おい、バトルしろよ   作:ししゃも丸

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赤い人「アイアムユアファーザー」


第8章 がんばれナツメモン 愛をとりもどせノ巻
では私と子作りできないって言うんですか!?


 

 

 

 〈ホウエン大災害〉から約8か月が経ったいまでも、ホウエンに伝わる伝説の古代ポケモングラードンとカイオーガが各地に残した傷痕は癒えずにいる。

 片方では巨大な津波がそのまま大地をまるごと飲み込みながら薙ぎ払った。

 その反対側では日照りが続き海、川、湖の水を蒸発させ草木すら枯れさせた。

 復興は各地方からの支援団体の協力もあって比較的早急に行われたおかげで、ホウエン地方の主要都市の復興は80%以上は完了しつつある。

 しかし、すぐには戻られないものも存在していた。

 津波によってすべてを飲み込み流されて、残ったのは乾いた土地と転がる石やゴミ。

 ホウエン地方の某端っこ。ここはまさにそんな場所だった。

 雑草すら生えない乾いた土地にいったいどんな生物が住めるというのか。

 植林をしたとしても、ここに緑が戻るのは何十年という歳月がかかるだろう。

 そんな死んだ土地の風景の一か所が縦に割れて、人間と一匹が出てきた。

 

「──よっと。ス~~~……うん。この空気はたしかにホウエンだな。時間軸は多分あのあとぐらいだろ」

 

 5つの宝石がついているガントレットを左腕に装着している男の名はレッド。

 マサラタウンのレッド。女たらしのレッド。重要指名手配犯のレッド。呼び名は様々であるが、彼はレッドである。

 

「え~ほんとでござるかぁ~?」

「うるせー! こっちはまだ若葉マークを卒業したてなんだから大目に見ろって」

 

 彼の言葉を疑って見せたのはときわたりポケモンセレビィ。

 最初こそはセレビィにナビゲートしてもらっていたレッドであるが、いまでは自ら時間移動ができるようになったのだ。

 ただ、細かい操作はまだ苦手であった。

 

「ま、ようやくってところかな。そこまで“時間の差はない”しへーきへーき」

「だろう? ま、これから先時間移動なんてする気はないからいいけど」

「そーそー。細かいことは気にしなーい」

「なーんか引っかかるなあ」

 

 自分の頬を掻きながらレッドは納得できなかった。セレビィはときわたりをしているだけあって、どの時代へもそれこそ細かい時間を指定してその場所へいくことができる。

 対してこちらは彼ほど細かい操作ができるわけではない。例えるならマニュアルとオートの関係みたいなものだろうか。

 だというのに、セレビィが時間の差はないという発言は少し気になる。人間は時間に煩い生き物だ。やれ時間通りにこい、指定した期日までに提出しろ、カップヌードルは3分待てだとかとにかく時間を気にする。

 しかし、セレビィはポケモンだ。時間など気にすることはない。日が昇ったら起きて、夜になったら寝る。それぐらい単純でいいのだから、この会話は互いの認識のズレがあると思いたくもなる。

 レッドがらしくないことで悩んでいると、がらりと先程と変わってセレビィが真面目な話をはじめた。

 

「じゃあ、レッド。ここでお別れだね」

「……そうだったな」

 

 セレビィの役目はレッドをアルセウスのもとに連れて行き、彼を元いた時代へと送り返すこと。

 現代に帰ってきたいま、セレビィの役目は終えたのだ。

 

「寂しくなるな」

「そうだね。レッドとの旅は楽しかったから、ぼくもちょっと名残惜しいよ」

「俺もだ。まあでも、いつでも会いにこいよ。どうせ暇だし」

「ハハハ、そうだね。することがなくなったらまたレッドのところへ遊びにいく。じゃあ、またねレッド」

「ああ、またな」

 

 別れを告げてセレビィは開いたままの〈ときのはざま〉へと戻っていった。いったいセレビィはどこにいくのだろうか。調べようと思えば力を使えばできなくはないが、それは無粋というやつだろう。

 〈ときのはざま〉の入り口が閉じると、この荒れ果てた土地を見渡した。

 少なからずこの惨状に自分が関わっていると思うと、あの頃の自分は目の前のことばかりしか見ていなかったんだなと痛感する。

 レッドは膝をついて地面に手を当てた。

 

「……ちょっとぐらいならいいよな」

 

 目視できるぐらいの透明な光の輪がレッドを中心にして広がっていく。輪が隅々まで、それこそホウエン全土に広がっていく中、それを認識できる人間は誰ひとりとしていない。

 すると、彼が立っている付近の土地に色が戻り始めてきた。雨が降っていないというのに土がほんの少しずつ水分を取り戻していく。それがだんだんと広がっていくと、次第に小さな芽が出てきた。

 これはポケモンの技でいうのならば「いやしのはどう」に分類されるだろうが、レッドが行ったのは技ではない。

 死んでいた大地を〈再生〉または〈蘇生〉させたに等しい。

 けれど、この土地はまだ死んでいなかったのだ。僅かに残っているエネルギーがまだこの土地を踏みとどまらせ、何十年とかかる時間をレッドが少し手助けしただけ。

 彼が長い旅の中でまず得たのは、『力は使いよう』ということだった。

 

「ほら。お前らも出ていいぞ」

 

 いつなら勝手に出てくるのだが、今回は妙に大人しいので声かけた。

 するとすぐに腰にあるモンスターボールが勝手に開いて、ポケモン達が出てきた。

 

「帰ってこれた~!」

「ん~長かったね~」

『久しぶりの故郷への帰還ですか。ま、生まれた場所なんて覚えてませんけど!』

「ソーナノ!」

 

 イーブイがはしゃぎながら大地をかけ、ラプラスが体を伸ばしながらくつろぎ、サーナイトが妙に重い発言をして、ソーナノがいつもの定位置(頭)に乗る。

 

「──」

 

 あのくそ真面目なスピアーも現代への帰還を喜んでいる。まあ、それが分かるのは身内ぐらいなのだが。

 それと、もう一体。

 

「(ウキウキ)」

 

 暖かい太陽の日差しを浴びてよろこんでいるネクロズマである。光が主なエネルギーであるネクロズマにとって、天然の太陽の光はまさにご馳走なのだ。まあ、傍にレッドがいるのであまり関係ないのであるが。

 本当はソルガレオとルナアーラに預けようとしていたのだが、まるで子供のように駄々をこねられてしまい仕方なく一緒に連れてきたのである(ごねたのは二匹も同じなのだが)。

 

『で、マスター。戻ってきたわけですがどこにいくので?』

「とりあえずカントーに帰るか。シロナに会いたいけど、まだその時じゃないだろうし」

 

 レッドは首に巻いているマフラーに顔をうずめた。このマフラーに染みついているシロナの匂いが、永遠ともいえる時の中で彼女のことを忘れずに覚えていられる。

 いつでも彼女が傍にいる。そう思えるだけで寂しくはなかった。

 

『マスター』

「ああ。みんな、いったん戻れ」

『はーい』

 

 サーナイトが声をかけるのと同時、少し離れたところから車のエンジン音と走行音が聞こえた。彼女達は自らボールに戻ると、レッドは音がする方に体を向けた。

 レッドの目はもはや千里眼とは比べ物にならない。見たいものを見ることができる。その目が捉えたのは、一台や二台の車ではなかった。

 まるで、展示会でも開くのかと思わんばかりの台数だ。相手もこちらを見つけると、囲むように車を走らせて停車した。

 大勢の人間が降りて、その手に持つ銃をレッドに向けた。ハンドガン、サブマシンガン、アサルトライフル等々……はてにはロケットランチャーまで。

 彼らの敵意に気づいていないレッドではないがその顔は余裕そのもので、この光景を見てその目を光らせていた。

 

「おー。銃なんてこっちで初めてみた。記念に一個くれない? 代わりにほしいものあげるから」

「おい。お前……マサラタウンのレッドだな?」

 

 はしゃいでいるレッドを無視して、銃口を向けながら彼らのリーダーともいえる男が言った。

 

「そうだけど?」

「本当にあの歩く人間核弾頭のレッドか?」

「……ンンン?」

「おれは生きた自然災害のレッドだって聞いたぜ」

「ばっかやろう。女たらしのレッドだろう?」

「え、人間詐欺罪のレッドじゃねえのか」

「露出狂の変態レッドってのもあるぜ」

 

 リーダーに続いてあらぬ誤解いや語弊が浸透しているらしく、本人を前に好き勝手言う男たち。当人は付いていけず首を捻ることしかできなかった。

 そもそも突拍子すぎて怒ることすらできない。

 

「まあとにかく。総括して、あなたって最低のクズねのレッドだな」

「……もうなんでもいいよ」

「へへっ。じゃあ大人しくしてもらおうか。お前さんだって命は惜しいだろう?」

「命? あんたら何の話をしているんだ?」

「ほれ、これだよこれ! お前さんの指名手配だ」

「どれどれ」

 

 リーダーの男はご丁寧にその手配書とやらを渡してくれた。

 が、いざ見てみればとんでもないことばかりが書かれていた。

 

「ようやく理解したようだな。お前さんは全国で一番有名かつ大金なのさ!」

 

 賞金額も$$とか聞いたこともないのが使われているし、どう見たってふざけているとしか思えない。それを訊けば、「ドルの二倍ってことだろ」と疑ってすらおらず彼らの頭が心配になった。

 

(……サカキだな)

 

 力で知ったわけではない。レッドは直感でそう思った。

 自分に対してこんな手の込んだことをする人間など、世界広しといえどサカキぐらいだ。こうまで自分に会いたいとなると、よほど再戦をご所望らしい。

 思わずレッドの口角があがるとそれがリーダーの癇に障ったらしく、怒号を上げながら再度銃を突きつけた。

 

「笑ってんじゃねえぞ! こんな状況でお前さんに勝ち目はない。俺達に従うか、それとも死ぬかだ」

「勝ち目? そんなものはじめからないだろ」

「なんだ。わかってんじゃねえか」

「いや、アンタらが」

「ッ! なんだと!」

 

 リーダーの男は持っている拳銃をレッドの頭に突きつけた。この距離なら外すことはなく、放たれた弾丸は間違いなく脳を貫いて即死だ。

 だが、レッドの表情は変わずさらに挑発した。

 

「ほら。撃てって」

「お、お前あたまイカれてんのか……!」

「いいからほら。“もしかしたら”俺を殺せるかもしれないぞ?」

「ふ、ふざけやがって!」

 

 男は銃のグリップを握りなおし足場を変えた。

 絶対に撃つ。その意志の表れだ。

 しかし、すぐには撃たなかった。撃とうと思えばすぐに撃てる。そうしないのは、先程から常軌を逸している態度をとるレッドが原因だった。

 躊躇うこと数分。

 男は引き金を引いた。

 カチ──と空の音が彼らの耳に届いただけだったが。

 

「な、なんで!」

 

 男は何度も引き金を引いたが弾は出ず。さらにはマガジンを取り出して残弾を確認すれば、そこにあるはずの弾丸はなかった。

 レッドが手を広げると、何もない空間から蛇口を捻った水のようにジャラジャラと弾丸が落ちてくる。手のひらに収まらない弾丸は彼の足元に山となっていく。

 それを見た部下たちは自身が持つ銃のマガジンを外して中身を見れば、案の定そこに収まっているはずの弾丸はなかった。

 

「で? どうやって俺の居場所がわかったんだ?」

「そ、それは──」

「“答えろ”」

 

 状況は先程とは正反対になったのに、男はそれでも有利な立場を鼓舞しようとみせるが、レッドが力を使って強制的に言わせた。

 

「わかったんです。ここに来ればなにかある。それだけです」

 

 男の目は正気であったがその声に生気は感じられない。それを見て部下に動揺がはしる中、レッドは特に気にしてはいなかった。

 

「これも世界の意思ってやつかなあ」

 

 並行世界のレッドの死という因果はまだ続いているのだろうとレッドは推測していた。ただすでに102回のほとんどが自分が原因で死んでいるというのに、世界はまだ死を求めているらしい。

 その世界の意思とやらが、この賞金稼ぎたちがここにくることを仕向けた。

 以前だったらどう思うかはわからないが、いい加減放っておいてほしいし、102回も死んだのだから大目に見てくれてもいいのではないかと言ってやりたくはなるが。

 

「じゃ、もういいから」

「なにを言って──」

 

 リーダーをはじめレッド以外の人間全員がその場に倒れた。何の動作もなしに彼らを眠らせると、今度は全員をある場所へテレポートさせた。

 

「適当に留置所でいいか。銃刀法違反があるかはしらんけど」

 

 彼らをテレポートさせた場所はホウエン地方にある留置所の中。つまりは牢屋の中だ。今頃誰かしら異変に気づいて大騒ぎだろう。

 今度こそカントーへ戻ろうとしたとき、また何かを感じとったと同時にサーナイトがボールから現れた。

 

『マスター、なにかがこちらに向かっています』

「の、ようだな。だけどなんだこれ? ポケモンにしては変だな」

『これ……マスターに似てます』

 

 ポケモン特有の反応に何かが混じっていると疑問を抱いていると、サーナイトがその違和感を教えてくれた。

 問題はそれを自分で確認できないことだ。似ていますと言われても、それを知覚することはいまの状態でも難しい。己を理解できるのは己自身であるものの、第三者が捉えている感じ方を理解することはできない。

 なのでサーナイトとシンクロしてそれを確かめた。

 

「あーーー俺だな、これ」

『ですね』

 

 シンクロを通してわかったのは、そのポケモンは間違いなく自分と同じ気配をしていることだった。

 そんなポケモン思い当たる節がまったくないのだが、隣にいるサーナイトが悪鬼のごとく問い詰めてきた。

 

『マスター! いつの間に子供なんて作ったんですか! 私ではなくどこのポニータの骨とも知らないポケモンとなんて!!』

「知らん。ていうか、なんで俺がポケモンとの間に子供を作るって発想に至るんだお前は」

『マスターには前科がありますからね』

「あれはノーカンだろ」

 

 それはきっとソルガレオとルナアーラのことだろうか。あの二匹に関しては向こうが勝手にそう呼んでくるのが原因で、何度もやめろと言ってもやめなかったので諦めた経緯がある。

 

『では私と子作りできないって言うんですか!?』

「最近のお前がよくわからないよ……」

 

 予兆は前からあった。他のポケモンよりやけに人間らしい素振りをしてみるのだが、ある日を境にそれは顕著になってきた。

 寝ている時には常に彼女の膝枕なのだが、それ以外にも風呂に入ってきたり腕を絡ませてきたりとスキンシップが増えてきたのだ。

 ただ、レッドはどこまでいってもそれをスキンシップと捉えているので、サーナイトのこれは現状悩みの種の一つ。

 サーナイトが隣であーだこーだ言っていると、そのポケモンはついにやってきた。

 それは、レッドが知っているポケモン──デオキシスだった。

 

「デオキシス? なんで?」

 

 古い原作知識を思い出す。たしかデオキシスは誕生の島でのイベントで捕まえることができたポケモンだったはず。この世界ではもうあちらの常識は通じないので驚きはしないのだが、先程から感じていた違和感は目の前のデオキシスからで出ているのが不可解だ。

 

「みつけた……!」

「見つけた? なんだ。俺を探してたのか」

 

 デオキシスの姿は4つあるの内の一つであるノーマルフォルムだった。デオキシスはゆっくりとレッドの方に歩いていく。

 よく見ればデオキシスの体は汚れていた。最初はてっきり戦いの傷かと思ったが実際はあちこち泥や埃のような汚れ。

 目の前まで来ると、デオキシスはレッドの手をとって言った。

 

「教えてくれ……オレの存在している意味生まれた理由を!」

「……ちょっと頭の中覗かせてもらうぞ」

 

 左手でデオキシスの頭に触れる。

 次の瞬間、まるで映画を早送りで再生しているような映像が頭の中に流れる。時間にして僅か数秒でレッドは全てを理解した。

 

(なるほどな)

 

 まさかロケット団──サカキが関わっているとは予想外だった。映像の中になぜデオキシスが自分と同じ気配を持っているのか。その理由も知れば簡単で、デオキシスの体内には俺の血が流れているのだ。

 その血をいったいどこで手に入れたのだろうかと少し考えていると、サカキと戦ったトキワジムでの一戦ぐらいしか思いつかなかった。あの時サカキは先に目覚めて姿をくらましていたのでそれで間違いないと思う。

 俺の血を入れられたデオキシスは血の影響……変な言い方になるが、俺がデオキシスを動かした。

 それで先の質問の答えを知るために世界中を探し回っていたということらしい。

 ただ──

 

「いや、そんなん俺が知るわけないだろ」

「──!!」

 

 声にならない悲鳴というのは目の前のデオキシスのことを言うのだろうか。涙を流しながら顔を横に振って、「うそだうそだ」と言っているようだ。

 レッドは続きを言うべくデオキシスの肩を掴んだ。

 

「人もポケモンも生まれてくる場所や相手を選べない。だけど、生き方は選べる」

「……いきかた?」

「ああ。今日までは俺を探すためだったけど、これからはお前の好きなように生きればいい。お前はもう自由なんだ」

「でも」

「?」

「じゃあオレにとってレッドはなんなんだ? レッドが教えてくれた。戦えって、生きるために戦えって。レッドは自由って言った。けど、自由でいるためにもっと戦わなくちゃいけないのか?」

『これはマスターですね~』

 

 と、いつの間にか落ち着いているサーナイトが茶化す。この場合確かに俺が悪いのだろう。

 自由でいるために戦う──まさに今までの俺だ。

 原作で起きる事件を防ごうと戦っていた自分そのもの。色々と立場とか役目とか変わったけど、それはある意味でこれからも変わらない。

 デオキシスは一人だった。

 身体に流れる血が唯一の拠り所でもあったのだろう。それ以外に何かを教えてくれる存在はいない。記憶の中で見た個体・弐と呼ばれるもう一体のデオキシス、同胞あるいは兄弟とも呼べる存在をも見捨ててここまで来たのから。

 

「デオキシス、戦いたくないなら戦わなくていい。これからどうしたいのか、どう生きていけばいいのかわからないのなら、俺の傍にいろ」

「つまり?」

「つまりって言われてもその……ああ、アレだ」

 

 何かを思いついたようにレッドはポンと手を叩いた。

 

「俺がお前の親になってやる」

「……おとう、さん?」

「まあそうなるな」

「おとうさん……お父さん……」

 

 やけくそ気味に言ってみればデオキシスは何度もお父さんと口ずさむ。何度も口にすることで馴染ませようとしているようにも見える。

 ただ、それが気にくわないのが一人いたらしい。

 

『反対反対反対でーす! 帰ってきて早々またよく分からない出自の子供が増えるなんて私は──もごもご!!』

「はいはいサーナイトはちょっと大人しくしようね~」

「恋愛脳乙」

 

 ボールから出てきたイーブイとラプラスによってサーナイトは自身のボールへと強制帰還された。それもあって場がやっと静かになると、デオキシスが抱き着いてきて今度はうれし涙を流した。

 

「お父さん……」

「よしよし」

 

 頭を撫でてやればすごく喜んでいるのが伝わってくる。

 しばらくデオキシスを撫でていると、忘れていたあることを思い出した。

 

(あれ、デオキシスってことは……)

 

 ゲームでのデオキシスの登場はルビー・サファイアであるが、デオキシスそのものを捕獲できるのはリメイク版であるファイアレッド・リーフグリーンのはず。

 となれば、時系列的には第三世代でありファイアレッド・リーフグリーンの物語となれば、追加要素であったナナシマということになる。

 そう考えるとデオキシスがロケット団と関係あるのも不思議ではない……のだが。

 

「ンン~?」

 

 再び既視感が襲った。

 ほんの少し前、デオキシスが現れた時と同じ感覚がまた起きた。ただ先程と違う点が一つあって、知っている気配が混じっている。

 

「──!!」

 

 そして二体目のデオキシス──たぶん個体・弐と呼ばれていた方が現れた。

 個体・弐は個体・壱と違った反応だった。

 一言で表すと喜んでいた。向こうはノーマルフォルムではなくスピードフォルムで、両手をあげて見せてその感情を表現している。

 何故か個体・壱と同じようにテレパシーをしてこないのでそれで思い出した。記憶の中で二人の能力の差に個体差があった。なので個体・弐はテレパシーができないのだろうと。

 

「ほれ。これでテレパシー使えるだろ」

「あ、ほんとだ!!」

 

 力を使って個体・弐にテレパシーをできるようにしてやると、早速彼……彼女? の言葉が届いた。

 

「お父さんやっと会えた! それに兄さん? にも!」

「まーた子供が増えたぞおい」

 

 1時間と経たずに子供が二人増えたことに呆れていると、腰にあるサーナイトのボールがガタガタと暴れているのが伝わってくる。

 出てこないのはきっとソーナノの結界が阻んでいるからだろう。素直に感謝。

 暴れているサーナイトを無視して、レッドは気になっていた個体・弐から感じる知っている気配について訊いた。

 

「なあ、おおよその検討はついてるけど一応聞くぞ。お前の中にある俺の血ともう一人だれ?」

「お母さんです。リーフお母さん!」

「oh……ちょっと頭の中失礼」

「?」

 

 同じように個体・弐の頭の中を覗いてすべてを理解してため息をついた。

 俺の血を抑え込むためにリーフの血を入れたら大人しくなった──なんて知ったらため息をつきたくもなる。

 つまり、身体に流れる自分の血はとても乱暴で暴れん坊ということになる。

 酷いったらありはしない。こんなにも俺は平和主義者だというのに。

 けど、嬉しいこともあった。

 

「しかし、サカキのやつ自力でシンクロを会得するとは。さすが俺のライバルだ。そうこなきゃ面白くない!」

 

 久しく忘れていた感情が蘇る。体に流れる血が沸き立つこの感覚。

 サカキは宿敵いや永遠のライバルといっていい。そんな存在がまさかシンクロを会得していると知ればこうもなる。

 あいつもあいつで日々強さの高みを目指しているのだ。これ程嬉しいことはない。成程、だからあんな手で探していたわけだ。

 レッドが来る戦いを待ち遠しく思っていると、気づけば抱き着いていた個体・弐と個体・壱が目の前で喧嘩していた。

 

「おい。お父さんから離れろ」

「なんでなの? ようやく家族が再会したんだよ兄さん!」

「どうしてオレがお前の兄になる。お前なんて知らない」

「ワタシたちには同じ血が流れている。だから兄妹なの」

「そんなこと知らない」

「兄さん!」

 

 初めての兄妹喧嘩が勃発しているなか、レッドは気になっていたことを個体・弐に尋ねた。

 

「え、なに。お前ってメスなの?」

「子供なら女の子が欲しいってお母さんが言ってたから……」

「まあ……いいんじゃない? うん……」

 

 考えるのが面倒なので追及しないことにするレッドに、二度あることは三度あると言わんばかりにまた覚えのある気配を感じた。

 それは彼らの前方5メートル程前にテレポートで現れた。

 テレポートで現れたのは二人の女。見覚えのない服装であるが、女達の髪には見覚えがあった。

 レッドは抱き着いていたデオキシスを離して二人の下に一歩足を踏み出して──足を止めてしまう。

 

「──ぁ──」

 

 彼女達の名を呼ぼうとしたとき、何故か言葉がつかえた。

 知っている。俺は、二人を知っているはずなのに、なぜ二人の名前を呼べない? 大事な──大切な人達のはずだ。

 そうだ。そのためにこの時代に帰ってきたはず。それなのにどうして──

 どうして、名前を口に出せないんだ。

 

「──レッド? ……レッド、レッド! 本当にレッドよね!」

「……な……つ……め……?」

 

 女は名前を呼びながらこちらに走ってきて抱き着いてきた。被っていた帽子が飛んでいき、その際彼女の髪がふわりと持ち上がってそれが鼻に触れて嗅いだ匂いで、ようやく名前を口に出来た。

 そうだ。

 彼女は、ナツメだ。

 ナツメは身体をあちこち触ったあと両手で顔を強引に引き寄せた。

 

「よく顔を見せて……うん、怪我はしてないわね。背も少し伸びた? レッド? あなた、泣いてるの?」

「……え?」

「そうよね。数年ぶりの再開だもん。当然よね」

「……ああ……そうだよ、ナツメ」

 

 ナツメに言われて気づいた。

 どうやら俺は泣いているらしい。なぜだろうと考えて、すぐにわかった。

 これは嬉し涙ではない。むしろ、彼女に対して懺悔の涙だ。

 今この時まで俺は、ナツメはおろか彼女達のことを忘れていたのだ。

 いや、覚えていたはずなんだ。あの日、シロナと別れるまではちゃんとナツメ達の下へ帰ろうと。それが長い永遠ともいえる時間の中を旅をして、気づけばただ元の時代に帰ることしか覚えていなかった。

 それでも、このマフラーがあったからシロナだけはちゃんと覚えていられた。

 

「相変わらずダサいシャツなんだから。それになんでマフラー? あとこの左腕。いつから宝石なんて興味出たの?」

 

 それを言われて流していた涙がぴたりと止まった。

 相手はナツメなのに、初めて彼女に怒りという感情を抱いてしまう。

 自分のことはなんと言われてもいい。罵声を浴びせ石を投げつけられてもいい。

 だけど、シロナが選んでくれたこのシャツを、シロナの想いが込められたこのマフラーを馬鹿にされるのだけは、許せなかった。

 今の発言を訂正させようとしたときもう一人の女……カンナの顔を見て、その怒りは消えた。

 かつて馴染みのあったメイド服ではなく、ナツメと一緒で野戦服のような格好をしているカンナを抱きしめた。

 

「カンナ」

「レッド……おかえり」

「ただいま、カンナ」

「レッド、あなた今日までどこにいたのよ! みんな心配してたんだから」

「そうよレッド。あなたを探すためにどれほどの時間を要したことか」

 

 レッドは悩んだ。果たして自分が体験してきたことを信じるだろうかと。

 あのルネシティでの戦いのあと気づいたら過去のシンオウ地方にいて、そこでシンオウチャンピオンであるシロナ(幼女)と一緒に旅をして、この星の創造神であるアルセウスと対話し力を与えられた。それはアルセウスと同じ力。つまりは神と同等な存在になったということ。さらにはその時間軸を超えてあらゆる時代を旅してきたこと。

 普通に考えればそれを信じるはずはない。

 以前一度だけ現代の時間軸に近い時間に出たことがあった。それを自分の感覚で言葉にするなら大分前の話になる。1か月かあるいはもっと経つ。

 なので──

 

「言っても理解できないだろうからいいや。それよりなんでそこまで俺のことを探してたんだ?」

 

 相変わらず空気の読めない男であった。

 いつもなら怒鳴るナツメとカンナであったが、今は状況が違うのかむしろ切羽詰まった様子。

 

「リーフ達が石になって大変なのよ!」

「石? 石ってつまり石化?」

「そうです。話すと長いんですが──」

「あ、全部視たから話さなくていい」

「へ?」

 

 今のレッドは視たいときに視れて、知りたいものを知れるまさに神そのもの力を有している。カンナ達が説明するその一瞬、彼は二人の記憶を読み取った。

 すでにレッドの感覚は常人とはかけ離れている。まさに天と地の差があると言わんばかりに。

 

「もうあれから1000年経ったのか。ジラーチのやつもつくづく面倒ごとに巻き込まれる」

「ねえ。なんでジラーチのことを知ってるの?」

「となるとまたヴァンプか? でもな~あいつらもう悪さできないはずだし……」

「あの……レッド?」

「答えを知るのは簡単だけどそれじゃあつまらんし」

「ちょっとレッド!!」

「ん? なに?」

 

 ナツメの怒号で我に返るレッドだが本人はたいして気にしておらず、なぜ目の前の二人がこんなにも不満で怒っているのかよく分かっていなかった。

 

「色々と聞きたいことはあるけど、まず後ろのデオキシス! なんでいるのよ!」

「しかも、もう一体いますよ奥様……」

 

 釣られて後ろを向けば二人はなにやらまだ言い争っているらしい。「兄さん!」と個体・弐が叫び「違う」と個体・壱が否定する会話を何度も繰り返していた。

 それを見ながらレッドは特にナツメに対してなんの配慮もせずに言って見せた。

 

「二人は俺の子供だから」

『──へ?』

「ああ、違うな。俺が二人の父親になった。知ってるんだろ? 俺の血が入ってるの。だからなった」

「子供って……あなたねえ!!」

「で、石になったリーフ達はどこ──いや、いま気づいた。ジラーチの気配はこれだな……ここは……バトルフロンティア? となるとエメラルド? よくわからんなあ」

 

 デオキシスだからファイアレッド・リーフグリーンかと思いきや、今度はジラーチでさらには舞台がバトルフロンティア。つまりはエメラルドの時間軸になっている。

 ここは本当によくわからない世界だとレッドが肩をすくめていると前で、ナツメとカンナはその彼がよく分からなくなっていた。

 

「ねえ、カンナ」

「なあにナツメ」

「私の前にいるの、本当にレッドよね」

「そうね。相変わらずのダサTだから間違いなくレッドね」

「私が知っているレッドって、こんなに賢そうじゃないんだけどなあ」

「ちょっとおバカぐらいがレッドだもねえ」

『……アハハ』

 

 素に戻ったカンナとナツメは、折角の再会のはずが予想以上に斜め上の展開になっていることと、その当人であるレッドの豹変についていけなくなっていた。

 

「じゃあ俺、先に行くから」

 

 二人の気持ちや苦労も気にせずレッドは言った。

 

「あ、そうだ。ナツメはかなり疲れてるようだから……」

 

 ──レッドのいやしのはどう! ナツメの体力が回復した! 

 ホウエンから遠く離れたジャングルから強引に連続テレポートした反動は、レッドに出会えた喜びで忘れていたがその当人はナツメの疲労を見抜いた。

 

「ほら、これで回復した。もうちょっと休んでから追いかけてこいよ。その頃には多分終わってるから」

「終わってるって。レッド、もうちょっとわかりやすく──」

「あ、お前らも来るか? ……そうか、なら一緒に行くか。じゃあ二人とも現地で会おう」

 

 一瞬にしてレッドと二体のデオキシスは消えた。

 エスパーであるナツメだけはレッドの反応を捉えている。彼が先程言ったバトルフロンティアにいるのは、場所を知っているのですぐに合致した。

 だが、ナツメはそれでテレポートに関しては自分以上のモノだと理解してしまった。エスパー使いといえど誰もがテレポートできるわけではない。エスパーですらないレッドがテレポートを──厳密にはテレポートではないのかもしれないが──使って見せたのはさらに混乱させる要因となってしまった。

 自分の知るレッドではない、そんな疑惑が。

 

「──とりあえず、コーヒーでも飲んでからいきましょうか」

「そうですね……」

 

 緑が再び芽を出し始めた広い大地の上で、ナツメとカンナは言われたように一息つくのであった。

 

 

 

 




ジラーチの第二の願いによって石化から解放されたリーフ達。
エメラルドを筆頭に邪魔をしてくる図鑑所有者一行。
でも、ガイルには最初の願いで生み出した海の魔物がついてるわ!
負けないでガイル。ここを凌げば図鑑所有者達にだって勝てるんだから! 

次回 ガイル死す

デュエルスタンバイ!


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