飛沫が晴れる3秒前。
スクトサウルスは倒れたままだった。傷は揃って深くないはずだが、背後から迫るペアに負わされ続けた無数の傷から血が止まることなく流れている。このまま暴走を続けていれば出血多量によって命すら落としかねない状況だった。
飛沫が晴れる3秒前。
自由の身となったコウモリは仲間の姿を探すよりも、目の前の巨竜を仕留める事を優先していた。先程の一撃で相手は崩れたが、あれだけの体格の持ち主が簡単に倒れるとは思えない。仮に崩れたのが偽装だとすれば狙いは主に2つ。1つは敵が油断したところに奇襲を仕掛けて逆転勝利を狙うか、もう1つは死んだふりで更なる攻撃の的になるのを避けるためか… 前者なら接近するのは悪手だが、後者ならトドメを刺す絶好の機会となる。彼は決断を迫られていた。
飛沫が晴れる2秒前。
水棲霊長類は久しぶりに大量の水を浴びていた。どこか懐かしさを感じるが、今は思い出に浸っている場合ではない。今、自身の顎には施設内で最も狡猾な生物が捕らえられている。このまま顎に力を加えて噛み殺す方法もあるが、それよりも確実にトドメを刺せる方法があった。しかしその方法は危険を伴う。水棲霊長類に考える猶予は無かった。
飛沫が晴れる2秒前。
スクトサウルスの後方から、全ての元凶たるコウモリペアが姿を現した。絶えず超音波を発して飛沫の奥へ隠れた獲物の存在を探り当てる。どうやら愛用の破壊兵器は機能を停止しているらしく、ピクリとも動こうとしない。直接手を下すか、それともスクトサウルスを再稼働させるか… ペアもまた決断を迫られていた。
飛沫が晴れる1秒前。
各々決断し、皆揃って飛沫が晴れるのを待った。
視界がクリアになった途端スクトサウルスが動いた。流血に構わず全速力で前方に突っ込んでコウモリを挽き肉にしようとする。当然コウモリは回避を選択し、斜め横の破損した貯水タンクに飛び移った。だが突進を躱されてもスクトサウルスは確かな手応えを感じていた。ズッシリした何かが前脚に引っ掛かり、不自然に引き摺られる。突進を面倒だと考えたのか、スクトサウルスは勢いそのまま転倒するようにして足元の物体を砕き潰した。
鮮血の匂いに目を見開いたスクトサウルスが立ち上がって足元の犠牲者を見やる。そこには後ろ脚を噛み砕かれたコウモリの成れの果てがあった。
水棲霊長類は飛沫が晴れる寸前で首に力を込めてコウモリを放り投げていた。途方も無い遠心力によってコウモリは何一つ抵抗出来ずに投げ出され、スクトサウルスの前方に転がった。即座に圧倒的な重量と速度によって引き摺られ、流れるような動きで新たな犠牲者となる。
一見すると噛み殺すよりも安全な処理方法に思えるが、水棲霊長類は即座に失策だと思い知らされた。彼にとって咥えたコウモリは一種の囮であり武器となり得る物だった。仮に敵が水棲霊長類に迫ろうとも余裕をもってコウモリを投げ飛ばし、それに悪戦苦闘する間に退却することが出来るし、下手に相手が接近しようものなら、鎌を備えた棍棒として振り回すことも出来る。
だが飛沫が晴れる寸前で、咥えたコウモリが苦痛に耐えて反撃に転じてきた。慌てて放った初撃は運良く外れたものの、このままでは飛沫が晴れた途端に相手のラッシュを食らいかねない。そこで彼は止む無くコウモリを放り投げる事にした。
思惑通りコウモリは気色悪い挽き肉になってくれたが、水棲霊長類の前には新しい玩具を見つけたコウモリの姿があった。
相棒を失ってもコウモリに焦燥や怒りといった感情は無かった。元々人間を狩るだけの間柄であり、家族でもなければ兄弟でもない相手を思う気持ちは無い。そして歪んだ好奇心の矛先は重傷の水棲霊長類に向けられた。相手は精一杯の威嚇として尾鰭を振り上げ、半ば砕かれた牙を見せつける。しかし五体満足のコウモリに虚仮威しが通用するはずがない。一切の躊躇なくコウモリが襲いかかり、水棲霊長類をズタズタにし始めた。狭い通路内で端に寄っていた水棲霊長類は、まるでサンドバッグのように止まることのない連撃に晒される。鰭で必死に防御するが、威力や速度が桁違いの殴打が相手では、頑丈な鰭も藁の楯に等しい。
このまま水棲霊長類は骸と化すはずだった。だが泣き叫ぶ玩具となって終わるはずの命にも続きがあった。
コウモリの身体がボウリングの玉のように転がっていく。次いで水棲霊長類も一瞬の抵抗を挟んで同様に床を転がっていった。溢れ出た水のせいで更に速度を上げた両者は縺れ合いながらスクトサウルスの股を抜け、そのまま挽き肉で全身をコーティングしながら収容部屋の入口にまで到達した。あまりの衝撃に重傷の水棲霊長類はおろかコウモリの骨すら砕かれたが、それでも両者は互いの牙を相手の首へと突き立てていた。
犯人はもちろんコウモリペアだった。前方で騒いでいる同族を再び破壊兵器の前へと晒し、速やかに始末するために駆け出していた。遊びに夢中になっていたコウモリは当然のように鎌の餌食となって床を転がる。ペアの強襲に狼狽えた水棲霊長類は尾鰭を使って受け身を取ろうとしたが、深手を負った状態で満足な防御が出来るはずもなくコウモリと同様に床を転がった。ペアは邪魔者を処刑台へ送り、破壊兵器を再起動させる。数回腰回りを叩いてやるだけでスクトサウルスは再び走り出した。
水棲霊長類の命は今まさに尽きようとしていた。ペアの乱入によって数秒は命を繋いだが、満身創痍で噛み合いを続けても勝ち目は薄い。いくら相手が咬筋の貧弱なコウモリといえど、死にかけの水棲霊長類を葬るには十分な牙を持つ。次第に喉が裂かれ鮮血を吹き出し始めた。意識が朦朧とし踏ん張る事も出来ない。鰭を動かそうとしてもコウモリは絞め技を決めているため、ただ無為に体力を消耗するだけだった。やがて水棲霊長類は噛み付きを解除し、大の字になって倒れた。コウモリはトドメを刺そうと鉤爪を振り下ろす。飛び散った血が一個の生命の終わり告げた。
しかし水棲霊長類は死の間際に壮大な『賭け』に出ていた。
このまま嬲り殺されるのは性に合わない。
「ならいっそ敵に『置き土産』を残してやる。」
そして施設中に身の毛もよだつ咆哮が響き渡った。最終決戦を告げるゴングが生物達の動きを止める。瀕死の水棲霊長類にここまでの咆哮が出せるとは思ってもいなかったコウモリは慌てて飛び退き、部屋の壁に張り付いて様子を伺う。
しかし水棲霊長類はそれきり動かなくなった。筋痙攣すら起こさずに冷たくなる死体。相手が確実に絶命した事を知りコウモリが動く。最後に驚かされたのが癪だが、せめて死に様だけでも拝もうと死体に歩み寄った。
それがコウモリの致命的な過ちだった。新たな心拍と獣臭に気づき迎撃体制を整えようとするが間に合わない。殴られた衝撃で胸部が凹み、血を吐き出す。折れた肋骨が肺へ突き刺さり息が苦しくなるが、その苦しみも長くは続かなかった。
三日月のような牙が悪魔の喉を切り裂いて瞬時に絶命させる。
因縁の相手を前にラプトルが甲高い叫びを上げ、後からやって来たスクトサウルスとコウモリペアも歩みを止めた。そこには生まれながらの殺し屋が佇んでいた。筋肉質な身体に異様に発達した『剣歯』と前脚。斑色の迷彩に身を包んだ野獣
――その名はスミロドン。
《生存》
ラプトル…1体
スミロドン…1体
サソリ…1体
アースロプレウラ…絶滅
水生霊長類…絶滅
スクトサウルス…1体
未来の捕食動物…7体
人間…全滅
《死亡》
未来の捕食動物1体…カッターにより殺害
オリバー·リーク…未来の捕食動物により殺害
スティーブン·ハート…スミロドンにより殺害
デリック·バートン(リークの部下)…カミン·シャスにより射殺
カミン·シャス…未来の捕食動物により殺害
ドレイク·ジーン…アースロプレウラにより殺害
未来の捕食動物…???により殺害
未来の捕食動物(コウモリ)…アースロプレウラにより殺害
未来の捕食動物(コウモリ)×3…サソリにより殺害
水棲霊長類…サソリにより殺害
スクトサウルス…コウモリにより殺害
未来の捕食動物(コウモリ)×4…スクトサウルスにより殺害
未来の捕食動物(コウモリ)…水棲霊長類により殺害
アースロプレウラ…コウモリにより殺害
未来の捕食動物(コウモリ)…ラプトルにより殺害
ケビン·ウィリアムズ…コウモリにより殺害
ラプトル…スミロドンにより殺害
スミロドン…コウモリによって殺害
未来の捕食動物(コウモリ)×2…サソリにより殺害
サソリ…アースロプレウラとコウモリによって殺害(既に毒によって死は避けられなくなっていた。)
リチャード·グウィン…スクトサウルスによって殺害(引き起こしたのはコウモリペア)
未来の捕食動物(コウモリ)×3…コウモリペアによって殺害
未来の捕食動物(コウモリ)…スクトサウルスにより殺害(引き起こしたのは水棲霊長類)
水棲霊長類…コウモリにより殺害
未来の捕食動物(コウモリ)…スミロドンにより殺害