涼宮ハルヒコの憂鬱(キョン子シリーズ)   作:佐久間不安定

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(29)「さすが涼宮、そこまで知っていたのか」

 世の中は不公平である。いくら人権の大切さを学校で教わったところで、差別というものがなくなることはない。私はその事実を、ファミレスで改めて知った。

 我がSOS団の午前活動は、涼宮ハルヒコの独白と、長門くんを待つことで終わることになったのだが、その罪を問われて、なぜか、みつる先輩が全員におごることになったのである。

 これはおかしい。副団長なのだからイツキが責任を取るべきだし、さんざん待たせたあげく「悪かったな」の一言ですませた長門くんも同罪である。しかし、そんな団長の決断を、我々は拍手でむかえ、みつる先輩はトホホと首をうなだれながらも、それを承知してしまったのだ。

 私が注文したのはパスタのみ。比較的安価なメニューである。しかし、隣のイツキは、なんとパフェを三つも注文した。「一度、食べ比べしたかったのよねえ」とうれしそうに彼女ははしゃいでいる。そこまでの図々しさは、私にはない。

「ねえねえ、キョン子ちゃん」

 隣を見ると、パフェをたっぷりすくったスプーンが近づいてきた。

「はい、あーん」

 ぱくっ。私はそれにさからわず、口に含む。とたんにクリームの甘さが体内を満たしていく。ああ、なんと心地よいことか。まるで、緑の草原でうたたねをする羊になったようだ。私の魂は解き放たれて、安らぎのパラダイスへと導かれる。

「おいしいじゃん、これ」

「そうそう、ここのイチゴパフェ、超ヤバいんだよね。でも、チョコパフェのほうも」

「どれどれ」

 もぐもぐ。

「うん、これはこれで」

「でしょでしょ」

 しつこくなく、それでいてコクがある。なかなか絶妙なブレンドだ。私はその甘さをぞんぶんに味わいつくす。

 目の前にはミートソースのパスタ。隣からは、たえまなく補給されるパフェ。この組み合わせは失敗だったかもしれない。せめて、カルボナーラを頼むべきであったと私は真剣に後悔する。

「で、どうするんだよ、これから」

 不機嫌そうな声で涼宮ハルヒコが話しかける。

「何もやることがないんだったら、俺ひとりでやるからさ」

 せっかくのランチタイムも、彼にとっては、ただの栄養補給の手段にすぎないらしい。彼のハンバーグランチはほとんどなくなっている。食事に時間をかけない性格なのだろう。もう少し、食べ物のありがたみをかみしめるべきだと思うのだが。

 そんな彼を満足させる言葉など、もちろん、私が持ち合わせているわけがなく、場は沈黙に包まれる。今日の街探索を提案したのは私だが、さりとて、何かをしたかったわけではない。涼宮ハルヒコが、団体行動でいつもとちがった表情を見せてくれることを期待しただけだ。しかし、それは裏切られた。やはり、彼は一匹狼にすぎないのだろうか。

 そんなことを考えていると、意外な人物が発言をする。

「犬の話を聞いて思いだしたんだが」

 それは、長門くんの声だった。

「涼宮、おとこ岩って知ってるか?」

「ああ」

 おとこ岩? 聞きなれない言葉に私は首をかしげる。

「あそこの近くで、犬の失踪があったと聞いたことがある。もちろん、お前の犬とは関係ない話だが」

「それは初耳だな。誰がそんなことを言ってたんだ?」

「家の知り合いの者がそう言っているのを小耳にはさんだ。問い合わせてみると、その付近で起きたという」

 なんだ、先ほど長門くんがいなくなったのは、そんな理由があったのか。涼宮ハルヒコと私の会話に飽きて、図書館にでも行ったのかと思っていた。

「そういう話、僕は聞いたことがないけどなあ」

 みつる先輩は不満そうな声をだす。

「でも、あの近くには防空壕の跡があったよな、たしか」

「さすが涼宮、そこまで知っていたのか」

「まあ、入り口は封鎖されてるから、中には入れなかったけどな」

 実に珍しいことに、長門くんと涼宮ハルヒコの間で会話が成り立っている。

「防空壕って、空襲とか避けるために、掘られた穴のことだよね。ハルヒコ君?」

「もしかして、ユーレイとかいるかも!」

 みつる先輩とイツキも、その話題に乗ってきたようだ。

「まあ、空襲で被害にあったのは市街地だからな。古泉のいうように、幽霊が出てくるんだったら、この辺になるだろうよ」

「ちがうわよ、団長。人の往来の激しいところにはユーレイってものはあらわれないのよ。おそらくね、死んだあとで、防空壕に入れば助かったのに、って無念の気持ちから、転移したユーレイがいると思うんだよね」

 イツキの声が、いつしか神妙なものになる。

「もしさ、そうして集まったユーレイの中に、愛犬家がいたとしたら? せめて、犬と一緒じゃないと成仏できないというユーレイがいたとしたら? そうよ、これが、おとこ岩の犬隠しの真相よ!」

 そして、身体をこわばらせるイツキ。自分で幽霊を作って、それに怖がるとはたいした想像力だ。みつる先輩は、そうかもね、と笑って同意する。

「あの、話の腰を折るようでなんだけど」

 しかし、話題にとり残されている私は、たまりかねて、口をはさんだ。

「おとこ岩ってなに?」

 それを聞いて、場は一気に冷める。あれ? たずねてはいけないことだったのか。

「キョン子さん、遠足で行ったことないの?」

「うん」

 そんな私を見て、なぜだか笑いだすイツキ。

「ねえねえ、キョン子ちゃん。どうして、おとこ岩って名前がついていると思う?」

「ちょっとちょっと」

 困った顔でみつる先輩がイツキの言葉をさえぎろうとするが、私にはその理由がまったくわからない。

「あれでしょ。男の人の形をしてたりするんでしょ。もしくは、その近くにおんな岩があるとか」

「もう、キョン子ちゃんったら、かわいいんだから」

 そう言って、イツキは私の背中をたたく。いや、それ、答えになっていないのだけど。

 こうして、午後のSOS団の活動は、私以外の誰もがその存在を知る「おとこ岩」へと向かうことになった。もともと、オカルト目的で設立されたSOS団にとって、初めてのまともな活動だといえそうである。

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