勝っても負けても   作:冠龍

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策略

 この時既に、スティーブンの死に始まった戦闘は計1時間近くになっていた。多少の硬直状態を挟みつつも施設の各所で血で血を洗う戦いが巻き起こり、既にアースロプレウラは2度目の絶滅に追い込まれ、水棲霊長類やスクトサウルスは残り一頭となり、コウモリ達も仲間の多くを失っていた。

 

しかし激戦を他所に施設内のとある通路では比較的平穏が保たれていた。そこに身を潜めていたのが子供のスクトサウルスだった。サイレンの音によって他の生物のように収容部屋に集められかけたが、漂う死臭や狂気の気配に怯えた子供はそそくさと逃げ出した。

 

それが功を奏した。もしも子供が収容部屋に入らずとも近づこうものなら、コウモリ達によって八つ裂きにされるか、サソリによって外骨格すら砕かれて元の生物が何かもわからない肉塊となって命を散らしたはずである。だが子供は賢明にも収容部屋から離脱し、職員用の狭い通路に身を隠して捕食者達をやり過ごしていた。

 

スクトサウルスの子供が死の恐怖に怯える側を、一人の職員が足早に駆け抜けていった。足音からは焦りが感じられるが幸いにも負傷はしていないらしい。

ケビン·ウィリアムズは施設のシステムが崩壊してからずっと逃げ回り続けていた。既にアサルトライフルは撃ち尽くし拳銃の弾も残り少ない。それでも彼が生き延びていたのは一重に幸運のおかげだった。ある時は倉庫近くでサソリに殺されかけたが、銃撃で怯ませている間に運良くラプトルが飛び込んでそのままサソリとラプトルの威嚇合戦が始まった隙に逃げ出した。またある時はコウモリ達の集団に囲まれて切り刻まれかけたが、直後に響いた叫び声 ――収容部屋の死闘により仲間を失ったコウモリ達の救援を呼ぶ声だった―― によって辛くも逃れることが出来た。

 

だが今や彼の幸運も尽きようとしていた。姿こそ見えないが背後から接近してくる悪魔の気配が嫌でも足を竦ませるが、ケビンは必死に走り続ける。荒い呼吸に激しさを増す鼓動と足音が捕食者の鋭敏な聴覚を刺激する。それによって隠れた子供のスクトサウルスの存在はコウモリの意識外へと追いやられていた。

 

「ハァ、ハァ…」

 

走り続けて息も絶え絶えとなったケビンが拳銃を固く握りしめて振り返り、追ってくる切り裂き魔を待ち構える。勝算は無いに等しいが、彼は自身の幸運に全てを委ねることにした。

 

「…明日のサッカーの試合のためにチケットを買ってるんだ。今更キャンセルなんか出来るかよ…」

 

と呟き腹を括ったケビンの前に、オスのコウモリが禍々しい姿を晒した。途端に自身への憎悪を感じ取った両者が硬直するが、先に動いたのはケビンだった。

狙うはコウモリの頭部。どんな超生物であれ脳を破壊されて助かる者は存在しない。放たれた弾丸は寸分違わず脳天へ向かうが、灰色の疾風となったコウモリには掠りもしない。銃撃を躱して天井に飛び移ったコウモリが獲物の腹を断ち割ろうと跳躍する。だがケビンの狙いはここにあった。鉤爪が命を刈り取ろうとする間際に必ずチャンスがある。普段のコウモリに拳銃を放ったところで当たるわけがないが、攻撃を加えようと接近している時なら話は別である。いくらコウモリが人知を超えたスピードで動けようと、文明の利器を零距離で向けられたら避けることは出来ない。

 

鉤爪が脇腹に突き刺さり呻き声が上がるのと銃声が響くのは同時だった。

ケビンの一世一代の大勝負。それは尽きかけた彼の幸運を使い切った物になったが、運命の女神は彼に微笑んだ。

 

射出された弾丸がコウモリの腕を貫通して抜けていく。そして貫通した弾丸は勢いを失わず頭部目掛けて飛んでいった。コウモリが撃たれた痛みで反射的に身を捩ったため、ケビンの脇腹に刺さった爪が抜け両者共に自由となる。それでも弾の向かう先には依然としてコウモリの頭部があった。発達した脳は彼らの武器だが、おかげで膨れ上がった頭部が今だけは弱点となってコウモリを追い詰める。

 

しかしここまでだった。

彼の幸運は遂に尽きてしまった。やはり両者の絶対的な力関係は個人の幸運程度でひっくり返せる代物ではなかった。

 

最早腕でガードする余裕も無く、身を捩って躱すことも出来ない。それでもコウモリには奥の手があった。一見貧弱そうな後肢に力を入れて反射的に跳び上がる。前腕を使う跳躍と違って細かな動きは無理だが、充分緊急回避として使える。

 

予想を遥かに超えた動きを前にケビンは唖然とするが、それでも彼は追撃の手を緩めず第2射を放った。狙い澄ました弾丸が再びコウモリの脳天に向かっていく。奥の手の緊急回避を発動したコウモリは最早どうすることも出来ない。弾丸は肥大化した頭部を貫通し命を奪うかと思われたが、幸運の尽きた彼に代わって今度はコウモリに幸運の女神が微笑むことになった。

 

本来なら脳髄が破壊されて生々しい音を立てるはずだが、響いたのは鋭い金属音だった。弾丸はあろうことかコウモリの頭部に取り付けられた制御装置に当たり、あらぬ方向へ弾けていく。かつて自身を縛っていた物が結果的に命を救ったが、殺戮兵器たるコウモリが人のような感慨にふける訳もなく即座に反撃に転じる。

 

ケビンは敵わないと悟るが早いか、通路を駆け出し、剥き出しの配管を乗り越えてコウモリを撒こうとする。だが怒り心頭のコウモリは文字通りの『悪魔』となって通路を駆け抜け、道中の配管を叩き壊して追ってくる。やがて袋小路に追い込まれたケビンは再度拳銃を正面に構えるが、弾は一発も残っていない。コウモリの希薄な表情筋が今だけは不気味な笑顔を作り出している。それが自身の死を暗示している事は嫌でもわかった。

処刑は速やかに執り行われ、ケビンは苦しむことなく意識を失った。 ――これはもしかするとコウモリの優れた知性が良き獲物に対して無意識に『敬意』のような感情を生み出した結果かもしれない―― とはいえケビンを仕留めたコウモリは足座に次なるの獲物を求めてエコーロケーションを展開した。

 

「…クルル、クルッ、クルル…」

 

しかしそれより早く聞き慣れた鳴き声が背後から彼の耳に届いた。

 

ケビンとの死闘に夢中になっていたオスコウモリは天井に張り付いたメスの同族の存在に気が付かなかった。サッ、と降りてきたメスは品定めでもするかのように彼の周りを歩き回る。オスは何度か呼びかけてみるが返答はなく、半ば苛立ち紛れにした威嚇すら無視される。

やがてメスはオスの正面に回り込んで何か呼びかけ始めた。まるで冥界の楽器のような鳴き声でしきりにやり取りをする。ほど近くで身を潜めていた子供のスクトサウルスからすれば耳障りな事この上なく、同時に到底理解不能なやり取り。それを交す間に両者の様子が変わってきた。

あろうことか二頭は伴侶になろうと互いの相性を確かめあっていた。よく考えてみれば20頭以上いるコウモリ達であれば、その内の一部が伴侶を求めて行動しても何ら不思議ではない。今や制御装置によって本能を抑えられている訳でもないため、『種の存続』という生物に課せられた最も根源的な目標を達成するため2頭は晴れてパートナーとなった。

そして、これによって2頭の行動目的はガラリと変わることになった。成すべきことは『敵の排除』 ――それは他の同族と同じである。しかし彼らの『敵』には同族のコウモリ達も含まれていた。他の生物は餌もしくは敵。そして他のコウモリは良くて使える駒、悪ければ子供の敵となりえる厄介者。

 

知能の高いコウモリ達ならではのイレギュラーな行動選択は、この戦場… ひいてはそこに生きとし生ける者全ての運命を大きく揺さぶることになった。

 

 

 

 

 

《生存》

 

ラプトル…2体 

スミロドン…2体

サソリ…2体

アースロプレウラ…絶滅

水生霊長類…1体

スクトサウルス…1体

未来の捕食動物…14体

人間…1人

 

 

 

《死亡》

 

未来の捕食動物1体…カッターにより殺害

 

オリバー·リーク…未来の捕食動物により殺害

 

スティーブン·ハート…スミロドンにより殺害

 

デリック·バートン(リークの部下)…カミン·シャスにより射殺

 

カミン·シャス…未来の捕食動物により殺害

 

ドレイク·ジーン…アースロプレウラにより殺害

 

未来の捕食動物(コウモリ)…アースロプレウラにより殺害

 

未来の捕食動物(コウモリ)×3…サソリにより殺害

 

水棲霊長類…サソリにより殺害

 

スクトサウルス…コウモリにより殺害

 

未来の捕食動物(コウモリ)×4…スクトサウルスにより殺害

 

未来の捕食動物(コウモリ)…水棲霊長類により殺害

 

アースロプレウラ…コウモリによって殺害 

 

未来の捕食動物(コウモリ)…ラプトルにより殺害

 

ケビン·ウィリアムズ…コウモリにより殺害

 

 

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