勝っても負けても   作:冠龍

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決戦(7)

 かくして中生代の血筋は地に附した。残されたのは地上最古の戦闘生命体と人類の天敵達。しかしこれはある意味で必然だっただろう。なぜならラプトルは機動力、数々の武装、凶暴性のどれをとっても間違いなく一級品だったが、『戦士』としては身体が軽すぎた。『捕食者』として野生で生きていくには十分であるものの、この戦場においては優美さよりも頑強さが何よりも物を言う。

 

そういった意味では相変わらずサソリは優勢だった。武装の多くを失ったとはいえ4mを超す身体はそれ自体が矛となり盾となる。先刻ラプトルによって関節駆動部に開けられた穴からは体液が止めどなくに滴り落ちているが、その程度の負傷はもはや猛り狂ったサソリの前では意味をなさない。コウモリの乱入もあって接近戦対決ではサソリがスミロドンを下した。仕方なくスミロドンは支柱の上へ跳び逃れる。

 

それを待っていた者がいた。

 

天井のクレーンから振り子運動の要領で加速したコウモリが飛びかかって来た。彼は初めからこれが狙いで頭上に避難していた。今や単独となった以上まともな戦い方では生き延びることはできない。特にコウモリペアは常軌を逸して同族を殺そうとしている。数の上で不利なのだから、ここは持ち前の肥大化した大脳を活用した。

生き残りがスミロドン、サソリ、コウモリペア、そして自分自身の合計5体で、そのうちコウモリペアには絶対に手は出せない。万が一喧嘩を売ってしまえば一瞬で八つ裂きにされる。しかし好都合なことにサソリがコウモリペアを標的としているらしく、片手でスミロドンと殴り合いながら体全体を破城槌のように使って暴れ続けている。となると自然に相手はスミロドンに絞られた。

だが事はそう単純でもない。

仮に今すぐスミロドンを仕留めたところで、残っているのは不死身の怪物と凶悪な夫婦。どちらか一方が倒されていたとしても、スミロドンとの戦いによって少なからず負傷した自分が彼らに敵う可能性は薄い。ならば唯一の標的であるスミロドンを攻撃せずクレーンで高みの見物を決め込んでいれば良い…? というわけでもない。というのもこのまま手を出さなければ負傷の酷いメスコウモリが真っ先に殺され、次に体格に劣るスミロドンが絶命するのは目に見えている。そうなれば残っているのはサソリと危険な同族。やはり勝ち目は薄い。

つまりこの状況で彼が最後にリングで立っていようとするならば、どうしても難攻不落のサソリも抹殺する必要があった。

 

そして策は練り上げられていた。

 

 

 

鋭い金属音を上げて収容部屋組のコウモリが飛び出す。目標は戦線を離脱したばかりのスミロドン。相手の死角となる真後ろからの一撃で勝負を決めようしているらしい。ところがスミロドンも流石にコウモリ達の扱いに慣れてきていた。敏感な耳を動かして超音波を探知する。本職のコウモリほど詳しい情報は読み取れないが、それでも音の来る方向ぐらいは分かる。背を丸めて筋肉を爆発させ、爪を剥いて害獣を迎え撃った。こうなるとスピードが勝敗を分かつ。たしかにコウモリの速攻は目を見張るものがあったが、それと同等かそれ以上にスミロドンの拳も完成されていた。果たして両者の腕は直線の軌跡を描きながら互いの肉を捕えた。皮膚を貫き破って相手を捕獲しようとする。拘束さえすれば後は齧るも切り刻むも自由痛快。

 

だがコウモリの狙いは拘束ではなかった。

 

激突の衝撃でスミロドンはバランスを崩す。元から支柱を飛び降りるつもりで殴りかかっていたが、最初から加速をつけていたコウモリの特攻により意思とは真逆の方向に落とされていた。しかしおかげで自慢の鉤爪は更に奥へと食い込んだ。つまりコウモリも道連れとなる。行き先は修羅の地。出迎えたのは砂地の主ことサソリだった。金切り声を伴いながら捕脚が稼働する。

 

まさに命を刈り取られるという、この瞬間こそが収容部屋組のコウモリにとって唯一の勝機だった。

 

彼はスミロドンを襲う際にわざと片腕を空けておいた。これは襲撃の際に伸ばす腕を片腕に限定してスピードを維持するためでもあったが、床への激突が一秒を切った今こそ本当の狙いがあった。

 

 

 

凄まじい打撃音。

 

なんとこの四面楚歌の状況でコウモリが打ったのは敵のどれでもなく、血塗れの床だった。誰の目から見ても失敗したとしか思えない攻撃。しかし一頭だけこの衝撃に反応せざるをえない者がいた。

 

ビリビリと伝わる振動。それは腹部の感覚器や細い歩脚を通じて胴体へと到達し、やがて体内の中枢神経へと伝わった。

動いたのは振動に頼った捕食者。シルル紀のサソリだった。

 

全てはこれが狙いだった。あのまま天井に留まっても未来への展望が開けないのであれば、やむなく地上戦へ参加するしかない。たが無策で突っ込めば切り刻まれて死ぬか押し潰されて死ぬだけ。そこで敵を誘い出して始末することにした。

それまでの戦いでサソリが音や振動を頼りに行動するのは分かっていた。というのも何度攻撃しようと目立った反応を見せていないため、大きな眼球や鼻孔といった敏感な感覚器は持ち合わせていないことが察せられたため、必然的に残る手段は自分達と同じ音か地を伝う振動のどちらかになる。どちらにせよ床を強烈に叩いてやれば否応なしに反応する。そしてサソリは捕脚を強引に静止させて振動の発信地へと急行した。これによりコウモリは勝利を確信した。腕に食い込んだスミロドンの爪を力任せに振りほどき、再び支柱へと跳ね戻る。まんまと嵌められたサソリは何発か捕脚を振るうが、それらは全て虚しく無を切り裂くだけに留まった。幻の敵を相手にしていたサソリは上方への警戒が緩んでしまう。そしてコウモリは今度こそ勝負を決めるために飛び出した。勢い良くサソリの腹部へと襲いかかる。元から姿勢維持のために腹部を反り上げていたサソリは当然よろめく。なんとかしてコウモリを振り落とそうとするサソリだったが、コウモリは暴れる勢いを利用してまたもや支柱へと飛び退いた。

 

しかしこれで目的は達せられた。

暴れる勢いと跳躍の衝撃がアンバランスなサソリを転倒させる。それも180度ひっくり返るかたちで。仰向けになったサソリは動けない。本来なら3対の歩脚や細長い尻尾を使って即座に起き上がるところだが、今や残っているは2対の使い古された歩脚のみ。こうなると再起動にも時間がかかってしまう。後はどうにもならない。それまで手を出したくても出せなかった格好の弱点を露わにされたサソリが、散々殴られて鬱憤の溜まっていたスミロドンの牙から逃れられるはずがない。コウモリペアを差し置いて突っ込んだスミロドンが両腕でサソリを拘束。全体重をかけて外骨格を軋ませて関節駆動部を更に晒すや、鈍く光る刃を備えた上顎を思い切り振り下ろした。一撃で見事に関節は破壊され、消化管と神経が断絶される。さしものサソリも下半身不随となっては打つ手がない。なおも捕脚をバタつかせてはいたが、もう一歩たりとも動けなかった。黄土色に染まった牙を抜き、スミロドンは勝ち鬨とばかりに咆哮した。

 

だが本当の勝者は別にいた。支柱の上で咆哮を合図に暗殺者が動く。

 

 

 

次の瞬間には真新しい首が転がった。

 

その顔は苦痛に歪んでいる。

 

それは収容部屋組のコウモリだった。

 

たしかに彼は勝った。それまで何人も沈められなかった魔物を計略だけで打ち破った手腕は見事だったが、やはり元から勝ち目はなかった。サソリが死ぬのと同時にオスコウモリが動いていた。疾風のような動きで苦難を乗り越えたばかりのコウモリの側面を突き、容赦なく鉤爪を首筋に突き立てて頚椎を破壊した。そして確実なトドメとばかりに首を捻じ切って投げ捨てる。

 

咆哮を止めたスミロドンが最後の敵へと向き直った。

その先にはこの世で最も残虐な生命体が2頭。

 

 

 

勝ち残るのは1頭のみ。

 

 

 

 

 

勝っても負けても…やって来るのは、

 

 

『死』

 

 

 

 

《残存》

 

スミロドン…1体

未来の捕食動物…2体

 

 

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