勝っても負けても   作:冠龍

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足掻き

 血塗られた通路をコウモリペアが進む。その足取りは落ち着いていた。前方では子供のスクトサウルスと巻き込まれた水棲霊長類が尚も一つの破壊兵器として激走を続けている。絶えず鳴り響く悲鳴にペアは薄い唇を緩めて恍惚の表情を浮かべつつも、その奥底までは緩んでいない。そこには依然として、純然たる殺意と破壊衝動が決して溶けることのない永久凍土のように存在していた。

 

ミンチになりかけたコウモリ3頭が収容部屋へと飛び込む。先に到着していたラプトルとサソリの威嚇を無視して檻の支柱に飛び移り、後から突撃してくるであろうスクトサウルスに備えるも、身構える捕食者達の予想に反してスクトサウルスは待てど暮らせど来る気配がない。

 

それもそのはず、この時スクトサウルスは新手のコウモリ2頭に急襲されていた。

 

彼らは序盤の倉庫内で体力を温存したままスクトサウルスを嬲り殺し、その後は配管に潜り込んで行方を晦ました2頭だった。彼らの行動目的は主に2つ。『施設からの脱出』と『玩具の捜索』だった。実はこの2頭は戦いのゴングたるサイレンが鳴り響いても収容部屋に向かわず、唯一巻き込まれた倉庫内の死闘除き、その後の戦闘にも滅多に介入しなかった。それには明確な動機がある。それは彼らが施設内で最も無力な存在。…つまるところ『玩具』たる人間を渇望していたからだった。

 

2頭はシステムダウンによって他個体同様に制御装置による呪縛を解かれた。その時に探知した獲物 ――慌てて倉庫から逃げ出したカッターと絶望のあまり絶叫するリーク―― に純粋無垢な好奇心をそそられた。一体どんな動きをし、どのような抵抗をして、どれほど無様な最期を遂げるのか。それが気になった2頭は他個体に先んじてリークに襲いかかった。それは彼らにとっては単なる『遊び』に過ぎなかったが、標的となったリークからすれば『拷問』と呼んで差し支えないものとなった。右腕、左膝、背中、下顎、喉、そして左胸。と徹底的に全身を破壊されたが彼にも悪党としての意地があったのか、手足を切り落とされても命尽きる瞬間まで抗い続けていた。だが結局は人生で最初で最後となるであろう壮絶な絶叫と共に首を捻じ切られて絶命する事になった。そして2頭は単なる餌と化したリークを仲間に譲り渡し、倉庫から逃げたカッターを追って廊下を突き進んでいた。その異様に発達した脳は、不格好な二足歩行生物の事しか考えられずにいた。

 

「何故『玩具』はあれほど脆いのか?」

 

「そして何故あんな雑魚に自分達は使役されていたのか?」

 

脳裏に浮かんだ疑問と、あの不可思議な生物を知りたい、あの珍妙な生物で遊びたい、あの愚かな生物を殺したい、といった純粋無垢でありながら何処か狂ったような欲望。それに突き動かされるようにして彼らは施設内を徘徊し続けていた。しかし運悪くカッターは愚か施設職員にすら出会えなかった。眼下を通り過ぎるのは異形の怪物だけ。2頭が欲しているのは別時代の殺し屋や死んだ人間ではなく、生きて動いている人間だけだった。

 

それでも一度だけ生きた人間の存在を探知した事があった。

施設内の風向きが変わり、充満する血の匂いに混じって新しい火薬の香りがする。その先には偶然にもARC職員のコナー達がいた。念願の玩具を見つけた2頭は急いで香りの在り処へ向かったが、その先に待っていたのは物言わぬ通風口だけだった。コナー達は知る由もないが、彼らが脱出したのは間一髪といって良かった。何故ならドレイクとジェニーの銃撃戦は好奇心旺盛な2頭の『悪魔』を引き寄せてしまっていた。2頭は他のコウモリと違い銃声や人語といった異質な音や、火薬や化学薬品のような特殊な痕跡を探していたため、風に混じって漂う煙を嗅ぎ付けると即座に現場へ急行していた。あと5分風向きが変わるのが早ければコナー達は八つ裂きにされてリークと同じ末路を辿り、それどころか英国全体が本物の地獄となっていただろう。だが際どいところで地獄の釜に蓋をするのが間に合い、化け物は地下に閉じ込められた。

 

遠くから心臓の鼓動は感じられど、玩具の姿を確認することは出来ない。分厚い蓋が彼らの明日を閉ざしていた。だがそれで諦めるような2頭ではなかった。今度は脱出手段を探して施設内を駆けずり回った。空気の流れや騒音を辿って通り抜けられそうな換気口を探し、邪魔っ気な金網を壊して車両格納庫にまで侵入した。だがリークの手によって完璧な軍事基地として創り変えられた地下施設は、主亡き後も脱出不可能のアルカトラズとなって生ける者全てを冷酷に閉じ込め続けていた。苛立ちが募らせた2頭は周囲のパイプや残骸に八つ当たりしながら、ただ宛もなく施設内を歩き続けていた。

 

 

 

そんな彼らの元に一際大きな音が響いた。何かが破壊され無残に砕ける音。

 

「今度こそ外へ出られるかもしれない。」

 

微かな期待を胸に現場に急行する途中で、2頭は破壊兵器と鉢合わせた。

 

 

 

たて続く災難を前にとうとう堪忍袋の緒が切れた水棲霊長類は、雄叫びを交えながらコウモリ達に殴りかかった。スクトサウルスに引き摺り転がされ続けた勢いを利用して目にも留まらぬスピードの打撃を見舞う。左鰭が1頭を正面から捕えて軽く数メートルは殴り飛ばした。しかし重傷の身で大技を放ったため、水棲霊長類は体力を使い果たして廊下の端に崩れ落ちる。残る1頭は何が起きたのか分からず呆然と立ち尽くしていた。呆気に取られたコウモリを前に子供のスクトサウルスが仕掛けた。子供特有の大きな頭部を振り下ろす。捻りもなければ搦め手でもない単純な頭突きだが、それでも軽量なコウモリが食らえば即死する程の攻撃。実際、通路の横に備え付けられてた貯水タンクは一撃で歪に歪められてしまった。とはいえ場数を踏んでいない子供の攻撃を避けられないコウモリではない。自身が兵器たる証を見せつけるかのように想像を絶する速さで跳び回って相手を撹乱し、隙を突いて右腕を振り回す。まだ発達しきっていない装甲板は楽々砕かれ、スクトサウルスは痛みに耐えきれず膝を付いた。コウモリは崩れた獲物に馬乗りになって怒涛の連撃を叩き込もうとする。

だが彼の身体は突如として後方へ引き戻された。次いで鈍い痛みが左足を駆け巡り、ゲッ!? と思わず呻き声を零して無様に壁へと叩きつけられる。

 

目覚めた水棲霊長類は目の前のドス黒い生物を食い殺そうと、渾身の力を込めて左足に喰らい付いた。長大な犬歯が確実に獲物の骨を砕き、筋組織を押し潰していく。そのまま尾鰭を動力に全身を捻ってコウモリを壁に叩きつけた。相手は苦痛を露にして藻掻くが、その鉤爪が届かない角度を水棲霊長類は知り尽くしていた。

 

これが場数の違いだった。先程のスクトサウルスの頭突きがそうであるように、生まれながらに戦う事を生業にしている生物でも経験が浅ければ効果的な攻撃は出来ない。一方で相手の動きを見極めて必要な情報を蓄積させていけば、例え不利な環境下でも必殺の一撃を放つ事が出来る。無力な獲物を求めて施設を虚付き続けた者と地獄に等しい戦場を切り抜けてきた者とでは、そこに決定的な差が生じていた。

 

遊び呆けた報いが今まさにコウモリを絶体絶命の窮地に立たせていた。何とか立ち上がろうとして四肢をばたつかせるが、動くたびに左足の激痛が脊髄奥深くまで到達し全身の力が抜けていく。水棲霊長類は相手が脱出出来ないように足首の関節部を的確に潰していた。そこへ殴り飛ばされて怒り心頭の片割れが飛び込んできた。持ち前の素早さと柔軟な骨格を活かして鋭い突きを繰り出す。爪が水棲霊長類の右肩奥深くへと食い込み、ただでさえスクトサウルスによって破壊されかけていた上腕骨を断ち割った。そしてコウモリは水棲霊長類を仲間から引き剥がすべく、反時計回りに身体を動かして腕に力を込める。

 

 

 

しかし水棲霊長類が動く前に当のコウモリが圧倒的な力で押し動かされていた。

 

体制を立て直したスクトサウルスは前方の相手が何者かも判別せずに床を蹴り出していた。生温かく柔らかな感触が背中を伝い、体当たりが成功したと分かるとスクトサウルスは更に加速する。水棲霊長類が端に居座り続けたのはこれが理由だった。敵を壁へと叩きつける為というのもあったが、再び暴走を始めるであろうスクトサウルスを躱すには端に寄るしか方法は無かった。

 

だがコウモリも押し動かされるままではない。右手で相手の背中を掴み、ズレた結果自由になった左手でスクトサウルスの喉を攻撃する。不自然な姿姿勢のため攻撃はぎこちないが、子供の柔らかな外皮を裂くのには十分だった。せっかく走り出したにも関わらずスクトサウルスは痛みに耐えかねて急ブレーキをかけてしまい、ここぞとばかりにコウモリが鉤爪を喉深くへと食い込ませる。なんとかして鉤爪から逃れようとスクトサウルスは後退った。そして動けるようになったコウモリは右手を離してスクトサウルスの前に降り立ち、力を込めて弓なりに引いた腕を開放し、寸分の狂いなく相手の口元を掻き切った。敏感な口元を抉られたスクトサウルスは思わず尻もちをつき、先程の壊しかけた貯水タンクへと崩れた。その肉体は半壊状態のタンクに耐えられる重さではなく、鈍い金属音がしたかと思うと勢い良く水が吹き出し、スクトサウルスの視界は一瞬にして飛沫に覆い尽くされた。

 

 

 

この瞬間コウモリとスクトサウルスと水棲霊長類は同時に動き出していた。

 

そして飛沫が晴れた時、3種の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

《生存》

 

ラプトル…1体 

スミロドン…1体

サソリ…1体

アースロプレウラ…絶滅

水生霊長類…1体

スクトサウルス…1体

未来の捕食動物…9体

人間…全滅

 

 

 

《死亡》

 

未来の捕食動物1体…カッターにより殺害

 

オリバー·リーク…未来の捕食動物により殺害

 

スティーブン·ハート…スミロドンにより殺害

 

デリック·バートン(リークの部下)…カミン·シャスにより射殺

 

カミン·シャス…未来の捕食動物により殺害

 

ドレイク·ジーン…アースロプレウラにより殺害

 

未来の捕食動物(コウモリ)…アースロプレウラにより殺害

 

未来の捕食動物(コウモリ)×3…サソリにより殺害

 

水棲霊長類…サソリにより殺害

 

スクトサウルス…コウモリにより殺害

 

未来の捕食動物(コウモリ)×4…スクトサウルスにより殺害

 

未来の捕食動物(コウモリ)…水棲霊長類により殺害

 

アースロプレウラ…コウモリにより殺害 

 

未来の捕食動物(コウモリ)…ラプトルにより殺害

 

ケビン·ウィリアムズ…コウモリにより殺害

 

ラプトル…スミロドンにより殺害

 

スミロドン…コウモリによって殺害

 

未来の捕食動物(コウモリ)×2…サソリにより殺害

 

サソリ…アースロプレウラとコウモリによって殺害(既に毒によって死は避けられなくなっていた。)

 

リチャード·グウィン…スクトサウルスによって殺害(引き起こしたのはコウモリペア)

 

未来の捕食動物(コウモリ)×3…コウモリペアによって殺害

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