勝っても負けても   作:冠龍

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決戦(2)

 十重二十重もの殺意が向かう先で年若いスクトサウルスが力尽きた。限界を迎えた四脚がミシッ、と膝を堺に折れ、最大の弱点である柔らかな脇腹をあられもなく剥き出しにしてしまう。

すると待ってましたとばかりに古今東西の爪牙が表皮を剥ぎ、筋組織を断絶させる。とっくの昔に職務放棄した装甲板は跡形もなく粉砕された。想像を絶する衝撃と痛覚の訪れを感じる暇もなく椎体を真っ二つにされ、顕になっていた喉は的確に潰されていた。

 

また一頭、新たなる犠牲者が出た。こうしてスクトサウルスも二度目の絶滅に追い込まれた。

 

突如として浮き上がる骸。それが数秒前まで生命活動を行っていたとは思えない程に無残な様だが、それよりも重要なのは死体が『浮き上がっている』事だった。無論死んだはずのスクトサウルスが跳躍するはずもなく、何者かによって押し上げられた、という事は分かる。

しかし事はそう単純ではなかった。

 

スクトサウルスが無残な死を遂げる寸前に答えがあった。

四方八方に潜む捕食者達。古生代に生きたカラクリ仕掛けの怪物、シルル紀のサソリが動く。頭上のコウモリを無視して突進した。当然スクトサウルスの巨体と正面衝突する。どちらも施設屈指の巨体であり、本来なら丸太のような脚を備えたスクトサウルスが有利なはずだが、瀕死のスクトサウルスと狂乱状態のサソリの勝負では結果は目に見えていた。肩の装甲を貫通して捕脚が痛撃を与える。抱擁するかのように相手の両肩を抱え込み、勢いに任せて持ち上げてから床へ叩き付けようとした。サソリの思惑通りならばスクトサウルスはコンクリート製の床で頭を砕かれるはずだった。そしてクワガタじみた攻撃方法が実行され、スクトサウルスは圧倒的な力によって持ち上げられる。

ここまではサソリの作戦通りだった。

しかし両者の間で交わされるはずの単純な演算に複数の不可解な力が割り込んできた。

まず始めにスクトサウルスが直立した。無論今回もスクトサウルスの意志ではない。犯人は大物目当てのスミロドン。崩壊した腰回りへ強烈な打撃を打ち込む。その威力はたった一撃で1トン近い肉塊のバランスを変える程だった。当然サソリによって持ち上げられかけていたスクトサウルスは尚更グラついた。そこへ畳み掛けるように玩具目当てのコウモリが馬乗りになった。所有権を主張せんとスクトサウルスの頭部を鷲掴みにする。

 

瞬きすら許されない攻防の結果、スクトサウルスの死体は重力に従ってゆっくりと下方へ動いていく。

その先には立ち尽くすのサソリ。

サソリは視覚が発達していないが故に数瞬の目まぐるしい状況変化に対応できなかった。それでも平時なら振動を感知して迎撃なり回避なりを行ったはずだが、死体は殆ど浮かび上がっていたため地を伝う振動が弱まっていたのが災いした。他の生物からすれば十分に回避できる障害だったが、それでもサソリが持って生まれた能力の全てを発揮しても避けることは叶わなかった。

運動エネルギーが無慈悲に働き、死体は要石となって異形の蟲の動きを封じる。あってはならない方向へ力が加わり、サソリの歩脚は新たに1本が外れてしまった。こうなると自身の体重を支えるのも厳しい。狭苦しい檻の支柱とボロボロの肉塊に挟まれたサソリは、懸命に捕脚を振り回して脱出しようとするが、既に戦局は風雲急を告げていた。

 

大混戦の中ラプトルが弾き出された。相手は倉庫組のコウモリ。見ると肩には一筋の長大な切り傷が残されている。これが先の戦いで作られた因縁だった。真新しい傷からは血が滲んでおり、痛々しい事この上ない。しかし彼は躊躇せずラプトルを襲撃していた。出来る事なら戦友をゴミのように潰した頭上のコウモリペアを真っ先に始末しておきたかったが、彼にとってラプトルは因縁の相手。自慢の武器を傷物にされた恨みは一朝一夕に拭えるものではなく、そんな仇敵を地べたの化け猫や巨大蟲、そして戦友にすら譲る気はさらさらない。

対するラプトルも仕留め損なっていた獲物を前に殺気を漲らせた。精神は既に極限状態へ突入している。弾き飛ばされながらも咄嗟に四脚を突き出して檻の支柱にしがみついた。無理くり衝撃を堪え、ほぼ真っ逆さまになったまま支柱を蹴り出して反撃に撃って出る。

こうして狂乱を極める中央ケージを尻目に、新旧切り裂き魔の二度目の対決が始まった。

今度はラプトルが有効打を繰り出す。数発のカウンターと引き換えに左後脚のシックルクローを相手の脇腹へ突き刺した。いくら乱闘中とはいえ、コウモリ自慢の連撃を受けて無事で済むはずがない。ラプトルの体表はあちこち掻き毟られ、特徴的な棘が周囲に四散する。さらに爪は体表を安々と突き破って幾筋もの裂傷を残した。だがそれでもラプトルは止まらない。連撃の食らった衝撃で僅かに傾いた姿勢を利用して左後脚の脇腹へ打ち込んだ。こうなると重心が前方寄りのコウモリは途端に追い詰められた。身を捩れば捩るほど剣が臓物を傷つけていく。発狂気味で相手の頭部を標的に腕を振り回すが、焦りのせいか軌道が単純で次々と躱されていく。ラプトルはS字状の筋肉質な首を最小限に動かしてコウモリの攻撃を回避していた。そしてラプトルは全体重をかけてコウモリの腹部そのものを踏み潰し始めた。わざわざ最後までシックルクローに頼る必要はない。確実に敵の脊髄を損傷させるべく剣の如き鉤爪による『線』攻撃から、広げた足指の爪をスパイク代わりにして確実に負荷を与えていく『面』攻撃へと切り替える。いくらラプトルの体重が軽いとはいえ、コウモリの貧弱な下半身が耐えられる重量はたかが知れている。

 

絶対絶命の窮地に追い込まれたコウモリは『諸刃の剣』を使わざるをえなくなった。腕の狙いを頭部から腹部へと変更する。だが頭部への破壊工作を諦めたわけではない。戦法を変える。コウモリの下腕の中ほどから突き出た第三指に装備された刃状の爪。この暗器を行使せんとラプトルの脇へ下腕を滑り込ませた。狙い通り第三爪が脇に引っ掛かったを感じとるや、コウモリは両腕に力を込めてラプトルを張り倒した。息も絶え絶えの状態で繰り出した渾身の一撃。しかしラプトルの意表を突くには十分だった。敵の骨格を粉砕することに気を取られていたラプトルは捨て身の技をもろに食らった。冷ややかな血塗れのコンクリートがこの時とばかりは鈍器となってラプトルの全身を蹂躪する。あわよくば頚椎と頭蓋を揺らし壊して息の根を止めるつもりだったが、さすがに手練のラプトルを絶命にまでは追い込めなかった。しかし途方も無い衝撃が骨の髄まで響いたらしく、相手の健脚は暫く震えが止まらなくなった。当然まともに戦えるコンディションではないが、この千載一遇のチャンスをコウモリは活かせなかった。いくら体力に自信があろうと、脇腹を深々と斬られた後では行動選択も限られている。なんとか切断死の恐怖からは開放されたが、既に体力は底をつきかけていた。しかも両腕でラプトルを挟み込むようにしてから床へと叩きつけた代償は大きかった。ラプトルと床で挟まれた左腕の感覚が鈍い。猛烈な速度でコンクリートに打ち付けられた腕は、本来あるべき優美かつ残虐な容姿からかけ離れた物になっていた。硬質な爪は無事だが、体表の棘によって串刺しにされた腕は出血が止まらず、肘の関節は絶えず軋んでいる。

 

一旦の硬直を経て双方は再三の激突へと臨んだ。

 

死力を尽くした剣撃が互いの骨身を削ってなお止まらず、周囲の骸や支柱にも数え切れない程の軌跡を残していく一方で、かつてラプトルが収容されていた中央エリアでも血で血を洗う闘争が再開されていた。

 

豪腕を躱し反撃の機を待つ。コウモリ達の思考はいたってシンプルだった。中央で暴れ狂うスミロドンは一頭だけ。遅かれ早かれ体力が尽きる。それまで耐えの凌んで必殺の一撃を食らわせてやれば良い。サソリが動けない以上、戦局にさらなる変化は有り得ない。特に倉庫出身の2頭はスミロドンのことを脅威とみなしながらも、どこか格下の相手だとも思っていた。この獣の片割れは既に始末している。一対一では攻めきれない相手だが、今の兵力差は4倍。負傷具合を加味しても逆転の可能性は万に一つもない。

 

この事は先の戦闘において導き出された正確な予測。しかし敵の性能を熟知していたのはスミロドンも同様だった。

 

血みどろの決死戦が開幕する寸前、このスミロドンは背後に感じる殺気に違和感を感じていた。ロッカールームで人間の残り香を探し求めていた際に目の端で映り込んだ『虚無の影』。どこを探しても終ぞ姿を確認することは出来なかったが、鳴り響いたサイレンによって自然と駆け出した時にようやく確固たる気配を捉えた。気配を殺すことに秀でた恐ろしい暗殺者。自身も奇襲を得意とする捕食者であったスミロドンは、敵の性能を直感的に理解していた。しかし理解したのが遅すぎた。既に敵は背後に回り込んでいる。僅かでも走る速度を落とせば、その瞬間が命取りになるかもしれない。薄気味悪い影を振り払うかのように彼は通路を突っ切っていった。途中バリケードを破り損ねて苛立ちが臨界点に達した水棲霊長類と鉢合わせしかけたが、こんな醜悪な生物に用はない。

ライバルを差し置いて収容部屋に乗り込んだ彼は、中央に一人残ったスティーブンを見つけた。どうやら一番乗りだと思っていたが、前時代の盗賊に先を越されていた。既に何者かと一戦交えたのか、下顎からは血が滴り落ちている。たが一切の気後れを感じさせないラプトルの澄みきった眼光に誘われ、スミロドンは食卓へと足を運んだ。グルグルと周囲を回りながら獲物の様子を伺う。自らの運命を悟っているのか抵抗する素振りはない。そこへ先程感じたのと同様の殺気が滑り込んでくるのを彼は感じた。床に姿はない。かつて自らを閉じ込めていた檻の支柱にも。次に目をやった天井に殺気の正体があった。

細い。…それも枯れかけた小枝のように。そして無毛の体表は滑らかでありながら骨張っており、不自然なほどに痩せこけている。猿に酷似した外見だが、本質はまるで違う。残酷かつ冷徹。それでいて計り知れない身体能力と高い知能を兼ね備えている。それが群れを成して収容部屋に入ってきた。断続的に飛び込んできては支柱や内壁に不可解な力で張り付いている。ボヤボヤしていれば中央の餌よりも早く死にかねない。ならば速やかに食料調達を済ませたほうが良い、と判断したスミロドンは周囲の強敵との間合いを図りつつ、絶妙のタイミングでスティーブンへと襲いかかった。かつて保護者のバレディーを含む幾人もの人間を魔剣の錆としてきた野獣にとって、生を放棄した若者を屠るなど朝飯前だった。その後ラプトルと一触触発になりながらも、スクトサウルスの乱入によって事なきを得たスミロドンは仕方なしに獲物を放棄して施設奥深くへと行方を晦ました。この間にあちこちで紛争が勃発していたが、彼には目的があった。不意に聞き取った銃声が機会の訪れを告げる。狩りの雑音に紛れて現場へ急行したスミロドンは、今まさに蹂躪が行われている現場に行き当たった。裏切り者カミン·シャスを仕留めたのは殺意の権化たるコウモリ。普段なら危険を避けて地上へは極力降りないが、この時だけはトドメを刺すために床へ降り立っていた。戦闘の余韻が狭苦しい通路を反響している。これを隠れ蓑にスミロドンは足裏の肉球を最大限活用して渾身の奇襲を成功させた。数メートルもの距離を飛翔してコウモリへと肉薄し、相手に気づかれることなく喉へサーベルを突き立て、即座に生命活動を停止させた。

 

この狩りで彼はある事を確信していた。

 

 

「コイツらには決定的な弱点がある…」

 

と。

 

 

 

 

 

《残存》

 

 

ラプトル…1体 

スミロドン…1体

サソリ…1体

未来の捕食動物…7体

 

 

 

未来の捕食動物…???により殺害、???→スミロドン


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