おい、バトルしろよ   作:ししゃも丸

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レッドのばか……ばかばか!

 

 

 

 

「おいらたち相手に任せろ? それは、ほんとうに言っているの? 笑っちゃうんだな。ゲヘへ」

 

シルバーの前に一歩前に出て立ちふさがるイエローを見て、オウカは汚い笑いをあげた。

そんな彼の言葉に反応したのはシルバーだけで、イエローは真っ直ぐオウカとサキを、あの冷たい目で捉えている。

 

「トキワの森のイエロー。あなたのことは、ボスから少し聞いている。ポケモンの声を聞き、癒す力があると。ですが……お世辞にもあなたは強いとは言えない、ともね。フフフ」

「っ」

 

前にいるイエローに配慮などせず、シルバーは舌打ちした。

彼女の実力はまさにいまサキが言ったとおりだ。トキワの力は一見すごいように見えるが、それはバトルでは役に立たない。

我が師であるワタルのような強者であれば別であるが、お世辞にもイエローはバトルが強いとは思っていない。

つまり、期待していないのだ。

例え先輩であろうと、図鑑所有者と呼ばれるトレーナーであってもだ。

イエローが自分に任せろと言ったのは、怒りに我を忘れたのだ――と思いたかった。

そう思えないのは、先程から見せるあの冷たい目が原因だった。まるで、光が永遠にささない暗い目。

その目は、とても怖いと思えるぐらいの力があった。

 

「ロケット団諜報部の情報によれば……あなたの手持ちを見ても、強そうには見えません」

「でしょうね」

 

口を閉ざしていたイエローが肯定した。

 

「これは意外だ」

「ボクはレッドさんのように強くもないし、グリーンさんのようにバトルが上手いわけじゃない。かといって、ブルーさんのように頭がまわるわけでも、リーフさんのように誇れるトレーナーでもありません」

「トレーナーとしてはだめだめなんだな」

「では、あなたの強みとは?」

「それを見せてあげますよ。ボクはいま……とても怒っていますから」

 

女性に対して疎いシルバーにも、イエローの一言ひとことに重みをかんじられた。

本当に怒っている。あの温厚なイエローがだ――まあ、そこまで親しい間柄ではないのだが。

 

「なら見せてもらいましょうか……ペルシアン」

 

売り言葉に買い言葉といわんばかりに、サキはペルシアンを出して、指示を出した。

同時にシルバーのズボンの裾をピカとチュチュが引っ張る。

 

「ピカ」

 

こっちにこい。

そう言っている気がして、素直に従う。

前を向きながら後ろに下がると、ペルシアンはすでに動いていた。

ペルシアンはイエローを殺す気だ。幼い少女の体を簡単に引き裂いてしまう爪を伸ばし、2メートル手前で彼女に向けて飛びかかった――が、ペルシアンはイエローの手前で落ちた。

 

『『⁉』』

 

イエローはなにもしていない。それなのにペルシアンは、まるで生気を失ったかのように地面に落ちてしまった。

 

「貴様……なにをした」

 

ロケット団にしては自分のポケモンに愛着でもあったのか、サキは冷たい声で言った。つまり、怒っている。

隣にいるオウカも何が起きたのか理解できてはいない。それはシルバーもだった。

 

「いったいなにが……っ、なんだ。急に目まいが……」

「ピカピカ!」

「もっと、離れろ? そう言っているのか?」

「ピカ!」

 

どうやら義兄さんのピカチュウはアレについてなにか知っているらしく、いまいる場所からもっと離そうと裾を引っ張る。

 

「オウカ、どんな手を使ってもいい。ヤツの目を反らせ。その間に私がご子息を連れていく」

「わ、わかったんだな」

「アハハ。早くしないと……みんなみんな食べられちゃうぞ~」

「……おい。アレは、なんだ」

 

隣にいる二匹のピカチュウは頭を抱えていた。どうやらイエローのアレを知っているらしい。

だが、怯えているというよりは困り果てている、そんな風に見える。

まるで正反対。

自分には目の前にいる少女が、姉さんから聞いていたイエロー・デ・トキワグローブだとはとても思えなかった。

 

 

 

 

 

ボクがこの力に目覚めたのは、数年前の〈仮面の男事件〉が解決して少しあとからだった。

いや、片鱗はすでに同事件の前からだったのかもしれない。

きっかけは、嫉妬だ。はっきりとそれは間違いないのだと思う。

嫉妬の原因は恋する乙女らしく、好きな人に対しての嫉妬。当然相手はレッドさんで、彼が知らない内にまた別の女性と親しくしているところを見聞きした時、それは起きた。

はじめは見えている世界が真っ暗になった。

けど、意外なほどに落ち着いていて、怖くもなかった。ボクは、とてもクールだった。

暗闇の世界だったけど、だんだんと光が見えて、光はたくさんあって動いていた。光はすごく眩しくてきれいだったんだ。

だから、光がほしいと思って手を延ばしたら……スーっと手を通して体の中に入ってきて、そしたらすごく体が軽い。

つまり、体中に力がみなぎるイメージ。

光がもっとほしくなったボクは、ふと足元にとても大きな光があるのに気づいたんだ。なんで、いまになって気づいたんだろうと思ったけど、その光は他とは比にならないくらい大きくて……ボクは手をのばした。

光がまた体に入ってきて、すぐに気づいた。この大きな光は最初のと比べると質が違う。料理で例えるなら、最初のがコンビニの弁当とかレトルトで、これはお店で出るような料理なんだって。

そして、ボクは味をしめた。もっとこれがほしいって。

光がほしくてまた手をのばすと――

 

「ピ~カ~チュゥ~!!」

「あばばばばば!?」

 

突然体中が言葉にならない痛みに襲われた。

いや、痛みというのはとても間違いな気がする。

これは……足が痺れたりする時の全身バージョンで、感度がもっと何倍、何十倍の感じだ。

痺れが少し残りつつも、その場に尻餅をついて目を開いた。

そこは暗闇の世界じゃなくて、いつもの日常の景色が広がっていた。

ピカがボクのお腹に乗ってきて、ペチペチと頬を叩いてくる。

 

「い、いたいよ、ピカ! そこまでいたくはないけど……」

『イエロー。あなた、ピカを殺すとこだったんだよ!』

 

チュチュも怒っていた。正直、チュチュの怒った顔ははじめてみた。

そもそも、ボクはなにをしていたんだ?

ピカを殺そうとしていた? 話が見えない。

 

『覚えてないの?』

「なんていうか……暗い世界がみえて、光がたくさんあったの」

『ひかり?』

「うん。で、前の前に大きな光があったの。それでほしいなあって思って手をのばした」

『その大きな光ってピカよ』

「え、ピカ?!」

『イエローがおかしくなって、いきなりおれに手をのばしてきたら一気に力が抜けたぞ』

『一応、控えめな表現だから』

「つ、つまり?」

『イエローはね? ピカの生命エネルギーを吸ったのよ』

 

その日、ボクは目覚めてはいけない力に目覚めてしまった。

ボクが見ていた光は、人やポケモンだけではなくてありとあらゆるものの生命エネルギーだったのだ。

この力は命を吸う。そのエネルギーでボクは……元気になる。その代わり相手は最悪命を落としてしまう。

けど、ボクはこの力をうまく使えるようにしようと思った。

力を使っている時のボクは、とても元気らしい。トキワの力と真逆の力なのかまったく疲れなくて、生命エネルギーを吸ってそのあとにトキワの力を使うと、いつもより疲れないのはちょっといいなと思ってしまったのは許してほしい。

それから定期的にトキワの森でこの力の練習をしはじめた。

結果。

修行の甲斐も待って、オウカとそのポケモンは成す術もなく生命エネルギーを吸われ、ボクの前に倒れていた。

でも、問題もあって……。

 

「だ、だずげで――」

「アハハ。森に酷いことをする人をボクは許しません。ほんと、きたない色をした光だ。だから、もういいよ……消えて」

『いい加減にしなさいイエロー!!』

「あばばばば!!」

 

――チュチュのでんきショック!! イエローは正気に戻った!

 

最初に比べて力のコントロールはできるようにはなった。

が、長時間使用していると意識が引っ張られて暴走したり、なによりも使い始めると自分では元に戻れないという始末。

なので、こうしてピカかチュチュのでんきショックをしてもらわないといけないのだ。

 

「チュチュ……いまのはいつものより力が強いよぉ……」

『それぐらいしないと止まらないでしょ! それよりもシルバーが! ほら、うえ!!』

「上? あーー⁉」

 

チュチュに言われて上を見上げれば、乗ってきた小型艇が上空で待機している飛行艇に戻っていくのが見えた。

慌てて周りを見れば案の定シルバーはいなくて、代わりに傷ついたピカがいた。

 

「ぴ、ピカ!? 待っててね。すぐに治してあげるから」

『い、いえろぉ……』

 

ピカは傷ついているけど、向けてくる表情はとても呆れていた。

これにはとても反論できない。なにせ、力は強くなる一方で制御は中々うまくいかず、自分の意思で元に戻ることはできない。

でも、むかしみたいにちょっと力を使うだけで疲れるようなことにはならなくなったのだ。こうして酷いピカの傷もすぐに治せるようになったし、なによりも眠ることはなくなったのはいいことだと勝手に思っている。

 

『なにがあったか聞きたい?』

 

チュチュが目を光らせて言った。

つまり、怒っているのだ。

それに拒否権はなくて、素直に頷いた。

 

『イエローがあの人と戦っている隙にサキっていう女がこっちにきてピカが応戦したんだけど、わたしが人質に取られてピカがこうなっている間にシルバーが連れ去られちゃったの!」

『あくタイプのポケモンでシルバーが惑わされたのが悪かった。まったく、簡単に隙を見せるんだからシルバーもまだまだだよ』

『けど、それだけ心の奥底ではたくさん悩んでいたのね……』

「うぅ……ごめんなさい……」

『落ちこんでるひまはない。はやくシルバーを助けにいこう』

「うん」

 

ピカとチュチュをボールに戻しバタフリーのピーすけを出して、ピーすけに体を掴んでもらってそらをとぶのがボクなりのそらをとぶ。

ふと、いまになって飛行艇の変化があるの気づいた。飛行艇の真ん中が左右に割れているのだ。

 

「まるでバトルフィールドだ」

 

気にはなった。

が、いまはシルバーさんを救出するのが優先だ。

 

 

 

 

 

ナナシマからカントー本土の領空に入ってクチバ上空を通り過ぎ、そのまま西北西の方角にリーフたちは飛んでいた。

ミュウツーを頼りに飛行して行く中、トキワシティを目前にしてロケット団の飛行艇が見えた。

 

「見えた! でも、なんでトキワシティでとまっているんだろう」

『わからん。だが、こちらとしてはありがたい。それに』

「それに?」

『どうやら向こうもこちらを捉えたようだ』

 

ミュウツーが言うとリーフにもその変化が見えた。

飛行艇の艦橋と巨大なプロペラの間の船体が上に展開、そのまま左右に割れた。

まるで、ポケモンバトルを行うフィールドそのものだ。

 

「罠? それとも……」

『その類はないようだ。相手もこちらを待っているということだろうな』

「わかった。お願い、リザードン」

 

レッドのリザードンは警戒しつつも飛行艇へと目指した。ミュウツーの言うように罠やこちらに対する迎撃行為はなく、そのままバトルフィールドになった場所へと着陸した。

着陸したのはバトルフィールドの中央。リザードンから降りてリーフはサカキをすぐに見つけた。彼は飛行艇の艦橋へと続く扉の前にいた。

当然、その隣にはデオキシスもだ。

 

「驚かないんだ」

 

リーフは興味本位で言った。

 

「誰かしら追ってくることはわかっていた。まあ、これがレッドならば驚いたな」

「何度もレッドレッドレッドと。あなたはレッドのことしか頭にないの?」

「永遠のライバルのことを考えるということは、別に変なことではあるまい? ああ、そうだった。チャンピオンであるお前には、そんな相手がいないから理解することはできんか」

「っ」

 

サカキはトレーナータワーでもそうだったように、いまもリーフを高い場所から見下ろしながら言う。チャンピオンだと言った彼女に対し、彼はリーフを見下しているのだ。

それは、自分をチャンピオンだとはなから思っていないのだということは、若いながらもリーフは理解できた。

バカにして――と、言うのは簡単だ。

だが、それでは常に相手のペースに乗せられてしまう。このサカキという男は、言葉だけで人を簡単に動かすことができるほどの男だ。無暗に隙や弱みを見せてはいけない。

 

「勝負よ。ロケット団のボス、サカキ」

「その言葉を待っていた。ならば、早速お前に選択肢をやろう」

「選択肢?」

 

すると、サカキの前の床が伸びた。段差があるのでわからないが、おそらくモンスターボールを固定するものだろう。

彼は腰から一個ずつボールをその台に固定していきながら説明した。

 

「これは私の手持ちのポケモンだ。私は、こいつらを使わない。戦うのはこのデオキシス一体のみ!だが、お前は手持ちのポケモンを好きなだけ使っていいし、その身で相手をするのもよし。なんなら全員まとめて相手をしてやってもいい」

「リザァ!!」

 

ふざけないで。そう言うまえに反応したのは、レッドのリザードンだった。

先程から黙ってはいたものの、彼が発する殺気は常にサカキへと向けられていた。

が、彼のいまの言葉がリザードンの逆鱗に触れたらしい。   

 

「フフフ。お前は覚えているだろうなあ。それに、お前の腰にあるボールからも同様の殺気を感じるぞ。なるほど、手持ちのポケモンはレッドのか」

「リザードン、どうしたの?」

 

しかし、リザードンはリーフの言葉に一切反応しない。彼が見ているのはサカキだけだった。

 

「わかる、わかるぞ。私に対するお前の怒りが。当然だろうなあ。なにせ、あの時の私はお前を恐れて真っ先に動きを封じたのだから」

『どうやらこういうことらしい』

 

ミュウツーがテレパシーで伝えながらビジョンを送ってくれた。

それは、当時のリザードンが見聞きした映像だ。ボールからでうまく見えないが、常に彼はボールに入っており、サカキと戦うことはなかったらしい。

それも、リザードンだけがサカキと戦えなかった。それだけでも、リザードンがどれだけ当時歯がゆい思いをしたのかが伝わってくる。

 

「さあどうする? なに、遠慮するな。例えそれで負けても、私は敗北を素直に受け止めるだけだからな」

「悪の親玉の言うことなんて聞くと思う? あなたがデオキシスを選ぶというなら、わたしはミュウツーと一緒に戦う」

「それでこそチャンピオン! そうでなくては面白くない」

 

歓喜の声をあげるサカキだが、リーフはこの選択を取ることをどうせわかっている前提でけしかけたのだろうと予想していた。

それでも、サカキの表情は喜びに満ちている。

理解不能だ。この男が一体なにを企んでいるのか。バトルをするのにこんな回りくどい方法をなぜ取るのか。リーフにはわからなった。

しかし、ひとつだけ確かなのは、サカキはレッドとの戦いを望んでいた。それを自分で埋めようとしているのだ。

 

「……ごめんね、リザードン」

「……」

 

バトルフィールドに降りてくるサカキを待つ間に、リーフはリザードンの顔を撫でながら謝った。

リザードンは納得はしてくれてはいた。

ただ、その顔はその反対なのは明白で、本当は自分が戦いたいのだ。デオキシスではなく、サカキと。

もう一度謝ったあと、リーフはリザードンをボールに戻してミュウツーと共にフィールドの端に移動した。

サカキとデオキシスの二人と向き合い、リーフはデオキシスを見て再度彼の視線を感じていた。

それだけではない。体中の血液が沸き立つような感覚がいまも続いている。

デオキシスにはレッドの血が流れているとサカキは言った。

だが、それだけではないと確信している。それを確かめるためにも、これ以上ロケット団の侵攻を食い止めるためにこのバトルに負けるわけにはいかない。

 

「いくよ、ミュウツー」

『リーフ、お前を信じる。指示を頼む』

「さあ、はじめよう」

「――」

 

 

 

 

 

ミュウツーは、あらためて個体・弐と呼ばれているデオキシスと対峙して、以前に出会った個体・壱と比較していた。

見た目は同じだと言うのはありきたりだ。

だが、肝心の中身が違う。体にはレッドの血が流れているが、その違いがはっきりと理解できている。

ミュウツーがそれを断言できるのは、個体・壱と出会っていることともうひとつ。個体・弐にはレッドの血以外にも何かある。

つまり、リーフの血も含まれていると予想しているからである。

簡単に比較すれば、個体・壱はとても人間らしい振舞をする。さらにレッドの血の影響は気性が荒い。

対して個体・弐は大人しい。同じレッドの血だけが流れているならば、同じ結果になっても不思議ではない。となれば、リーフがデオキシスに対して感じている感覚が、彼女の血も体内に流れているからと説明がつく。

研究者視点からみれば制御がきかない個体・壱よりも、個体・弐はある意味では完成された存在だ。戦闘能力は言わずもがな。レッドだけでも異常だというのに、さらにもうひとつマサラの人間の血を入れている。

そんな彼の血の衝動を抑えたリーフの血はとても優れたものだと言える。

だからこそ、手強いと理解し想定し備えていたつもりだった。

が、

 

『ぐうぅ!!』

「ミュウツー!」

「――」

 

サイコパワーで作り出したスプーンでデオキシスと激突した次の瞬間、ミュウツーはフィールドに叩き付けられていた。

 

 

 

 

 

 

リーフはこのバトルに勝算が低いということは、戦う前から理解しそれを承知の上で挑んでいた。最悪自身の命と引き換えに――という最悪の決断も考えて。

それは、デオキシスがこちらの思考を読んでいるからである。

エスパータイプだからというわけではない。それ以上のもっと別の何かがある。

だが、それがわからない以上無暗に指示を出すわけにはいかない。

ミュウツーに戦う前に指示したことはたった一つ。

――デオキシスの胸にある水晶を狙う。

人間やポケモンには弱点というものがある。それは個々によって違うし、ポケモンならタイプ相性とは別のものになる。

強者との戦いにおいて、タイプ相性というのはたしかに効果はなくはない。

が、それは所詮気休め程度。強者とは自分の弱点を常に対策しておくもの。何よりもそう易々と攻撃を受けてくれるわけもない。

だからこそ、リーフはそれにかけた。デオキシスの水晶、いわば人間でいう心臓部分が一番“弱い”部分、それに賭けた。

トレーナーとしての勘が、リーフにそう囁くのだ。

それに応えるべくミュウツーはよくやってくれている。

開始直後、デオキシスの一撃を簡単に食らってしまったがすぐに起き上がりいまでは空中戦を繰り広げている。

あれは、まさにデオキシスの一番の強みを生かしたものだった。

デオキシス最大の武器でもあるフォルムチェンジ。これが厄介だ。

最初の一撃を与える間にデオキシスは、最初のノーマルフォルムから残りの三形態へと瞬時に変身しこちらを惑わせた。

思考を読み取られる以前にこれが一番の難題。

その名のとおり状況に合わせてバトルスタイルを変えてくるのはある意味で一番厄介だ。こちらはそれに対処することは難しいし、対して向こうはその反対。さらにはこちらの思考を先読みして対処してくるのだ。

そんな相手に、いまのリーフは歯を噛みしめながらミュウツーの戦いを見守っていた。

テレパシーで戦いを有利に進ませる、これが一番の悪手。だから、いまのリーフは最初の指示以外伝えておらず、戦況に左右する考えもしていない。

上空で繰り広げられている戦いよりも、目の前にいるサカキの態度が現状不可解で気に食わない。

サカキは、両手をポケットに入れさらには目を閉じている。

勝者の余裕と言わんばかりだ。

 

「いったいなんのつもりなの! 相手がわたしだからってふざけるのはやめて!」

「ふざけてなどはいない。私はいまもこうして共に戦っている」

「何を言って――」

「私にはデオキシスの見えているものが見え、言葉を交わさずともコミュニケーションをとることはできる。デオキシスは私の指示でミュウツーの攻撃を捌き技を出しているのだ」

「それは、デオキシスがエスパータイプだからでしょうに!」

「……はあ」

 

サカキは心底落胆したかのように大きなため息をつき、閉じていた瞼を開いた。

 

「目を開いてもそれは変わらん。お前は自分と同じようにテレパシーで戦っていると思っているようだが、私は違う。リーフ、お前の考えていることは私にもわかるぞ? デオキシスに思考を読まれないよう考えるのを控え口を閉ざす。たしかにその選択は間違いではない。むしろ正解だ。しかし、残念だがそれは無意味だ」

「……まだデオキシスには秘密があるからね?」

「ご名答。そして、一人で戦えるほどデオキシスの相手は楽ではないぞ?」

 

サカキが上を向き、釣られるように顔をあげた。

ミュウツーは押されている。

武器はスプーンではなくナイフを持ちながらデオキシスの腕という名の触手の連撃を捌き、周囲にある無数のシャドーボールを巧みに操作し攻撃の姿勢をとってはいたが、ディフェンスフォルムで防がれ、スピードフォルムで空いた距離を詰め、アタックフォルムで再び攻撃してくる。時にはノーマルフォルムでフェイントすら入る。

指示を出したい。ミュウツーの見えない部分をカバーしてあげたい。そう思っても、それはすぐさまデオキシスへと伝わってしまう。

まさに八方塞がり。

サカキはミュウツーとリーフを見て言った。

 

「まさかと思ってはいたが……そうか。お前はレッドに教えてすらもらっていないのか」

 

落胆から一転。今度は哀れみの目を向けてきた。

 

「……なんのことよ」

「古来より人とポケモンは共にあった。彼らは戦士でもあり、名誉や誇り国や隣人を守るために人や時にはポケモンとも矛を交えた。その中でもっとも優れた戦士とポケモンが辿りついた境地と呼ばれるものが存在する。人、それを――シンクロと呼んだ」

「シンクロ……?」

「言い方を変えれば一心同体とも言える。つまり、互いに共有しているのだ」

「それがなんだっていうのよ」

「わからないか? テレパシーのようなただの意思疎通とは違う。シンクロとは、トレーナーとポケモンが目指すべき到達点なのだ」

 

否定するように再度上を見上げた。サカキが言うことがただしいのであれば、いまもこうして彼はデオキシスとともにミュウツーと戦っていることになるが、これだけではシンクロしていると言われても理解も納得もできない。

何よりも一番悔しいのが、敵であり悪の親玉である男がそれを成し遂げているということだった。

 

「あなたのような人間がポケモンとその……シンクロに至れるとは思えないわ」

「意外だろうな。シンクロはいわば人とポケモンの絆を超えた先にあるもの。私は悪だ。絆とは程遠い人間。しかし、私もまたトレーナーだということだ。そして――」

 

フィールド、いや、飛行艇が激しく揺れる。上空からデオキシスによってミュウツーはフィールドに叩き付けられたのだ。

ミュウツーの体は重傷ではないが、あちこちにかすり傷が多くある。対してデオキシスは無傷。あの不気味な眼で見下ろしながら降下してくる。

 

「こればかりはシンクロを会得した者にしか理解できない感覚だ。見ろ、これがシンクロだ。急造のパーティーでは、これが限界だ」

『だ、大丈夫だ……まだ、やれる』

「ミュウツー……」

 

フォークを杖代わりにして起き上がるミュウツーを他所に、サカキは続けて言った。

 

「リーフ、お前はチャンピオンとして相応しい力を持っている。しかし、お前では私の相手として務まらん。弱いからではない。お前は純粋……優しすぎるのだ」

「そんなことない!」

 

抗うように叫んだ。

自分のことを評価されるのは、チャンピオンになってから嫌というほど言われたし書かれた。それはまだ我慢できる。

しかしだ。それを、ロケット団のボスに言われる筋合いはない。

 

「だから、レッドはお前にシンクロや他の戦う術を教えなかったのではないのか? いや、本当は自分を甘やかしているのだ。ただレッドと同じ場所に立ちたいがためにそうしてきただけ。つまりお前は自分の戦う意味ですら、何かを理由にしなければ戦えないのだ」

「違う! これはわたしの意思よ! あなたに勝って、こんな無意味な戦いを終わらせる!」

「いいや、違うな。私に勝つ気があるのなら、それこそ殺す気で挑まなければいけない。お前には殺す覚悟も殺される覚悟もないのだ……こんな風にな」

『がぁっ――――』

「ミュウツー!!」

 

猶予も思考する時間すら、サカキは与えなかった。デオキシスは立ち上がったばかりのミュウツーの胸を槍のように鋭くなった触手で貫いた。

リーフは駆けだした。この行動が自分を誘い出すための行為だとは考えずに。

しかし、動かなければ間違いなくミュウツーにトドメを刺すのは目に見えている。

ミュウツーから離そうとデオキシスに向けて得意のエアスラッシュを放つが、ディフェンスフォルムになった腕に簡単に防がれる。

それでも関係ないようにリーフはデオキシスに突進する間に次の行動に移ろうとする。

が、瞬時にノーマルフォルムへと変身したデオキシスの腕に首を絞められて宙に浮かせられてしまった。

 

「ぁっ……ぐぅ……」

 

気道を確保すべく抗う。触手を叩いたり蹴り技を繰り出すが力が入らない。デオキシスの体に当たっても、簡単に弾かれてしまった。

 

「……ど……」

 

救いを求めて彼の名を出すが満足に声に出せない。リーフの目には自分を貫こうとするデオキシスの触手がうつる。

 

(やるしかない……)

 

成功する確率は限りなく低い。

あの日、たった一度見ただけの技を興味本位で隠れて練習してきた。けど、それを教えてくれる人との交流は断絶しているから、独学でやるしかなかった。

数年という月日をかけてようやく低確率だが技が発動するようになったが、どのタイミングで発動するかもわからず、発動しても望んだ場所へと放つことはできない。

でも、この距離ならどこへ飛んでいこうが関係ない。

例えデオキシスにこの思考を読まれていても理解はできないだろう。

成功すれば勝利の道が切り開け、失敗すれば死ぬ。

 

(もぅ……いき、が――)

 

リーフは右手をデオキシスの水晶の前まであげて、ただ指を鳴らした。

不思議なことにいつもよりうまくできたのか。

パチン――

透き通るぐらいよく音が聞こえた。

 

 

 

 

 

自分の手で母親を殺すことになるというのに、デオキシスは拒否反応を示してはいない。いや、ほんの少しの疑問や躊躇いを感じているということは、サカキもシンクロを通して感じている。

いまこの瞬間、サカキはリーフを殺すことを躊躇いはしていない。

ただ、レッドが現れるのではないか? そんな期待をしているのだ。

幼馴染の死という最高のシチュエーションで現れる。可能性はなくはない。あの男は、ここぞという時に現れるのだ。

そんな彼の淡い希望を感じてデオキシスが疑問あるいは躊躇いを感じているのかもしれないと推測もできる。

それでも、サカキはリーフを殺す。

彼女の死がそれを知ったレッドの怒りを掻き立て、復讐の戦士となって戦うことになることを望んでいるからだ。

つまり、リーフの命はどちらにしろレッドに影響を与えさえすればどうでもいいということになる。

 

(期待外れだったな)

 

リーフの実力は認めている。チャンピオンとしても、ひとりのトレーナーとしても高い位置にいるだろう。ここまで抵抗してみせたのは、素直に称賛してもいい。

だが、そこまでの存在だった。

この高みまで届いていない。レッドや自分がいる場所に一歩すら踏み込めてはいない。

望んでいたのは、互いの生死を別けた真のポケモンバトル。お遊びでやるだたのポケモンバトルではない。

しかし、それは酷なことだ。それを叶えてくれるのはこの世でただひとりだけなのだから。

 

(……無駄な足掻きを)

 

手を下そうとしたとき、リーフが最後の足掻きをみせるのをデオキシスの目を通して見えた。

何かをしようとしている――ということは、デオキシスがリーフを感じているのでわかる。

が、その肝心な中身が見えてこえない。

それでも、サカキに焦りはない。

首を絞められてもう間もなく呼吸ができずに死ぬ。その前にデオキシスの手によってその命を奪おうとしていたのだ。これ以上何かをすることはできない。

だが、慢心も過信もしてはいけない。

その所為であの時レッドに破れた。それを忘れるな。

過去の教訓としたあの戦いを思い出し、何度も言い聞かせ――シンクロして一体となったデオキシスの腕を動かした。

パチン――

その時、静寂だった世界に音が響いた。

同時にサカキは胸部に衝撃が奔り、気づいた時には吹き飛び倒れていた。

 

 

 

 

 

事の経緯を理解できていたのは、リーフとデオキシスの傍に倒れていたミュウツーだけだった。

首を絞められているリーフを救おうと足掻いていたミュウツーの目に入ったのは、彼女がデオキシスの胸に手をのばして、ただ指を鳴らした光景であった。

リーフがやったのはエアスラッシュ。

彼女はそれを、指を鳴らしただけで発動させたのだ。

起きたそれは、デオキシスの胸ではじけて大きなダメージを与えた。同時にリーフは解放されてその場に落ち、咳き込みながら死んでやるもんかと必死に息を吸っている。

奥にいるサカキも何故かデオキシスと同じタイミングで地に倒れていた。

それを見て、これがシンクロと呼ばれる状態の影響のひとつだと瞬時に悟った。

デオキシスが受けたダメージがトレーナーにも伝わる。ポケモンの技を人間がくらえばどうなるか。それはレッドを思い出せば、シンクロはまさに諸刃の剣なのだと推測できた。

しかし、変化はそれだけではなかった。

リーフが放ったエアスラッシュはかなりのダメージを与えたが、デオキシスはまだ立っている。

だが、今度はデオキシス自身に異変が起きた。

 

『な、なにが起きている……』

 

突然デオキシスがぶれ始めた。ディフェンスフォルム、アタックフォルムが永遠とループしはじめて、あるべき形態を保てずにいたのだ。

 

「まさか……二つの石を誰かが外したのか……!」

 

サカキは動揺した。ミュウツーはおろかリーフも彼を見て、その慌てふためく様に驚いていた。

この状況を理解できているのはサカキひとり。

5の島にあるロケット団の秘密基地には、デオキシスがすべてのフォルムを使用できるようにルビーとサファイアの石の力を増幅させる装置があり、その力でカントー地方にホウエン地方の風土を人為的に発生させていたのだ。

では、それを誰がやったのか。

意外なことにこれをやってみせたのはマサキとニシキだ。

マサキはひとり5の島に残り、合流したニシキと共にロケット団の秘密基地を探していた。

彼はサキの言葉でデオキシスのフォルムチェンジに風土が関係していると気づき、その秘密があると睨みニシキと共に行動していたのだ。

それは、研究者であるマサキだから気づき、友であるレッドの「時には自分の勘を信じて行動する」

という言葉を信じた結果であった。

しかし、これをリーフ達が知るのは相当後になってからである。

 

「はぁはぁ。たかがフォルムチェンジができなくなったぐらいで、私の勝利は――」

 

不運は続いた。

デオキシスがフォルムチェンジを維持できなくなって混乱の影響が、シンクロしていたサカキにも及んでしまったのだ。

彼は不治の病にかかっていた。心臓病の類だということは、自慢の組織の力で判明はしていたものの、それをもってしても治療法は確立できずにいた。

効くかもわからない痛み止めの薬を飲んではいても発作は起き、それがこの最悪のタイミングで起きてしまった。

 

「こんな、ときにぃ……!」

「っ!」

『リーフ、なにを⁉』

 

リーフは立ち上がり、デオキシスを正面から拘束した。未だに形態を維持できずに混乱しているデオキシスを抑えられたのは、マサラの人間だとか、彼女の力でもなかった。

単純にリーフだから、デオキシスは拘束されている。

 

「いまよ、ミュウツー! わたしがデオキシスを抑えている間に、撃って!!」

『そ、それでは、お前も巻き込んで――』

「わたしごと撃つのよ! 今しかないの!」

『ぉ……おおお!!!』

 

テレパシーでミュウツーはリーフの覚悟を悟り、その意志に応えるために最後の力を左手に集める。

 

「デオキシス、リーフを払いのけろ! たかが小娘ひとり造作もないはずだ!」

「……」

 

サカキは叫んだ。

発作が起きたその瞬間、痛みに耐えるべく無意識にサカキはシンクロを解除していたのだ。

自身のトレーナーの声にデオキシスは応えてはくれなかった。

無抵抗。ただ、リーフの拘束を受け入れている。

そして、サカキはシンクロせずともデオキシスのことを理解し、その場に仰向けに倒れた。

 

「……嬉しそうにするな、馬鹿者が」

「撃って、ミュウツーー!!」

『おおおお!!!』

 

最後の力を振り絞って放ったエネルギー弾は、真っ直ぐ二人のもとへ飛んでいき、リーフは咄嗟に体をずらし、エネルギー弾はデオキシスのコアを貫いた。

 

 

 

 

 

「や、やった……!」

 

リーフは勝利を確信した。デオキシスは倒れ、どういう訳かサカキは仰向けに倒れていて、その表情はよくわからなかった。

清々しいような、その逆で満足していないようにも見て取れる。

しかし、これ以上の戦いを望んでいないのは伝わる。最初に言ったように彼は負けを認めたのだ

 

「ミュウツー大丈夫?」

『ああ、なんとかな……リーフ?』

「……のばかぁ……」

 

生きてる。それを改めて実感できたとき、涙が止まらなくなった。

 

「レッドのばか……ばかばか!」

『リーフ……」

 

死を覚悟して挑んだ。そうしなければ勝てないと。

しかしどうだ。

いざ終わって見れば、緊張の糸が切れたのをきっかけに忘れていた死の重圧が再び襲い掛かってきた。

怖かった。初めて旅をして、タマムシシティのゲームセンターの地下にあったロケット団の秘密基地で暴れまわった時や、スオウ島で戦った時だって怖くはなかったのに。

こうして体験して、はじめてレッドは強くて――異常だと認識してしまった。

常に死と隣り合わせな世界で、たったひとりでいつも戦っていた。それを、自分を含めた全員は口を揃えて、「レッドだから」と納得して深く追求することを放棄した。

放棄してはいけなかったんだ。

大丈夫。その一言さえ伝えられなかったなんて。

 

「シルバーさん、いったいどこに……あっ」

 

船体後部へと出る扉が開いて、そこにはいるはずのない人間――イエローが現れた。

 

「い、イエロー⁉ どうしてここに」

 

慌てて涙を拭いて平静を保ちながらリーフは言った。

仲間で大切な妹分である彼女にも、涙を流している自分は見られたくない。必死に涙を拭きとったが、きっと顔は予想以上に酷いのは想像できたけど、それは諦めるしかない。

 

「えーと、ピカと一緒にジム戦を挑んで帰ろうとしたらシルバーさんがきて、シルバーさんはお父さんを探してたんですけど……あ、お父さんはサカキさんのことなんですけど……え? あ、そこにいるの⁉ なんで!? ととと、とにかく、シルバーさんがサキって人に連れ去られちゃってそれを追いかけにきて――」

「サカキがシルバーのお父さん? え、まじ?」

「マジです。兎に角、ボクはシルバーさんを助けにここまで……」

 

一人で勝手に驚いたり落ち着きのない説明をしながらこちらに歩いていてイエローが、デオキシスの前を通り過ぎた瞬間、その足を止めてデオキシスに振り返った。

 

「え? え?」

 

彼女はデオキシスとリーフを何回も交互に顔を見回して、再びリーフの顔を見て言った。

 

「リーフさんが……お母さん?」

 

 

 

 

 

 

太陽の戦士サンレッドRX

「原点 後編」

 

頭部から出てる血は手で押さえているが、なかなか止まる気配はなかった。

自宅はマサラタウンの隅っこ、と言えば聞こえは悪いが土地は広いし家も立派だ。意外なことに我が家の保有資産はマサラタウンの中では上から数えた方が早い場所に位置している。

最初は不思議だった。

隣にはグリーンの家があるはずなのに、周りの民家とは少し距離が空いていてグリーンの家はおろかオーキド研究所も近くにはなかった。

しかし、いまはそれが功を奏しているわけではないが、人目に付かず家に帰れるというのはありがたかった。

 

「ナナミさん怒るかな」

 

二人が死んでからオーキドの孫で、グリーンと何故か存在している妹のリーフの姉であるナナミが、一人暮らしをする羽目になってしまった自分のお目付け役兼お世話係になっている。

彼女はいい人だしよくしてくれているが、これを見たら頭にかみなりが落ちるに決まっている。理由も適当に誤魔化さなければいけないのがさらに面倒だった。

自宅が目と鼻の先に迫ったとき、目の前に人が立っていた。

 

「酷い怪我だな、少年」

「……?」

 

そいつはまったく知らない人間だった。

マサラタウンにいる住民の顔を全員知っているわけではないが、目の前の男は絶対に違うと断言できた。

それに、この先に建つ家はうちの家だけで他の民家はない。

なによりもどういう訳か、男の顔が見えない。

だけど、この声はどこか聞き覚えがあるような気がしてならなかった。まるで、親しみとか馴染むとかそんな感じ。

 

「どれ、治してやろう」

「は?」

 

手を向けてきたので咄嗟に振り払おうとしたとき、頭の痛みが消えた。それだけではない。手についていた血やシャツに染み込んだ血すらもきれいなくなっているのだ。

俺は、この世界ではじめて怖いと思った。

ありえない。なんだこれは。

ゲームでいうドラクエのホイミとか回復魔法みたいなことが、この世界でできるはずも起こるはずないはずだ。ポケモンの回復技ながら納得はできる。

が、目の前にいるのは人間だ。

 

「喧嘩でもしたのか少年。なんでやり返さない」

「……」

「だんまりか?」

「別に。相手にする必要がないから」

 

賢い人なら怪我の状態をみれば、どう見たって転んでできる傷ではないのはわかる。

だから、黙っていても仕方ないので正直に話してやった。

 

「なぜ?」

「一々子供に付き合ってられない」

「大人みたいなことを言う」

「……」

 

現に元大人なのだから仕方ないではないか。

それをこの男に言ってもどうしようもないが。

 

「しかしだ。そんな真似を続けたら死ぬぞ」

「どうしてそう言えるんだよ」

「ここがそういう世界だからだよ、少年」

「意味わかんねえ」

「嫌でもその内わかるさ。だから、その時まで鍛えることを薦める」

「鍛えるって。いったいどうやってやるのさ」

「そこにイシツブテがいるだろ?」

「……いるけど」

「ラッシャイ!」

 

言われて初めてイシツブテが足元にいたことに気づいた。いや、地面に埋まっていてちょっと大きい石のように擬態していた。

マサラタウンには唯一有名というか名物がある。それは世間から見たらちょっと首をひねるようなもので。

イシツブテ合戦――

ようはイシツブテを投げ合う遊びである。

なので、マサラタウンには意外とイシツブテが大量に生息しているのである。

 

「で?」

「で、じゃない。見て分からないのか?」

「わかんないから聞いてるんだけど」

「イシツブテを使って鍛錬しろと言っている」

「頭おかしいんじゃねえの? ていうか、そんなことで強くなるわけがない」

「なる。それにイシツブテだけとは言っていない。お前にはその立派な拳がある。毎日正拳突きすれば大地も砕くことができる」

「マジで何言ってるのかわからねえけどさ。なんで絶対にできるって言えるんだ?」

「それはお前がレッドだからだよ――くん」

「!!」

 

思わず耳を疑った。

こいつは、俺の名前を知っている。レッドではない。前世での俺の名前をだ。

どうしてだ。なんでこの世界で俺の名前を知っているんだ?

 

「どうして俺のな、ま、え……を――」

 

いずれわかる。

突然意識を失いかけた最後、何故かそう聞こえた。

 

 

 

 

「……あれ。俺、こんなところでなにやってるんだっけ?」

 

いったいどうしたのだろうか。俺は自宅を前にしてただ立っていたらしい。

空を見上げれば赤く染まっている。

もう夕方だ。けど、それまでなにやってたんだっけ? 

それだけではなく、何故か今日の朝食や昼食に食べたものすら思い出せない。そもそも、なんのために外に出たのかすら不明だ。

 

「ん~~~わからん!」

「ラッシャイ!」

「……イシツブテか」

 

何故か足元にイシツブテがいて、こちらを見ていた。

しゃがんでイシツブテを見つめる。理由はとくにない。しいて言うならば、そうしたくなったから。

 

「……よし」

 

イシツブテを片手で掴んで持ち上げてみる。これが意外と重たい。たしかイシツブテの重さは20キロぐらいだっただろうか。それを片手で持ち上げられるとは、これまた意外であった。

 

「イシツブテを持ちながら感謝の正拳突き!!」

 

シュッと右手を突き出す。重いし腕がぷるぷると震えているのがよくわかる。

だけど、意外としっくりきた。

 

「よくわからないけど、とにかくよし!」

 

それから俺は、イシツブテをタンベル代わりにして鍛錬する日々を送るようになって、同年代の子供からいじめられてもやり返す様になった。

 

 

 

 

 

 

 

幼い自分がイシツブテを持って正拳突きをしている光景というのは、なんと口にしたらいいのだろうか。

 

『ちっちゃいマスターもいいですね』

 

代わりと言わんばかりにサーナイトが恍惚とした目で幼い俺を見て言った。

正直うれしくない。そもそも生まれてからというもの、写真というはどうにも好きになれないのだ。特に自分が撮られるとか子供のころの写真は。

だからこうして直接幼い自分を見るのは、はっきり言って鳥肌が立つ。悪い意味で。

けれど、

 

「まさか自分で自分を鍛えさせていたなんてなあ」

 

思い出してみてもなんで鍛錬をするようになったのかなんて覚えていなかった。こうして自分を見るまでは。

 

『覚えていなかったんですか?』

「ああ。間違いなくこの時のことは忘れていたよ。自分に出会ったこと。この世界への疑問。なによりも父さんと母さんのことすらな。思い出したのだって、いまになってからさ」

『辛く……ないんですか?』

「どうかな。いまでも両親に対する想いというか考えは変わってないのかもしれない。けど……」

『けど?』

「帰ったら、ちゃんと墓参りにいくよ。行ってないんだ……死んでから一度も」

『なら、ご挨拶と報告を兼ねてみんなで行きませんとね』

「ほんとお前は気が利くよ。ほら、撫でてやろう」

『ぬへへ……』

 

相変わらず頭を撫でやるとサーナイトは喜ぶのだが、その顔はちょっとイメージとかけ離れているようになってきた。

なんていうか、ドラッグを吸った瞬間の顔をしている。

しかし、彼女の言うことはもっともだ。

いままでのことや旅の中で出会った仲間たち……いや、大事な家族のことを報告しよう。

きっと、あの家もだいぶほこりが溜まっているだろうし、大掃除とついでに改築もしなければならない。一人で住むには十分だけど、みんなで住むにはちょっと狭いだろうし。

 

「それにしても長い……旅だった。過去にいって未来に戻ればまた過去にいってまた未来へ。その繰り返しだったからなあ」

『でも、悪くない旅でした』

「そうだな」

 

色んなところへ行った。たくさんの人に出会った。

時には戦いがあって、守るために戦って殺して。

嫌なこともあったけど、悪いことばかりじゃなかったのもたしかだ。

なによりもアルセウスの痛みがなんとなくだけど、理解できたような気がする。これが一番の収穫なのかもしれない。

もう一度マサラタウンを見渡す。

ここが俺の第二の故郷。

だけど、この時間じゃない。

帰るべき時間はもうちょっと先だ。

 

「さあ、今度こそ帰るか。俺達の時間に」

『はい、マスター』

 

 




4章の最後にでたレッドは、裏番組の1話から10話ぐらいの間のレッドの設定(口調とかテンションのつじつま合わせ)。
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