放課後になると、私の自責の念はずいぶんうすらいでいた。だいたい、涼宮ハルヒコは中学時代にいろんな事件を起こして、先生に山ほど説教されていたというではないか。私ごときが「バカみたい」と言ったところで、それほど深い心の傷を負うことはあるまい。
そう考えながら、あくびをかみころし、カバンに教科書をしまいこんでいるときだった。いきなり、右肩をガッチリつかまれ、哀れ私の身体はくるんと振り向いてしまった。
「ちょっと来い」
涼宮ハルヒコはそう言って、私の腕をつかんだ。ガタンと椅子が倒れ、私は彼の導くがままにドアに向かってかけだす。
このときの様子について、グッチは後にこう証言する。
「帰り支度してたら、いきなり、スズミヤがキョン子を押し倒したのよね。息もつかせぬ早業だったわ。気づいたら、キョン子がお姫様抱っこで連れて行かれてるじゃん。ああこれがウワサに聞く拉致か、とウチらは呆然と見送ったんだけど、それから思ったわけよ。もしかして、これってめちゃくちゃヤバイんじゃないかって。だから、みんなで、助けに行かないか、相談していたのよね。キョン子、アンタは信じないかもしれないけど、みんな心配してたんだから」
もちろん、これは妄言である。どうして、お姫様抱っこなどという破廉恥な動作が思い浮かぶのか、グッチの豊かな想像力にため息をつくほかない。
私は反抗しようと思えばすることはできた。しかし、彼の表情には、赤ずきんちゃんを襲うオオカミのような危うさは感じられなかった。そう、涼宮ハルヒコは、ただの男子ではない。宇宙人や超能力者を信じるような変なヤツなのだ。それが私を安心させた。だから、私は彼についていったのだと思う。
彼が足を止めたのは、屋上につながる階段の踊り場だった。そこで、涼宮ハルヒコは向き直り、私の両肩をギュッと力強くにぎる。
「おまえ、宇宙人とか超能力者とかが、本当にいないって言いきれるのか」
まわりから見れば、告白モードだと思われるかもしれないが、あいにく相手は涼宮ハルヒコである。その言葉にはロマンスのカケラもなかった。ただ、彼の表情を直視できるほどの余裕はなかった。両肩に圧力がのしかかる。私はそっぽを向いて、つぶやくように答えた。
「いや、べつに、いないと言ってるわけじゃないし」
「そうか」
私の返答を聞いて、彼は軽く息をはいて言った。
「じゃあさ。もし、宇宙人、異世界人、未来人、超能力者、そういうやつを俺がおまえに見せたら、さっきの言葉を取り消せ」
「さっきの言葉って」
「俺をバカにしたことだ」
私は涼宮ハルヒコを見る。その真剣な形相を見ると、思わず笑いがこみあげてきた。さすがにこのセリフはガキっぽい。不思議なことに人間というのは、相手が必死になればなるほど冷静になれるものである。特に、自分にまったく利害のない話の場合は。
「わかったから、手を離して」
「え?」
「この二つの手。痛いから」
「あ、悪い」
思わず手をひっこめた涼宮ハルヒコの姿は、ほほ笑ましかった。得体の知れないヤツと思ってたけど、こういうところは、普通の男子と同じじゃないか。
私はすたすたと階段を降りる。彼と正面きって向き合ったときには、ちょっとあせったものだが、無事に対面を終えることができた。私は満足だった。うん、上出来じゃないか。
「絶対だぞ!」
ふりむくと、涼宮ハルヒコが身を乗りだして言っていた。私は、はいはい、と答えて、歩きながら手をふった。
教室に戻ると、クニとグッチが不安そうな顔をしてかけよってきた。何かされなかったの、ときかれたが、事実を話せば、私も涼宮ハルヒコと同類だと思われそうな気がしたので、だまっておいた。
こうして、私は危機を脱したはずだった。どうせ、宇宙人みたいなものが平和な我が北高にあらわれるはずはなく、彼に汚名返上のチャンスが訪れることはないであろう。そして、私はそれなりに有意義な高校生活を送り、涼宮ハルヒコもしかるべき形で落ち着くはずだった。