自らを戒め続けた小人を焼き殺したアースロプレウラは、すぐに次なるターゲットに狙いを定めた。その鋭敏な嗅覚は濃厚なほどの“磯の匂い”を捉えていた。
未来の海に棲む水棲霊長類は先程から獲物を探して施設を這いずり回っていたが、動きの鈍い彼がその牙に見合う獲物を見つけるのは難しく、獲物を求めた旅は全くの徒労に終わるかと思われた。そんな彼が嗅ぎつけたのは肉の焦げた匂いと滴る鮮血の匂いだった。急いで水棲霊長類はその匂いの出処に向かう。しかし夢中になって移動するあまり背後の警戒を怠ってしまっていた。そして彼は目的地を間近にして忌まわしい“悪魔”の群れに取り囲まれてしまった。
獲物を探して施設を徘徊していた4頭のコウモリは見慣れない獲物に出くわし、暫しの追跡を経て包囲に成功した。どうやら獲物は警戒心が薄いらしく尾行中は隙だらけだったが、万が一それが誘いである可能性を考え、彼らは安全策を採った。歩みが止まったのを見計らって獲物を包囲する。改めてエコーロケーションで獲物の外見を探ってみるも、その姿は陸を生きるには酷く不格好に思えた。しかし彼らは決して油断しない。その顎から飛び出た2本の犬歯は、自分たちのそれを遥かに凌ぐ大きさであり、これは獲物を一撃で粉砕するに足るということを、否が応でも彼らに悟らせた。コウモリ達は通路に腹這いになっている水棲霊長類を警戒して、壁や天井に張り付いたまま相手の動向を伺う。
先祖代々の記憶がコウモリの殺意をぎりぎりところで押し留めていた。というのもコウモリには水棲霊長類との浅からぬ因縁があったからだ。
未来世界においてライオンやオオカミといった主要な頂点捕食者からトップの座を奪い取ったコウモリは、次いで縄張り内で騒ぎを起こす小型肉食動物に狙いをつけていた。その中には当然のように水棲霊長類の遠縁にあたるヒヒの仲間も含まれていた。キツネやヤマネコが寒冷地や山間に追いやられていく一方で、ヒヒもまたコウモリの圧力に苛まれていく。やがて住処の森や草原を叩き出されたヒヒ達は、生き残りの道を模索せんと海辺へ訪れた。しかしコウモリの追撃は止まない。マングローブのような住みやすい環境は、たちまちコウモリの塒となってしまい、ヒヒ達はまたしても住処を追われてしまった。
ところが海辺における『ある要素』がコウモリの侵略に『待った』をかけた。それは海風。塩分を含んだ海風はデリケートな肌を持つコウモリ達にとって不愉快極まりないものだった。長く留まれば肌が荒れるどころではなくなり、最悪の場合では破傷風に陥りかねない。最終的にコウモリとヒヒは海辺を堺に手打ちとなった。
母なる海が仲裁を行い、ヒヒは辛くも絶滅を免れた。
しかし生き延びたヒヒを待ち受けていたのは、思いもがけない進化の飛躍だった。塩分の濃い海水に適応するために内蔵、特に腎臓や消化器系が進化した。さらに水中を自由自在に動き回るため、四肢は頑丈かつ柔軟な鰭となった。加えて何世代にも渡ってコウモリとの抗争を潜り抜けてきたせいか、彼らの外皮は非常に分厚く、並大抵の攻撃では出血を許さない“鎧”へと変化していた。
果てしなく長い時を経て、時には人の介入を許しつつも、ヒヒは新たな生物へと成り代わっていた。
逆襲が始まった。
完全な水棲生物となったヒヒは、海を拠点に河や湖へと進撃。目につく端から陸上生物を攫って生け捕りにした。日によっては沖合で回遊魚も追う。マグロやカツオといった大型魚はもちろんのこと、サバのような手頃な小型魚は群れごと浅瀬に集められ、塒の潮溜まりに監禁された。持ち前の知能がここで役に立つ。生き餌の安定供給に成功したヒヒにとって、ハリケーンや潮流の変化による餌不足は怖いものではなくなった。こうなると彼らの数は日増しに膨れ上がっていく。
そうして陸の主ことコウモリとの直接対決は必然的なものとなった。
皮肉にも追いやられた先で以前の数百倍の兵力を獲得し、水棲ヒヒこと水棲霊長類はコウモリの前に異形の姿を晒した。当然コウモリは黙っていない。陸においては機動力に勝るコウモリに部があった。いくら皮膚が頑丈であろうと、コウモリの嵐のような攻撃を耐え続けることはできない。しかしフィールドさえ変われば話は別だった。コウモリの本拠地である熱帯雨林は、その名の通り豪雨が多発する。そして雨はコウモリの聴覚を多少なりとも鈍らせ、代わりに水棲霊長類には身を隠す水溜りを提供した。そうなるとコウモリの特徴的な細い四肢はかえって仇となった。エコーで敵の存在を探知したまでは良かったが、手を出した途端に自重を利用して水中へと引き摺り込まる。後は頚椎を折られて全身麻痺にされるか、衰弱するまで水底に沈められた。
この覇権争いの行方は誰も知らない。
しかし如何なる世代にせよ、それ以来コウモリには水棲霊長類に対する警戒心が植え付けられた。これは収容施設のコウモリであっても例外はない。
感覚を研ぎ澄ますコウモリ達。
しかし前方の敵に気を取られすぎたことが命取りとなった。突如として天井の1頭が遙か遠くへと弾き飛ばされる。脇腹を深く抉られたコウモリは猛スピードで床に激突すると、ゴム鞠のように弾んで鮮血を派手に吹き出した。
犯人はシルル紀のサソリだった。厳密にはサソリモドキに近い外見をしたこの重武装の捕食者は、体の前方に複数の捕脚を備えており一方の後方には蛇のように動く尻尾を備えている。そして4mはあろうかという巨体にも関わらず、腹にある複数の歩脚を器用に使って壁を歩いたり、巨体を物ともせずに天井へ張り付くことが出来る。そうして息を殺した配まま管の裏に潜んだサソリは、不用心にも後から通路に訪れたコウモリへ難なく奇襲を成功させた。その棘のついた鎌のような捕脚を獲物の柔らかな体に叩きつけて叩き飛ばす。
たった一撃で獲物の骨は砕け、内臓のいくつかは破壊された。
想定外の事態に混乱したコウモリ達は我先にサソリから距離を取った。殺された仲間の仇を取りたいのは山々だが、自分が殺されては元も子もない。しかし慌てて避難したことが更なる悲劇を生んでしまった。
今度はサソリに注意を向けてしまったがために獲物であるはずの水棲霊長類から奇襲を受ける。コウモリのうち1頭が水棲霊長類の体当りをダイレクトに喰らって縺れ合ったまま通路を転がった。体重に勝る水棲霊長類はコウモリの喉を噛み潰そうと牙を振り回すが、敵の抵抗が激しいとみるや馬乗りの、まま鰭状の両腕でコウモリを殴りつける。だがコウモリは病的にやせ衰えたような身体からは有り得ない程の馬鹿力でもって必死に抵抗した。しかし一方でコウモリ自慢の爪は水棲霊長類へ致命的な裂傷を与えられずにいた。その硬く分厚い外皮へ矢鱈滅多に腕を振り回すが、刺突による負傷はあっても一向に引き裂ける様子はない。そこで突き技に限って攻撃を繰り出すが、水棲霊長類は皮膚を犠牲に攻撃を続行した。
一方の水棲霊長類もコウモリ相手に苦戦していた。得意の取っ組み合いに持ち込むことができたが、相手は想像以上に手強い。腕を振り回して噛み付きを妨害するどころか、あわよくばコチラの喉元を串刺しにしようとして的確な突きを決めてくる。鰭状の前足で腕諸共コウモリを抑え込もうとするが、相手は長い腕を自由自在に動かして何度も反撃に転じてくる。この状態では自慢の牙でコウモリの喉を噛み潰すことは出来そうにもない。
こうして揉み合いながらコウモリと水棲霊長類は互いに決定打を与えられずにいた。すると残る2頭のコウモリが応援に駆けつけようとする。一対一では五分五分の勝負だが、三体一となれば形勢は大きくコウモリへ傾く。しかしサソリがそれを許さない。次なる獲物に狙いを定め、恐るべきスピードで第ニ撃を繰り出してきた。捕脚を打ち鳴らすことで耳障りな音を発生させてコウモリを撹乱しつつ、前方に向かって一気に突進する。しかしコウモリ達は機動力にかけては天下一品。必要最小限の動きで突進を避けると、思わず立ち止まってしまったサソリに対して一方的な反撃を開始した。左右の壁に避難したまま地の利を得たと判断するや、前腕の鋭い鍵爪を使ってサソリの腹部を集中的に攻撃する。2頭のコウモリによって側面から挟まれたサソリは止むことのない連撃を受け続ける羽目になった。未来世界で人類の遺産を徹底的に破壊し、怪蟲メゴプテランと互角に殴り合える程の怪力が相手ではサソリの硬い外骨格も確実に破損していく。どうにか捕脚で反撃しようとするが、捕脚の可動域の外から攻撃されてはどうすることも出来ない。さらに最初に仕留めたはずのコウモリが息を吹き返した。腹部の出血は酷いが、復讐に燃えるコウモリは怯むことなく追い詰められたサソリに迫る。
サソリにとって絶望的な状況だった。
しかし次の瞬間、前方のコウモリが黒い影と共に消えた。
黒い影の正体。それは興奮しきったアースロプレウラだった。
途中経過
《生存》
ラプトル…2体
スミロドン…2体
サソリ…2体
アースロプレウラ…2体
水生霊長類…2体
スクトサウルス…2体
未来の捕食動物…24体
人間…3人
《死亡》
未来の捕食動物1体…カッターにより殺害
オリバー·リーク…未来の捕食動物により殺害
スティーブン·ハート…スミロドンにより殺害
デリック·バートン(リークの部下)…カミン·シャスにより射殺
カミン·シャス…未来の捕食動物により殺害
ドレイク·ジーン…アースロプレウラにより殺害
未来の捕食動物…???により殺害