水棲霊長類の雄叫びを合図に斬首刑が執行された。罪状は生ける者への冒涜、ならびに連続暴行。執行人のスミロドンは数秒の内に刑を終了させた。
遅れてコウモリペアが収容部屋の入口に現れる。さしものペアも一瞬の早業を前に多少なりとも怖気づいたらしく、目に見えて顔色を悪くした。一切の淀みなく放たれた攻撃は確実に相手を捕らえ、文字通り首を切断している。数で勝っているとはいえ、とても真っ向勝負を挑めるような相手ではない。
だがペアには破壊兵器が残されていた。ちょうど自分達とスミロドンの間に挟まれた子供のスクトサウルス。これを使わない手はない。何度となく抉られてきた腰回りは、皮膚が剥げて筋肉が丸見えになっている。そこを研ぎ澄まされた鉤爪が直撃し、容赦なく子供を痛めつける。痛撃から逃れようとスクトサウルスは無我夢中で前方に突進し、倒れたコウモリと水棲霊長類を踏み潰し、先に控えるスミロドンへと迫った。ペアとしては新たに3つの挽き肉が完成しているのが望ましかったが、無傷のスミロドンが突進を躱せないはずがなく、瞬時に飛び退いてスクトサウルスから距離を取り、次なる攻撃に備えた。
だが同時にラプトルとサソリが動いていた。まるで示し合わせたかのようにタイミングを見計らい、同時にスミロドンへ突撃する。それまでの戦いから彼らもスミロドンの強さを理解している。特にラプトルは同胞の弔い合戦とばかりに猛然と突撃した。まずはリーチに勝るサソリの捕脚がスミロドンの腰を捕える。飛び退いたばかりで動けない、スミロドンは一撃をもろに食らった。本来ならば一振りで骨を砕かれて戦闘不能に陥るところだが、連戦の疲労は、サソリの攻撃からスミロドンを殺しきれるだけのキレと威力を奪っていた。中途半端な攻撃はスミロドンにとって大したダメージにはならない。捕脚を耐え抜いたスミロドンが反撃を叩き込もうと跳び上がる。狙いは攻撃の反動でガラ空きになった頭部。
しかしラプトルの追撃は予想外だった。4mはあるサソリをひとっ飛びし、そのままスミロドンの腹にシックルクローを突き刺して一気に仕留めにかかる。彼の身体能力を遺憾なく発揮した攻撃。ところがシックルクローは自身の最大の強みたる切れ味が仇となってしまった。勢い余った爪は簡単に皮膚を抜けて外れてしまう。スミロドンの跳躍のスピードも相まって両者は空中で僅かに揉み合い、少し離れた場所へ別々に転がり落ちる。
そして今度は部屋で待機していたコウモリ達が攻撃する番になった。太古の支配者達へ向けられた無数の鉤爪。機動力に長けたラプトルは迎撃が間に合ったものの、サソリとスミロドンは直撃を受けた。サソリは装甲の一部をちゃぶ台返しのようにして剥がされ、スミロドンは勢いよく支柱へと叩き飛ばされる。どちらのダメージも小さくない。それでもサソリには反撃の機会があった。反射的に捕脚が弧を描き、コウモリの脇腹を捕えた。コンクリート製の床へコウモリを組み伏せたサソリが一方的な攻撃を開始しようとする。このままマウントを取った状態で相手の肋骨を滅多打ちにしようとするが、コウモリは既に迫りくる捕脚から逃れていた。激戦を経て血の海となった床で身体を滑らせる。追撃を躱して床を滑走し、支柱へ到達するなり跳ね起きて危険地帯から脱出した。古き殺戮者の体高は良くて2m程度。3m近い支柱の上へ逃れれば、まず間違いなく射程範囲を外れる。コウモリの卓越した跳躍力に異常なスピード特殊な構造の手足と鋭い鉤爪。そして並外れた運動神経。それら全てが収容部屋、ひいては建造物内の環境に最適化されている。元は生物兵器として開発された生物なのだから当然といえば当然だが、乱立する支柱や死体。吊り下がるクレーンに壁に設置された数々の機材。そのどれもが彼らの足場になりえる。ライバルは2次元、自らは3次元。この絶対的優位性は怪力で解決できる問題ではない。まさに収容部屋彼らの身体能力をフルに発揮できる理想的な戦場。いわばホームグラウンドだった。
とはいえ圧倒的優位を獲得していたのはコウモリ達だけではなかった。
サソリから逃れたコウモリへ二筋の追撃が飛ぶ。一つは青黒く、もう一つは黃斑。前者は後ろ脚を、後者は前腕を武器とする狩人 ――ラプトルとスミロドンだった。彼らもまた機動力に長け、柔軟な身体と強靭な四肢、そして鋭い鉤爪の持ち主である。敵は地を駆けるだけと踏んでいたコウモリは反応が遅れた。ラプトルの攻撃は避けたもののスミロドンの豪腕を防ぐ手段はなく、せっかく登った支柱から突き飛ばされた。しかしコウモリも咄嗟に受け身を取って追撃に備える。
もはや互いに抜き差しならない状態に陥っていた。平時なら身を退く事も出来たかもしれない。しかし同胞を永遠に奪われ、挙げ句自らも殺されかけた今、眼前の敵を排除する以外に生き残る道はなかった。
この熾烈な競争を現時点まで生き延びたのは全部で11体。残る三分の二は道半ばで力尽きている。とはいえ生き残りの中でも既に脱落気味の悪い者もいた。
子供のスクトサウルスは致命傷こそ負ってはいないが、下半身の出血は当の昔に限界を超えていた。元よりペアがスクトサウルスを持続的に運用する気は毛頭ない。いわば使い捨て。いくらタフネスに自信のある巨竜といえど、いずれ限界が来るのは目に見えている。本来なら今すぐにでも隠れ家に引き籠もって体力の回復を図りたいのは山々だが、この場では一瞬でも気を許そうものなら、即座に喉首を切断されて付近に倒れた同族と同じ末路を辿るだけ。万が一の可能性に賭けて逃げるか、それとも残って戦うか。どちらにしても明るい未来は望めそうにもない。
そんな子供の葛藤を知る由もないコウモリは、相手が油断しているものと判断して攻撃を仕掛けた。
この個体は以前に成体のスクトサウルスを抹殺に駆り出され、悪あがきに巻き込まれて負傷しつつも生き延びた経歴を持っていた。雑役にすぎないはずの狩りで受けた汚辱をそそごうと、ふらつき気味の子供へ容赦のない連撃を叩き込んで顔面を毟り取った。そこへ同じく前回の狩りで負傷し、仕方なく部屋に残っていた2頭目のコウモリも攻撃に加わる。こちらはスクトサウルスへの復讐と憂さ晴らしが目的のため、2頭の動機は根本的に異なっているが、それでも憎っくき敵への復讐ともなれば息の合った攻撃を展開した。片方が相手の注意を惹いている間に、もう片方が対角線上から腕を振り下ろしていく。元よりペアによって破損気味だった装甲板は呆気なく崩壊し、無数の破片が皮下脂肪を巻き添えに飛散する。子供のスクトサウルスによる必死の抵抗も空を切るばかり。むしろ攻撃をヒートアップさせていくだけ。そもそも両雄の間には、身体能力にしろ頭脳にしろ残酷なまでの開きがあった。片方が未熟な子供とあれば尚更である。2頭は思いのままに獲物を痛めつけ、半ばゴミでも捨てるかのようにスティーブンの眠るセンターへとスクトサウルスを引きずり出した。もはや立つことすらままならない子供へドス黒い本性を開放した悪魔が迫る。かつてはラプトルが収容されていた檻の支柱へ2頭が跳び乗った。相手の前後を挟んで最後の一撃を食らわせる機会を伺う。焦る必要はない。もうじき四脚に限界が訪れ、獲物は無抵抗のまま崩れ落ちる。絶えず展開しているエコーロケーションの結果から子供の筋組織が断裂寸前な事を読み取ったコウモリ達は戦略を変更し、体力の消費を極力抑える方向へシフトした。
ようやく敵の乱打が止み、子供のスクトサウルスは命からがら中央へ辿り着いた。正確には出入り口から叩き出された結果、というべきだろう。そしてブレイクタイムの間に新たな乱入者が3体現れた。
ズタボロのサソリと銃創を負ったラプトルが性懲りもなく狩りに乱入する一方で、スミロドンも狩りに加わった。この3体は順に古生代、中生代、新生代を彩った最強の殺戮マシン。そんな彼らが瀕死の肉塊を前に狩りの欲求を抑えられるはずがない。釣られるようにして3頭のコウモリが動く。彼らは倉庫での激戦の果てにペアによって追い出され、収容部屋に追い詰められていた。本心ではペアを真っ先に始末したいところだが、かといって足元でスクトサウルスに延々と騒ぎ回られても迷惑なだけであり、先客に混ざって脱落者の排除へ向かった。
先刻スティーブンにしたように捕食者達は自らの武器を構えながら獲物へと歩み寄った。ライバルへの牽制も大切だが、ここでは序盤でスミロドンがやってのけたように、獲物を真っ先に仕留めてこの跡の戦いの主導権を握る必要がある。採るべきは道は『前進』のみ。何故かコウモリペアだけは傍観決め込んでいるが、横槍を入れてこないだけマシだろう。
やがてスクトサウルスは全方位を敵に囲まれた。野生の槍衾を耐えきれる余力は残されていない。
哀れにも天命を悟った子供が力なく崩れ落ち、ファイナルラウンドのゴングを待たずして怪物達が突撃を敢行した。
《残存》
ラプトル…1体
スミロドン…1体
サソリ…1体
スクトサウルス…1体
未来の捕食動物…7体