砕けた外骨格が床に飛び散る中、2頭のコウモリが標的目掛けて襲いかかった。鉤爪が目視出来ない程のスピードで的確にサソリの関節駆動部へ痛撃を加え、新たに2本の歩脚を切り飛ばす。だがサソリは体勢を崩されても構わず反撃した。狙いは右前方へ飛び出したコウモリ。残された左捕脚を力任せに叩きつけ、コウモリの右前腕を串刺しにする。度重なる戦闘の果てに捕脚の棘の多くは破損していたが、怪我の功名とでも呼ぶのだろうか。死神の鎌は巨人の棍棒とへ姿を変えていた。コウモリを切られたのではなく、思い切り殴打されたのだ。相棒が粗雑な棘の一撃を引き受けている間に、残るコウモリが追撃をかける。音速に迫る勢いでサソリに左アッパーを食らわせ、思わず怯んだサソリへ脇目も振らずに噛み付く。流れるような2連撃がサソリの頭部に命中し、アースロプレウラとの激闘で半壊していた頭部を砕いて致命傷を与えた。
しかし先刻のアースロプレウラと同様、サソリにとって痛覚など既に失われて久しい物だった。明らかな致命傷を受けてなお、全身を軋ませてサソリは立ち上がり、腕を振り回してコウモリ達へ敵意を顕にする。コウモリの宿敵たる怪蟲メゴプテランですら、これほどの損傷を受けて立ち上がれる者はいない。不死身の怪物を前にしたコウモリ達は、思わず足が竦んでしまい咄嗟の反応が遅れた。それが致命的な仇となり、2頭は揃って体当たりの餌食となった。ここで本来なら2本の捕脚が同時に稼働してコウモリ達を左右合わせて挟み潰しているところだが、片腕では得意の拘束攻撃は出来ず、コウモリ達は弾き飛ばされるだけに留まった。それでも金属に匹敵する硬さの外骨格と複数の歩脚を使った急加速による突進を受けては、如何にコウモリでもただでは済まない。彼らは全身複雑骨折の憂き目に遭った。特に最初から串刺しで身動きのとれなかった1頭は一直線に吹き飛ばされ、ろくな受け身すら取れずに壁へ激突。サソリは有無を言わさず襲いかかり、残された武器を総動員してコウモリをズタボロにしていく。流石に連戦の疲労からか速度はないが、一撃一撃がコウモリの皮膚を裂き、挙げ句の果てには肋骨にすらヒビを入れていく。突進の衝撃で砕けかけていた肋骨は脆くも崩壊していく。そこへ残る1頭が救助に駆けつけた。
仲間の絶叫が鼓膜に達する前にコウモリは飛び出していた。狙いは捕脚の可動域の外にある尻尾。振り回される尻尾を躱して付け根に噛み付いた。乱杭歯が貧弱な尻尾へ深々と突き刺さり、何とか振り落とそうとサソリも暴れるが、コウモリは鈎爪を使ってサソリの胴体にしがみつき決して離そうとしない。
しかしサソリは尻尾の動かし方を変えてコウモリを振り落とした。それまでは通路を遮断するように横振りしていたが、組み付いたままのコウモリを潰すために今度は胴体を使って尻尾を縦振りにする。繰り返し何度もコンクリート製の床に叩きつけられ、さしものコウモリも腕の力を失って振り落とされた。それでもコウモリは只では離れようとせず、尻尾の中程に爪を引っ掛けたかと思うと、飛ばされた勢いに任せて尻尾を切断した。まだビクビクと跳ねる尻尾とコウモリが放物線を描いて弾けたのを尻目に、サソリは腕の中のコウモリにトドメを刺そうとする。だが、既に腕の中はもぬけの殻となっていた。
相棒が身を挺して稼いだ数秒に全てを賭けてコウモリは跳んだ。サソリが敵を見失って硬直した直後に、槍と化した腕でサソリの胴体を串刺しにする。確かな手応えを感じて腕を引き抜くと、それに合わせてサソリが僅かな震えと共に崩壊した。
しかしコウモリ達は不用意に接近しようとしない。それまでの観察でサソリが擬死を使うのを知っていたため、本当に死んだのか分からない状態で近づくのは悪手と判断しての事だった。そして彼らの予想は当たり、10秒と経たない内にサソリの化けの皮が剥がれた。
しかし10秒という時間は、コウモリ達にとって充分すぎる猶予となっていた。前後から挟撃する。既に尻尾を失っていたサソリは後方の敵に対して無防備になっており、さながら白刃のごとき鈎爪を食らって胴体の軟質部を表面から大きく削り取られた。前方のコウモリも歪んだ捕脚を掻い潜って前腕を振り下ろす。コウモリの鎌とサソリの鞭の対決は鎌に軍配が上がり、鞭状の腕は中程から綺麗に刈り取られた。
だがここまでしても、サソリは起死回生の一撃を放とうとしていた。狙うは前方のコウモリが着地した瞬間。無理な体勢から突き出された捕脚が通路の外壁に深い爪痕を残して火花を生みつつ、コウモリの脇腹を捕らえて強引に床へと組み伏せた。生々しい音が敵の腹部を確実に捕えた事を告げ、トドメを刺すべくサソリが再度捕脚を振り下ろした。
だが捕脚は動かなかった。
正確には捕脚は途中まで動いて確かに血飛沫を作り出したが、途中で何者かに止められていた。サソリの単眼が朧げに目撃したのは、腕をクロスさせて捕脚の一撃を防いだコウモリと、その前で血塗れになって仲間を庇ったもう1頭の姿だった。
無機質な外骨格を眺めてもサソリの感情を読み取る事は出来ないが、この時のサソリは間違いなく『驚愕』に飲み込まれていた。
後方のコウモリは仲間に捕脚が振り下ろされた瞬間に飛び出していた。彼はこれまでに何度も『戦友』を喪っていた。スクトサウルスとの攻防で6頭いたはずの仲間は2頭だけとなり、今や最後に残された相棒もサソリの餌食となりかけている。冷酷非情な生物兵器である彼であっても、共に死線を越えてきた友をこれ以上喪うのは耐えられない事だった。まるで金縛りのように全身を駆け巡った本能の警告を無視し、迷わず前へ飛び込む。瞬時に身体を訪れた激痛が警告の正しさを如実に示していたが、後悔などあるはずもなかった。徐々に意識が希薄になっていき、周りの音が遠ざかっていくのを実感する。鋭敏なはずの聴覚が完全に消え失せ、そして彼の意識は朝靄のように儚く掻き消えていった。
思わぬ乱入に唖然としたサソリだったが、ただ殺す順番が逆になっただけ。残された1頭も始末しようと再び捕脚を振り上げた。しかし血を噴き出したのは他ならぬサソリの方だった。到底目視など不可能な連撃がサソリの歩脚と頭部を蹂躪し、霧や霞と見間違う程に粉砕された敵の肉片すら意に介さずコウモリが突撃する。仲間とサソリの血によってドス黒く染まった両腕が相手の口器を貫いて僅かに怯ませた。その怯みを見逃さずコウモリは腕を180度回転させ、サソリを壁へ押しやった。そのまま不自然な向きに力を加えてサソリの頭部を押し潰そうとする。流石のサソリも頭部を潰される訳にはいかず、左捕脚の肘打ちでカウンターを決めた。満身創痍のコウモリに肘打ちを耐えられる体力はない。そう踏んでの一撃だったが、サソリはコウモリの潜在能力を侮っていた。
それまでに幾多もの敵を屠ってきたサソリにとってコウモリは、アースロプレウラと比較することも出来ないような雑魚として認識されていた。確かに閉所での直接戦闘ではサソリに部がある。とはいえ彼らは屋内戦闘を想定して創り上げられた『悪魔』である事をサソリは知る由もなく、その慢心は足元を掬うのに十分だった。
肘から来る感触が妙に軽い。カウンターを決めたはずなのに、まるで無抵抗で生々しい音もしなければ、突き立てられる鈎爪の抵抗もない。
この違和感の正体はコウモリの回避技術にあった。コウモリは肘打ちを食らう寸前に背中を丸めて球体のようになり、肘が当たった瞬間に後ろ脚を蹴り出して流れるように受け流しを成功させていた。無論、独学どころか彼自身知りもしない技だが、その肉体は本能が命ずるがままに動き、サソリの一撃を虚無の彼方へ追いやっていた。そしてコウモリの反撃は、半壊していた口器を遂に全壊させた。根本からもげた口器が体液を撒き散らしながら踏み潰される。彼は一撃離脱の戦法を採ってサソリから距離を取った。両者の距離は3m。互いが三途の川の川辺りを彷徨いているような状況。次の攻防の後には互いに力尽きるのは、火を見るよりも明らかだった。
凶気と憎悪が混じり合って激突する。
先攻はやはりコウモリだった。電光石火の早業でサソリの身動きを封じ、一方的に攻め続ける。サソリは捕脚を盾に猛攻を耐え続け、たった1本残された鞭状の腕を構えた。左に盾、右に鞭。対する敵は左右に鎌を備えている。手数においては向こうが有利なのは明白。そこでサソリは鞭ではなく盾でコウモリを殴った。しかし激闘を繰り返したコウモリは捕脚の扱いを熟知していた。仰向けになって捕脚を躱し、勢い余った捕脚の付け根に鎌を突き刺す。このまま伸び切った捕脚を捻じ折ろうとするが、サソリの鞭が待ってましたとばかりに火を吹いた。コウモリは左手首を折られたが、一切怯まずに鞭へ噛み付き返した。軽い造りの鞭が乱杭歯の侵入を食い止められるはずもなく、中程にかけて裂け目が入ったかと思うと、次の瞬間には真っ二つに裂き切れていた。だがコウモリは鞭が囮だった、という事に気付くのが遅すぎた。後悔の暇すら与えず、ギロチンと化した盾がコウモリの頚椎を砕いてトドメを刺した。さしものコウモリも全身の力を失って脆くも崩れ落ちる。 ――かに思われた。
同時に鋭い一刺しがサソリの頭部から腹部までもを刺し貫く。それは主要な臓器を潰して脚の筋肉すら一つ残らず切断した。
最期の最期で笑ったのはコウモリだったのだ。
頚椎を粉砕される前に腕へ送られた最指令が右腕を動かし、露わになったサソリの口元を狙撃している。反射を頼りとするサソリといえども、正中線に沿って串刺しにされては、これ以上足掻く方法がない。
とはいえコウモリも限界を迎えていた。サソリが膝を付き、コウモリも血のあぶくを吹いて倒れ込む。そこには偶然にも八つ裂きにされたはずのアースロプレウラの頭部が転がっていた。コウモリは外骨格が軋む音が聞こえなくなるの聞き届けて息を引き取り、命が消え失せた廊下で全てを見届けたアースロプレウラがあるはずもない呻きを残した。
そして3種の魂は平等に天へと昇っていった。
《生存》
ラプトル…1体
スミロドン…1体
サソリ…1体
アースロプレウラ…絶滅
水生霊長類…1体
スクトサウルス…1体
未来の捕食動物…14体
人間…1人
《死亡》
未来の捕食動物1体…カッターにより殺害
オリバー·リーク…未来の捕食動物により殺害
スティーブン·ハート…スミロドンにより殺害
デリック·バートン(リークの部下)…カミン·シャスにより射殺
カミン·シャス…未来の捕食動物により殺害
ドレイク·ジーン…アースロプレウラにより殺害
未来の捕食動物(コウモリ)…アースロプレウラにより殺害
未来の捕食動物(コウモリ)×3…サソリにより殺害
水棲霊長類…サソリにより殺害
スクトサウルス…コウモリにより殺害
未来の捕食動物(コウモリ)×4…スクトサウルスにより殺害
未来の捕食動物(コウモリ)…水棲霊長類により殺害
アースロプレウラ…コウモリにより殺害
未来の捕食動物(コウモリ)…ラプトルにより殺害
ケビン·ウィリアムズ…コウモリにより殺害
ラプトル…スミロドンにより殺害
スミロドン…コウモリによって殺害
未来の捕食動物(コウモリ)×2…サソリにより殺害
サソリ…アースロプレウラとコウモリによって殺害(既に毒によって死は避けられなくなっていた。)