未来の捕食動物(コウモリ)が制御室で食事にありついていた頃、別の通路にも響く足音があった。このコンクリート造りの建物に足跡が残ることはない。しかし傷口から滴り落ちる鮮血が飢えた怪物達を獲物の居場所へと導く。
かつてこの施設の警備員として働いていたドレイク·ジーンは、腹部の鈍い痛みを堪えながら必死に通路を進んでいた。行くあてなどあるはずもないが、こんな薄暗い施設で死ぬつもりはなかった。腹部の傷は人質だったはずのARC職員の一人、ジェニファー·ルイスに撃たれたものだった。幸い致命傷ではなかったが、依然として出血は止まりそうにもない。周囲から聞こえる怪物達の唸り声が、ヒトの中の眠る原始的な恐怖を呼び覚ます。彼は、今の自分が警備員でもなんでもない只の『獲物』に過ぎないことを本能的に察知していた。奴らに見つからないことだけを祈りながら、姿勢を低くして通路を進んでいく。
しかし、現実は非情だった。
――瞬間的に感じ取った殺気。
背筋に走る悪寒は、その殺気が本物であることを物語っていた。
動けない。
恐怖を感じているはずなのに、一歩たりとも進めない。脳が恐怖を感じ、足に対して「逃げろ」と命ずるが、対する足は1mmたりとも進まない。額には脂汗が滲み、顔は得体のしれない“何か”のもたらす恐怖に歪むが、足だけが床に張り付いたかのように動かない。
次の瞬間ドレイクの体は真っ逆さまになった。
「ガッ!?」
声にならない叫びを上げたドレイクが見たものは、数メートルはあろうかという“ムカデ”の姿だった。
このムカデは、正式名称をアースロプレウラという太古のヤスデだった。この蟲が生息していたのは今から3億年以上昔の石炭紀であり、当時は陸上最大級の動物として他者を寄せ付けない絶対的な強さを誇っていた。しかしどんな強者にも没落の時が訪れる。アースロプレウラは節足動物であるがゆえに、大気中の酸素濃度が高くなければその巨体を動かすどころか生命を維持することすらままならない。そして石炭紀末に大気中の酸素濃度が低下するのに合わせ、他の大型節足動物と共に地球史の表舞台から姿を消した。
…はずだった。しかし愚かな野望に巻き込まれ、この蟲の王は現代へと連れてこられた。本来ならば生存は不可能。だがリークは秘密裏に開発した濃縮酸素剤をアースロプレウラに投与することで不可能を可能とした。この酸素剤さえ数日おきに血中透過してもらえれば、アースロプレウラも現代の地球を這い回れるのだ。
酸素さえ確保出来ればアースロプレウラを止めるものはない。収容部屋から脱出した彼は、早速天井に潜り込んで敵を待ち伏せた。そこへ運悪く通りかかったのがドレイクだった。アースロプレウラはズラリと並ぶ歩肢を動かして物音一つ立てずにドレイクの背後へと滑り込み、そして自慢の大顎で相手の足に噛み付いた。隠された口吻から幻覚物質と麻痺性物質を含む毒液を注入する。毒液の効果は素早い。
ドレイクが感じた足の違和感は、実際にはアースロプレウラの神経毒によって引き起こされていた。だが彼に事の真相を確かめる猶予は無い。アースロプレウラは動けなくなった獲物を軽々と咥え上げ、全身を鞭のようにしならせることで生まれる超スピードのまま、ドレイクを遥か彼方に投げ飛ばした。圧倒的な遠心力によってドレイクの体中の関節が外れるがそれは死因にはならなかった。ドレイクが投げ飛ばされた先。そこに待ち受けていたのは施設の配電盤だった。配電盤に取り付けられていた金属製のカバーは衝突時の衝撃によって外れ、中の配線を剥き出しにしてしまう。衝突時の衝撃でバウンドしたドレイクは、配電盤へ頭を突っ込んでしまったのだ。唯一の救いは彼の意識がとっくの昔に失われていたこと。それでも高電圧の電流が生の肉体を蹂躙する光景は壮絶そのものであり、哀れな犠牲者の頭部はあっという間に丸焦げとなってしまった。
しかし肉の焼ける臭いは、新手の捕食者を引き寄せてしまった。
その数、およそ6体。
途中経過
《生存》
ラプトル…2体
スミロドン…2体
サソリ…2体
アースロプレウラ…2体
水生霊長類…2体
スクトサウルス…2体
未来の捕食動物…24体
人間…3人
《死亡》
未来の捕食動物1体…カッターにより殺害
オリバー·リーク…未来の捕食動物により殺害
スティーブン·ハート…スミロドンにより殺害
デリック·バートン(リークの部下)…カミン·シャスにより射殺
カミン·シャス…未来の捕食動物により殺害
未来の捕食動物…???により殺害
ドレイク·ジーン…アースロプレウラにより殺害
(作者の一言)
というわけでドレイクには丸焦げになってもらいました。1章2話でアースロプレウラさんが自滅したのが悔しかったのでここでリベンジを…