パソコン強奪および女装という、常識からも宇宙人からも遠く離れた部活動にあけくれた昨日、涼宮ハルヒコはある発言をしていた。世界不思議発見部(仮)の正式名称発表会が、本日開催されるというのだ。いったい、どんな名前なのだろう。口にするだけで恥ずかしくなるネーミングだけは避けてほしい。
放課後、そんなことを考えていたら、後ろから声が聞こえてきた。
「あ、今日、部活休みになったから、すぐに帰っていいぞ」
私は少なからずの驚きをもって、ふりかえる。
「いったい、どうしたのよ?」
「みつるのヤツ、学校休んだらしい。どうやら、昨日やりすぎたみたいだ」
ゴホッ。私はせきばらいをする。なんだなんだ、私がいなくなってから、どんな事態が発生していたんだ。
「あの写真さ、うちの部の公式サイトのマスコットがわりに使おうと思ったんだよ。いわば、客寄せパンダとしてさ」
そうなのか。変人と変態の饗宴にしか見えなかったのだが、いちおう目的はあったのか。
「女装だから、その少女は完全なフィクションだ。アニメや漫画と同じく作り物のキャラといえる。それなのに、あいつ、予想以上に反抗しやがって」
そりゃそうだろう。女装写真をネットで公開するなんて、変態カミングアウトと同じだ。しかし、みつる先輩が、セーラー服で涼宮ハルヒコに反抗する姿は、ちょっとだけ見たかった気がしないでもない。
「だいたい、なんでそんなものが必要なの?」
「やっぱり、公式サイトには、華がないとだな。アクセスアップのためには、バカな連中を楽しませる仕掛けがいるんだよ」
部活動のサイトってそういうところなのか。活動報告とか、そういう地味ながらも実用的な内容でいいじゃないか。あいかわらず、彼の考えていることはよくわからない。
「といっても、部活設立のためには、五人いないと許可されないのよ。ネットうんぬんより、部員を集めることを優先すべきじゃないの?」
「へえ、そうなのか」
興味なさそうに涼宮ハルヒコは言う。
「そのうえ、生徒会の認可がいるし。あんたは勝手に暴走して、思いつきで何だかんだしているけど、正式な部になるのは大変なのよ」
「だろうな」
「だろうなってあんた、今は長門くんが部室を提供してくれているけど、実際は居候の身だし、部員の数はそろってないし、みつる先輩だってやめちゃうかもしれないし。うちの部は問題だらけなのよ。せめて、公式に認められるまでは活動を自粛しておかないと」
「そんなの何とかなるんだって。俺たちのことが学校中に知れわたったら、認めなくても認めざるをえなくなるもんだ。文芸部だって、実質部員一人なのに、部室をとられる気配がないじゃないか。そういうもんなんだよ、世の中」
「でも、校則で決まってるんだから。それを守らないと」
「まあ、五人というのは、ひとつの目安ではあるな。つまり、あと一人か」
さんざん私を無視したあとで、涼宮ハルヒコはひとりごとのようにそうつぶやく。もしかすると、新たなる犠牲者を増やすつもりなのだろうか。行動力だけはあるヤツだ。一人ぐらい、力ずくで入部させることはわけないことかもしれない。
しかし、そうして設立した部に、私の居場所はあるのだろうか。女子一人でぽつんと座って、宇宙人とかそんな話を聞いている私。想像するだけで悲しくなる。まったく、涼宮ハルヒコは私のことをちっとも考えていない。クラスからは変人の仲間入りを果たしたと思われている私だが、いつでも普通の女子高生に戻る準備はしているつもりだ。
「そうそう、昨日の件で、俺は今、部に足りないものが何か、はっきりとわかったんだ」
そんな私の心の中を知らぬまま、涼宮ハルヒコは話し続ける。
「だから、最後の一人は、それを満たすヤツじゃないといけないんだ。だが……」
彼はため息をつく。めずらしく弱気な顔をしている。
「なあ、ビートルズって知ってるか?」
「なによいきなり」
あいかわらず突拍子のない質問だ。なんで、洋楽の話になるんだ。
「ビートルズっていうのは、ジョン・レノンが作ったバンドなんだけどさ。あるとき、自分と同じぐらい歌がうまくて、楽器も弾ける男と出会ったんだ。彼はそいつに興味を持ったけど、こう考えた。『もし、こいつを入れると、俺のバンドが乗っ取られるんじゃないか』って。ジョン・レノンには二つの選択肢があった。そいつを入れずに自分の色を強めるか、そいつを入れてバンドを強化するか。ジョンは後者を選んだ。その男がポール・マッカートニーってわけだ」
ふうん、と私はあいづちをうつ。
「今の俺はジョンの立場のようなものだ。ポールを入れるか否か。おまえはどう思う?」
自分の趣味を話していると思ったら、私に相談してたのか。だいたい、ビートルズのような天才集団と自分の部活を同一視するなんて、思い上がりすぎじゃないか。私は適当に答えることにする。
「いいんじゃない? ポールを入れても」
「そうだよな。やっぱり最強を目指さないと」
彼はそんな意味不明なことを言って、立ち上がる。
「あとキョン子、長門に言っといてくれ、今日は部活休みだって」
涼宮ハルヒコは私の返事を聞かぬまま教室をでていく。まったくもって自分勝手なヤツだ。
まあ今日は早く帰れるんだからいいかと、私はクニとグッチに待ってくれるように声をかけて、文芸部部室に足を運ぶ。
ドアを開けると、長門ユウキは指定席に座って、いつものようにSF小説を読んでいた。
「今日、部活休みって、涼宮ハルヒコから」
「そうか」
特に驚いた様子がない。彼からすれば、そんなことは些細な問題なのだろう。私たちがいてもいなくても、彼はここで本を読み続けているのだ。
「あ、そうだ」
そう思っていたら、彼は席を立った。静かに本棚に向かい、一冊の本を手にする。
「これ」
彼はそれを私に差しだした。最初に出会ったときに「ユニーク」と謎の表現をした、カタカナのタイトルの本。これを読め、というのか。
「あ、ありがとう」
私は深く考えずにそれを受け取る。
「じゃあ、私は帰るから」
「ああ」
こうして、私はSF小説を手に入れた。
私は驚いていた。まさか、長門ユウキが人間らしい行動を取ってくるとは思わなかったからだ。
やはり、彼も読書仲間が欲しかったのだろう。冷静なふりをしているけれど、心の中ではSFを布教したくてたまらなかったのだ。まあいいか。別に読まなくても、感想を求められたら「ユニーク」の一言で片付けたらいいし。
そんなことを考えながら、私はのんびり帰宅した。しかし、私は油断していた。涼宮ハルヒコが「最後の一人」として想定していた人物は、私の予想をはるかに上回る、どんでもない生徒だったのだ。