金剛(壊)   作:拙作者

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何とか投稿できましたの11話目。
今回の投稿に合わせて、作品タグに「チート」を追加しました。
苦手な方はご注意下さい。
また、ある感想への返信の際に、今回は表文と裏文の混在文にして投稿すると言っていましたが……
結局、2文に別れています。嘘を吐く形になってしまい、申し訳ありませんでした。

※感想によるご指摘を受け、H26.12.23に一部改訂しました。
 ご指摘、ありがとうございました。

※感想によるご指摘を受け、H27.1.18に誤字訂正しました。
 ご指摘、ありがとうございます!

※感想によるご指摘を受け、H27.5.17に誤字訂正しました。
 ご指摘、ありがとうございます!


10 鎮守府防衛戦・上

 ――青天の霹靂とは、正しく今の状態のようなことを言うのだろう。

 

「我々の鎮守府に、正体不明の艦隊が向かっている……?」

 

 袴富士少将から伝えられた言葉を、青年提督はオウムのように繰り返すことしかできなかった。

 予想外の事態に、思考が凍って。

 正体・所属不明などと呼称しても、それが何者なのかなど考えるまでも無く解る。

 人類に仇なす異形が宿りし魔艦――深海棲艦。

 奴等が姿を現したということは、その目的は1つ。

 ――鎮守府への襲撃だ。

 

 青年提督と第六駆逐隊が預かる鎮守府が深海棲艦から攻撃を受けるのは、これが初めてでは無い。

 何しろ、人類勢力圏の最前線の1つだ。赴任当初から激戦続きだった。

 周辺海域は奴等の巣窟と化し。

 哨戒行動に出れば、ほぼ必ず会敵する羽目になったし。

 艦隊による来襲も頻繁に受け、その中に戦艦級や空母級等の大型艦艇が含まれていることも珍しく無かった。

 ――その悉くを退け続けてきた5人にとっては、深海棲艦からの攻撃自体は驚くことではない。

 

 それなのに驚いた理由は2つ。

 1つは、奴等の予想以上の強攻性だ。

 

 青年提督の指揮の下で、第六駆逐隊は獅子奮迅の働きを見せ。

 それにより、周辺に出没していた深海棲艦は片端から掃討され。

 その艦隊来襲は、鳴りを潜めた。

 ……代償として、第六駆逐隊は疲労困憊し。

 結果として、先日の精鋭潜水艦隊の襲撃を許してしまったが。

 それも、【彼女】――金剛の存在によって、乗り越えることができた。

 これだけの損害を与え、有力戦力を叩いたのだ。

 この区域の奴等の被害は、軽くは無いだろう。

 ある程度、動きは鈍るはず。

 だから、その隙に戦力の補充を済ませよう――

 そう考えて、今日こうして袴富士少将の鎮守府まで出向いてきたのだが……

 その間隙を縫うように、深海棲艦は侵攻してきた。

 完全に、予想の上を行かれた形だ。

 

「(甘かったか……!)」

 

 青年提督は、己の見通しの甘さに歯噛みするが…

 彼の考えが、間違っていた訳では無い。

 ……ただ。深海棲艦の攻勢力が、底無しであったというだけで。

 

 そして、もう1つ――

 

「(このタイミングで仕掛けてくるとは――!)」

 

 青年提督と第六駆逐隊の面々が袴富士少将の元を訪れている今、鎮守府に居る防衛戦力は【彼女】だけ。

 そんな時に、襲撃を仕掛けてきた。

 ……偶然ではない。明らかに、この時を狙ってきたのだ。

 攻撃という行為の、基本にして奥義の1つ――相手の備えが薄くなった隙を突く。

 奴等は、正にそれに則って仕掛けてきた。

 それは、奴等が戦略という概念を理解しているということであり、一筋縄ではいかないことを意味している。

 ――だが、青年提督と第六駆逐隊にとって、問題なのはそこでは無い。

 彼らにとって、今のこの局面で重要なのは――

 

「司令官さん……」

 

 青年提督の袖を掴む、震える指先。

 ……それが誰のものなのかなど、わざわざ確認するまでもない。

 振り返ると、やはりそこに居たのは――姉妹の末妹である、電。

 丸く優しげな瞳からは、不安と恐れが形になった涙が溢れ出しそうになっていて。

 泣き出しそうな声で、彼女は仲間全員の思いを代弁した。

 

「妖精さんの、皆が……!それに――あ、あのヒトが……金剛さんがっ……!」

 

 ――そう。

 5人にとって、今、どんなことよりも大事なのは。

 鎮守府の仲間である妖精さん達と。金剛――【彼女】のことだ。

 

 大抵のことならば、【彼女】なら対応してくれる――

 その安心感があったからこそ、鎮守府の留守を任せてきた。

 ……だが。

 想定外のこの事態は、対処できる範疇を遥かに超えている。

 

 あの最前線鎮守府に攻め寄せるのに、生半可な戦力では通じない――

 それを、他ならぬ青年提督と第六駆逐隊によって、連中は身を以て思い知らされている。

 その教訓がある以上、強力な部隊を送り込んできていることは間違いない。

 強襲・制圧を念頭に置いた、指折りの精強艦隊が乗り込んでくることが考えられる。

 ――その矛先を向けられるのは、【彼女】だ。

 鎮守府に唯一の防衛戦力として残っているが故に、奴等からの照準を一身に受けることになる。

 ――絶体絶命。

【彼女】は今、極めて危険な状況の中に居るのだ。

 

「――司令官、早く!」

 

 いち早く行動を起こしたのは、雷だった。

 身を翻し、その足は既に出口に向けられている。

 姉妹の中で最も行動的であるために、考える前に体が動いたのだろう。

 だが、思いは他の3人とて同じ。

 直ぐにでも駆け出そうとして――

 

「――待って」

 

 それを止めたのは、凛とした声。

 部屋のドアの向こう側から袴富士少将に続き、秘書艦である明石が姿を見せる。

 ……彼女は、出口を塞ぐようにして立っていて――

 

「……明石さん」

 

 その彼女に向ける第六駆逐隊の声は、硬い。

 そして、それは声だけでなく表情も同様。

 いつも向けている親しみに満ちた柔らかさは、今は影も形も無い。

 あるのは、険しい眼差し。

 その奥に燻っているのは、苛立ちと煩わしさ。

 敵意とまではいかないが、お世辞にも褒められた態度ではない。

 まして、信頼関係のある相手に対してはなおさらだ。

 ……普段の4人であれば、こんな態度など取ったりしない。

 それが今、こんな状態になってしまっているのは……彼女達の、情の深さがあるからだ。

 窮地に陥っているであろう仲間の身を、案じているがために。

 それこそ、周囲が見えなくなってしまうくらいに。

 一刻も早く駆けつけたい――

 その思いに凝り固まり、冷静な判断ができなくなっているのだ。

 

 ――それは、沈着な振る舞いで姉妹の支柱となっている響も例外ではなかった。

 落ち着いた物腰と思考力を持つ彼女は、普段から一歩引いた位置でバックアップ役を務めることが多い。

 この時も、立ち位置は4人の中の最後尾。

 ……だが、気持ちが急いているのは他の3人と変わらない。

 

「(早く、行かないと……!)」

 

 ……否。むしろ、この場の誰よりも焦っているのは彼女かもしれなかった。

 甦るのは、艦娘として生まれ変わる前の、原体の記憶。

 かっての大戦の折、未だ物言わぬ軍艦であった頃。

[不死鳥]の通り名と共に、彼女は激烈な戦争を最後まで生き抜いた。

 ……だがそれは、ある意味で死よりも酷い拷問であったかもしれない。

 仲間が、姉妹が、激闘の中で次々と沈んでいく中。取り残されるように迎えた終戦。

 抱いたのは、胸が張り裂けそうな悲しみと、言いようの無い孤独。

 ……響にとって、[不死鳥]の通り名は、決して消えない傷痕でもあるのだ。

 

 そんな経緯から、彼女は仲間の危険には一際敏感だ。

 そして、今がまさにその時。

 ――【彼女】の優しさと強さに、少しずつでもいいから応えていこう――

 潜水艦隊を撃退した日に、全員で胸に誓った決意。

 ……だけど、自分達はまだ何も【彼女】に返せていない。

 ――まだ、これからなのだ。

 輪に加わってくれた【彼女】と、仲間として共に歩み、進んでいきたい――

 そのためには、ここを乗り越えねば。

 あの時。自分達の為に、【彼女】は己自身の命を賭けてくれた。

 ……ならば。次は、自分達の番だ。

 

「(だから、早くっ……!)」

 

 もどかしい思いに膨れ上がっていく、破裂するかのように思えた感情。

 ……だが、それは次の瞬間には静められる。

 

 頭に、大きな掌が乗せられた。

 髪を通して伝わってくる、慣れ親しんだ感触。

 硬くて無骨で、でも、とても暖かい。

 

「……司令、官……」

 

 見上げた視線の、その先。

 腕を響の頭に伸ばしている青年提督が、眼差しをこちらに向けていて。

 まるで、穏やかな凪のように静かな瞳。

 ――その存在が、ささくれ立った精神に沁み込んでいく。

 そうして沈着さを取り戻した響の明晰な思考は、彼の思いを正確に読み取った。

 

 もう二度と仲間を失ったりしたくない――その思いは、何も間違っていない。

 ――だからこそ、ここで冷静にならねば。

 焦りは判断力を鈍らせ、そしてそれは本来の力を激減させる。

 そんなことになれば、さらに大きな事態を引き起こしかねない。

 ……青年提督はそれを案じ、湧き上がる感情を抑えている。

 この状況、彼とて気持ちは同じはずだ。

 気持ちが乱れ、今すぐにでも鎮守府に戻りたいはず。

 ……だが、ここで対応を誤れば甚大な被害に繋がってしまう。

 鎮守府にいる【彼女】や妖精さん達、そして自分達も、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない――その思いで、懸命に己を律しているのだろう。

 大切な、鎮守府の面々のために。

 そして、それを第六駆逐隊の面々にも諭したくて。

 その橋渡しの役割を、響に任せてきたのだ。

 

「(……ありがとう、司令官)」

 

 向けてくれた信頼と思いに礼を述べつつ、響は1つ深呼吸をする。

 昂った精神を何とか静め、そうして前に出た。

 出口を塞ぐようにして立っている明石の意志を、確認するために。

 

「明石さん。私達は、早く戻りたいのだけれど――」

 

 常と同じとはいかないかもしれないが、落ち着いた声音。

 そんな響の声を受けて、明石は彼女の意見を述べた。

 

「貴方達、まだ補給と整備が済んでいないでしょう?」

 

「っ!」

 

 この火急の場面には余りにも相応しいと思えない言葉に、響は一瞬、思考が逆流しそうになるが…それを寸前で押さえつける。

 ――袴富士少将の最初期艦にして秘書艦でもある明石。

 工作艦であるがために戦闘力は低いが、彼女はとても有能だ。

 少将から全幅の信頼を寄せられ、彼の右腕としてこの広大な鎮守府の運営を担ってきた。

 その過程で、様々な状況を乗り越えて来ている。

 当然、その判断力も一級品。

 ……その彼女が、この局面で補給・整備のことを口にするのは、何か理由があるはずだ。

 

 ……そう判断できたのは、響が冷静さを取り戻しているからこそであり。

 他の面々は、堪えることなどできない。

 

「こんな時にっ――!」

 

「――落ち着いて、雷」

 

 真っ先に動いていた雷が、声を荒らげる。

 それを響は制止するが、ここで治まる雷では無い。

 

「こうしている今だって、金剛さんや皆は危ないのよ!?」

 

 雷は活動的ではあるが、粗雑などではない。

 他者への配慮を持ち、まるで母親を思わせる包容力を持ち合わせている。

 ……その彼女がこうまで乱れた態度を見せるのは、それだけ余裕が無いということ。

 心優しい雷にとって、この状況は耐えられるものではないだろう。

 そしてそれは、無言のままでいる暁と電にしても同様。

 早く、そこを通してくれ、と。

 言葉こそ発しないが、向けられた目が叫んでいる。

 その鋭い眼光は、修羅場を潜った者達ですら退かせるほど鋭利で――

 

「――私はね、貴方達のことを尊敬しています」

 

 だが、明石はそれを真正面から受け止めた。

 穏やかな笑みすら浮かべて。

 

「仲間のためなら自分の身も厭わない優しさと強さは、本当に凄いし、尊いものだと思う。

 ……だけど」

 

 静かに、けれど断固として明石は続けた。

 

「――補給と整備を受けていない今の貴方達は、万全じゃない。そんな貴方達を、このまま帰すわけにはいきません」

 

 袴富士少将の鎮守府までは、そう近い距離ではない。

 相応の燃料を消費するし、それに伴って船体には負担や疲労も溜まる。

 無論、戦闘時に比べれば消耗は微々たるものだが……艦娘として十全な状態を保つためには無視できる要素ではない。

 そのため、ここを訪問した際、帰路に就く前には常に整備・補給を受けさせてもらっており。今日も、これから行う予定だったが――その前に、このような異常事態が起こってしまった。

 故に、第六駆逐隊は未だに疲労が抜けきっていないし、燃料の補給もしていない。

 明石は、そのことを指摘しているのだろう。

 

 だが、今は……!

 逸る気持ちのまま、さらに前に出ようとする暁・雷・電の3人。

 ……その動きを止めたのは、明石が次に続けた言葉。

 

「――もし、貴方達が沈んだりしたら。【彼女】は、どう思うでしょうか?」

 

 その言葉に、3人は動きを止めた。

 その問いへの答えが、容易に想像できたから。

 

「部外者なのに、知ったようなことを言ってごめんなさい。……でも」

 

 一瞬、明石は頬を緩める。柔らかなその表情は、眩しいものを見ているかのようで。

 

「【彼女】――金剛さんは、きっと凄いヒトなんだと思う。貴方達の話し振りを聞いているだけで、どれだけ信頼を寄せられているのかが伝わってきますから」

 

 それは、次の瞬間には再度、引き締められた表情に変わる。

 

「だから、ね」

 

 そこにあるのは、第六駆逐隊の面々への懇切な真摯な語りかけ。

 

「そんなヒトが、もし今回の事態で貴方達に万が一のことがあったりしたら、どう思うか……私が言うまでも無く、貴方達なら解るでしょう?」

 

 ――ああ。そうだ。

【彼女】を間近で見てきたからこそ、言われるまでもなく解る。

 他者の為に、躊躇なく己の身を投げ出せる――

 そんな器の大きさと、深い優しさを持つ【彼女】のことだ。

 第六駆逐隊の面々が、轟沈などという憂き目に遭おうものなら……間違いなく、深く悲しむ。

 不器用な【彼女】は、涙を流すことも、泣き声を上げることもできまい。

 だが、内心では狂わんばかりに慟哭するだろう。

 それこそ、己を責め苛むぐらいに。

 己のために、第六駆逐隊を窮地に追いやってしまった……と。

 そうやって、己を傷付け続ける。いつまでも、どこまでも――

 消えず、癒えない傷を。その身に刻んで、背負って――

 

 ……ここで焦って不十分な態勢のままで事態に介入することは。

 そんな救いの無い末路への切符を、【彼女】に渡すようなものだったのだ。

 明石はそれを案じ、第六駆逐隊の面々へ補給と整備を提言してくれていた。

 ……その懇切な気遣いを、焦るあまりに自分達は……

 

「……ごめん、なさい」

 

 先刻までの勢いが嘘のように、雷が震える声で言った。

 顔を俯け、絞り出すようにしてか細い声を発する様は、いつもの快活さとは正反対。

 その小さな掌で拳を握り、震えている。

 自分の至らなさへの申し訳なさと。

 それでも胸中に残る、【彼女】を直ぐに助けに行きたい思いで、一杯で――

 

「――私、戦闘は苦手ですけど。整備や補給面については相応のものだと自負してます」

 

 対して、明石は責めるような様子は微塵も見せず、静かな笑みで応じる。

 

「できる限り手早く仕上げますから、何も心配しないで」

 

 自身の領分への誇りと自負が籠ったその言葉には、暖かな温もりが含まれている。

 第六駆逐隊の4人の、優しさと思いの深さを知っているから。

 そして、それに応えようと思うから。

 

「――じゃあ、その間に我々の方も準備をしなくてはね」

 

 明石の気持ち。

 それはパートナーである袴富士少将も感じ取っており。

 そして、その思いは完全に一致している。

 だからこそ、放たれた言葉には力が籠っていて。

 

「……少将、準備とは……?」

 

「援軍の準備だよ」

 

 青年提督の疑問への返答は、短くも力強い。

 ……だが、青年提督としてはすぐに頷くわけにはいかない。

 

「お気持ちはとても嬉しいのですが……現状でこれ以上戦力を割いたら、ここの鎮守府の防衛が――」

 

 そう。

 現在、この鎮守府の艦娘の殆どが出払っている。

 ――大本営の戦略に従って、だ。

 

 ――《来たるべき沖ノ島決戦に備え、物資・資材の確保、及び周辺海域の勢力維持に努めよ》――

 

 増々激しさを増していく、人類・艦娘と深海棲艦の果てしない戦い。

 その中で、最大の激戦地にして分水嶺が、沖ノ島周辺海域だ。

 

 南西諸島沖の最奥に位置する諸島群――沖ノ島周辺海域。

 海運の上でも防衛拠点としても重要なこの場所は、開戦当初から現在に至るまで激しい勢力争いが繰り広げられてきた。

 奪取したりされたりを繰り返し、夥しい犠牲が積み上がって――

 結果として、半ば泥沼の戦場に成り果てている、ある意味で呪いの海域とも呼べる場所。

 現状でこの地点は深海棲艦側の手に陥ちており、奴等の強固な防衛網の一角となっている。

 ……その近海で、最近、奴等の動きが活発化してきているという。

 大型艦艇の集団が目撃されたり、今までは出没していなかった地点で艦隊が発見されたり――

 これは、本格的な反攻作戦に取り掛かっているのでは……?

 そんな予想が囁かれるようになった。

 ――無論、このままにしておけるはずもなく。大本営は近々、本格的な攻略作戦に取り掛かる決定を下した。

 

 ……その為の下準備として各提督に命じられたのが、先の指令だ。

 資源回収のための大規模遠征。

 近海の勢力をより強固に固めておくための強攻偵察。

 全鎮守府は所属艦娘を総動員して、これらの指示に当たっており。

 そして、それは袴富士少将の鎮守府とて例外ではない。

 恐らく、最低限の警備艦隊しか残っていないのではないか。

 

「心配することは無い。ウチの鎮守府は、そうヤワではないよ……それに」

 

 ――青年提督の懸念を、袴富士少将は一蹴し。

 そして、断固とした調子で続けた。

 

「――味方を助けるために動かずに、いつ動くんだい?」

 

 ――それは、こちらのことを仲間と思ってくれている何よりの証。

 爪弾き者にされるばかりの軍内で、これほど明確に力になってくれる人がいる。

 それが、青年提督には心強くて、嬉しくて――

 

「――っ!ありがとう、ございますっ……!」

 

 目から溢れ出しそうなものを隠すように、深く頭を下げる。

 その様を微笑みと共に見やりながら、袴富士少将は口を開く。

 

「偉そうな口を利いておいて申し訳ないが、ウチが現在人手不足なのは確かでね。応援に出せるのは一隻だけだ。さすがに、低速艦である長門は出せないが……あの娘を出そう」

 

 出せるのは一隻だけと言っておきながらも、そこに不安の色は全く無い。

 それは、その艦娘――「あの娘」への、袴富士少将の絶対的な信頼が現れている。

 

「我が鎮守府の、切り札の一角でね。目的地までは、第六駆逐隊と一緒に船体に搭乗すると良い。あの娘なら迅速に君達を運んで、あちらに着いてからも力になってくれる」

 

「はっ!……ところで、あの娘、とは……?」

 

「さっき、呼んでおいたからね。そろそろ来るはずだ」

 

 そう言って少将がドアに目を向けると同時。

 まるで通じ合っているかのようなタイミングで、ドアの向こうから声が掛けられ。

 そして、その艦娘が姿を見せる。

 

 ……その姿と佇まいを見て、青年提督は納得した。

 これなら、袴富士少将が深い信頼を寄せるのも当然だ。

 そして、間違いなく自分達の力になってくれる。

 そのことに心を強くする一方で、窓に向けられた目には、祈るような光が浮かんでいた。

 

「(――頼む、無事でいてくれよ……!)」

 

 妖精さん達と、そして、【彼女】と。

 この嵐の向こうで、今、彼らがどうなっているのか知る術など無い。

 ただ、今は。無事でいてくれることを、願うことしかできなかった――

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 人の顔が、感情や精神等の諸要素によって変化するように。

 地球も、天候や環境によって大きくその姿を変える。

 それは、その中の1つである海も同様。

 穏やかに佇んでこちらを見守ってくれている生命の故郷――そんな平時の姿は、今のこの海域には、どこにも無い。

 黒雲が立ち込め、突風が吹き荒れ、波立った海面が白い飛沫を撒き散らしている。

 嵐によって身を滾らせて荒々しさを剥き出しにしたその姿は、まるで般若のようで。

 ――だが、その猛威も彼らには関係なかった。

 吹き荒れる暴風の真っ只中。

 巻き上がる大波に身を晒しながら。

 なおも、互いの命運を賭けて相争う彼ら――7隻の軍艦にとっては。

 

 彼らの間で展開されているのは、砲弾の応酬。

 豪雨の中でも鋭く宙に爆ぜる砲火の勢いが、繰り広げられている戦闘の激しさを物語っていて。

 その戦場の陣容は、海面を照らし出す雷鳴によってくっきりと映し出される。

 集った7隻の軍艦は、明確に分かたれていて。

 対峙しているのは、1隻と6隻。

 背後に、拠点と思われる孤島を背負う1隻と。

 それを押し潰さんと、外洋より来襲したのであろう6隻。

 1対6――彼我の戦力差は圧倒的だ。

 

 ……だが。

 彼らの様相は、戦局とは全くの対極。

 6隻――甲板に女性型の化生が顕現した艦――深海棲艦の艦隊の面々には、焦燥感が滲み出ていて。

 1隻――甲板に巫女服を纏った乙女が佇んでいる艦――艦娘の側は、眉一筋動かさぬ悠然とした様。

 ……どちらが有利かなど、解り切っているはずなのに。

 彼らは、何故それとは全く逆の表情を浮かべているのか。

 この極限状況の中。互いに、いかなる心境で戦いに臨んでいるのか……?

 その心中で、何を思っているのか……?

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 降り頻る豪雨の中、大気を裂くように雷鳴が響く。

 だが、その中に身を置いた集団――深海棲艦艦隊は、身を退く素振りすらみせない。

 人類に仇なす化生が宿りし魔艦の群れ。

 怨念の結晶体とでもいうべき奴等が、その牙を露わにして襲い掛かる。

 並み居る重艦群が次々と砲撃を仕掛け。

 暴風雨にも構わず、空を覆わんばかりに舞い上がっている航空機群が身を躍らせて。

 圧倒的な物量と、一片の躊躇もない敵意。

 それらの下で叩き込まれる飽和攻撃は、絨毯爆撃の如く苛烈なものだった。

 間断なく撃ち込まれる砲弾の嵐。

 標的を喰らい尽くさんとばらまかれる、夥しい数の爆弾と魚雷。

 荒天によってただでさえ荒れていた海が、それらによってさらに攪拌される。

 叩き割られる海面。幾本も立ち昇る水柱。

 対峙する者を完膚なきまでに殲滅する無慈悲なる攻撃。

 その様は、正しく蹂躙と呼ぶに相応しいものだった。

 

 ……だが、艦隊の旗艦である戦艦レ級エリートの表情は固い。

 この艦隊を預かる身として、戦艦レ級エリートは自分達の実力に強固な自負を持っており。

 そして、それは自惚れでは無く、紛れも無い事実だ。

 

 絶大な戦力を誇る最精鋭艦隊――それが、この艦隊。

 編成に組み込まれた艦は、皆、全て戦局を左右するだけの力を持つ精鋭。

 莫大な数の全深海棲艦の中でも屈指の実力者達であり。

 膨大な部隊の中でも、強さは間違いなく五指に入る。

 深海棲艦勢力の核であり、切り札にも成り得る、精強無比な存在。

 

 ……そんな彼らの攻撃が、何時までも止まない。

 もう何度、艦載機は母艦に戻って補給を済ませただろうか?

 戦艦の砲塔は、あと何回発砲動作を繰り返せば良いのか?

 そして。何故、旗艦であるレ級エリートを始めとした艦隊の面々の顔色が優れないのか?

 

 ――それらの答えは、目の前の情景にあった。

 

 幾発も叩き込まれた砲雷爆撃によって掻き乱された海原。

 灼き尽くされた水面には熱気と硝煙が充満し、噎せ返るような害意が宙を炙っている。

 そこに在るのは、濃密な[死]の匂い。

 その中に身を置いたのなら、何者であろうとも無事では居られまい――

 

「(――そのはず、なのに……っ!)」

 

 レ級エリートは、奥歯を砕かんばかりに噛み締める。

 今、目の前に映るのは、予想を全く裏切った結果で。

 ……硝煙と水柱の向こう。

 命ある者など居ないと思えるような、そんな空間。

 

 ――そこには。1隻の艦娘が、居た。

 吹き荒れる豪風雨を物ともせず。

 焦がされ、火の粉が無数に舞い散る空間の中で、小揺るぎもせず。

 相対している6隻の深海棲艦から刃のように向けられている敵意を、意にも介さず。

 その巨大な船体の甲板上に屹立している、巫女服を身に纏った乙女――

 

 泰然としたその姿に、深海棲艦艦隊の面々は憎悪を滾らせた目を向けて。

 ……その理由は、双方の様子を見れば自ずと察せられる。

 6隻に対している、この1隻の艦は――至って健在。

 目立った損傷など見受けられない。

 あの苛烈な攻撃を浴びせ掛けられている中で、だ。

 その意味するところは、1つ。

 ――攻撃が、通用していない。

 

 空母群が、高い空戦力を持つ数多の航空部隊によって制空権を奪い。

 相手の機先を制しつつ、雷爆攻撃によって打撃を与える。

 戦艦群は、抜きん出た火力と装甲を以て襲い掛かり、戦場を掌握する。

 そして、全ての面で破格の能力を持つレ級エリートは、局面によってその両翼の補助を行い。

 強力な雷撃で、相手の息の根を止める。

 重艦隊ですら壊滅させ得る、この深海棲艦艦隊の猛攻撃。

 

 ――それを。

 目の前の、この相手は――単艦で凌いでいるのだ。

 

 ……いや、それどころか。

 レ級エリートは、状況の再確認のために視線を巡らせる。

 視界の中に映るのは、幾筋か立ち昇っている黒煙。

 ……その発生源になっているのは、自分達だ。

 艦隊前衛を務めていた戦艦群――2隻のル級フラグシップと1隻のタ級フラグシップ。

 その3隻が、随所から煙を噴き上げていた。

 何れも、被弾による損傷……その下手人が誰かなど、言うまでもない。

 目の前に居る、【彼女】だ。

 こちらの攻撃の隙を狙い、的確に主砲を撃ち込んできた。

 その結果――小破損害が2隻、中破損害が1隻。

 ……致命傷ではない……が、決して看過できるダメージでも無い。

 一方で、艦隊中核に居るレ級エリートや後衛の空母群は無傷だが……そんな彼らにしても、万全とは言えない。

 開戦してから、既に幾時間か――

 休むことなく攻撃を続けた精神的疲労は、確実に蓄積されていて。

 満身創痍には程遠いが、到底、万全とは言えない状態。

 ――それが、今のこの艦隊の現状だった。

 その現状に、艦隊の面々は焦りと焦燥を浮かべている。

 

 ――こんな筈では、無かった――

 

 激しい勢力争いの渦中である沖ノ島海域で活動を活発化し、人類側の耳目をそちらに集中させ。

 その隙を突いて、精鋭部隊で奴等の最前線拠点を奪取。

 そこを守る駆逐艦隊は精強であり、今まで幾度となく送られた攻略艦隊は何れも撃退されている。

 ……だが、諜報網により掴んだ情報によれば、その駆逐艦隊は不在になるということが判明。

 そうなると、残っているのは新参者の旧式戦艦1隻のみ。

 ――それならば、なにほどのことも無い。

 ……仮に、件の駆逐艦隊が戻ってきたとしても、所詮は最軽量艦。

 真正面からの火力で押し潰せば、ひとたまりもないだろう――

 

 そうして、満を持して最精鋭艦隊が派遣され、侵攻行動を実行。

 その途中、目標地点の方角から信号弾が撃ち上げられた時には、正直肝を冷やした。

 何かの合図か、或いは策略かと思って警戒したが……

 いざ到着してみれば、待ち受けていたのは旧式戦艦が1隻のみ。

 これならば、大した障害にはなるまい――

 ……そのように思っていたら、このザマである。

 ――その、たった1隻の旧式戦艦を相手にして。

 

「(こいつは、一体……っ?)」

 

 常に浮かべている侮蔑と嘲笑を込めた薄嗤いは、今のレ級エリートには無い。

 あるのは、今、立ち塞がっている相手――【彼女】への、困惑と苛立ち。

 ……そして、隠しようも無い畏怖。

 

「(――っ!)」

 

 胸に湧き上がりかけたその思考を、レ級エリートは即座に打ち消した。

 

「(たかが旧式戦艦1隻、何とでもなる)」

 

 そう。

 大したことは、無いのだ。

 恐怖心をかき消すかのように、レ級エリートは再度、攻撃の指示を下す。

 その思いは他の面々も同じだったようで。

 すぐさま、猛攻撃が再開された。

 

 飛び立った艦載機群が宙を裂き、鋭い音と共に機首を下げながら降下する。

 獲物に群がるように、次々と。

 編隊間で各々の間隔を取り、タイミングを取り。

 中核に居る隊長機の号令によって、一斉攻撃に入ろうとして。

 

 ――次の瞬間。

 指示を下すべき隊長機が、爆散した。

 ……撃墜。

 海上に居る標的――【彼女】からの射撃により、機体を撃ち抜かれたのだ。

 

 隊長機の墜落により、一斉攻撃態勢は崩れる。

 しかしながら、ここに居るのは深海棲艦戦力の中でも選りすぐりの航空部隊だ。

 指示を下すべきリーダーを失っても、行動は止めない。

 浴びせ掛けられる対空砲撃の中を潜り抜け、各々の判断により攻撃を敢行。

 落下音と共に爆弾が投下され、放たれた魚雷が海中を切り裂いて直進する。

 

 ――けれど。その中の一発として、標的の【彼女】を捉えられない。

 

【彼女】の巨大な船体が、滑るように回航する。

 巨体でありながら鈍重さを全く感じさせない軌道で、激しい爆雷撃の中を潜り抜けていく。

 投下される弾道を予め読み切っているとしか思えない、淀みなくこなされる動作。

 無駄も隙も無いその回避運動を前に、目的を達せられる弾丸は無く。

 爆弾は何もない海上を叩くだけに終わり、魚雷は空しく明後日の方向に進んでいく――

 

 ――開戦当初からの光景が、もう一度繰り返されただけ。

 三式弾のような有効な対空装備を有している訳でもない【彼女】に、何故、こうも歯が立たないのか。

 副砲である15.2cm単装砲は、対空砲撃は不可。

 主砲である35.6cm連装砲は、そこまでの対空能力は備えていない。

 補助武装である7.7mm機銃の性能は低い。

 そう。【彼女】は有力な対空装備は所持していない。

 ……だが。【彼女】は、桁外れの技量を有している。

 多数の艦載機の中から、即座に隊長機を見抜く鑑識眼が。

 7.7mm機銃で航空機の急所を撃ち抜くという射撃力が。

 

 基本的に、行動というものは集団で行うと成果が大きくなる傾向がある。

 それに加えて、その集団内で意志の統一が成されていると効果はさらに倍増する。

 そして、「個」を「集団」へと纏めるためのリーダー役の存在も不可欠だ。

 ――それは戦闘行為も同様。

 1人よりも2人、2人よりも3人――そうやって部隊や艦隊といった単位が形作られて。

 同時に、その中での意志を纏めるための統率役も据えられるのだ。

 ……ならば、その統率者が突然、排されたらどうなるか。

 意思の疎通が乱され、行動の足並みは乱れ。

 結果として、その成果は一斉行動時に比べて散発的になる。

 それを、【彼女】は対空行動に活かしたのだ。

 隊長機の撃墜によって艦載機群の足並みを乱れさせ、その編隊攻撃の出鼻を挫く。

 それでも各機ごとの判断で攻撃は敢行されるが……あくまでそれは単発攻撃に過ぎず。

 そのような攻撃に対処することなど容易だ。

 

 そして、7.7mm機銃。

 対空用の機銃として開発されたものの、性能は低く。

 かっての大戦の折でも、運良く敵機の急所にでも当たらなければ威嚇用にしかならなかった……などと評される。

 ――ならば。常に急所を狙って撃ち抜けるだけの腕があれば良いではないか――

 そんな暴論とも呼べる理論を成立させてしまっているのが、【彼女】なのだ。

 

 押し寄せてくる多数の艦載機編隊から、即座に隊長機群を見抜き。

 35.6cm連装砲による牽制を加えながら、攻撃前にその急所を7.7mm機銃で撃ち抜く。

 それでも続行される随伴機の攻撃は、一斉攻撃時と比べれば精度は低下しており。

 そんな攻撃を避けるなど【彼女】にとっては造作も無い。

 

 針の穴を通すようなこの難行を事もなげにこなし、【彼女】は深海棲艦の艦載機攻撃を凌いでいる。

 

 それとほぼ同様のことが、海上においても起こっていた。

 主砲を唸らせながら艦隊前衛の戦艦群が侵攻を再開。

 1隻が牽制の砲撃を放って相手の航路を狭めつつ、その間に残りの2隻で接近して有効打を与える。

 互いに最適な距離を置いて組んだ陣形による、強攻態勢。

 攻撃力と防御力を兼ね備えた、攻防一体の突撃。

 

 ――それも。【彼女】には通じない。

 

 幾門もの砲塔が轟きと共に砲撃を放ち、大気を震わせ、砲弾が降り注ぐ。

 例え大型艦であろうと多大な損害は免れえないであろう、猛烈な弾幕。

 ――その渦中を、【彼女】は恐れも見せずに突っ切っていく。

 着弾した砲弾群が海面を割って多数の水柱を立てる中を、滑らかな機動で掻い潜る。

 数多放たれた砲弾の中には、【彼女】の至近に着弾するものも少なくなく。

 その度ごとに、巻き上げられた海水がその船体を濡らす。

 誰であれ、被弾・撃沈を意識せざるを得ない極限の状況。

 幾発も至近弾が炸裂し、巻き上げられた海水で船体を濡らしながら。

 

 ――けれど、【彼女】は一片の動揺も見せない。

 

 砲弾の嵐を紙一重の差で躱していく、優雅さすら感じさせる動き。

 そこには。躊躇も、恐怖も微塵も読み取れなくて。

 航空攻撃と同じく、挙動を全て見透かされているようで――

 

 そして、それは艦隊の最強戦力であるレ級エリートに対しても同じ。

 

 空と海の両面からの間断無い砲火に晒される【彼女】。

 そこにさらに引導を渡すべく、艦隊内最強戦力――レ級エリートが動き出す。

 鋭い目線がさらに眇められ、息の根を止めるべく放たれたその追撃は……端的に言うのならば、常識外だった。

 そもそも、レ級という艦種自体が常識の埒外にある艦なのだ。

 戦艦を超える砲撃力と、空母を超える制空力。そして、飛び抜けた雷撃力。

 戦闘に関する能力全てを破格水準で備えた、巨大なる異形艦。

 その攻撃は――圧巻の一言。

 飛び立った艦載機部隊は、空母群を超える空戦力を発揮し。

 放たれた砲撃の威力は、戦艦級をも上回り。

 止めとばかりに放たれる雷撃は、例え相手が大戦艦クラスであろうと容易く粉砕する――

 規格外という言葉を具現化したかのような一連攻撃。

 

 ……ならば。

 その規格外の攻撃を、顔色一つ変えずに捌いている【彼女】は……何者?

 

 標的を藻屑へと変えるべく迫るレ級エリートからの追撃。

 正確無比かつ、強大な火力で撃ち込まれるその攻撃を前に、取りうる手段は無い。

 ましてや、周囲の随伴艦や艦隊航空機からも同時攻撃を受けているのならなおさらのこと。

 隙間無く降らされる火線の豪雨から逃れる術など、ありはしない。

 できることなど無く、ただ撃沈を待つのみ。

 万事休す、だ。

 …

 ……――その[詰み]の状況を、何でもないことのように超えていく【彼女】は、何なのか?

 

 無事で居られる者などいない砲爆雷撃の嵐の中を、【彼女】は突貫する。

 自身の船体を掠めていく幾発もの弾丸にも、真一文字に結ばれた口元は一切の崩れを見せることもない。

 

 ――被弾することは、絶対に無い――

 

 そんな【彼女】の自信と確信の表れ。

 そして、それが正しいということは、繰り広げられている情景が証明している。

 

 照準は正確なはず。

 射程範囲内には間違いなく捉えているはず。

 今も、直ぐ近くに砲弾が着弾した。

 次だ、次こそは命中するはず。

 

 ……その流れを繰り返して、既に幾度目か。

 未だに、まともな命中弾は無い。

 ……【彼女】の運が良いだけ?

 ――違う。

 自分達の繰り出し続けている攻撃は、そんなもので乗り切れるほど甘い物では無い。

 未だに【彼女】への命中弾が無いのは、偶然では、無い。

 ……だったら。それは、必然。

【彼女】が、己の力で招いたことで。

 

「(こいつ、は……っ)」

 

 もはや、動揺は誤魔化せない。

 レ級エリートは、もう嗤いを浮かべることなどできぬ口を噛み締め、【彼女】に視線をやる。

 

 ――【彼女】は、余りにも異質だ。

 必中のはずの圧殺弾幕を乗り切るなど……もはや、それは技量という枠で捉えきれるものでは無い。

 己の全てを込めることによって初めて創り上げられる、[業]。

 ……それは、まともな神経でできることではない。

 自身が負と怨念の塊だからこそ、レ級エリートには解る。

 ――【彼女】の立ち位置は、正常な思考で辿り着ける境地では無い。

 全身全霊を、ただただ、何らかの目的のために高め続け。

 そのために掛かる自身への酷使も負担も省みず。

 狂気にも似た執念に身を焦がし続けた――

 己の存在全てを、賭けたのだ。

 一心に。ただただ、一心不乱に。

 ……そんな真似、負のエネルギーの塊である深海棲艦にだって、できはしない。

 

 誰の為なのか、何のためなのか。

【彼女】の中で、何が渦巻いていたのか。何が【彼女】を、そうさせたのか。

【彼女】は……誰と、何を想っていたのか――

 

 1つだけ言えるとすれば、【彼女】の呼び方。

【彼女】を言い表すならば――

 

「っ!?」

 

 そこで、レ級エリートは我に返る。

 思考に埋没しすぎていたせいか、周囲への警戒が疎かになっていたようだ。

 慌てて気を取り直そうとして……

 

 ――次の瞬間。肌が、ざわりと粟立った。

 反射的に視線を上げると――そこには、目前に迫った砲弾が――

 

 揺れる船体。噴き上がる噴煙と、飛び散る炎粉。

 衝撃と高熱が、レ級エリートを襲う。

 

 ――被弾、したのだ。

 被害は……軽微。小破損害にもなっていない。

 相手の火力が高くないことが幸いした形だ。

 ……その相手が誰かなど、確認するまでも無い。

 レ級エリートは、再度、視線を上げる。

 そこで捉えたのは、距離を隔てて此方へと見据えられた【彼女】の瞳。

 

 ――深淵。

 どこまでも、深く、昏く。

 なにも映していない瞳が、そこにはあって。

 

 思わず怖気に全身を震わせながら、レ級エリートは、先程の思考の結びを思い出す。

 

「(こいつは……――[化け物]、だ……!)」

 

 いつしか、戦局は傾きつつあった。

 数に勝る深海棲艦側ではなく、単艦のはずの艦娘側――【彼女】に。

 異次元とも思える技量が、数の有利性という法則を覆す――

 そんな戦場がどうなっていくのか……今は未だ、誰にも解らなかった。

 

 




ここまで来ていただいた方、誠にありがとうございます。
そしてご負担をお掛けして大変申し訳ありません。
懺悔については、同時投稿した12話目にて致します。

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