勝っても負けても   作:冠龍

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決戦(6)

 いよいよ体力の底が見え始めたラプトルが最後の収容部屋組によって蹂躪される。ところが仲間という後ろ盾を無くしたコウモリはコウモリペアの最優先目標となっていた。ラプトルの腹部を掻き切ることに夢中になるコウモリは、右側面から音もなく向かってきた刃に気づかない。灰色の外皮に長大な裂傷が刻まれ、ペアの追撃が頭部を目掛けて飛んでくる。だがコウモリは間一髪のところで回避を成功させた。上へ飛び上がって壁にしがみつき、深追いしてきたオスの攻撃も躱す。

 

そこへ殴り合いを続ける怪物が乱入した。

 

 

 

スミロドンとサソリが接近戦が得意である。そのため彼らの戦いは互いの得意技の応酬となった。計算外だったのは乱闘の勢いが余って戦う場所がズレ動いたこと。収容部屋組の2頭を巻き込んだまでは良かったが、さすがにコウモリペアまで巻き込むのは想定していなかった。しかしサソリは相手にこだわらない。正確には振動を元に戦うサソリにとって、敵は何体いようと関係ない。ただ周囲から足音がしなくなるまで振動を頼りに暴れ続けるのみ。後方に控えるコウモリには振り上げた腹部を盾とし、正面のスミロドンへは絶え間ない打撃を繰り出す。対するコウモリ達は隙を伺ってサソリの下半身を削ぎ、スミロドンの毛皮を毟り取る。そしてスミロドンは正反対ともとれる2種類の怪物へ平等に豪腕を奮っていく。

 

だがコウモリペアも満更でもないらしく、騒ぎに華を添えようと積極的に飛び込んできた。やや体力面で有利なペアが初めに目をつけたのはスミロドン。やはり硬質な装甲を身に纏ったサソリや危険極まりない同族2頭を相手にするよりかは安全な相手である。手始めにオスが邪魔な倉庫組の1頭を張り手で弾き飛ばし、次いでメスはスミロドンに襲いかかった。

 

だが乱戦中にはしばしば思わぬ横槍が入ることがある。

 

ぎりぎりまで圧縮されたエネルギーが開放された。旋風を伴う斬撃がメスコウモリを襲う。スミロドンへ執拗に付き纏っていたメスは捕脚を回避し損ねた。そこで伴侶のオスが倉庫組への追撃を切り上げ、返す刀でサソリの背後を連続で切り裂いた。元からアンバランスな姿勢で動き回っていたサソリはオスの攻撃を耐えられず、姿勢を大きく崩して捕脚は明後日の方向へ向かう。すると今度は先程の意趣返しとばかりにスミロドンが動いた。サソリの頭部を突き刺そうとしていたメスへ上顎のサーベルを振り下ろす。メスはやむを得ず砕けた腕を強引に振るってサーベルを受ける。生々しい音が腕の崩壊を知らせるが、メスは腕と引き換えにガラ空きとなった腹部を思いきり蹴りつけた。コウモリの後脚はやや貧弱だが、それでも攻撃に集中していたスミロドンを吹き飛ばす程度の威力はある。登山用のアイゼンを数段凶悪化させたような後脚が敵の腹部を確実に捕えて吹き飛ばす。そして飛ばされた先には満身創痍のサソリ。下敷きとなったサソリは外骨格が軋ませた。加えてスミロドンは反射的に下の敵へ喰らいついた。人体を容易く真っ二つに出来る咬合力が相手では硬い外骨格にも限界が訪れる。背中にヒビが入り、そこから美しい曲剣が内部へと侵入した。この剣は優美な外見とは裏腹に強力な武器である。とはいえサソリがこれしきの攻撃で息絶えるはずもない。身を震わせてスミロドンを引きずり落とした。スミロドンも顎に力を込めて振り落とされまいと抗ったが、為す術なく捕脚の前へ無防備な五体を晒してしまう。すると残っていた収容部屋の1頭が相争う2頭を始末しようと頭上のクレーンから降下していた。最悪の展開を前に出血の酷いメスは動けない。もちろん争い続けるサソリとスミロドンも。そこで仕方なしに再びオスが地を蹴った。標的まで2mに迫ったところで腰を捻り、脱力した両腕を薙刀のように使って倉庫組を叩き飛ばした。

 

かくして部屋の一角では3つの勢力が争うことになった。

 

こうして手痛い傷と引き換えに手空きとなった収容部屋組の2頭の矛先は、戦いを避けていたラプトルへと向けられた。まだしも軽傷な1頭が軽やかなステップでラプトルの噛み付きを躱し、生まれた僅かな隙を突いて満身創痍の1頭が左腕を振る。青黒い外皮の棘が血に染まって赤黒くなり、ラプトルは折れた牙を散らしながら壁へと叩きつけられた。

しかし爬虫類であるラプトルにとって牙の損耗は大した問題ではない。古来から肉食爬虫類はナイフのような牙を顎に装填している。これは相手を噛み裂くのにうってつけの武器だが、狩りや闘争に激しく扱うため度々破損したり欠損してしまう。そこで彼らは予備の歯列を顎の奥に仕込んでいる。これにより突然『歯抜け』になっても、奥から歯が滑り上がってくるため、絶えず肉を切断する事が出来る。ラプトルもその例に漏れず、欠けた部位の根本には既に新品の牙が顔を覗かせていた。これでコウモリ達を噛み殺す用意は整う。

壁に打ち付けられたせいか肋骨が軋みだしているが、そのおかげで壁を背にして2頭を迎え撃てる。全武装を正面に集中させれば相手が異次元の動きを見せる未来の怪物であろうと問題はない。

 

 

 

だが希望は次の瞬間に失われた。

噛みかかろうとしたラプトルは、突如して上方からの攻撃に晒される。

陽動作戦が成功していた。初めに回避していた1頭は囮であると同時に本命でもあった。噛み付き誘った後は跳躍したまま壁に着地し、相棒がラプトルをダウンさせている間に頭上へと回り込む。そしてラプトルの注意がもう一頭へと逸れたのを見計らって襲いかかった。

コウモリは馬乗りになってラプトルをタコ殴りにしていく。度重なる激闘によってラプトルの外皮には幾重にも裂傷が残されているため、殴ったそばから血が吹き出した。畳み掛けようと重症の二頭目も加勢する。決死の反撃をソナーで見切って躱し、生まれた脇腹の空間を思いのままに斬りつけた。かつて自身に残された傷と同じ一文字の傷を前に、コウモリは薄気味悪い笑みを浮かべながら、より一層スピードを上げた腕を振るった。やがて四肢を削られ、自慢の脚力を失ったラプトルは一方的な殴打の餌食となった。

 

それまでラプトルに散々な目に遭わされてきたコウモリは、思いの丈をぶつけるかのように、仲間を差し置く勢いで鉤爪を振るい続けた。

盗賊の美しく靭やかな五体が、数瞬の内に黒々とした血によって穢されていく。

 

ところが勢いに乗ったコウモリは、更に相手を痛めつけようと古傷を狙って攻撃した。これは本来ならば悪手ではない。それどころか弱点を的確に攻撃するのは、エコローケーション能力と手先の器用さに長けた彼らならではの得意技だった。実際ラプトルに体力は殆ど残されていない。並の生物ならば激痛によるショック死か、再度の流血による失血死になりかねない。

 

だがコウモリ自身が『悪魔』と称されたように、ラプトルもまた『盗賊』と謳われた殺戮の化身だった。

 

 

 

風を切った一撃が銃創めがけて飛んでいく。それは見事に命中して鱗と鮮血を撒き散らしたが、この攻撃が文字通りラプトルの逆鱗に触れた。

 

ラプトルが目を見開くや、カウンター覚悟でコウモリの手首に噛り付く。一撃で関節を破壊して奥深くに牙を食い込ませるや、そのままS字状の首を力任せに後方へ引き倒れた。当然両者共々床へ叩きつけられるが、ここでラプトルが勝負を寝技に持ち込む。よろけた拍子にガラ空きとなった腹部へ両脚のシックルクローを突き刺してコウモリを固定し、前腕まで動員して表皮に浮き出た肩甲骨を抑え込んだ。ただでさえ無理な角度に力を加えられていたコウモリの腕は、メキメキと悲鳴を上げ始める。コウモリは残る腕を振り回して必死に暴れ藻掻くが、いくら柔軟かつ長大な腕でも、真反対のラプトルには届かない。そしてラプトルは最凶の武器たるシックルクローを起動させる。脚の双剣が火を吹き、コウモリの腹を幾筋も切り裂いて内蔵を撒き散らした。壮絶な悲鳴を聞きつけて相棒コウモリが助太刀に向かうが、それまでの5秒間に想像を絶する苦痛がコウモリ襲った。そして5秒という時間はコウモリの内蔵を一つ残らず切り潰して絶命させるのに十分な時間だった。怒りに我を忘れて骸を嬲り続けるラプトルへ、ようやく相棒のラリアットが直撃する。撓んだ腕を使って逃げられないように敵の胴体を捕獲し、そのまま四肢をバネのように動かして天井へ跳び上がった。支柱を助けに再加速して、高さ10m近いだろう天井まで到達した。この正気を失った全身武装の竜を葬るためにコウモリが採った攻撃手段は、爪でも牙でもなく、彼らが生きるのフィールド。 ――地球の重力だった。上限まで跳び上がったコウモリは、天井を掴んで自身を固定するや、抱え込んでいたラプトルを自由の身にする。だがそれは慈悲でも何でもない。翼を持たぬ盗賊は地に墜ち、全身を砕いて死に至る。いちいち危険な相手に接近戦を挑む必要はない。後は自然の法則に従って勝手に絶命するだけ。。

 

この完璧な抹殺計画に存在した唯一の誤算は、ラプトルの武装を甘く見ていた事だった。重力によって自由落下を始める寸前、閃光の如く刃が閃いた。それは的確にコウモリの肋骨をすり抜けて心臓を射抜く。致命傷を負ったコウモリは全身の力を奪われ、哀れにも獲物と共に落下を始めた。こうなると翼を持っていないのはコウモリも同じ。一度落下を始めれば助かる方法はない。ここでコウモリ達が進化の果てに失ったものが明らかとなった。

尻尾を叩きつけ、前後脚の鉤爪で相手を引き裂き、血塗れの顎で相手の喉を喰い破る。コウモリが進化の果てに失ったのは、本来捕食者に備わっているはずの数多の武装だった。人知を超えたスピードを得るために武装を最小限に留めたのが仇となり、数瞬の密着戦闘に限ってはどうしても手数に欠ける。スピードと柔軟性の高い腕を活かした圧倒的な連撃。それはある程度の間合いが存在する前提に成り立っている。だが落下中に零距離で取っ組み合っていては、この自慢の早業は使えない。瞬きすらも許されない一攻防の末に、2頭は揃って床へ叩きつけられた。肉と骨が潰れて砕ける。乱闘に敗れて下敷きとなったのはコウモリ。しかしラプトルも限界だった。重傷の身でコウモリ2頭と刺し違えても次はない。呻き声を漏らしてラプトルも倒れる。

 

 

 

壮絶なダブルノックアウトだが、両雄に拍手を贈る者はいない。聞こえるのは骨の砕ける音と怒気を含んだ叫び声だけだった。

 

 

 

 

《残存》

 

スミロドン…1体

サソリ…1体

未来の捕食動物…3体

 

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