勝っても負けても   作:冠龍

29 / 30
 彼は歩き続けた…

 歩いて、
 
 這いずって、
 
 彷徨い続けた。

 捕らえ損ねた獲物を求めて。







エピローグ 〜違和感〜

 扉を閉め、鍵をかける。今日はもう人の相手などしていたくはなかった。ARC勤務の古生物学者ニック・カッターは辛い記憶を今だけは忘れようと自室に籠もっていた。その頭の中には、『あの凄惨な墓所で何か起こったのか?』という問いが渦巻いていた。何か起ころうとカッターはどこまでも科学者だった。あの不可解な肉塊を作り出していたサソリとスミロドンと未来の捕食動物は、3体揃って異様な死に様を遂げていた。他の生物は部位の欠損こそあれ、それでも見慣れた死体の様相を呈していた。だがあの3体だけは違った。互いに最期の一瞬まで戦い続けようとして果てていた。

 

なぜか?

 

答えに辿り着くには明らかにヒントが不足していた。できることなら彼らを解剖してみたいが、あれほどまでに劣化が激しいと解剖どころではない。いっそ骨だけとなった化石のほうが余程マシというものだ。それでも実際に見てみて分かった事はあった。

まずサソリは明確には口を刺された後どころか、正確にはカッター達が踏み込んできた段階でも死んでいなかった。だが生きているとも言いがたい容態だった。死体を回収する時に口器が微かに動いていたが、おそらく節足動物ならではのしぶとさを発揮していたのだろう。しかし下半身を断絶されては動くに動けず、出血も酷かったので死体も同然だったはずだ。しかもサソリは2頭の下敷きとなっていたのだから尚更である。

 

 (つまりサソリがスミロドンに襲いかかったわけではない…?)

 

もしそうだとすれば、残りの2体の死に様も何となく読めてくる。カッターは思考を戦場へと巡らした。

 

スミロドンはサソリの捕脚によって致命傷を負わされていた。だがスミロドンの代名詞的な牙は、コウモリの黒々とした血に染まりつつも、黄土色の体液を纏っていた。つまりスミロドンは未来の捕食動物(コウモリ)の前にサソリに噛み付いたのだ。となるとサソリの断絶された腹部はスミロドンによると考えるのが妥当だろう。彼らの顎は人体を真っ二つに出来るほどなのだから、薄い外皮に包まれた関節部なら一撃だったはずだ。

しかしそれには問題がある。何を隠そう、当のスミロドンがサソリによって殺されているのだ。牙の様子からはサソリが死んだ後にスミロドンとコウモリが死んだことになるが、スミロドンの死因は明らかにサソリの捕脚だ。つまりスミロドンは致命傷を負ってからサソリに関節部に噛みつき、コウモリの喉元にも食らいついたことになる。

 

(それはいくら何でもありえない…はずだ。)

 

そして未来の捕食動物(コウモリ)はスミロドンによって喉を食い千切られかけていた。だが不可解なのは首の損傷があまりにも酷すぎることだった。いくらスミロドンでもあれ程の破壊を、しかも自身がサソリによって致命傷を負わされた後に為せるのか?

…あまりにも非現実的だ。

さらに複雑怪奇なことに、縺れ合うコウモリの腕はサソリの弱点である口を的確に貫いていた。ここまで来ると理解不能だ。まさに三竦みのまま息絶えたような印象を受ける。しかも状況から察するに、3体は勝者であるコウモリを差し置いて勝手に死滅していることになる。いくら何でもあのコウモリにとって都合が良すぎる。

 

違和感といえば唯一の勝者であるコウモリもそうだ。カッターは帰りがけにARCに立ち寄ってコウモリの解剖を行った。それもこれも“彼女”の保存状態が比較的良かったからだが、その際にいくつもの違和感を感じていた。

まず爪や牙が全て失われているのは変だ。彼女は勝者のはずだ。なのになぜ爪や牙が失われているのか?もしも乱戦中に武器を失ったのなら、目敏いライバルによって真っ先に殺されていたはずだ。しかし彼女は現に勝ち残っていた。ならば武器は何に向かって振るわれ、何のせいで壊されたのか?あの壁に残された爪痕には何の意味があったのか?もちろんコウモリ達が壁を動き回れば爪痕は多少なりとも残る。だかそれにしたって収容部屋の爪痕は深く、そして荒々しすぎていた。彼女が犯人だとしたら、なぜ物言わぬ壁になど攻撃して自滅の道を辿ったのか?

勝ち残ったのであれば、普通その後は脱出を図るはすだ。それが床に倒れていたのは、おそらく負傷した腕のせいだろう。解剖してみるとコウモリ特有の細く引き締められた筋肉に改めて驚かされたが、同時に損傷の酷さにも驚かされた。肘はバキバキに砕かれており、二の腕にはスミロドンによる噛み傷も残されていた。あれではマトモに動かすのは困難だったはずだ。となると彼らの得意技である壁登りも難しくなる。支柱を助けにすればある程度までは登れなくもないが、10m近く頭上に位置する通気孔にまでは辿り着けなかったのだろう。だがそれにしたって通路を通じてより安全で静かな場所に移れたはずなのだ。それが死を待つかのように律儀に収容部屋に残り、あの“生存者”のように亀裂を通って逃げ出すこともしなかったのは、やはり体力に限界が訪れていたのだろうか?

 

そして彼女にまつわる最大の疑問は、

 

 

 

“彼女”…つまりあのメスコウモリが交尾を済ませていた事だ。解剖時に肩のあたりを観察してみると、見えにくいが小さな傷が確認された。傷の感覚と合致したのは他でもないコウモリだった。しかし傷が表皮だけで済んでいるため殺意をもって残された傷ではないだろう。しかも両肩に鏡合わせのように残されていた。これは間違いなく交尾の際にオスに掴まれて出来た傷だろう。そして解剖を進めてみると、やはり胎内からオスコウモリ由来の成分が見つかった。これで確定だった。彼女はあの地獄において悠長に交尾をしていたのだ。なぜだ?伴侶がいたのは間違いない。だが伴侶の姿はなかった。あの“生存者”が伴侶なのだとしたら一定の説明はつくが、それにしたっておかしい。もしオスが生存していたのな、我が子を宿すであろうメスを連れていかないは不自然だ。普通の動物なら同体格の動物を運ぶのは大変だが、コウモリ達には把握能力に優れた長大な腕と見かけによらない馬鹿力がある。やはり連れていかないのは妙だ。

 

 

 

どこまで考えても謎は深まるだけだった。

 

異様な死に様と不可解な勝者。

 

そしてカッターは謎の生存者についてもある程度想像を巡らしていた。彼の者は戦いをどう切り抜けたのか?どうやってコウモリ達の心拍すら感じ取るエコーロケーションをやり過ごしたのか?そしてどうやって亀裂の存在を知ったのか?分からない事が多すぎる。カッター自身もいくらか推測はしたが、どれも無理がありすぎる。記憶のどこを探っても、答えは出てこない。

 

(スティーブンなら真相を知るのではないだろうか…)

 

不意に亡き友へと思考が飛躍し、そこで想像は打ち切られた。これ以上考えれば泥沼に嵌りそうだった。おそらく明日も早いだろう。亀裂は人の都合など考えてはくれないのだ。あの戦場で何が起きたのか知りたいのは山々だか、過ぎた事を考えていても仕方がない。一抹の名残惜しさと幾重にも積み重なった苦しみがカッターの胸を刺した。無理やり押し殺して床につく。

 

 

 

瞼を閉じると生存者の影がチラついた。できることなら幸せになってほしい。あの場に散った無数の命の代わりに、再び掴み取った自由を謳歌してほしい。

 

復讐という思考は人間だけがするものではないだろう。それを彼がするのかどうかは分からない。そればっかりは考えても仕方ない事だ。

 

眠りに落ちる間際に浮かんできたのは、かつての妻ヘレンだった。その顔はどうしようもないほど黒い笑みを浮かべていた。元を辿れば今回の1軒は全て彼女が仕組んだ事だったのだろう。リークにしろ、スティーブンにしろ、そして私にしろ、全員が踊らされていたのだ。もしも脱走を阻止できなければ、リークが放った生物を処理できていなければ、今頃世界は崩壊の一途を辿っていたはずだ。ヘレンは『世界の再出発』のために動いていた。だが私が必ず止めてみせる。あの悪女を止められるのは世界で私だけだろう。

 

(私はヘレンのことを世界の誰よりも知っているのだから。)

 

 

 

しかし私以外に止められるの者がいるのだとしたら、それは…

 

今日何度目かの怖気が走った。

 

(それだけは…それだけは駄目だ。もう二度とあんな茶番には巻き込めない。…彼だけは、絶対に。)

 

 

 

…寝よう。

思考をリセットする。できることなら数日は寝込んでいたいが、それでも明日になれば仲間に顔を合わせざるをえない。

だがそれでも妻のことが頭から離れなかった。コウモリにも負けず劣らずの黒い笑みを浮かべたヘレンが脳裏をチラついてどうにもならない。

 

(彼らに伝えよう。ヘレンのことを。もしも私が倒れたとしても、彼女だけは止めなくては…)

 

リセットしたはずなのに蘇ってくる思考に苛まれる。それを無理くり思考から追いやってカッターは今度こそベッドの奥へと潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 ――夢など普段は見ない。しかし今夜だけは違うらしい。正確には夢を『聞いた』というべきだろうか。聞こえたのはニ色の叫び。二色とも聞き慣れたものだった。不意に見たこともない涸れ谷が夢の中に広がった。ここがどこなのかは分からない。しかし途方もなく嫌な予感がした。ここが物語の終焉を迎える場所なのかもしれない。ひょっとすると私はここで死ぬのか。

…呆れた夢だ。―― 

 

それきり夢は途絶え、意識もゆっくりと夜の闇へと包まれていった。

 

 




 
 エピローグは続く。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。