けものフレンズR ~Re:Life Again~   作:韓非子

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Ex6話「魔獣の呼び声」

 外では巨大な怪物が互いにしのぎを削っている。互角の戦いのようにも見えるが、この戦いはオロチさんが有利をとっていた。というのも、ビーストはオロチさんに近付けずにいるのだ。熱線を吐いてオロチさんの攻撃を牽制するも、いざオロチさんに近付こうとすれば八つの首の激しい攻撃を受けて後退するというのを繰り返していた。ビーストの背中では鵺が悔しそうに歯ぎしりしていた。

 

「おのれ…おのれおのれおのれおのれ…おのれ!!!ビーストよ!なぜあれなうわばみ一匹程度倒せぬのだ!!!貴様の爪は何のためにある!!!貴様の顎は何のためにある!!!貴様の息吹は何のためにあるのだ!!!裂け!砕け!!燃やし尽くせ!!!この世に存在するすべてを喰らい尽くせェ!!!」

 

 鵺が憤怒に駆られるように叫ぶ。ビーストはそれに呼応するように絶叫するとオロチさんに向かって突撃した。上半身を大きく上げると熊のような前足でオロチさんへと切りかかる。しかし空しいかな、胴や足を噛まれ、炎を浴びせられ空中へとその巨体を放り出されてしまった。もはや手も足も出ないというようだった。

 

「いい加減認めてはどうだ。貴様では我に勝てぬ。我はまだ半分の力も出しておらぬのだぞ。いくら数多の獣を使い、取り繕ったところで雑魚は雑魚にすぎぬ。さあ、諦めて降伏するが良い。さすれば今回の貴様の行い、我が許してやる」

 

 八つの頭がビーストを見つめる。鵺はビーストの背中でうなだれてなにやらぶつぶつと呟いているように見える。瞬間、不意にビーストが青い熱線をオロチさんに向けて吐き出した。オロチさんはすかさず一つの頭からレーザーのような光線を口から吐き出すと、ビーストの熱線を押し返しビーストの体に深い傷を負わせた。

 

「痴れ者が…我のたった一つの慈悲を無碍にするか…良いだろう。貴様がそれを望むなら我自らが天誅を下してくれる…!」

 

 オロチさんの首がビーストへと伸びていく。そのとき、鵺が空へ向かって叫んだ。

 

「この世全てを地獄に包んでくれるわ!!!ビーストよ!鳴け!!!」

 

 鵺が飛行機のジェットエンジンのような音をあげて鳴いた。次の瞬間、あたしの中で何かがドクンと鳴った。

 あたしの中で何かが呼んでいる。誰かがあたしの名を呼んでいる。止めどなくあたしの名を呼び続けている。こわい…恐怖で体が震えるかのようだ。汗が滝のように流れてくる。何かがあたしの中に入ってきて精神を喰らっているようなそんな感じがした。体がガクガクと震えて呼吸も荒くなってきた。あたしは自分の体を抱きしめるとそのまま跪いてうずくまってしまった。

 異常を察知したキュウビさんがあたしの体に触れてくる。

 

「強力な呪術がかけられてしまったようね…こんなの見たことがないわ…」

「そ、そんな!ともえはどうなっちまうんだ!?」

「わからない…けど、このままいったらよくないことが起きるのは確かよ」

「くそっ…!」

 

 ゴマちゃんの声が聞こえてくる。頭の中では無数の声が反響する。無数の悪魔があたしの中に入り込んでいく。魂が喰わられていくのがわかる。止めどなくあたしの中に入り込んでいく悪魔があたしの魂を喰らっているのだ。まるであたしがあたしでなくなっていくかのようだ。意識が混濁していく。誰かがあたしにとって代わろうとしている。ぼやっと何かが見えてくる…あたしに似たもう一人の…自分…?

 

「っ…!!! 嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ…っ!!」

 

 崩れ落ちていく自我を必死に引き留めてあたしという自分を保つ。あたしに圧し掛かる得体の知れない何かが容赦なくあたしを押し潰そうとしてくる。あと少し力が加わればあたしという自我は崩れ落ちてなくなるだろう。あたしはそれがすごく怖い。あたしがあたしじゃなくなるなんてそんなの絶対に嫌だ…!

 

「はあ…はあ…!」

「ともえ!しっかりしろっ!」

 

 ゴマちゃんが何か言っているけどあたしにはまったく届かない。何を言ってるのかわからない。あたしは頭の中に響く無数の呼び声に耐えるのに必死で外からの情報がまったく届かないのだ。

 頭の中がぐわんぐわんと鳴る。声は相変わらず響いている。やがて目から入ってくる情報もなくなってきた。

 目からの情報が遮られた黒い闇の中に、あたしはヤギのような細い顔を見た。それは一対の大きな角を頭に生やしている。その頭には不釣り合いなほどの大きな耳が特徴的だ。"それ"はまるで星を逆さまにしたようなシルエットのように思えた。

 明らかにフレンズさんではない何かがあたしのことをじっと見ている。何やら口元が素早く動いている。何かを高速で呟いているようだ。

 

「xxxxxxx xxxxx xxxxxxx xxxxx xxxxxxx xxxxx」

 

 何を言っているのかさっぱり聞き取れない。けどその声は確実にあたしの魂を蝕んでいる。あのヤギのような不気味な"何か"があたしを苦しめているのだ。

 手足の自由が全く効かない。感覚が遮断されている。"それ"を殴りに行こうにも今のあたしには到底できないでいた。

 

 不意にパチンと頬を殴られたような鋭い痛みが走った。

 

「おいともえ!!!気をしっかり持て!!!」

「っ!?ゴマちゃん…」

「お前……あんなヤツなんかに負けてんじゃねェよ!!!」

 

 ゴマちゃんが涙ぐみながらあたしの目をじっと見つめている。やがてあたしから視線を逸らすと空をキッと睨んだ。暗い空には蒼い炎と赤い炎がオーロラのように舞っていた。

 

「キュウビキツネが結界を張って鵺とビーストの呪詛の影響を小さくしてくれた。今後またアレが来るか分からねえ。お前も気張って負けないようにしろよ」

「う、うん…」

 

 ゴマちゃんが涙声であたしに訴えかける。あたしはあの声に苦しんでいる間にゴマちゃんに大きく心配させてしまったようだった。ゴマちゃんの鼻をすする音が聞こえてくる。

 

「ともえ!」

 

 アライさんがあたしを呼んだ。

 

「アライさんにはお前を助けることはできないのだ…けど!助けてほしいときはアライさんに頼ってほしいのだ!そうすればアライさんも全力でお前を助けてやるのだ!なあ、フェネック!」

「うん。アライさんはなんだかんだ言ってミラクルを起こしてくれるからねー。その内あんたの呪いってやつもアライさんがなんとかしてくれるかもよー」

「任せろなのだ!」

 

 アライさんはそう言ってドンと胸を叩いた。どこからあの自信が湧いてくるかわからないけどアライさんの自信満々なその姿を見ているとなんだかあたしも元気が出てきた。今ならあたしも鵺の呪詛に負けない気がする…!

 

「…っ」

 

 手足に力が入らない。立とうとしても足がマヒしているようで立つことができない。足首がぐにゃぐにゃと曲がってとても立てない。

 

「無理に立とうとしない方が良いわよ。あなたの魂は半分ほどあのビーストに食べられてしまっているわ。見てみなさいなあの顔。サタンにできなかったことをひどく恨めしく思っているみたい」

「………」

 

 塹壕の中からは暗い空しか見ることができないけど、まだ微かに残っているあの感覚の中、明らかに憎しみを湛えた鵺の姿が見えた。

 うまくしゃべることができない。キュウビキツネさんによるとあたしの魂はビーストに半分食べられてしまったという。あたしが感じたあの精神を蝕まれる感じや魂を喰らわれていくような感覚は本物だったのだ。壁にもたれかかって息を整えると上空を見上げる。

 

 突然塹壕の上を突風が吹き抜けたと思うと赤黒い爆炎が頭上を駆け抜けていった。爆炎の中にはいくつもの鵺の姿が見える。オロチさんが地上に現れた鵺を焼き払っているのだろうか。けど、この爆炎の中でツチノコちゃんたちは大丈夫なのだろうか?

 

「はっはっはっはっはっ!!!良いぞ!!!貴様らの恐怖は良い糧となった!!!さあ、ビーストよ!あのうわばみを喰らい尽くせ!!!」

 

 

 鵺の声が聞こえる。あたしの生み出した恐怖がビーストの力となったということなのだろうか。

 

「ほら、あんたも見な。あんたもこの異変の当事者の一人というならばね」

 

 フェネックちゃんはあたしをおぶると塹壕の外へ身を乗り出した。塹壕の外には黒く焼け焦げた鵺の亡骸が辺り一面に転がっている。その亡骸からはなんともいえない嫌な臭いがあたしの鼻をついてくる。やっぱりあの爆炎はオロチさんが地上の鵺を焼き払うために放ったようなもののようだった。

 二頭が戦っている方向を向くと、さっきまでとは違ってビーストに苦戦しているオロチさんの姿があった。大蛇の鋭利な牙を通さないビーストの体、大蛇の体当たりにも動じない守りの堅さ、傷こそ入りはすれど致命傷を与えるに至らないその耐久力、ヤマタノオロチと対等に渡り合う獣の姿がそこにあった。

 

「ぁ……」

「…あんたのせいじゃないよ。仕方のないことさ。私たちには何もなかったけどヒトの心に直接作用する何かだったのだろうさ。あんなもの避ける方が難しいよ。なんだって相手は黙示録の獣なんだし声を聞いてから作用するみたいなんだしね」

 

 フェネックちゃんはそういうけどやっぱりあたしの心にはわだかまりのようなものが残った。オロチさんはビーストに食らいついては頭を振って少しでもダメージを与えようとするけど、ビーストには以前のようないかなかった。

 

「お前らああああああああああ!!!」

 

 突然ツチノコちゃんの叫ぶ声が聞こえてきた。見るとサーバルちゃんが運転するバスが猛スピードでこっちに向かて突っ込んできていた。

 

「おいサーバル!!!止まれ!!!」

「ええ!?どうやって止めるの!?」

「左のペダルを踏むんだよ!!!」

 

 勢いよくブレーキペダルを踏んだせいか前のめりになりながらズザザザという音を立ててバスは塹壕の前で止まった。

 

「ケガ人がいっぱいいるんだぞ!急ブレーキをするんじゃねえ!」

「そんなこと言われても私わかんないよ!初めて運転したんだよ!?」

「ああもう!とりあえずフレンズたちを降ろすぞ!お前らも手伝え!!!」

 

 ツチノコちゃんに言われるままフェネックちゃんはあたしを背負ったままバスの後部へ移動する。その光景に思わずあたしは目をそらしてしまった。そこには血と呻き声と生き物の焼ける臭いが満ちる地獄絵図が広がっていたのだ。窓には血のようなものが付いている。皮膚が焼ける苦しみに喘ぐフレンズさんたち。みんな腕や首、顔などがそれぞれ焼けただれていてとても見ていられなかった。

 

「これは…」

 

 普段は飄々としているフェネックちゃんが顔を顰めて後ずさりをしている。あのフェネックちゃんがこんな反応を示すとは相当なことだ。

 

「なにボケーっとしてやがる!早く手伝うんだよ!いつまたあのバカが火を吐くか分からん!第二の被害が出ないうちにさっさと塹壕に運び込むぞ!」

 

 塹壕にいるゴリラさんやアライさんたちがバスの観覧席から次々とフレンズさんたちを運び出す。ゴリラさんやアライさんたちがフレンズさんに触れるたびにバスの車内から痛みに叫ぶ声が聞こえてくる。中には殺してくれと絶叫するフレンズさんもいた。あまりもの光景にあたしとフェネックちゃんは呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

「おい!しっかりしろ!」

「しっかりするのだ!」

 

 まさに地獄と呼ぶにふさわしい光景だった。塹壕の中は皮膚の焼ける臭気で満たされていて、とてもいていられない。また運ばれてくるであろうフレンズさんや塹壕に逃げてくるフレンズさん、そしてケガ人を隔離するためにゴマちゃんがあたらしく塹壕を掘り始めた。もはや戦争とでもいうべきか、ゴマちゃんに続いてまだ動けるフレンズさんたちがそれに参加し始めた。

 しかし、数多くいるケガ人の中でも特異な傷病者が一人いた。なぜ行きはかばんさんが運転していたのに帰りはサーバルちゃんが運転していたのか。答えは明白だった。

 

「かばんちゃん!かばんちゃん!!嫌だよ…死んじゃ嫌だよ!」

 

 運転しているときに右半身をやられたのか右腕や右の顔にひどい火傷を負っている。その目は虚ろだ。サーバルちゃんもかばんさん程ではないにしろ火に焼かれた跡がある。そういえばイエイヌちゃんは…?

 

「ともえちゃん!」

「あ… いえいぬ…ちゃ…」

「そんな…ともえちゃんまで…!」

 

 あたしまで…?どういうこと…?

 

「なにかあったの?」

「ビーストが突然叫んだとき、かばんさんが突然バスを急停止させて何かにひどく怯え始めたんです…わたしやサーバルさんで呼びかけてもダメで、ますますその反応はひどくなるばかりでした…最後には半狂乱の状態に陥って、もはやわたしたちの言葉は届いていないようでした…気付けば周りは鵺に囲まれていて、救出したフレンズさんたちと一緒に戦っていました。しかし、ヤマタノオロチさんが鵺をまとめて焼き払おうと炎を吐いて、ご覧の有り様です…幸いにも死者は出ませんでしたが、見ての通りみんなあちこちにひどい火傷を負っていて、とても危険な状態です…」

 

 イエイヌちゃんが遠くを睨む。かばんさんもあたしと同じようにあの声を聞いたのかな…悪魔が名前を呼ぶ声とあのヤギの顔…

 

「鵺…ヤマタノオロチ…互いに破滅をもたらす獣…ヒトやフレンズに害をなすのであれば互いに倒れてくれればいいんです…」

 

 嫌味交じりにそんな言葉を漏らす。たしかにオロチさんは炎を吐いてフレンズさんたちを焼き払った。けどオロチさんはオロチさんなりにこのジャパリパークのことを考えて戦ってくれているんだと思う。あたしはそう信じたい。

 

 イエイヌちゃんがあたしに視線を移す。その目は悲しみに包まれながらも慈しみに満ちていた。

 

「ともえちゃん…」

「いえいぬ…ちゃ…」

「…ビーストに魂を半分食べられたんだってさ。おかげで手足を動かすどころかしゃべることもできなくなってるよ。意識ははっきりしてるみたいだし首は動くみたいなんだけど…」

「………」

 

 イエイヌちゃんが黙ってこちらに近付く。イエイヌちゃんはあたしの近くまで来ると優しく微笑みかけた。あたしはイエイヌちゃんへ手を伸ばしてその髪に触れようとした。

 

「……大丈夫です。わたしは何があろうとあなたのそばにいます。どんな姿のあなたでも、あなたのそばにいて、あなたを愛し、共に生きると決めましたから…」

 

 イエイヌちゃんの手の温もりと柔らかな頬があたしの手を伝ってくる。かろうじて動くあたしの四肢もこうして温もりを感じることができるんだ。恐怖で凍てついた心に光が差してくるように感じた。

 

「……嫌だねぇ…ビーストはあんたらが気に入らないようだよ」

 

 フェネックちゃんがぽつりと呟いた。見るとビーストがあたしたちを見下ろしている。赤く光るその目は憤怒と憎悪に満ちているようだった。

 

「わたしのご主人さまの魂を食べたばかりか、傷つけようというのか…やってみろ!!!もし手を出せばお前の喉元を食いちぎってやる!!!地獄の果てまでもお前を追い詰めてその肉体を喰らい尽くしてやる!!!」

 

 イエイヌちゃんがビーストへ向かって吠える。…ダメ…あいつには勝てない…イエイヌちゃんが殺されちゃう…あたしはイエイヌちゃんが傷つく姿を見るのだけは絶対に嫌だ…イエイヌちゃんがあたしのために死ぬのだけは絶対に嫌だ…!

 

「だ…め…いえいぬ…ちゃ…!」

「ともえ…!」

 

 イエイヌちゃんがビーストに対して構えをとる。本当にビーストと戦おうとしているのだ。あまりこう言いたくはないのだが、キュウビさんやオイナリサマのような特別な力を持たないイエイヌちゃんが神を侮蔑するビーストと対峙するなんて蟷螂之斧としかいいようがない。どうにかして逃げてほしい。そうしないとあたしの心が張り裂けてしまう。

 

 だが、次の瞬間、橙色の一つの点がビーストへ飛んでいくのが見えた。それはビーストに斬りかかると、その体へと掴みかかった。斬られたその箇所からは青白い火のようなものが噴き上がる。よく見てみるとアムちゃんがビーストにしがみ付いてその体を斬っては裂いているようなのだ。アムちゃんの後方にはオイナリサマが迎撃の構えをとっている。

 ビーストの七つあるうちの一つの首がアムちゃんを捉えると、アムちゃんへ向かって青白い熱線を吐いた。だが、オイナリサマの結界がそれを防ぐとビーストの攻撃からアムちゃんを守った。アムちゃんは意にも介さない様子で次の場所へと移ると再びビーストの体を斬り刻み始めた。

 

「おのれ…獣畜生が…!」

 

 ビーストは確実に弱っていっている。勝利のときは近いかもしれない。あと少し、もう少し頑張ればあたしたちは勝てる。そんな気がした。

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