涼宮ハルヒコの憂鬱(キョン子シリーズ)   作:佐久間不安定

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(35)「えー、前は気合入ってたじゃん」

「キョン子ちゃん、電話だぜ!」

 それから数日後、自分の部屋でくつろいでいたとき、下から弟の声がした。最近、言葉づかいが乱暴になったことで有名な小学五年生の我が弟である。

「男だよ、オトコ」

 やたらとうれしそうに弟は騒ぐ。とんだマセガキである。

 私に電話をかける男子なんて、SOS団員ぐらいしか思いうかばない。彼らにはすでに携帯電話の番号を教えている。いったい、誰なのだろう。興味しんしんな弟の襟をつかんで追いだしたたあと、受話器を手に取る。

「もしもし」

「ああ、俺だ」

「長門くん?」

 予想外の声に私は驚く。ふりむくと、弟がそんな私の態度に、声をださずに笑っていた。軽く蹴りを入れて、ふたたび受話器に向き合う。

「どうしたの?」

「実は、今日の晩餐をともにしたいのだが」

 はあ? 長門くんの誘いに、私は言葉を失う。イツキの予想は外れていなかったということだろうか。それにしては、話が唐突すぎるのだけれど。

「先日は君の体調のこともあり、夕食をともにできなかったのが残念だと、両親が言っていてね。あらためて俺の家に招待しようという話になった」

 なんだ、さすがにデートの話ではなかったのか。しかし、長門くんの両親といえば、とてもお金持ちだ。デートよりハードル高いんじゃないか。

「でも、今日は……」

 あまり乗り気になれないが、長門くんには恩がある。なんといえばいいのか思いあぐねてみると、何かジェスチャーをしている弟の姿を見えた。ゴーゴー、と言っているみたいである。事情を知らずに何がゴーゴーだ。私は思いきり弟をにらみつける。

「もし、良ければ、車を手配するから心配いらない」

 いや、そういう心配はしていないのだけれど。しかし、車を用意するとは、さすが金持ちである。

「それで、みつる先輩やイツキは」

「いや、今日は君ひとりを招待したい」

 うーむ、と私はうなる。なぜ、長門くんの親が、私なんかを誘うのか。罠ではないと思うが、素直に好意に甘えるのにはためらいがある。だが、断る理由が私には思いつかない。

 いや、このままうやむやにしていては、イツキの推測が本当かどうかを調べることができなくなってしまう。普段の長門くんは観葉植物に等しいほど、寡黙な男子である。もし、長門くんが両親を誤解させるようなことを言い含めていたとしたら、私の口から否定するより他ない。そう考えると、今回の誘いはチャンスではないか。

「わかった。親に話してみる」

「じゃあ、三十分後に迎えが来るから、待っておいてほしい」

 こうして、電話を切った。すると、やったー、という弟の声がする。

「キョン子ちゃん、これからデートなの? ねえねえ」

「あんた、人の電話を盗み聞きするのは良くないって教わらなかった?」

「いいじゃんいいじゃん。それより、どんな人?」

「うるさい」

 私は弟の頭をおさえようとしたが、するりとかわされてしまう。すぐさま、母に報告しているようだ。小学五年になってから、これまでの力でねじふせるやり方がうまくいかないことがある。今後、姉の威厳を保つにはどうすべきか、悩ましいかぎりである。

 私は母にこのことを話して、二階の自分の部屋に入る。残り時間はあと三十分。さて、どんな服を着ていくべきだろうか。といっても、私にはおめかしをするかしないかぐらいの選択肢しかない。

 そんなふうに悩んでいたら、私の携帯電話がブルブル震えだしていた。涼宮ハルヒコという表示だ。

「もしもし」

「ああ、俺だ」

 長門くんと同じ返事である。

「どうしたの、わざわざ」

「いやさ、あの防空壕についてなんだけど、長門が何か言ったせいか、また入り口がふさがれちまってさ。一人で何とかしようとしたんだが、どうもうまくいかないんだ。そこで、おまえに……」

 どうやら、彼はあいかわらずのようである。そんな要件で、私がわざわざ足を運ぶと彼は本気で思っているのだろうか。

「ごめん、今日、これから約束があって」

「何の約束だよ」

「なんでもいいじゃん」

「でも、おまえ、気にならなかったのか、あそこのこと?」

 なかなか引き下がらない彼の声に、私はいらだってしまう。

「だから、これから、長門くんの家に行かなくちゃいけないの!」

 この言葉には、さすがの涼宮ハルヒコもあせったようだった。

「おい、なんで、おまえが長門のところに」

「だって、あのとき、長門くんのお世話になったし」

「で、でも」

「今、その準備で忙しいから。ごめんね」

 きちんと説明するのも面倒なので、電話を切る。あいつには、自分の思い通りに他人が動くものではないことを知らしめなければならないと思う。

 結局、空回りするのも恥ずかしいので、服はありふれた格好にすることにした。私は長門くんの友人にすぎないのだ。変におめかしをして誤解されるのもイヤだし、私程度のおめかしなんて、長門家からすれば物笑いの種になってしまう可能性が高い。私は庶民らしい服装をするしかないのだ。

 そんな格好には、弟ですら「えー、前は気合入ってたじゃん」と不満げだった。まあ、小五の弟にはわかるはずもないだろう。世の中はいろいろ複雑なのだ。

 母に用意してもらった手土産を持ち、こうして、私は長門邸へと向かうことになった。

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