにを?」
「わ、私達は、ひとつ大きな思い違いをしていた……」
「思い違い? それはなんじゃ」
「サカキの目的は、レッドと戦うこと。ナツメも、みんなもそう思い込んでいた」
「ああ。だから、そのレッドをおびき出すためにあの子達をナナシマにおびき寄せ、さらにはナナシマを標的にしたんじゃろ?」
「だけど、それは違っていた。レッドと戦う……それはあくまでもサカキ個人の……問題で、ロケット団という組織としての目的じゃあないのよ」
「どうしてそう言いきれる?」
「これよ」
カンナはポケットからコンパクトを見せて、それを開いた。それは、小型のレーダーのようになっていて、一つ丸い点が光っているのがわかる。
円の中心がここだとして、光る点はこことは離れた場所に位置している、ということはキワメにも想像がついた。
「サキにやられた私だけど、最後にルージュラが出した凍気をサキの左足に纏わせた。それはこうして発信機の役割をしているの」
「サキはトレーナータワーにいない。じゃあどこにおるんじゃ……」
「しかもかなりの速さで移動している。きっとポケモンじゃなくて、べつの……そう、飛行機のようなもの」
「じゃが仮にだ。レッドと戦うのが、サカキ個人の目的として、ロケット団としての目的はなんなんだい?」
「それは──簡単よ」
思わず唾を飲み込んだ。
たったそれだけだというのに、なぜか自然と空気が重くなるような感覚をキワメは味わった。否、恐らくどこかでその答えが自ずと見出しているのだ。
たった一晩でナナシマを火の海にしたほどの組織。彼女達から聞いたらロケット団の悪行。たったこれだけの情報だけが、子供ですらそれに行きつくだろう。
「ロケット団の目的は世界征服。そのためにはまず、カントーを手中に収めるに違いない」
「なら……トレーナータワーは──」
「ええ。カントーにおける最大の障害である図鑑所有者、ナツメ、私達を本土から離れたここに足止めさせることなのよ。だから、急いでみんな救出にいかないと……」
「かっかっか。早速わしの出番じゃな!」
「私もいくわ。ポケモンたちは私と違って軽傷だから」
「うむ。なら、いくぞ。カイリュー!」
ボールからカイリューが出てると、キワメはカンナを抱えながら背に乗った。
「船乗り! お前さんはいつでも出られるようにしておくんじゃぞ!」
「人使いが荒いんだから~!」
キワメに逆らうことができない船乗りは、泣きながら船橋へと戻っていく。それを見届けると、彼女の声に従いカイリューはトレーナータワーに向かい始める。
「キワメさん。これは、時間との勝負になるかもしれない。このナナシマでロケット団を食い止められなければ、今度はカントーが火の海なるわ」
カンナの言葉にキワメはただ無言で頷いて答えた。
それは前方にミュウツー達に倒されずに残りの──いや、大量のアンノーンがこちらに接近している。
ついにはここも戦場となったようだ。
太陽の戦士サンレッドRX
第39話 「選ばれし者」
現代において〈アローラ地方〉と呼ばれることになるこの4つに分かれた島は、他の地方に比べると自然豊かで温暖地域という特徴がある。
なぜこれほどまでに自然が残りここまで熱帯なのかという答えは、赤道近くだからだとか、太陽との距離が変化しにくいとかありきたりなものではあるものの、とある学者はこう答えた。
「このアローラは、〈太陽神〉がその身を癒すために住んでいた可能性があり、そのためアローラ地方周辺は他と比べると温暖なのだ」
と、頭を疑うような一説を唱えたのだ。
しかし、現にアローラ各地には〈太陽神〉を模した石造など数多く残っているのもたしかである。
付け足せば、アローラに伝わる伝説のポケモン・ソルガレオは、太陽の使者として崇められており、当時の人々から「太陽を喰らいし者」と呼ばれていた(使者なのに喰らいし者というのは変なのはつっこんではいけない)。
つまり、ソルガレオは〈太陽神〉が遣わした御使いなのである──というのが最新の見解。
また、アローラにはもう一体の伝説のポケモン・ルナアーラが存在する。ソルガレオが太陽ならばルナアーラは月の使者であり、「月を誘いし獣」と呼ばれている。
この二体の特徴は、両者とも〈太陽神〉に仕えているということである。ソルガレオはともかくルナアーラが仕えているのは納得はできないだろう。
ただ、現に古い壁画などには〈太陽神〉の隣にソルガレオとルナアーラが共に描かれているのである。現代においても、彼らの関係を調査・研究をされてはいるが、その謎はいまだに解明できていない。
それについてとある学者がいった。
「諸説あるが、〈太陽神〉について最終的に行きつくのはこの星の守り神ということである。日中は太陽として、夜は月としてこの星を常に見守っている、と思われる。なので、〈太陽神〉とは同時に〈月の神〉なのである」
と、これまた意味不明な言葉を残した。
理解ができないことは多々あれど、〈アローラ地方〉は常に太陽と月に見守られているというのは間違いないのである。
アローラ総合サイト「アローラのひみつ」より一部抜粋
「準備はいいな? ルナアーラ……ネクロズマ!」
「はい!」
「──」
父上の前にいるルナアーラと、ついこの前どこからかやってきた元侵略者であるネクロズマ(現在はフレンズのひとり)が頷いて答えてみせた。
「よし、いくぞ……ジョグレス進化だ!」
「ルナアーラ!」
「ネクロズマ!」
『ジョグレス進化!!』
あ、そこは喋るんだ、と少し離れた場所で犬のようにおとなしく座りながら待っていたソルガレオはそんなことを思っていた。
彼がいう父上──サンレッドことレッドの手にある四角い何かが光ると、ルナアーラとネクロズマが光に包まれて──螺旋を描くように交錯していき──ひとつとなった。
『あかつきのつばさ!!』
──ルナアーラ・ネクロズマのジョグレス進化!
──おめでとう! あかつきのつばさに進化した!
「ふっ。成功だ……む?」
すると、父上の手に持っていたそれにヒビが入って、同時に進化していた二体が分離した。ソルガレオはそれをみて起き上がると、テクテクと彼の下へと歩いて言った。
「父上が創ったものが壊れるなんてことあるんだ」
「父上はやめろ。まあ、あれだな。ルナアーラとだとちょっと力をいれちゃうから、それに耐え切れなくて壊れたんだろさ」
「ごめんなさい
「父様いうな」
自分は太陽の使者なので、太陽の神である彼を「父上」と呼ぶことは、ごく普通のことであるはずだ。なのにルナアーラも父上を「父様」と呼ぶのは、どうにも府が落ちない。
太陽と月は対というか……表裏一体というか……父上は力強くて眩しい太陽であるし、月のようなやさしさを兼ね備えているので、ルナアーラがそう呼ぶのも納得はできる。
が、なぜかそれを認めたくない自分がいる──とソルガレオは無自覚の独占欲を抱いた。
そんなレッドの背中を、ネクロズマがちょんちょんと突っついた。
「──」
「ん? ああ、いいぞ」
「──!」
ソルガレオとルナアーラ以上に表情が掴めないネクロズマであるが、その動きはとてもうれしそうにはしゃぐ子供のようであった。
──ネクロズマはレッドに合体した!
──レッドはフルアーマーレッドになった!
合体……というよりは、体が鎧のようなものになったネクロズマを着こんだというイメージが正しい。
ネクロズマの漆黒に染まった水晶のように美しくも、あちこちが鋭角的なフォルムになっているが全体的に洗練されたものとなっている。例えるなら、父上の記憶にあった「せいようよろい」というやつに近いのだろうか。
「これが俗にいう中間フォームってやつだな、うん」
と、父上がうれしそうに言った。
なぜネクロズマが合体するのか。
父上曰く、ネクロズマのエネルギー源は光であるらしく、体内には常に膨大な光エネルギーが蓄積されているそうなのだが、ネクロズマは常に飢餓状態だという。
なので常に光を求めているためか、この世界に来たのもただ好物の光エネルギーを手に入れるためとのこと。
太陽とは常に光を照らす存在。つまり、父上は太陽であり光そのものであり、父上と合体することではじめてネクロズマは飢えずに済む。
ちなみにネクロズマの意志はちゃんと存在しているため、ネクロズマ──つまりは鎧のあらゆる場所から蓄積された光エネルギーを放射できる(無尽蔵)。
一応父上がいないときは、父上が創った〈太陽の宝玉〉を持っていれば特に問題はないらしいのだが、本人は合体するのが好きらしい。
「それにしても父様。それはわたしたちが進化するために必要なものなのですか?」
ルナアーラが気になっていることを代わりに言ってくれた。
「俺がいる分にはいらないよ」
「じゃあなんで作ったの?」
「そうですよ」
「なんていうかさ。いつか俺の後継者でも現れたらいいなあって思って。ていうかそれがこの証みたいな? ほら、ソルガレオは太陽でルナアーラは月だろ。二人を従える……まあ、心を通わせることができる人間いたら、たぶんこれが反応するんだ……たぶん」
「そんな人間いるの?」
「一番近いのはシロナだけど、シロナはちょっとなあ~。後継者っていうか、俺の弟子というか……なんか違うのよ」
「ふ~ん。ま、わたしたちはそんなどこぞの人間に従う気なんてありません」
「そうそう」
「お前らというか、むしろお前らになる前が肝心というか……まあ、お前らは他と違って特殊だからなあ」
お前ら、お前ら、お前ら、と何度も自分達のことを言われて余計に混乱するソルガレオとルナアーラ。
そんなことを言われて首を傾げていると、父上の手にあったソレが光って、ひび割れていたところが治った。
「ところでそれ、なんなの?」
ルナアーラが訊いた。
「これ? ポケヴァイス」
形は四角で角がへこんでいて、色は透明、真ん中に画面がある。進化の補助的な役割があるというが、これが本当に後継者の証なのだろうか。
「はあ~どっかにいないかな……選ばれし者」
そう言って父上は天を仰ぎながらぼやき、ポケヴァイスをしまった。
最後はデジモというよりはSWな感じなんだな。
「選ばれし者だったのに!」
的なドロドロな師弟関係をやりたい(ヤンデレ)
さて、今年も残すところあとわずかですねえ……来年も失踪せずに頑張りたいな!
年を越す前にあと一回だけ予告通り設定集その1を上げる予定です。
その2?まだ書いてすらいない……。