耳を劈く銃声が周囲に響き渡り、転がった薬莢が床の血で紅く塗られた。激痛に霞む視界に映ったもの。
それは吹き飛ばされた自分の足だった。
時は施設にサイレンが鳴り響く数分前まで遡る。
苛立ちを含んだ野太い唸り声を上げながら、水生霊長類が持ち前の巨大な頭部で扉を突き破ろうとしていた。扉の内側に作られた簡素なバリケードは、その圧倒的な怪力の前に脆くも崩れ去る寸前だった。
「抑えてくれ! …っ突破される!」
「待ってろっ、今行く!」
二人掛かりで抑えこまれた扉は、外からの侵入者をどうにか押し返した。ほんの1時間前まで、ここは施設全体を管理する制御室だった。だがメインシステムの大半が外部の攻撃によってダウンした今となっては、テーブルの上にある高性能コンピューターも邪魔くさいガラクタでしかない。この部屋の中にいるのは2人の人間だけ。かつては彼らの上司であるオリバー·リークの元で働いていたのだが、今やその上司は呪縛を解かれた『悪魔』によって身体のパーツごとにバラバラにされて因果報応の末路を遂げていた。
「全く、何でこんなザマになったんだ…最悪だよこの状況は。」
「『お先真っ暗』とはよく言ったものだな。」
「あぁ、まったくだ。」
皮肉混じりの軽口を叩きつつ、2人は残り少ない煙草を取り出し、火をつけた。
今やこの施設を支配していたのは人類ではない。ありとあらゆる時代から厳選された『怪物』が、その胃袋を満たすために哀れな獲物を求めて周囲を徘徊している。
煙草の火は、ジリッ…ジリッ…と少しずつ本体を燃やしながら口元に迫る。口内には煙が溜まっていくが、2人はその苦さすら惜しむように、ゆっくりと吐き出した。
ようやく一息つけた、と2人が安堵した直後だった。
轟音と共にバリケードの一部が鈍い金属音を伴いながら崩壊した。2人は衝撃で咥えていた煙草を落としそうになりながらも、なんとか踏みとどまった。
犯人は先程の水棲霊長類だった。彼にとって目の前にいるはずの獲物をみすみす取り逃がすことは、何に代えても許せるものではない。扉の隙間から漂う獲物の匂いは、その思いを更に強固にした。しかし目の前の扉 ――の先ににあるバリケード―― を突破するのは容易ではない。それまでの彼は、自分の巨体が生み出す圧倒的なパワーが通じない相手に出会ったことがなかった。そのため扉によって自慢の頭突きが阻止されたと理解した時には少なからず動揺した。だがそれも杞憂に過ぎなかった。この水生霊長類が先祖から受け継いだ高い知能は、既にこの問題に完璧な解法を導き出していた。水棲霊長類はおもむろに入口から距離を取ると、進路上に邪魔になりそうな物が無いことを確かめ、その巨体を揺らしながら前方に突っ込む。彼の図脳が導き出した解決策は『突進』だった。単純にして明快。しかしそれだけに効果は絶大で、目論見通り扉が前方に押し込まれ、積み上げられていたバリケードが揺れ動き、僅かに開いた隙間から芳しい程の獲物の匂いがする。この機を逃すまいと彼は全力で追撃の頭突きを叩き込んだ。このまま扉を打ち破って奥の獲物に齧り付く。彼は夢の味に思いを馳せながら、破壊工作を続行した。
「なんつー馬鹿力だ!」
「押し込まれる、もっと抑えろ!」
「わかってる!!」
2人は崩れかけのバリケードに背中を掛けて懸命に押し返した。新調したばかりの靴の踵が、耳障りな音を立てながら削られていく。
だが暫くすると形勢が逆転した。
いくら体重があるとはいえ、水生霊長類の鰭となった四肢では大人2人の力に長時間耐える程のグリップを効かせることは出来ない。水棲霊長類も平たい鰭を床に押し付けて懸命に踏みとどまろうとするが、やがて扉は再び元の位置にまで戻り、微かに開いていた隙間は無慈悲にも消え失せた。
水生霊長類はまたもや餌にありつき損なった怒りを、力ない頭突きに代えて目の前の扉に叩き込み続ける。しかし徒労に終わるであろう事は彼自身にもわかっていた。
どうにか窮地を切り抜けた2人は、踏ん張る途中でズレてしまった靴を履き直し、慌てて落としてしまった煙草を咥え直した。扉の向こうの水棲霊長類は尚も攻撃を続行していたが、もはやその威力はバリケードを崩す程ではなかった。
2人は安心して一息つき、床に座り込んで煙草をふかし直した。その数分後に、特徴的なサイレンが施設全体に鳴り響いた。餌の時間を告げるサイレン…それはカッター達が生物を嵌めて全滅させる『罠』として流したものだったが、扉を挟んだ両者にとって、サイレンは全く別の意味をもたらしていた。
水生霊長類はサイレンを聞いた瞬間、餌の時間が来たことを理解し、少し悩んだ。元の場所に戻ればパイプから降ってくる餌にありつけるだろう。だが彼はもう魚には飽き飽きしていた。漂う香りこそ懐かしい潮のものだったが、ピクリとも動かない魚では彼の真の欲求はまったく満たせない。その欲求とは生きた獲物に齧りつき、泣き叫ぶ喉をその鰭で捻り潰しながら、哀れな犠牲者の首をへし折ることだった。
しかし彼は最終的に収容部屋へ戻ることにした。あの場所では、触れれば火傷するレーザーによって身動きを封じられたり、死んだ魚を無理に食わされたりと、彼にとってあまり良い思い出のある場所ではなかったが、空腹を紛らわせるのを優先した。水生霊長類は越えられない壁の向こう側にいるはず獲物に向かって悔しそうに野太い声で一声唸ると、元の場所に向かって巨体を引きずり始めた。
一方でサイレンは、部屋の中の2人にとってチャンスの訪れを告げていた。
「なぁ今のサイレン…」
「あぁ、餌の時間が来たんだな。」
「待てよ… ってことはあのクソッタレ共はみんな仲良く収容部屋に戻るってことだな。」
「「!!」」
この瞬間、2人の思考がリンクする。
「ってことは、もしかして…」
「あぁそうだ。今野郎共は収容部屋にしかいない、だからこの隙に非常口まで辿り着いて外に出られれば、」
「「俺たちは助かる。」」
『助かる』その可能性を言葉にした瞬間、心臓が一際大きく鼓動した。
半ば諦めていた生還の可能性。それが今2人の目の前に突如として姿を現した。救助が来る可能性は極めて低い。仮に制御室に立て籠もったとしても、いずれバリケードを突破される時が来るだろう。
2人の思考に迷いはなかった。
床下に収納されている緊急時対策用の装備を身に着けた。武器は拳銃2丁、ナイフ2本、そしてサブマシンガン1丁。それに工具の類いや応急手当のための薬品や包帯をズボンのポッケに押し込む。
「サブマシンガンは俺が持つか?」
「駄目に決まってるだろ。お前みたいな臆病者に持たせたら、ネズミ相手にだってぶっ放しちまう…」
「臆病者で悪かったな、ほらよ。」
男は相方に渡されたサブマシンガンを受け取り、構えてみせた。
「やっぱりお前が持つと、様になるなぁ。それじゃバリケードは俺がどかすから、少し待ってくれ。」
「…わかった。」
1分と経たない間にバリケードは取り除かれ、金属製の扉が丸裸にされる。
「それじゃ外に出るから、警戒は任せたぞ。」
「…あぁ。」
この時、相方が男の表情の変化に気づいていれば…最悪の事態は避けられたかもしれない。
だが、相方は脱出のことしか考えていなかった。
次の瞬間、
――相方の片足が吹き飛んだ。
途中経過
《生存》
ラプトル…2体
スミロドン…2体
サソリ…2体
アースロプレウラ…2体
水生霊長類…2体
スクトサウルス…2体
未来の捕食動物…25体
人間…5人
《死亡》
未来の捕食動物1体…カッターにより殺害
オリバー·リーク…未来の捕食動物により殺害
スティーブン·ハート…スミロドンにより殺害