これまでのバトルフロンティア編は?!
〈ナナシマ事件〉から約3ヵ月後。ホウエン地方にバトルフロンティアがオープンした。
そこへ1人の少年が降り立った。名はエメラルド。ホウエン地方3人目の図鑑所有者である。
彼の目的は7つある施設を制覇すること──ではなく、1000年に一度7日間だけ目覚めるというねがいぼしポケモンジラーチを捕獲することにあった!
バトルフロンティアを挑戦しつつもエメラルドはついにジラーチが目覚める洞窟へとたどり着いたが、そこに甲冑を着た謎の男・ガイル・ハイダウトによって捕獲を邪魔されジラーチには逃げられてしまうはめに。
新たな敵の登場に翻弄されつつも、エメラルドは再びバトルフロンティアへと挑戦していく。そんな彼のもとに先輩ともいうべきホウエン地方の図鑑所有者であるルビーとサファイアが援軍に駆けつけた。
順調にバトルフロンティアを制覇していくエメラルドだったが遂にガイルが動き出した。
フロンティアブレーン達の奮闘むなしくジラーチはガイルの手によって捕まえられてしまう。
さらにガイルは邪魔をさせまいとバトルフロンティアのレンタルポケモン達を使ってエメラルド達の行く手を阻む。ブレーン達の協力もあって遂にガイルのもとにたどり着いたエメラルド達。
戦いの中、ガイルはその素顔を自ら晒した。
ガイルの正体。それはルネシティで消えたはずのアクア団のボス・アオギリだった!
アオギリはブレーンの一人を人質に取り、ジラーチに願いを叶える方法を聞き出し、願った
「すべてを呑みこむ海の魔物を出現させよ」と。
海の魔物。それはアオギリがイメージした姿──ホウエン地方に伝わる古代ポケモンカイオーガ。
カイオーガと同等かそれ以上の巨大な姿をした海の魔物がエメラルド達に襲い掛かる。
そんな彼らを救いに現れたのが裏でエメラルドを指示していた図鑑所有者達のひとりクリスと、同じくジョウト地方図鑑所有者達のゴールド!
ゴールドとクリスがガイルの相手をしながらエメラルド、ルビー、サファイアはこの状況を打開するために究極技を会得することに。同時にジラーチの願いを叶えてもらうためにはジラーチと心を通わす必要があった。
その役目は初日からジラーチを捕獲するために動いていたエメラルドが選ばれた。最初はエメラルドを受け入れなかったジラーチであったが彼が心の奥で閉ざしていた本当の気持ちを叫び、ジラーチは2つ目の願い、「石なったリーフ達を元に戻す」を叶えたのだった。
カントー、ジョウト、ホウエンの図鑑所有者達が揃った中、遂にガイルとの最終決戦が始まった。
レンタルポケモン達を支配下にしたガイルとエメラルド達の戦いは熾烈を極めた。
そして火・草・水・電気の究極技が海の魔物を貫き倒したかに見えたが……。
4属性の究極技は確かに海の魔物を貫きその体が崩壊した
が、はじけ飛んだ海水が再びその形を元の姿へと戻るべく集まっていき、図鑑所有者達の前に再び海の魔物が姿を現した。
「くくくっ……ハハハ! 残念だったな!! いくらお前たちが強力な技を放っても、海を倒すことは誰にもできない。そうだ。これこそ私が望んだ力そのものだ!!!」
「そんな……みんなの力を合わせてもダメなのか!」
エメラルドは膝をつき絶望していた。
先程の攻撃は間違いなく自分が知る中で最強の一撃。脳裏には勝利の二文字がちらついた。
それなのに最大の障害は未だ健在。
ポケモン達の疲労は個々に差はある。だが同じ技を撃てたとして本当に勝てるのだろうか?
彼だけではない。この場にいる全員が不安、恐怖、絶望を抱き始めている。
だが、彼女は諦めていなかった。
カントーリーグチャンピオンリーフだ。
「みんな諦めちゃだめよ! わたしたちはまだ戦える。生きている限りは負けじゃない!」
「そう、だな。それにまだ希望はある」
「そうね~。一人現在進行形で遅刻しているやつがいるもんね~」
リーフに続いてグリーンがブルーがその目に光を取り戻し後輩たちを立ち上がらせる。
「先輩方それって!」
「つまりはそういうことだ」
「わたしはまだ会ったことないのよね……」
ゴールド、シルバーはその人物を知っているが、残念ながらクリスは名前と彼にまつわる武勇伝しか知らなかった。
「あのもしかして……」
「そうばい! あん人がまだおったとよ!」
「え、なに。二人も知ってるのか? 知らないのオレとクリスさんだけなの?」
「それを言わないで!」
ルビーとサファイアは知っている。自分達とホウエンを救ってくれた人を。仕方ないがエメラルドは知らないのも無理はなかった。けれど、名前を聞けばすぐにわかるだろう。なにせ「あの」が付く有名人だ。
彼らの胸に希望が現れる。
だが、ガイルことアオギリはすでに勝利の美酒に浸っていた。
「貴様らがどう足掻こうが無駄無駄。万が一にも貴様らに勝利はない! やれい、今度こそ図鑑所有者を葬り去るのだ!」
『──?』
アオギリの声に海の魔物が再び自分達を呑み込もうとして身構えた──が、一向に攻撃は来ない。むしろ、先程よりも静かだった。
いや、静かすぎた。
「な、なんだ。いったいどうしたというんだ?!」
「魔物が止まっている、のか?」
「る、ルビー! 外が!」
「外……? what⁉ 波が止まってる⁉」
「それだけじゃねえぜ。あんなに吹き荒れてた嵐も止んでやがる」
「まるで時が止まったようだ」
エメラルドの言葉はまさに的を射ていた。バトルフロンティア周辺の海域で激しく荒れていた海が、その動きを止めていた。その光景はまるで写真で撮った風景に酷似していた。海だけではなく、外では激しく吹いていた風が収まっていた。だが、暴風によって風を打ち付けられていた木々はそのまましなっていた。
「なんだ?! いったい何が起きているんだ!!」
『──俺が時間を止めた』
声だ。
男の声が直接頭の中に聞こえてきていた。それはアオギリも同様で、さらに混乱していた。
同時に新たな変化も起きた。
ピピピピ!!!!
エメラルドをはじめ全員がその手に図鑑を持った。
「また共鳴音?!」
図鑑所有者10人が持つポケモン図鑑の機能である共鳴音が鳴り響く。これは先程も起きた現象だ。ジラーチがリーフ達の石化を解く際にも鳴ったのだ。
ここにいる図鑑所有者は10人。現在確認されている図鑑所有者は11人。
その最後の一人は──
『イエローイエロー』
「え、ピカ……にリザードン達も」
『ほら、来たよ』
「え……ぁぁ……!!」
彼らとアオギリの間にレッドのポケモン達が立っていた。リザードン、フシギバナ、カメックス、カビゴン、ラッキーそしてピカチュウが向けている視線の先。アオギリの向こうにあるバトルタワーの外にある海の魔物の前に男がいた。
そしてイエローは彼の名を叫んだ。
「──レッドさん!!」
「おーす」
状況に反して軽い口調で挨拶をしながらレッドは現れた。それも空の上を歩いて。もちろんそれに気づかない鈍感な者は残念ながらいなかった。
「……歩いてない? 空のうえ」
「すげー! さすがレッド先輩!」
「ゴールド。そこは喜ぶとこじゃないわよ……」
「ねえ、リーフ。あれ、デオキシスじゃない?」
「あ、ほんとだ! って、もう一体いるんですけぉ⁉」
歩くレッドの後ろに続いて二体のデオキシスが付いてきていた。片方のデオキシス──スピードフォルムの方はリーフに手を振って喜んでいる。「わーお母さんー!」的なオーラを出しているのが個体・弐だ。
レッドはそのまま建物に入ると両者の戦いの行く末を見守っていたジラーチのもとへ近づいていく。彼が目の前まで来るとジラーチは慣れ親しんだように言った。
「ちょっと遅かったんとちゃう?」
「は? 善悪関係なく願いを叶えるお前のその緩さをなんとかしろ」
「ま、いいや。ほらほら! さっさとやっつけちゃえレッド!」
「はあ~~~。調子に乗ってるだろ、お前」
「久しぶりの再会なんだからかたいことは言いっこなし!」
大きなため息をつくレッドと生き生きしているジラーチを見て、エメラルドが先輩達に向けて訊いた。
「あの……なんか会話してません? ていうか、レッドってあのレッド?」
「まあ、どのレッドかは知らないけどそのレッドよ」
と、ブルーが慣れたように答えた。
「とりあえず、時間をいつまでも止めておくとあれだし」
パチンとレッドは左手で指を鳴らした。肌と肌ではなく、鉄と鉄が鳴らした音にしては綺麗なものだった。
その光景に惚けている間に止まっていた時間が動き出し風がまだ建物の中を通って吹き荒れる。同時に外にした海の魔物がその形を繋ぎ留められずに崩壊していく。
「何をした……」
「ん?」
「何をしたんだ! マサラタウンのレッド!!」
目の前の光景を信じられないアオギリがレッドに向けて叫ぶ。
「何って。アレ、ジラーチの願いで生み出したんだろ? だから、その願いを破壊しただけ」
「は、破壊だと?!」
「そ。ところでお前だれ? 知ってる気配がするんだけど」
「そいつアオギリです、レッドさん」
「あ、ルビーごめんな。お前に返してもらったあのマフラー失くしちゃったんだ。ほんとごめん」
「い、いえ。それはいいんですけど……」
ルビーが視線をアオギリへと促すと、レッドは思い出したように彼の名を口にした。
「そうそうアオギリなんだっけ? なんだお前死んでなかったのか……にしては変だな。その鎧はかっこいいけど」
「ふざけるな……ふざけるなふざけるなァ!!! 願いを破壊? そんな言葉を信じろと言うのか?!」
「現にアレはもう海に戻ったぞ」
「なんなのだお前は⁉ あの時もそして今も! お前さえいなければ私の野望は達成されていたのに。この化け物が!!」
「化け物? とんでもない俺は神様だよ──自分で言うのは恥ずかしいな、これ」
「バカにするなあああ!!!」
激情したアオギリがその手にもつ剣をレッドに降りかかるべく吶喊する。
瞬間、レッドが光り姿を変えた。
──レッドはネクロズマと合体した!
フルアーマーレッド。通称ブラックナイトとなったレッドはアオギリの一閃を受け入れた。
「なっ──!」
剣はレッドの頭をたたき割る前に折れた。折れた剣先はくるくると回り弧を描きながら床に落ちた。
「騎士には騎士ってね。出血大サービスだぞ?」
その姿はアオギリの王道な西洋甲冑と比べれば正反対だった。色は漆黒。光すら呑み込んでしまうほどの黒。他の色と呼べるべきもものは頭部のみ。例えるならステンドグラスのような色合いの形も禍々しい。無駄がない洗練されたデザインと言うには両肩から垂れている腕のような盾が特に目を引かれる。
レッドは右手の人差し指をアオギリに向けた。
──レッドのすごいビーム。
指先から放たれた閃光はアオギリが纏っている鎧だけを切り裂いた。
同時にレッドは合体を解除して元の姿に戻った。
「なるほどね」
本来の姿を現したアオギリを見てレッドは理解した。着ていたあの鎧がこの世にアオギリを留まらせていたということに。
そして鎧がなくなったいま、彼は消えようとしている。
「消えたくない! 私は私はまだ──」
「あの世でマツブサと仲良くしなよ。あの世も結構いい所だぞ」
「レっ──」
アオギリは光と共に消え、鎧も折れた剣もすべて光になった。気づけば戦いの騒音は止み、聞こえてくるのは風の音と波の音。暗雲が晴れていき水平線から朝日が昇る。まさに戦いの終着を知らせるかのようだ。
レッドはアオギリを見届けるとポケモン達のもとに近づいていき一体ずつ撫ではじめた。
「お前らにはすまないことをしたな。でも、これからはずっと一緒だ」
主の帰還に喜ぶリザードン達。涙はない。絶対に帰ってくるということを信じている。彼とポケモン達の信頼と絆の強さの現れだ。
感動の再会をしながらレッドは彼らを撫でていると、感動の嬉しさのあまりカビゴンが飛びついた。
だが、彼は何ともないかのように抱き着いてくるカビゴンを平然と抱えたままエメラルドの前まで歩いていった。
「お前がエメラルドか?」
「そ、そうだけど」
「あいつの代わりに改めて礼を言うよ。本当にありがとう」
「えーと、あいつってジラーチのこと?」
「そ。いやな? あいつが目覚めるたびに面倒事が起きるんだ。今回なんてマシなんだぜ? 前回なんか7日間ぶっ通しで戦って、その余波で山とか地面にでっかい穴とかあけちゃったり。ま、全部元に戻したんだけどね」
「前回って1000年前じゃ……」
「参るよなあ。元の時代が1000年後なんてさ。休む日もないんだから」
「……」
エメラルドは顔だけ後ろに向けて先輩方であるリーフらに目で訴えた。「これ、本当なんですか?」と目線を送ると「真に受けるな」と顔を横に振られた。
またレッドの方に振り返ると、彼の背中に抱き着いていたカビゴンを見て尋ねた。
「あの、重たくないんですか……カビゴン」
「え、全然。カビゴンなんてほら、ピザをまわすより簡単だ」
抱き着いていたカビゴンを片手で宙に放り投げると、カビゴンの背中に人差し指を立ててまわして見せた。そのまわされているカビゴンは恍惚としていた。
「あ~なんか戻ってきた感じがするぅ~」
「……そっか。簡単なんだ!」
深く考えないことも大事。エメラルドは少し大人になった。
カビゴンを床に降ろしたレッドは、そのまま幼馴染のもとへ向かった。グリーン、リーフ、ブルー。それとイエロー。当然そちらに向かえば二体のデオキシスもついていった。
「ただいま」
「まったく遅刻だぞ」
「いやあ。もう時間の感覚とかないからさあ」
「まあ、色々と聞きたいことはあるけど。デオキシスのことは説明しなさいな」
グリーンとブルーは余裕を装って見せていながらも、その表情は優しかった。
「あ、そうそう。デオキシスなんだけど……リーフ。よく頑張ったな偉いぞ。撫でてやろう」
「子供じゃないんですけど」
「ならやめる」
「やめてとは言ってないもん」
「はいはい。それと、デオキシスのことはまあ……落ち着いたら話し合おう」
「うん。あのねレッド」
「なんだ?」
「今までありがとう」
「……そっか」
その一言にどんな意味を込めて言ったのか不思議と理解できた。リーフは気づいたのだ。それがシロナに言われた時のように無性に嬉しかったのかレッドの頬が緩んだ。
その笑みは優しくも瞼に深い哀愁がこもっていた。
けど、それは一瞬だけですぐに元に戻った。
「それとイエローもな」
「え~? ボクもなにかあるんですか~?」
と、いつの間にかレッドに抱き着いて彼の腹筋に頬を擦り付けながらイエローはとぼけた。
「さっきピカから教えてもらったぞ。あとで力の使い方を練習しような」
「うぅ……」
「返事は?」
「はぃ……」
「よろしい」
「ところでレッド。ナツメには会ったの? 彼女とカンナはあなた達を探し回ってるって聞いてたけど」
「会ったよ。もうそろそろ来ると思うんだけど──あ、来た」
「え?」
レッドの言葉と同時に彼の前にナツメとカンナがテレポートして現れた。
ナツメはすぐさま状況を理解して抱き着いていたイエローを離して代わりにレッドに抱き着いた。
「本当にレッドの言う通り終わってたわ……」
「ええ。びっくりですよ奥様」
「ま、終わったならそれでいいわ。さあレッド、帰りましょ。色々と聞きたいこともあるし」
「そうだな。俺も伝えたいことがあって」
腕を引きながらナツメはこの場から離れようすると、レッドの腰にあるボールからサーナイトが現れた。サーナイトは空いていた反対側の手を掴んで引き留めた。
『あの……マスター』
「どうしたサーナイト」
「む?! あの時のポケモンじゃない! ちょっと離しなさい、よ!」
ナツメの抵抗虚しくもレッドは梃子でも動かず、サーナイトと会話を続けた。
『もしかして、もしかするかもしれないんですけど……あの人が近づいていると思われるのですが』
「そりゃあ気づくよな……あの人なら」
嫌というよりも複雑あるいは気まずいような雰囲気を二人は出し始めた。
「あの人? ああ、それって──」
ナツメが二人の会話からその人を連想して名前を告げようとしたとき、それは突然現れた。一言でいうなら渦だ。渦はちょうどフロアの端に現れて、そこから二人の女が現れた。
一人は白いワンピースを着こなしておりその胸は豊満。もう一人は彼女の腰に抱き着いており、服装は至って普通のジーンズにシャツであるがその上に白衣を着こんでいた。
特に前者に至っては全国的にも超有名なハナダのお姉さん。後者はお姉さんに隠れがちであるがそこそこ有名になったオーキドの孫にしてグリーンとリーフの姉であるナナミであった。
「レッドくんレッドくん……!」
現れるや否やお姉さんはレッドの名前を口にしながらこの場を見渡し、その中央にお目当ての彼を見つけると腰に抱き着いているナナミを引きずりながらアレが始まった。
知る人なら知っている超スローモーションからの抱擁シーンである。
「レッドく~~~ん!!」
美女だけができるとういう超スローモーションは世界をも巻き込んだ。お姉さんはかつてのようにレッドと熱い抱擁をすべく駆ける。
だが──
「──お姉さんただいま。あとナナミさんも」
『⁉』
レッドの一言で世界は止まった。
いや、凍り付いたと言っていい。この光景を知らない者たちからすれば首を傾げるのもおかしくはないのだが、あの二人の関係を知っているカントー組からすれば異常な光景なのだ。
いつも会うたびに抱き着きあっていたあのレッドが走りだすことすらせず、ただ手を上げて声をかけるだけ。
まさに異常。
故に彼女を見ればその異変がどれ程ものか分かるだろう──真っ白なワンピースが赤く染まれば。
「ぎゃあああ?! お姉様が白目を剥いたまま目から血を流して口からも血をはいてるぅううう‼ い、医者、誰か医者をーー!!!」
「いや、医者はお姉ちゃんでしょ」
「あ、そっか」
リーフにツッコミを入れられて我に返ったナナミは急いでお姉さんの介抱を始めた。床に横たわりながら依然として口から血を流すお姉さんは、器用にまるで遺言を残す様に言った。
「い……いないの……あの子のこころのなかに……わたしが……いない……」
こうしてジラーチを巡る7日間の戦いは幕を閉じたのであった。
その日の夜。
バトルフロンティア内にあるホテルのとある一室にレッドとナツメはいた。二人の様子は誰かが見れば一目瞭然。男と女あるいは彼氏彼女の修羅場というやつだった。
ナツメは椅子に座って足を組みながらレッドを冷たい目で見下ろし、対してレッドは床の上で正座をしている。
特にナツメに至ってはその背後からオーラが見えるほど。色は赤いようでどす黒いなにか。
すでに神と言っても過言ではないレッドを正座させるなど、この世でできるのはナツメぐらいものだろう。そう聞けば神をもひれ伏せさせるナツメはこの世界で一番の女と言えるのかもしれない。
「色々言いたいことはあるわ。どこで一体何をしていたのかとか、あなたがデオキシスの父親になってリーフが母親だとか。まあでも? お姉さんに対していつものように抱きしめ合わなくなって嬉しく思うの。アレ、ほんっとうに嫌だったの。わかる? 自分の彼氏が他の女と抱きしめ合う光景を見せられるこの気持ち」
「あれはその、若気の至りってやつ……? 今度はしない……俺からは」
「一応聞くけど。なんでしなくなったの?」
「知らない方がよかったこともある。つまりはそういうこと」
「私は忘れてはいけないことがこの世にはあると思うわ。たとえば……そう、愛する彼女のこととかね」
「……おっしゃる通りです」
なぜこんな修羅場になったのか。
それはレッドが正直にナツメに告白したからだ。
一件落着して宛がわれてホテルの部屋に入った際にレッドから喋ったのだ。
ナツメを含めてみんなのことを忘れていたことを。
「再会したとき変だなって思った。最初は感動の再会で声が出ないんじゃないかって。でも、まさか私のことを忘れていたなんてね」
「言い訳はしない」
「したら納得するかもしれないわよ?」
「さっきも言ったろ。知らない方がいいこともある。ナツメやみんなには今のままでいてほしい。我儘だけど、今の俺を受け入れてほしい」
レッドは言えなかった。言うべきはずのことを言えずにいた。
神に等しい存在になったということは、もう普通の人生を送れないということ。つまり同じ時間を過ごせないということでもあった。それらを含め覚悟して今の立場を選んだ。永遠ともいえる時間を生き、この星を見守る。
だから、我儘なお願いを言った。普通の人間として生きてほしいと。
しかし、いつかは話さなければいけないということは理解しているつもりだ。すぐに口に出せないのは、まだ人としての感覚が残っている証拠。
つまりは中途半端で割り切れずにいる。
怖いのだ。傍から離れ拒絶されることが。本能が戦いを求めてはいても、心から望むのは平穏。大切な人達と静かに過ごす。忘れてしまっていたが、それがもとの時代に帰る本来の理由だったはずなのだ。
「それ、卑怯よ。何も知らないまま今のあなたを受けいれてほしいなんて」
「うん」
「私は、あの時あなたに告白してもらって心から嬉しかった。初めて恋を知り誰かを愛するということを知った。全部あなたが教えてくれたのよ、レッド。でも、そのあなたが忘れてしまった。色んな女と関係を持っても、私はあなたを愛していた。あなたが行方不明になっている間もずっと愛していた。なのにあなたは忘れていた。それは、酷いことよ」
「……うん」
「これは許すとか許さないの問題じゃあない。もっと根本的なシンプルな問題よ」
ナツメは椅子から降りてレッドと同じように正座になって向き合った。
「改めて訊くわ──レッド、あなたは私を愛していますか?」
「……大切な人なのは変わらない。もう一度きみを愛せるのかはわからない。俺は……あの旅の中でたくさんのモノを得たと同時に大事なモノも多く失ってしまったと思うから」
「言い訳よ、それ」
「ごめん。今のは忘れてくれ」
ナツメはただ瞼を閉じた。怒ることも殴りかかることもできたが、彼女はなにもしなかった。同じようにレッドも目を閉じると、耳には彼女が立ち上がる音が聞こえた。
別れを切り出すのだろうか。いや、きっと殴りかかるに決まっている。歯を食いしばっていつでもいいようにレッドは身構えた。
だが、聞こえてくるのは服を脱いでいるような音がした。寝間着にでも着替えるのだろうか?
「とりあえず最終的な処罰は本土に帰ってからみんなとするわ」
「……みんな?」
「ええ。エリカにミカンも向こうに残ってるし。だから、あなたの彼女としてヤるべきことはヤっておくわ」
どうやらまだ恋人の関係のままでいることは理解できたが、ナツメの言っていることがどうにもレッドには理解できないでいた。
なので彼は素直に口に出した。
「……よくわからないんだが」
「教えてあげるわ。あなたにとってナツメという女がどんな存在なのか。そして私にとってレッドという男がどんなに大切な人なのかをね」
「……つまり?」
目を閉じたままレッドは首をかしげた。
「開けなさい」
「なにを?」
「目を開けろって言ってるの!」
「は、はいあけますあけます……」
目を開ければ、そこには生まれたままの姿でいるナツメがいた。腰に手をおいてまさに仁王立ちのままこちらを見下ろしている。
体感時間ではもう何千前年に最後に見た彼女の裸。だがその違いを思い出すことができた。胸は以前より大きくなっているしウエストも前よりはシュッと引き締まっているように見える。肌は相変わらず若々しく綺麗だ。色々とちゃんと手入れもされている。
だが、なぜ脱ぐのだろうか。
「どう?」
ナツメは睨みながら言った。
「どうって……きれい、です?」
「あなたに穢されるまではね」
「あ、はい。ごめんなさい」
「謝るな!」
「はぃ……」
「脱いで」
「なんで?」
「ここまで分からないなんて言わせないわよ! ほら、脱ぎなさい!!」
「乱暴にしないでくれ! これは大切な──」
「だったら脱ぎなさいよ!!!」
今にも服を破いてきそうなナツメ。なのでシロナからもらった大切なマフラーとダサTを渋々脱いで綺麗に畳む。どうせ左腕のガントレットも取れと言うだろうと予測してガントレットをしまった。しまったといってもガントレットは腕の中、というのも変な表現であるがそういうイメージだ。
レッドは同じように全裸になるとまた正座をした。
彼の体はまさに全盛期以上に鍛えあげられた肉体だった。体のあちこちには大きな傷から細かい傷痕まである。しかしそれがレッドの人生と呼ぶべきものを語っているともいえる。
ナツメも彼の体を数年ぶりに見て頬を赤く染めすでに体も火照り始めていた。
そんな状況の中でレッドはまた言ってしまう。
「俺、もう性欲とかないんだけど」
「そんなの関係ないわ。無理やりにでも勃たせて思い出せてあげるわ──私達の愛をね」
唇を舐めて見せるその仕草は妖艶な女に相応しかった。
対してレッドは大人しかった。逃げることも抵抗することもできるはずだったが、それをしてしまえをまた彼女を裏切ることになる。
彼は、ナツメを受け入れるべく瞳を閉じた。
「さあ夜は長いわよ、レッド」
エロ落ちなんてさいてー。
補足しておくと、この章はナツメがレッドを攻略?する話。
今回は修羅場1回目でたぶんあと2回ぐらいナツメは頑張らないといけない。
ナツメの最終目標はレッドの子供を産むこと。
まあレッドにも試練(精神的な)がないとは言っていない。
ちなみにレッドがとても人間的というか感情的になれるのはもうサカキぐらいじゃねえかなあ。