金剛(壊)   作:拙作者

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大変申し訳ありませんでした。
13話目、投稿させて頂きます。

※レ級ちゃんファンの方には不愉快な描写が出てきます。
 つらい方は無理せずにお戻り下さい。
 ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。

※感想によるご指摘を受け、H27.9.2、9.4に誤字訂正しました。
 ご指摘、ありがとうございます!

※感想によるご指摘を受け、H27.10.28に一部改訂しました。
 ご指摘、ありがとうございます!



12 鎮守府防衛戦・中

 嵐という、荒々しい星の息吹。

 それは、今のこの場所――海においては、さらにその牙を露わにする。

 遮るものの無い海上。

 真っ向から吹き付けてくる暴風雨によって視界は遮られ、足元には荒れ狂う波が口を開けて広がる。

 黒雲と雷鳴、豪雨によって暗くなった世界の中で、圧倒的な力が剥き出しの身に襲い掛かってくる。

 ――剛の者であっても思わず身を固くしてしまうような、無慈悲なる暴虐。

 

 しかし。彼女達に対しては、そんな猛威も意味を成さない。

 彼女達が立っているのは、その嵐の真っ只中の海原を進んでいる船の上。

 眼下の荒波によって大きく揺らされる甲板上は、大の大人でも立つことすらままならない。

 硬さを持たないはずの雨粒が、まるで針のように顔面に突き刺さり。

 形をとらないはずの風が、風圧という暴力として体に叩き付けられる。

 けれども、その中に身を置いている彼女達――第六駆逐隊の4人は小揺るぎもせず。

 しっかりと開けた目を、逸らすことなく前方へ向けている。

 そこに広がっているのは、猛烈な雨と風によって猛っている海面。

 ……だが、そんな大自然の猛威も、彼女達の眼中には無い。

 意識が向けられているのは、この風と波を幾つも超えた先の彼方に在る場所。

 自分達が身を置いている拠点であり、返るべき所――鎮守府だ。

 艦娘として生まれて来てから身を置いてきた其処は、彼女達にとっては単なる防衛拠点では無い。

 今までの苦労や喜びが詰まった、大事な場所だ。

 

 ――だが。今、その方角に向けられている視線は険しい。

 常であれば柔らかな輝きを浮かべている瞳が、今は固く硬直しており。

 力強さと優しさを宿している小さくも大きな背中は、この瞬間には、他者を寄せ付けぬ近寄り難さを醸し出している。

 

「(――無理もないな)」

 

 艦の艦橋の中に身を置いている青年提督は嘆息した。

 窓越しに一望できる、広大な甲板上。

 そこに見える4人の雰囲気は、いつものものとは程遠い。

 いつも纏っている温もりは影を潜め、余裕や配慮は抜け落ちて。

 代わりに燻っているのは――不安と焦燥。

 普段であれば広く周りに向けられている視点が、今はひどく狭まっていて。

 ――思考にあるのは、自分達の鎮守府のことのみ。

 ……しかし、それは彼女達に限ったことではない。

 かくいう自分も、冷静さを何とか保つので精一杯なのだ。

 

 ……だが、そうなってしまうのも当然だと思う。

 それだけの事態が発生してしまったのだから。

 

 自分達の拠り所である鎮守府。

 そこを不在中に襲撃され、しかも、そこには大事な仲間達が居るのだ。

 自分達を影から支えてきてくれた妖精さん達が。

 そして、とても不器用で、とても暖かな【彼女】が。

 

 こんな状況で落ち着けというのが無理な話だ。

 今、直ぐにでも飛び出していきたい――それが4人の心境だろうし。

 それは青年提督とて同じだ。

 

 目の前に広がっている光景を見れば、それは一目瞭然。

 艦橋内の、広い室内。

 そこの中央付近の椅子に腰かけている彼の前に置かれている巨大な机。

 その広大な机上には、鎮守府近海の海域図や様々な書面資料が溢れていた。

 幾枚も広げられたそれらには、マーカーでラインが引かれていたり、細かな書き込みが加えられていて。

 それが、彼がどれだけ状況の把握と打破に思考を振り絞っているかを無言のうちに語っている。

 

 ――だが。

 

「くそっ……」

 

 小さく吐き捨て、青年提督は手にしていたペンを机上に放り投げると、顔を両手で覆った。

 ……打開策が、思いつかないのだ。

 どうシミュレートしても、ここを乗り越える状況が見えてこない。

 そして、同時に1つの光景が脳裏に浮かんできてしまう。

 

 ――妖精さん達は誰も脱してくることができず。

 そうして、【彼女】は沈んで――

 

「(何を考えているんだ……!)」

 

 慌てて頭を振り、その思考を振り払おうとするが、一度思い浮かべてしまった情景は、頭にこびり付いたまま離れてくれない。

 

 ……そもそも、こんな状況を招いてしまったのは他ならぬ自分だ。

 

 先日、精鋭潜水艦隊を撃沈した以上、当分の間は深海棲艦勢力の動きはあるまい。

 その間ならば、鎮守府の守備は【彼女】1人でも大丈夫だろう。

 

 ――その思い込みで、今のこの状況を招いてしまったのだ。

 顔を握りつぶさんばかりに、覆った両手に力を入れて――

 

 

「あまり思い詰められては、御体を壊しますよ」

 

 穏やかな声が、それを止めた。

 静かに包み込みような声音が、袋小路に入っていた思考に染み渡っていく。

 声が発せられたのは、青年提督の斜め後方。

 この距離になるまで気配に気付かぬほどに、己の中に埋没してしまっていたらしい。

 

「(いかんな……)」

 

 凝り固まってしまっていた自身に嘆息しつつ、気遣うようにかけられた言葉に礼を返すべく、顔を回した。

 

 そこには、一人の乙女が居た。

 透き通るように腰まで伸びている銀の長髪。

 巫女のような和装で包んだ、柔らかさとしなやかさを併せ持った身体。

 穏やかで理知的な瞳を持つ端正な鼻梁は、美貌と表現するのに相応しい。

 大和撫子――そう称するべき乙女。

 そこから発しているのは、人知を超えた者が持つ圧倒的な存在感。

 それは、彼女もまた、軍艦の化身たる艦娘であることの証。

 

 今、青年提督と第六駆逐隊の4人を載せて鎮守府へと急いでいる巨大な艦船。

 独特なフォルムを持つ、航空戦の要となる軍艦。

 船体上面一杯に巨大な飛行甲板を備え、航空戦力を有する艦種――正規空母。

 そのうちの1隻である正規空母、翔鶴。

 その艦娘の1人が彼女であり、袴富士少将が送り出してくれた援軍だ。

 

「心配をかけて、すまない」

 

「いえ、お気になさらず。少しでも英気を養っておいて下さい」

 

 青年提督の言葉に微笑を返すと、彼女は窓の外に広がる嵐に目を向ける。

 ただ、それは単に外を見ているだけでは無い。

 

「今のところ、偵察機も未だ何も発見していませんし」

 

 ここではない何処かを見据えているような視線。

 そう。見ているのは此処では無く、偵察機を通した彼方の光景だ。

 

 艦載機を搭載した艦娘は、その機体と己の視界を同化させることができる。

 これにより、遠く離れた場所の光景でも、目の前に広がるものをして認識できるのだ。

 正規空母である翔鶴も当然、この能力を有しており。

 袴富士少将の鎮守府を出港した当初から四方八方に偵察機を発し、周辺の状況を逐次把握することに努めている。

 

 ……それだけの負担を掛けていることが申し訳ない。

 

 正規空母である翔鶴にとっては航空機の運用などお手の物。

 偵察機を複数機飛ばすことなど、片手間にこなせるだろう。

 ……こんな状況でなければ、だが。

 窓の外を見れば、豪雨と強風が吹き荒れている嵐。

 そんな状況で航空機を飛ばすのは、相当な負担が掛かるはずだ。

 ……さらに、彼女に掛かる負担はこれだけでは無い。

 青年提督は、窓の外に目を向けた。

 そこに広がっているのは、一面の海で、どこまでも景観は変わらない。

 ……その為に解り難いが、よく注意を凝らせば解るはずだ。

 景色が、猛烈な速さで後方に流れていくことに。

 それはつまり、それだけの速さを出しているということ。

 

 妹艦の瑞鶴が並外れた幸運を宿していたことから、それと対比されて〔被害担当艦〕などという陰口を叩かれる翔鶴だが、その性能の高さは折り紙付きだ。

 16万馬力を誇る出力は、あの大和型戦艦すら上回る。

 その全力を発揮すれば、高速艦と呼べるだけの速力を出せる。

 事実、かって原体であった頃は、護衛の駆逐艦を置き去りにしてしまったという逸話すら持つ。

 それは今この時でも変わらず、翔鶴の現在速度は第六駆逐隊と五分か、或は凌駕しているのではないかと思わせるだけの速度を叩き出している。

 

 だが、全力航行は船体に大きな負荷を掛ける。

 

 荒天の中の偵察機派遣と全力航行という二重コスト。

 これだけの高速度を出しつつ、周辺に隈なく偵察機を出すというのは、かなりの苦行。

 翔鶴の穏やかな表情は出港当初から変わっていないが、その実、彼女には相当な負担が掛かっているはずだ。

 

 ……そこまでの負担を背負ってくれている彼女に対し、自分達はきちんと報いているのだろうか。

 搭乗させてもらうときに礼は述べた。

 だが、その後は自分達の思考に埋没するばかりで。

 労いや気遣いの言葉の一つも掛けていない。

 身を賭して自分達を運んでくれている彼女に、それは余りにも失礼ではないだろうか。

 

 そう思い、青年提督は口を開こうとして――

 

「前方に艦影を発見!」

 

 翔鶴の報告に、出そうとした言葉は奥に引っ込み、椅子から勢いよく立ち上がる。

 その反動で、椅子が微かに軋んだが、今の青年提督にはその様子は目に入っていなかった。

 一刻も早く、情報の詳細を知りたくて。

 艦橋のドアが勢いよく開かれたのは、その時。

 そこから、第六駆逐隊が転がり込むように入ってくる。

 

「司令官……!」

 

 先頭に立つ暁が思い詰めたような顔を浮かべている。

 それは後ろの3人も同様。

 

 彼女達に何か知らせたわけではない。

 だから、彼女達が翔鶴の報告を知り得ることなどできなかったはずだ。

 なのに、まるで何か起こったことを即座に悟ったかのようなタイミング。

 ……今、彼女たちの感覚は鋭敏になっている。

 仲間達がどうなっているのか、一刻も早く知りたいという欲求で。

 それにより、何も言わずとも状況の変化があったことを感じ取ったのだろう。

 そうしてこうやって駆け込んできたのだ。

 

 そんな気持ちを汲み取り、青年提督は翔鶴に目線を向ける。

 それを受けて、翔鶴は言った。

 

「今、画像を出します」

 

 そう言うと、艦橋の中央付近にある大きなモニターに電源が点った。

 人類の技術の進歩は目覚ましいが、艦娘にもその恩恵は行き渡りつつある。

 その1つが、このモニターだ。

 航空機との視界同化能力を持つ艦娘は、回線を繋ぐことで、捉えた視界をモニターにと投影することができる。

 これにより、よりリアルタイムに情報を収集・分析することが可能になった。

 とは言え、極めて高価な上に艦娘にも負担が掛かるため、まだまだ流通には乗っていない。

 潤沢な資金と複数処理を熟せる高い技量を持つ艦娘が揃って、初めて有効に使える装備なのだ。

 

 

「それにしても、驚きました」

 

 モニターに映像を投影しながら言った翔鶴の言葉に、青年提督は顔を向ける。

 驚いた、とは…?

 

「いえ、これだけ短時間で艦艇と接触できるとは考えていませんでしたから」

 

 制圧部隊による強襲と、妨害電波によって封鎖された連絡・情報網。

 その上、周囲には大嵐が渦巻いている。

 そんな悪条件下の中では、まともに撤退路を選択することなどできないだろう。

 だからこそ、翔鶴は東西南北に偵察機を飛ばしていたのだ。

 まともな航路からは外れているに違いないと思っていたから。

 

 だが、今発見した艦影は、こちらの進行方向と合致するようにして現れた。

 つまり、正しい航路を選択してきたということだ。

 

 こんな最悪の状況下の中でそれを可能にするには、最先端の設備機材か、それすらも上回るような熟練の判断能力が無ければ不可能だ。

 だが、青年提督の鎮守府にそんな最新鋭の設備があるわけも無い。

 となると、考えられるのは1つ――

 

「金剛さんなら、それぐらいできるわ」

 

 弾むようにして放たれた雷の言葉が、その答え。

 

 そうだ、【彼女】ならば、それくらいのことはやってのける。

 そして、そんな【彼女】のことだ。

 きっと、妖精さん達と共に無事に逃れてきてくれているはず。

 

 だから、発見された艦影というのは、【彼女】のことに違いない。

 

 そんな期待を持って視線を向けられたモニターに映るのは……

 

 

 

「……避難、艇?」

 

 そこに映ったのは、【彼女】の巨大艦影では無かった。

 5人も見覚えのある小さな船影は、鎮守府に万が一のことがあった時のために、と備え付けていた避難艇。

 その避難艇が此処にあるということは、妖精さん達が無事に脱してきてくれたということ。

 それは、非常に喜ばしい。

 それこそ、跳び上がってしまうほどに。

 

 ……なのに、それができないのは……

 

「こ、金剛さんは……?」

 

 電が、今にも泣き出しそうな声で言った。

 

 ――そう。

 もう一人の大事な仲間――【彼女】の姿が無いからだ。

 てっきり妖精さん達と共に逃れてきてくれたと思っていたのだが……何故?

 

 …

 ……

 ……そんなの、考えるまでも無い。

 

「(金剛っ……!)」

 

 青年提督は、込み上げてくるものを耐えるのに必死だった。

 

 表情を見せず、口を開かず。けれど、誰よりも優しい【彼女】がどうするかなど、火を見るより明らかだ。

 

 ――【彼女】は、1人、残ったのだ。

 妖精さん達が、確実に逃れることができるように。

 その為に、己の身を囮にすべく、あの大艦隊に単身で立ち向かって――

 

「――全速前進します!」

 

 そんな青年提督と第六駆逐隊の様子に何かを感じ取ってくれたのか、翔鶴は即座に行動を起こした。

 凛とした声と共に、巨大な船体が海原を滑っていく。

 揺れる波も吹き抜ける暴風も物ともせずに進んでいく様は、流石と言うよりない。

 その操艦の前に、そう時を置かずして、今まで何も見えなかった前方に避難艇の小さな船影が見えてきた。

 

「――あれ……!」

 

 それを目敏く確認した雷が声を上げる。

 こんな時ではあるが、大切な仲間である妖精さん達を確認した声には安堵感が滲み出ていて。

 

「目標確認。接舷及び回収に移ります」

 

 その声を最終確認とし、翔鶴は作業を加速させる。

 そこからの動きも圧巻の一言。

 忽ちのうちに距離を詰めると、自らの巨体が引き起こす波に避難艇を巻き込まないように、慎重かつ迅速に回り込み。

 そして、乱れることなく止まった。

 

「(凄い……)」

 

 こんな悪条件の中で、これほど自在に船体を動かす。

 卓越した技量と、たゆまぬ鍛錬がなければできない芸当だ。

 改めて翔鶴の凄さを認識させられる。

 

 だが、それを口に出して伝えるのはもう少し後にしよう。

 今はとにかく、妖精さん達が健在であることをこの目で確かめたい。

 

「回収作業を開始しましたから。早く、会ってきてあげて下さい」

 

 微笑とともに向けられた翔鶴の言葉。

 ……もはや、感謝の言葉も無い。

 彼女の気遣いに青年提督は無言のまま深く頭を下げると、椅子から腰を上げて艦橋から飛び出した。

 すぐさま後に続いた足音は、第六駆逐隊の面々のものだろう。

 解りきったことをわざわざ確認する必要も無い。

 青年提督は振り返らず、足を止めない。

 

 早く、仲間の無事を確かめたい――

 

 その一心で、接舷場へと飛び込んだ面々。

 

 風と雨が吹き付けるそこには、次々と乗り移ってくる妖精さん達。

 顔には張りは無く、いつものあどけなさは欠片も窺えない。

 疲労困憊――まるで、敗残兵のような面持ちだ。

 ……けれど、その中で顔の見えない者は1人もいない。

 鎮守府で自分達を支えてくれた妖精さん達が、誰一人欠けることなく来てくれた。

 

 ――そのことが、堪らなく嬉しくて。

 

 が、その喜びに浸る間は無かった。

 青年提督が声を掛ける前にあちらから気付いたのか、妖精さん達が体をこちらに向ける。

 その中から、妖精さん達全員の仕切り役であるリーダー妖精さんが歩いてきた。

 

 ……窮地から無事に生還したというのに、その顔は晴れず。

 今にも泣き出してしまいそうで。

 他の全員も、一様に同じ表情。

 

 彼女たちからの精神感応を受けるまでもなく、抱いている感情を察することができた。

 

 ――動揺と、憔悴。

 それを生じさせている原因が何か、など問うまでも無く解る。

 

「(金剛……!)」

 

 そう。

 此処には居らず、今もなお危地に身を置いているであろう【彼女】のことだろう。

 

【彼女】は、今どうなっているのか。

 ……聞くのは、怖い。

 だが、問わない訳にはいかない。

 どんな結果が待っていたとしても、だ。

 

 唾を呑み込み、青年提督は問い掛けようとして――

 

『目的地の映像を確認!』

 

 艦橋からの翔鶴の緊急報告に、言葉にできずに終わった。

 

 どうしても知りたかった、あともう一人の仲間が身を置いているであろう場所の情報。

 先程まで全く乱れた様子のなかった翔鶴の声に切迫した響きが混じっていることも、青年提督の集中力がそちらに向けられる要因になった。

 

 ふと視線を感じると、そこには妖精さん達が此方に目を向けていて。

 

 ――自分達のことはいいから、早く状況を確かめてほしい。

 

 こちらへと据えられた視線は、そう言っていた。

 憔悴した我が身も顧みず、それよりも【彼女】の状況を知りたいと。

 

 

「君達が無事で、良かった」

 

 安堵に満ち溢れた声で柔らかく言い、青年提督は再度、身を翻す。

 急な動きに肉体が悲鳴を上げているが、顧みる余裕は無い。

 息を乱れさせたまま艦橋へと駆け戻った青年提督と、その後に続く第六駆逐隊の4人。

 その面々の目に入ってきたのは、モニターに映る映像。

 

 自分達が身を置き、守り抜いてきた防衛地――鎮守府。

 馴染み深く見慣れた地。

 ――その景観が、今、全く別のものに変貌していた。

 青年提督と第六駆逐隊、妖精さん達の尽力によって秩序を保たれていた平和な海。

 ……そんな平時の姿はどこにも無く。

 そこに在ったのは、大気を灼く熱気と剥き出しの悪意によって彩られた戦場。

 

「(……やはり、襲撃されていたか)」

 

 事前予測から、既に間違いない事態と覚悟はしていたが……

 こうして実際に目にすると、心中穏やかではいられない。

 とにかく、状況を確認する必要がある。

 戦場を俯瞰しようとした青年提督は――

 

「――!?」

 

 そこで、目を剥いた。

 

 戦艦ル級フラグシップ2隻。

 戦艦タ級フラグシップ1隻。

 空母ヲ級フラグシップ2隻。

 そして、戦艦レ級エリート1隻。

 

 

 凄まじいとしか形容しようがない、超攻撃的重量艦隊。

 それこそ、艦隊決戦でもなければお目に掛かれないような編成だ。

 

 ……だが、青年提督が驚いたのは艦隊編成のためではない。

 ――その大艦隊が、少なからぬ被害を受けていたからだ。

 

 レ級エリートは、損害こそ軽微ではあるが被弾しており。

 2隻の空母ヲ級フラグシップは被弾こそないものの、その艦載機を大きく減じさせている。

 そして、前衛を務めていたであろう3隻の戦艦群については――

 中破損害が1隻、小破損害が2隻。

 艦隊として戦闘不能ではないが、無視はできないダメージだ。

 何より、前衛の3隻の戦艦がここまで被弾しているということは、対峙した相手に押し込まれていることを意味する。

 

 そして、この状況で対峙している相手など、決まっている――

 

「単艦で、これを……!?」

 

 翔鶴が、震える言葉を絞り出した。

 そこに込められているのは――紛れもない、畏怖。

 深海棲艦と戦い抜いてきた歴戦の強者である翔鶴だからこそ、感じた慄き。

 これだけの艦隊と対するには、こちらも最精鋭の戦艦や正規空母を揃えねばならない。

 そして、それでもなお戦況としては五分か、やや不利に陥るだろう。

 それだけの戦力なのだ、ここに映っている深海棲艦艦隊は。

 

 ――それを、単独で押し返すなど……

 

 だが、青年提督と第六駆逐隊が浮かべたのは、喜び。

 只者では無いとは思っていたが……まさか【彼女】が、ここまでの実力者とは。

 でも、それだけの戦闘力を有しているのなら、きっとこの局面も……!

 

 そうして期待を込めて向けられた視線が、映像の一点で、凍り付く。

 

 

 一面が火の海と化した甲板。

 圧し折れ、ひしゃげた艦上構築群。

 黒煙と火花が、至る所から噴き出している船体。

 

 ――もはや、軍艦としての能力を喪失したその艦影が誰のものかなんて、解りきっている。

 自分達を暖かく見守ってくれたヒトの姿を、見間違うことなんて……ない。

 

 

 全身余すところなく砲雷撃を浴び、気息奄奄となっているのは。

 間違いなく、【彼女】で――

 

 誰が上げたのかも解らない悲鳴が、響き渡った。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「(勝った、か……)」

 

 勝利を確信した瞬間、戦艦レ級エリートに湧き起ったのは、高揚や昂り等ではなく。

 

 ――限りない安堵、ただそれだけだった。

 

 常日頃から浮かべている不敵な嗤いなど、浮かべる余裕もなく。

 憔悴しきった貌を浮かべるその姿は、普段の姿からは想像もつかない。

 

 けれど、随伴艦の中の1隻として、そんなレ級に侮蔑や軽蔑を向けたりなどしない。

 何故ならば自分達もまた、レ級と同じような様相を晒しているからだ。

 

 戦艦3隻の小中破と、自らが受けた被弾。

 空母は艦載機の大半を喪失。

 

 そんな自軍の被害を確認し、レ級エリートは視線を前に戻す。

 前面に広がっている景色。

 黒煙を上げている鎮守府。

 そして、炎に焼かれて死にぞこないとして漂い。

 それでいてなお、自分達の前に立ち塞がっている一隻の旧式戦艦。

 

 それが、今回自分達が上げた戦果だ。

 これだけの大型艦隊が出撃して上げた戦果としては、余りにも寂しい――

 あくまで結果だけをみれば、そうとしか思えないだろう。

 

 だが、レ級エリートはそうは思わない。

 

 ――あんな怪物を、たった6隻で何とかできたのは僥倖だった――

 

 冗談でも何でもなく、心底からそう思う。

 

 戦闘力を失い、海上を力なく漂うばかりの敵戦艦。

 ……一歩間違えば、ああなっていたのは自分達だったのだ。

 冷や汗と共に、レ級エリートは先程までの状況を思い出す。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「(――こちらの、負け)」

 

 体を震わせながら、レ級エリートは判断を下した。

 対峙したのは、たった1隻の旧式戦艦。

 それならば直ぐにに片が付くだろう。

 ……そう思っていたのだ、開戦前は。

 

 ……それなのに、蓋を開けてみればこれだ。

 大型艦隊すら葬れる怒涛の砲雷撃は通じず。

 戦艦群は痛打を喰らい。

 空母群は艦載機を大量に失い。

 あまつさえ、この自分までもが被弾した。

 

 その結果を受けて、レ級エリートは悟った。

 自分達の敗北だ、と。

 すでに形勢は逆転しつつあり、そう時間を置かずして【奴】は此方を全滅させるだろう。

 これだけの艦隊で攻めながら、たった1隻に弾き返される。

 それは確かに恥辱であり、屈辱だ。

 

 だが、厳然たる事実なのだ。

 自分達では、【奴】には勝てない。

 怒りに身を震わせ。それでもレ級エリートは旗艦として命令を下す。

 

 空母ヲ級フラグシップから、艦載機が飛び立つ。

 大幅に減じた機数で、それでも編隊を組んで飛び立っていく。

 目標は……【奴】では無い。

 その防空網を高高度で躱し、ターゲットへと接近。

 各機が、一斉攻撃を開始する。

 放たれた攻撃は、どれも正確な弾道を描いて着弾し――

 爆炎と、それに伴う多量の噴煙を吹き上げた。

 

 全弾、命中。

 回避された弾は無い。

 

 ……それは当然。

 なぜなら、標的は動かないのだから。

 航空機隊の標的は、【奴】では無く。

 ――【奴】の後方に在った、鎮守府。

 

 直接の戦闘で敵わない以上、ここで取り得る手段は撤退しか無い。

 ……が、その前に打てるべき手は打っておく必要がある。

 それが、【奴】の拠点である鎮守府に被害を与えておくことだ。

 いくら化け物であろうとも、物資・資材なしでは戦えまい。

 ここでそれらを焼き払っておけば、再度、調達する必要があり。

 そして、それには相応の時間が掛かるだろう。

 戦艦が戦闘を行うには多量の物資が必要であり、十分な量が確保されなければ満足に戦うことができない。

 奴が十全の力を発揮するための量を確保するには、それなりの時間が掛かるはず。

 十分な量を確保するまでは、攻勢には出てこない。

 それによって、進軍速度を鈍らせることができる。

 

 ……とは言っても、結局のところは最後っ屁のようなものでしかない。

【奴】の侵攻をいくらか抑えるだけの、時間稼ぎでしかないのだから。

 

 だがそれでも、何もしないよりかはマシだろう。

 そう思い、第二次攻撃を命じようとして……

 

 レ級エリートは、目を見開いた。

 そこにあるのは、驚愕。

【奴】が、信じられない行動を取ったことへの。

 

 ――【奴】は、対峙している此方に背を向け。

 そうして、全速航行で後方――鎮守府の方向へと向かう。

 

 何のつもりなのか。

 唖然とする間に、奴は更に信じ難い行動を取る。

 全砲門、全火器を進行方向――鎮守府方面へと向けたのだ。

 こちらへの牽制や防戦の為に使っていたモノも、全て。

 そうしてまで、何をするつもりなのか。

 

【奴】は、鎮守府上空に群がる航空機群に、その砲火を向けた。

 猛烈な対空砲撃。

 対空専用兵装を用いていないにも関わらず、苛烈な火線は狙いが正確で。

 幾機もの艦載機が叩き落とされていく。

 ……恐ろしいまでの技量の冴え。

 

 だが、その向ける先を完全に間違えている。

 物資など、もう一度集めれば済むことだし。

 鎮守府も、再建すれば良い。

 言わば、いくらでも取り返しのつく存在なのだ。

 

 ……そんな存在の為に、全火力を振り絞って。

 それ故に、己自身がガラ空きで。

 防備に用いていた火器も回してしまった以上、【奴】は丸裸だ。

 直ぐに取り返すことのできるモノの為に、取り返しの付かない己の身を晒す。

 ……これでは、本末転倒ではないか。

 

 ――だが、こちらにとっては、これ以上ないほどに好都合。

 巡ってきた千載一遇の好機を逃す手は無い。

 

 レ級エリートは、全艦隊に一斉砲撃を命じ。

 そして、その直後、【奴】にこちらの艦隊の一斉攻撃が襲い掛かって――

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 そうして、今に至る。

 それまで完璧で微塵の隙も見せなかった【奴】が見せた、余りにも愚かな一手。

 まるで急に別人にでもなったような違和感を覚えるが……まあ、良い。

 そのお蔭で、自分達はこうして勝利を掴むことができた訳だがら。

 

 

 安心した視線を向けかけたレ級エリートは――次の瞬間、背筋を凍らせる。

 息が、詰まった。

 身を竦ませた。

 

「(見られている……?)」

 

 喉元に鋭い刃を押し付けられたかのような、死すら感じさせる視線。

 ……そんなモノを持つのは、この場においては1人しか居ない。

 上手く回らない体を必死に捩じり、レ級エリートは視線を感じた方角に顔を向ける。

 

 ――そこに居たのは、斃したはずの【化け物】。

 

 何故?どうして?

 確かに、【奴】は斃したはずなのに。

 これだけの重艦隊の一斉攻撃を受けて、動けるはずなど無いのに――!

 

 だが、現実として【奴】は動いている。

 艦上物の殆どを潰され、武装の多くが沈黙し、軍艦としての能力の過半を喪失した船体。

 装いは崩れ、髪は解け、全身至る所に傷を負った艦娘体。

 もはや戦闘行動など取ることのできぬ身で、それでもなお動き続けている。

 

 そんな光景に、混乱の余り叫び出しそうになる衝動を何とか抑え、レ級エリートは思考する。

 

 落ち着け。

 

 そう。例え動き出したにしても、【奴】は既に死に体。

 もう砲撃戦を実行できる状態ではない。

 その上、こちらの一斉砲撃によって、装甲を撃ち抜かれている。

 火力と防御力を失った戦艦など、木偶の坊でしかない。

 圧倒的に有利なのは、此方側。

 後は、もう一度攻撃を浴びせ掛けて撃沈すれば良いだけの話。

 何も慌てる必要など無い。

 

 ――もう、【奴】は死に損ないに過ぎないのだから――

 

 そう言い聞かせ、レ級エリートは攻撃の命令を出そうとする。

 ――その瞬間。

 まるで、見計らっていたかのように【奴】が動き出した。

 

 満足に動かないはずの船体が、艦首を回頭させた。

 当に限界を超えているであろう動力機関をフル回転させ、艦上を焼いている火災もそのまま。

 限界を超えて回転させられた動力が悲鳴のような歪な音を上げ、甲板を焼いている炎は随所に飛び火する。

 

 ――そんな満身創痍の状態で。

【奴】は、こちらへと舵を切った。

 

 自棄にでもなったか。

 それとも、敗北を受け入れた上で、せめて一矢報いるつもりなのか。

 

 通常であれば、そう考えるところだろう。

 だが、そうでないことは直ぐに解った。

 

 此方へと向けられた【奴】の視線。

 何の感情も宿していない瞳。

 ……だが。その奥には燃え盛るものがあって。

 

 ――これで終わりだとでも、思っているのか……?

 

 目が、そう物語っていて。

 動力機関が悲鳴を上げて軋み、船体が激しく揺れる。

 だが、速度を落とすこと無く、一直線に突き進んでくる―

 その様相は、些かも衰えていない戦意の雄叫びそのもの。

 

「――!」

 

 レ級エリートは、改めて艦隊に一斉攻撃を命じた。

 これ以上、【奴】と相対するのは御免だ。

 一刻も早く、沈める。

 それで、とっとと片を付けるのだ――!

 

 旗艦のその感情は、随伴艦の面々にとっても同じだったのだろう。

 引導を渡すべく、猛烈な火線が張られる。

 ……損傷によって機動力を失った【奴】に、この砲雨を躱す術は無い。

 

 魚雷が突き刺さり、巨大な水柱を噴き上げる。

 砲弾が命中し、船上火災を拡大させる。

 間を置かずに繰り出される攻撃は着実に命中し、その度ごとに船体は揺れ、傾いていく。

 ……だが。艦隊の面々の貌は、青褪めていた。

 震え、怯えて。

 

 通常の艦娘であれば、とうに沈むだけのダメージを与えた。

 

 ……それでも、【奴】は止まらない――!

 

 火達磨のようになりながらも、猛ったように突き進んでくる。

 

 何故、何故沈まない!?

 どうして、そこまでして突き進んでくることができる!?

 

 己のみを顧みず、ただひたすらに猛進してくる。

 その狙いは――

 

「――!」

 

 艦隊の旗艦である、レ級エリートだった。

 照準を合わせたかのように艦首を向け、突っ込んでくる。

 それにより、狙いが自分であることを察したレ級エリートは、反撃を見舞うべく砲門を開いて。

 

 ――が、遅い。

 砲撃が放たれるのを読み切ったかのように、【奴】は一際速度を上げて――

 

 衝撃と、爆音。

 船体が揺らされ、レ級エリートは体勢を崩す。

 

「(――っ)」

 

 肉体に走る激しい痛みに、貌を思わず顰める。

 確認するまでもなく、船体に深刻な損傷を負っていることが解った。

 激痛に明滅する視界の中、状況を確かめる。

 レ級エリートの船体は、生半可な攻撃は通さない重装甲。

 今まで、幾多の攻撃を弾き返してきた自慢の盾。

 

 ……それが今、突き破られていた。

 

 ……だが、それも当然だ。

 レ級エリートの視界に映るのは、己の船体に突き刺さるようにして静止している【奴】の船体。

 

 まさか、直接船体をぶつけてくるとは……!

 

 砲弾を弾き返すレ級エリートの装甲と言えども、多量の排水量を誇る戦艦級艦艇の重量に耐えられるほど頑丈では無い。

 さすがに一撃で沈没するのは免れたが、大ダメージであることには違いない。

 

 ……だが、それは【奴】とて同じはず。

 体当たりは、仕掛けた側も反動を受ける。

 いかに【奴】でも、即時には動けないだろう。

 その間に、対応策を考えて……

 

 ――そこで、レ級エリートの思考は中断される。

 

 すぐ前面で、大きな音が響いた。

 それは、何かが降り立った音。

 軋む甲板と、足元から伝わってくる振動。

 まるでレ級エリートの巨大な船体が揺さぶられたかのように錯覚してしまうほどの、豪快な着地。

 それを成した者は、何者なのか……

 

 ――あり得ない。

 まさか、そんな筈は無い。

 重傷を負った身で、その上、これだけの距離を一息に詰めるなど……

 

 懇願にも似たその推測は、最悪の形で裏切られる。

 

 レ級エリートの眼前に屹立しているのは、1人の乙女。

 焼け焦げた巫女状の衣装と、ほどけて流れる長髪。

 煤けた貌は、けれど泰然としたままの面持で。

 どこまでも昏く、そして比類ない硬さを以て固められた黒曜のような瞳。

 

 ――満身創痍ながらも、微塵も揺らがぬ圧倒的な存在感を持って。

【化け物】が、【奴】が其処に居た――

 

 

 …

 ……――その後のことは、細かくは思い出せない。

 驚く間も無く、【奴】が左拳を振るってきて。

 追い詰められたとは言え、そう簡単に諦めるつもりなどさらさら無く、レ級エリートも反撃した。

 その大蛇のような尾部を撓らせ、【奴】を左拳ごと噛み千切ろうとした。

【奴】の左腕の傷は深く、質量でも此方の方が圧倒的に上。

 まともに力も入らぬ左腕一本で、何ができるものか――!

 

 ……そうして、今に至る。

 数メートルは吹き飛ばされ、体中を潰され、ボロ雑巾のようになった今の状態に。

 

 もう逃げる力も残っていない此方に対し。

【奴】は、すぐさま追撃を掛けるわけでもなく、視線を据えている。

 そこには、何の感慨も浮かんでいない。

 まるで、此方を〔敵〕ではなく、モノとしてしか見なしていないような眼。

 

 ――ああ。

 こいつが【化け物】だということは、解ってはいた。

 ……だが。

 相対した相手を、それこそレ級エリートですらモノとして見ているその様は……

 遥か高みから、どこまでも理不尽なまでの強さを持って見下ろしているかのような、その様は……

 

 ――まるで。

 

「……ア、……悪、魔……!」

 

 そうして、レ級エリートの意識はそこで昏倒した。

 決して拭えない恐怖を刻み付けられて――

 

 

 

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます!
懺悔と反省は同時投稿の14話目にてさせて頂きます。

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