金剛(壊)   作:拙作者

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大変申し訳ありませんでした。
14話目、投稿させて頂きます。

※感想によるご指摘を受け、H27.9.2に誤字訂正しました。
 ご指摘、ありがとうございます!



13 ちんじゅふぼうえいせん・なか

 ――へへっ……俺って、ほんとバカ。

 

 全身に奔る激痛の中で思わず笑ってしまいそうになる。

 纏った巫女服はボロボロになり、至る所から出血し、皮膚は焼け爛れている。

 艦娘の体がそうなっているのだから、本体である船体の方も惨憺たる有り様だった。

 異音を立てて黒煙を立ち昇らせている機関部。

 燃え盛る炎によって炙られている甲板と艦橋。

 そこに鎮座しているのは、ひしゃげ、折れ曲がった砲。

 

 一言で言って……戦闘不能です。

 全身ボロボロで、火力の大半を喪失した状態。

 全身が痛くて、意識が途切れそうです。

 金剛さんガードのおかげで泰然とした様を保ててるけど、内心、痛みで超絶悶絶中。

 

 ……ったく。哂っちゃうよ。

 勝利寸前だった状態から、こうも見事に逆転されるなんて。

 勝てる筈だった。勝利を掴みかけていた。

 ……それなのに、それを手放してしまった。

 

 ――偉人の築いた道を壊すのは、いつだって凡人――

 そう……金剛さんパワーのお蔭で手にしかけていた勝利を、俺は手放してしまったのである。

 自らの打った、とんでもない悪手のせいで――

 

 

 

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 さあて、覚悟は良いかなあ?

 

 目の前にいるのは、軽微ではない損害を受けて勢いを減じた深海棲艦艦隊。

 それを見ながら、俺は内心、怒り心頭であります。

 

 よりにもよって、「1人でお留守番」してる時に、そんな大艦隊で押し掛けてくるとか……許されざるよ。

 おかげで、イケメン君から回された書類の山は片付けられないわ、妖精さん達には置いてけぼりにされるわ……散々だす。

 その報い、ここで受けてもらうぜい!

 え?八つ当たり?……知らんなあ?

 貴様等は良い友人……などでは断じて無いが、俺の平穏を乱した貴様等の行いが悪いのだよ!

 というわけで、ここから本格的に攻勢に出るぜ!

 

 そうして砲口を向け直したその時。

 ……目についたのは、艦隊後方に位置していた空母ヲ級フラグシップ級2隻。

 その甲板から、編隊を組んだ航空機群が飛び立ってくる。

 

 ……はて?

 こんな状況になっても整然とした隊列を組める練度には感心するけど。

 そんなもの、この金剛さんボディには通用する訳なかろう(ドヤァ)!

 今までの攻防で、それは奴等も十二分に思い知らされている筈なんだが……

 

 ……まあ、いいさ。向かってくるのなら撃ち落とすまで。

 35.6cm連装砲をそちらに向けて――

 

 ――だが、奴等の標的は俺(in金剛さんボディ)では無かった。

 此方の射程距離に入る寸前で、敵機編隊は一気に高度を上げる。

 

 ……なんのつもりなんだ?

 いくら何でもあんなに高度を上げたら、此方を攻撃なんてできっこない。

 まるで此方を無視するかのような機動。

 一体、何がしたい?

 奴等の標的なんて、この海域では俺ぐらいしか…

 …

 ……!

 いや、俺の他にもう1つあるじゃないか、奴等の標的に成り得る対象物が。

 こちらの上空を通過した敵機群は、35.6cm連装砲の射程から外れるやいなや、高度を急激に下げて急降下していく。

 

 ――まさか、奴等の狙いは――

 

 甲高い音を立てて、敵機が次々と爆弾を投下していく。

 精密射撃の如く正確な爆撃は、狙いを外すことなく牙を突き立てる。

 爆音と、衝撃。

 そこから一拍置いて、夥しい量の炎と黒煙が吹き上がった。

 数多の爆弾が投下された標的地点が、火炎を吹き散らしながら随所で崩れてゆく。

 まるで、苦しみもがくように。

 

 ――そう。皆の拠り処である、鎮守府が――

 

 俺は決して良い性格では無い。

 自分の身のことしか考えられないし、それはこの世界にきてからも変わらない。

 ……けれど、だ。

 そんな俺でも、此処の鎮守府がどれだけの思いで紡ぎ上げられてきたのか、くらいは察せられる。

 赴任してきた時には、その小ささと古さに驚いたけど。

 随所に手入れがされ、資材は潤沢に蓄えられていた。

 

 それはきっと、大切な思いで築き上げられてきたんだろう。

 イケメン君は、激務をこなしつつ、資材のメンテナンスや資材の調達のための遠征計画を練り。

 第六駆逐隊が激戦の合間を縫って、遠征に赴き。

 妖精さん達が、丁寧な手入れを欠かさずに。

 

 そうやって作り上げられてきたのが、此処の鎮守府。

 

 そんな場所が、燃えている。

 懸命に貯め込んできたであろう資材も。

 丹念に手入れがされてきた機材群も。

 炎に包まれ、崩れ落ちていく。

 

 …

 ……

 ………――叩き落としてやる!

 

 Q 仲間達の作り上げてきたモノが壊されています。どうしますか?

 

 A やろう、ぶっころしてやる

(非常にガラの悪い言葉ですので、使ってはいけません)

 

 艦首を返し、鎮守府方角へ全速航行。

 俺は、自分の身の安全が第一だ。

 …でも、仲間が積み上げてきたものを蹂躙されて黙っていることができるほど気が長くはないのだよ。

 まあ、一言でいえば……プッツンしちゃいました。てへぺろ。

 皆はこんな風に簡単に切れる人になっちゃダメだよ♪

 

 ――コホン。とにかく。

 

 全速で航行しつつ、砲口と機銃の位置を調整。

 その標的――鎮守府上空に群がっていた深海棲艦航空機群――は狙われていることを察し、回避行動に移る。

 ……だが、遅い。

 この金剛さんボディから、そんなもんで逃れられる筈が無かろうが!

 35.6cm連装砲が咆哮し、7.7mm機銃があらん限りの銃弾を吐き出した。

 次の瞬間には空にいくつもの火花を咲かせ、海上に敵機が次々と落下していく。

 ひゃあ~……三式弾のような対空兵装でもないのに、この撃墜数。

 さすがは金剛さん!

 

 だが。さすがに全弾命中とはいかなかったか、未だに上空には敵機がたむろしていて。

 その機影が、再度編隊を組み立て直そうとでもしているのか、1ヶ所に集結していく。

 

 くそっ、しぶといな!

 だったら、もう一発お見舞いしてやるまで!

 

 そう思って、砲口を構え直す。

 

 ――その次の瞬間。視界が、揺さぶられた。

 

 ……え?

 

 ――気が付いたら、目の前に自らの船体の甲板がある。

 立っていたのだから、こんな近くに甲板があるはずはない。

 なのに今そうなっているということは、体勢が崩れているということで。

 

 急激に迫ってくる、自らの船体の甲板。

 力が抜けた片膝が、そこに付いていて。

 

 自らの身に何が起こったのか、その疑問を持つ前に

 もう答えは解りきっていたけれど、それでも顔を反転させる。

 そこに映ったのは、整然とした艦列を取り戻した深海棲艦艦隊。

 奴等が一糸乱れずにこちらへと向けている砲口からは、発砲後の硝煙が漂っている。

 ――そう。

 深海棲艦艦隊の一斉砲撃。

 それを、モロに喰らってしまったのだ。

 

 ……考えてみれば、当然だな。

 頭に血が上った俺は、敵機群へと攻撃の矛先を向けた。

 それこそ、全力で。

 今まで防御や敵艦隊への牽制に使っていた主砲や副砲の全てを、そちらに向けてしまったのだ。

 その上、敵機群を射程に捉えるために船体を反転させた上で航行した。

 

 ……対峙していた敵艦隊を前にして、何の備えもせずに別の目標に標的を変更して。

 おまけに、無防備に背中を晒してしまった。

 

 これで攻撃されない方がおかしい。

 自業自得という言葉そのもの。

 そんな愚行を、俺は犯してしまったのだ。

 

 

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 …

 ……へへへ。

 どうだい?馬鹿でしょ、俺?

 

 ――あ。視界が、明滅してる。

 こりゃアカン。

 前の敵潜水艦からの攻撃の時と似たような感じだけど、さらに重症っぽい。

 何が不味いって、痛みをはっきりと感じられないのがヤヴァイ。

 痛みを認識できない――それは、本来であれば痛みを瞬時に感じ取ってくれる痛覚が、働いていないということ。

 限界を超える損傷が感覚の許容量を超えたか、或は痛覚自体が潰されたか。

 それはつまり、相当なダメージを負っているということで。

 

 ほんと、俺ってば馬鹿。

 耐えればよかったのだ。

 鎮守府への爆撃は、金剛さんを相手に手も足も出ていなかった深海棲艦の奴等の足掻きに過ぎない。

 

 戦っても勝てない――

 ならばせめて、相手の拠点に少しでも損害を与えておこう――

 

 いわば、奴等の最後っ屁でしかなかった。

 余計な動きをせずに防戦に徹していれば、ほどなく奴等は撤退していたはず。

 鎮守府や資材の被害にしても、あくまで一時的なもの。

 奴らが撤退した後、日々の遠征等で時間をかけて回復することができる。

 

 ……あそこで我慢していれば、そのまま勝利を手にすることができたのに。

 ――それを、血気に逸った行動で台無しにしてしまった。

 

 全く、やっちまったぜい。

 これじゃ、金剛さんにも顔を向けられんな。

 っと、それももうできない、か。

 ――もう、限界っす。

 何か眠くなってきたし、視界の明滅が激しくなってきた。

 ……今度こそ、終わり、か。

 

 前回の潜水艦からの攻撃は何とかなったけど……

 その時に助けてくれた第六駆逐隊の皆も、指揮を執ってくれるイケメン君も、ここには居ない。

 おまけに、戦闘不能状態で敵の真ん前に孤立無援。

 

 ――詰み、だ。

 

 本来の俺ならば、ここで思いっきり泣き喚いているところだが、不思議とそんな気持ちは湧いてこない。

 多分、憑いている金剛さんボディのおかげだろうな。

 どんな時でも動じず、怖気付かず。

 こんな今際の際にも変わらない泰然さは、正しく鋼のごとし。

 日常の中だと、不自由に感じることばかりだけど……この時ばかりはありがたい。

 これで、見苦しい姿を晒さなくて済む。

 最期に、皆の幸せと武運長久を祈りつつ、眠りにつこうじゃないか。

 

 …

 ……

 ………とでも言うと思ったか!?

 

 これで(俺の命が)FINISH?

 んな訳ないでショ!

 

 どんな時でも己の生にしがみ付く。それが俺なのだよ!

 ――って……ゴボッ!

 喉元から噴き上がってきた圧迫感に、思わず口元を手で押さえる。

 ……そこには、真っ赤な血が付着していた。

 

 粋がって見せても、大ダメージは誤魔化せなかったでござるの巻。

 いくら金剛さんとはいえ、重量艦隊の一斉砲撃をモロに受けてしまったのだ。

 甚大な損傷は避けられなかった。

 しかし、それだけの攻撃を喰らいながら轟沈されないという時点で人外染みてる。

 着弾の寸前に金剛さんボディが咄嗟に反応し、何とか最小限のダメージに留めてくれたのだろう。

 

 ただ、長くは持たない。

 船体と兵装はボコボコで、動力はボロボロ。

 満身創痍のヘロヘロ。

 今は辛うじて体勢を維持しているけど、そう時間が経たないうちに沈み始めるだろう。

 人間でいえば、溺れる寸前といったところ。

 しかも、周囲に広がっているのは一面の海で、掴まれるようなモノは何も無い。

 …

 ……やっぱ、詰んデレラ!

 

 と言って、ここで諦める訳にゃあいかない。

 ――諦めたら、そこで(生命的な意味で)試合終了だよ――なのでね! 

 じゃあ、どうするか?

 まずひとつ――急いで鎮守府港内に引き返す。

 鎮守府までは目と鼻の先だ。

 ここから直ぐに動き出せば、船体が沈下し始めるまでには十分入港できる。

 港内は水深が浅いため、例え沈んだとしても海中に完全に没することは無い。

 船体部分は水を被ってしまうことは避けれないが、船上部分まで水没することは無いはず。

 いわゆる〔大破着底〕という状態だ。

 史実では、この状態に陥りながらも浮き砲台として奮戦した艦も在る。

 金剛さんの妹艦である榛名も、そのうちの1隻だ。

 

 ……ただし、この策は採れない。

 何故かって?

 

 ――俺のハートが保つわけないDEATH!

 

 考えてみて頂きたい。

 大破着底してるってことは、機動力を完全に失った状態だ。

 敵の攻撃に対して、回避行動は一切取れない。

 ……つまり、です。

 降り注ぐ激しい攻撃を己の身で甘んじて受け、かつ、それに屈さずに戦闘を続ける、と。

 

 …

 ……ム リ で す ♪

 

 俺にそんな勇壮なことができるだろうか、いや、できない!

 キング・オブ・ヘタレの俺じゃあ、すぐに精神が昇天するのは目に見えてる。

 まあ、金剛さんバリアーがあるから、多分何とかなるとは思うけど……

 そんな修羅場に突っ込む度胸なんてありゃしません。

 

 という訳で、この案は見送り。

 ……じゃあ、どうするのか?

 大破着底はハートブロークン一直線。

 かと言って、このままじゃあ轟沈間違いなし。

 後、他に取れる手段は…

 …

 ……やべえ、何も思いつけないっす……

 だ、大丈夫だ、何とかなる。

 こういう時には、何か起死回生の策が思いついたりとか…

 ……って、そんな上等な頭脳を俺が持ってる訳ないでしょ!

 我が能力のポンコツっぷりは、金剛さんボディの足を思いっきり引っ張っちゃってる時点でお察しである。

 ハイスペックならぬ廃スペック(笑)。

 ……って、下手なこと言ってる場合じゃねえ!

 ど、どうする、どうする!?

 

 と、とりあえず、もちつけ。

 難しく考えたって、俺の廃スペックじゃあパンクしてしまうだけだ。

 

 ――ここは……そう、逆に考えるんだ。

 単純な思考で良いや、と考えちゃえば良いんだ。

 

 詰まるところ……

 

 沈みたくない

 ⇓

 何かに掴まって、沈まないように浮いていればいい

 

 よし!

 これでおK!ふぁいなるあんさー!

 

 え?金剛さんの巨大な船体重量を支えられるモノが無い?

 ふふふ……あるのですよ、ソレが!

 

 視線を向けた前方に在るのは――深海棲艦艦隊。

 全て大型艦で構成された、超攻撃的布陣の艦隊。

 ―そんな奴等の船体は、どれも金剛さんボディを大きさで凌いでいる。

 

 金剛さんより大きい=金剛さんの巨体を支えられる

 

 ――そう。

 掴まるモノが無いのなら、相対してる深海棲艦の奴等を浮き輪にしちゃえば良いじゃない♪

 

 

 

 

 …

 ……ハイ、解っております。

 これ、もはや悪手とすら言えない愚行でゴザル。

 少しでもマトモな思考があれば、考えずとも解る。

 ただ、この時の俺は恐怖に突き動かされるばかりで、冷静な判断力など無かったのです……

 

 

 

 よし、策が決まれば後は実行するのみ!

 全速前進!

 目標、前方の深海棲艦艦隊!

 

 歪な音を立てている機関部をフル回転させ、船体を全速航行。

 目指すは……一際でかい図体を晒しているレ級エリート、貴様だ!

 この重艦隊の中でも図抜けて大きく、そして目立った損害を受けていない。

 つまり、それだけ浮き輪として耐久力が高いってことだよ!

 

 

 ……こんな滅茶苦茶なことを考えてる時点で、俺の思考は蒸発しちゃってたんだろう。

 後から考えると、呆れることすらできないけど、ただただ必死で……

 

 

 

 そんな俺の行動を深海棲艦の奴等が黙って見ているはずもなく、砲撃や雷撃を加えてくる。

 相変わらずの正確な波状攻撃。

 損傷によって運動性が落ちた状態では、いくら金剛さんボディといえども躱しきれるものでは無い。

 砲弾や魚雷が幾発か着弾し、その度ごとに船体が揺らされる。

 

 ……だけど、そんなモンで止まれるか!

 着弾のたびに船体にダメージを受けるが、それを認識する暇は無い。

 今にも沈みそうな状況で、多少の被害などに構っていられるかっての!

 

 それに…損傷によって速度こそ衰えているものの、金剛さんの技量には微塵の曇りもない。

 まるで新人類のお方々のような「――見える!」状態は未だに健在であり。

 貴様等(深海棲艦)の攻撃など、全てお見通しよ!――という状態なのであります。

 ……ただ、船体の動きがダメージのせいで鈍くなってるせいで、降り注ぐ攻撃を全て避けることは叶わない。

 ただ、無数の砲雷撃の中から〔これを喰らえば即時昇天〕というような一撃を読み取ることは造作もない。

 そうやって致命傷のみは何とか回避しつつ、着実に距離を詰めていって――

 

 遂に、レ級エリートの目前まで迫った。

 少女の姿でありながら、不遜で傲岸な化生の貌。

 その貌が、今は歪んでいる。

 逆上か。或は、恐怖か――

 それに突き動かされるかのように、奴は此方に攻撃の手を向けようとして。

 

 ――だが、遅い!

 貴様がどう行動するかなど、(金剛さんには)手に取るように解るわぁ!

 青息吐息な機関を焼き切れる如くにして動力を捻り出し、奴が攻撃を放つ隙を与えずに一気に突っ込んで――

 

 衝撃と、爆音。

 船体を振動が襲い、響き渡る破砕音。

 臓腑にまで浸透するそれは、瞬く間に激痛へと変化する。

 それに耐え、何とか状態を確認する。

 火花の入り混じった、焦げ臭さを纏った鉄の匂い。

 

 ――そこでは、大質量の2隻の船体が交錯している。

 正確に言えば、金剛さんボディがレ級エリートに突っ込んでいる。

 

 ――計画通り!

 思わず、内心で某死のノートの持ち主のような笑みを浮かべる。

 原作ゲームでもレ級エリートの装甲は厚く、それを打ち破るのは容易ではない。

 ……だが、そんな重装甲もこの行動の前では意味を成さない。

 

 レ級エリート……いくら貴様が重装甲だろうと、基準排水量30,000tを超える金剛さんの全重量を掛けた体当たりには耐えられまい!

 その予想は違ってはいなかったようで、レ級エリートの船体には甚大な被害があったことが見て取れる。

 ……ただし。体当たりとは、敢行した側も反動を受ける訳で。

 っ!やべ、視界にノイズが奔った。

 唯でさえ撃沈寸前な状態での突進攻撃のダメージは、相当な重傷に他ならなくて。

 もう、一刻の猶予も無い!

 早く、このデカ図体船体を浮き輪にしないと……!

 そのためには金剛さんボディをここに結び付けるか、または別の手段を考えるか……

 絶対にやっちゃあ駄目なのが、この距離からの零距離砲撃である。

 そんなことやってしまえば、船体を沈めてしまう恐れがあるからな。

 今はあくまでこのデカブツ船を浮き輪として使いたいだけで、撃沈させるのが目的という訳では無い。

 

 可能な限り敵船体を傷つけず、それでいてその主導権を奪い取れ、と。

 

 …

 ……無理げーに近いな。

 けれど、取れる手段が無いわけではないのです!

 船体を壊すのではなく、中枢を叩けば……!

 そう。深海棲艦の本体でもある、少女の姿を模した化生――顕現体。

 レ級の場合はレインコートのような衣に身を包んだ少女。

 それを叩ければ、あるいはコントロールを奪えるのでは……!

 

 だが、奴が此方の行動を容認するはずも無い。

 対立は不可避だ。

 だったら、どうするか。

 ……古来より、ヒトには諍いを解決するために用いられてきた手段がある。

 

 ――それが、説得(物理)だ!

 え?YABANだって?

 んなこたないデス。

 

 小さな子供達の英雄であるパンの頭を持つヒーローだって、毎話の最後には説教(拳)を使ってるし。

 大きなお友達に大人気だった白い魔法少女は、相手と解り合うためにOHANASHI(戦闘)をしたんです。

 

 だから、俺が用いるのも何の問題もないのです!

 ……ただ、それとは別の問題があります。

 それは…

 …

 ……肉体の感触が、無いんすけど……

 痛いとか、重いとか、そういった負の感触の有難さがマジで解る。

 つい敬遠しがちなそれらは、体の不調を教えてくれる大事な信号なのですよね。

 それが解らないって……いわば、信号機に何も点っていない状態。

 肉体の根幹に問題が発生している証拠だ。

 

 ……でも、それも当然か。

 最初に俺の不注意で受けてしまった一斉砲撃は元より、ここに特攻してくるまでにも結構な数の砲雷撃を喰らってるからな。

 一撃で沈むようなモノは何とか避けてきたとは言え、船体に蓄積されたダメージは相当なものになってることは間違いない。

 で。それが顕現体でもある艦娘にも反映されている結果、現在のような状態に至る、と。

 

 とりあえず、右腕は使用不能。

 両脚は移動用としては動いてくれるが、それ以上の用途には耐えられない。

 ……何とか動くのは左腕だけ。

 

 ここで一つ、お知らせです。

 俺は右利きです。

 でも、その右が使えそうにありません。

 

 Q.つまり、どういうことだってばYO?

 

 A.利き腕とは逆の腕一本(しかも満身創痍の)で、化け物を黙らせろ!

 

 ――縛りゲーにも程があると思いまっす!

 ……でも、殺るしかないの。

 悲しいけどこれ、現実なのよね……!

 

 くっそ……こうして躊躇している間にも、沈没のタイムリミットが迫ってきてる。

 ええい、こうなりゃ殺ってやるまでよ!

 

 ――南無三!

 

 半ばヤケクソ気味で自らの船体の甲板を蹴る。

 軍艦の現身である艦娘は身体能力も凄まじい。

 その能力があれば、相手の船体に飛び移り、その甲板上にいるレ級顕現体のところにまでは上手くすれば10足くらいでいけるんじゃなかろうか?

 

 …

 ……そう予想していた俺の予想は、外れた。

 

 足裏に感じたのは、硬い鉄の感触と、骨にまで伝わってくる衝撃。

 何物をも踏み砕かんばかりの豪快な両足着地によって生み出された反動が、体の芯にまで響いてきて。

 ……けれど悲鳴を上げたのは此方の肉体ではなく、足元に広がる鋼の面――甲板の方。

 悲鳴のような軋みを上げる甲板とは対照的に、此方のボディはバランスを微塵も乱さず。

 ただ、視線を向ける。

 

 ――すぐ目の前で、茫然として立ち尽くすレ級エリートに。

 

 …

 ……びっくりしてるのはコッチも同じなんですがね!

 相手の所に到達するのに10足ぐらいかな ⇒ まさかの1足跳びだと……!?

 助走も殆ど無しの一回の跳躍で、これだけの距離を埋めるとか……超人ってレベルじゃねーぞ!

 

 と、驚いてる場合じゃない!

 これだけの至近距離に接近できた以上、やることは1つ。

 

 ――金剛さんボディによる渾身の左ストレートをプレゼントふぉーyou!

 捻るようにして繰り出した左拳。

 着地体勢からの、一連の無駄のない流れるような連続動作。

 武道の心得など皆無の俺から見ても完璧としか思えない動き。

 

 ――っしゃあ、貰ったぁぁ!

 

 思わず内心で勝利を確信した雄叫びを上げたその時、視界の隅で何かが蠢いた。

 それが何かは、次の瞬間に思い知らされる。

 眼前のレ級との間に捩じり込んできたのは、悍ましい怪物の姿。

 まるで大蛇のようなの分厚く長い胴体を持ち、その先端には軍艦を模した意匠と、醜く覗いている幾本もの牙。

 無機物でありながらも生物臭さも内包した、醜悪な化け物。

 ――そう、レ級の尾部だ。

 こちらの攻撃の意図を読み取り、咄嗟に繰り出してきたのだろう。

 獰猛に口元を開き、こちらが放った拳を丸ごと呑み込まんばかりにして迫ってくる。

 

 …

 ……やっちまったぁぁぁ!?

 動きがバカ正直過ぎたわ!

 こんなあからさまな動作取ったら、これから攻撃しますって言ってるようなもの。

 で、そんな動きを見せられたら防御・反撃動作を取ってくるのは当然。

 そんなことにも思い至らずに、ただ攻撃するとか……

 俺って、なんという廃スペック。我ながら呆れるわ……

 せめて攻撃に移る前に相手の状態を確認しておくぐらいしろよ!

 

 と後悔しても、時すでに遅し。

 もはや動きは止められず、レ級エリートの尾部がその咢を剥き出しにして迫って――

 

 ……

 アカン、オワタ。

 物体の衝突・交錯においては、体積と重量が大きな要素を占める。

 改めて言うまでもないことだが、大きくて重い方がぶつかり合いでは有利なのだ。

 で、今の局面はと言いますと……

 

 金剛さんの左腕 VS レ級エリートの尾部

 

 ……質量が違いすぎる。

 くそ、せっかく一手取れる好機だったのに……

 左腕が逝ってしまうぐらいで済むのなら、まだチャンスはあるかもしれない。

 けれど、果たして中身の俺の軟弱な精神が、その痛みに耐えられるかどうか……

 せめて、少しでも襲いくる痛みが軽減できればと歯を食い縛る。

 

 ――けれど、やってきたのは痛みでは無く。

 

 大気が、揺れた。

 硬いものを打ち据えたかのような重音と、何かを轢き潰したかのような粘着音が響いて――

 

 ……こちらの被害は、無し。

 突き出した左腕は、どこか欠けているところも無く健在。

 

 ならば、それと対した相手はどうなったか。

 振り抜いた左拳のその先。

 距離にして数メートル以上先には、力無く蹲っている異形。

 ――それは、先ほどまで相対していた深海棲艦レ級エリート。

 その姿は、今、見るに堪えない有様となっていた。

 

 重装な体躯を以て此方を呑み込まんばかりに迫ってきていた尾部は、完膚なきまでに粉砕されていた。

 装甲は砕かれ、剥がされ。

 凶暴性の権化であった牙は、胴体ごと押し潰されて。

 弱々しく痙攣するばかりの姿は、哀れさすら感じさせる。

 

 そして、それは本体である顕現体にしても同じこと。

 全身の至る所を潰され、立ち上がろうと藻掻くこともできない。

 フードで覆ったその肉体は、もう用を成すことは無い。

 暴虐性の化身たる姿は、完膚無きまでに打ち砕かれていた。

 不敵かつ傲岸な色が宿っていた眼にも、もはや力は無く。

 

「……ア、……悪、魔……!」

 

 ――そこにあるのは、絶望と恐怖だった。

 

 

 悪魔、だと!?

 この、外見だけは超絶美少女(中身は俺が入っちゃってるので)の金剛さんに向かって何ということを!

 …

 ……と言い返したいところなんだけど……いや、否定できないっすわ。

 

 今起こったことを、ありのままに話すと…

 巨大な尾部をもって繰り出されてきたレ級エリートの反撃を、左腕一本で殴り飛ばした、と。

 

 …

 ……ヤックデカルチャー!

 質量に遥かに勝る相手を軽々と吹っ飛ばすとか……物理法則が息してないよ!

 

 というかですね。

 左拳を振り抜いたら、思いっきり風が唸ったんですが。

 大気を撹拌するほどの拳圧って……

 貴女は東方の不敗の人なの?アジアのマスターなの?

 

 しかも、です。

 その拳撃は、利き腕では無い左腕によるもので。

 おまけに重症状態で、力は本来のものからは程遠いものでしか無かったはず。

 つまり、彼女からすれば最低ランクの出力でしかなかった、ということになる。

 ……それで、ここまでの破壊力を出せるとか。

 仮に、右腕の100%で攻撃を繰り出していたら……今頃、レ級エリートはグロスプラッターなことになっていただろう。

 

 艦隊戦では、単艦で重量艦隊を圧するほどの戦闘力を持ち。

 白兵戦でも、こんな狂気染みた強さを発揮する。

 

 ――うん。

 こりゃあ、相対した相手にとっては悪魔以外の何者でもないわ。

 

 

 と、とにかく、これで浮き輪はGETできた!

 レ級エリートも完全に昏倒してるし、当面は邪魔されることもないだろう。

 後はこのまま体勢を維持して、周りの奴等さえ何とかできれば……!

 

 ――そこで、視界が明滅した。

 急激に力が抜け、立っていることすらできずに両膝を付く。

 同時に、意識が泥に搦めとられたかのように重く沈下していく。

 

 ぐお!このタイミングでか!

 もうちょっと、もうちょっと保ってくれ……!

 

 そんなことを思っても肉体はいうことを聞かず。

 思考は、睡魔にも似た感覚に引きずり込まれていく。

 

 ――限界、だった。

 一気に体が脱力し、そのまま甲板に倒れ伏す。

 いくら金剛さんとて、不死身では無い。

 1人で大艦隊を相手に長時間に渡って戦火を交え、その果てに撃沈寸前の大砲火を喰らい。

 なおも被弾を顧みずに特攻して、自らを上回る大きさの相手に体当たりを敢行した。

 

 ……もう、船体のダメージは当に許容量を超えていたのだ。

 倒れた体を起こす力はもう無く、指を動かすことすらできない。

 

 ――今度こそ、ここまで、か……

 

 仰向けになった視界に映ったのは、静かな夜空とそこに輝く星々だった。

 

 ――ああ、もう嵐は終わってたのか。

 

 そんな場違いなことを考えてしまい、思わず苦笑していた。

 

 ――時間間隔が麻痺していたけど、もう夜になってたのか。

 深海棲艦の奴等がやってきたのは、嵐真っ只中の昼間だったはずだから……

 相当時間、粘ったということになる。

 改めて、金剛さんボディの凄さを思い知らされるな。

 ……俺が、もっとそれを上手く使えていれば。いや、余計なことをしなければ……

 勝てたのに、なあ。

 

 視界が、滲んでいく。

 それが、意識が遠のいているからなのか、それとも感情の乱れによるものなのかは解らないけれど。

 そんな中で思ったのは、鎮守府の皆のこと。

 

 第六駆逐隊の皆とイケメン君、それに妖精さん達。

 ――彼らの未来が、どうか、明るいものでありますように。

 

 そんな俺らしくないことを考えていたせいか、空耳が聞こえた。

 

 

 

「――電の本気を、見るのです!」

 

 

 …電ちゃんのロリボイスか。

 はは、今際の際にも幼女の声を聞けるとは。

 神様も中々粋なことをしてくれる。

 

 …

 ……!?

 違う!俺のロリセンサーが、空耳でここまで鮮明な声を聴くはずが無い!

 

 力の入らない体を、懸命に起こす。

 そこで見えたものは――

 

 月と星々によって齎された薄明りに照らされた、月夜の水平線。

 ――そこに。

 見覚えのある艦影が4隻、浮かんでいた――

 

 

 




ここまで読んでいただいた方、誠にありがとうございます!

さて、前書きでも書きました通り、まずはお詫びをさせて頂きます。

更新予告で4月の25日か26日に次話を投稿すると告知しておきながら、私の私的都合でそれを破ってしまいました。
その上、その後も更新を行わないという体たらく。
いかに事情があったとしても、拙作を投稿させて頂いている身としては言語道断でした。
改めてお詫びさせて頂きます。
大変申し訳ありませんでした。

また、こんな醜態を晒しているにも関わらず、暖かなお言葉を下さった方々には感謝の言葉もございません!
本当にありがとうございます!

さて、中身についてですが……今回はパス致します。
……お恥ずかしながら、全部悪いように思えて仕方がありませんので(汗)
長く作品から離れていたせいか、唯でさえ拙い腕が錆びついて感覚が解らないのです。
もっと丁寧に描写した方が良いのか、それともしつこ過ぎないか、など……
我ながら情けないですが、五里霧中の状態です。
ですので、存分に扱き下ろしてくださって構いません。
それを糧にさせて頂き、頑張ろうと思います!

以上、長々と失礼致しました。
活動報告の方でも書かせて頂きましたが、最近は一気に気温が下がりましたね。
皆様も体調を崩さぬよう、お気をつけ下さい。

これから訪れる秋が、皆様にとって良い季節となりますように。

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