おい、バトルしろよ   作:ししゃも丸

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お母さんの言うことを聞きなさい!!

 

 

 

 

 

 イエローの口から出た、わたしがデオキシスのお母さんという言葉の意味を知るために、向こう側で倒れているサカキに問いかけた。

 ちなみにイエローはミュウツーの体を癒しながら耳を傾けている。

 

「で、教えてくれるわよね? わたしが勝ったんだから」

「……いいだろう」

 

 敗者は勝者に従う。

 戦う前に宣言したように、彼は負けを認め素直に話し始めた。

 

「お前も薄々は気づいていただろうが個体・弐にはレッドの血の他にリーフ、お前の血も入っている」

「それはどうして?」

「簡単だ。個体・壱はレッドの血で暴走──いや、この表現は違うか。分かりやすく言えば……レッドのような存在になった」

「つまり、どうしようもないバカではた迷惑で暴れん坊ってことでしょ」

「ふっ、幼馴染だけあって的を射た答えだ。まあ、そんな存在になってしまい、基地を暴れまわり果てにはどこかへ行ったわけだ」

「ようはレッドの血は失敗だったってことでしょ?」

 

 話から推測するにそういうことになるはずだとリーフは考えた。命令も聞かないで最後には逃走される。口に出して言いたくはないが、ロケット団が求めるポケモンではない。

 しかし、サカキは反対だった。

 

「失敗? むしろ成功だ。レッドの血は間違いなくポケモンに影響を及ぼしたのだからな」

「だけど逃げられた」

「そうだ。そこで、レッドの血が及ぼす衝動を抑えるのと、別の優秀な血を与えることでさらに優れた存在になるのではと私達は考え、お前の血を使った」

「どうやってわたしの血を?」

「簡単だ。ジムリーダーやチャンピオン、それにプロトレーナーと呼ばれる者達は特に管理が徹底しているのさ。薬物を使った能力の向上、つまり不正がないよう毎年健康診断をするだろう?」

「まさか、その時の血液検査で採取したのを盗んだの!?」

「私の部下はポケモン協会にも潜んでいるのでな」

 

 これを聞いてしまえばもう二度と健康診断なんて受けたくはないし、なによりもポケモン協会に出入りすらしたくなくなった。

 そう言えば数人ほど目つきが嫌な人がいたことを今になって思い出してしまった。正直、忘れたままでいたいぐらいだ。

 

「じゃあ、なんでデオキシスはわたしのことをお母さんって呼ぶのよ」

「ポケモンには〈おや〉と呼ばれる存在が二つある。一つは生みの親であるポケモンの〈おや〉。もうひとつは、人間が捕まえたことによって呼ばれる〈おや〉」

「その話ならサカキ、あなたもデオキシスの〈おや〉になるわ」

「デオキシスが普通のポケモンならな」

「どういうことよ」

「デオキシスは宇宙ウイルスが突然変異して生まれたポケモンだ。分類的には幻か伝説のポケモンに分けられる。それらに共通しているのは、彼らの個体は一体のみしか存在が確認されていないこと。つまり、生みの親は存在しない。まあ、デオキシスは二体存在するがそれは些細なことだ」

「あなたとデオキシスの関係は〈おや〉ではあるけどただの主従関係……普通でいうトレーナーとポケモンの関係ってことになるわけか」

「そうだ。デオキシスにとっての〈おや〉は、自分の中に流れるレッドとリーフの血を〈おや〉として認識した」

「それはどうして?」

「それしかこいつにはないからだ」

 

 つまり空っぽということなのだろう。自分のことすら満足に知らず、気づいた時には見知らぬ場所に閉じ込められてきた。

 そんな時にわたしたちの血を与えられた。それが、拠り所になったのだろうとリーフは想像した。

 人間にも輸血や臓器移植などでドナーの記憶を見ることが稀にあるという。人間には例え異なる血が流れていようとも、それを自ら意識することも垣間見ることもできはしない。

 しかし、ポケモンでありDNAポケモンと呼ばれているデオキシスならより鮮明に感じることができるのかもしれない。

 

「だけど、それならなぜデオキシスはわたしを襲ったり戦ったりしたの? 仮にわたしをお母さんと認識しているならその行動はおかしいわ。あなたは言った。デオキシスを無理矢理従わせてはいないって」

「それは……」

「それはボクがお話します」

「イエロー?」

 

 ミュウツーの体を癒し終えたのか、いまはデオキシスの体を癒しながらイエローが話をはじめた。

 

「デオキシスは、サカキさんのために共にいたんです。息子であるシルバーさんに会いたい。それは、お母さんであるリーフさんに会いたい自分と重なったからなんです」

「そのためにサカキに従っていたっていうこと?」

「そう……なります」

 

 歯切れの悪い返答だった。

 恐らくデオキシスの記憶を通して、これまでのことを見たからだろう。

 

「なによりもリーフさんだけではなく、レッドさんにも会いたかったからです。サカキさんはシルバーさん以上にレッドさんとの再会を望んでいましたから」

「となると、個体・壱と呼ばれているデオキシスは」

「当然レッドを探しに世界中をまわっているだろうさ」

 

 と、サカキが苦笑しながら言った。

 

「勝手な言い草ね」

「何とでも言えばいいさ。それとその話に付け足すなら、デオキシスのコミュニケーションは戦うことしかない。そいつの能力は強大でミュウツーにも劣らぬサイコパワーを持ってはいるものの、なぜかテレパシーができないという欠点がある。だから、戦うことでお前と繋がろうとした」

「そうなの?」

 

 イエローに真意を問えば、彼女は渋い顔しながら頷いた。

 

「はい。でも、デオキシスは何が正しくて何がいけないのか、その境界線がわからないんです。この子はただサカキさんの願いと、お母さんであるリーフさんに会いたいということだけで行動していたようです。それに、先程の戦いも……その……」

「ちょっと、もったいぶらず教えてよ」

「えーとですね。デオキシスは、リーフさんと戦えて楽しかったんです」

「……あれが? もう少しでわたし死ぬところだったのよ?」

「え、ええ。皮肉、というか」

「言っただろう。デオキシスにとってのコミュニケーションは戦いしかないと。それだけが、唯一デオキシスに与えられた母親との会話であり触れ合いだ」

「それもあります。でも、やっぱりその、レッドさんの血というか二人の血も関係しているんだと思います」

「それって──」

「マサラの人間なら、そうなるだろうさ」

 

 サカキが代わりに言ったが、嫌なことに否定はできない。

 いや、自分はそこまで好戦的ではないと声に出したいが、レッドの血に関してはその通りだ。なによりも、マサラの人間に流れる血に関しても同様に。

 

「この子は、子供そのものなんですよ。何も知らなくて、ただお母さんに会いたいだけの無垢な子供。それでも、デオキシスがした罪は消えません」

「……」

「リーフさん?」

 

 デオキシスはディフェンスフォルムを維持しており、戦いで受けた傷はすでにイエローによって消えていた。

 リーフはデオキシスの前まで歩いきその場に膝をついて、デオキシスの頭を叩いた。それも、思いっきり叩いた。

 平手ではない。チョップである。

 ──リーフのからてチョップ! 

 

「……⁉」

 

 デオキシスは丸い目をもっと丸くした。つまり、驚いているのだろう。おまけに痛かったのか頭を手で押さえている。

 そんなデオキシスに、リーフは身体に腕をまわして抱きしめた。

 

「悪いことをしたら、お仕置きしないとね」

「……」

「ほんと、困った子なんだから。まあ、まだお母さんなんて実感ないけど」

「……!」

 

 デオキシスはわたしの想いを感じ取ったのか、同じようにその大きい手をのばして抱きしめてきた。力加減がちょっとわからないのか、少しだけ苦しいけど我慢。

 

「デオキシスも喜んでますよ」

「これを見れば誰だって──」

 

 言いかけたところでリーフの口はとまった。

 

「──いやはや。感動的なものを見させてもらったよ」

 

 

 

 

 

 イエローが現れた船体後部へと出る扉に、三獣士のサキが拍手をしながら立っていた。

 彼女は相変わらずとらえどころがない表情をしており、自分のボスが負けている光景を見ても焦ってすらいなかった。

 

「……サキか」

「その可能性はなくはないと思っておりましたが、まさかあなたが負けるとは。いい意味で予想外ですよ」

「シルバーはどうした」

「ご安心ください。ご子息は無事ですよ。なにせ、これからのロケット団のボスになっていただくお方なのですから」

「私を殺してか」

「ええ」

「リーフさん」

「ええ……」

 

 イエローはリーフに耳打ちした。

 サキの登場により状況が変わったのをリーフはもちろんイエローも感じ取ったのだ。

 戦力差は圧倒的にこちらが有利。相手はひとりであるが、なんの策もなしに現れるわけがない。

 なによりも、あのサキという女は何を考えているのかまったく読めない。

 二人はサカキとサキの会話にとりあえず耳を傾けた。

 

「ついに本性を現したようだな。お前の魂胆は読めている。大方、組織の資金と流通ルートそれに情報に人材をそのままの形でほしいのだろう」

「はい」

 

 満面の笑みを浮かべてサキは言う。

 

「ロケット団という組織は、まさにサカキ様あなたそのもの。例えあなたを殺して私がボスになっても、組織はついては来ない。ですが、あなたの息子なら話は違います。反発はあるでしょうが時間と共に受け入れるでしょう。あなたが持つカリスマは、たしかにご子息も継いでいっらしゃるようですからね」

「お前が陰で操ってか」

「傀儡とはそうあるべきでしょう?」

「ふん。田舎のマフィアもどきが考えそうなことだ」

「フフフ。あなたの下で働くのは悪くはありませんでしたよ。ですが、私が忠誠を誓っているのはあなたではないのですよ、サカキ様」

「この私をお前ごときが殺せるとでも」

「デオキシスはもうあなたの言うことは聞かず、さらにあなたは不治の病。先程までの戦いの傷も残っているご様子。長時間の戦闘によっていずれ心臓の鼓動も止まることでしょう。それに、私にはご子息という最大の切り札がある。それは、お前たち図鑑所有者にも有効だ」

『『……』』

 

 不敵な笑みを浮かべながら二人を見てサキが言った。

 シルバーはリーフたちにとって大切な仲間。いくらロケット団のために使う駒だとしても、彼の命は彼女が握っている。

 殺す確率は低いがゼロではない。状況が状況なら間違いなくサキはシルバーに手を下す。

 

「デオキシスも対象のひとつでした。我が組織の糧になるので。ついでにミュウツーも頂きましょうか。従えさせるための方法はいくらでもありますので」

『舐めるなよ、人間ッ!』

「ミュウツー落ち着いて!」

『しかし!』

 

 今は耐えろ──そうテレパシーで伝えるリーフ。

 だが、状況はサキが有利。サカキの方に目を向ければ、胸を抑えながら立ち上がっていて、先の戦いでは見せなかった殺気を放っている。

 ゴオオン!! 

 突然、艇全体が激しく揺れた。飛行艇がどの方角へ向きを変えたのかはわからないが、その場に立っていられずにフィールドに叩き付けられるほどの揺れだった。

 それはサカキもサキは例外ではない。

 同時に艦橋へと続く扉の前にサカキがボールを置いた台にあった内のひとつが外れて、宙に投げ出された。

 

「な、なにが起きて」

「っ! イエロー!」

「え?!」

 

 リーフは咄嗟にイエローの手を掴んで引きよせた。先程までいた場所が変形を始めたのだ。艇を包むようにバトルフィールドは割れて、元あった形へと戻った。

 

「バカな! 自動操縦が働いてたはず。いったい誰が──」

『それは、このオレじゃん』

「──その声、チャクラ!」

 

 暴れる艇の中で、どこかにあるスピーカーから声が届いた。

 

『さっきから聞いていれば虫唾走るじゃん。なにがボスと息子の感動の再会だ。なにがロケット団を乗っ取るだ。オレを無視して好き勝手やりやがって。ロケット団次期首領はこのオレチャクラ様じゃん! だから、お前らみんなまとめて死ね!!』

 

 チャクラは操縦室で飛行艇を自動から手動へと切り替え、自身の赴くままに飛行艇を動かしていた。

 雲を裂きながら猛スピードで空をかける。どこを飛んでいるかは船内にいるリーフたちにはわからない。そして、落ちる場所も。

 

「くっ。小物だと思っていたが、まさかここまでと──」

「ああ、まったくだ。まずは、サキ。お前から死ね」

「っ!」

 

 宙を舞い床に転がり落ちていたボールは、まるで意思があるかのようにサキの背後へと転がっていた。

 モンスターボールの開閉スイッチは、本来人間が押さなければ絶対に開かない。当然、中にいるポケモンが開くことは不可能。

 だが、サカキのボールは開き、彼のエースであるスピアーが飛び出した。

 ──スピアーのどくづき! 

 人間を容易く貫く槍を、サキは咄嗟に横へ飛んで避けた。

 が、その穂先が彼女の太ももをほんの少し掠った。

 

「ぐっ……」

「完全に躱せなかったようだな。だが、たとえその程度の傷だろうと、こいつの毒がお前の身体を蝕む。さあ、お前が望んだ長期戦とやらをやろうじゃないか、サキよ」

「この、死にぞこないがあ!」

「それは貴様──!!」

「ッ! ミュウツー!!」

『ふせろ!』

「──!!」

 

 ──フォレトスのだいばくはつ!! 

 爆発。

 それは、サキが立っていた場所で爆発した。サカキ、リーフはトレーナーとしての直感が働き、それに気づいて床に伏せ、ミュウツーが張ったバリアによって彼らは守られた。

 だが、爆発の直撃を受けたサキの姿はその場にはなかった。

 

『ハハハ! ざまあないじゃん! もしもの時に備えて、あちこちにフォレトスを仕掛けておきましたから。ちなみに、いつ起爆するかはあいつら次第。地上に落下するのが先か、それとも爆発によって死ぬのが先か。もう何をしても意味ないで・す・か・ら!!!』

 

 この時、チャクラはエアームドに乗って飛行艇を脱出していた。

 残されたのはリーフ達のみ。

 

「ど、どうしましょうリーフさん!!」

「それは……ん? サカキ、あなたどこにいくの!」

 

 気づけばサカキは、先程の爆発ででき場所を飛び越えて、飛行艇の後部へと歩いていた。

 

「お前らには、関係ない……」

 

 何かをいいかけたとき、あることを思い出してただサカキの背中を見送った。彼は息子のところへ行くのだ。

 いくらロケット団のボスとはいえ、長年離れ離れになっていた親子の再会を止めることはできなかった。それを甘いというのなら、甘いままでもいいとリーフは思った。

 

「シルバーはサカキに任せる。まずは、この飛行艇の──」

 

 ──フォレトスのだいばくはつ! 

 再度爆発が起こり、飛行艇が激しく揺れる。爆発の影響かさらに進路が変わったように感じられる。

 時間がない。

 このままで配置されているフォレトスがだいばくはつを起こし、飛行艇もろとも巻き込まれて死ぬ。

 それだけではない。

 爆発で吹き飛んだ破片が地上にも被害を及ぼしてしまう。

 何としてでもフォレトスをとめて、かつ飛行艇を人が住む場所から遠ざけなければいけない。

 そう考えた時、思わずレッドのことがリーフの脳裏に浮かんだ。

 彼ならこの時どうするだろうか。サカキが言うように、レッドならこんな状況にならずに終わらせていたかもしれない。

 でも、それは予想とか願望に過ぎない。

 こんな状況だろうと彼は、ひとりでやるに決まっている。

 それに、死ぬのはひとりで十分だ。

 

「デオキシス、あなたアレ使えるわよね? ブルーの両親を吸い込んだっていう黒いうず!」

「り、リーフさんなにを」

「時間がないの。できるのできないのどっち⁉」

「……」

 

 汗をかきながらデオキシスはコクコクと頷くと、リーフは笑みを浮かべて頼んだ。

 

「じゃあお願い。みんなをこの飛行艇から逃がして」

『リーフ! お前、ひとりで残ろうと言うのか!』

「そうですよ! ボクだって最後まで手伝います!」

「ダメよ。いいからやってデオキシス!」

「デオキシス! リーフさんの言うことを聞いちゃだめだ!」

『そうだ!』

「……」

 

 デオキシスは、困っていた。お母さんであるリーフの言うことを聞かなければいけないのはわかっているが、イエローはこちらの言葉がわかるし言っていることの意味も理解できたからだ。

 

(どうしよう。お母さんの言うことはききたいし、でも、それはダメだってイエローやミュウツーがいうし)

 

 こんな感じであった。

 だが、

 

「お母さんの言うことを聞きなさい!!」

「!!」

 

 それが決め手だった。

 

「あ、ずるい!」

 

 デオキシスが作り出したブラックホールにイエローとミュウツー、それに離れた場所にいるサカキとシルバーを捉えた。

 すると、イエローのボールホルダーから一個ボールが勝手に飛び出した。

 

「ごめんねふたりとも。でも、レッドがいたらきっと同じことをすると思うから」

「リーフさんはレッドさんじゃありません! レッドさんだって、そんなこと望んでませんよ!!」

「わかってる。でも、犠牲は少ない方がいいもの」

「リーフさん!」

『リーフ!』

「ミュウツー、イエローをお願いね」

「まっ──」

 

 すべてを言いきる前に、二人はブラックホールへと完全に飲み込まれた。

 飛行艇に残されたのはリーフとデオキシスのみ。

 

「あなたも、行っていいのよ?」

「……」

 

 デオキシスは顔を横に振った。

 最後まで一緒にいる。そう言っているようだった。

 同時に腰にあった3つのボールと、何故か床に転がっていたボールが勝手に開いた。レッドのポケモンたちだ。

 

「みんなもいいの?」

「リザリザ」

「バナバナ」

「ガメガメ」

「ピカピ」

「ありがとう──え、ピカ? いつのまにイエローから離れたの⁉」

「気にしちゃだめピカ」

「う、うん。えーと、付き合わせちゃってごめんね。あらためてありがとう、みんな」

 

 礼を言ってリーフは艦橋へと向かった。

 中に入ると、体が外に引っ張られた。どうやらチャクラが壁を壊して外から脱出したらしい。

 リーフは飛ばされないように操縦席まで向かうと、デオキシスに向けて言った。

 

「デオキシス、あなたなら飛行艇にいるフォレトスの場所がわかるわね?」

「……」

 

 デオキシスは頷いた。

 

「わかったら教えてちょうだい。あ、でも、あなたはテレパシーが」

『モンダイナイ』

 

 すると操縦席の前にあるモニターに文字が表示された。

 

「あなた機械を通じて……いいわ。わたしがそれでみんなに指示をだす」

『ウヨクノツケネ』

「右翼のつけ根ね。みんな、お願い!」

 

 リーフの声にピカを先頭に各々飛行艇内に散らばる。

 一方リーフは操縦桿を握って、なんとか飛行艇を下に向けないようにするのがやっとだった。

 むしろ、自転車しか乗ったことない少女がはじめてでそれだけできれば上出来すぎるほどだ。

 自分の手にみんなの命がかかっている。そんな重みがのしかかる中、リーフの顔は意外にも余裕を見せていた。

 

「ところで」

「?」

 

 切羽詰まっている中、リーフは前を向きながら言った。

 

「あなたって男の子? 女の子? わたし的にはやっぱり子供は女の子がいいかなって思うのよ」

「……」

 

 お母さんってすごい。

 デオキシスはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 意識が戻った時、真っ先に感じたのは鼻をつくような匂いだった。だけど、それに混じってどこか懐かしい匂いがしたのも、たしかだった。

 目を開ければ、何かの残骸と一緒に燃え盛る炎によって囲まれていた。そんな自分を守っていたのは父さん──サカキだった。

 

「……どうして」

 

 抱くように体に回していたサカキの手は簡単にどかせた。いや、ちょっと触れただけで地面に落ちたのだ。

 よく見れば意識はなく、悪の組織の首領に相応しい真っ黒なスーツの胸の部分は下のYシャツごと破れ、他の場所も破れたり焦げていた。

 つまり、自分をこの炎の中から守っていたのだ。それに気づき、避けていた顔を横目で見た。

 

「……」

 

 笑顔だった。

 悪名高いロケット団のボスと言われている男がするわけがないような、優しい顔をしていた。

 その顔は、自分が想像していた父親がするような顔だった。

 

「──ば……」

「!」

 

 サカキの声が聞こえると、シルバーは思わず飛び起きた。彼は瞼を少しだけ開くと、今にも消えそうな声で続けた。

 

「また……ないているのか」

「え……」

「おまえは……よく、ないていたからな……ハンカチは……どうした……また、なくしたのか?」

 

 意識がちゃんとしていないのか、うわ言のようにサカキは優しい声で話す。

 ロケット団のボスではない。

 ひとりの父親のように、オレに語り掛けてくる。

 

「ほら……おまえのなまえをぬっておいた……これでもうなくす──」

「……ぁ」

 

 あげていた手が落ちそうになって思わず掴むがサカキは再び気を失ってしまった。

 彼の手にはハンカチがあった。

 思わず自分のポケットにあるハンカチを取り出して見比べた。

 同じだった。

 形、色、自分の名前が縫われているハンカチ。

 

「……同じだっ」

 

 攫われたオレに残されていたのは、一緒にいたニューラとこの名前が縫われたハンカチだけ。

 自分がシルバーという人間だという唯一の証であり、たったひとつの手がかり。

 サカキも同じだったのだ。ハンカチだけが息子との繋がり。

 このハンカチがオレたち親子を繋ぎ、惹き合わせてくれた。立場や出会いが望んでいたものではなかったとしても、それだけは本当だと思いたい。

 

「……お……おと……お……父……さん」

 

 初めて口にした。

 心からこの男をお父さんと呼べた。

 色んな思いが混ざり合いながら口にして、涙を流した。

 ──サイドンのあなをほる! 

 その時、地面を頭部の角で掘りながらサイドンが現れた。二人を抱えて燃え盛る炎の中を歩き、安全な場所で下ろす。

 

「サイドン……?」

「シルバー!」

「姉さん」

 

 久しぶりに聞く声の方に振り向けば、姉さんとグリーンがいた。

 

「あなたどうしてここに⁉ 怪我は……ないわね」

「ああ。ところで、このサイドンは」

「オレのだ。ところで、なんでサカキと一緒にいる?」

「──オレの父さんだから」

「……そうか」

 

 二人は驚いた素振りを一瞬見せるだけで、すぐに平静を保っていた。グリーンは何となくそういう男であるから気にはしないが、姉さんがここまで落ち着いているのは意外だった。

 

「驚かないのか? ロケット団のボスが、オレの父親なんだぞ」

「十分驚いているわ。でも、納得しちゃうのよ。ヤナギは優秀な子供を攫っていた。となれば、サカキがあなたの父親なのもわかる。それに」

「それに?」

「目つきというか、どことなく似ているところがあるもの」

「グリーンは何も言わないのか?」

「お前は悪党の息子だ──そう行って欲しいのか?」

「それは……」

「サカキを見ればわかる。彼は、命をかけてお前をこの炎から守っていた。たとえロケット団のボスだとしても、息子を守ろうとしたその姿は紛れもなく父親そのものだ。だから、胸を張っていいんだ」

「……ありがとう」

 

 シルバーはボールからリングマを出して、サカキを隠れ家に連れていくよう命令した。こんな男でも父親だ。

 それでも、世間では指名手配犯でもある。一般の医療施設は使えない。

 本当は自らが連れて手当てを施してやりたいが、そんな時間はまだない。

 先程から聞こえていた音がだんだんと近づいて大きくなっていたからだ。

 ロケット団の飛行艇が煙をあげてこちらに向かってきていて、それに二人も気づいた。

 

「ロケット団の飛行艇⁉ でも、なんであんな……」

「サカキがここにいたということは、あそこにはまさか……ブルー!」

「え? あれは」

 

 グリーンの声に彼らは上を見上げた。

 何もない場所にぽつんと黒い渦があった。シルバーは知らないがグリーンとブルーには見覚えがある。ブルーの両親を飲み込んだデオキシスの黒い渦だ。

 渦からポケモンのような足が現れるとすぐに体全体が出てきた。

 

「ミュウツー! それに、なんでイエローもいるのよ⁉」

「あ、ブルーさんにグリーンさん! それにシルバーさんも無事だったんですね、よかった~」

『おい、ここはどこなんだ』

「頭の中に声が……」

 

 初めて体感するポケモンのテレパシーにシルバーは戸惑っていたが、すぐにブルーが説明しながら答えた。

 

「ミュウツーのテレパシーよ。で、ここはクチバシティ」

「おい。イエローがいるのも気になるがリーフはどこだ?」

『まだ、あそこだ』

 

 ミュウツーが示した先、それは今まさにこちらに落ちてきている飛行艇だった。

 

「リーフさんがデオキシスと残って飛行艇を操縦しているんですよ!」

「無茶よ! あの状態じゃどうみてもクチバ湾までは届かないわ」

「なら、オレたちで止めるしかないだろ!」

「オレも手伝う。オレだって図鑑所有者の一人だ。少しでもお父さんが犯した罪を償っていく。そして、これからもそうするために!」

 

 世間が事実を知れば、ロケット団の息子という肩書を一生背負うことになる。

 シルバーは真実を知り、逃げたくなった。あれ程求めていた父親がロケット団のボスだと認めたくはなかったのだ。

 だが、いまは違う。

 現実を受け止め、父親が犯した罪を共に背負い償っていく。

 サカキがこれからどうするのか、自分を見つけどうしようとしていたのかはわからない。

 戦うことになるかもしれない。

 けど、それでもいい。

 父親を止めるのは息子の役目だ。

 なによりもオレは──図鑑所有者なのだ。

 

 

 

 

 

「──ここって天国かな? にしてはさっきまでいた場所と変わりないけど」

 

 リーフは操縦席から落ちて床に逆さまに倒れていたところで目が覚めた。

 まだ機内から燃える音や配線がバチバチと音を立てているのは聞こえる。巨大なプロペラエンジンの音が聞こえないところをみると、どうやらうまく着陸できたらしい。

 操縦席の窓から見えた最後の光景には、飛行艇の落下角度を変えようと地上からグリーン達の姿が見えたまでは覚えている。

 そのあと、なにかに当たって止まったと思ったら、また落ちて──そこで少しだけ気を失っていたらしい。

 

「あ、みんなは!? よかったぁ……無事だ」

 

 慌ててポケモン達を探せば、みんなここにいて目をまわしているだけで大きな傷は負ってはいなかった。

 流石レッドのポケモン達だ。とても頑丈に鍛えられている。

 我が息子……娘? のデオキシスはどこだろうと見回せば、すぐ後ろにいた。ディフェンスフォルムなのでまったくの無傷。

 ふと、もしかしてと思い尋ねた。

 

「あなたが守ってくれたの?」

「……」

「ありがとう。いい子ね」

 

 何となく、本当にそれとなくこの子の言いたいことが分かるような気がするのだ。丸い頭を撫でてあげれば、すごく嬉しそうにしている。

 それを見ると、こっちも嬉しくなる。これが、母性というやつなのだろうか。

 

「さてと。まずはここから出ないとね」

 

 船内を見渡すと、ちょうどいい出口があった。チャクラが空けた穴だ。

 足場を選びながらそこまで行き外に出てみれば、みんなが出迎えてくれていた。

 が、イエローとミュウツーには耳にたこができるぐらい何度も小言を言われた。

 自分勝手な行動はしないでください。お前が死んではうんたらかんたら等々。

 イエローから直接耳に聞こるしミュウツーからはテレパシーで頭に声が届くので、それはもう最悪だった。

 グリーン、ブルー、シルバーは仲裁にすら入ってはくれなかった。自業自得だと言わんばかりに。

 八方塞がりな状況を助けてれたのは、意外にもデオキシスだった。

 ちょんちょんと肩を叩いて、しまっていた図鑑を指していたので言うことを聞いて図鑑を開けば、画面が明るくなって文字が表示された。

 

「イキマス」

「行くって、どこに?」

「コタイ・イチトヨバレタ……キョウダイヲサガシニ」

「そう……そうよね」

「アト オトウサンモサガス」

「お父さん……って、レッドのこと?」

「ウン」

「ちょっと、お父さんがレッドってどういう──もがもが!!」

「はいはいブルーさんはちょ~とこっちにきましょうね~。気持ちはわかりますけど、大事な家族との別れですから。あと、シルバーさんの件でボクも聞きたいことがあるんですよ~」

 

 当然のごとく反応したブルーであったが、妙に危険な空気をまとったイエローに口をふさがれて連れていかれた。

 彼女もそうだが、ここにナツメとカンナ……特にお姉さんがいないのはとても運がいい、とつい喜んでしまうのは仕方ない。

 

「じゃあ、レッドを見つけたら無理やり連れてくるのよ! お母さんが許します!」

「ワカッタ アリガトウオカアサン サヨナラ」

「違うよ、デオキシス」

「?」

「さよならじゃなくて行ってきます、よ。今度は誰にも迷惑をかけずに、わたしのところに帰って来なさい」

「……ウン イッテキマス」

 

 ディフェンスフォルムからアタックフォルムになったデオキシスは、静かに上空へと上昇していく。デオキシスは最後の最後までリーフを見つめ、地上からデオキシスが小さくなるまでの高さまでいくと、向きを変えて風に乗り始めた。

 

「さあて。おじいちゃんたちと合流し……」

「どうしたリーフ……! な、お前は」

「ほんと、貴様らはよくやってくれたよ」

 

 リーフ達の視線の先には、ボロボロになったサキがいた。

 彼女の最後を目撃しているリーフとイエローからすれば、よくぞ生きていたと言わんばかりであった。ロケット団の制服はもう原型を留めておらず、露出している肌や髪は黒く焦げているのはフォレトスのだいばくはつを受けたからだ。

 

「あなた生きて、いたの……」

「当然だ……何一つ使命を果たせずにおめおめと帰れるわけがない」

「使命だと? 貴様、どこの組織の人間だ!」

「答えてやる筋合いはないな」

 

 グリーンが言ったことでリーフも飛行艇でのサカキとサキのやり取りを思い出した。

 彼女の目的はサカキを抹殺し、息子であるシルバーを使ってロケット団を乗っ取ること。さらにはデオキシスとミュウツーも手に入れようとしていた。

 しかし、いまのサキを見ればそんなことが到底できるとは思えないとリーフを含めた全員が思っていた。

 

「あなたの負けよ。投降しなさい」

「投降? なぜ? 私は、まだ負けてはいない。結果としてサカキを失ったロケット団は、しばらくは活動を縮小あるいは組織の分裂がはじまるだろう。これは、私達としても悪い事ではない。商売敵は少ない方がいいからな」

「そんな簡単にいかないのは、部下だったお前ならわかるはずだ」

「シルバーの言う通りよ。ロケット団という組織は、あなたが思っている以上に手強いわ」

 

 この場にいる全員はその意味を理解している。ロケット団と戦いその強さを知っているからだ。シルフカンパニー崩壊後も組織はひっそりと存続し、活動を続けてボスの帰還を待っているぐらいだ。それだけの忠誠心があの組織にはある。

 それに、レッドならこういうだろうなとリーフは思った。

 

「お前ごときがロケット団を、サカキを理解できると思うな」

 

 これぐらいは言いそうだと思ったのは、サカキと戦って少しだけ彼を知ったリーフだからであった。

 

「それに、あなたの左足が凍ってるのに気づかないの?」

 

 サキの左は、足首からだんだんと上に上りながら凍らせていた。

 カンナお得意の技だ。ナナシマで彼女と戦った際に印をつけていたのだろう。

 だが、汗はかいているものの焦りはない。勝算があるような顔をサキは浮かべていた。

 

「ほんと、あの女もそうだが貴様ら図鑑所有者は本当に目障りだよ」

「もう一度言うわ。投降しなさい。そんな状態なら尚更逃げるのは無理よ」

「たしかに、この状態なら逃げるのが精一杯だろうなあ」

 

 強がりだ。

 その場にいる全員がそう思った。

 サキは腰からボールを手に取り上空にいるデオキシスに向けて言った。

 

「しかし、手ぶらでは逃げぬ……あれ程の存在を簡単に逃すと思うか……!」

「させない!!」

 

 リーフを先頭に全員がサキに向かった。

 ボールが開き、ポケモンが現れる。

 閃光。

 サキが出したポケモンの技とリーフたちが出した技が衝突し、原因不明の閃光を放った。

 閃光が晴れる。

 辺り一面に変化はない。技と技がぶつかった衝撃などは一切なく、閃光だけが奔っただけ。光に飲まれたリーフたちにもこれといって負傷はなかった。

 ただ、

 

「こ……これはこれは、まさかこんなことが起きるとは」

 

 サキの前にはリーフたちが立っている。

 しかし、彼女達は動かない。

 

「ロケット団の掌握は失敗しデオキシス捕獲もならず。だが、今後のことを思えばそれ以上に見合う結果だ。くくくっ、さようなら図鑑所有者たち」

 

 まだ完全には凍り付いていない左の氷の呪縛から抜け出し、サキは姿を消した。

 逃げる彼女をリーフたち追わない。

 いや、追えない。

 この場にあるのは、5体の石像だけなのだから。

 

 第7章完

 

 

 

 

 

 

 オーキド研究所第3研究室。

 それは、ホウエン地方に拠点を構えるオーキドの研究所だ。彼はいつからか仕事の関係上遠出する機会が多くなり、ジョウトに続いてホウエンにも研究所を構えた。

 周りは大災害の傷跡がまだ残っており、研究所周辺には他の建築物はおろか人工物すらない。

 現状ポケモンが住んでいる様子もなく、研究場所としてはいささか見当違いの場所でもある。

 だが、そんな場所にオーキドと助手であるクリスタルことクリスはいた。

 

「ええ……わかったわ。引き続きお願いね、エメラルドくん」

「どうじゃね。彼からの報告は」

「ジラーチは例の場所で目覚めました。が、予想通りあの鎧の男が介入してジラーチ捕獲は失敗しました」

「ぬぅ」

 

 腕を組みながらオーキドは唸った。

 どんな願いでも3つだけ叶えるというねがいしぼしポケモンジラーチ。1000年に一度目覚め7日間だけ活動しまた1000年眠りにつく不思議なポケモン。

 その名は耳にしたことはあったが、資料も少なく多くの研究者たちの頭を悩ませているポケモンでもある。

 オーキドもジラーチの詳細を知ったのはつい最近だ。

 先の〈ナナシマ事件〉におけるロケット団の基地となっていたトレーナータワー、その残骸から見つけ出した金庫にジラーチに関する資料があったのだ。

 その中身は世には出ていない情報が多く記されていた。1000年から続く口伝、次に目覚める日にちとその場所が。

 ロケット団がどうしてこれを求めていたのかは不明だがこちらとしては嬉しい報告だった。

 原因も分からず解くことのできない石化した孫たちを救うには、神秘の力に頼るしかもう残されていなかったのだ。

 

「ジラーチが起きている時間は7日間。つまり、7日間の間にジラーチを捕まえ願いを叶えられなければ、グリーンたちは一生石化したままになる」

「はい。ですが博士。わたしには一つ気になることがあります」

「なんじゃ」

 

 クリスはロケット団が集めたジラーチレポートのあるページを開いた。

 それは、1000年も言い伝えられてきた口伝の一つである〈太陽神〉と〈伝説の六闘士〉に関する記述であった。

 

「ジラーチが目覚めるとき大きな災い来たれり。されど、天から太陽の神降臨し、神の僕六闘士がその災いを祓う──この太陽の神と六闘士って、言い伝えが本当なら今回も現れるってことになりますよね?」

「そうじゃな。口伝は当時ジラーチを見た人々から伝わっておる。可能性は高い」

「ですけど、わたしには少しなんていうか……大袈裟すぎるっていうか、出来過ぎではありませんか? この太陽の神とか六闘士は特に。物語を面白くするための脚色だと思うんです」

「クリス。きみがそう思うのはわかる。だが、〈太陽神〉と〈六闘士〉に関しては専門外ではあるが実在した存在なのじゃよ」

 

 オーキドは棚にある古い資料をまとめたファイルをクリスの前に置いて開いた。

 〈太陽神〉。それは、全国各地で伝わっている神様の名前である。その歴史は遡れば遡るほど旧くから存在しており、一部では彼を崇める村や宗教もある。特にアローラ地方では子供ですら知っているという。

 〈六闘士〉。通称神の僕。最も最古のポケモンとも言われており、その姿形は残された壁画によって様々である。その強さは一体が一騎当千の力を誇ったという。

 

「と、ここまで語ったが彼らはマイナーな神なんじゃよ」

「これで、マイナーなんですか?」

「そうじゃ。だが、一説ではポケモントレーナーの祖とも言われておる。その理由は〈太陽神〉が〈六闘士〉と呼ばれるポケモンを6体従えていたことからそう推測されている」

「たしかに、そう言われれば自然と納得しています」

「しかしだ。いくら可能性があっても、ただ祈るだけでは何も解決しない。わしらの手で道を切り開くしかないんじゃ」

 

 

 クリスは力強く答えた。彼女はそのまま資料を片付けたあと、白衣を脱いでリュックを背負い外に出る準備をはじめた。

 事態は刻一刻と迫り常に状況は絶えず変化している。

 ホウエン地方3人目の図鑑所有者エメラルド。

 彼を信用していないわけではないが増援は必要だ。

 

「では、博士。わたしもゴールドと合流して現地に向かいます」

「ホウエンの図鑑所有者ルビーくんとサファイアくんもすでにバトルタワーへと向かっている。頼んだぞ、クリスくん」

「はい。何としてでも先輩たちを……シルバーを助けて見せます」

 

 クリスは決死の覚悟で言って見せた。

 チャンスはたった一度。それを逃せば二度とグリーンたちを救うチャンスは巡ってこない。それはクリスも理解しているからだ。

 

「……」

 

 彼女が出発した後、ひとり残ったオーキドは天井を見上げて、数年も行方不明となった彼の名を呟いた。

 

「レッド。お前さんはこんな時にどこにいるんじゃ」

 

 

 

 

 

 

 とある大陸にある熱帯雨林、通称〈尼〉。ここは世界最大面積を誇る熱帯雨林でもある。大陸はこの星の南半球に位置し、常に気温は高く一年中蒸し暑い。

 しかし、そんな場所でも世界中の科学者たちが熱中している場所でもあった。

 その理由は古来の建造物や遺跡が現代においても当時の状態で残っている、と推測されているというのもそのひとつ。

 特に各地には多くの部族が存在していてまさに歴史の生き証人というべきか、彼らはモンスターボールを使わずにポケモンと共存しているのだ。また、ポケモンと会話をするのも当たり前でもあるという。

 そのポケモンも他の大陸とは違っている。

 ここは今でも続く弱肉強食の世界あるいは自然の王国。酷い言い方をすれば、ポケモンがポケモンを食べ、人間も捕食されるというのだ。

 さらに特殊な環境であるためか、独自の生態系に進化した新種のポケモンやまだ見ぬ未発見のポケモンが多く生息している。

 これらの理由があり、科学者にポケモンハンターや密輸業者は毎年この地に訪れている。

 だが、この場所は不思議な力で護られているのか悪しき者には災いが訪れているという。

 そんな場所にカントーからはるばるやってきた二人の女がどこまでも続く長い川に沿って歩いていた。

 

「奥様ぁ~本当にこの先なんですか~?」

「泣きごと言わないの! 私だって、こんなジメジメした場所にいたくないわよ!」

 

 ヤマブキジムリーダーナツメと元四天王カンナ。二人は大きなリュックを背負い汗水垂らして愚痴を言いながら歩いていた。

 服は美女が纏うには少し場違いな服装だ。紫外線から守るための帽子に半袖のYシャツ。優れた耐久性と汎用性を持つズボンにサバイバルシューズ。

 カンナの主であるナツメであるがこの場所ではそんな甘えも許されず、ここで生きていくための必要な道具が入ったリュックを自ら背負っていた。

 

「ぜぇぜぇ……ナツメはいいわよ。でも、私は氷タイプだからこうかばつぐんなんだから……」

「素が出てるわよまったく。話が本当ならこの先に〈黄金の都〉があるはずよ」

 

 〈黄金の都〉別名太陽の都、と数日前に立ち寄った部族の長は言っていた。

 けれど、その話を100%信じているつもりはナツメもカンナにもなかった。

 なぜ都の名が黄金なのかと問えば、太陽のように常に輝くような黄金──つまり、すべて金でその都は造られているのだとか。

 都自体が財宝そのもので、それを求めて多くの冒険家やトレジャーハンターさらには裏組織が〈黄金の都〉を探しているらしい。

 二人が都を探すのは金銀財宝が欲しいからではない。大事な愛しい人であるレッドを探すためだ。

 

「世界中あらゆる場所を探してもレッドはいなかった。なら、人知れぬ場所にいるかもしれない。そう思うしかないでしょ?」

「それはわかりますよ。でも、仮にレッドを見つけたとして、リーフたちを救えるんでしょうか」

「救えるわよ。だって、レッドだもの」

「まあ、それを言われたら納得してしまうのは慣れ、なんでしょうね……」

 

 先の事件はめでたしめでたしとはいかなかった。

 ロケット団の野望は阻止したものの首謀者であるサカキは行方不明。さらにどういう訳リーフたちは石化してしまった。

 オーキドはあらゆる手を使って石化を解く方法を調べる一方で、ナツメはレッドを探す旅を再開した。

 レッドならなんとかしてれくる。そんな期待を胸にこうしてはるばるジャングルの奥地まで来ているのだ。

 

「〈黄金の都〉別名太陽の都。ウバメの森で出会った未来レッドが名乗ったっていう太陽の戦士。その言葉が間違いなければ、きっと関係しているはずなのよ」

「けど、最もそれが浸透しているアローラにはいなかったし、仮にだけどそもそもなんでレッドはこんな場所に来るのかしら」

「わからないわよ。兎に角もう少しのはず──」

「奥様?」

 

 ナツメは何かを言いかけると、途端に足を止めた。カンナは心配になって彼女の前に出れば、ナツメは目を大きく開いていた。

 再度問いかければ、

 

「──感じた」

「え?」

「感じたのよ! これはレッドよ。間違いないレッドに決まっているわ!」

「お、奥様⁉」

 

 カンナは驚きつつもその言葉に嘘はないとわかっていた。

 ナツメはレッドと見えない糸で繋がっている。それは、お姉さまもそうであるのだが原理は愛の力だという。

 

「カンナ、地図よ! 早く早く!」

「は、はい!」

 

 バックを下ろして中から世界地図を広げる。地図にはあちこちに赤くバツ印がつけられている。

 それは、レッドを探しに行って見つからなかった印。

 ナツメは目を閉じて右手を地図に向ける。簡単に言えば透視能力みたいなもので、対象がいるであろう場所を地図で示すというものだ。

 かれこれ集中して1分が経過し、ナツメはその場所を示した。

 

「ここよ! どう? ちゃんとこの先にいる!?」

「……ナツメ。目を開いてみてみなさい」

「なによ勿体ぶって」

「いいから」

 

 カンナが素になるぐらいなのだから、きっとすごいところだと思い目を開けた。

 が、それは逆で素になるぐらいつまらない場所だった。

 

「な、ななな! なんでここなのよ────⁉」

 

 ナツメは頭を抱え叫んだ。

 自分が示したのはこの先にあるという太陽の都ではなかった。むしろ、身近な場所。

 ホウエン地方本土の端っこ。

 場所はともかく、最初にレッドを感じ最後に行方をくらました場所だ。

 

「なんでホウエン?」

「お姉さんと一緒で間違いなく最初と最後はホウエンにいたのよ!? 私が知りたいわよ!」

「と、とにかく戻りましょう。あなぬけのヒモは使えないから徒歩だけど……」

「バカ言ってんじゃないわよ。一番近い空港まで一週間、下手したらもっとかかるのよ?」

「じゃあどうするんですか?」

「テレポートよ」

「む、無理ですよ! ここがどこだか忘れたんですか⁉」

 

 〈尼〉という場所は他の場所と違って特殊で、アイテムやテレポートなど移動するための技は使えないのだ。

 それは、この〈尼〉全土に特殊な磁場が発生しているためである。そのためコンパスは役に立たず、道に迷えば一生ジャングルを彷徨うことになる。

 そのためここでは太陽の位置と星の位置で方角を確認する術しか存在せず、それも相まってナツメお得意のテレポートが使えないので二人は歩いていたのだ。

 

「大丈夫行けるわ」

「下手をしたら岩の中とか土の中なのよ! そもそもなんでそんな自信満々なの!?」

「それはね?」

「それは?」

「愛の力よ!」

「……はいはい愛の力愛の力~」

 

 だったらその愛の力で最初から見つけ出せと言わんばかりにカンナは呆れていた。

 

「うっさいわね。ほら、いくわよ!!」

「うぅ~死ぬならレッドの腕の中で──」

 

 強引にカンナを引き寄せ、最後の台詞など言わせずに跳んだ。

 残されたのは二人の足跡とジャングルから聞こえてくるポケモンたちの鳴き声だけ。ここは再び部外者などいない聖域へと戻った。

 だが、二人は惜しいことをしたのかもしれない。

 あと少し。

 あとほんの少し歩けば、〈黄金の都〉に辿り着いたというのに。

 

 

 第8章へ続く

 

 




やっと……ナナシマ編が終わったんやなって……。

レッド?
次回から出るよ(ネタバレ)

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